────冬極の白星
寒空の下、二人の男達が向き合っていた。
──いや、正確にはどちらもまだ若い。
片方はまだ年若く、まだあどけない顔立ちをしており、蹲る男を見下ろしていた。
その手には血のついた片手剣がある。
一方蹲る男は黒衣の服に、燃えるような赤毛を一つ結びにしているが、顔は仮面で見えない。
だが、見えている部分から、明らかに整った顔立ちをしている事は間違え無いだろう。
「ぐっ……!」
「はぁ。この程度か……。最近、ファデュイの拠点を何個も潰していると聞いていたが、大した事ないな」
「……貴様が…「公子」か?」
茶髪の青年──「公子」は、膝をつく仮面の男を見下ろしながら言った。
「そうだよ。まあ、最近女皇陛下から授かったばかりだけどね。「執行官」って、本当に面倒ばかりの立場だ。好き勝手に強者に挑んだら周りが煩い。困ったものだよね」
「くっ……」
仮面の男は、地面に横たわりながら「公子」を睨みつける。
そんな男に「公子」は、剣先を向ける。「公子」は様々な武器を使う事が出来る。
槍、双剣が特に得意であるが、今持つ片手剣や大剣等も扱える。
その中で一番苦手なのは弓だが、「公子」は武器を選ばない。
彼はむしろ得意武器を選ぶ、という事を好まない。
それはその強い武器が無ければ勝てないなど「一流の戦士」ではないと思っているからだ。
武器を選ばず、常に自分を最高の状態にしておく。
それこそが、彼、「公子」の美学であった。
「さて、どうしようか?折角だから、仮面でも剥いでみようか?俺は別に弱者には興味無いんだけれど…命令だから仕方無いね」
「っ!」
「公子」は、そう言うと剣を振り上げた。
その刃が仮面にぶつかるその瞬間──。
青年の胸元から石の付いたペンダントが飛び出した。
「──キャロル……」
思わず、青年がペンダントを貰った相手の名前を呟く。
すると、その名前を聞いた瞬間、一瞬─何故か「公子」の動きが止まった。
青年は訝しげに一瞬思ったが──直ぐに手元の鎖を「公子」の片手剣に巻き付け、それを思い切り振るう。
「っ!」
「公子」はとっさに剣で鎖を断とうとするが、片手剣に巻きついた鎖は取れない。
そしてそのままバランスを崩してしまう。
そんな「公子」の隙を狙い、青年は懐から煙幕を取り出し、それを投げつけた。
「っ!待て!」
煙幕をくらった「公子」は咳き込みながら叫ぶが、既に青年は鎖を外し、その姿は消えていた。
「公子」は悔しそうに顔を歪める。
「ちっ!逃げられたか」
──そして、青年が逃れた事に舌打ちした。
「公子」はしばらく何かを考えた後、雪の中に埋もれている石のペンダントを拾い上げる。
そしてそれを、静かに握りしめた。
「──そんな筈がない。長い間探しても見つからないのに…。ただ、同名なだけか?」
そう呟く「公子」はペンダントの石を眺め
る。
その石は、かつて出会った女性の瞳と同じ色をしていた。
※※※
chapter:side T(A)
ファデュイの執行官である「公子」の位を授かった彼は、本来の名前は「アヤックス」と言う。
スネージナヤの平和な「海屑町」で生まれた。
アヤックスは冒険者であった父親によく様々な冒険の話を聞いた。
寒く、小さな田舎町には娯楽はあまりない。なので、その話を聞き、父親の昔話をいつもアヤックスは楽しみにしていた。
しかしある日、アヤックスは平凡な日常に飽きてしまい──一人で、家を飛び出した。
だが幼い少年が、一人で旅など出来る筈もなく。
結果、アヤックスは魔物に襲われ、逃げた時に、不思議な空間に入り込んだ。
星空の様な景色の世界で──真っ先に目に入ったのは角が生えた大きな鯨だった。
それは未知の物で、アヤックスの瞳にはとても美しく映った。
───見た事が無い、美しいものに魅入られたのだ。
そしてアヤックスは、そのままいつの間にか、気を失っていた。
次に目を覚ますと、一人の少女がいた。
いや、正確には見た目は幼いが、その女性は「スカーク」と言い、やがてアヤックスはスカークを師匠とし、その空間で鍛えられた。
スカークはかなり厳しく、どんなに頑張っても本気を出させる事は出来なかった。
そんな厳しい修行の中、一人の女性に出会った。
何故か幽霊の様な状態のその女性は、どこか不思議な雰囲気を漂わせており、しかし性格は穏やかで優しく──そしてどこか儚い印象があった。
自分の母親や姉とは違い、手には傷一つなく、肌は白かった。
見た事がない顔立ちで「モンド」から来たらしい「冒険者」であると言う女性──キャロルは、明らかに強そうではなく、むしろ自分よりも弱そうだと感じた。
だが、どういう動きをすればいいかと言うアドバイスを尋ねれば優しく教えてくれるし、戦闘では邪魔にならない様に、それでいてどうすれば強くなれるかを一緒に考えてくれた。
その時は町からあまり出た事が無いからもの新しく見えたのだと、思っていたが──。
子守唄を聞かせてくれたり、丁寧に礼儀正しくスカークに話しかけたり、自分に優しく見せてくるその笑顔に、段々と惹かれていった。
アヤックスにとって、キャロルは一番「特別」な相手になっていった。
それに、自分が強くなって「世界征服」をするなんて半分冗談もあった夢物語を、彼女が「面白そうだね」と素直に言ってくれた事も嬉しかった。
その時から、どこかアヤックスの理想の大人はキャロルになっていた。
そして──いつか、ずっと側にいてくれたらと、思い始めるようになった。
しかし、彼女は「帰る」ことになったらしく、霊体から元の肉体に戻った様らしいが……あれからもう数年経ってしまったが未だに探し続けている。
だが結局再会は出来ず、スカークの元からも離れたが、今は執行官になって、ようやく様々な地に行くように言われてからは、任務をこなし、強者に挑みながらもスカークとキャロルも探していた。
そこで、今回は、たまたま戦った相手から聞いた「キャロル」という名前に反応してしまったのだ。
「……はぁ。」
そして、「公子」は先程まで戦っていた相手を思いだし、ため息をつく。
最近ファデュイの拠点が何度も潰されているらしい。
それを聞いて下された任務だったが……。
「公子」は与えられた部屋で沢山置かれた書類を捌きながら考える。
書類仕事は苦手だ。
じっとしているのは性に合わないし、その書類の内容はどうでもいい事ばかり。
それに元々冒険の話などを聞いたり、舞台を見たりするのは好きだが、書類仕事はどうも苦手だ。
他の執行官は策略を練る為に長い間机と向き合ったり、ファデュイではない人間と交渉を行うらしい。
だが、「公子」はそういった事は全く好まない。
しかし、仕方なく交渉をしたりする事もある。強そうだったり、面白そうな相手なら兎も角、好きでも無い相手と会話するのは苦痛だ。
そういう時は、大抵早く終わらせたいので適当に話を聞き流し、相手の希望をさっさと叶える事にしている。
そもそも、この書類だって、他の執行官がなんとかしてくれればいいだろうに。
一番下の位であるし、まだ「執行官」になってから日が浅いから仕方がないのかも知れない。
だが、全く面倒だと「公子」はため息をつく。
いっそ、今すぐ飛び出してしまいたいが──彼には責任感がある。
だからこそ、さっさと書類を終わらせようとペンを握り直すと……ふと机の上に置いた石のペンダントが目に入った。
そのペンダントは不思議な色をしている。
まるでキャロルの瞳の様に、光によって色を変えるのだ。
その石の輝きを見ていると心が安らぐ気がした。
「……。」
その石を暫く眺めていたが、やがて「公子」は書類に向き直った。
いつか出会う事が出来れば……その時はどうしようか。
これまでの話を沢山したいし、自分の事を知って貰いたい。
昔と違って、強くなった自分の事を見て貰いたい。
そして……また、あの笑顔を見たい。
そう思った時、不思議とやる気が出た。
早く仕事を終わらせて、また、彼女を探そうと。
その時には──今度こそ、この想いを告げよう。
彼女はもしかしたら、沢山の冒険をして、自分の事を覚えていないかも知れない。
だが、その時は、また一から始めよう。
何年たっても、彼女が例えどんな姿になっても。
キャロルに対しての想いが「恋」だと自覚した時執行官として「公子」と「タルタリヤ」の名前を与えられたアヤックスは、そう決意した。
キャロルへの思いは強く、どんな女性に会っても「キャロルの方がいい」と思ってしまい、特定の女性を作らなかった。
まあ、元々恋愛に興味も無かったというのもある。
それより戦う事や他の事に興味があったからだ。
それに戦えばそういった欲も発散出来ていたから、今まで不便に感じた事は無い。
──そして。彼女に、触れたい。
キャロルは霊体だったので、触れる事が出来なかった。
その手で彼女の頬に触りたい。抱きしめたい。キスをしたい。その素肌に触れたい。
そんな邪な思いをずっと抱えている。
だが、いつかきっと……。
その為にも、今は真面目に仕事をしよう。
「早く会いたいな……」
そう呟くと、書類に再度手を付けた───。
※※※
chapter:side D
赤毛の青年──ディルックは旅をした結果、「神の目」の模造品「邪眼」がそれは、使い手を侵食するものであり、父親を殺した元凶でもあると知った。
──父がこんなものを探し求めたのはそれ程「力」が欲しかったのか?
今となっては、ディルックにそれを知るすべはない。
荒野で生きる鷹のように、ディルックは殺戮と狩りの旅を続け、数え切れないほどの戦いの中で、体が傷だらけになった。
そして、生死の境をさまよった彼を、北大陸から来た地下情報網の観察者が助けてくれた。
観察者は、ディルックを長い間「観察」し、そのやり方を認めているとのことだ。
命拾いしたディルックは長い怒りから目覚め、自分のやり方を見直すことにし、その地下情報網に加入した。
そこでは地位などは関係ない。自ら名誉や身分、名前すら捨てた人間しかいない。
ディルックはその中で「鷹」と呼ばれていた。
そこでディルックは父の死の真相を探ろうとしていたのだ。
暗い部屋にランプが静かに灯されている。
そこで彼は静かに座り、思考を巡らせていた。
彼の瞳には静かな怒りが宿っている。
だが、それと同時にどこか奇妙な空虚さも感じる。
しかし、その瞳には確かに燃えたぎる情熱も感じられた。
「……」
昔にキャロルにお土産として貰ったペンダントを落とした。そのペンダントは大事なものだった。
──彼女との思い出でもある。
恋人になったその日、ディルックとキャロルは想いを伝え合った。
その時は、そんな日々が続くと信じて疑わなかった。
しかし、そんな日常は、ディルックの父の死から全て変わってしまった。
その日から、正義に揺らぎが生じ、騎士団を辞め──旅を始めた。
だが、時々…キャロル達のことを思いだす。
今、何をしているのだろうか。
彼女は幸せに生きているだろうか。
「キャロル……」
思わず、かつての恋人の名を呟く。
「自分の事を忘れて欲しい」とディルックは言った。
だが、本当は忘れないで欲しい。
そんな考えが脳裏をよぎる。
けれど、父の死の真相を探ると誓った以上、モンドにまだ戻る訳にはいかない。
それに、もしキャロルが他の人と結婚して幸せに生きていたとしたら……。
そう考えたら、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。
そんな痛みを胸に抱きながら、それでも自分のやるべき事をやっていくしかないと自分を叱咤する。
「きっと、僕は一生君を忘れることなんて出来ないんだろうな……」
──小さく呟く。
その言葉には複雑な想いが込められていた。
しかし、どれだけ想いを馳せても過去に戻る事は出来ない。
ディルックは、瞳に迷いを宿しながらも、静かに立ち上がる。
──そして、闇の中へ、歩いて行った。
どんな話がみたいですか? 参考にいたします!
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