汚いガキどもを見つけたので虐待することにした。   作:史上最恐の悪役

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今回サド視点が一切ありません!主人公の癖に!


第37話

 

 

 

 

 

 爛々と輝き放つ太陽の下。肌を刺すような冷風が頬を撫でていくのを感じながら、私はいつもの縁台で待ち人を待つ。

 春のようにいい天気だけど、真冬の時期ということもあってやっぱり外は寒い。元々冷え症気味だから今もこうして手に白い息を押し当てながら寒さから耐え忍んでいる。

 ただ、この空白の時間が苦痛であるかと言われたら決してそうではない。むしろ、この待ち時間が何とも焦ったく、逸るような気持ちを抱かせてくれる。この気持ちが彼との邂逅のスパイスとなってくれるのであれば甘んじてこの寒さも受け入れよう。

 

 「────そろそろかな」

 

 百夜堂店内からドタバタと聞こえてくる物音が彼の来訪を予兆させる。

 『俺のご飯は常にアッツアツで食べてもらわなきゃ意味がねェ』とは彼の言であるけど、そうまでして急かさなくても料理は冷めないのに……なんて思いながらも、理由が何であれ私のために動いてくれているという事実が何とも痺れにも似た甘い快楽を呼び起こす。

 

 

 「待たせたなァ!!葱鮪一丁上がりだぜェ!!」

 

 

 店奥から待ち人───サドさんが勢いよく扉を開け放つ。それに比例するように来訪者を知らせるベルがこれでもかと忙しなく揺れ動いている。

 ……大丈夫かな。そんなことしたら───あっ、やっぱりシズコに怒られちゃった。サドさんも負けじと言い返してるけど、結局()()()()()言い負かされて正座で説教を喰らっている。

 

 「ふふっ……」

 

 思わず笑みが溢れ出てしまったが、どうか許してほしい。これは決して嘲笑の類ではないのだから。

 だって想像してみてほしい。小さな看板娘さんよりも優に大きい筈の“大人”が大人しく正座させられているんだよ?面白いに決まってるよね。

 

 「ほら!ナグサさんに笑われましたよ!いつもいつも注意されても治んないなんて恥ずかしくないんですか!?」

 「ククッ、俺を言い包めようなんて100年早ェんだよ……!折れるものなら折ってみろ!俺は絶対に屈しねェ!!」

 「それがっ…………それが説教を受ける人間の態度かァ──!!看板娘パ〜〜ンチ!!」

 「ガハァ!?!?」

 

 ……もうこの光景を見るのも何度目だろうか。いつもこんな感じで登場して、こんな感じで説教されて、最後に叩かれて宙を舞う……これが百夜堂の日常風景。

 一見コントにしか見えない光景なのに本人たちは至って真面目にやっているのだから反応に困ってしまう。だけど、それが尚更面白さとシュールさを増す要因になっているんだけど。

 

 ……本当にここは変わらない。

 嬉しい時も、悲しい時も、悩んでいる時も、ほんの少し嫌なことがあった時も、いつも変わらず私を笑顔にしてくれる。そして、いつも私の気持ちの在り所が縁台(ここ)にあって───()()()()()()()ような気がする。

 

 「イテテ……アイツ、なんか最近パンチ力上がってないか?この前までへなちょこパンチだったのに段々芯を捉えているような気がするぜ……」

 「それはサドさんが毎日のようにパンチをお見舞いされているからじゃない?」

 「ククッ、つまり“成長”というわけか。全く、一丁前に反骨真だけは大きくなりやがって……」

 

 言葉だけ見れば不満一杯といった感じだけど、何処となく嬉しそうな声色。それが彼の心を表しているようだった。

 

 「それで今日はどうしたんだ?またしても虐待カウンセラーの出番かァ?それともいよいよお前も叛逆の意思を剥き出しに来たのかァ?最近はチャレンジャーが多くてな……まぁ、その度に返り討ちにしているがな!」

 

 …………どうしてこの人はあらぬ方向に思考の舵が回るんだろうね。

 

 「ううん、特に何も。それとも何か理由がないと来ちゃダメだった?」

 「ククッ、何もそこまで言っちゃいねェよ!随分と物好きなヤツだと思うだけだ!」

 

 ………うん、色々とごめんね?面倒くさい女で。

 でも、乙女心を理解出来なかったサドさんにも非はあると思う。理由がある時しか来ない女だと思われても心外だし……

 

 「ほら、座って?話したいことがいっぱいあるんだ」

 「ククッ、言われなくても座ってやらァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは色んなことを話した。

 学校のことだったり、百花繚乱のこと、私生活のこと、楽しかったこと、大変だったこと……

 

 サドさんは興味無さそうに相槌を打つだけだった。事実、彼にとって学校の話とかどうでもいいんだろうけど、それでも律儀に話を聞いてくれている。話の腰を折ったり、口出しもしないで、ただ私が話したいことを黙って聞いてくれた。

 ……いつも思う。そういうところが()()()()()()()()()()()だよって。

 

 「ククッ、随分とまぁ“道具”には不相応な学園生活を送れているんだなァ」

 「うん、サドさんのおかげでね」

 「直球な皮肉をどうもありがとうなッ!!」

 

 皮肉なんかじゃないのに……

 

 「…………ここに来るたびに思い出すんだ。サドさんと出会った日のことを」

 「ククッ、後悔に濡れた日の始発点(プロローグ)か。確かにお前はあの日から最低最悪の虐待者に絡まれる羽目になったんだから……そりゃあ人生最悪の“()()()”だろうな?」

 「───そんなこと言わないで」

 

 思わず圧の強い語句が出てしまった。でも、これも絶対サドさんが悪い。

 だって、私があの日から今日まで1度も後悔なんてしたことはないのだから。むしろその逆。私にとってかけがえのない出会いの始発点(ターニングポイント)だった。

 だから……これだけはサドさんに否定してほしくなかった。

 

 「私は物心が付いた時から───ううん、アヤメの幼馴染になった時からずっと“御陵ナグサ”を演じてきた」

 

 ただ、偉大な幼馴染の隣に立ちたくて。ただ、アヤメの幼馴染として相応しい人間になりたくて。

 だから、私はこれまでずっと()()()()()()()()()()()()“御陵ナグサ”という人間を演じてきた。そのためにそれ相応の努力もしてきた。次第に人望も集まった。

 

 だけど、それが酷く空虚なものに見えて仕方がなかった。

 

 だって、それはアヤメの幼馴染である“御陵ナグサ”が得たものであって、“(御陵ナグサ)”が得たものではなかったから。

 

 それまでの努力も、頑張りも当然の義務だと思っていたから。

 

 ───みんなに見せている“御陵ナグサ”と“私”は違う人間なのだから。

 

 ずっと演じ続けてきて、少しずつ自分と演技の境界線が朧げになっていって。でも、確かに弱い自分が何処かにいることを自覚していながらも、それから必死に目を逸らすように演じ続けることしか出来なかった私。

 

 だけど───

 

 「でも、サドさんだけだった。私を───弱くて臆病な“(御陵ナグサ)”を見てくれたのは。こんな私を肯定してくれたのも、今までの頑張りを手放しに褒めてくれたのも……全部サドさんが初めてだったんだよ?」

 

 サドさんの言葉があったから私は少しずつ本当の“(御陵ナグサ)”を出せるようになっていったんだと思う。

 

 たまにこうしてサドさんとお話して、色んな弱い部分も曝け出して、私はようやく“(御陵ナグサ)”を再認識出来た。

 

 本当は臆病で弱い自分を少しずつ吐き出せることが出来た。

 

 そんな自分をほんの僅かに認められるようになった。

 

 あのまま自分を押し殺して演じ続ける人生を送っていたら……多分、()()()()()()()()()()と今なら思えるから。

 

 

 だから───

 

 

 「───ありがとう、サドさん。私、あなたのお陰で救われたんだよ?」

 

 

 そっと優しくサドさんの大きな手に私の手を重ねる。ぎゅっと包み込んだ手の甲は私とは違ってゴツゴツとした硬さを含んでいるけど、そんな手が誰よりも頼りになって、この手に何度も救われてきたことは誰よりも自覚している。

 

 「───ハンッ、どうやらテメェはとんでもない勘違いをしているらしい」

 「ムッ、どういうこと?」

 

 手を払いのけ“やれやれ”とジェスチャーするサドさんは、まるで物分かりの悪い子供と相対している態度のようで少し気に食わない。

 

 大きな焔がより一層揺らめく。

 決して熱を帯びないその火が私を照らした。

 

 「お前は俺の“道具”だ。“道具”が自己肯定感サゲサゲの陰湿野郎ではとてもではないが適わないってわけ!」

 

 『だからお前のためなんかじゃない』と一点張りのサドさんに、やっぱりかといった納得感があった。

 世界で1番人の感謝や好意を素直に受け取らない人───それがサドさんという人だから。

 

 「大体テメェはいつも考えすぎなんだよ!お前の中で七稜アヤメが一体どんな完璧超人に見えてんのかは知らんがな、アイツだって()()()()()()()()()()()()。あんまし盲目すぎると痛い目に遭うぞ?」

 

 ………そんなことはないと思うけどね。

 

 七稜アヤメ(私の幼馴染)は誰からも好かれて、誰にだって明るくて、強くて、何でも出来て、頼りになって、すごくお人好しで、いつだって誰かの憧れで、子供の頃からずっと私の手を引っ張ってくれて……ここからどうすれば普通の女の子に見えてしまうのだろう。

 

 ただ、サドさんの言う通り盲目すぎるのも良くないのかもしれない。それにサドさんの言うことも一理ありだ。

 私はアヤメにおんぶに抱っこのような関係を築きたいわけじゃない、アヤメと肩を揃えて真に背中を預け合える関係になりたいのだ。そのためにも、この憧憬にも似た感情から脱却しなければならない。 

 

 何だっけ……『憧れは理解から最も遠い感情だよ』……だっけ。前に言われた言葉だけど、まさしくその通りだと今なら感じる。

 

 「うん、分かった。これからも頑張ってみるよ」

 「おう、頑張れ頑張れ。そして是非とも活きのいい“道具”になってくれ!」

 

 またそんなこと言って……

 でも、これが彼なりの精一杯のエールだと思えば悪くないかもしれない。

 

 「……あっ、そういえばお祭りの件はどう?順調?」

 

 ここでふと浮かんできたことをそのまま尋ねることにしてみた。

 お祭りの件とは、つい先日かかったお祭りの運営をサポートをするボランティアの募集の話だ。

 

 私とアヤメは百花繚乱に所属していることもあって大抵のお祭りの日は治安維持の警備のために駆り出されるから、残念ながら当日のボランティアには参加出来ない……けど、それ以外の準備なら参加出来る。

 そういった話もすでにサドさんに話していて、特に問題なく『全然OK!』とお墨付きをもらえたからこうも堂々と聞けているわけなんだけど……

 

 「ククッ、今はシズコたちが誠心誠意頑張って計画を考えているから、お前らが馬車馬の如くコキ使われるのは後もうちょい先かね」

 「……そっか。ところでサドさんは手伝ったりとかしないの?」

 「俺が?何故?」

 「えっと……こういう時って何だかんだ助け───じゃなくて、虐待するために一緒に作業をしているイメージがあったから」

 

 意外な返答をされてしまったため少し言葉を詰まらせたが、答えあぐねながらも何とか言葉を捻り出すことが出来た。

 サドさんの雰囲気は……何故か少し明るいように思えた。

 

 「クククッ、流石はナグサよ。俺という虐待者の解釈度が随分と高いじゃないの。確かに、お前の言う通り普段通りであればすかさず虐待をしているだろうが……今回ばかりは虐待しねェ。アイツらに全てやらせるのさ」

 「……そっか」

 

 初めての運営を“大人”の助力なしにやっていけるのか少し心配になってしまう……が、きっとサドさんのことだ、何か考えがあってのことなんだろう。

 

 「ところで───」

 

 「サドさ〜〜〜ん!!!来ましたの〜〜!!!」

 

 次の話題の切り出したその時、遠くからサドさんの名前を名一杯叫ぶ女の子が視界に映った。

 中等部の制服に、足下まで伸びている紫色の髪。そして何よりそのキラキラとした表情や瞳が何処か私の幼馴染の姿を彷彿とさせた。

 

 「ユカリ!?これまた珍しい客が来たなァ」

 

 どうやら知り合いであるらしい。まぁ、名前を知っていて、かつあんなにも天真爛漫な笑顔を向けながら此方に全力ダッシュしてきてる時点で相当懐かれているんだなっていうのは想像出来たけど……

 

 「はい!勘解由小路ユカリ、ここに参上ですの!!」

 

 “ババン!”と背景に効果音が流れているのを幻視しながら、私たちの前に立つ子供を見遣る。

 随分と元気のある子だ。私とは真反対で、そして馴れ親しんだ雰囲気の持ち主。

 

 それと勘解由小路という名字……なるほど、この子は勘解由小路家のお嬢様だったんだね。

 

 「あら?そちらのお方は……?それにその羽織物は……」

 「……私は御陵ナグサ。一応百花繚乱に所属してるよ。よろしくね」

 「やはりあの百花繚乱……!すごいですの!ナグサ先輩は“えり〜と”なのですね!」

 「エ、エリート……」

 

 た、確かに百花繚乱は部名の通り紛争を調停する役割を担っているから、当然それ相応の実力を求められるけど……

 そ、そう考えるとエリート……なのかな?あんまり公にエリートだと自称したくはないけどね……

 

 「ククッ、そんな名家のボンクラお嬢様がどうして庶民の店にやってきたんだァ?もしや今日も庶民舌に変えられにノコノコとやってきたのかァ?」

 「サドさんのお料理!?それは是非ともお食べしたい───ではなくて!身共がここに参上した理由など1つしかありませんの」

 「理由……?」

 

 ユカリは1つ頷く。

 その顔は何処までも自信に満ち溢れており、絶対的な使命を受け持った使者の如く、その瞳は熱意に溢れかえっていた。

 

 

 

 「そう、身共がやって来た理由。それは─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────お祭りのお手伝いのため、ですの!!

 

 

 

 またしても“ババン!”と胸を張って自身が来た理由を豪語するユカリ。そして、その焔の顔を手のひらで覆うサドさんの姿が視界に映り込んだ。

 

 「どうかこの身共に一切合切全てをお任せ下さい!どんな困難な“みっしょん”でも“すぴーでぃー”かつ正確に“こんぷりーと”してみせますの!」

 「ッ……ッッ……!」

 「あ〜……ユカリ?その、ユカリはお祭りの準備のために来てくれたんだよね?」

 「そうですの!本来なら勘解由小路家の家業があったのですが……皆様が準備をしている最中、身共だけが何もしないなどあってはなりません!だから抜け出してきましたの!」

 「ッッ〜〜……!!!」

 

 ……サドさん、堪えるならもっとちゃんと堪えてよ。そんなに縁台をバシバシ叩いてたらユカリにも……ってもうすでに不思議な顔してこっち見てるし。

 

 「そういえばあまり街中は騒がしくありませんのね。いつもならお祭り前はもっと賑やかだったと思うのですが……。もしやこれから始めるのですか?」

 

 あまりに純粋な眼差しが痛い……

 隣にいる“大人”は使い物にならないし、ここは私が心を鬼にして伝えなくては……

 

 「えっと………あのね?ユカリ。その、まだなの。準備」

 「………え?」

 「今はお祭りの方針とか決めてるらしくて………つまり、まだ屋台作りとかはまだかなって……」

 「───えぇ!?!?そうなんですのぉ!?!?!?」

 「ダーッハッハッハッハッハ!!!!もうダメだ!!堪えきれねェ!!!ダーッハッハッハッハッハ!!!」

 

 愉快気に木霊する笑い声と、純粋無垢な少女の困惑の声が鼓膜を揺する。

 嗚呼、なんて平和な日常なのだろうとらしくもなく思う。本当の自分を曝け出せるようになって、ほんの少し心の錘が外れただけで異様に世界が澄んで見えるような気がする。

 

 

 ───そう、これが私の日常。私が得た平和であり、今の私を象徴するシンボル。これからも在り続ける日常が、今も目の前に広がっている。

 

 

 「………うん、やっぱり今日は天気がいいね」

 

 

 太陽が私たちを照らし出す。

 その雲ひとつない青空は、まるで私たちの未来を暗示しているかのように見えた。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 「むむ〜ッ……従来のテーマに沿いながら新たなオリジナリティを出すには……」

 

 もう何時間この紙と見つめあっているのだろうか。そんなこと思いながら百夜堂の客席にてそっと背伸びをする。

 自然と視線は壁に掛けてある時計に目を滑らせ、表示されていた時刻は午後の23:00。さっき確認した時は20:00だったような気がするんだけど……ハァ、時間が過ぎるのは早いものね。

 

 私がやっているのはお祭りの計画案の作成。だけどこれがまぁ大変なのよ。開催日時や場所、内容、予算、備品、広報活動とその他諸々も1から捻り出して作成するんだもの。

 まぁ、私はそれが楽しいって思えるけど、もしそうじゃない人が携わってもただの苦行でしかないでしょ。どっかの誰かさんが言うように、これぞまさしく“虐待”ってね。

 

 「ハァ〜、疲れた〜」

 

 いよいよ脳のキャパがオーバーしてきたのか、それとも途中で集中力を切ったのがいけなかったのか、パタリと机に伏せた後から何のやる気も起きなくなってしまった。

 流石の百夜堂一の看板娘であろう私でもここから復帰するのは至難の業。でも、こんなんじゃダメダメよ。少しでも良いお祭りにするためにも切り替えないと……

 

 何より、私たちを信頼して話を持ってきてくれたサドさんの期待に応えたい───

 

 「ほらよ、お茶だ」

 「ん、ありがとう」

 

 目の前にお茶をお出しされる。湯気も仄かに立ち昇るところを見るに、淹れたてホヤホヤな真新しい抹茶なのだろう。

 右手で支えてから左手を添え、脳を解すようにゆっくりと喉に流し込む。頭の頂点から爪のつま先まで火照るような感覚がした。

 ううん、少し眠くなりそうだけど、むしろ今はこれを求めていたっていうか……なんかこのお茶を飲むと頑張れそうっていうか……

 

 ………………ところでこのお茶は誰が出してくれたんだろう。ウミカとフィーナはもうとっくに帰しているし……

 

 「お前、まだこんなところで作業してたのかよ。やっぱりガキの体力は底なしだな」

 「きゃあああああ!?!?サ、ササササササササドさん!?!?!?」

 「うるさっ!?」

 

 対面に当然の如く居座るサドさんに『我ながらこんな声出るんだ……』と内心ビックリするほどの絶叫を挙げてしまった。

 一体いつから……いや、そもそもどうしてここに!?

 

 「何を驚く必要がある。もともとここ(百夜堂)は俺の拠点だ。よって店を閉めたら立ち所に俺の家へとすげ替わる……当たり前だよなァ?」

 「あっ、そっか。サドさんって根無しだったわ」

 「ククッ、口には気をつけた方がいいぜェ?」

 

 だって事実だし……

 サドさんが百夜堂のオーナーを勤めている理由の1つに無料で寝泊まり出来るからっていうことも全部知ってますよ。シロコが全部教えてくれましたから。

 

 「あれ?じゃあシロコは何処にいるんですか?」

 「あ?そりゃあお前、今さっき寝かしつけてきたに決まってるんだぜ。今は罰則*1執行の最中だが、それとオマケに寝るまで手を繋ぐ虐待もかましてやったぜ!それでも指定した時間にちゃんとおねんね出来たのだから、ヤツの“道具”スピリットは完成されつつあると思った方がいいな……!」

 

 相変わらず過ぎてスゴいわね、本当に……

 それってシロコからしたらご褒美ではなくて?

 

 「ククッ、そもそもアイツだけに限定した話じゃねェぞ。他のガキどもにも早寝早起きは徹底させてんだよ!」

 「そうなんですか………ん?でも私はまだ起きてますよ。これはいいんですか?」

 「………ほう?自ら“道具”であると認めるその態度。なかなか素晴らしい意識の持ち様じゃあないか!」

 「ッ」

 

 思わず手で口を覆ってしまう。

 た、確かに今まではほんの冗談で『私はサドさんの“道具”で〜す☆』なんて言ってたけど、今のは紛れもなく無意識に出てしまった言葉だった。

 

 ど、どういうこと!?私、本当に身も心もサドさんの“道具”にされちゃったの!?

 そ、それは流石にダメよ!そんな……たとえそれが言葉の文字通りの意味とは真反対の扱いをされても人の“道具”になるなんてそんな…………うぅ、『ちょっといいかも……』なんて思ってしまう自分の頭が恨めしい……

 

 「ククッ、本来ならお前も容赦なく人をダメにするようなフワッフワなお布団に叩きつけてやろうと思ったが……気が変わった」

 

 そう言葉を区切り、私の手元にある計画案に顔を向ける。

 

 

 「まぁ、それが終わるまで待っておいてやるよ」

 

 

 私の目の前で見せつける様に徐に新聞紙を広げ、お茶を飲みながら黙読し出すサドさん。私は二の句も出せずに、ただ意外も意外な場面に出くわして困惑するしかなかった。

 

 

 ───サドさんが一度決めた行動を変更した。

 

 

 この事実がどうにも受け入れ難い。思わず“何処か頭でも打った?”と思ってしまうぐらいには驚いている。

 

 ……もしかして心配してくれているとか?新聞で顔は見えないけど……いや、そもそも見れたとしても表情分かんないけど、もしかしたら私のことを想って残ってくれているんじゃ────

 

 「ククッ、いいのか?手が止まってるぞ。このままでは()()()()()()()()()()()()()()が刻一刻と増していくばかりだよなァ?」

 「─────ん?」

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 

 「サ、サドさん?因みに何でここにいるのか理由を聞いても……?」

 「あぁ?そりゃあお前、俺がここにいる理由なんてたったひとつだろうが……!!」

 

 何故か少し声量小さめで──多分シロコのことを気遣ってる──新聞を退かして私を見る焔の表情は……何となくだけど意地の悪い笑顔をしているんだろうなって思った。

 

 

 

 

 

 「お前への(虐待)───即ち、【虐待者と今宵はtogetherの刑】、だ……!!」

 

 

 「…………はぁ〜」

 

 

 

 

 

 うん、知ってた。

 

 まぁサドさんだしね。超絶怒涛の勘違い虐待者だしね。うんうん、仕方ない仕方ない。むしろ安心したかも。やっぱりサドさんはこうでなくっちゃ。

 

 「()()()()()男と一緒に夜を過ごさせる虐待……!さぞお前の心にクリティカルヒットしていることだろう。なんせこの世で最も嫌悪しているであろう虐待者(大人)と夜を過ごしちまってるんだからな……!末代までの恥確定案件だろ……!」

 「そう、ですね……。ある意味クリティカルヒットしてるかもしれません」

 「フハハッ!やっぱりな!」

 

 思えば2人きりの時とか殆どなかったように思う。だって、いつも彼の近くには誰かがいたから。

 時々シロコと一緒に揶揄ったり、ふざけ合ったりしたこともあったけど、それでもなるべくシロコの邪魔をしないように一線は弁えながら行動していた。だって、シロコがサドさんに向ける見え見えの好意に気づいていたから。

 いや、シロコだけじゃない。他の子たちも普通の友愛とはまた違った感情をサドさんに向けていることに気づいていたから。

 

 ────サドさんは私だけのサドさんじゃないからって、自分の気持ちに蓋をして。

 

 

 でも、()()。今だけは私と彼だけの夜────

 

 

 「あ〜あ、サドさんのせいで集中力が完全に途切れちゃいました。このままじゃ作業もままなりませんね」

 「ムッ、別にそこまで狙ってなかったんだが……」

 「────ですから、私をこんな風にした責任……取ってくれますよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからはサドさんと他愛もない話をした。世間話から愚痴話まで、本当に色んな話を。

 サドさんは興味なさそうに相槌を打っているように見えるけど、その実()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。上手く隠しているように見えて、本当は結構分かりやすい人なんだってことも。

 多分分かっていない人も無意識にそう感じ取っているんじゃないかしら。じゃないとわざわざ興味のなさそうな人に自分のことを事細かに話したいだなんて思わないだろうし。

 

 ……いつも思う。そういうところが()()()()()()()()()()()なんですよって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「─────ハッ!ここ何処!?」

 

 気付けばベッドの上で毛布に包まっていた。

 辺りを見渡しても見慣れない物品や装飾品が多数あって。でも、とても近くから嗅いでいるだけで安心する匂いが仄かに漂っているのを感じる。

 

 「………サドさんの、匂い?」

 

 ここで何となく察した。

 ここはあの人の────サドさんの寝室だってことが。

 

 「は、初めて男の人の部屋に入っちゃった……」

 

 ───じゃなくて!サドさんは何処!?この部屋にはいないみたいだけど……

 

 そっと扉を開けて、廊下の奥に見慣れた階段を見つける。ここはどうやら2階であるらしかった。

 

 手すりに手を当てながらゆっくりと降りて、昨夜までいた筈のウェイティングスペースに繋がる扉をそっと開けると─────

 

 

 「zzz」

 

 

 サドさんがあの客席で机に顔を伏せながら眠っていた。

 そっと近寄ってほんの少し肩を突く。……起きない。どうやら熟睡しているらしい。

 

 「……あれ?こんなペンあったっけ……?」

 

 ここで机上の異変に気づく。私が使用している可愛らしい花柄の赤ペンとはまた違った、古く使い込まれた万年筆がそばに置いてあった。

 また、散らかっていた筈のメモ用紙や書類も整理整頓されており、ところどころで()()()()()()()達筆な文字で少し記入が加えられていた。それらはダメ出しが殆どだったけど、中には『ここはまぁまぁいいんじゃね?』と何処かぶっきらぼうなセリフと共に花丸が記されているものまで。

 

 そして、1番最後のページには『お前がやりたいものをやれ!』の一言。まるで私が悩んでいるとでも言いたげな一言でした。まぁ、実際悩んでいたわけだけど………なんかこの一言でどうでも良くなっちゃった。

 確かにサドさんの期待に応えたいって気持ちが先走りすぎて、色々と本質を見失っていたような気がするわ。

 みんなに楽しんでもらいたいって気持ちは……ずっと変わらず心にあるんだから……

 

 「こんな一言で気付かされるなんて………というか、紙に書くぐらいなら直接言いなさいよ。こんな回りくどいことまでして……まったく……」

 

 ………ふふっ。何ですか、もう。昨日まで手伝わないって言ってた癖に────

 

 

 

 「───ありがとうございます、サドさん。………大好き」

 

 

 

 今も暢気に居眠りをしている王子様にそっと耳打ちをする。

 真正面からでは決して伝えられない言葉でも、今なら素直に吐き出すことが出来た。

 

*1
【1週間俺の布団に潜るの禁止刑】




ここで寝たフリ───なんてせずにガチ寝をかますのがサド。これが虐待クオリティ。

それにしても湿ってきたな……大丈夫なのかしら(他人事)
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