──それから数日経った頃。
ファデュイの執行官である青年、タルタリヤは与えられた執務用の部屋で退屈そうに足を組みながら、手にある書類を眺めていた。
その部屋に置かれている家具は少ないが、どれも良い素材と技術で作られている。
タルタリヤはファデュイの執行官として『公子』というコードネームと『タルタリヤ』という名前を授かった。
彼は現在、執行官の末席ではあるが、そのまだあどけなさが残る若さで『策略』や『陰謀』ではなく、『戦闘能力』で瞬く間に頭角を現してきた。
彼は命じられた任務を必ず果たす。
例えば、単騎で巣窟内の龍を全て倒したり、危険な秘境から無事に帰ってきたり、一人でとある大貴族の領地を転覆させたり……。
『公子』は下された任務にどれだけ危険があったり、面倒だとしても遂行する為の努力を惜しまない。
ある人は『狐の様だ』と言うし、『狼の様だ』とも例える。
彼は見惚れそうな端正な顔とは裏腹に『デスクワーク』や『交渉』よりも、『実践』や『戦闘』を好んでいる。
その為、今のこの状況は興味を惹かれない仕事な為、ただ退屈そうに書類を見つめているのだ。
「はぁ。最近はこんな仕事ばかりだな……」
紙を片手でヒラヒラとさせながら、椅子の背もたれに寄りかかってため息を吐く。
執務用の机の上には様々な書類が山積みにされているが、どれも興味のない物ばかりだ。
窓の外ではふわふわした冬毛の鳥たちが囀っており、その声はタルタリヤの耳に心地よく届いた。
だが、最近、ようやく見つける事が出来たキャロル。いや──カナデの事を思い出すと、不思議と気分が高揚する。
先日は逃したが、今は情報を仕入れ、今はまだスネージナヤにいる事を突き止めた。
「早く、会いたいな……」
そう呟きながら、書類の束にサインをして判子を押すと、執務室の扉を叩く音が聞こえた。
「入れ。」と短く答えると、部下が一人入ってくる。
その部下は一礼すると、口を開いた。
仮面をしているため、表情は分からないが、焦っている様だった。
「……その、少し困った事がありまして。こんな事を執行官様に頼むのは大変申し訳ないのですが『公子』様は戦いにおいてどの執行官の方よりも優れていらっしゃいます。ですので……「世辞はいいよ。で、何の用事かな?さっさと話して貰える?」は、はい!」
タルタリヤは慌てている部下の雰囲気を見て、興味深そうに片眉を上げた後、続きを話す様に促す。
「じ、実は、まずこちらを見ていただきたいのですが」
部下の男が公子に差し出したのは一枚の写真と、数枚の書類だ。
そこには一人の少女にも見える女性が映っている。
その姿には見覚えがあった。先程考えていたカナデに似た女性だ。
だが、タルタリヤにはすぐ違う女性だと理解出来る。
「……この女がどうかしたのかな?この写真、もしかして隠し撮り?」
「も、申し訳ありません。この女は『春』と言い、稲妻出身の者なのですが、前に北国銀行に金を借りたらしいのですが、返済を渋っているらしく……ですが、最近その姿を見せるようになった為、我々デッドエージェント達で取り立てに向かったのですが、毎回ボロボロになって戻ってくる有様で……」
部下の男は冷や汗をかきながら報告をする。その様子からかなり『春』という女に手を焼いている事が伺えた。
「ふーん。で、どうして俺に相談を?他の執行官もいるだろう?」
「じ、実は先程──たまたま『雄鶏』様がいらっしゃったので対処をお聞きした所、そろそろ『公子』様が退屈している頃だろうから頼めばいい、と仰っておられましたので……」
「あー、なるほど。彼ならそう言うかもしれないね」
『雄鶏』は執行官の一人で、老人の姿をした男である。
タルタリヤは他の執行官にあまりいい印象は無いが、『雄鶏』は面倒見がいいのか、故郷にいるタルタリヤの家族達に良くしてくれている。
その為、タルタリヤは彼に対しては好印象を持っていた。なので、彼の言う事は素直に聞き従う事が多い。
「まあいいか。確かに腕を振るう仕事も最近無かったしね。代わりにこの仕事が終わったら休暇を貰う。『雄鶏』にはそう伝えておいてくれ。」
「了解致しました!有難う御座います『公子』様!」
部下は嬉しそうに礼を言い、資料を渡すと、部屋を出て行った。
それを見送った後、ゆっくりと立ち上がる。そして軽く準備運動をした。
(さて、どんな奴か楽しみだな。退屈しのぎになるといいけれど……)
タルタリヤは用紙を眺めながら、ニヤリと口角を上げる。
「『春』か。どんな女かな?」
そう呟きながら、彼は執務室を後にした。
※※※
タルタリヤが資料を元に向かった先は劇場だった。
今日は公演があるらしい。そこそこ有名な劇団が舞台での公演をすると記載されていた。
資料には、最近この場所に出入りしている、と書かれており、部下が用意したらしいチケットが入っている。
いい席のものだが、今回はそれを見に来た訳では無い。
舞台を見に来たのであろう女性達や男性達が期待に胸を膨らませながら席に着く様子を横目に見つつ、目的の人物を探す。
客席にはいない様に見える。
つまり、その人物は……──と、タルタリヤが思考した瞬間、照明が消える。
演出のようで、舞台の上に、一人の人間が現れた。
男性よりは華奢な体だが、女性にしては豊かでは無い身体付き。
着ている衣装もどっちつかずの不思議な姿をしている。
『私には帰る場所はありません──……。』
舞台上から凛とした声が響き渡る。
舞台上の彼女は無表情だが、何処か悲しげな瞳をしていた。
観客達はその声と姿に魅了され、演技に引き込まれている。
どうやら、彼女が『春』という女らしい。
(へぇ……)
演技を観ながら、タルタリヤは感心するように内心声を上げた。
予想以上の演技力だった。
それに、彼女の声には何か魅了する様な力が籠っているようにも思える魅力があった。
彼女が演じる役は、戦争の最中でも劇をする役者の一人らしい。
そんな事をすれば国の軍に捕まらずには居られないだろう。
だが、彼女の演じる「シュラ」はそれでも劇をやり続ける。
その強い意志に観客達は引き込まれていく。
そして、劇は終わりに近づき……──。
シュラは知り合った自分がその国ではなく、向こうの敵対国の人間だとバレてしまう。
劇団の座長の男性はシュラが敵対国のスパイだと分かった上で彼女を匿っていた。
しかし、劇団員は皆捕まり、シュラは劇団団長に逃して貰う。
だが、もう舞台に立つ事は出来ないだろう……と思われたが
──シュラは皆を逃がすため舞台に一人あがる。
彼女は歌い出す。
その背には白い作り物の羽根があり、まるで天使の様だ。
シュラが歌い出すと、彼女の周りはライトアップされ、一気に華やかになる。
観客達はその美しい光景に魅了された。
すると、シュラは剣を構える。
それは戦う為ではなく、踊る為に。
──だが、銃弾が彼女を貫く。
シュラは倒れても歌い続ける。
歌い続け、最後は静かに息が止まる。
それを見届けた観客達は拍手喝采を彼女に送った。
劇は終わり、観客達は満足気に帰っていく。
そんな中、先程の執行官の青年だけは違った。
(あの女……)
彼は席に座ったまま、舞台を見つめていた。その表情は何か考え込んでいるかの様に険しくなっている。
(まさか……。……とりあえず控え室に行くか。話せば分かるだろう)
彼は席から立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。
※※※
そして……目的の場所へ辿り着くと静かにその扉を開ける。
中には先程舞台の上に立っていた女「シュラ」を演じていた女性がいた。
資料によると『春』という女は変装が得意らしい。
それを使いながら借金を踏み倒しているようだ。
しかし、部下はどうやら勘違いをしていたらしい。彼は目を細めながら彼女を見つめる。
「やあ、こんばんは」
タルタリヤはにこりと人当たりの良い笑みを浮かべて話しかけると、彼女はビクリと体を震わせた。
「な、なんでここに……?!」
怯えたように後ずさりするが、そこには壁しかない。逃げ場はないと判断したのか諦めた様に力を抜く。
「うう、もう二度と会いたくなかったんだけど。」
「はは、酷いなぁ。そんな言い方されると傷つくよ?ま、いいや。少し話したいことがあるんだけど時間いいかな?」
「……それは、最近やけに別の人の名前を呼んで取り立てようとしてくる奴らと関係ある?私はその人の代役で依頼を受けているだけであって、人違いだよ」
女──カナデは面倒そうにため息を吐いた後、きっぱりと言い放つ。
その態度を見て、本当に何も知らないのだとタルタリヤは判断すると、小さく肩を竦めた。
しかし、今はそんな事はいい。
ようやくまた会えたのだ。逃す訳にはいかないだろう?
彼はそう考え、カナデが逃げる前に提案をした。
「へぇ?それは残念だな……でもこのままだと人違いのまま狙われ続けるよ?────でも、俺ならそれをどうにか出来る。」
「……それは、君が「執行官」だから?」
カナデは警戒しながらも、興味深そうにその瞳を細めた。タルタリヤはまさか前回あっただけで自分の正体を知られているとは思いもしなかったので少し驚いたが、すぐに余裕そうな笑みに戻る。
「ご名答。──キャロルなら、交渉出来るかも知れないと思ったんだけどなぁ。残念だよ」
カナデはその名前を聞いた瞬間、嫌そうな表情をした。
「……ああ。もういいよ。確かに私の本名はキャロルだけど、私はその名前はもう名乗らないって決めたの。でも、私には君に覚えがない。私は君の探す「キャロル」じゃないからね」
カナデは真っ直ぐな目でタルタリヤを睨みつけ、拒絶する。
だが、そんな彼女の言葉を無視して彼は続けた。
「別に君が否定しようが、俺は君が「キャロル」だと確信しているから関係ない。それに忘れたとしても別にいいんだよ。また、教えてあげるから」
「……やっぱりなんか怖いね、君。」
カナデは引きつった笑みを浮かべながら、一歩後ろに下がった。
「別に怖がらせるつもりは無いよ。ただ、君とは仲良くしたいだけだし」
そう言うと、彼は一歩前に進み出た。
「だから、まずは友達から始めようよ」
「ええ?嫌だなぁ、こんな物騒な友達……。でも、まあ、ファデュイに困っている事は事実なんだよなぁ。」
カナデは困った表情を浮かべながら、腕を組むと、ポツリと小さく呟く。
そして、大きくため息を吐き出すと覚悟を決めたのか、彼の目を真っ直ぐ見つめた。
「はあ……分かったよ。じゃあとりあえず君の話を聞くだけ聞いてあげる。でも着替えたりしないといけないから楽屋の外で待ってて。」
「分かった。外に居ればいいんだね?」
彼は嬉しそうに目を細めると、部屋の外へ出て行く。その後ろ姿を眺めながら、カナデは深いため息を吐いた。
(なんか厄介な事になったなぁ……)
これからの事を考えているのか憂鬱そうな表情をしつつも、着替える為に衣装に手を掛け、普段着に着替える事にした。
「お待たせ」
カナデが控え室を出ると、そこには壁に寄りかかりながら腕を組んでいるタルタリヤの姿があった。
彼はこちらを振り向くとにっこりと微笑む。
(やけに様になるな……モデルか?)
カナデはそんな事を考えながらも、彼に近付き、話しかけた。
「場所移動しよう。ここだと話しにくいから」
「確かにそうだね。じゃあ、ちょっと外に出ようか」
二人は並んで歩きながら、劇場の外へと向かう。
その間、特に会話は無かったが気まずい空気というわけでもなかった。
二人が外に出ると、もうすっかり日が暮れており辺りは真っ暗だった。
しかし、それでも街は電灯で明るく、人通りも多い。
そんな街中を二人は並んで歩く。
そして、しばらく歩いた後、二人は近くの広場にあったベンチに座った。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか」
「はいはい。」
カナデは面倒くさそうに返事をしながら、隣に座るタルタリヤを見る。
彼はニコリと笑ってこちらを見下ろしていた。
(こいつ、無駄に顔がいいな……)
そんな事を思いつつも、カナデは話し始める。
「何だっけ?つまり君が部下の人達が私にちょっかい出すのをやめるように手配してくれるって事でいいの?でも、その代わり何か要求があるんでしょ?モラには困って無さそうだし……。一体何が目的なわけ?」
「はは、話が早くて助かるよ。」
タルタリヤは楽しそうに笑うと、カナデの顔をじっと見つめる。そして何かを考える様に顎に手を当てると、ゆっくりと口を開いた。
「──うん。まずはこうやって度々デートをして欲しい。」
「……は?」
カナデは一瞬何を言われたのか分からず、間の抜けた声を出す。しかしすぐに我に返ると、大きく目を見開いた。
「え?それだけ?」
「それだけって、俺にとっては重要な事なんだけど……」
「変な事要求されるかと思ったから。」
カナデは冗談っぽく笑って返すが、内心動揺していた。
いやらしい事とか、無茶な要求をされると思っていたからだ。
「あはは、カナデは俺の事なんだと思ってるんだい?まあ、いいか。もっと要求していいなら……そうだな。手合わせとかどう?」
「何でそれの次が手合わせになるの。」
カナデは呆れながらため息を吐くが、そんな彼女の様子を見て、タルタリヤは楽しそうに笑う。
「俺は強い相手と戦うのが好きなんだよね。あ。勿論俺が君を好きな理由はそれじゃないよ?でも、強かったらもっと好きになっちゃうかも知れないけどね」
「……よく歯の浮くセリフを平然と言えるね。」
カナデはジト目で彼を見つつ、やれやれと手と首を振る。そして、小さくため息を吐いてから彼を見た。
「はぁ。もう仕方ない。こうなったら毒を食わば皿までみたいなもんか。いいよ。それで手を打とう」
「え?ほんとに?」
まさか本当に承諾されるとは思っていなかったのか、意外そうな表情を浮かべるタルタリヤを見て、カナデはようやく小さく笑みを浮かべた。
「うん。どうせ断ってもしつこく来そうだし。……ただし、私に変な事してきたら容赦なく殴ったりするからね?覚悟しとく様に」
「ああ、分かったよ。でも安心して欲しい。俺は約束は守る方だよ」
「ふーん?どうかな。今まで散々行こうとしたら腕掴んだりしてきた人が言う台詞?というか本当に私と交流とかしたいなら普通もっと考えるんじゃないの?不器用か。」
カナデは呆れながらも小さく息を吐くと、ベンチから立ち上がる。
そして、くるりと振り返りながら彼を指さす。
「仕方ないから君の暇つぶしに付き合ってあげるけど、仕方ないからお姉さんが色々教えてあげよう。君はなんか、こう、欠けているみたいだから。」
カナデがそう言うと、彼は意外そうな表情を浮かべて「へえ?」と声を漏らした。
しかし、すぐにニヤリと口角を上げ、鋭い眼差しでカナデを見つめた。
「いいね!じゃあこれから宜しく頼むよ!」
「……まあ、うん。よろしく。」
カナデは渋々と言った様子で返事をすると、タルタリヤは立ち上がってカナデに手を差し伸べる。
「じゃあ早速、俺とデートしよう!」
「早くない!?まずそもそもね、女の子は用意とかしてからデートに……って、まぁ、別にいいか、君だし。」
カナデは呆れつつ、小さくため息を吐きながらも差し出された手に自分の手を重ねる。すると、彼は嬉しそうに目を細め、しっかりとカナデの手を握った。
「じゃ、行こうか!」
彼はそのまま歩き出すと「あ、これ握手じゃないの!?」
と慌てた様子のカナデの声が背後から聞こえたが、特に気にせず歩き続けた。
「え?この状態で歩くの……?手を繋いで?え、ちょっと待って……」
カナデは戸惑っている様子だったが、それでも大人しく付いてくる。
そんな彼女の反応が面白くて仕方がないのか、タルタリヤは上機嫌に笑いながら歩みを進めた。
「ほら、早くついてきてよ。ぼんやりしていたらぶつかるよ?あ、それとも俺にぶつかって抱きとめられるのを期待してたりする?それなら遠慮なくどうぞ。」
「しないが!?ぶつかっても痛いのは私だし。というか、君こそ私に期待してたりする?最低だな〜?当たり屋」
カナデは睨んだ後、冗談まじりでそう返す。すると、彼はますます楽しそうな笑みを浮かべて「アハハッ」と笑い声を上げた。
その反応を見て、カナデは確信する。
──わざとやってるな、この男……と。
カナデはイライラしたため、握っている手に力を入れ、思いっきり握り返してやった。
すると、タルタリヤは一瞬痛そうな顔をしたものの表情は崩さず、楽しそうに笑みを浮かべたままカナデを見つめる。
「おや?どうしたんだい?」
「……いや、嫌がりなって。ワザと力入れたんだから。」
「うん。だから、どうしたの?」
カナデは困惑しつつも、呆れた様子でじろりと彼を見る。しかし彼は笑みを浮かべたままカナデを見返すだけだった。
「……何かいいなよ、何か。怖いわ」
カナデは諦めてため息を吐くと、諦めて彼の横を歩き出す。
「楽しいね?」
「……楽しくない。宇宙人といるみたいだわ。」
「あはは!」
カナデの言葉に対して、彼は心底楽しそうに声を上げた。
その反応を見て、カナデはなんとも言えない複雑な表情を浮かべるのだった。
どんな話がみたいですか? 参考にいたします!
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