白星の君へ   作:F1さん

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表現練習に。何気ないある日のこと。


3

 外では雪が風に吹かれ、踊るように舞い上がり、地面に降り積もる。

 

 空にはどんよりとした雲がかかり、まだ明るい時間なのに暗いため、時間の感覚も狂っていきそうだった。

 

 雪、というのは雲の中で小さな氷の粒は周りの水蒸気を取り込みながら、大きく成長し、『雪の結晶』として地上にみえるようになるものだ。

 

 それをぼんやりとスネージナヤの街にある飲食店の屋根の下からカナデは眺めていた。

 

 寒い、と言われれば寒いが今は防寒着を着ている。

 

 周りにはチラホラ歩いている人もいる。何を考えて歩いているのだろうか、とカナデは思った。

 

 家族や恋人、友人。どんな関係かわからない人達は雪で憂鬱になる気持ちを、会話する事で忘れようとしているのかもしれない。

 

 今日この場所にいるのは、待ち合わせをしていたからだ。だが、待ち合わせをしている相手の姿はまだない。

 

 もしかして用事が長引いたのかもしれない。

 

 

 

「はぁ」

 

 

 

 カナデは息を吐いた。

 

 寒さから自然と息は白く、見える煙となる。

 

 別に待つのは平気だ。待っている時間は嫌いじゃない。

 

 これが前世なら暇つぶしにスマホでもいじっていられるが、このテイワットにそんな道具はない。

 

 あったとしてもインターネットが無いから、暇つぶしすらならない。

 

 手持ち無沙汰の時間を潰すには何か他の事を考えるしかない。 だから人間観察でもしていた。

 

 もしかしたら今日は来ないかもしれない。だけど、もしかしたら来るかもしれない。

 

 そんな期待を胸に抱きながら手袋をした手を擦り合わせる。摩擦熱で少しは温まるかと思ったが、そんな事はなかった。

 

 先程までは中で待っていたが、そろそろ閉まるらしく(閉店が早い様だ)、カナデは仕方なく店を出ていた。

 

 時計を確認すればまだ夕方前。だが、夕食にはまだ早い時間だ。

 

 此処で待っていても、おそらく相手は来ないだろう。

 

 スマホは無いし、かといって今どこにいるのか聞く手段もない。

 

 もう少しだけ待って、来なかったら知り合いに伝言を頼もう。

 

 そんな事を考えながら、ズレたマフラーを、もう一度しっかりと巻き直す。

 

 身なりには一応気を使っておこう。来た時にだらしない格好をしているよりは、綺麗な格好の方がいいに決まっている。

 

 だけどいつまでもこんな薄着で外に居るわけにもいかない。風邪を引いてしまいそうだ。

 

 

 

「どうしようかな」

 

 

 

 カナデは返事をくれる者はいないのに、つい、暇だからと彼女は独り言を呟いていた。

 

(とりあえず近くの店でも見て暇潰そうかな)

 

 寒さにぶるりと自然と体を震わせながら、カナデはそう考えて辺りを見回す。離れなければ大丈夫だろう。

 

 それにしても、久しぶりに自分から食事に誘ったと言うのに遅れるとは。なら早めに連絡してくれればいいのに。とカナデは心の中で愚痴を溢した。

 

 だが、そんな事をしても無駄だ。

 

 分かってはいるのだが、早く来いと思わずには居られない。

 

 そもそもカナデが誘う事自体が珍しいのだ。

 

 普段は向こうが強引に誘って来るばかりで、カナデから誘う事は滅多にない。

 

 だから、彼女としては勇気を出したのに。とんだ期待外れである。

 

 まあ、たまにデリカシーのない事を平気で言う奴だが、約束は無理をしても守る男だとカナデは知っている。きっと何か事情があるのだろう。

 

 そう自分に言い聞かせて、カナデはその場でまたぼんやりと空を見上げた。どんよりとした曇天の空である。

 

 人は日光を浴びた方がいいと何処かで聞いたことがあった。だから、雪や雨が降るのをぼんやり見るのは好きだが、積もるのはあまり好きではない。

 

(と、言っても何を話すかも全然考えてないかった)

 

 腕を組み、どうしよう、とカナデは考え始める。手紙でのやり取りはしているものの、二人きりとなると話は別だ。そもそも何を話したらいいのだろうか。

 

 同じ内容になるかもしれない。

 

 段々眠くなってきた。

 

 

 

「ふわぁ」

 

 

 

 欠伸を噛み殺しながら、カナデは欠伸を手で隠しつつ目尻に浮かんだ涙を拭った。

 

 退屈すぎる。1時間くらいたっただろうか。来たら蹴ってやっても許されるだろうか? とカナデは考える。

 

 今日はちゃんと何を着るか、どんな髪にするか、メイクはどうするか。

 

 昨日はずっとそんな事を考え、今日のために頑張った。

 

 それも眠い理由の一つだろう。そろそろ本当に眠くなってきた。うとうと、と瞼が落ちそうになる。

 

 だが、こんな所で寝るわけにもいかない。

 

 寒空の下、眠気を耐えるのにも限界が来た。もう、今日は帰ってしまおうか。

 

 そう考え始めた時──足音が聞こえた。それに金属が擦れる音。

 

 周りにも歩いている人はいるが、その音だけはやけに大きく聞こえた。

 

 気のせいかもしれない。でも、走っている音に間違えない。

 

 さっきも似たように走っている人がいて、違うと気がついてガッカリしてしまった。でも、今回は違うかもしれないが、顔を綻ばせずにはいられない。

 

 なんだか期待している様で、恥ずかしくなり、カナデはマフラーを口元まで引き上げる。

 

 毛糸のもこもこした感触が、少しくすぐったい。

 

 

 

「ごめん、お待たせ!」

 

 

 

 その言葉に顔を上げると、そこには息を切らせた男が立っていた。

 

 肩で息をしている様子に、どうやら急いできたらしい。珍しい。体力はある方なのに。と、カナデは驚く。

 

 こういう時、なんて言えばいいのか。カナデは少しだけ迷う。だけど、こういう時はシンプルでいいのかもしれないと結論付けた。

 

 

 

「別に平気」

 

 

 

 よく見ればいつもの服とは違う。センスはあるのに自分で中々服を選ばない男だ。

 

 きっと、今日着ている服は、それなりに高いものなのだろうと察しがつく。

 

 デザインはシンプルながら、素材がいいのがひと目で分かる。

 

 だけれど、わざわざ口には出さずにわざとらしく腕を組んで、カナデは「きみは神出鬼没なとこあるし。忙しいのは分かってるから」

 

 

 

 と物分かりいい女のフリをする事にした。

 

 本当は遅い! と怒ってやりたかった。でも、あまり怒りを露にしても仕方ないし、そんな気力ももうない。

 

 

 

「ごめん、本当に」

 

 

 

 そう言って申し訳なさそうに謝る姿に、カナデは少しだけ罪悪感を抱く。彼が別に遅れたくて遅れたわけではないと知っているからだ。

 

『う……』と小さく唸りながら、カナデは内心で頭を抱えた。別にそんなに怒っていない。ただ少し拗ねているだけだ。

 

 

 

「別に、気にしてないし」

 

 

 

 とついぶっきらぼうな言い方になってしまう。もっと言い方があるだろう、とカナデは自分自身に呆れてしまう。

 

 この程度で目の前の彼は嫌な気分になることは無い。と分かりつつも、もう少し言い方があるだろう。もっと明るく言えたら良かったのに、と後悔した。

 

 でも、直ぐに人は後悔する生き物だし、とカナデは開き直る。

 

 

 

「良かった」

 

 

 

 そんなカナデの心情も知らずに、男──タルタリヤは嬉しそうに笑う。いつもの張り付けた様な笑みではない。本当に嬉しくて堪らない様な、そんな笑顔だ。

 

 その顔を見ると、カナデは胸がきゅうっと苦しくなる。

 

 自分が悩んでいるのが馬鹿らしい。そう思ってしまう程、その笑顔は眩しかった。

 

 彼は寒い場所に産まれてるはずなのに、その笑顔は雪解けを迎えた春の様で、暖かな気持ちがじんわりと染み渡り、まるで、つららが解けていくようだ。

 

 

 

「お腹空いたよね? 何か食べようか」

 

 

 

 そう声をかけられ、ようやく、カナデは自分が空腹であることを思い出した。そう言えば、先程飲み物やデザートは食べたが、食事はしていなかった。

 

 

 

「うん」

 

 

 

 その返事に『何が食べたい?』と聞かれるが、咄嗟に料理の名前が思い浮かばずカナデは『暖かいものなら何でもいい』とありきたりな返事をした。

 

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

 その言葉と共に、手を差し伸べられカナデは一瞬躊躇う。だが、その手に自分の手を重ねた。優しく握られると手袋同士なのに、熱い体温が伝わる様だった。

 

 そのまま手を引かれ、歩き出す。

 

 合わせてくれる速度を感じつつ、何気なく前を向けば、いつもと違うが、でも……見慣れた背中が見えた。

 

 

 

「あの、手を繋ぐ必要ある?」

 

 

 

 どうしてかその背中は大きく見えるが、落ち着く。けれど、それよりも疑問に思ったカナデは素直に尋ねることにした。

 

 別に人は多くないし、自分は変に迷う性格ではない。なのに、なぜ手を繋がれているのか分からなかったからだ。

 

 

 

「嫌だった?」

 

 

 

「え? いや、では、ないけど……」

 

 

 

 嫌なわけではない。ただ疑問が浮かんだから尋ねただけだ。だが、確かにそう聞かれると嫌ではないと思うと同時に気恥ずかしさを感じる。

 

 自分の気のせいでなければ、この人は自分と話す時は、演技めいた長ったらしい言葉を紡ぐ事があまりないように思う。

 

 それに、少しだけ言葉が、少ないような? 

 

 

 

「嫌だったら離すよ」

 

 

 

 そうは言われれば、離すのはなんだか嫌だ。

 

 負けず嫌いだからか、それとも──その声音が、どこか寂しそうに聞こえたからだろうか。

 

 彼は『よく分からない人』だ。様々な話を聞いても、一緒に時間を過ごしても、未だに理解し難い部分が沢山ある。

 

 でも。どうしてか、ズカズカと心の中に土足で上がり込んできても、不快には思わない。

 

 それは、容姿がいいからだけじゃない。

 

 彼が『ファデュイの執行官』という逆らう事が難しい立場だからでもない。

 

 向き合ってくれるからだ。

 

 

 

「……嫌だったらとっくに振り払ってる。私だってきみに何回か勝つくらい強いんだから」

 

 

 

 旅をする以上、自分の身は自分で守らなければいけない。だから、カナデは様々な人に戦い方を教わっているし、それなりに実力も身に付いている。

 

 流石に目の前の、厳しい組織で戦闘力だけでのし上がって来た男には叶わないが、だからと言って自分が弱いとは思っていない。

 

 最初は絆されたところもあるが、彼を選んだのは、『彼女』の意思だ。

 

 だから、その気持ちを否定するつもりは無い。

 

 

 

「ははっ、確かに!」

 

 

 

 カナデのその言い分に、タルタリヤは楽しげに笑った。まるでそう来るとは思ってなかったと言う様な反応で、なんだか子供っぽさを感じる。

 

 でも、今の会話のどこに笑ったのかカナデにはさっぱり分からない。だが、機嫌が良さそうなので、まぁいいかと流す事にした。

 

 それに、この男の考えている事をいちいち理解しようとすると脳が疲れてしまう。

 

 そう結論付けてカナデは視線を前へと向けた。先程よりは雪が小降りになっている。

 

 

 

「どこに連れてってくれるの?」

 

「着いてからのお楽しみ、かな」

 

 

 

 そうはぐらかされ、カナデは『コイツ……』と言いたげな目でタルタリヤを見た。

 

 またそういう思わせぶりな台詞を……と呆れた表情で。

 

 しかし。楽しそうに歩いている彼の背中を見ると、どうしても毒気が抜かれてしまう。

 

 フードをしていないテラコッタ色の髪の上に雪の結晶が乗って、温度で溶かされ、水となり、垂れていくのを目で追ってしまう。

 

 面倒だからなのか、カナデを気遣って顔が見えるようになのか、分からない。

 

(……まるで雪解けの後の土みたい)

 

 それを見て、何だか温かい気持ちになる。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

 視線に気づいたのかタルタリヤはカナデに振り返り、そう尋ねてきたが、それがなんだかおかしくなって。

 

「何でもない」

 

 

 

 カナデは小さく笑みを浮かべると、首を横に振りながら、そう答えた。

 

 

どんな話がみたいですか? 参考にいたします!

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