白星の君へ   作:F1さん

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近づく距離

 

 

 ──その日はキャロルの誕生日だった。

 

 キャロルは祖父母と自分の誕生日を祝うが、その前にお昼にはディルックやガイア達と食事をするという約束を毎年していた。

 

 その年は忙しかったが、なんとか時間を作れたので、今回は開店前のエンジェルシェアを貸切にし、祝う予定だった。

 

 キャロルは今回、その日の前まで璃月で過ごしていたので楽しみにしていた。

 璃月に行く前にはどこかソワソワしている様子も見られたからだ。

 

 ──なのだが。

 

 ガイアが騎士の仕事で忙しいと言い出し、ディルックの父であるクリプスもワイナリーの仕事があるから、と言われた。

 また、シュヴァルツは今は塵歌壺内が気に入ったらしく、壺の中でお昼寝中だ。

 

 ──つまり。今はディルックとキャロルはエンジェルシェアで2人きりである。

 

「久しぶりだね、2人なの。仕事どう?」

 

 キャロルが楽しそうに肘を机に置き、笑顔を浮かべながらディルックに質問をする。

 

「僕もガイアも相変わらずだな……だけど、騎士団のみんなは良くしてくれるから助かってるよ」

 

 ──すると、ディルックいつものように答える。

 

 そこまではいつも通りだ。

 しかし、二人ともいつもよりソワソワしているのが分かる。

 キャロルは分かりやすくそわそわと視線を右往左往させており、ディルックは物を取りに歩いたり、飲み物や料理を取りに何度も席を立ったりと、少し落ち着かない様子だった。

 

 ──しかし、お互いに会話を交わすといつも通りに戻るのだ。

 

「そうだね。あっ……そういえばお土産があるんだよ! これなんだけれど……」

 

 キャロルは袋を取り出すと、袋から鉱石の付いたペンダントを取り出す。

 

「夜泊石って石らしいよ。綺麗だったから、これを買って来たんだ。貴重だからお守りにもなるみたいな話を売ってた人もしていたんだよね、だから良かったら」

 

 キャロルがペンダントを差し出す。

 

「……ああ、うん。ありがとう、嬉しいよ」

 

 ──そう、ディルックが答えると、そのペンダントを素直に受け取った。

 

 そして、キャロルは「私はシュヴァルツとお揃いのリボンをかったんだ」と腕の服を捲り、巻いているリボンを見せる。

 

「色、綺麗だよね? 高そうだしいい買い物をした気がする! 今度シュヴァルツも連れてくるね! こう、仲良しな感じなんだよってアピールしてあげる!」

 

 キャロルが嬉しそうに語ると、「ああ……」と返事をする。

 ──その会話以降、2人の間に沈黙が流れる。

 だが、そんな時、ディルックは口を開いた。

 

「……キャロルは、モンドが好きかい?」

「……うん、好きだよ。優しい人達が多いし、私はここに産まれて良かったと思う」

 

 すると、その返答にディルックは目を細めたが──次には、思考した様子を見せた。

 そして、キャロルに近付くと、真剣な顔で彼女を見据える。

 

「……キャロル。やはり旅をしたいとまだ思う? 自分の旅を続けたいと」

 

 キャロルは驚いた表情を浮かべるが、しかし真剣な表情の彼に、思わず口を開く。

 

「う、うん……まあね。だから『冒険者』になったんだし……あ。また騎士にさせようとしてる? 駄目だよ、なりません」

 

 そう話すと、「違う」と彼は言うと、キャロルの瞳を真っすぐ見据えた。

 

 ──そして。

 

「僕は、君といたい。暫く君が璃月に行って、数日……いない間ずっと考えていた。ずっと一緒にいたいんだ。僕も君も、もう子供じゃないだろう? ……いや、大人と呼ぶには幼過ぎるかも知れないが──いや、僕はそういう話をしているんじゃないんだ」

 

 彼は深呼吸をすると、キャロルともう一度視線を合わせた。

 

「……僕にとって、君は大切な存在だ。僕は、君を愛している」

 

 キャロルは暫く固まると、じわじわと顔が赤くなるのが分かった。

 そして「え?」と困ったように口を開くと、彼はそのまま言葉を続けた。

 

「別に、君に今すぐ答えを求めてる訳じゃないよ。だけど──僕の気持ちを知っておいて欲しい。……今日はそれだけ伝えたかったんだ」

 

 キャロルは手を胸に当てると、眉を下げて困った様子を見せる。

 ──確かに自分にとっても彼は大切だ。

 この世界で初めて『一緒にいたい』と思った人だ。

 しかし、それは子供の頃からずっと一緒にいたせいだと思っていたし……違うのだろうか?

 それに──そもそもキャロルは『好き』という感情が良く分かっていない。

 

(だって……分からない。私は彼の事を好きなんだろうか?)

 

 キャロルは一人で顔を赤くしながら、頭の中でぐるぐると思案を続けていると、自分の中の『カナデ』が『好き』とは何かを脳内で語り始める。

 

(それは──)

 

「……う、うん。その……」

 

 キャロルはそう、声を絞り出して声を出す。

 

(私にとっての──それは……)

 

「私も好きだよ」

 

 そう言うと、キャロルは徐々に赤くなって顔を俯かせた。

 ──そこまで言うと、彼女はハッと我に返り、両手で口を押えた。

 そして、キャロルはハッとすると、頭を冷やそうと口に飲み物を含む。

 しかし、飲み込んでから気付く。

 今口に含んだ飲み物はアルコール入りのカクテルだったと──。

 キャロルは口からグラスを離すと、言葉を発した。

 

「〜〜っ!!?」

 

 すると、目の前のディルックが小さく笑い声を上げたのが聞こえた。

 ──すると、キャロルの先程までのソワソワとした気持ちが不思議と落ち着き始めていた。

 

(……あれ、なんでか、本当に落ち着いた)

 

 キャロルは顔を上げると、笑顔を浮かべる。

 

「うん、やっぱり君といると楽しい。私の退屈な日々に手を差し伸べてくれたのは、君だった。だから、その。ありがとう。私も、きっと君の傍にいたいよ」

 

 キャロルは微笑み、素直な気持ちを彼に伝える。

 

 ──するとディルックは少し驚いた表情を浮かべると、その後直ぐに何か眩しい物を見るように目を細めた。

 

「……君は、本当に変わらないな」

 

 そう呟くと、彼はキャロルの手を取る。

 

「どこかに行きたいなら、休みを取って一緒に行こう。2人ならきっと楽しいから。プライベートで何処かに行くなら、キャロルとがいい」

「う、うん」

「モンドだけではなく、他の国にも。君と共になら、どこだって行きたいし見たいな」

 

 ──ディルックはそう言うと、キャロルの手の甲に口付ける。

 

「!」

 

 キャロルは驚いて手を引っ込めようとしたが、それを彼は離さなかった。

 そして柔らかい眼差しを向ける。

 それは穏やかな笑みの筈なのに──何処か艶やかさも含まれた不思議な笑みだった。

 キャロルはドクンと高鳴る心臓に困惑する。

 

「あ、あの……え、えっと……」

 

 キャロルはバクバクと鳴り響く心臓の音に戸惑う。

 

(な、なんかこう! 分からないけどドキドキする!?)

 

 キャロルはゴクリと唾を飲み込むと、深呼吸をした。

 そして、鼓動を落ち着かせると彼に笑みを浮かべる。

 

「そうだね……私も君と一緒になら……何処へでも行きたいよ」

 

 キャロルがはにかみながらそう言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ああ、楽しみにしているよ」

 

 ──それから暫く2人で他愛のない話をして過ごした。

 

 何かを埋めるように、楽しい話を中心に。

 子供の時のように。

 何をしていたかや、どう苦労したとか。

 そんな話をしていると、時間の流れも早く感じられ……そろそろ店が開く時間に近くなったのでバーテンダーが来たため、2人で外に出る。

 

※※※

 

 それから、少し躊躇ったが、キャロルは告げる。

 

「えっと……今日はありがとうね、久しぶりに会えて嬉しかった。その、良かったらもう少し歩かない?」

「ああ、構わないよ」

 

 キャロルの提案に、彼は頷くと2人並んで歩き出す。

 

 同じ速さで同じ歩幅でモンド城を少し歩いたが、キャロルは笑顔で彼の服を掴み、モンド城の外に出ようと指で示す。

 

「ねえ、折角なら少し外に出ない? 外の風景も見たいんだ」

 

 その提案に彼は頷き、2人はモンド城の外へ出た。

 空は澄んだ青色で、爽やかな風が2人の髪を揺らす。

 

「ディルックの髪、伸びたね。昔はちょこん、って結んでたのに」

 

 キャロルが楽しそうにそう言うと、彼は小さく笑う。

 

「君もね。……モンドの風は心地良いだろう?」

「うん、凄く気持ちいい! 私さ、もし『神の目』が現れたら風がいいな。風って誰かを支える事が得意でしょう? 私は皆に支えられてるし、そういう力があればいいなって思うんだ」

 

 キャロルが遠くを見ながらそう話すと、ディルックは笑う。

 

「君らしいね。誰かを支える……か。君の得意な事だと思うよ」

「そうかな? ふふ、ディルックは冷静に見えるけど割と一直線だよね。前に私が知らない子に追いかけられてたら助けてくれた」

「ああ、そんな事もあったね」

「あはは。懐かしいなあ。たまにやんちゃして大人の人に怒られたよね」

 

 モンド城の門の少し先にある橋を渡りながら、2人は話をして歩く。

 鳩たちが不思議そうに近付いて来るが、キャロルは彼等に優しく微笑んだ。

 

「お。私の事覚えてた? って、そんなわけないか。餌あげてるから人馴れしてるなぁ。『危害を加えるわけないだろ』的な顔してる」

 

 キャロルはそう笑って、しゃがんでいた腰を軽く上げると立ち上がる。

 そして、餌になりそうなものがないか、バックをゴソゴソと漁り始めた。

 

「キャロル、あまりあげすぎるのは良くない」

「大丈夫だよ。お。パンがちょっとあった。ほら。あげよう〜」

 

 キャロルはパンを千切って鳩にあげ始める。

 

「ほら、君もおいで。ご飯あるよ〜」

 

 その様子を前にしたディルックはため息をつくが、楽しそうに鳩と戯れるキャロルを見て目を細めた。

 キャロルは動物に対して話しかける癖がある。

 特に鳥に対してはそれが顕著だ。

 言葉は通じないのに、キャロルは嬉しそうな表情をしている。

 それはここが平和である証であり、モンドに安心と平穏を与えてくれる象徴のようにも見える。

 ディルックはただの無邪気な子供のようだ、と思った事は何度もあったが──しかし、時に聡明な部分を見せる事もある。

 だが、そのどちらもキャロルである事は変わらない。

 そして、そのどちらの姿も愛おしいと感じる。

 

(キャロル……僕は君に救われている。最初出会った時に、無茶を言って遊ぼうと話しかけた僕にも優しく応えてくれた。それから何度一緒に遊んだだろうか?)

 

 彼は微笑む。

 それを思い出しながら、今はキャロルが楽しそうに笑う姿を見ているだけでも幸せな気分だった。

 ディルックが厳しい勉強や戦闘訓練をしたのは、父の期待に答える為だった。

『神の目』に選ばれず、西風騎士団にもなれなかった父は優しかったが、夢を諦めきれず……焦っていたようにも思えた。

 父の期待に答えなければ、と強い使命感に駆られていたのだ。

 そんな時にいつも義弟のガイアやキャロルが傍にいた。

 勿論ラグヴィンド家の子供として産まれた誇りは忘れないが『ラグヴィンド家の跡取り』である事を少しだけ、忘れられた。

 彼はずっとキャロルを友人だと思っていたが、ただの友人ではない事は自分でも気付いていた。しかし、それは伝えるべきではないと思っていた。

 自分の気持ちを押し付ける事は出来ない、と。

 

(でも、こうして笑っているキャロルを見る度に、そんなしがらみはどうでもよくなる)

 

 だが──これからはもう我慢はしない。

 

 モンドも大事だが、彼女の事だって大事だ。

 キャロルはディルックに応えてくれた。これからは、理由なんか付けなくても、彼女は自分といてくれる。

 もう諦めなくてもいいんだと、ディルックは小さく微笑み……キャロルの名前を呼ぶ。

 

「キャロル」

 

 呼びかけると、鳩に餌をあげ終えたキャロルが顔を上げた。

 

「ん? あ。ごめんね夢中になりすぎてた」

 

 キャロルが謝ると、彼は首を横に振った。

 

「いや、構わないよ。ほら、まだ一緒に歩こう。今日は誕生日だし、遅めに帰った方がいい。おばあさん達がご馳走を用意しているだろうから」

「! や、やっぱりそうかな?」

 

 キャロルは目を輝かせると、立ち上がったかと思えばディルックに近づき、手を引っ張った。

 

「じゃあ次はどこいく? 景色いい所に行く? 『星落ちの谷』? それとも『誓いの岬』にしようか?」

 

 子供のようにはしゃぐキャロルに、彼は微笑む。

 

「そうだね。君の行きたい場所に向かおうか」

 

 そして、2人は手を繋ぎながら、モンドの景色を楽しみながら暫く歩いた。

 

 それからキャロルの家で小規模なキャロルの誕生日パーティを皆で祝ったのだった。

 

 

※※※

 

 数日後。

 あれからちょくちょくとキャロルとディルックは一緒に出掛けるようになっていた。

 勿論、仕事の合間を縫ってだが。

 たまに騎士団の仕事でディルックが遅くなったりするが、キャロルは気にしなかった。

 ディルックが活躍をすればモンドの皆も、キャロルも、ガイアやディルックの父も喜ぶ。

 キャロルはそう知っていたからだ。

 そんな時は暇つぶしに誰かと話したり、ライアーを演奏をしたりしていた。

 最近は別に旅に拘る必要は無いかもしれない、とキャロルは思い始めていた。

 前世の『カナデ』には悪いが、こういう人生も悪くないと感じている。

 ディルックを支えて平穏に暮らす。

 刺激は少ないかも知れないが、それでも大切な人達と平和に暮らせるなら……幸せだ。

 そして、このままこの日々が続けばいいな、とキャロルは思っていた。

 キャロルは争いは好まない。平和に暮らせればそれだけで幸せだ。

 

 だが──平穏は突如として崩されるものだという事をキャロルも、知らなかったのだった……。

 

 

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