キャロルがディルックと会ってからは、キャロルは時々祖父や、様々な大人たちにアカツキワイナリーに連れて行ってもらって、ディルックと遊ぶようになった。
彼女は、ディルックと初めて会った時にそれとなく、遊ぶ時にどうしてるのかと話を聞いたのだが、この場所は少しモンド城から遠いので、子供はなかなか来なく、一人でよく遊んでいるようであった。
その話を聞いてから、キャロルはつい、放っておけない、と思う様になったのだ。
それは、小さな弟を見るような気持ちに近い。
この時のキャロルはそんな考えを抱いていた。
基本的に本を読んだり、祖父に武器の稽古をしてもらわない日には、よく、ディルックと遊んでいた。
かくれんぼや鬼ごっこをしたり、どっちが先に蝶を捕まえるかの競争をしたり……。
昔は同い年くらいの子供と遊ぶなんて、とも考えていたのだが……。
そしてそんな風に遊ぶ日が続いたかと思えば、ディルックの父、クリプスが不思議な少年を連れてきた。
肌は黒く、片目は眼帯で塞がれており、濃い青色の髪をした、異国情緒のある少年だ。名前はガイアというらしい。
よくはわからないが、父親に連れてこられた少年はアカツキワイナリーに放置されたらしく、キャロルが遊びに来た日にも迎えに来なかった。
彼がクリプスに連れてこられて一週間程経ち、帰って来ないため、どうやらクリプスはガイアを引き取ることにした。
だが、ガイアは基本的には本を読んでおり、あまり人と接するのが得意ではないようであった。
礼儀正しいが、どこか距離があるような、そんな印象だった。
だが、ディルックはガイアが気になっているようで、度々遊ぼう、と声をかけている。
そしてキャロルも、ガイアには興味があったので、時折話しかけるようにしていた。
そんな中……
ある日のこと、いつも通り、キャロルはアカツキワイナリーに遊びにやってきた。
祖父と来ていたが、遊んでいる時は祖父は仕事があるため、その間はディルックと遊んでいる。
その日は天気も良く、空は青々として、雲は一つもなかった。
扉の前につくと、キャロルは何気なくガイアの部屋の窓を見た。
窓が空いている。キャロルは不思議に思いながらも、特に気にせず中に入った。
そして、ディルックのいる部屋に行こうとした。
ディルックの部屋は二階にあり、その横がガイアの部屋だ。
ディルックの部屋の前まで着くが、ガイアの部屋の扉が少しだけ開いていた。キャロルは好奇心から、その扉を少し開け、中を覗いた。
そこには……ガイアが本を読みながら、何かを考え込んでいるようだった。
カーテンから僅かに漏れる光が、彼の表情を陰らせていて、どこか神秘的な雰囲気があった。
(──やっぱり、ディルックと出会っていない時の、私みたい)
キャロルはそう思った。
何処か世界がつまらないと感じているような、そんな感じ。
それは、キャロルにもあった。
そう感じた瞬間、ふと、本を読み終えたらしいガイアと目が合う。
眼帯で片方しか見えない、青色の目がこちらを真っ直ぐ見ている。
彼の目はまるで、暖かな海に鮮やかで、でも、悲しい雰囲気をしている。
「……なにかようか? キャロル」
ガイアは、座ったまま、少し気だるげな声でそう聞いてきた。
キャロルは少し気まずく思ったが、そのまま中に入って、ガイアの前に立つ。
「またほんよんでるの? わたしがいえたことじゃないけど、けんこうにわるいよ? ちゃんとそとであそんだりもしなきゃ!」
「うん、わかってるよ。でもおれはいいんだ」
「? なんで?」
キャロルがそう聞くと、ガイアは困ったように笑った。
その笑い方は、妙に大人っぽいもので……彼の持つ不思議な雰囲気によく合っていた。
「おれがいると、きけんかもしれないから」
「へ?」
キャロルは、彼が何を言っているのかわからずに困惑した。だが、ガイアが何かを秘密にしている事はわかった。
「ガイアがなにをかかえてるのかわからないけど、ひとりでかかえるのはよくないよ」
「おれはひとりでいいんだよ」
そう言うと、ガイアは目線を閉じた本に戻した。キャロルはその言葉を聞いて、続けて言う。
「……うーん……たしかにひとりがいいときもあるとおもう。わたしもそんなときもある。でも、つまらなくない? ひとりは」
キャロルがそう言うと、ガイアは一瞬本から目を離したが……すぐに目線を戻した。
「ひとりでもつまらなくない。まえにきいたんだ。このせかいはぶたいのようだって」
「ぶたい?」
キャロルがそう聞くと、ガイアは頷きながら言う。
「そうだ。ぶたいではだれもがキャストだ。ふつうのひともわるいひとも」
「うん。そうかもね。じゃ、ガイアはぶたいにたたずにそこにいるだけでいい、っていうの? やくわりをはたすだけでいいの?」
キャロルはそう聞いた。ガイアは少し考えるようなそぶりをしてから言う。
「そうだな。そこにいるだけでぜんぶかいけつするなら、それもいいかもしれない」
それから、憂いを帯びた目をしたガイアは、キャロルに言う。
「でも……おれは、そうするしかできないから」
その目を見て、キャロルはまたこの瞳をしている、と思った。
他人任せで、どこか諦めたような……。
だが、キャロルにはわかった。彼も彼なりに何かに悩んでいると。そして何かを恐れていることも。
「……やっぱり、そとにでよう? ひとりでぜんぶかかえこんでちゃ、いつかしんじゃうよ」
キャロルがそう言うと、ガイアは目線を本から離さなかったが……少しの沈黙の後、僅かに笑った。
「おれはべつに……」
ガイアがそう言いかけた同時に『キャロル? ここにいるの?』とキャロルの背後から声がした。
キャロルが振り返ると、そこにはディルックが訝しげにキャロルを見ていた。
「やくそくしたのにおそいよ。ガイアもいるの? ガイアもいっしょにあそぶ?」
ディルックがそう言うと、ガイアは首を横に振り『おれはいいんだ』と断った。
「またそれ? ぼく、ガイアとあそびたいのに……」
そう言っているのは何度も、何度もキャロルは聞いた事がある。
ディルックはガイアにお兄ちゃん面をしたいのか、時折ガイアと遊ぼうとしている。
だが、ガイアがいつも断ってしまう。
『またこんどなら』と、そう言って。
普段ならキャロルはそれに何も言わなかった。
だが、この時キャロルは何となくこのままガイアを放っておくのはいけないと思った。
「──ちょっとごういんだけど、ごめんね!」
キャロルはそう言うと、ガイアの手を取り、引っ張った。
「お、おい!?」
突然手を引っ張られたガイアは困惑した表情をしていた。
だがキャロルは『ディルックはそっちがわもって!』と言えばディルックは困惑したが、直ぐに反対側を持ってくれた。
「よし、いいよ!」
そう言ってキャロルがガイアを外に連れて行こうとすると、ガイアは案の定抵抗する。
「おれはいいって……!」
だが、キャロルは止まらなかった。
「だめだよ! もうむしできない! ガイアも、いっしょにおそとであそぶ! これはけっていじこう!」
「お、おい……!」
大人なら中々できない事だが、キャロルは子供で、またガイアの抵抗が弱々しい事もあり、なんとか外に連れて行けた。
そのまま、キャロルとディルックはガイアを連れて屋敷の外に出た。
「きょうはかくれんぼしよう! ガイアがおにね!」
「は? おれが!?」
突然の提案に、ガイアは目を白黒させてキャロルを見た。キャロルはにこにこと笑いながら言う。
「そのままにげたらわたしたち、ずっとひとりでかくれることになるかも。そしたらおじいちゃんたちが、わたしたちをさがすのたいへんだよ」
「それは……」
その言葉にガイアは口籠る。脅しに近いが、キャロルの言っている事にも一理ある。
「それに……ガイアはかくれるのとくいだよね。ディルックがいつもあそぼう、っていいにいったらいないってってかなしんでたよ。ねっ!」
「うん。ガイアはどこにかくれるのがとくいなのんだよ」
キャロルがそう言って同意を求めると、ディルックも頷く。ガイアは内心頭を抱えた。
(なんでこんなことにつきあわされないと……)
だが、こうなってしまった以上後には引けない。ガイアはため息をつくと……仕方がなく観念したように言った。
「わかった。わかったよ。かくれんぼすればいいんだろ?」
すると、キャロルとディルックは目を輝かせた。
ようやく頑なだったガイアが折れてくれたからだ。
「ありがとう! じゃあ、おに、おねがいね!」
「わかったよ」
こうして三人でかくれんぼをする事になった。
……が、ガイアはなんだかこそばゆい気分だった。同い年くらいの子供とはあんまり遊んだことがない。
基本的にガイアは父と2人で旅をしていた。
同い年の子供と遊べる機会はそう多くないし、興味もなかった。
だから……どう接するべきか、本当はガイアは迷っていた。
ガイアはカーンルイア人らしい。
ガイアの父は『これはお前のチャンスだ。お前は我々の最後の希望だ』と伝え、去った。
理由は分からないが、ガイアは捨てられた、と感じた。
だから、ガイアは『最後の希望』という言葉に疑問を持っている。
それを悶々と考える日々を送っていたのだ。
周りがガイアを気にかけて、心配してもガイアはそれを上手く受け止められなかった。
だが、キャロルとディルックは、そんなガイアに行動を示し、気にかけてくれた。
だから……かくれんぼの鬼役なんて引き受けたのかもしれない。
「じゃあいくよ! ちゃんとかぞえてね!」
キャロルはそう言うと、ディルックとバラバラに走っていった。
ガイアはそんな二人を見てから、数を数え始める。
「いーち、にー、さーん……」
子供らしい、可愛らしい声がアカツキワイナリーに響く。
それを仕事中のメイド達がつい手を止め、微笑ましそうに笑って、3人を見ていた。
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