───カナデは宣言通り、鍾離が住んでいる部屋に彼を連れて行くと、彼に説教をした。
しかし鍾離の自身の罪に対する意識を変える事は出来なかったらしい。
静かに聞いてはくれていたが、やはり人では無い彼が簡単に意識を変えることは困難だった。
──ただ、とりあえずは。
カナデは鍾離を殴った。
それは彼にとっては赤子が軽く小突いた程度にしか感じていないだろうが……それでも一応、彼は驚いたように目を見開く。
それに、少しカナデは安心した。
確かに彼は『人では無い』。神という存在だ。
確かに感性は明らかに違うだろう。
カナデは彼の気持ちを理解する事は出来ない。
彼女は複雑な思考回路をしていないし、彼の何千年生きた人生経験は埋められない程長い。
それでも、やっぱり彼だって、痛いと感じる事はあるのだ。
生きているのだから。
(──ああ、良かった)
そう思えばこそ。
カナデはやっぱり、彼が『魔神』であろうとも、強い存在で、自分なんかが叶わないほどに格上の生命体だとしても。
何かしてやりたい、と思うのだ。
寄り添おうと努力している事を知っているからこそ、沢山長生きをしても分からない複雑な心がある事を知っているからこそ。
何かをしてやりたいのだ。
奮闘し、この璃月を大切に思い、長年背負ってきた『彼』だから。
──そんな人、応援したいじゃないか。
カナデはお人好しだった。
それは自分自身が何よりも理解している。
時に友人や知人に『優しい』と言われる事が稀にある。
しかし、それはカナデには当たり前の事なのだ。
『世界中の人に優しく必ずする』何て、無理な話だ。
そもそも手を伸ばせる範囲で守る、とだとかそういう話は自己満足で我儘でしかない。
カナデは後悔したくない、と思ったのだ。
痛い、苦しい、嫌だ。辛い、悲しい。悔しい。
───どうして?
そんな思いをしたくなかったのだ。
だからカナデは頑張った。
全力で頑張った。努力した。
戦うのは嫌だけれど、祖父に戦い方を教えられたから、必死に稽古をした。
──本当の事なんて誰にも言えない
殺したくないのに、人を殺した。
───今でもたまに悪夢を見るし、辛くて寝れない日もある。
でもそれはここでは当たり前だから、受け入れなければならない。受け入れ難い事でも、感覚を鈍くさせなければ。
文字を覚えて、嫌な事を覚えて、そしてそれが『当たり前』になった。
自分が苦労する事はカナデは平気なのだ。彼女はそういう性格だから。
だが、他者が、いや、『大切な人』が嫌な思いをするのが嫌だ。
「──『凡人』になりたいなら、努力しなきゃ。君が探す答えは君じゃなきゃ分からない。なら、自分だけで解決しようとしないで。『力』だけではどうしようもないのは分かるよね、君なら」
その言葉は、少しだけ、鍾離に刺さったようだった。
──少し鍾離の、視線が揺れる。
石珀の様な。光の加減で
カナデはそれを見て、フッと小さく微笑んだ。
馬鹿にしているのではなく、『仕方ない』と言うような、少し優しげな笑みだった。
「──ま。兎に角、何かあったら頼って。大した事出来ないけど、話聞くくらいなら出来るよ。じゃ、またね」
そう言って彼女は背を向けるとカナデは歩き出す。
これ以上は何も言わない、と言うように。
自分がこの先を言うべきでは無いとカナデは知っているから。
だから何も言わずに去る事にしたのだ。
きっとまた会う事があるだろう、と思いながら。
(……やっぱり甘いのかも)
甘い、と自分では理解しているカナデだが、譲れないモノがあるのも事実だった。
それに、きっと。
もっと重い物を彼は背負っている。
長く生きた者だけが知るような重さを彼は抱えているとカナデは思うから。
だから。カナデは何も言わずに去る事にしたのだ。
(……でも、やっぱりちょっとやりすぎちゃったかな……?)
カナデは少し反省しつつ、そのまま次の目的の人物がいる場所を確認する為、北国銀行へと向かった。
白駒逆旅は璃月港の入り口近くにある旅館だ。
予約制の高級料理亭である琉璃亭とも繋がっている。
カナデは夜遅くに普段着ている服に着替え、その白駒逆旅へと行くと、いる場所をたまたま見かけた従業員に尋ね、言われた通り、階段を上がって行く。
この場所には泊まった事は無い。
依頼で頼まれて仕事をする為に少し入ったが、建物の内装まで見る余裕は無かった。
だが、今見てみれば高級感のある綺麗な旅館だった。
謎の絵画や置物、キラキラとした装飾に少し目がチカチカしてしまう。
その階段を上りきった先の奥の部屋にいると言われ、カナデは部屋の扉の前に立つと軽くノックをする。
すると、室内から「入ってくれ」と言う声が聞こえたので扉を開いた。
中に入るとそこにはタルタリヤがいた。
彼は備え付けの椅子に座り、机に肘を置いて両手を絡めていたが、カナデを見ると嬉しそうに笑う。
「やあ。待っていたよ、カナデ」
「……はいはい」
カナデは軽く返すと、部屋に入り扉を閉めると、何処に座ればいいのか分からず目線で訴えかける。
その様子を見て、彼は「適当に座ってくれ」と促した。
カナデは言われた通りに近くにあったソファーへと座る。
柔らかいソファーだ。感触もいいし、座り心地も良かった。
明らかに高級なものでつい興味を引かれてしまう。
近くに手を置き、ぽふぽふ、と叩いているとその様子を見ていたタルタリヤが微笑みながら口を開いた。
「気に入ったの?」
「うん。流石に高い宿のものだね。いい布を使ってる、多分ここも高い部屋でしょ」
「そうらしいね。まあ、俺にはよくわからないけど」
そう言って彼は苦笑する。タルタリヤはファデュイでは高い地位にいるが豪勢な暮らしを好んでいるわけではない。
武器も拘っておらず、一流の戦士は武器を選ばないがポリシーだ。
「で。言いたい事があるんだよね?『説教』がしたいんだっけ?」
その言葉にカナデはハッとして、少し恥ずかしそうにしながらタルタリヤを見る。
「うん……まあ、あの場では『説教』があるなんて言ったけれど……。それはその、口実というか。色々話したい事が、あって」
カナデはもごもごとしながら呟くように言う。片手を口元辺りに当てる様子は照れているように見えた。
それを見たタルタリヤは微笑ましそうに笑うと、言葉を続ける。
「うん?なんだい?」
「……えっと、その。あの。そ、傍に行ってもいいかな」
カナデは視線を逸らしながら、恥ずかしそうに言う。
その様子を見て、タルタリヤは少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。
「勿論だよ」
そう言って、彼は手招きをする。するとカナデはおずおずと近づいて、少し躊躇った後、ぽすん、と膝上に座った。
その行動に驚いたのか、一瞬固まった後、彼は少し間を開けてから「はは」と笑い出す。
それに気が付いたが、顔を逸らし、誤魔化すように向かいあわせの体制で抱き着く。
こうすれば顔が見えないと分かっていたからだ。
顔が熱い。
きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろう。
それをカナデは見られたくなかった。
照れている自分を見せるのが恥ずかしかったのだ。
(だけど、これって話すの難しくない?それに、そういえばさっき無茶して疲れてたよね?だから、この体制だと痛いんじゃ!?)
カナデは今更ながらその事に気が付き、慌てて降りようとすれば、それを阻止されるかのように強く抱きしめられた。
「っわ……!?」
驚いて声をあげれば、耳元で囁かれる。
「もう少し……このままで」
「……っ!」
甘く囁かれた言葉のせいで、カナデの顔が更に赤くなった。
ドクンドクンと心臓の音がうるさく鳴り響いているのをカナデは感じる。
それに反応するように、自分の心臓も早鐘を打っていた。
顔が熱い。きっと赤くなっているはずだ。
「……え、えっと。痛くは、無い?それに重いだろうし……ちょっと調子に乗っちゃったし………」
「ん?全然平気だよ。それに君ひとりくらい、なんてこと無いし」
そう言って彼は抱きしめている腕の力を強める。まるで逃がさないとでも言うかのように。
それにカナデは「うぐ……」と言葉を詰まらせ、観念したように力を抜く。そしてそのまま彼の胸に頭を預けた。
「つ、疲れたりしたら言ってね。負担はかけたくないから……」
「うん。分かったよ」
柔らかな声が近くから聞こえる。
男性らしく硬い体付きを感じ取りながらカナデは少しの気まずさを感じていた。
恋人であるので接触する事は無いわけじゃない。そういう事もする時だってある。
だが、なんだか今は恥ずかしくて仕方がない。
それから互いに何も話さない無言の時間が続いた後、先に口を開いたのはカナデの方だった。
「えっと、暫く側にいていい?イザとなったらいつもみたいに変装するから。たまに何日かタルタリヤとそばに居る時あるでしょ?たまにはもっとその、傍にいたくて」
そう恥ずかしそうに言うと、彼の胸に頭をグリグリと押し当てる。
その行動を見て一瞬固まるが、すぐに嬉しそうな笑顔を見せる。
「勿論構わないよ」
「ありがと……」
安心したように微笑み、その言葉にカナデは小さくお礼を言うと、暫くの間、そのまま抱き着いていた。
その温かさを感じながらゆっくりと深呼吸をする。
それだけで安心できた。
失ってばかりの日々だけれど、いつか失うと知っているけれど。
カナデはそれでも今は幸福を感じていたかった。
自分を尊重してくれて受け入れて、大切にしてくれる人だから。
その体温も、匂いも、自分を見つめる眼差しも。
全てが大切で、愛しいと思えた。
それが今のカナデにとっての幸福だった。
※※※
「……思っていたのと違うんだけど」
「は?はい、ほらこれサインして」
カナデは今ファデュイの服を着てタルタリヤの側にいる。
事件の後始末を変装をして付き合っているのだ。
北国銀行にある執務室。
椅子に座り書類と格闘している彼にサインをするようにそっとカナデは新しい書類を差し出す。
ちなみにこの時は本名である『キャロル』を名乗っている。
本当は別の名前を出していたのだが、タルタリヤが『君の本名を呼びたい、割といる名前だしバレない』と言い出し、押し切られ、こうなった。
カナデはこうしてたまに書類仕事が苦手なタルタリヤを手伝ってやっている。
機密書類は見ないようにしており、見たとしても見てないと判断している。
「俺の字って汚くない?……カナデの字と違う気がする。」
渡された書類に目を通し、サインし終わった彼は眉を顰めながら尋ねる。
書類に目を落としていたカナデは彼の質問に顔を上げた。その表情は『何を今更』と言いたげな顔だった。
「仕方なくない?君は塾とか教令院で厳しく習ってる訳じゃないんだから。まあ、一応そういう教育受けてるみたいだけど。読めるし大丈夫。それに君の場合私とか、妹ちゃんに度々手紙書いてるから上手くなってきてるよ。……ほら、『達筆』良かったね」
そう言ってカナデはサインを終えた書類を見せた。確かにタルタリヤは小さな田舎の町で産まれた。
父に冒険譚を聞く話が好きだった彼は気がつけば外で遊び回るくらいしかやることが無いので娯楽として父、姉、兄などからもらった絵本などで読み方を覚えた。
書き方はある程度習っていたが、ファデュイに入ってからは面倒だったが、無理やり教えられ、何とか読み取れるものとなり、それからは基本部下に任せていたが、故郷にいる妹達の為に手紙を書くのでかなり上達した。
だが、それでもカナデよりはまだ下手ではある。
しかしそれはカナデが字を書くことに意欲的で考え方であり、年齢も僅かに違うなどそういった理由からであった。
「…それ本当に褒めてる?『達筆』は嬉しいけどさ」
少し拗ねたような声で言いながら彼は渡された書類に目を通し、サインをする。
「褒めてるよ。君は天才肌なとこもあるけど、それよりも努力家でしょ。確かに暴走したりする事もあるけど責任感はあるし、徹底的にやろうとするし、苦手な事もちゃんとやってるし、本当に凄いよ」
カナデは書類に目を通しながらさらりと答えを返す。その言葉に嘘偽りは無かった。
だが、その言葉に少しむず痒い気持ちになり誤魔化すようにタルタリヤは書類へと視線を向ける。
「…………『キャロル』は昔からそう言う所があるよね。俺に好きとか言うのは恥ずかしいくせに、俺を褒めるのは平気でやるよな」
その言葉にカナデは不思議そうに首を傾げる。
「そうかな?あ。気に触ってたらごめんね。そういうとこ気にする人いるよね。でもそういう事はなるべく言うようにしてるんだよね、死ぬ前に後悔したくないからさ〜」
そう言って彼女はへらっと笑うと、その言葉にタルタリヤは目を細めた。その表情をたまたま見てしまったカナデは苦笑する。
「でも、勘違いしないでね。誰にでも言ってないから。褒める事があっても『好き』と言ったり私から『触りたい』とは思うのは君だけだよ。」
そう言ってカナデは手を伸ばし、彼の頬に手を添えた。手袋越しに伝わる体温に彼が目を細め、じっと彼女を見る。
その瞳を見つめ返しながらカナデは続けて話す。
「だから心配しないでね」
そう言ってにこりと笑えば、彼は少し驚いたように目を見開いた後、ぷっと吹き出した。そしてくつくつと笑う。
「っはは。うん、分かったよ」
そう言って彼はカナデの手を取り、その指先に軽く口付けた。その行動にカナデは赤面する。
「……はいはい。ほら、早く仕事して」
ぶっきらぼうに言い放ち、カナデは顔を背けた。その様子を見て彼は笑う。
耳に届く笑い声が憎らしいとカナデは思った。
「あはは、ごめんね」
謝りながらも上機嫌なのを隠しきれていない彼の声にカナデはもう一度溜息をつく。
それからちらりと横目で見れば、彼は悪戯っ子のように笑っていた。その表情を見てカナデは呆れたが、同時に可愛いと思ってしまった。
(……くそ、あざとい)
心の中で悪態をつきながら、わしゃり、と軽くタルタリヤの仮面がついてない方の髪を乱す。
「わ」と驚いた声を上げた後、彼はカナデを見た。その反応に満足し、彼女は上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、その部屋を出ていった。
どんな話がみたいですか? 参考にいたします!
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