それから講談の手伝いをしたり、カナデの紹介で様々な場所の手伝いをしていた様だ。
しかし、時が経つにつれてパイモンはふと疑問に思った事を口にする。
「……ラ……カナデ、人脈広すぎないか?さっきからすんなりと短期バイト決まりすぎだぞ!むしろ向こうから『うちの仕事もお願いしたい』って頼まれたし!なんでだ?」
パイモンの疑問に、カナデは困ったように笑って見せる。
「そう?いつもこんな感じだけど。」
「なんでだよ!普通、そうならないぞ!?」
パイモンは驚きの表情を浮かべながら叫ぶと、蛍も頷く。
すると、それを見ていた鍾離が腕を組みながら口を開いた。
「カナデは『導きの妖精』と呼ばれている。璃月では結構有名だぞ?いや──他の国でもそう呼ばれているんだったな。」
「そうなのか!知らなかったぞ!?」
パイモンが再び驚きの声を上げると、カナデはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
「その呼び名はやめて欲しいんだけど。『闇夜の英雄』くらいダサい。それに大それた事はしてないよ。代わりにお使いとかしてるだけ。」
「お使い?」
蛍が首を傾げると、カナデは小さく溜息を吐いてから口を開く。
「そう。まあ、欲しいものとってくるとか、渡して欲しいもの渡すとか、子供の面倒みるとかね。冒険者として当然でしょ。それにちゃんと代わりにモラは貰ってるよ。」
「それは『お使い』じゃなくて『雑用』では……?」
蛍が思わず突っ込むと、カナデは肩を腕を組みながら答えた。
「まあ、そうとも言うね。でも頼む人はお金を出して時間を短縮してる訳だし、引き受けたら損はさせないよ。それに自分がどうしても嫌な事は引き受けないし……そろそろ戻って来るかな」
カナデの言葉に蛍は首を傾げる。
すると、蛍達の後ろから声が掛けられた。
「ただいま、カナデ。予約してきたよ」
振り向いた先には、『琉璃亭』の予約を終わらせてきたらしいタルタリヤの姿が見える。
その手には、何やら袋を持っている様だ。
「……また何か買ってきたの?全く。また自分以外の為の物でしょ。」
呆れたように告げるカナデに、タルタリヤは笑うだけで答える。
どうやら図星らしい。全くどうしようもない男だなと思いつつ、カナデは溜息を吐いた。
「はあ……。まあ、とりあえずおかえり。それで?今回は何を買ってきたの?」
「香膏だよ」
「香膏?何で」
カナデが尋ねると、彼はにっこり笑って答えた。
「良さそうだったから。はい、これ、使いなよ」
そう言って彼はカナデに紙袋ごと手渡した。
「え、あ……ありがとう。」
カナデは戸惑いつつもそれを受け取ると、とりあえず確認は後にしようと思い、それを鞄の中にしまい込む。
「さあ、行こうか」
そう言って彼は歩き始めるので、カナデ達もその後に着いて行く事にした。
※※※
そして、しばらく。
暫く蛍達のバイトをカナデは手伝い、たまにタルタリヤや鍾離がちょっかいをかけてきたりしながら、数日経った頃。
最後のアルバイトの料理屋でカナデは璃月伝統の女性の服を着ていた。
「何故私がこの服を着ないといけないの?男性用もあるならそっちを着るよ、ないの?」
「ごめんね、カナデちゃん。休んだ子は女の子だからそれしかないんだ。」
カナデが文句を言うと、店の店主である女性は苦笑いを浮かべて謝罪する。
しかしカナデは納得いかない様子で私服で働きたいと頼んでみたが、やはり駄目だと言われてしまった。
制服が着用必須らしい。
「でも蛍が着てるのとデザイン違わないですか?彼女は少女向けの制服だし……私もそれで良いのでは?」
「うーん、言いにくいけど、カナデちゃんが同じの着ると、ヒップとかのサイズが合わないと思うのよ。」
「ぐ……そう来ますか……」
カナデは悔しそうに唸ると、渋々了承した。
結局、カナデは仕方なく店主の指示に従いつつ働く事になったのだ。
そうして、開店時間を迎える。
カナデは暫くの間、パイモンと蛍と共に給仕の仕事をこなしていた。
時折料理の注文を受ければ、そのまま運んでいく。
カナデは文句は言っていたが慣れた様子であり、手際よく仕事をこなす。
順調かと思われた矢先、事件は起きた。
カナデがとある男性に料理を運んだ。
その男は人相が悪そうであり、お世辞にも善良そうには見えない男だ。
カナデはその男がなんとなく苦手な感覚を覚えたが、それでも引き受けている以上、また逆にほかの店員や蛍達が何をされるか分からないので自らその役を引き受けた。
カナデは笑顔を作り、皿を男の前に差し出すと「ご注文の品です」と告げた。
男は料理をしばらく見つめていたが、突然カナデの腕を掴むとニヤリと笑う。
「なあ、姉ちゃん。」
「はい、何でしょうか」
カナデは笑顔を崩さないまま答えた。しかし、内心は冷や汗をかいている。嫌な予感がするのだ。
「姉ちゃん、ちょっとこっち来て話そうぜ。」
「えっ、でも仕事中なので……」
「いいじゃねえか。すぐ終わるって」
男はカナデの腕を掴むと強引に引っ張り始めた。
カナデは慌てて抵抗しようとしたが、相手の方が力が強く敵わない。
「ちょっと!離してください!」
「ほら、来いよ」
カナデは困り果てていたが、そこに店の奥からやってきた店主が割って入った。
「お客様、困ります!うちのバイトを離してください!」
「うるせえなぁ」
男は店主を睨みつけると、突然彼女を殴り飛ばした。
「きゃあっ!!」
店主は床に倒れる。
「な、何するんだ!」とパイモンが叫ぶが、男は気にした様子もなく、再びカナデの腕を掴んだ。
「いいから来いって言ってんだよ」
男は強引にカナデを連れて行こうとする。
カナデは必死に抵抗するが、力が強く敵わない。
(まずい!このままじゃ連れて行かれる!!こうなったら戦うしか───)
その時、何者かがカナデの腕を掴む男の手を掴んだ。
「はい、ストップ」
突然現れた声の主を見て、男はぎょっとする。
そこには笑顔の青年が立っていたからだ。
それだけだとまだ普通に聞こえるが、その笑顔の裏に怒りが潜んでいる事に男は気づいた。
「な、なんだてめぇは」
男が動揺していると、青年──タルタリヤは掴んだ男の手を捻り上げる。
「ぐあっ!!」
男は悲鳴を上げてうずくまる。
そんな男の様子を見下ろしながら、タルタリヤは口を開いた。
「店で騒ぎを起こすのは感心しないな。それに、彼女は嫌がっているように見えるけど?」
「うるせぇ!てめぇには関係ねえだろ!!」
男は痛みに耐えながら反論するが、そんな様子に構わずタルタリヤは続ける。
「関係ないかもしれないけど、彼女に手を出した事については話は別だ」
タルタリヤは笑顔のままだが、その目は笑っていない。その瞳の奥には怒りの色が見え隠れしていた。
男は本能的に恐怖を感じ取り、身震いする。
「お、俺はただこの姉ちゃんと話がしたかっただけで」
「へえ。それにしては随分強引な誘い方だったけど?それに、彼女は俺の大切な人だから、勝手な真似は許せないな」
「ひいっ!?」
男は怯えて後退りをする。それを見ていた蛍は男の事を睨みつけて腕を組みながら、口を開いた。
「そうだよ。カナデが嫌がっているのに、無理矢理連れて行くなんて許せない」
「い、いや……俺はただ」
男は言い訳しようとするが、店主が近づいてきて彼を睨みつける。
「お客様、これ以上は営業妨害とみなします。今すぐ出て行ってください!」
「ぐっ……!」
男は悔しそうに歯噛みするが、これ以上騒ぎを大きくするのは不味いと思ったのか大人しく立ち上がり店を出て行った。
蛍とパイモンはカナデに駆け寄り、彼女に怪我がないか確認する。
幸いにも、怪我はないようだ。
「大丈夫か!カナデ」
パイモンが心配そうに尋ねると、カナデは「うん、大丈夫」と言って笑顔を浮かべる。
しかし、その笑顔には疲れの色が見えていた。無理もないだろう。いきなりあんな目に遭ってしまったのだから。
「すいません、お客様。お騒がせ致しました。……カナデちゃん、休憩行ってきていいよ。」
「あ、はい。ありがとうございます……」
カナデがため息をつくと、パイモンが声をかけようとしたが、その前にタルタリヤがカナデの腰に手を回す。
「じゃあ、この子は俺が連れていくね」
「えっ?」
突然の展開に、カナデは目を丸くさせる。しかし、彼は気にせずそのままカナデを連れて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って!ああ、もう、パイモン、行ってきて!」
「お、おう!任せろ!」
蛍は慌ててパイモンに頼むと、パイモンは急いで後を追いかけていく。
残された蛍は呆然としていたが、とりあえずバイトを終わらせる為に続ける事にした。
※※※
「いや、あの、どこ連れていこうとしてるの」
カナデは困惑しながら、前を歩くタルタリヤに尋ねる。しかし、彼は何も答えない。ただ黙々と歩き続けている。
仕方なく、カナデはそのまま着いて行く事にした。
やがて、人通りの少ない路地に出ると、そこで立ち止まった。
「ここならいいかな」
彼はそう言うとカナデの腰に置いていたが、いつの間にか手を繋いでいたが、その手を離す。
カナデは疑問に満ちた目で彼を見つめるが、タルタリヤは小さく微笑むだけで何も答えてくれなかった。
──暫く沈黙が流れる。
やがて、先に口を開いたのは彼だった。
「大丈夫?何もされてない?」
「へ?あ、ああ。まぁ……腕掴まれたけど」
カナデは思い出しながら手を摩りながら答える。
若干痛い。
「手首見せて」
そう言われ、カナデは素直に腕を差し出す。すると彼はその細い腕を見ながら眉間に皺を寄せた。
「赤くなってるね。……まったく、許せないな」
その言葉には怒りが込められていた。カナデは苦笑するしかなかった。
「気にしないでいいよ。あんなの日常茶飯事だから」
そう言って笑う彼女を見て、彼は更に眉間に皺を刻んだ。
「君にとっては日常かもしれないけど、俺にとっては許せない」
きっぱりと言い切るタルタリヤに対し、カナデは困った表情を浮かべている。
彼はそんな彼女の手を優しく握った。まるで壊れ物を扱うかのように、そっと包み込むように。
その手の温かさに、カナデは少しだけドキッとしたが、顔に出さないように務めた。
「えっと……な、何?」
戸惑いがちに尋ねる彼女に、彼は真剣な眼差しを向ける。その表情はとても真剣で、何かを決意したようだった。
「カナデ。」
彼は名前を呼ぶと、カナデの手を引き自分の方へと抱き寄せた。突然の事だったので、カナデは目を丸くさせ驚いている。
しかし、タルタリヤは気にせず言葉を続けた。
「君は女の子なんだ。もっと自分を大切にしないとダメだよ」
「……あ、う、うん。ごめん」
カナデは戸惑いつつも謝るが、彼は言葉を続けた。
「謝らなくていいから、約束してほしい。もう無茶はしないでくれ」
「えっと……努力します……」
「絶対だよ」
カナデの返事に、彼は念を押すように言う。その瞳からは有無を言わせないような強い意志が感じられた。
「わ、分かったってば」
カナデは気圧されつつ答えると、タルタリヤはようやく安心したように微笑んだ。
その笑顔は普段よりも柔らかく、カナデは思わず見惚れてしまう。
「良かった、約束だよ。破ったら許さないからね」
そう言って彼はカナデの額に軽く口付けをした。突然の事に驚いたが、それよりも恥ずかしさの方が勝った。
「な……」
カナデは顔を赤くさせて唇が当たった額に手をやる。
「さ、そろそろ戻ろうか」
だが、タルタリヤは何事も無かったかのように言うと、カナデの手を掴み歩き出した。
カナデはまだドキドキしている心臓を落ち着かせるのに必死だ。
「あ、そうだ」
彼は何かを思い出したように立ち止まると、こちらに振り返って口を開く。
「その服、よく似合ってるよ。可愛い」
突然そんな事を言われたものだから、カナデは更に顔を赤くさせた。
「〜〜〜っ!!も、もう!早く行くよ!!」
照れ隠しなのか慌てて歩き出すカナデの様子を、彼は楽しそうに見つめていた。
その後、慌てて追いかけてきたパイモンと合流し、二人は蛍がいる店に戻った。
カナデは先程の事を思い出してしまい、なかなか仕事に集中出来なかった。
しかも用心棒代わりにバイトが終わるまで店に暫くいるようにしたらしく、テーブルに肘をおきながら客で笑顔で見てくる彼を見て更にモヤモヤしてしまう。
そんなカナデの様子を見て、蛍とパイモンは不思議そうに顔を見合わせたのだった。
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