白星の君へ   作:F1さん

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ちょっとした日常的な。恋人になった後の話です。
まだ原作沿い進められないので、オリジナル話を考えたいのですが思いつかず。とりあえず思いついた話です。




 

 ──ファデュイ。

 

 テイワットに住む人々であれば必ず一度は聞く組織名だ。

 基本的には悪名高いが、大きな組織である為、それを指摘できる人間はいないだろう。

 カナデは、小さく欠伸を噛み殺しながら、廊下を歩いていた。

 塵歌壺の鳥達が住む部屋に行き、餌を先程あげたばかりだ。

 後は支度も終わったので外に出るだけ、なのだが。

 

「今日はどうしようかな……近くの国で依頼でも探してもいいけど……うーん」

 

 カナデは考えを巡らせる。何気なく外を見れば、変わらぬ晴天が広がっていた。

 この塵歌壺は、テイワットとはまるで違う洞天にある為、天気はあまり変わらない。

 

「……ふむ。今日の気分は違うかな」

 

 そう呟いて、腕を組むと、カナデは瞳を閉じ、一度深呼吸をした。

 

「──決めた。今回は私がドッキリを仕掛よう」

 

 そう呟くと、カナデの足取りは少し軽くなる。最近届いた手紙で場所は掴んでいるし、彼女の情報網は広い。

 それに──……。

 

「普通に誘うのも面白くないし、それはそれとして、なんか、こう。はずいし……」

 

 誰に聞かれるわけでもなく、一人呟くと、カナデは口元に手を当てて小さく笑う。

 それはまるで悪戯を思いついた幼子のような無邪気な表情だった。

 そしてそのまま足早に、部屋を後にしたのだった。

※※※

(意外とバレない……)

 

 今、カナデは変装をしていた。たまに用事があり、ファデュイに『立場』は作って貰っているが、それとは別に、ウイッグを使ったりして普段とは違う髪色や瞳の色にしている。

 ファデュイの下の人間は基本的に仮面をしているのでバレにくさは増す。

 実際、誰にも怪しまれる事無く、ファデュイの基地内にも溶け込んでいた。

 ガバガバだな、このセキュリティ。

 思わずカナデは内心そう呟くが、逆に今は好都合だった。そのまま誰も見ていないのを確認すると、スタスタと目的地に進んでいく。

 そして、ファデュイの基地内の一角にある小さな部屋の前で、カナデは立ち止まった。

 

「ここか」

 

 そう呟くと、辺りをキョロキョロと見回しながらカナデは、部屋の扉にそっと手をかけるとゆっくりと少しだけ開いた。中を覗き込むと、退屈そうに書類を見ている青年が一人いる。

(どうしようかな。多分もう足音を忍ばせて無いし、誰かが来ている、ってのには気がついているだろうけど)

 話しかけるべきか。間違えた、で押し通して引き続き観察を続けるべきか。……それとも、このまま無言で立ち去るべきかとカナデは考えを巡らせる。

(うーん。どうしようかな)

 そうこうしている内に、ふと、青年の視線が上がり、カナデと交差する。

 一瞬、固まってしまったが、変装をしているのだから問題ないだろうと考え直し、とりあえずまずは、軽く会釈だけした。

(本当は遠くから観察するのが目的だったんだけど……今からでも扉閉めれば大丈夫かな)

 そう判断したカナデは、一度開けた扉を、とりあえず一旦閉めた。

 それから、何事も無かったように、部屋に背を向けると、その場から立ち去ろうとしたのだが──……。

 扉が開く音。そして、背後から感じる気配。

 カナデは内心舌打ちをする。

 このまま立ち去ったら流石にヤバいか。そう判断したカナデは、覚悟を決めて後ろを振り返る。

 そこには予想通り、先程の青年がいた。

 

「用事でも?」

 

 そう、問いかけられる。カナデは内心冷や汗をかいた。まさか話しかけられるとは思わなかったからだ。

 そのままスルーして欲しかった。

 だが、こうなってしまっては仕方がない。

 カナデは少し考える素振りをすると、口を開く。

 

「すいません、迷子になっちゃいまして」

 

 そう答えると、青年は少し驚いた顔をした後、「へぇ?」と返す。そして、口元に笑みを浮かべると、「それは大変だね」と言った。

 本心で言っているのだと思うが、どうしてこんなに胡散臭いんだろうか。

 カナデは静かに思う。

 パーツ的には整ってはいるが、相変わらず青年──ファデュイの執行官第11位『公子』タルタリヤはどこか信用ならない雰囲気を醸し出している。

 多分にこやかな笑みをしてはいるが、それを繕っている様だからだろう。

 カナデは彼が『人のフリをしている化け物』に見える時がある。

 彼は正真正銘人間なのだが、何かに魅入られたせいで、普通でいる事を放棄したような。

 とは言えそれをここで指摘するのは得策では無いだろう。カナデは、とりあえず無難な言葉を選んで返す事にした。

 

「はい。ですから、どこかに入って道を訪ねようとしましたら、明らかに豪華な部屋だったのでやっぱりやめて、別の方に道を聞こうと思いまして」

 

 演技をする時を思い出しながら、声音を変え、仕草を少し変える。カナデの返答に、タルタリヤは顎に手を当てると何かを考えるように視線を動かした。

 

「まぁ確かにこの基地内は、入り組んでいるからね。迷いやすいかもしれないな」

「えぇ。なので、どう行けばいいかご存知でしたら教えていただけますか? 私は、他の方々が作業している場所に行けばなんとかなると思っているのですが……。方向はどちらでしょうか?」

 

 カナデの言葉に、タルタリヤは微笑みを崩さずに口を開く。

 やっぱりなんというか、表面はいつも優しげなのに線を引いている様にも見える。

 こういう所が不気味に感じるんだよな、とカナデは心の中で思った。

 

「方向はわかるけど、少し距離があるね。それに道が入り組んでいるから案内するよ。着いておいで」

 

「あ。いえ、そこまではご面倒はかけられません。先程、お仕事をなされているのを見かけましたし、そちらを優先なさってください」

 

 カナデの言葉にタルタリヤは「ははっ! 別に気にしなくてもいいよ」と軽く笑って返す。

 

「でも、道順を説明できる自信が無いから着いてきてくれた方がありがたいかな」

 

(私は着いてきて欲しくないんだけど! バレないようにもう少し観察したいのに)

 カナデは心の中でそう叫ぶが、流石にそれを口に出せるわけもない。だが、このまま無下に断っては怪しまれるだけだ。

 というか、今の服装的に上司に逆らうヤバいやつ、という状況になるし、そんな態度をとったら自分が『カナデ』だとバレてしまうかもしれない。

 カナデは内心舌打ちをするが仕方がないと自分に言い聞かせ、「わかりました」と言って頷いた。

 

「うん。じゃあ行こうか」

 

 そう言って、歩き出したタルタリヤの後を慌てて追いかける。ちょっと新鮮な気分だ。

 普段ならば無理やり手を取ったりして連れていくから。

 それを考えれば、少しの寂しさと、自分が特別なんだと言う優越感と入り交じった複雑な感情が胸に生まれる。

 

「どうかした?」

 

 そんなカナデの心情を知る由もないタルタリヤは、不思議そうにこちらを見てくる。

 それにカナデは「いえ」と言って首を振った。そしてそのまま無言で後ろを歩く。

 ヒラヒラとタルタリヤの赤い背にまで回されたサッシュが揺れる。

 ヒーローを思わせる様な赤いそれは、いつ見てもカナデの前を美しく靡く。

 水元素を例えば先が水に濡れ、色が変わったりするのはやはり少し不思議だが、きっとファデュイの高い技術力がなせる技なのだろうと、カナデは一人で納得していたりする。

 彼は凄く背が高い訳でも、逞しい体つきでも無い。どちらかと言えば細身だが、やせ細っている訳ではなく、しっかりとした筋肉がついている。

 カナデは女性だし、詳しくは無いが男性は割と筋肉の付き方が違う様に見える。

 目の前を歩くタルタリヤは、無駄の無い、バランスの良い筋肉がしっかりついている。

 ──研ぎ澄まされた刃の様に。

(って───私。もしかして、また余計な事考えてる……)

 小さく首を横に振り、雑念を払う。カナデはついつい考え込む癖がある。

 歩いている人の持ち物を何気なく見たり、どんな理由でここにいるのだろう、とかそういった事を考えるのが昔から好きだった。

 暗い廊下には窓は無い。窓の代わりに、少し灰色にくすんだ壁があり、たまに明かりが並んでいる。

 スネージナヤは晴れも勿論あるが、気候から基本的に曇りばかりだ。つまり、ファデュイの人間はそう言った場所に『慣れ』がある人間が多い。

 無論、別の国から来た人間もいるが、別の国で活動していない限りは『慣れ』は必然と生まれる。

 カナデはモンド城に産まれた。

 晴れも多いが、基本的には風が多いし、湖もあり……昔、雪ばかりの場所だったため、寒い時もある。

 だから、スネージナヤの気候はカナデにはどちらかと言えば馴染み深いかもしれない。

 タルタリヤの足取りは少し軽い。

 恐らく、長い間書類仕事に拘束されていたのだろう。

 ちょっとだけいつもより動きが鈍い。それは、彼をよく見ているカナデだからわかることだろう。

 普段、ファデュイの仕事なんて手伝う事は滅多にないが、カナデは書類仕事の様な作業は嫌いではない。

 だから、たまに手伝うのだが、少しした後、直ぐにタルタリヤは体を動かす癖がある。

 勉強が苦手では無い様だし、長い間の釣りをする事もあるので集中できる事も出来るのだが、やっぱり、体を動かす事の方が性に合うらしい。

 

「あの」

 

 少し考えた素振りをした後、カナデはタルタリヤに呼びかける。

 装飾が多い服に身を包んでいる為、僅かに鎖のような、金属が揺れる僅かな音がカナデの耳に届く。

 

「うん? どうかした?」

 

 あまり姿勢がいいとは言えないが、不良と言うほど悪くもない歩き方をしていたタルタリヤは、カナデの声に反応して振り返る。

 軽く動いた時の風がふわ、と跳ねたテラコッタとピアスを揺らす。

 彼の表情は、口元は上がっているが、機嫌がいいとも、機嫌が悪いとも言えない平常の笑みをしている。

 滅多に見みない表情だ。カナデの知っているタルタリヤはもっとこう、ニコニコ、と散歩をしている犬みたいに笑っている。だが、今は違う。

 どこかピリッとした空気を纏っている。それは、執行官として、戦士として、の顔だろうか。

 

「……どうして不審に思わず、着いてきてくれるんですか? それに、あなたは偉い方でしょう? 普通なら、もっと、叱るなりするのではないでしょうか?」

 

 カナデの言葉に、一瞬虚を衝かれた様な表情をしたタルタリヤは、その後すぐに笑顔に表情を変えた。

 それは普段の、どこか腹に一物を抱えているようなそれだ。

 

「どうしてって? 俺がどうしようと俺の勝手だと思うけど? 君は俺が誰か分かっている様だから、話すけど。執行官だからって、一々怒鳴りつけたりとか、そんな事しないさ。そんなの時間の無駄だしね。『淑女』や『散兵』辺りはしそうだけど」

 

 そう言って肩を竦めてみせる。表情こそ笑っているが、その声色はどこか呆れている。

 裏表が無いというか。器が広いのか、それとも。変わりがないから、どんな人間も公平に裁く事が出来る、のか。

 彼は、例えば昨日一緒に笑っていた友人を、次の日には変わりない態度で切り捨てられるのだろうか。

 カナデは、そんな疑問を浮かべる。だが、それを聞くのは憚られた。

 だって、それは『壊れている』と伝えるみたいだから。

 カナデはタルタリヤを人間だと思っている。で、ずっとあって欲しいと願っている。

 それは変わらないで側にいて欲しい、と言うよりも。

『神』の様な人外の様な生物を倒せるのは『人間』であると思うからだ。

 そのままでいれば、彼はもっと強くなれる。邪眼の様な身体強化系の強大な力を使うかもしれなくても、きっと。

 タルタリヤが強くありたいと、そう願うなら。カナデはそう祈りたいのだ。

 他人から見たらそれは『異常』だと。思うけれど。

 

「──そう、ですね。適材適所、と言うやつですか」

 

「あぁ、そうだよ。だから別に歩きながら君を叱る、とか痛めつける、とか。そんな事はしないさ」

 

 カナデの呟きに、先程と全く同じ調子で紡がれた言葉。恐らく似た様な事を言う人もいたのかもしれない。

 

「そうですか」

 

 とりあえずカナデはそう返したが、本当は『別に興味が無いから』とか、そう言った意味が含まれていそうだとカナデは思う。

 どうせ家族以外だと興味あるのなんて、戦闘が強い人なんでしょ、とカナデは分かっている。

 でも一々口には出さない。そんな事したら『興味』を持たれてしまいそうだからだ。それは困る。まだこの距離感でいたい。だからカナデは返事をせずにそのまま歩き続ける。

 

「さて、着いたね」

 

 突然、言葉と共に歩くのをやめてこちらを見るので少し驚いたが、どうやら目的地に着いたらしい。

 

「はい。ありがとうございました」

 

 そう言ってカナデは軽く会釈をする。

 

「どういたしまして。……じゃあね」

 

 そう言ってひらりと軽く手を振ると、タルタリヤはそのまま立ち去っていった。

 どうやら最後まで自分の正体は見抜けなかったようだ。

 その背中が小さくなるのを黙って見送る。

 ──なんかちょっと複雑な気分。

 前に、どんな姿になっても、カナデだと分かってくれると言ったのに。

 自分の演技力に、少しだけカナデは落ち込んだ。

 でも、それを素直に口にする程子供ではない。その気持ちに無理やり蓋をする様にため息を深く吐く。

 これはこれで好都合だ。もう少し監視生活が出来る。

 

「──簡単にバラしてもつまらないし。もう少ししたら話そう」

 

 そう呟いた独り言は、誰にも聞かれることなく、空気の中に溶けて消えた。

 

※※※

 

「うーん」

 

 カナデは頭を悩ませていた。

 何だかんだ別に冒険者活動で稼ぐ必要も無いのでタルタリヤを観察する日が続いた。そして、そんな日が続いて1週間。

 そろそろ、カナデは我慢の限界が来ていた。

 絶対視線とかには気がついてる筈なのにリアクションが無い。流石の自分でも、もう限界だ。

 こうなったら直接行動に出るしかないだろう。

 

「よし」

 

 カナデはそう呟くと、スケジュールの確認や、準備を始めた。

 そして、次の日には計画を実行に移す。

 タイミングは夜。少しタイミングをズラすと、人がいなくなってる時間がある様だ。

 自分のチェックと、他のファデュイの人の証言で分かった事だ。

 その時間、人払いをして、仮眠室に居るようだ。

 カナデはその場所へ向かうと、足音を忍ばせ、気配を消して扉を開ける。そして、中へと入ると扉を閉めた。

 

「ん?」

 

 人の気配を感じたのだろう。こちらを向く気配と、声がした。だがその前にカナデはとりあえず鍵をかけた。

 それから、ベッドへ近づくと、横たわっているタルタリヤの腹の上に跨がる。

 すると、素早く腕を捕まれ、ベッドへと押し付けられた。

 これはカナデの予想通りだ。

 まあ、寝込みを襲われる、なんてよくあるだろうし、拘束されるなんてよくあるだろう。

 だから、それは予想の範囲内。

 

「君は、この前、あった子かな? こんな夜更けに、何か用かな?」

 

 そう問いかける声は穏やかだ。カナデからは顔は見えないが、焦りや動揺は見られない。

 きっと鋭い目付きでこちらを見ている事だろう。

 

「はい」

 

「何かな? 今、俺は少し休息中なんだけど? 殺しに来た──訳じゃ無いよね? 殺気が無いし、行動が雑すぎる。暗殺者ならもっと効率的にやるだろうからね。色仕掛け──ってわけでも無さそうだ」

 

 そう呟きながら、タルタリヤは覆い被さっている変装をしているカナデをマジマジと見つめる。

 きっちりと着こなした服は、ファデュイの制服。

 気崩して居たら可能性はあったが、きちんと着込んでいるのを見るとその線は薄いだろう、とタルタリヤは判断した。

 

「そうですね。違います」

 

 ちょっとこの体制だと顔を見ながら判断出来ないな、とベッドに押し付けられたままカナデは思う。

 あと地味に手が痛い。両手を後ろで拘束され、ベッドに押し付けているからだ。

 

「ふぅん? じゃあ、何しに?」

「それはですね」

 

 カナデはそう言うと、少し考える。なんと言えばいいのか、言葉として纏めるのは少し難しいからだ。

 でも、ここで言葉を間違えればきっともうチャンスは来ない。だから慎重に言葉を選ぶ。

 

「最初はちょっと好奇心で動いたんですけど……段々飽きてきたというか」

「うん?」

「いや、だっていきなり来て『こんにちは』なんてありきたりすぎてつまらないし。やっぱり観賞用として見ていた方が安全じゃないか、と思い始めもした、と言うか」

 

「は?」

 

 カナデの言葉に少し眉を顰めるタルタリヤ。意味がよく分からない様だ。まあそうだろう。

 

「でも……うーん。やっぱり少し物足りなさを感じ始めて、とでも言うか」

「なにが言いたいのかな?」

 

 少し堅い声音でそう告げる。気のせいか少しだけ、拘束されている手に力が入った気がする。

 だが、別に簡単に殺そうとしてくる人間では無いと分かってはいるのでカナデは怯えもせずに言葉を紡ぐ。

 

「あーうん。なら──最近手紙が来ないと思わなかった?」

 

「手紙? あぁ、確かに最近はきてないね」

 

 そう何でもない事の様に言うので若干腹が立つ。そっちが連絡する様に煩いからカナデは必死に文章考えたりしてたのに。

『あぁ、そういえば』みたいな感覚で返事するな、と怒りたいが今はそんな時間は無い。

 

「そう、それ。でも仕事とかの手紙じゃなく、プライベート用の方ね。でも、ふーん。そう。じゃあもう書かなくても良いね」

 

「は?」

 

 カナデの言葉に、少し驚いた様な声を上げる。その声を聞きながらカナデは続ける。

 

「え? だってもう送らなくていいでしょ? ……はぁ。そもそもなんで分からないのかなぁ」

「何が?」

 

 まだこの話を続けるのか、という様に少し怒気を孕んだ声で尋ねられる。

 だがカナデはそんな些細な事など気にしない。

 だって、もうこの話は終わりなのだから。

 

「私が誰か、まだ分からないって抜かすの? 所詮きみにとって私は、『その他大勢と同じ』な存在でしかないって事か〜あー、傷ついちゃったぁ。シクシク」

 

 カナデは態とらしい泣き真似をして見せ、残念そうな声音でそう言った。

 ここまで言えば、この態度なら、流石の『彼』も気が付くだろうと思って。

 

「────っ!」

 

 カナデのその言葉を聞いた瞬間、思わずといった様に息を呑み、それから少しして

 

「まさか」

 

 と、小さく呟いた声がカナデの耳に届くと、カナデの拘束を先程よりも弱め、そしてゆっくりと離れると、ようやくカナデは自由の身になった。

 握られて、僅かに赤い手首を擦りながらカナはベッドに座る。

 

「やーっと分かった?」

 

 と、悪戯が成功した様な表情でカナデは尋ねる。その言葉に、「ああ」と短く答えながらタルタリヤはカナデの手首を見る。

 赤く色付いたその手首は、きっとしばらく痛みが残るだろう。

 

「まさか、本当に君がカナデだったなんてね。少しは疑ってたんだけど」

 

「嘘。絶対疑って無かったでしょ? ほら。見てこれ。跡が残ったんですけど」

 

 そう言ってカナデは己の手首を掲げて、タルタリヤに見せる。その、赤く赤くなった部分を目にし、「あー」と目を泳がすタルタリヤ。

 そして、困った様な表情を浮かべて頭を掻く。

 

「それに関してはごめん」と言いながら、顔を逸らした。どうやら罪悪感を感じている様だ。

 これはいい弄りポイントかもしれない。

 カナデはそう考えると、にまにと笑い

 

 

 

「あーあ、これじゃあしばらく跡が残っちゃうかもなぁ。痛い、いたい。どう弁償してくれるのかなぁ? それともそういう趣味なの? うわぁ、引いちゃう〜」

 

 と、棒読みで言ってみる。

 すると案の定、その言葉にぴくりと反応し、タルタリヤはカナデに向き直り、

 

「いや。それは本当に悪かったって。でも、君だって、もっと早く言えば良かったじゃないか」

 

 と、反論してくる。

 それを聞きながらもカナデは首を傾げ、わざとらしく笑みをつくる。

 

「へ〜私のせいにするんだぁ? でも、私が傷ついたのは事実だよね? 物理的にも。心理的にも」

 

「はぁー。分かったよ。何をして欲しいのか教えてくれないかな?」

 

 カナデが自分の手首に視線を落とし、もう片方の手の人差し指で撫でながらそう言うと、タルタリヤはため息をつきながらそう切り出してきた。

 

「言質取ったけど、いいの? 何でもしてくれるんですかぁ?」

 

「は? 何でもとは言ってないよ」

「え? 酷ーい。女の子を傷物にしながら、

 そんなこと言うんだ? 懐ちっさ。いつの間にそんな器の小さい男になったの? ほら、何でもしてくれるよね? ね?」

 

 そう言ってカナデはわざとらしく悲しい顔をする。すると、困った様に眉を下げながら「あーもう! わかったよ。だからそんな顔しないでくれよ」と頭を搔きながらそう言ってきた。

 

「ふん。こういう時はちゃんと誠意を見せてくれないとね。はい、まず、横に座ってくださーい」

 

 カナデはそう言うと、ベッドに座る自分の横をぽんぽんと叩くと、来るように催促をする。

 

「はいはい」

 

 それを見て軽く返事をし苦笑しながら、指示通りに横へ座ると、タルタリヤは胡座をかく。

 

「はい、じゃあそのまま靴を脱いだら、方向を横にして座って」

 

「は?」

「いいから早く」

 

 有無を言わせぬ口調でカナデが言うと、渋々と言った様子で靴を脱ぎ、足を横にして座る。

 

「じゃあそのまま寝転がって。頭はこっち」

 

 そう言って自分の膝をぽんぽんと叩きながら、自分の膝の上に頭を乗せる様に促す。

 流石にこれは予想していなかったのか、目をぱちぱちと瞬かせながら困惑した表情を見せる。

 

「は? え? 膝枕?」

 

「そうだけど。さっきのは冗談だよ。面白かったから悪ノリしただけ。あ〜。もしかして変な事考えてた? やーらし」

 

「いや。別に、そういうわけじゃ無いよ」

「じゃあほら。早く」

 

 そう言って急かすように自分の膝を叩くカナデに、観念したのかゆっくりとその太腿に頭を乗せた。

 

「よしよし。良く出来ました」

 

 そう言いながら、カナデは指先で髪の毛を弄ぶ様に頭を撫で、髪を指に巻きつける。さらさらとしたその触り心地は癖になりそうな位気持ちいい。

 目を細め、その感覚に浸っている様子を見て、タルタリヤは、まあ、いいか、とそれを許容した。

 彼女は何だかんだ言いながら無茶振りをしてくる事は滅多にない。我儘も中々言わない。

 だからこそ、金銭や物をねだる確率は低いだろう、とタルタリヤは踏んでいた。

 実際この要求もささやかなものだし、と。

 

「髪ふわふわしてる〜。なんだろ、この感じ。癖になりそうな触り心地」

 

 そう言いながらも、カナデは飽きずにずっとタルタリヤの頭を撫でていた。

 邪魔だから、とちゃっかり彼の仮面を外し、自分の仮面と纏めて置いている。

 

「本当にこんな事だけで良いの? もっと、おねだりしても良いんだよ?」

 

 そう、体制のせいで視線をあげながらタルタリヤは問う。

 だが「うん。良いよ」と、カナデは軽く流す。その態度にタルタリヤは少し考え込んだ様子を見せるが、すぐに考える事を放棄した。

 

「まあ、君が良いならそれで良いけど。これだと俺の方が得してる気がするな」

「そう? じゃあ、今度1日空けておいてくれる? その時に買い物に付き合ってくれればいいや」

「……本当に君って欲が無いね」

「そう? だって欲しいものは大体自分で手にいられるし。それに、物で釣られる程子供じゃないしね」

「へぇ? そう」

「うん。それに、色々見れたから、満足かな、私は」

 

 カナデはそう呟くと、手をゆっくりと止めた後、彼の頬を軽く撫でた。それにタルタリヤは一瞬驚くが、それを顔には出さない様に努める。

 そして、柔らかく微笑んだ。いつもの様に、表面上だけ和やかに見せかける様な笑顔ではなく、慈愛がこもった様な、優しげで柔らかな笑顔だ。

 それを見て、カナデも釣られて笑顔になる。

 静かで、穏やかな雰囲気はしばらく続いた。

 カナデは、やっぱりちょっと違う態度もいいけれど、彼はこっちの方がしっくりくる、と思った。

 そして、同時に。またこんな風に過ごせたらな、とも考えたのだった。

どんな話がみたいですか? 参考にいたします!

  • タルタリヤ 番外編
  • ディルックルート
  • ディルックルート 番外編
  • 他キャラとの絡み
  • 過去話
  • タルタリヤ if
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