その日、キャロルが帰った時にはすでに祖母は亡くなっていた。
どうやら葬儀は次の日に行われるようだ。
──しかし、どこかに行っていたキャロルを、祖父は責めなかった。
雨に濡れたキャロルは、憔悴しきった表情で帰宅していたからだ。
祖父は何も言わずバスタオルを差し出し、キャロルも何も言わずに受け取る。
「風邪をひくぞ。風呂に入りなさい」
「……うん、ありがとう」
ふはキャロルはそれだけ言って風呂場に直行した。
その間はまた雨が降り始めたのか、ずっと、雨音が響いている。
お風呂から出て髪を丁寧に拭いてリビングに行くと、夕食が用意されていた。
メニューは野菜たっぷりの煮込みハンバーグだった。
「いただきます……」
キャロルは無言で食べ始めた。
祖父も何も言わなかった。祖母の味とは違うし、盛り付けは豪快だ。
……前に好物だと話していた事を覚えていたのだろう。
自分も辛いはずであろうに、キャロルの事を考えてくれたのだ。
「おいしい……」
キャロルは泣きながらスプーンを動かす。無言で食べ続け、おかわりまでしてお腹いっぱいになった。
料理が何か、心の隙間を埋めるような、そんな気持ちが広がる。
それからキャロルはそのままベッドに入り、朝までぐっすり眠った。
そして翌朝、リビングに降りたキャロルは祖父に声をかけた。
「……ありがとう」
祖父は何も返答はせず、キャロルの頭をくしゃっと撫でた。相変わらず不器用な愛情表現だ。
でも、キャロルにとってはそれで充分だった。
自分の味方が、まだちゃんと此処にいるのだと実感する。
すると、そんなキャロルに祖父はテーブル上に置いてあった大きな鞄を差し出し、告げた。
「行くなら、その鞄を持って行け」
祖父はそれだけしか言わなかった。だが、キャロルにはそれで充分だった。
長い付き合いでなにが言いたいのか分かる。
鞄の中を確認すると、モラ袋と旅に必要そうな道具や食料が詰め込まれていた。
旅に出ていいと言っているのだろう。しかし……そうすれば祖父は1人になってしまう。
「でも……」
キャロルは躊躇した。
祖父と離れたくない気持ちもある。それに、まだ葬儀は終わってないし、祖母のいないこの家に1人残していくのも心配だった。
「気にするな。儂は1人でも大丈夫だ」
祖父はそう言って、キャロルの頭を撫でた。
その手つきは優しいが、有無を言わさぬ力強さも感じる。
「うん、分かった」
キャロルは素直に頷いた。
祖父が大丈夫だと言うのだから、きっと大丈夫なのだろうと思えた。
それから、キャロルは一度自室に戻り、旅の支度をし始めた。
その頃にはシュヴァルツは塵歌壺から姿を表し、用意をするキャロルを不思議そうに見ていた。
「ピィ?」
「あ、シュヴァルツ。えっと──色々あったんだけどね」
キャロルは外に出ていないため、何も知らないシュヴァルツに、自分の心の整理のためにも、話す。
──恋人のディルックが旅に出た事。
それは彼の父親が死んだ真相を探す為だという事。
──祖母が亡くなった事。
それは、祖母が体調を崩し、もう長くなかったという事。
──祖父と2人になった事。
だけれど、キャロルは旅に出ると、決めた事。
「……ディルックは何も言わないで旅に出た。それを追いかけて文句を言いたいし、いずれ旅に出るって前に決めてたから。ただ、旅に出なかったのは、ディルックがずっとそばに居てくれると、私は勝手に思ってたからなんだよね……」
「ピィ……?」
キャロルは微笑んで不思議そうに首を傾げるシュヴァルツを撫でる。
「でも、もういいんだ。──私は、知りたい。「カナデ」の記憶がある意味が、産まれた意味がきっとある。その為には、歩みを止めちゃダメなんだ。だから、シュヴァルツ。……ううん、「ドゥリン」。この鳥籠を出よう。たまに、窮屈な思いをさせるかもしれないけど。それでも、私は知りたい。だから……私と一緒に行こう?」
「ピィ!」
シュヴァルツは羽を広げ、キャロルの肩に止まった。
……モンドの先には広大で自由な世界が待っている。
不思議な場所があって、不思議な人がいて、冒険が待っているだろう。
きっと新しい事もあるし、怖い事や、怒りや悲しみも待っている。
──それでもキャロルは、知りたいと願う。
「もしかしたら「ドゥリン」の呪いみたいなのを解いて、一緒に行ける方法とかあるかもしれないしね。私は本当のシュヴァルツの姿を知らないし……。でも、もし無理だったら……──」
「ピ!」
シュヴァルツはキャロルの言葉を遮った。そして、心配するなと言うように、優しく頭を擦り付ける。
「……うん。ありがとう、シュヴァルツ。やっぱり君は優しい子だね。……よし、行こうか。世界を見に行こう」
キャロルはそっと鞄を背負い、部屋を出ようとすると、後ろから祖父が声をかけた。
「儂がもし死んでも、ここは残しておく。だから、儂や……おばあちゃんを「捨てた」などと思い悩むな」
「……うん、ありがとう」
キャロルは振り返らずにそう答えた。
祖父がどんな顔をしているかなんて、見なくても分かるからだ。
それに、悲しむ表情を互いに見せたくない。
「お世話になりました。……でも、手紙は書くね。私、落ち着いたら、一度は戻って来るから。……だから、お元気で」
「ああ、お前もな。風邪ひくなよ」
祖父が優しくそう言うと、キャロルは深く息を吸って吐いてから玄関に向かい──扉を開いた。
明るい日差しがキャロルに降りかかる。
──空は、晴れていた。
それは、亡くなった祖母やクリプスが旅立ちを祝福しているかのようだった。
キャロルは一歩前に踏み出し、眩しい太陽を見つめた。
──風が吹き抜ける。
舞う木の葉の中、向かいの屋根の上に緑色の服を着た少年が立っていた。
見間違えがないその吟遊詩人の少年は、楽しそうにキャロルを見つめている。
そして、軽やかに風脈を作ると、地面に降り立った。
「──とうとう旅に出るんだね、キャロル」
吟遊詩人の少年──風神バルバトスであり、キャロルの「師匠」であるウェンティは、キャロルの名前を呼んだ。
「うん。今度は璃月までじゃない。もっと先まで行くんだ」
キャロルがそう言うと、ウェンティは微笑んだ。そして、キャロルに向き直る。
「モンドを離れるのは寂しいけれど……でも、キミの旅路に風の加護がある事を祈っているよ。……それに、シュヴァルツ。キミには色々言いたい事とかあるけれど……僕は知っている。キミは優しい性格だ。ただ、キミの存在が「害を与えてしまった」。ごめんね、ああするしか無かった事を改めて謝るよ。」
ウェンティは、キャロルの肩に乗るシュヴァルツと同じ目線になって謝った。
「ピィ……」
ウェンティが謝ると思わなかったのだろう。シュヴァルツは目を見開いて、羽を一瞬バタつかせたが、申し訳なさそうに体を小さく丸める。
「ただ、今は大丈夫だけれど、また何かあれば、僕はキミにまた力を使わなければならないかもしれない──でも、少なくとも今じゃない。……だから、安心して。キミをモンドから出すのは本当は気が進まないけれどね。でも、今はあの「じいさん」達も大丈夫だって言っていた。だから、どうか……ありのままの姿で堂々といられるようになる事を、僕は祈っているよ」
ウェンティは眉を下げながら微笑んで告げる。それは心配と慈愛の混じった表情だった。
シュヴァルツは、パタパタと羽を動かす。
「ピィ……」
そして、小さく鳴き声を上げた。その小さ
な声は風に乗ってウェンティの耳まで届く。
「──うん。だから、キャロルの事は頼んだよ。この子に何かあったらキミが守ってね」
「ピィ!」
2人は、キャロルの知らない何かを通じ合わせているようだった。
そもそもキャロルはシュヴァルツの言語は分からないが、不思議とウェンティには分かっている様にも見える。
キャロルが無言で静観していると、ウェンティはキャロルに視線を向けた。
「さて……と」
そして、シュヴァルツの頭を撫でる。
「もう行くんだろう?なら、これ以上引き止めたら悪いよね」
ウェンティはそう言って、微笑んだ。そして、キャロルに手を軽く振る。
「またね、キャロル。僕もまた旅に出るけれど──またモンドに帰ってくるといい。その時は、一緒にお酒でも飲もう。」
「…………いいけど、飲みすぎはダメだよ?ウェンティは酒を水みたいに飲むから。──うん、その時にはどうなろうが、ディルックをここに戻してやるから、きっと、今よりもっと美味しいお酒が飲めるようになるよ」
「あはは、いいね。それは楽しみだ。」
ウェンティは朗らかに笑ってそう言った。
「──ありがとう、ウェンティ」
「どう致しまして。でも、お礼を言うのは僕の方だ。キミは僕の正体を知っても、今でも友人として接してくれる。キミには本当に感謝しているんだよ?」
「それこそ、私は何もしてないよ。……うん、でも、そうだね」
キャロルは少しだけ言葉を詰まらせて続けた。
「私、産まれた場所がモンドで、良かった。モンドも大好き。だから、素敵な事をしれた。だから、この場所を作ってくれて、ありがとう」
「……どういたしまして、かな。僕もキミに会えて良かったよ」
ウェンティはそう言って微笑んだ。
そして、「最後に握手をしよう」とキャロルに手を差し出す。
その手を取りながら、キャロルはこれまでの事を思い出す。
──祖父母が優しくしてくれて、親のように接してくれた事。
祖父に厳しく刀の使い方を教えられた事に、祖母が一緒にお昼寝してくれたりした時間。
モンドの友人や、周りの人達が優しくしてくれた事。
ディルックや、ガイアと遊んだ日々。
──そして、ウェンティに楽器の弾き方や、詩。弓の使い方を教わった事。
それらが全て、キャロルの人生に彩りを与えてくれた。
本を読む事も好きだったが、それ以上に誰かと話したり、一緒に遊んだり様々な事をした事が好きだった。
辛いことや、苦しい事もあったけれど、ただ、外に出る事が怖かっただけで──誰かといると楽しい事を、本当は知っていた。
それが分かった今、キャロルは胸が熱くなるのを感じていた。
優しい環境で育てられた事を、今は感謝している。
「カナデ」の知識も、今のキャロルの環境は「幸せ」であったと教えてくれる。
それに、1人じゃない、頼れる存在もちゃんといる。
キャロルはウェンティの手を握り返すと、真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「ありがとう、じゃ、また会おうね。ウェンティ」
「うん、またね。キャロル」
2人はそう言葉を交わして手を離すと、互いに背を向けた。
そして、今度は振り返らずに歩き出す。
すると───目の前が光り輝き、何かがキャロルの目の前に現れた。
緑色の宝石の様な輝きを持つそれは「神の目」だった。
まるでキャロルに早く手に取れと言わんばかりに、その神の目は空に浮かび上がり、小さく揺れている。
キャロルは手を伸ばしてそれを手に取った。「風」の神の目だ。
──『もし、選ばれるのならば「風」がいい。』
口癖のように呟いていた言葉を思い出し、不思議と涙腺が緩む。
「もしかして……私を選んでくれたの?」
キャロルは「神の目」に問い掛けるが、当然返事はない。
しかし、神の目はそんなキャロルに反応したかのように淡く光った。
まるで、「そうだよ」と肯定しているかのようだった。
「そっか……ありがとう。私はこれからも、きっと何かを失って行く。でも、それでも……前を向いて進むよ。」
キャロルは泣きそうになりながら、神の目を撫でながらそう言った。
──今日は、きっと旅立ちには良い日なのだろう。
一羽の鳥が空を飛び回る。
気高いそれは、何度も見た事がある。
その鳥は木々の隙間を縫いながら飛んでいく。
まるで風に乗って飛ぶように自由に、優雅に。
「──ヴァネッサ」
かつてモンドにいた「獅牙騎士」。
彼女はヴァネッサは貴族社会に終止符を打ち、その後現在のモンド城と西風騎士団を設立、その初代の蒲公英騎士となった。
最期は風立ちの地で天空の島に昇り、ハヤブサの姿になったとされる。その後、四風守護の1つである「西風の鷹」となった。
キャロルは恐らく、その鳥──鷹はヴァネッサなのでは無いかと思った。
キャロルが呟くと、シュヴァルツは不安そうな声を出す。
「ピィ?」
「……大丈夫。心配しないで。ふふ、私はどうやら鳥に縁があるのかも。」
「ピィ?」
シュヴァルツはキャロルが何を言っているのか分からず、首を傾げる。
「ふふ、なんでもないよ」
キャロルは笑って誤魔化して、鷹に手を振る。
この平穏を作ってくれた、遠い昔の偉人に敬意を込めて。
「ヴァネッサ様。これからもモンドを見守って下さい……」
──その時、鷹は小さく鳴いた気がした。
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