──キャロルは困っていた。
キャロルの隣には『バーバラ』という幼なじみの『ジン』の妹がいる。
バーバラは明るく、少し不器用で、よく失敗するが、いつもすぐに立ち直って、もう一度チャレンジしようとする。
バーバラと正反対の姉のジンは『一族の誇り』と呼ばれている。
『優秀』という言葉のお手本のように凛々しく、強く成長している姉は、バーバラにとって遠い人である。
バーバラは姉に勝ちたいと常日頃に努力をしている。
しかし剣術も勉強も、姉に勝てたことはなかった。
「ねぇ、キャロルさん!アイドルって知ってる?こないだね、アリスさんが教えてくれたの!これ見て!」
バーバラはキャロルにアイドル雑誌を見せてくれた。
こんな本、テイワットには無い。恐らくアリスがバーバラに他の世界で手に入れた本を渡してくれたのだろう。
バーバラは目を輝かせながらキャロルに話してくれる。
「可愛い子がいっぱい載ってるの!ほら、この、頭に羽が生えた子、可愛いよね!言葉は読めないけど……アイドルでは無いけど、『歌姫』らしいの!」
雑誌の中では描かれた水色にも見える銀髪の女性が嫋やかに微笑んでいる。
(地球の人っぽくないけど……アリスさんやりやがったな……。)
キャロルは心の中で苦笑した。
でもそうやって簡単に異世界の要素を混ぜてしまうのはどうなのだろうか。
影響とかは大丈夫だろうか? キャロルは、バーバラのアイドル談議を聞いている。
(……でもまぁ。)
楽しそうに話すバーバラが可愛いので、キャロルは何も言う気は無い。
バーバラの父は有名な冒険者――サイモン・ペッチ。
モンドに定住してから、彼は冒険から身を引き、西風教会に入った彼は西風教会の総監であり、通称『払暁の枢機卿』だ。
キャロルにとっては冒険者の先輩にあたり、よく相談に乗ってくれている。
そして母親はフレデリカ・グンヒルド。
モンドでは有名な騎士の一族で、『赤楊騎士』とも呼ばれている。
2人は今は離婚しており、バーバラはサイモンに引き取られ、ジンはフレデリカに引き取られた。
なのでジンとバーバラは姉妹ではあるが気まずい関係である。
知り合いからその話を聞いたキャロルは最初、驚いた。
だが、仲が悪い訳でもないようで、互いに気にかけているようだった。
「でね、アリスさんがアイドルグループを作らないかって言ってて……キャロルさんも一緒にやらない?」
「えっ……。」
キャロルは驚いた。まさか自分を誘ってくるとは……。
確かにキャロルはたまに歌を歌っている。キャロルは前世の記憶がある為、その時の歌を時々バーバラ達の前で披露していた。
その為か、バーバラはキャロルを見かけるとたまに歌をせがんできて、そして褒めてくれるのだ。
キャロルは、バーバラから褒められるのはとても嬉しく思っていた……が。
「うーん、私は遠慮しておくよ。歌は好きだけど……こう、アイドルってガラでもないし……。」
キャロルは本心からの言葉を伝えた。バーバラに嘘をついても仕方ない。
しかし、バーバラは『えー!』と不満そうな声をあげた。
「キャロルさん、歌上手なのに!一緒にアイドルやろうよ!」
「いや……私はいいよ……。でも、バーバラには合うかもね。可愛いし、歌も上手だし。」
「それは嬉しいけど、えぇ~……でも……。」
バーバラは寂しそうに肩を落とした。
そんな姿を見ていたキャロルは……少し考えてから、口を開いた。
「……じゃあ、もしメンバーが揃ったら、最後の一人として考えておくね。」
「本当!?ありがとうキャロルさん!約束だよ!」
バーバラは満面の笑顔で喜んでくれた。キャロルも嬉しくなったが、数日後、バーバラからアイドルグループプロジェクトは中止になったらしい、と伝えられた。
アリスがそう言っていたらしい。
だが、既にバーバラはすでにモンドでちょっとした有名人になっていた。
毎日美少女が努力している姿を見ればそれもそうだろう。
「こうなったら、アイドルの意味を…私が伝えようと思ってはいるの!それに後方支援を頑張ればお姉ちゃんの役にたつから!」
キャロルはバーバラからそう聞いていた。
(頑張るなぁ……)
バーバラは切り替えが上手い。ダメだと分かれば30秒で切り替えて、また前を向く。
バーバラはそんな子だ。
だからこそ皆がバーバラを応援したい。そんな気持ちになる健気で頑張りやの女の子。
キャロルはそんなバーバラが可愛く、妹のように感じている。
バーバラはキャロルの事を姉のように慕ってくれている。
ジンと違うベクトルの尊敬をキャロルに向けてくる。
「そっかぁ……応援するよ、バーバラ。」
「ありがとうキャロルさん!見ててね!」
そんな風に元気に笑うバーバラにキャロルは苦笑いしながらも頷いた。
※※※
「この恨み、覚えておくわ!」
キャロルは騎士見習いらしいエウルアにそう言われた。
旧貴族であるローレンス家の末裔であるエウルアはモンドの中では差別される立場にある。
昔モンドを騒がせた古臭い風習の一族の1人である、と。
「エウルア……またそんな言い方して……」
エウルアの立場を知っている人の中には彼女に物を売らず、飲食店であれば彼女の注文を雑に扱う事もよくある。
勘違いされやすいが、エウルアはマナーを守るし、気品がある。
だが、その態度が気に入らないと、エウルアは誤解されてしまう。
キャロルが思わず呟くが、『ふん!』とエウルアは鼻を鳴らした。
(相変わらず分かりにくいツンデレだなぁ……。)
キャロルは心の中で呟いた。
今だって別にエウルアは理不尽にそんな台詞を吐いた訳では無い。
エウルアはアンバーと言う少女の祖父の弟子であり、キャロルの祖父もたまにエウルアに剣を指導していた。
だからキャロルとエウルアの接点もあるのだ。
それで人なりは知っている。
先程は、エウルアが勝手にモンド城から出た子供を親元に連れていったのだが、親がエウルアに『余計な事をするな!』と怒り、それを見たキャロルがエウルアを庇って説明をし、説得を終えた後に2人になった時、エウルアが言ったのだ。
「まあいいけど。エウルア怪我は無い?さっき手を振り払われたでしょ。」
「……大丈夫よ。」
「そう?なら良かった……。エウルア、君は可愛いんだからもっと気をつけた方がいいよ。」
キャロルがそう言うとエウルアは少し顔を赤くした。
「なっ……!か、可愛いとか……そんな事言われても嬉しく無いわ!覚えておくわよ!」
エウルアはそう言うと顔を赤くして何処かへ行ってしまった。キャロルは『うーん、もう少し素直になって欲しいなぁ……』と心の中で思いながらも彼女を見送ったのだった。
次の日にキャロルの家のドアノブにキャロルの好きな花束が置いてあった。
恐らくエウルアが置いたものだろうとキャロルは考える。
「まったく……不器用なんだから……。」
キャロルはエウルアのその行動に嬉しそうに笑った。
※※※
──ラグヴィンド家の義兄弟にとって、キャロルは大事な「妹」の様な存在である。
元々は基本的に一人で遊んだりしていたディルックの前に『祖父がアカツキワイナリーに用事があったから来た』と言った少女であるキャロルは、歳も近い事もあってかすぐに打ち解けた。
それに、彼女が基本的に温和で、優しい性格をしている事も理由の一つだろう。
だが、年頃になれば嫌でも意識をするようになる。
ディルックやガイアも容姿が優れているので話題になっていたが、キャロルもモンド人よりは稲妻人寄りの容姿をしており、幼くも見え、可愛らしい顔立ちをしている。
キャロルはセシリアの花よりも
そして、彼女は冒険者になったが、苦手な事でも取り組もうとしたり、困った人を見て放っておけない性格だった為、キャロルを知る人々は無意識に守ろうと思ってしまうようになる。
事実、キャロルはよく怪我をするのだ。
転ぶし、よく体を何かにぶつける。
その中でも『なんでそうなった?』と言いたくなる様な泥塗れな姿を見せる事もあった。
つまり、キャロルは気を使って普段は大人しくしていたが、本当はお転婆なのだ。
幼少期からの付き合いのある二人はその事を良く知っていた。
キャロルと同時期ぐらいに西風騎士団に入った二人は『仕方のない子』だと内心思いながらも、キャロルが元気であれば良かったので見守っていた。
だが、そんな彼女にも、偶に遠くを見るような瞳をする。
何かを抱えている事は知っていたが、彼女はそれを言わない。
『どうした?』と聞けば、困った様に笑い、『何でもないよ』と言うだけだ。
そんな彼女は自分の恋愛には興味は無いが、他人の恋愛を応援する事が多い。
だからこそ、偶に二人に『恋人を作らないのか?』と聞かれるのだが、正直に言えば忙しい日々を送っている為、そんな暇は無い。
なので、『好きな人はいないよ』と答えるのが常だった。
そして──ラグヴィンド家に引き取られたガイアは知っていた。
自分は兎も角、義兄であるディルックはキャロルに対して僅かな思慕の感情を抱いていると。
しかし、ディルックもキャロルもそういう方面での機微には疎いらしい。
まあ、ディルックがキャロルに惹かれるのも無理は無い。
彼女は幼い時に初めて出会った同い年の、気を使わなくていい異性であるのだから。
──正直ガイアも見ず知らずの女より、彼女が義兄の嫁になってくれる方が嬉しい。
ガイアは自分がこの家にいる事に罪悪感のようなものがあるので、もう少ししたら屋敷を出るつもりだ。
彼女がいれば義兄は大丈夫だろう。
だから、自分はさっさとこの家から出たいのだが──……。
「……それはなかなかに難しいだろうな」
それは自分が家を出る事ではなく、そうなる為にはいつか旅をしたいらしいキャロルをこの場にいたいと思わせる程、義兄に興味を持たせる必要がある。
──ガイアは顎に手を当てて思考した。
※※※
その日、キャロルが冒険者として受けた依頼は風神像の掃除だった。
人が少ない朝早くにキャロルはバケツと雑巾を持って、風神像の近くまでやって来た。
それから掃除をしようと、上を見たのだが──見たような、見た事が無いような少年がその像の手の部分に座っていた。
その手にはライアーを携えている。
吟遊詩人か、もしくは趣味なのか?とキャロルは内心首を傾げたが、キャロルはとりあえず声を掛けた。
「そこの人ー!!掃除するから避けて!!」
「───ん?」
そう言ってキャロルに声を掛けられた少年は立ち上がり、キャロルを見下ろす。
すると、風脈の様な風を産み出すと、器用にライアーをしまって、地面へと降り立つ。
「よっと……。さっき何か言ってた?申し訳ないんだけどボク、景色に夢中だったからさ」
「いや「今から掃除するから危ないよ」って言って……」
キャロルは、改めて少年を見た。
緑の帽子と緑を基調とした服を着ており、見た目は年下に見える。
中性的な顔立ちだが、何故か『懐かしい』と感じた。
そう思った瞬間、何故か目頭が熱くなり、キャロルは目を瞬かせる。
しかし、その少年は不思議そうにキャロルを見ていて、初めて、キャロルは自分が泣いている事に気付いた。
慌てて目元を拭うと、彼は心配そうな表情を浮かべている。
「どうしたんだい?大丈夫?」
「あ、えっと……うん。ごめんなさい。何かよく分からないけど。貴方を見てたら、ちょっと……」
「……ボクの顔に何か付いてた?」
「ううん。そういう訳じゃないんだけど……」
──キャロルだって訳が分からないのだ。
ただ、この少年の顔を見た瞬間、何か分からない感情がキャロルに沸き上がり、胸が締め付けられた様な気がした。
けれど、その感情の理由を探っても分からず、キャロルはただ涙を拭うしかない。
(その涙の理由が分からないだけで、別に何か悲しい訳じゃないんだけど……)
キャロルは自分でも感情がコントロール出来ない事に困惑するが、そんなキャロルを見て、少年は優しく微笑んだ。
「泣くと綺麗な顔が台無しだよ?ほら、笑って?」
そして、少年がそう言って差し出されたハンカチを見て、キャロルは涙を拭きつつ、自然ハンカチを受け取り目元に当てる。
──ふと、ハンカチから花の香りがして、キャロルは瞳を瞬かせる。
(あれ……この匂い……)
自然と少年の帽子に飾られた造花に目が向かう。
その白い花は『セシリアの花』だ。
この花は取れる場所がモンドの高い場所のみで限られており、キャロルも偶にお願いされて取りに行くので、よく覚えていた。
──その花の香りがする。
キャロルがハンカチから目を上げると、少年がニコリと笑う。
そして、キャロルはその少年の緑の瞳に懐しさを、覚えた。
自然と、衝動的に口が動く。
「君の名前は?私は、キャロルって言うの」
「うん?ボクの名前はウェンティ。世界最高の吟遊詩人だ!」
少年──ウェンティはキャロルの問いに答え、『よろしくね』と屈託なく微笑んだ。
それに釣られてキャロルも笑い、改めて頷くと、挨拶を交わす。
ウェンティはそんなキャロルの笑みを見て、何故か嬉しげに笑った。
「うん!やっぱり君は笑った方がいいよ!笑った方が可愛い」
「へ……?」
「あっはっは!その反応もいいね!」
いきなり褒められてしまい、惚けた顔をキャロルが浮かべると、ウェンティは楽しげに笑った。
キャロルはウェンティの言葉に驚いたものの、それを否定する気にはならなかった。
(なんだろう……彼にそう言われると嬉しい……?)
いや、それは恋だとかそういうものではない。
でも、彼の言葉はモンドの風のようにキャロルに馴染む気がしたのだ。
だからか、キャロルはウェンティともう少し話をしたくなった。
「さっき何していたの?あの高い場所から風景を見ていたの?危ないと思うけど……」
「大丈夫!あのぐらいの高さなら落ちても怪我はしないし、この時間だと、下には誰もいないからね!」
「まあ、それもそうだけど……。君って吟遊詩人なの?さっきライアー持っていたよね?」
キャロルはウェンティに尋ねると、彼はにっこりとした笑みを浮かべながら頷いた。
「そうだよ!ボクは吟遊詩人だ。キャロルは冒険者だよね?ここを掃除にくるのはシスターか冒険者しかいないんだよ。でも、君はシスター服では無いし、冒険者だよね?」
「あ、うん。そうだよ」
ウェンティがどうしてこの場所を掃除する人について知っているのか少し気になったが、キャロルは素直に頷く。
すると、ウェンティは少し考えるような仕草をした後、微笑んで風神の像を見上げた後、キャロルを見て、尋ねる。
「ねえ、キャロルは、風神の事をどう思う?」
「え?風神……?いきなりだね……。見たことは無いけどいい人……?神だと思うけど。……えっと……」
キャロルはウェンティに自分の考えを伝えていくが、途中で言葉を止め、辺りを見回すと、ちょいちょい、と彼を手招きして耳元に口を近付ける。
「……これは内緒なんだけど、正直風神とか、岩神ってかなり長生きらしいでしょ?だから責務に囚われて自分の国から出れないのってちょっとどうかなって思ってて……だから、長年頑張ったんだし好きに過ごしても良いと思うんだよね。もっと気楽に生きても良いんじゃないかな?って思うんだ」
「ふうん……?」
ウェンティはキャロルの言葉に興味深そうな瞳を向ける。
それを余所に、キャロルは少し早口に言葉を続ける。
「それに神っているだけでいいと思うんだよね。それだけで人の支えになるし……。あっ、これは秘密だよ。他の人に聞かれたら怒られてちゃうから」
「君って面白い事言うね……。どうしてそう思うの?」
「えっ?うーん、ただの私の意見だけど……」
ウェンティの言葉にキャロルは内心焦ったが、ウェンティはあまり気にしていないようだ。
それよりもキャロルの意見に興味があるのか、キラキラとした眼差しで『もっと教えて?』と言うように見てくるので、キャロルは少し子犬の様に見えてしまい、思わず笑って口を開く。
キャロルは自分より年下に見える存在に弱いのだ。
「えっと……神が国のトップになったら確かに安心だけれど、頼りきりになっちゃうでしょう?もし神に何かあった時、人は最初混乱しちゃう。だから、いっそ消えたりしてる方が人達が頑張らないと!ってなるから私は風神の考えはいいと思うんだよね。それに、人って力を合わせれば強いでしょ?」
「成る程……」
ウェンティはキャロルの言葉に少し考え込む。
そんなウェンティを見て、キャロルは少し考え込んでしまう。
(やっぱりまずかったかな?でも、何故かこの子には話していいって思ってしまったんだよね……)
ウェンティはキャロルの話を楽しそうに聞いていたが、ふと優しい微笑みで微笑んだ。
「君は、風神が気楽に好きな事をしたら良い……そう思うんだね」
そう言ったウェンティの緑色の瞳は、まるで透明で清らかな瞳をしていた。
それを見た瞬間、キャロルは自分の心が何故か穏やかになり、そして不思議な熱が生まれたような気がした。
(やっぱり……やっぱり、どうしてか、懐かしい様な気がする……)
キャロルはそう思いながらも、ウェンティの言葉に『うん』と小さく頷いた。
「君は不思議で、優しい考え方をするんだね。……ボクは好きだよ」
「え、ええ……?そ、そうかな……?」
ウェンティの言葉にキャロルは何故か照れてしまい、視線を彷徨わせる。
なんだか気恥ずかしく思ったのだ。
そのキャロルの様子にウェンティはクスクスと楽しげに笑い、そして、キャロルから少し離れると、風神の像を見上げる。
「そっか。なら、もし風神が気楽に旅をしてもいいと思ってくれるのなら……きっと彼も嬉しいって感じると思うよ」
「そうかな……?そうなら、嬉しいな……」
(どうして君が嬉しそうな顔をするんだろう……)
キャロルはそう思いながらも、ウェンティと同じ様に風神の像を見上げる。
まるで風神に会ったことがあるような口ぶりをするウェンティに、キャロルは引っ掛かりと、何となく察した様な気がしたが、それを尋ねるのは野暮な気がするし、もし違っていたら恥ずかしいので言わない事にした。
──そして、その代わりにキャロルは別の言葉を紡いだ。
「うん。だって頑張った人は報われるべきだよ。そうじゃなきゃ、悲しいでしょ、神なんて人より沢山生きてるんだから、楽しい事をもっと経験しなきゃ」
「そうだねぇ」
ウェンティはキャロルの言葉に頷き、嬉しそうに笑った。
そんなウェンティの姿を見て、キャロルもまた微笑んだのだった。
それから、軽くキャロルはウェンティと会話をし、その後にウェンティは用事があると言って去っていった。
だが、不思議とキャロルはまた彼に会える気がした。
いや、会えたらいいな、と思った。
彼の独特な雰囲気はキャロルに心地良さを与えていたからだ。
(ウェンティ、かぁ……。)
そう思いながらキャロルは掃除を始めたのだった──。
※※※
それから度々キャロルはウェンティにたまたま会うと、様々な話を聞いた。
彼は様々な地を旅しているらしい。
それに彼の詩はとても素敵で、キャロルは彼の詩を聴くのが好きだった。
あまり楽器に興味がなかったキャロルだが、ウェンティの弾くライアーの音は心地が良くて好きだ。
だから、キャロルはウェンティに興味本位で『どうやったらライアーを弾けるの?』と尋ねた。
すると、ウェンティは『ボクに掛かれば朝飯前だよ、弾いてみる?』と笑いながらライアーを貸してくれたので、キャロルはそれを弾いてみたのだが……やはり上手に弾く事は出来なかった。
「うう、難しい……指が攣りそう……」
「あははっ!まあ、誰でも最初から上手くは弾けないからね!」
ウェンティは楽しげに笑いながらも、キャロルに『まず姿勢からだね』と優しく教えてくれた。
ウェンティの教え方は上手く、キャロルはすぐそれに馴染むことが出来た。
(なんだろう……教え方が上手いっていうのもあるけど……なんだか不思議と彼を見てると安心するんだよね……)
それはディルックやガイアとも違うし、祖父母とはまた違う。
ウェンティから感じるこの安心感の正体が、キャロルは分からない。
──それは熱情では無いし、敬愛とも違う。
きっとキャロルが彼に感じているのは親愛に近い気がするのだ。
ただ、彼がよくお酒を飲んでいる事が多いので、そんな所は少し注意しなければならないが。
どうやら見かけは幼いが、成人はしているらしい。
割とテイワットでは見た目と年齢が合わないことは多いので、あまり気にはしないが。
物語でもよくあるし、『カナデ』の記憶の物語でも、全く見た目と年齢が合わない者なんてザラにいたからだ。
──だからこそ、キャロルはウェンティの見た目に惑わされはしなかった。
それに、別に年齢なんて関係ない。
だから、キャロルは親しみを込めて彼に接するし、彼もキャロルに対して友人の様に接してくれている気がする。
だけれど、彼の話す詩はよく聞いた事があるものだけでは無い、実体験を謳っているかの様なものもあった。
だから、彼は旅した時に色々な人と出会ったのだと分かるし、それらはきっと彼にとって大事な思い出なのだろうとキャロルは考える。
(羨ましい。私もやっぱり、ウェンティみたいに色々な場所を旅してみたい……)
──その思いは日々強くなるばかりだ。
ウェンティは自由で、何処か楽しそうな雰囲気がある。
まるで風に漂う綿毛の様に軽やかで、吹けば飛ばされてしまうぐらい掴み所がない様に思えるのに、気付けば側にいる様な、そんな存在。
そんなウェンティが羨ましく思う。
彼がライアーを弾きながら歌う詩も、何処か耳に馴染む様に心に響く。
──だから、ふと思ったのだ。
キャロルはいつも通り偶然あったウェンティにお願いしてみる事にした。
「ねえ、ウェンティ。お願いがあるんだけど」
「うん?どうしたの?」
キャロルが話しかけたら、ウェンティはニッコリ笑っていつもの様に笑顔を浮かべる。
しかし、その瞳は穏やかな眼差しでキャロルを見ている。
それがやはり安心出来て、キャロルも自然と表情が緩んだ。
「えっと、良かったらさ、ライアーをまた度々教えて欲しいし……良かったら、ウェンティって弓使えるよね?それも教えて欲しいと言うか……」
「え?弓?」
キャロルの言葉にウェンティはきょとんとした表情を浮かべる。
それを見て、ああやっぱり困らせてる、とキャロルは思う。
普段なら気を使ってこんなお願い事を他人にした事は無い。
(自分でも無茶を言ってるなぁとは思っているんだけど……ようやく分かったような気がする。私が彼に求めているのは……)
それはずっと心の中で燻っていた火種。
ウェンティと一緒にいた時に、彼と話をしたり、彼にライアーを教わったりしているうちに、少しずつ大きくなっていった『何か』。
「つまり、私に教えてくれる存在……師匠的な存在になって欲しいの!」
キャロルの言葉にウェンティは今度は驚いて目を見開く。
その反応を見て、やっぱり困らせているんだと察したキャロルは、やっぱり取消しようとしたが、その前に彼は直ぐに笑顔を見せた。
「良いよ!」
ウェンティは満面の笑みを浮かべたまま、キャロルの手をぎゅっと握った。
その勢いの良さに驚くものの、自然と嫌な気持ちはせず、寧ろ嬉しく感じてしまった。
「じゃあ、ボクと君は師匠と弟子だ!これからよろしくね!」
そう言ってウェンティはキャロルの手を握りしめたまま笑顔で言ったのだ。
キャロルは、これまで様々な体験をしてきた。
だけれど、誰かと関係を自分から結ぶのはこれが初めてかもしれない、とキャロルは思った。
だけど、彼とならその関係が続けられるだろうという不思議な確信がキャロルの中に生まれていた。
それから会う度にキャロルはウェンティに色々な事を自ら知りたいと言い、教わるようになった。
少しずつ成長していくのを実感出来るようになった。
ウェンティの教え方は上手くて、分かりやすく、それを吸収していくのが楽しい。
だからか、キャロルはどんどん上達していったし、ウェンティもそんなキャロルの成長を嬉しそうに見守ってくれた。
※※※
それからある日の事。
ウェンティはまた別の国に旅する事にしたらしい。
今、二人はモンドの「風立ちの地」にいた。
風立ちの地は、西風騎士団を設立した初代大団長であり、初代
彼女は神となり、巨大なオークの木が彼女の死後、育ち、現在は四風守護の西風の鷹としてモンドを見守っているとされている。
その為、一時的な別れになるのだ。
悲しげなキャロルを見て、ウェンティは口を開いた。
「ねえ、キャロル」
「ん?なに?」
「君にボクから贈り物をあげるよ」
ウェンティはそう言いながらキャロルにとあるライアーを差し出した。
それは以前、彼がライアーを貸してくれた事があったから、それとは全く違う形をしたものだと分かった。
「これ……」
「それはね、君の為に用意したライアーなんだ。名前は「フォーゲル」だよ。君がボクがいなくても練習出来るようにね」
「ウェンティ……」
キャロルは嬉しいやら、申し訳ないやら、複雑な気持ちだった。
だが、彼のその気持ちを無下にする事は出来なく、キャロルは素直に受け取る事にした。
「ありがとう、ウェンティ。私、大事にするね」
「うん。君の音色は面白いからまた聴かせて欲しいな」
「……それって褒めてる?」
キャロルの言葉にウェンティは笑った。
その笑みにつられて、キャロルもまた笑みを浮かべた。
「ちなみにね、これはこうしたら……ほら、神の目みたいになるんだ。ね?」
ウェンティがそう言いながらライアーの一部に触れると、それはまるで神の目のような形にに変化する。
それを見てキャロルは目をキラキラと輝かせた。
「おお!……って、ん?あの、もしかしてウェンティが持っている神の目ってこれと同じ仕組みで……作り物……?」
キャロルが驚いたように尋ねると、ウェンティは「ああ、うん。そうだよ」とあっさりと肯定した。
その反応にキャロルは目を見開くが、ウェンティは相変わらずマイペースだった。
「じゃあもしかして……ウェンティって神の目が無くとも元素力を使えたりする……?風元素思いっきり前に使ってたよね?」
キャロルが尋ねると、ウェンティはにっこりと笑みを浮かべながら、答える。
「うん、使えるよ」
……──
それが常識だ。
だが、ウェンティは噂に聞いた神の目によく似ているが、強い力が使え、代わりに副作用があるらしい「邪眼」を持っている様には見えない。
前に冒険者のアリスが書いた本にこんな事が書いてあった。
──異世界の人間なら神の目が無くても使えるかもしれない。
だが、ウェンティは明らかに、このテイワットの住人だ。
つまり、キャロルの脳裏に導かれる答えは──……。
キャロルは驚いたように目を見開いていたが、ウェンティのマイペースな性格や言動を思い出し、何となく納得してしまう。
「も、もしかして……ウェンティは
恐る恐る尋ねると、ウェンティはまた微笑んで口を開く。
「うん!そうだよ」
「……そ、そうだったんだ……アハハ……」
(……つまり、神の目の模造品を持っているのは、多分この子の事だから、趣味とかそういう理由が強いんだろうな、コレ!普通に世間体も気にしてるかもしれないけど!)
そう結論付けてキャロルは呆れた様な、乾いた笑い方をしてしまう。
だが、そんなキャロルとは対照的にウェンティは楽しそうに笑っていた。
だが、それを見て、初対面時にキャロルがウェンティに言った事を思い出す。
──『風神の考えはいいと思う』
──『神なんて人より沢山生きてるんだから、楽しい事をもっと経験しなきゃ』
「わ、わぁあああ!!ウェンティ!!私があの時、初めて会った時に言った言葉忘れてるよね!なんか物凄く失礼な事言ったよね!ごめん、私!」
「え?ああ……いや、別に気にしてないよ?面白かったし」
「面白かったってなんなの……!いや、あの、私は言ったら悪いけど、あんまり『信仰』をちゃんと出来ない人間だけど……ウェンティが神だっていうなら、うん。気を悪くさせてたならごめんね」
キャロルがそう言って頭を下げながら、謝ると、ウェンティはまた微笑んで口を開いた。
「ううん。キャロルらしいよ。もしかしたら他の神達とも友人になれるかもね、キャロルは。『モラクス』とか」
「それ璃月の神じゃん!?……あそこ歴史長いから本人はまだしも他がうるさそう……。まあ、私がそのモラクスに会う事が出来るか分からないけど」
「会えるよ、きっと」
「え……?」
ウェンティの言葉にキャロルは顔を上げる。
すると、彼は微笑んだまま口を開く。
「君が望むならね。あの爺さん割と君みたいな子は好きそうだし。君は真っ直ぐだけど、ズレた所とか気に入られるんじゃないかな」
「そ、そうなんだ……?でもちょっと他の神には興味あるかも。でもさ、私も君の秘密を知った訳だし、私も秘密を言うべきかな……。多分、聞いたらドン引きするかもしれないけど」
キャロルの言葉にウェンティは『へえ?』と興味深そうに眉を上げる。
その表情にキャロルも覚悟を決めて、口を開いた。
「あのね、私……実は異世界で生きた記憶があるんだよね。
「えっ……?!」
キャロルの言葉にウェンティは目を見開く。
それを見て、やはり驚かせてしまったとキャロルは思うが、それでも続けた。
「私、ずっとこの事は誰にも言ったら駄目だって思ってた。でも、ウェンティには打ち明けておこうかなって思ったのは……君にはなんとなく何でも話せるというか……信じてみたくなる何かがあるの。バルバトスである事も関係するのか分からないけど……」
「……」
ウェンティはキャロルの言葉を聞いて、真剣な表情で考えていた。
そして、数秒程沈黙した後、口を開いた。
「……うん、話してくれてありがとう。ボクは君を信じるよ。……ただ、キャロルはボクを信じてくれるの?バルバトスだって」
ウェンティの言葉にキャロルは少し考える様に首を傾げるが、すぐに微笑んで口を開いた。
「うーん。正直、半信半疑だったけど、無意味な嘘を今言う必要もないし、わざわざそんな嘘をついても得なんてしないよね?……それに私は、ウェンティといて、なんか落ち着いたんだ。でもウェンティがバルバトスなら、納得はいく。」
「……そっか。うん、じゃあボクもキャロルを信じるよ」
ウェンティの言葉にキャロルは『ありがとう』と微笑みを浮かべる。
──そんな二人の頭上を一羽の鷹が通り抜けた。
風立ちの地によく出没しては、自由に空を飛んでいる個体の鳥だ。
その鳥はまるで二人に挨拶をする様に一瞥し、一声だけ鳴くと、遠くへと飛び去って行く。
ウェンティは去っていく鷹を見て微笑むと、またキャロルへと視線を戻した。
「じゃあ、キャロル!この贈り物を大事にしてね!」
「……うん!ウェンティも元気でね!」
互いに笑顔で別れの言葉を交わす。
キャロルはウェンティを手を振って見送り、ウェンティもまたキャロルに手を振り返した。
その姿が見えなくなるまでキャロルは手を振り続けた。
そして、姿が見えなくなった後、小さく呟く。
「ウェンティ……また会えるよね……?」
そんなキャロルの問いかけに答える声は何処にもなかった──。
どんな話がみたいですか? 参考にいたします!
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