パンドラの聖櫃が開かれようとするとき、守護者パンドラロッカーが現れる!

私、本郷アカネ!
数十年に一度パンドラの聖櫃から漏れ出す災厄から皆を守るために妖精ヘルトスに導かれてパンドラロッカーになりました!
だけど災厄じゃなくてパンドラの聖櫃を狙って災厄を操る敵が現れて、どうなっちゃうの!?

守護者も聖櫃を狙う盗人も知らない。聖櫃は開かれたことを。
伝説はもう塗り替えられている。

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初投稿です。よろしくお願いします。


パンドラの鍵、或いは

 

 戦士パンドラ、戦いの果て災厄となりて、聖櫃は永劫に閉じられん。

 忘れられた碑文より抜粋。

 

 私だけが覚えている。黒くて大きな暖かな背中。私の、私だけのヒーロー。

 今も私はその残滓を追いかけている。

 

 

 

 

 

 喜望という土地には古くから伝説がある。

 数十年に一度、パンドラの聖櫃より災厄が漏れ出し、人々は災厄に苛まれる。そのとき3人の守護者が現れ、災厄を祓う。その守護者の名をパンドラロッカーといった。

 守護者はパンドラの鍵の力を用いて災厄を妖精族と共に聖櫃へと封印する。さらに聖櫃を開こうとする邪な存在も退け、この土地の人々を助けてきた。

 ゆえに、今日に至るまで、パンドラロッカーとこの土地の人々は信頼関係を築き、パンドラロッカー伝説は紡がれ続けてきたのである。

 喜望町守護者伝説より抜粋。

 

 某県喜望町私立のぞみ高校、ある日の昼下がり、突如として怪物が出現し、学び舎を壊さんと進撃する。悲鳴を上げ、逃げようとする人々、しかし、残された時間はあまりにも少なく、怪物は既に間近に迫って大腕を振り下ろそうとしていた。

 しかし、この土地には守護者がいる。

 

「二人とも変身するトス! 」

「炎の鍵が穢れを焼き閉じる! フレイムロッカー! 」

「水の鍵が澱みを流し閉じる! アクアロッカー! 」

 

 高校の片隅で、小動物の掛け声と共に、2人の少女がパンドラの鍵を握りしめる。鍵から光が迸り、その身をロッカーへと変えながら駆け、2人の少女戦士が怪物をはじきとばす。そして、2人は学び舎を守れた安堵の吐息をこぼすと、宙に浮く、左手にごてごてとした箱型の装置を付けた貴族風の怪人物をねめつける。

 

「ノブリア! 学校を狙うなんて許せない! 」

「パンドラロッカー、またしてもワタクシの邪魔をするか!? 」

「私たちの生活の邪魔をしているのだから、阻まれるのは当然」

 

 ノブリアと呼ばれた男は、対話をする気はなく虚空に向かって呟き続ける。

 

「忌々しい! 毎度毎度探索の邪魔を……、だが、それもここで鍵を奪えばいい。ピッキンガー! 忌々しいパンドラロッカーを打ち倒すのだ! 」

「ピッキンガー!! 」

 

 瞬く間に砂埃煙る戦闘の開始である。

 

 頑張れ! いっけー! 

 

先ほどまでの恐怖心はどこにいったのか、窓を乗り出した学生の応援が粉塵煙るグラウンドに響く。

 声援を受けて2人のロッカーは苦戦しつつも、ピッキンガーを地面にたたきつけ、予定調和の終幕を迎える。

 

「「災厄よ! 閉じなさい! ロッカー・スチームフラッシャー! 」」

 

 蒸気爆発に怪物は木端微塵となり、悪は去り、歓声が爆発する。

 

「おのれパンドラロッカーめ…… しかし反応は掴んだ。鍵を手にするのはワタクシだ! 」

 

 捨て台詞を共にノブリアの姿がかき消える。

 

「やったよ、アクア! ……ととっ」

「フレイム、はしゃがないで 早くいこう」

 

 粉塵に紛れ、ロッカーもまた元の少女へと戻り、学校には平穏が戻ったときにはその姿はない。

 そうして、日常に戻った学校は、されど、その熱に浮かされ、話題はただ一つだった。ロッカー、ロッカー、パンドラロッカー、誰も彼も、老いも若いも彼女らへの信頼を瞳に浮かべていた。

 その中でただ一人、少女、風見ヒカリだけが苛立ちを浮かべて、胸にぶら下げた黄色い鍵を握りしめた。

 

 放課後、ヒカリは学校からの脱出を果たして足早に帰路についていた。それもこれも学校が、それどころか町中がパンドラロッカーの話で持ち切りだったのである。

 

(ロッカー、ロッカーうるさい、です)

 

 喜望町を襲うピッキンガーと呼ばれる怪物とそれを操る組織が現れて早数か月、伝説を信じていたお年寄り以外からは胡乱なものと見られていたパンドラロッカーは、戦いを繰り返す中で、人々を守り、信頼を勝ち取り、その人気はうなぎ登りの状態にあった。

 その状況下でヒカリはただ一人、取り残された。

 

(煩わしいです)

 

 パンドラロッカーの存在も、その話をする人々も。

 初めてみたときから、反発心があった。胸に抱いた、気に入らないという感情は枯れることを知らず、着実に育っていった。それは前年度のヒーロー番組への好きという感情が大きさゆえに、今年度のヒーロー番組に入り込めない子どものように

 どこに行ってもロッカーの話、だが学校よりは街中の方がましだと足を動かす。

 商店街を抜け、人数が少なくなり、ようやく思考する余裕が生まれる。

 

(パンドラロッカーだの、バッタのおばけだの、骸骨男だの、なぜあんなつまらないことを嬉々として話せるのでしょうか? )

 

 最も、その内容も先ほどの思考の断片と大差ない愚痴だったが。

 

(……これでよいのでしょうか)

 

 ふと、不安が首をもたげる。この土地で自分がマイノリティであり、土地を守るロッカーに対して礼を欠いた自身の心情は子どもの駄々に過ぎない自覚があった。

 街中の日曜朝の男子向けヒーローと女子向けヒーローの宣伝チラシを見かける。その中で、ヒカリの視線は虫を模した男子向けヒーローに寄せられる。

 

(だけど、私のヒーローはパンドラロッカーじゃない)

 

 この苛立ちが子どもの駄々に過ぎないにしても、私のヒーローは一人だけ。

 それが霞に包まれた微かな記憶の中の存在だとしても。ヒカリは強く胸元の鍵を握りしめた。

 

 それからしばらく歩いて、町の外れ、家の手前にて。

 

「げっ」

 

 淑女らしからぬ声が零れる。

 

「あっ! 幽霊女だ! 」

 

 ヒカリは一人の男子小学生と鉢合わせる。正直彼女にとって目の前の小学生程扱いに困るものはなかった。

 クソガキがうるさいという言葉を飲み込む。ヒカリには目の前の小学生に強く出れない事情があった。

 

「幽霊女と言わないでくれませんか」

「あんな幽霊屋敷に住んでいるんだから、お前の名前なんて幽霊女だろ! 」

「黙れクソガキ」

 

 その一言は倫理のベールを容易く拭い去り、ヒカリは鍵を強く握りしめる。

 

「あ、いけないんだ。悪口はいっちゃいけないんだぞ!! 」

「いけしゃあしゃあと…… 」

 

 その言葉を契機に2人の視線が火花を立てて衝突する。

 

「最初に悪口を言ったのはそっちじゃないか、この幽霊女! 」

 

 その罵倒に堪忍袋の緒が切れかけた時、

 

「アキト何やってるの!! 」

 

 ヒカリの後方より少女の声がする。

 声の主を見て、小学生はあからさまに顔色を悪くした。

 後ろを振り向けば、そこには見覚えがある女子生徒がいた。

 

(確か、同じクラスの……、本郷アカネ)

 

 女子生徒、アカネは鬼の形相でアキトと呼ばれた男子小学生に近づくとその頭を下げさせる。

 

「うちの弟が本当っにごめんなさい。ほら、アキトも謝るの! 」

「いーやーだー」

「嫌だ、じゃない! 」

 

 ジタバタともがくアキトを取り押さえるアカネ。その姉弟のやり取りにヒカリはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「なんでここにいるのです? 」

「あっ、風見さん。届け物があるの」

 

 そうだそうだと鞄から取り出したのはヒカリの筆箱だった。

 

「今日、筆箱を忘れちゃっていたのを私が発見して家も近いし、届けに来たの。はいどうぞ」

(良い人だ)

 

 ヒカリは朗らかな笑顔を自身に向けるアカネのことを眩しいと感じた。

 

「ありがとうございます、です」

 ヒカリは、戸惑いつつもおずおずと筆箱を受け取った。

「無事に届けれて良かった。……だけどまさか、忘れ物を届けに来たら、弟の悪行を見ることになるなんて。なんであんなこと言っちゃったの? 」

 

 咎める視線にアキトは一瞬バツの悪い表情のままぽつぽつと言葉を引き出す。

 

「だって、こいつの家、バッタのおばけが出るって皆が言うし…… 」

「そうじゃなくて……」 

「だってパンドラロッカーに消えて欲しいって言っていたんだ! 」

 

 その言の葉には確かな怒りが籠っていた。

 ヒカリはその言葉にアカネの顔が盛大に引き攣る様子を見て嘆息する。

 

 ヒカリはパンドラロッカーがこの町を守っていることは十二分に理解している。そして、それを嫌う自分の思考が悪であることも。

 それでもヒカリの中に蓄積されていったパンドラロッカーに対する反発心が独り言という形で漏れ出すことがあった。それを偶然アキトに聞かれてしまったのである。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が痛い。

 

 ヒカリは、パンドラロッカーへの悪口は喜望町を守るパンドラロッカーに対し、あまりにも恩知らずだと分かっていた。だが、自分の心に嘘はつけない。ゆえに何も言わない。

 アカネを見れば、口を開閉し、何を言おうか言いあぐねていた。

 

「ではこれで」

 

 三十六計逃げるに如かず。この面倒くさい状況から抜け出すためにヒカリは凍った空気の中、門を開け敷地に入った。

 

「あっ、ちょっと待って! なんでパンドラロッカーが嫌いなの!? 」

 

 後ろから声がかけられ、一言だけ。

 

「私のヒーローはパンドラロッカーじゃない」

 

 ヒカリはこの苛立ちを誰かと共有するつもりはない。これはとても幼稚な感情だと分かっているが捨てられるものではないという諦念があった。

 

(私が、私だけでも覚えていればよいのです。私のヒーローを)

 そうしてヒカリは、振り返ることなく帰宅した。

 

 

###

 

「はぁ」

 

 あかねさす通学路に少女のため息一つ。

 アカネはあの後アキトが逃げ出したため、一人憂鬱な表情を浮かべ、帰路に着いていた。アキトはあの後気まずそうに逃げ出したが、それを追いかける余力はアカネになかった。

 思った以上にヒカリのパンドラロッカーが嫌いだという宣言の影響は大きい。アカネはなぜヒカリはパンドラロッカーが嫌いなのか、皆目見当がつかなかった。疑問は解けず気分はひたすら沈むばかりだった。

 

「仲良くなりたかったのになあ」

 

 アカネはヒカリのことをほとんど知らない。知っているのは風見家がこの土地の名士であること、両親が亡くなっており一人暮らしでいること、そして風見邸が幽霊屋敷として有名であることだけだ。

 アカネは当事者として、なぜヒカリがパンドラロッカーが嫌いなのかを考え続ける。私のヒーローではないという言葉、それが意味するのは何か、思考の海へと沈んでく。

 

「フレイムロッカー! ピッキンガーだっトス!! 」

「うひゃぁ!! 」

 

 空からの声、突然のことに驚いて奇声を上げ見上げれば、小鳥の妖精ヘルトスがいた。彼が出現したということは事実はただ一つ。敵の出現だ。

 

「ああもうまた!? 」

 

 アカネが懐から可愛らしく装飾が施された箱を取り出すと、夕日に照らされ煌めく炎を象った鍵をはめ込んだ、次の瞬間、アカネの体は光に包まれフレイムロッカーが現れた。

 

「今週で何回目なの~!? 」

 

 そうしてアカネはフレイムロッカーとしてロケット噴射のように飛翔し、喜望町を守るために戦場に赴くのであった。

 

 

###

 

 時を少し巻き戻して。

 ヒカリは重厚な玄関扉をあけ、安息の地へと帰還した。

 

「ただいま」

 

 ヒカリの声が屋敷内に響き渡る。それに応えるものはいないはずだった。

 

「パドパド~」

 

 屋敷の奥から珍妙な声がした。

 それを気にした様子もなく、手洗いうがいを済ませ居間へと歩を進めるとそこには奇妙な生物がいた。

 それは西瓜ほどの大きさの箱を背負った飛蝗のぬいぐるみとしかいえない生物だった。

 ヒカリが居間のソファに腰掛けるとティーセットがひとりでに歩き出し、ヒカリの前に置かれ、暖かな琥珀色に満たされたティーカップが出される。

 明らかなポルターガイスト。他の人が見れば幽霊屋敷の噂は真実だと触れ回る内容にヒカリは気にした様子はない。

 

「ありがとう、パド。今日も美味しいです」

 

 それどころか、ヒカリが外では張りつめていた気が緩み、家の外の人々への抵抗感から取ってつけていた〝です〟という語尾が消え、彼女本来の口調へと戻っていた。

 

「ぱど! 」

 

 その言葉に〝良かった〟とでもいうように鳴く怪生物。この箱を背負った白いバッタ型の怪生物の名前はパド。ヒカリが物心ついたときから一緒にいる友人だ。

 

「聞いてください、パド。今日もパンドラロッカーが現れたんだよ」

 

 それからヒカリは今日起こった出来事をゆっくりと話していった。ヒカリはこの時間が何よりも好きだった。

 

「ぱどぱど、ぱど、ぱどー!」

 

 他方のパドも「ぱ」と「ど」しか発生できないがコミカルに相槌を返す。時に自分からパンドラロッカーの話題を出して不機嫌になるヒカリに苦笑したような声を出しつつも念動力でお茶を注ぎ、この時間を楽しんでいた。

 ヒカリはパドと暮らしてもう十数年、嬉しいときも辛いときも悲しい時も共に過ごしてきた。それはまるで家族のようで、

 

「ふふっ 」

「ぱど? 」

 

 ヒカリは人とでなくとも家族になれるのだと知っておかしみを感じた。

 

「そういえば、もう命日なんですね」

 

 ヒカリの視線の先には仲睦まじい夫婦の姿、もういない人たちの姿。彼らの残りものを大切に抱えてヒカリはパドとここまできたのだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 団らんの後、ヒカリは学校の予習・復習に取り組んだ後、パドが作った秋なすの天ぷらを中心とした夕食を堪能し、風呂に入り、いつものように寝室で寝台に横たわった。

 瞳を閉じて思い起こすのは両親が亡くなった時期のこと。ある日目を覚ましたら、考古学が趣味であった両親が遺跡の調査中に亡くなったと聞かされた。両親を亡くしたヒカリを叔父が引き取ろうとしたが、ヒカリは屋敷に残ることを選んだ。

 

 何のために? 

 

 分からない。ある日、目を覚ましたときヒカリは両親の死の前後の記憶を失っており、そこで両親の死を知らされた。ヒカリの小さな世界はある突然崩れ去り、ヒカリに残されたのは幸せの残り滓と鍵の形をしたお守りだった。屋敷に残ったのは手元にあった〝鍵〟を見て、ここにいなければならないと本能的にそう感じてここにいる。

 不安に戸惑い、暗闇にいるかのような状況を支えたのは網膜に焼き付いた一つの光景、パンドラロッカー伝説にある怪物からヒカリを、この土地を守る異形の戦士の姿。異形の背中になぜだか小春日の暖かさを見た。なぜか、辛い時も悲しい時もあの戦士のことを思い出せば心が暖かくなった。顔も覚えていないのに不思議だと思う。けれどもそれがヒカリの原風景だった。

 

(私が、私だけが覚えているんです、あのヒーローを)

 

 しかし、この土地にヒカリが見た戦士を覚えているものはいなかった。

 

(パンドラロッカーなんてキライ、キライ。…………なんでだれも覚えていないの? )

 

 この土地を、自分を守ってくれたのはパンドラロッカーではなく、あのヒーローだったのにそれをだれも覚えていない。一人だけ、過去のヒーローに囚われ、今のヒーローを受け入れられない。

 何のためにここで呼吸しているのか分からない。この土地で独り過去の残滓を追いかけて、後ろを向いて前に進んでいる。

 

「ぱど……」

 

 ふと瞼を開ければ、心配そうな表情をしたパドがいた。慰めるように頭をなでられて、ヒカリは自分が負の感情に乗っ取られていたことに気が付く。

 

「ありがとうございます。心配かけてごめんなさい」

「ぱど、ぱどぱど」

 

 ふわりとハーブティーが注がれたマグカップが運ばれ、口をつければ積み重なった澱みがほぐれていく気がした。

 

「おいしい」

「ぱどぱど~♪」

 

 にっこりと笑ったパドの様子になぜだかヒカリも嬉しくなって笑みをこぼす。

 先が見えない中で今日まで生きてこれたのは憧憬だけでなくて、パドが一緒にいてくれたからだ。泣きたいときも嬉しい時もヒカリの小さな友人はそばによりそい、共に時間を過ごしてきた。幸せのなごりに目を覆われた停滞の中で、確かな平穏があったのだ。

 ヒカリはいつからか持っていたお守りを月光にかざす。

 

「過去が今日に、今日が明日になりますように」

 

 ヒカリの手の中で鍵は雷のように煌めいた。

 

 

 

 だが、少女の平穏は崩れ去る。

 

 深夜、木々はざわめき妖しい風が吹く。胸騒ぎを覚え飛び起きたヒカリの視界に映るのは煙に染まった空の色。金慌てて外に飛び出て見れば、鐘とサイレンが鳴り響く町を怪物、ピッキンガーの群れが襲っていた。

 一、二、三……十、数えるのが面倒になるピッキンガーの群れ、遠くで赤と青の光が瞬くも次から次へとピッキンガーが現れる。

 ヒカリは平穏が薄氷の上に成り立っていることを十年ぶりに思い出した。その思考の虚を突くように音もなく白い糸がヒカリを裏庭に引き摺りこみ、宙づりにした。

 

「なにがっ」

「囀るな劣等種。耳が穢れる」

 

 突然の罵倒に驚いて上を見上げれば、そこには蜘蛛型のピッキンガーを従え、侮蔑の表情を浮かべた学校にいた怪人、ノブリアがいた。

 

「なんで? ……ぎぁっ」

 

 ヒカリはパンドラロッカーではなくただの少女である自分を襲う意味が分からず惚けた声を出しかなかった。それに対する罰のように首に絡まった糸が締まり悲鳴を漏らす。

 

「囀るなと言っているだろうに

 喉が緊張で干上がる。これから何をされるのか分からず、震えることしかできない。

 

「接収である。パンドラの鍵は劣等種には過ぎたものだ」

「嫌っ」

 

 ヒカリは反射的に拒絶する。このお守りだけは手放したくない。そう本能的に感じていた。

 

「どうして!? これはただのお守りなんですよ!? 」

「全く、〝鍵〟の価値に気付いていなかったとは度し難い」

 

 悠長に語りだすノブリア、これはノブリアのパンドラロッカーは来ないという絶対的自信に基づくものだった。

 

「冥土の土産だ。無知な貴様に啓蒙してやろう。その鍵こそはパンドラの鍵が一つ。パンドラロッカーの力の源であり、パンドラの聖櫃を開くもの。我らキー・スティーラーは聖櫃を開き、その災厄をもって世界を盗る」

 

 ヒカリにはノブリアが何を言っているのか理解できない。お守りがパンドラの鍵であることも、ノブリアの野望も、ただ過去からの残滓すらも奪おうとする盗人に恐怖する。

 

「本来なら3人いるはずのパンドラロッカーが2人だけと聞き、〝鍵〟を探索したがここまで容易いとは望外の幸運だ。全くピッキンガー百体の陽動など不要であったかもしれぬ。アーキスとホーセキの無能め。クラス・シーフは解体した方がいいかもしれんな」

 

 ノブリアが饒舌に語る中で、ヒカリは生き延びようともがく。だが糸は絡みつき、人の肉体がいかに重いのか大地の恩恵を実感するばかりであった。終わりが近づく中でもヒカリはただ一心に生きようとする。しかし、現実は残酷だ。

 

「ふむ、これだから劣等種は。ワタクシの話を落ち着いて聞いていられんのか。

「あっ、ああああああああああ」

 

 ヒカリの絶叫が空気を震わせる。ノブリアは無造作に腰に帯びた直剣を引き抜くとそのままヒカリの肩に突き刺した。

 

「さて、ここまで聞いて、貴様の矮小な脳からワタクシに献上できることはあるか? 答えようによっては助けてやろう」

「知らないっ。パンドラの鍵なんて。パンドラロッカーのことなんて嫌い、知るわけないじゃないですか!? 」

 

 痛い。苦しい。辛い。どうして、どうして、どうして。思考が纏まらない、何を叫んでいるか分からない。涙がとめどもなく溢れる。理不尽は唐突に訪れる。分かっていたはずなのに、忘れてしまっていた。

 

「醜いな。予想通りであるが、展翅前の蝶の方がまだ美しい。だが物言わぬ骸となれば美しいだろうよ」

 

 白銀の刃が夜闇に閃く。あまりに軽くヒカリの終わりは振り下ろされた。

 

 混乱した思考と負傷した肉体、極限の緊張感の中で、どこか諦めるように死を受け入れる自分がいた。

 過去の残滓に囚われて惰性のまま、安穏の中で生きてきた。だけど、いつか突然何もかもが終わってしまう諦念があった。それは両親が突然いなくなって、■■との記憶を喪失してからずっと抱いてきた諦念だった。

 

(あーあ、おかえりって言いたかったのに)

 

 誰に? 

 

 それは極限の状況下、生と死の狭間で漏れ出たヒカリの心からの願い。

 見える景色が鈍化する。思考が加速する。脳細胞がトップギアになる。

 ここにいる理由、誰をずっと待っていたのか。

 がちゃり。重く錠前が開く音がした。

 

 空中に火花が飛び散り、白銀の刃よりも眩い白が世界を塗りつぶす。

 

「ぐっ」

 

 ノブリアが腕を抑え後退する。剣をヒカリの胸に突き刺す間際、剣を伝い強い電撃がノブリアの腕に走ったのだ。

 光の発生源、ヒカリがいた場所にはヒカリがいた。だが、そう容姿は大きく異なる。ぬばたまの長髪と黒曜石がごとき瞳が雷光の色に染まった戦士、黄色のパンドラロッカーがそこにはいた。

 

「3人目だと! ええい、面倒な」

 

 ヒカリの脳裏によぎるのは忘却していた過去。それはヒカリとある青年の思い出、その最後の記憶。

 

『いかないで! 』

『ごめんヒカリちゃん。オレ、行かなくちゃ』

『嫌!! 』

 

 目の前で両親を殺害した怪物を倒したヒーロー、ずっと自分を守ってくれた大好きな人、ヒカリに残ったただ一人の友達、彼が戦いから帰らないことがヒカリはこの世の何よりも怖かった。

 

『だったら、この鍵を預かってほしい。オレは必ず帰ってきて取りに来るよ』

『本当? 約束だよ。ずっと待っているから! 』

 

 これは彼女が喪ったと思っていた記憶。ヒカリが名前を忘れてしまった彼女のヒーローと交わした約束。未だ果たされぬその約束を守るためにヒカリはここまで生きてきた

「ようやく、ようやく思い出しました。そうです。まだおかえりを言えていない」

「何を言っている!? 」

 

 ヒカリの髪を。四肢を電光が迸る。

 

「問答不要、私はおかえりをいうために生きる! 」

「くっ、ピッキンガー! 」

 

 盾としてピッキンガーを召喚した瞬間、天より降り注いだ稲妻にピッキンガーが消し炭になる。

 

「厄介な」

 

 目と鼻の先で稲妻が落ち、ノブリアの背を冷たい汗が伝う。

 

「逃げないでください! 」

「ふざけるな劣等種! 狩人になったつもりか。それは我々の領分だ」

 

 驚異的な威力を誇る稲妻をなんとか避けながら、ノブリアは状況の打開を図る。

 現状のノブリアには攻撃手段がない。ヒカリ撃破のためにはヒカリの目の前に落ちた直剣を拾う必要がある。しかし、この弾幕の中でそれを安全に行える方法はない。ゆえに彼は賭けに出ることにした。

 

「貴種として、貴様に狩りというものを教えてくれ」

 

 ノブリアは稲妻を避けつつ煙幕を地面へと叩きつける。煙幕の催涙効果は展開された電磁バリアに阻まれヒカリに届かないが、周囲が煙幕で覆われ、ヒカリに頼りになるのは音だけとなった。

 周囲から複数の音がする。どこにノブリアがいるのか判別がつかない。だが、ヒカリにはノブリアがどこに来るのか分かっていた。

 

「そこっ」

 

 直剣めがけて稲妻が落ちる。雷が煙幕を吹き散らし、そこでヒカリは驚愕で目を見開いた。

 ノブリアは蜘蛛が地を這うように滑らかに移動し、直剣を掴み空へと放り投げた。その勢いのまま、直剣が雷を受けた猶予で喉を抉るような蹴りを解き放った。

 それはノブリアの戦闘者としての経験による神業であった。このままであれば、ヒカリは敗北したことであろう。しかし、ヒカリは戦闘の初心者である自覚があるゆえに常に攻撃に備えていた。

 蹴りがヒカリの喉に届く直前、ノブリアは手に雷を溜めたヒカリの姿を見た。

 

「ライトニングキャノン! 」 

 

 雷の奔流がノブリアを飲み、辺りが粉塵に包まれる。

 

「やりました? 」

 

【UNCEALED DISASTAR=SPIDER】

 

 電子音がヒカリの耳に届く。ヒカリは無意識のうちに唾を飲み込んだ。

 煙が晴れたそこには左手にごてごてしい箱をつけた、かつてあのヒーローが倒したかのような蜘蛛の怪物がいた。

 

「やってくれたな貴様。劣等種ごときがこのワタクシに模造聖櫃の力を使わせるなど」

「その姿はあの時の化け物! 」

「ほう、〝鍵〟を知らないが、災厄のことは知っているのか。然り、この身は戦士パンドラの伝承を元に我らが作りだした最強の兵器よ。この屈辱を晴らす。楽に冥土に旅立てると思うな」

 

 ヒカリは〝鍵〟から力を引き出し、再度雷を束ね放つ。

 それに対し、ノブリアは肉体から解き放った糸をアース線として電気を地面に逃がしつつ前進し、跳躍。

 

「キェェェェェェェェェェェ! 」

 

 目測が狂う、雄たけびに怯む、怪物の前進に恐怖する。

 結果、ヒカリが放った二射目は外れ、その神速の動きにヒカリは対応できない。電磁バリアが自動的に展開されヒカリの肉体を守るが、ノブリアの肉体より生まれた衝撃を殺すことができず、木に叩きつけられてしまう。

 

「がァっ。はァはァはァ」

 

 息が詰まり、生き延びようと脳に酸素を回そうとする。

 

「あれ? 」

 

 だが、突然視界がぼやけ天地が傾く。いや、違う。傾いたのはヒカリの体だ。

 

(なんで? )

「呆気ないな。それだけの力、気安く使えるはずがなかろうに」

 

 簡潔にいえば、ヒカリはガス欠を起こした、パンドラの鍵を使うには強靭な肉体かパンドラロッカーのように負荷軽減装置を用いなければ短時間で力尽きてしまうのだ。

 ゆっくりと直剣を持ち直したノブリアが近づく足音を聞きながら諦めず生存のためにヒカリはもがく。

 けれども、悲しいほどに手足がいうことを聞かない。それでも帰りを待つために意識を保とうとするが、意識が暗闇に落ちていく。

 

 その中でヒカリはあの時と同じ黒い大きな背中を見た。

 

 

 

 

「ぐわっ」

 

 ノブリアはヒカリにとどめを刺そうとしたその時、死角より奇襲を受け、体勢を崩す。

 組織内でクラス=マルドルにある自分が奇襲に気付かなかったことに大いに誇りを傷つけられ、声を荒げる。

 ヒカリを庇うようにそれはいた。黒く光らない体表に燃え尽きた灰のごとく白い装甲を装着し、腰に異様な迫力ある飛蝗の透かし彫りがついた箱を身に付けた飛蝗の怪人。それは骸骨男のようであり、飛蝗の残骸のようであった。

 

「貴様、何者だ! 」

「パンドラ・スカルホッパー」

「パンドラだと!? 何の冗談だ!? 」

 

 ノブリアが動揺を見せた瞬間には、スカルホッパーの拳がノブリアに振り下ろされていた。

 ノブリアは反射的に直剣で受け止め、直剣が軋みを上げる中、全身をばねにスカルホッパーを押しのけた。

 互いに距離を保ち戦闘姿勢を解かずに睨みあう。高まる緊張の中で口火を切ったのはノブリアだった。

 

「貴様、どうやって聖櫃を手に入れた。あまつさえ飛蝗など、まさか本当に戦士パンドラだとでも言うつもりか」

「そうだと言ったら? 」

「ありえん! 我ら妖精族さえ朽ちた遥か太古の御伽噺の住民が生きているはずがない! 」

「酷いな。オレ、嘘ついていないのに。アーキといいホーセキといい、あんたらは人の話を信じられないのか」

「何っ」

 

 ノブリアは動揺した。それはノブリアがここにいる理由。パンドラの鍵探索のためノブリアより前に動員された2人はある日突然消息を絶った。後任として派遣されたノブリアはこの地を守護するパンドラロッカーに報告する暇もなく消されたと判断した。

 ゆえに、今回のパンドラの鍵確保にあたり、パンドラロッカーに足止め用に百体のピッキンガーを用意したのだ。

 それがなぜ目の前の異形が二人の名を知っている? 

 それは瞬きの間の動揺であったが気が付けばノブリアの視界は拳で埋め尽くされていた。

 顔面を殴られ、地面を跳ねるノブリアに対して、容赦ない鳩尾への三連撃が叩きこまれる。

 

「ぐぼァ……」

 

 直剣を手放さないことが奇跡だった。飛びそうになる意識を保つ中で追撃を加えようとするパンドラの姿がノブリアの目に映る。

 ノブリアが反射的に直剣を振う。鈍い音がした。

 

「ハァッ! 」

 

 パンドラはそれを回避するのではなく脇の下で受け止め、手刀で直剣を叩き折ったのだ。スカルホッパーが更なる追撃を加えようとしたその時、大量の糸が出現し後退した。

 

「ぜぇ、はぁ。まさか本当に戦士パンドラだというのか」

 

 必死の思いで確保した時間。息を整え思考を巡らすのは相対するパンドラを名乗る者のこと。

 ノブリアらクラス=マルドルに与えられた模造聖櫃も、パンドラの鍵も全て戦士パンドラに由来する。

 パンドラは、遥かなる太古、天を隠し、地を充たし、海を渡った飛蝗の災厄を封印した聖櫃と大自然の力を凝集した鍵をもって災厄を自身もろとも聖櫃に封印した戦士だ。   

 

 今ノブリアの目の前にいる、パンドラ・ホッパーを名乗った異形は伝承にあるパンドラの姿と大きく異なるが、その強さゆえ本物のパンドラであると認めざるを得ない。

 

「太古の亡霊がなぜワタクシの邪魔をする!? 」

「ヒカリちゃんを守るためだ」

 

 ノブリアは思考を巡らし、それが調査の結果判明した雷の鍵の持ち主の名前であると気付く。良く見ればパンドラは倒れたヒカリを守るように位置取りをしていた。

(これはチャンスだ。なぜかは知らないがパンドラはあの劣等種に執心している。消耗があまりに激しいが、奥の手を使うしかあるまい)

 ノブリアは折れた直剣に糸で新たな刃を生成しパンドラに突き付ける。

 

「くだらん理由で邪魔しおって。その力、キー・スティーラーのために接収する! 」

 

 ノブリアは機械の鍵を取り出し、模造聖櫃に突き刺した。

 

【ZONE UNLOCKED】

 

 空間転移で手元に引き寄せたヒカリの首筋に剣を突き付ける、

 

「さあ、こいつの命が惜しければ武装を解除しろ」

 

 ノブリアが選択したのは人質戦法。力では勝てないと悟り、もはや卑劣な手段を使うことに躊躇いはない。

 パンドラは無言で両手を挙げた。

 

「そうだ、いいぞ、そのまま聖櫃を地面に、ぐぼぁ」

 

 突如として後ろから鋭い痛みが走る。反射的に背中を見れば、先ほど折られた直剣の刃がノブリアの背中を穿っていた。

 自身が念動力で作った隙を見逃さず、パンドラは聖櫃に触れながら走る。

 

【WEAPON REALIZE】 

 

 模造聖櫃と同じ電子音声が鳴り響き、空中より生成された銃がノブリアの手首、膝、肘を打ち抜き、手から離されたヒカリをパンドラは受け止めた。

 遠隔起動した雷の鍵で展開した電磁バリアで傷つかないと思っていたが、改めて

 傷がないことを確認し、パンドラは胸をなでおろした。

 

「楽に、死ねると思うな」

「ヒィッ」

 

 パンドラから向けられるどす黒い殺意にノブリアは震えあがる。二度は同じ手は使えない。状況は詰みであり恐怖が湧き上がる。同時に追い詰められたことへの怒りが湧いてくる。混沌とした感情のままに鍵を再び回す。

 

「こんな所で終われるものか! 」

 

【ZONE UNLOCKED】

 

 ノブリアは百体のピッキンガーを召喚し、圧殺しようとする。

 だが何も起こらない。

 

「何故だ! 何故来ないピッキンガー! 」

「気付かないのか。もうずっと静かだろ」

 

 気が付けば、町からピッキンガーの姿が消えていた。

 

「オレが全部倒して来たからな。増援は来ない」

「ハハ、ハハハハハハ」

 

 もはやノブリアは笑うことしかできない。完全敗北、ノブリアにはもうどうしようもできない。だが、この情報を組織に持ち帰らなければならない。

 

「させるわけないだろ」

 

 鍵を使い、空間転移で脱出を図っていたノブリアの手首を銃から剣に変形させた武器で切り落とす。

 

「しぶといな」

 

 しかし、ノブリアは鍵すらも陽動として、糸を用いて脱出に成功していた。

 だが、それで逃げることができるのであれば、アーキスもホーセキもまだ命を繋いでいただろう。

 パンドラはノブリアの手に握られていた鍵を自身の箱に突き刺し、回す。

 

ANALYZE UPGRADE=ZONE】

 

 鍵が書き消えるが、それに驚いた風もなく、パンドラは聖櫃の側面部を叩いた。

 

【ZONE REALIZE】

 

 空間の穴を開き、ヒカリを彼女の寝台に寝かしつける。

 パンドラはこれまで撃破してきたキー・スティーラー構成員が落とした鍵と模造聖櫃を用いて、自身の欠けた力を補ってきた。そして、この追跡に必要な力を発動する。

【MOTORBIKE REALIZE】

 夜の街に鉄の騎馬の嘶きが響き渡る。

 

 ノブリアは決死の逃走に挑んでいた。

 

「逃げなければ、逃げなければ! 」

 

 なぜか組織への通信端末が繋がらず、情報を届けるには肉声で伝えるしか方法がない。これ以上の損害を出さないために情報の伝達は必須だ。そのためにノブリアの生存は必須だが……。

 町を跳ぶノブリアの耳に死神の足音がした。

 耳をつんざく音がして、後ろを振り向くと、そこには絶望がいた。空気を切りさき空を駆けるモンスターマシンに乗ってパンドラ・スカルホッパーがそこにいた。

 飛行モードのマシンパンドラーに乗って、パンドラは目標を捕捉する。

 

「さよなら、だ」

 

 パンドラの手には風を象ったからのような緑の鍵が握られ、それを躊躇なく聖櫃に差し込み、回す。

【REMNANT WIND】

 パンドラは狭い座席の上から空へ向かって身を躍らせる。同時にノブリアは竜巻に拘束され宙に巻き上げられる。パンドラの体が加速する、体から莫大なエネルギーが迸る。そして、敵を見定め、この戦いに幕をひく必殺の蹴撃を放つ! 

 

【SKULL HOPPER THE END】

 

 一筋の光となって、パンドラはノブリアの体を貫いた。

 

「こんな、ところで……」

 

 交差の刹那に足裏より注ぎ込まれた聖櫃のエネルギーに耐えきれずにノブリアの体は塵となり、模造聖櫃は砕け散った。その残骸がパンドラの聖櫃に吸収され、後に残るものは何もない。戦いが終わったのだ。

 地面に着地すると寄り添うようにマシンパンドラーが近づいてくる。そのまま帰ろうとしたその時だ。

 

「ば、化け物! 」

 

 見れば、道端に小学生ぐらいの男の子がいた。

 

(確かにこの身はとうに化け物だ)

 

 古代から言われなれた言葉。それでも一抹の寂しさを感じる。

 

(だけど、オレはただ一人のヒーローであればいい)

「夜道には気を付けろよ」

 

 そうして、誰に知られることもなく、パンドラは去っていく。

 

 風見邸にて、ヒカリはまだ深い眠りについていた。鍵の力で癒えたとはいえ、傷つけられ、軽減装置なして戦ったのだ。無理もないことだ。

 傷がないと分かって安堵の息をもらす。百体のピッキンガー正しく陽動として機能していた。雷の鍵の反応がなければ、ヒカリを守れなかったかもしれない。

 パンドラは硬質な手でヒカリの頭を優しく撫でる。

 

「無事で良かった」

 

 パンドラにとってヒカリはこの世で何よりも大切な守るべきものだった。その身が人の体を失い、おかえりと言えなくとも何よりも大切な人である。

 戦士の使命は終わり、戦士の残滓たるその身に残るのは一つの誓い。

 

「オレが、君を守、パド、パド……」

 

 ふと、僅かに身じろぎする音がした。

 時間切れだ。パンドラは、パドはため息をついた。

 

「……ぅ、ぁ、おはよう、パド」

「パドパド、パドパ」

 

 ヒカリが浮かべる穏やかな笑み、それが彼に与えられたただ一つの、何よりの報酬だった。

 

 

 

 

 最後に、知られることのない物語を話そう。

 

 それはある青年の物語。

 

十年前、聖櫃は開かれ、そして、封じられた災厄は祓われた。

 

それを成したのは災厄と共に封印されていた戦士パンドラ。

 

 パンドラは災厄の解放に居合わせた。ヒカリを守るためにために聖櫃に残った飛蝗の災厄と鍵の力でその身を災厄と同じ存在へと転じ災厄と死闘を繰り広げた。

 

 それは誰も知らない戦い。闇夜に紛れ、パンドラから発生する電磁波により電子機器にも移らない戦いは人々に知られることはなかった。

 

だが、それで良かった。両親の死により心を閉ざしたヒカリは徐々に心を開き、2人は絆を紡いでいったからだ。

 

 しかし、二人に別離が訪れる。全ての災厄の根源にして最強の災厄との決戦、それは戦士の勝利に終わった。しかし、その代償も大きい。災厄の根源の消滅に共に、飛蝗の災厄と融合した青年もまた消滅する運命にあった。

 

 だが、パンドラは願った。必ず帰るという約束を果たすと。

 

気がつけばパンドラは怪生物となっていた。どうやら短時間なら戦士の姿の残滓になれるようであるが、人の体には戻れなかった。

 

 悲運は続く。何とか青年が少女の下に戻った時、少女は青年との記憶を失っていた。それは心を守るための防御反応か、或いは青年の約束を果たすという希望を潰すための災厄の呪いか。

 

 しかし、青年と少女は新たな時を紡ぎ始めた。穏やかに、朽ちるように。

 

だが、災厄がとうの昔に潰えたことを知らず、パンドラの鍵を求めて盗人が現れたのだ。

 

 もはやその身にその身に使命なく、戦士の骸(スカルホッパー)であれど、ヒカリを守るために、或いはいつかただいまと言えるように、再びパンドラは鍵を手に戦うのだ。

 

 この物語はパンドラロッカーの伝説ではない。災厄は存在せず、聖櫃を閉じる必要はない。

 

伝説はもう塗り替えられている。

 この物語の主役はそう、パンドラの鍵、或いはスカルホッパー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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