汚いガキどもを見つけたので虐待することにした。 作:史上最恐の悪役
ミレニアムは勉強バカ・研究バカの集まりだ。つまり他校と比べても真面目に授業を受ける生徒が多い傾向にある。
だが、例外がいることも忘れてはならない。
「────らっしゃあああ!!ギリセーーーーーフ!!!」
「アウトだバカチビ」
「イダッ!?」
無駄に躍動感だけある滑り込みを見せながら教室に入ってきたチビを出席簿で叩く。
現在は午前9:00分。ベルが鳴り終えてから30分以上経過している。これでギリセーフなら頭がどうかしているとしか思えない。
「テメェ今月で何度目の遅刻だあぁん?言ったよな?前に言ったよな?このままのペースだと留年コースだってなァ?なのにお前、ほんとお前……」
「わ、わーってるよ、教授。心配してくれてありがとうな……」
心配?違ェよ。学校側としても留年はなるべく出したくねェから厳格に注意するように言い付けられているだけだ。
それに俺の虐待に30分も遅れたことに怒ってんだ、俺は!お前の未来なんてどーでもいいね!
「それでどうして遅れやがったんだ?言い訳ぐらい聞いてやる器量は持ち合わせているんでな、ダメ元で言ってみろ」
「いや〜、それが昨日出題された課題を一晩でやり終えてな〜」
ほう、素晴らしいじゃないか。
「それで寝て起きたら朝礼まで後10分で……」
「ふむふむ、つまり?」
「つまり……普通に寝坊しました☆許して「許すかチビ!」アダァ!?」
舌を出しながら懇願してきたバカに再び
だが、良いことを思いついた。
「クククッ、なら貴様にチャンスをやろう、ネル」
チャンスという言葉を聞いて分かりやすく目を輝かせる遅刻魔こと美甘ネル。こんぐらい素直に毎日学校通ってこいや。
「この問題を解ければ、今日の遅刻はなかったことにしてやる」
トントン、とホワイトボードに記載されている途中式を叩きながらニヤリと笑った。
何も難しい問題ではない。むしろ昨日ちゃんと授業を受けていたら分かる程度の応用問題に過ぎない。
「マ、マジで!?二言はなしだからな、教授!」
「あぁ。解けたら、の話だが」
ユウカやノアなら難なく解ける。しかし、ネル、テメェはどうかな……?
「こうなる未来は透けて見えてたぜ」
「チクショーーーッッ!!!」
はい、解けませんでしたと。
そりゃあそうだろうと。ネルがあの応用問題を解けるかと言われたら首を間違いなく振るわ。教師の慧眼舐めんな。
解けなかったネルには放課後居残り授業という最悪の虐待をプレゼントしてやった。『居残り授業に参加すれば遅刻は取り消してやる』といった甘い言葉と共になァ……!
「こうなりたくなきゃ二度と遅刻なんて舐めたマネすんじゃねェぞ」
「分かってるよ……。つーか悪ぃな、教授も忙しいってのにあたしのために残ってくれて」
「あ?誰がテメェのために残るかよ」
「違えのか?」
違うも違う、大間違いだ。
「俺はお前の放課後時間が勉強漬けされている無様さを見るために残っているに過ぎない。思い上がりも甚だしいんだ、このバカチビ!」
「誰がバカチビだゴラァ!!!………まぁ、でもちゃんと授業受けたら遅刻はなしにしてくれんだよな?」
「当たり前だろうが。虐待は基本飴と鞭、鞭だけやって飴を与えないなんてことは俺の主義に反する」
「────かかっ!なら良いや!」
良いわけないだろうにとんだ強がりだ。
流石はネル、強ェ女。
内心ひとりごちていると、教室の外から、バタバタと騒がしい音を立てながらこちらに向かってくる気配を感じ取った。
誰か、と考えるのも億劫だ。どうせ問題児が1人増えるだけの話なんだから。
「部長〜〜!もう終わった〜?」
バンッ、と力強く開かれた扉に、背後から差し込む後光が、その長く伸ばされたホワイトゴールドをより輝かせた。
この如何にもアホっぽいガキの名はアスナ。明らかに不良なネルにも容赦なく絡みに行く変人であり大型犬であり問題児の1人だ。
「あっ、教授もいたんだ!」
「いなきゃ成り立たねェだろ、この居残り」
「それもそうだね!」
おそらく、ミレニアムの中で最も掴みどころのないガキだ。いつもフワフワしてる割に、勉強も運動も意外と出来る。誰かに教えを請われた時も『う〜〜ん、何となく?』とものの見事に話を上手くズラす手腕は流石としか言いようがない。おかげでますますコイツのことが分からなくなった。
「………………終わった!答え合わせ頼む!」
「どれ………………………ククッ、全問正解だぜ!」
「よっしゃああああああああああ!!!!」
まるで闘技場で獅子の首を切った戦士の如く、両手を天に突き上げ雄叫びを上げる。
そんなぬか喜びをしている貴様には、喰らえッ!!頭なでなで!ククッ、一瞬で大人しくなったわ。
「えー?部長だけズルい!私にもやって!」
「ククッ、別に安売りしてるわけじゃねェんだよ。何でもかんでもやってりゃ良いわけじゃねェってな。テメェも何かしでかしたらやってやるから覚悟しろよッ!」
さりげなく『お前もターゲット内だ』と脅す恐怖!
先生ー!ここに生徒を脅す大人がいまーす!誰か教員を呼んでくださーい!────って教員は俺でした。はい絶望。ハーッハッハッハ!!
◇◆
「そんでよー、教授がそん時に────」
「あっ、それ知ってる!確か────」
「もういいわ」
定例会議とは思えない程に弾んだ声が薄暗いモニター室を彩る。
ネルとアスナ、そしてリオのトリオは監視対象であるサドの報告会を開いていたわけだが、氷よりも冷たいリオの声が和やかに進行していた和談を一閃した。
「あ?まだ報告の途中だろうが」
「えぇ、そうね。彼に監視の任を与えて数週間弱。貴女たちが監視対象である教授と如何に交流し、そして如何に友好的になり、如何に心を開いたのかはよく分かったわ。でも無意味だったようね。この報告会で理解したのは彼の人心掌握の凄まじさ、ただそれだけよ」
「心なんか開いてねえっつーの!!」
「今時ツンデレは流行らないよ?部長」
「ツンデレでもねえ!!」
威嚇というにはあまりに初心で、怒鳴り声というにはあまりに裏返った声色で、顔を真っ赤にしながらたった今自身における虎の尾を踏んだ張本人であるアスナの元にガニ股で追い詰める。
そんな和気藹々とした雰囲気の中で、リオはたった1人心中に曇りを翳す。
近づくならばいい。それは歓迎すべき事象である。しかし、些か近づき過ぎているのが問題なのだ。もはや、心を懐柔されたと表現できるほどに、ネルたちは彼に心を許していた。それが最も問題だとリオは認識した。
疑念は解消されるどころかより深まる一方、信頼と共に送り込んだエージェントは見事に懐柔され、逆に
彼女たちはこのミレニアム随一のエージェント。たとえ敵対組織に捕らえられ拷問や自白剤を飲まされようとも、
しかし、信頼による心の調略はそれら全てを凌駕する。
痛みならば、責苦ならば、意志の強さによって跳ね除けられる。
彼がしたのはその真逆、人の心を直接撫でるかの如き掌握。痛みではなく、対話と自身の善性のみで最強のエージェントを攻略したのだ。
為政者であるリオはこの能力が如何に凄まじく、如何に恐ろしい物か、これまでの経験則から正しい尺度をもって理解していた。
自身にすら出来えなかった統治を、彼は
「今日の報告会は以上。引き続き明日から監視の任に当たってちょうだい」
「いいけど………あたしはてっきり任務を解かれるかと思ったぜ」
「何故?曲がりなりにも距離の近づきが確認された貴女たちをここで解く理由がよく分からない。そんな不合理的なことをして何の得があるの?」
「あー、そんなとこだろうと思ったぜ、この合理主義女」
本気とも冗談ともつかぬ口調で戯けてみせるも、リオの瞳の奥は鈍い光を発するままだ。
「たかが数週間で効果が出ると思うほど時間に追われてもなければ生き急いでもいないもの。貴女たちの能力は信頼している。いずれ成果を残すことを期待しているわ」
「…………そうには見えねえけどな」
小さく、しかし確かに届いたネルの小言に何の反応も返すことなく、報告会はお開きとなった。
リオの疑念はサドのみならず、ネルたちにも向けられるようになった。いつ彼に唆され、その刃を自身の首に振るわれるか分かったものではない。
彼女が今必要とするのは味方だ。絶対的な味方とまではいかなくとも、万が一彼と敵対した場合でも9割の確率で自身に付いてくれる、そんな味方。
彼女たちが敵対する可能性を考慮して、新たな策を練る。
「……………貴女の出番のようね」
音もなく、気配もなく、彼女は跪いていた。
その姿は主に拝命する姿勢を取る従者の鑑そのもの。冷徹で、何の感情も表情に宿さず、表でも
「外でダメならより内へ。貴女には彼の生活圏の内部にまで潜入し調査してもらうわ」
「仰せのままに」
義務的で、咽せ帰る程に機械的なやり取りにも意に返さず、ただ了承した旨を伝える彼女はやはり素晴らしきエリート従者なのだろう。こんなメイドを雇えたリオは誇りに思うべき。
しかし、確かに、されど確実に、彼女が差し向けた魔の手は刻一刻と彼の元へと向かっているのであった─────
「飛鳥馬トキと言います。メイドとして雇ってください」
「頭イカれてんのか???」