──北国銀行は賑わっていた。
それは、『繁盛している』と言う意味では無い。
騒動の発端が『ファデュイのせいでは無いか』と言う噂が流れているからだ。
事実、その原因の一人はカナデの隣でにこにこ、と笑っている。
『他の奴らに一杯食わされたが、カナデに会えた事だけは感謝する』とでも言わんばかりに。
カナデはドアを開くと、奥の部屋に向かう。
それを咎める人間はいない。
皆が忙しく後始末をしているから、も理由の一つだが、執行官であるタルタリヤがいるからと言う理由もある。
北国銀行はファデュイと繋がっている。
それはテイワットでは周知の事実だ。
だが、北国銀行に入った途端、ファデュイ関係者の注目を浴びる事は想定内。
こんな最中に誰だ、と言うのと執行官と・・・誰だあれ、と言う視線だろう。
こればっかりは仕方がない、とカナデは思いながら、一番奥にある部屋を見て、先に入れとタルタリヤに視線で話す。
「はいはい。分かってるよ。これは貸しだからね。」
そう軽口を叩く彼にジロリ、とカナデは無言の圧力で訴えた。
『いい加減にしろ』と言うカナデの意図を読み取った彼は肩を竦めて笑い、先に入る。
──部屋には『淑女』と『鍾離』の姿がある。
二人の視線は自然と『公子』であるタルタリヤと、見知らぬ舞台衣装を着たカナデに向けられた。
──でも、一瞬。
ほんの一瞬、鍾離の目が見開かれる。
何故こんな場所にいるのか、と言いたげな鍾離は、小さく誰かの名前を呟こうとして――。
それを見て目を細めた淑女が『あら』と声を上げた。
「久しぶりね、『公子』?また随分暴れてくれた様で助かったわ。この取引が上手くいきそうだもの。……でも、部外者を連れてくるなんて、どういう
淑女が扇子を口元に当てながらそう話すと、公子であるタルタリヤは笑顔を浮かべてはいるが、明らかに不機嫌さを醸し出して口を開く。
「よく言うよ。好き勝手に動いているのはそっちの方だろ?何も話さずに『取引』とやらを裏で進めていたようだけどね?」
その言葉に淑女はくすり、と笑ってからカナデをちらりと一瞥する。
「あら、怖い顔。そんな顔をしていたら隣のお嬢さんが怯えるんじゃなくて?」
「……生憎そんな弱くはありませんから。あ。ところで『目には目を歯には歯を』っていう言葉を知ってます?」
カナデはツカツカと不慣れな舞台衣装で歩き、淑女に近づく。
その質問に対して彼女は『何が言いたいのかしら』と微笑んだまま答えた。
カナデは手を伸ばすと、淑女の頬に――ビンタをした。
ぱしん、と言う音がその場に響く。
淑女は予想外な出来事に目を丸くしながら、思わず頬に手を当てる。
だが、それをちゃんと見ないままカナデは口を開いた。
「私が叩いたのは『璃月』が理由じゃない。話は聞いてるよ『ウェンティ』に随分と荒療治で『神の心』を奪った様で?――『バルバトス』は私の友人で、師匠で、大事な家族みたいなものなの。だから仕返し。でも貴方は『淑女』。これくらいじゃ怒らないよね?猫に引っかかれた様なものなんだし」
腕を組みながら、カナデが淡々と告げると、淑女は吹き出した。
「くくっ……あははっ!貴女、面白いわね?神に対して『家族』?『師匠』?っは!面白い事を言うわね?神と人の溝の深さを貴女は知らないのかしら?」
淑女がけらけらと笑い、カナデを小馬鹿にした態度を取るが、別にカナデは気にせずに口を開く。
「別にあなたが何を言おうが私には響かないよ。⋯それより、鍾離。説明をしてもらいに私は来たの。とっとと君が考えていた計画を話してもらおうかな。まあ、大体想像はつくけれど」
淑女から視線を逸らし、カナデは鍾離を見る。
その瞳には迷いはない。ただ、その真意を確かめたいだけだと言う様に真っ直ぐに彼を見ている。
「……ああ。仕方ないか。」
諦めたようなため息をついて、鍾離がぽつりとこぼすと、彼はカナデに話を始めた。
静かにカナデは話を聞いていたが、やがて――。
「やっぱりね……」
カナデはそんな言葉を呟き、自分の推測が当たっていた事に内心頭を抱えた。
そして呆れたように口を開く。
「『人外ムーヴ』をするなって何度言えばいいわけ?七七ちゃんみたいに紙に書いて持ち歩かせてやろうか?しちゃダメな事リストをさ。……鍾離?私がこの後、何を言うか………」
───すると、外から大きな音がした。
同時に揺れも起きる。
海の方からだ。
自然とカナデは窓の方に行き、窓を開くと、嵐だった海は静まりかえっていた。
「──止んだか。蛍達がやってくれたみたいだね。」
その姿を見て、ホッと安堵するカナデだったが、直ぐに引き締めた表情へと戻る。
そして窓を閉め直すと、先程の位置に戻る。
「私の質問はまだ終わってないよ。彼女達にも本当の事を話してないよね?むしろ誰にも話していない。自分がいれば大体解決するから。そうだね?」
カナデがはっきりと断言すると、鍾離は目を閉じた。
「ああ、その通りだ」
どうやら反省の色などは無いらしい。
神にそんな事を言ったところで反省などするはずも無いか、とカナデは考え直して小さくため息を吐く。
だが、今はその話を長引かせている暇はない。
──少し辺りに沈黙が続いたが、足音が聞こえて来た。
カナデが振り返ると、扉が開き、そこには息を切らした蛍とパイモンの姿があった。
どうやらここに来れば全てが分かると思ったのか、鍾離がファデュイの基地に行く事を心配してきたように見える。
すると、今まで黙っていたタルタリヤが淑女に向かって口を開いた。
「『ファトゥス同士の協力』だって?よくも俺を騙して好き勝手やってくれたね。」
すると、淑女は『そんな些細な事を気にしないでいい、あんたも好き勝手やっていたのだから』と返す。
まだ状況を把握していない蛍達にカナデは鍾離は『モラクス』である、と説明した。
鍾離は蛍達に改めて説明する。
「俺は6000年以上生きてきた。仙人たちと共に璃月を作ったのは3700年前のことだ。渦で穿つことのできない岩も、時間に洗い流されれば磨耗する。まだその日じゃないと、今まで見て見ぬふりをしてきただけだ。 しかしある日、俺はある商人の部下への言葉をたまたま耳にした。「君は君の責務を果たした。今は休むがいい」と。——その時、俺は自分に何度も問い掛けた、「俺の責務は…果たしただろうか?」と。」
鍾離は『神の座を降りる時、 神と共にある璃月が次の時代に入る準備を観察する時間と、そして決意するきっかけが欲しかった。だから偽りの死を計画し、『公子』、仙人、璃月七星、蛍やカナデ達を巻き込んだ…』と説明した。
──つまり、鍾離は璃月の民達を試した、とも言えると。
そして、その為に『氷の女皇』と何かしらの契約を交わし、『神の心』を代わりに彼女に渡す事にしたのだと。
今は『公子』が動いて、オセルを蘇らせたが、人や仙人が退けられた。
もし、彼らが出来なければ鍾離はその時、何とかしようと考えていたらしい。
それを聞いてカナデは無言で腕を組んでいたが、段々足をとんとんと鳴らして苛立ちを見せていた。
「───ほーん。へぇ。ふーん。そうなんだ」
するとカナデは顔ににっこりとした笑みを浮かべた。
それは一見、優しい微笑に見えるが……その目はまったく笑っていない。彼女はそのまま言葉をつづける。
「あのさぁ、鍾離?多分それ仙人の人とかに詳しく話して無いよね?何、リシュボラン虎*1が我が子を谷に突き落とす、みたいな事をやってるわけ?」
カナデがそう言うと、今度はタルタリヤの声が聞こえてくる。
「…それはいいけど、それにさんざん俺を騙してたのに、何も言ってくれないの?おかしくない?」
それに対して、淑女は「あんたも暴れていたでしょうが」と言うが、苛々が募ったカナデは突然「黙って」と静かにだが、かなり強めに言った。
すると淑女はぐっと黙る。
カナデの様子を見て、蛍とパイモンが恐る恐る「ラン……?」と戸惑った様に言うと、カナデはふぅと息を吐きだして再び口を開いた。
「……鍾離?一回殴らせてもいいよね?『約束』していたんだから」
そう静かに言うと、蛍とパイモンは冷や汗を流しながら「ラン。落ち着いて」と宥める様に言うが、カナデは全く聞く耳を持たずにそのまま話を続ける。
「私は別に人だろうが、人外だろうが――神だろうが、関係ない。生きてるなら神だって死ぬわけだし。私が言いたいのは、『頼れよ』って事なんだけど。あと、協調性がない。タル……このバカに関しては別に後で『説教』するからいいとして、君にも『説教』が必要かな、鍾離?」
カナデがそう言うと、室内の温度はスネージナヤの真冬のごとく一気に下がる。
とても静かで、冷たくて……とても恐ろしかった。
パイモンは「ひぃっ……」と言う小さな声を漏らしている。
淑女とタルタリヤは無言で佇んでおり、蛍は『まあ、そうだろうな』と言いたげな表情を浮かべ、鍾離は真面目な顔で『そうか』と呟いた。
しかしカナデはそんな周りを無視し、彼の目の前に薄いサンダルを履いた足で近づき、彼を見上げながら「聞いてる?」と詰め寄った。
彼女の瞳には明らかな怒りと少しの呆れが浮かんでおり、静かに細められた目から放たれる鋭い視線を鍾離に向けている。
──だが、何故か。
少しだけ、鍾離は懐かしそうな瞳でカナデの姿を捉える。
正確には、彼女の衣装を眺めて。
「……その服は……」
カナデは何か彼が言いかけたので、首を傾げると、自分が着ている服を見る。
劇の舞台衣装だ。急いでいたのでそのまま着てきただけ。
カナデは『ああ』と納得する。
これは雲菫が『過去にいた魔神の女性』をイメージしたものである。
「急いでいたからそのままできたけど、雲菫の劇団の服だよ。言ってたよね、頼まれたから劇に出るって――ああ。うん。確かにモデルは実在の人*2だけど、そんなに似てるんだ。──兎に角。ほら、ここにいても仕方ない。鍾離、行くよ。話を言い聞かせてやるから」
そう言ってカナデは、まだ文句を言い足りないと言わんばかりの表情で鍾離の手を引いてドアへと向かう。
その様子を見たパイモンは『カナデが殴ったり何かするのでは』と慌てて二人を引き留めようとするが、鍾離が振り返り静かに微笑みながら『大丈夫だ』と言った。
「──彼女は俺の『友人』だからな。心配ない」
その笑みは何故か、少し寂しげに見えた。
カナデは暫く鍾離の手を放すまいと握っていたが、途端に振り返ると、タルタリヤを指さす。
「君にも後で説教だからね!首洗って待ってなよ!」
ビシッと指さされたタルタリヤは、すぐさま肩を竦め、軽く両手を挙げる。
「はいはい。分かったよ」
返事に満足いったのか、ようやく彼女の怒りが納まったらしい。カナデは頷くとそのまま部屋から出て行ったのであった。
その様子を終始見つめていた蛍と淑女は、扉が閉まる音と同時に溜息を吐きだす。
「……騒がしい子ね。まあいいわ。私はスネージナヤパレスに帰るわ。いいわね、公子」
「はぁ…勝手にすれば。俺は同行するつもりはない。まだ『やりたい事』もあるし」
「あっそう。じゃあ好きになさいな、私にはあんたの動向なんてどうでもいいもの」
二人は軽く会話をすると、その会話は終わりと言わんばかりに部屋を出ると、別々の道へと歩み始めた。
その後をついていく蛍とパイモンは、去っていく彼女達を見ていたが、パイモンはふよふよと呆れた様子で蛍に視線を移す。
「……あの二人……仲悪そうだな〜って、あ!まだ話をちゃんと聞いてないぞ!でもあの調子の『ラン』に話しは……無理そうだな。しばらく暇つぶししてから『往来堂』に行こう!そうだな〜……『万民堂』に行ってご馳走を食べようぜ!色々ありすぎて疲れたし、オイラはお腹がすいたぞ!」
「うん。……パイモンは食いしん坊だね」
そんな会話を交わしながら、彼女達も部屋から去ったのだった。
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