堕天獄   作:温浴アルファマイン

1 / 6
第一話「過去と現在」

 荒唐無稽な話だ、と思った。

 古代は古代、超古代中国……始皇帝の時代に生を受けて早十一年。

 現代知識を活かした天気予報でブイブイ言わせていたら、いつの間にか徐福宗師の弟子となっていた。いやホント、ここまででも相当荒唐無稽なのだけど、その徐福宗師が東方へ向けて不老不死の薬を探しに行くと言い出すのだからさぁ大変。三千人の弟子と妻一人を連れての倭国旅行……なんてことになるはずもなく、辿り着いたのは琉球王国よりも更に南の名もなき島。

 記憶にある地図を思い出しても「こんなところに島なんかあったかなー」と思うような場所に、けれど一応人がいた。

 

 なお、この時点で弟子は己を含めて三百人ほど。陰謀権謀術数策略嫉妬窃盗殺人略取。

 とても秩序だった船団の中で起きるとは思えないアレソレを経て、今に至る。

 

「徐福宗師、蓮様。明日は大雨、その向こうは大嵐となるでしょう。拠点建設と食料集めを優先するべきかと」

「良い。ではそのようにしよう。……良く生き残ってくれたな、(ワン)。そなたの雨占は必ず当たる。そなたがいなければ、我々がこの蓬莱の島へと辿り着くことは夢のまた夢であっただろう」

「ありがとうございます。……不老不死の仙薬、ここでなら、ですか」

「信じられぬか?」

「いえ。……あ、己は己で易に必要なものを取ってきますね」

「ああ」

 

 とまぁ航海士としてそこそこの信頼を得た上での蓬莱上陸だったから、その後も結構な信頼を得られたし、地位も頂けた。

 

 己と徐福宗師、そして妻である蓮様の三人になるまで。

 

 *

 

 と言っても弟子たちがまた仲違いをして全滅した、とかではない。

 蓬莱にいた現地人たちを徐福宗師が人体実験しまくって、さらに弟子たちにまでも手をかけて、けれど割と簡単にみんな寿命で死んで。

 そうして残ったのが己達三人……と。

 

「あ、望。ここにいた」

「いるよー、いつでもここに。それでメイ、君はどうしてここにいるのかな」

「徐福宗師と蓮が呼んでるから」

「……ああ。そうかい。わかったわかった、あとで行くよ」

 

 メイ、という少女。この子は謂わば人造人間だ。蓮の氣と蓬莱の花の氣を掛け合わせて作られた人造人間……人体実験されまくったのになーんでか徐福宗師を崇めている現地人からは、天仙とまで呼ばれる存在。他にも天仙は存在し、それぞれがそれぞれ……まぁ、一癖も二癖もあるやつらになっている。

 

 地獄楽じゃーん、って。

 まぁ(リエン)がこの子を生み出した瞬間に気付いたよね。

 

「だめ、連れていく」

「なんで」

「前もそう言って、来たのは四日後だった」

「……倭国の様子を盗み見るのが楽しくてさ、ついね」

 

 易。昔は雲占いで天気予報をしていただけだったけど、この世に(タオ)という不思議な力が存在し、それを用いることで色々なことができると知ってからは、それはもう色々と模索した。

 地獄楽の世界だと理解してからもそれだ。自衛手段と……まぁ、一応、転生者なので? 氣、以外に持っている「不思議な力」の鍛錬、トカ。誰にも見せてはいないけれど。

 

 そんな感じでのらりくらりと過ごしていた日々も今日で終わりかもしれない。

 あの二人からの呼び出し、なんて……絶対にロクなことじゃないからだ。

 

「メイ、一緒にサボらない?」

「サボ……?」

「ああ、まぁ、もう少し先のエゲレス語。なんだろうね、一緒に……どっか遊びに行かない? って」

「だめ!」

 

 仕方がない。腹を括りますか。

 楽しかったのになー蓬莱ライフ。

 

 とか思っていたら。

 

「不老の真実……?」

「そうだ。貴方はあの時……皆で船を出した時から、()()姿()()()()()()()()()。氣の研究を始めたのが早かったから、誰よりも先んじて花化したのかと思っていたが、その兆候もない。貴方は……なんだ?」

「答えたら許してくれる?」

「……許す、というのは?」

「え? 己を追い出すって話じゃないの?」

 

 徐福宗師はもう高齢だ。だから、代わりに蓮が話す。

 今の彼女は徐福宗師のサポートに徹しているけれど、いずれ来る徐福宗師の死によって彼女は変わる。それを己は知っている。

 だから今がその時なんじゃないかな、と思っていたんだけど……まーったく剣呑な雰囲気がない。どうやら違うらしい。あ、ちなみに敬語はとっくの昔に取っ払った。そういうことを気にしていられる人数じゃなくなってきたのと、己も天仙の内の一人として数えられるようになったから。上下関係が一致しないと面倒だとかなんとか。

 

「なぜ、唯一の手掛かりを追い出さねばならない?」

「……んー、まぁ、教えられるものじゃないから、とか?」

「それはなぜ。今の待遇が気に入らないのであれば」

「己の不老は氣、関係ないからね。ただ……仙薬の作り方であれば、実は知っている」

 

 殺気。それは蓮から放たれたもの。

 けれど、そんな彼女を止める存在がいた。

 

 徐福宗師だ。

 

「それは、いつから?」

「はじめから」

「……海へと出る前から、か」

「そうなるね」

 

 なお、嘘である。

 いやここが地獄楽の世界であると初めから知っていたのなら真だけど、あの時にはただの古代転生だと思っていたからね、無いよね、そんな知識ね。

 あの時から知っていたのなら、中国国内で神獣盤古を大量発生させて、質の良い丹を片っ端から放り込めば仙薬程度いくらでもできていただろう。……人口を考えても倭国をどうこうするよりよっぽど楽だ。

 この世界の始皇帝ならそういう倫理は気にしなかっただろうし、楽なものだった。

 

「望。その術を教えてほしい」

「やり方は正しい。ただ、必要なのは量ではなく質。そして質の良い丹はこういう閉鎖空間では生まれない。木人(ほうこ)みたいな凝り固まった感性の持ち主たちから生まれ出でるものなど何もない。その点倭国は良いよ。祖国……今の名前が何になっているかは知らないけれど、あそこでも良い。そういう、開けた場所で、そして様々を経験して尚中道を行く氣の持ち主でないと、質の良い丹は取れない」

「海へ出なければ……、完成していた、というのか」

「あの頃の己に、宗師へ忠言を渡す地位があればの話だね」

 

 まぁ、絶対に無理だっただろう。

 よってこの話は終わりである。さぁ自分の宮へ帰って易を……。

 

「倭国から……質の良い氣、質の良い丹の材料となる人間を持ち出せばよい。そういうことだな」

「……できるのなら?」

「ここの名を倭国へ広めるのだ。名は……そうだな、神仙郷とでも呼ばせよう。皇帝がそうであったように、倭国を収める者もまた不老不死には惹かれるはず。その名が知れ渡れば、不老不死の力を求めて外界の人間がやってくるだろう」

「再度言うけど、できるのなら、だね?」

「──望」

 

 話の流れ的に、「結局かー」とは思っていたけれど。

 

「天仙達は未だ幼く、そして世を知らぬ。加えてあれらには各々の研究をさせる必要がある。私と老公にはもうこの場を離れる体力がない。故──」

「倭国へ赴き、神仙郷と不老不死の仙薬の噂を流してこい、と。良いけど、条件があるかな」

「なんでも申してみよ」

 

 ここが地獄楽の世界であるとわかった時から、それだけはやろうと決めていたこと。

 

「メイ。彼女が欲しい。己の妻に」

「そんなことで良いのか? あれは……貴方もわかっている通り、陰の氣しか持たぬ劣等種だぞ」

「己は不老だけど、男。陽の氣しか持っていないし、雌雄同体になれるわけでもない。丁度いいでしょ」

「……良い。では連れていくか?」

「いやぁ、それはないかな。流石に動きづらい。だから、己が戻るまでの間、傷つけることなく守っていてほしい。無論、他の男に取らせることもダメだ」

「その程度のことで仙薬が作り得るのなら、如何様にもしよう」

 

 うん。

 まぁ、誰だってそうするよね、って話で。

 誠身勝手で申し訳ないけれど……あと七百年くらい? 彼らが来るまで、待っていて欲しい。

 

「一応言っておくけど……己が噂を流布したところで、倭国が動くかどうかはあちらの都合。加えて何の地位も持たない己だ。最初の百年くらいは許してほしいかな。その後も……確約はできない。これ以上は無理そうだと思ったら帰ってくるよ。それでもいいかな」

「無論だ」

「なら、無為に氣を使う修行は控えめにして、長生きしなよ、宗師、蓮。己が戻ってきた時に誰もいなくなっている、じゃあ意味が無いからね」

「肝に銘じよう」

 

 というわけで。

 蓬莱ライフはやっぱり損なわれてしまったけれど……「口約束」だけをして、己は蓬莱の島を出る次第となった。

 天仙達からの反応は……微妙。惜しんでくれる子もいれば、どうでも良さそうな子、そしてむしろ「目の上のたん瘤が無くなってせいせいする」みたいな反応の子もいたり、様々。

 今は未だ幼き姿の天仙達が、いずれは成熟した身体となり、そして……と。

 

 未来ばかり見つめてしまうけれど。

 

「望! 絶対、帰ってきてね!」

「勿論。また会おう、今は幼き我が妻よ」

 

 なんて格好つけて、己は蓬莱の島を出るのであった。

 

 

 *

 

 

 そこから数百年後の話である。

 なんだかんだ言って、不老不死の仙薬が存在する「神仙郷」の噂はかなり流せたと思う。原作よりも早い段階で調査船が出ているし、だからこそその失敗率や難度の高さも知れ渡ってしまっているので、ひとたび倭国が戦乱の世に塗りつぶされるとそれどころではなくなる……けれど、道楽幕府となれば話は別。

 余裕ができるたびに調査船を送っては、花化した人間を見てそれを研究する。

 やり方に賢さは無いけれど、これなら蓮も満足の行く研究ができているのではないかと思う。

 

「おい、(のぞみ)。なにを黄昏れている」

「ん……(さく)か。いやぁ、頃合いだなぁ、と思ってさ」

「頃合い? ──ガッ!?」

 

 未だ齢三つにして恐ろしき頭角を現し始めている少年、朔。

 その額にデコピンをかまして、寝っ転がっていた柳の枝葉から降りる。

 

 ここは(いわ)隠れの里。忍びの里。

 氣を扱う術を知っていれば、忍法の会得は容易。だから色々できるようになるため、ある人物と成り代わって数年。

 そろそろ里長を騙し切れなくなってきたので出て行こうかな、なんて考えていた時のことである。

 

「……望。おヌシの打撃は……おヌシの打撃だけは痛い。何か秘法があるのか」

「秘法というほどではないけど、あるにはある」

「……」

「詮索はしない。そういう顔をしているけれど、まぁ教えていくのもいいさ。といっても簡単だ。忍法を使う時の感覚で打撃を行うだけ。お前であれば火を出す感覚で、シジャや雲霧であれば髪を伸ばす感覚で」

 

 それらは氣だ。無意識の氣。そこに属性を帯びさせているに過ぎない。

 だから、全く同じ感覚を中指に込めてデコピンをすれば──。

 

「っ!」

「おっと避けられたか」

「……避けなければ頭蓋が砕けていただろう」

「無為な殺生はしないよ、己は。画眉丸でもあるまいし」

「長の命を断ることができるのも、おヌシだけだろう」

「できていないから()()なるんだ。──じゃあな、朔。次会う時は、お前が画眉丸だろう」

 

 手を振って。

 

 そのまま、里を抜けた。

 

 十年後。

 

「よ、望月(もちづき)。裏許しを貰えたんだって?」

十禾(じっか)か。話が早いな、まだ公式に発表されていないだろうに」

「そこはま、俺だからね」

 

 当然のように、山田家へ入門した。とはいえ段位は持たない裏許し。年齢が足りないからね、仕方がない。

 ぶっちゃけ山田家の打ち首技術には然程も興味が無い。ただ、幕府への口利きが可能な位置であることと、罪人の中で質の良い丹になりそうな者がいたら秘密裡に神仙郷へ流すため、ここへ潜入している。実際、既に何十人もの罪人を極秘裏に処理……神仙郷へ文字通りの島流しにしているので、もしかしたら徐福宗師もまだ生きている可能性も……まぁ、無きにしも非ず、だろう。

 既に仙薬ができた、という話は聞かないし、極楽蝶も飛んできていないのでまだなんだろうけど。

 

 山田浅ェ門望月。それがここでの名前。

 

「悩んでいるだろ」

「……流石。ちなみに何に悩んでいると思う?」

「ここを出て行くか否か」

「言葉も出ないね」

 

 実際、その通りだった。

 裏許しを貰い、他の浅ェ門たちとも知り合えた。それだけで十二分の成果は得られたと言えるだろう。

 だからもういいかな、と。そろそろ帰って……蓮が約束を反故にしていないか確かめたいな、と。

 

 そんなことを考えていたらの彼である。

 山田浅ェ門十禾。曰く「物の原理」が見えるらしい彼は、先見の明に優れる人物と言える。

 ……それは予知にさえ至るほど、だ。

 

「悪し」

「易か?」

「そうじゃないよ。望月が敵になった時、勝てる未来が見えねぇなぁって」

「敵になるのか、十禾」

「そんなこと言ってないけどさぁ」

 

 刀は抜かれていない。

 けれど……ピリピリとした殺気だけが部屋を満たす。

 

「困るんだよねぇ、俺が当主になった時、言うことを聞かないやつがいるのは」

「十禾。また望月に絡んでいるのか」

「ん? あぁ士遠か。よく見てるよなぁお前も」

 

 助け舟を出してくれたのは浅ェ門が一人、士遠。

 

「いいんだぞ望月。十禾は常に酔っているようなやつだから、言葉を真に受ける必要はない」

「酷くないかぁ?」

「事実だろう」

 

 しかし……まぁ。

 丁度いい機会ではあったのかもしれない。山田家の年長者二人の前でなら、言葉に説得力も出よう。

 

「十禾、士遠。幕府が腕利きを集めている、という話は聞いているか?」

「ん、あー。徳川幕府になる前からやってる、どこぞの島への調査隊の話だよなぁ。……まさかとは思うけど」

「やめておけ、望月。確かにその幼さでその強さは称賛に値するが、それはあくまで」

「でも、このままだと段位も貰えない。そして、仮に貰えたとしたら、今度は自由に動けなくなる。……己が己のままに強くなるためには、そういう神仙秘境での修行をするしかないと思うんだ」

 

 先を見通す十禾。盲目なれどそうではない者以上に回りが見得る士遠。

 彼らが己を見れば……当然。

 

「良し……に見えちまうのは、なんでなのかねぇ」

「十や二十ではない。過去、何百と言う調査船が彼の島へと送り込まれ……そして、極一部を除いて帰ってきていない。その帰ってきた極一部も人から花の生えた異様な姿だったと聞く。……本当に行く気か?」

「必ず戻ってくる。その時には多分、己の年齢も足りている……もしくは年齢を気にされない程強くなっていると思うから」

「おいおい何年滞在するつもりだよ……」

「……その意志が硬いのならば、当主へは口利きをしておいてやろう。十禾、お前も来い」

「えぇ~?」

「あとは殊現(しゅげん)衛善(えいぜん)がいれば尚良いな。相反する性格の持ち主全員が望月を推薦したのなら、当主も頷かざるを得ないだろう」

 

 そんな感じで。

 あれよあれよの間に──己の神仙郷行きは決定したのである。

 

 未だ、「命を失っても良い者」を送ろうとはしていない時期のこととなる。

 

 *

 

 出航の日。

 

「望月」

「ん……ん!? 佐切? なんで江戸に……」

「仕事です。ただ、今日が出航日であると小耳に挟んだので、居ても立っても居られず……」

 

 山田浅ェ門佐切。地獄楽のもう一人の主人公と呼ぶべき女性。

 中道の真を行く彼女は誰よりも脆く、誰よりも強い。……というか名前を覚えられていたことにびっくり。裏許しを貰ったとはいえ、それなりの数がいる山田家門下生の内の一人でしかないのに。

 

 僅かに震えている手。拡縮を繰り返す瞳孔。

 ……仕事。打ち首をしてきた帰り、か。

 

「本当に行く、のですね」

「行かされて行くわけじゃないし、腕利きを、って話だったからねえ。ここで名を上げたら山田家の名前も上がるでしょ。失敗しても裏許しだから名は堕ちない。己のような小さな子供がまさか浅ェ門の一人だとは誰も思わないだろうし」

「無事に帰ると、約束できますか」

 

 真剣な目。……本当に心配してくれているらしい。

 単純に天性の善性かね、これは。

 

「約束はできないよ。神仙郷ってそういう場所みたいだし」

「……」

「ただ……努力はするし、そう簡単に死ぬつもりもない。これでいいだろう、佐切」

「ですが」

「そら、行け、行け。あまり長く話していると、己と山田家の繋がりが勘繰られかねん。死したら名を残さぬと当主に言われているからな、その名が戸の立てられぬ口へと広がるのはよくないだろう」

 

 そんな感じで。

 約七百年ぶりの──帰郷となった。

 

 

 さて、すぐに神仙郷、というわけにはいかない。

 船上でのゴタゴタは千年前に経験済みだけど、「腕利き」や「幕府の役人」ばかりの舩でもこうなるのか、と溜息を吐いている真っ最中。

 

「よう、チビ。帆柱に上って高みの見物とは良い趣味だな」

「あんたは……すまん、名を忘れた」

「名を名乗ってねぇから仕方ねえさ」

 

 やっぱり外界の人間は良い氣を有している。今回の帰郷の手土産をこれにするんだ、この「ゴタゴタ」の中で、珍しい氣や質の良い丹の材料になりそうな人間が死なないよう見張らないといけない。

 そのために高い所から見ていたのだけど、どうやらそれが気に障ったらしい。

 

 声をかけてきたのは……長尺の刀を持つ青年。佐々木小次郎的なアレソレではないだろう。

 氣を扱っている様子は無いから、単純に腕力が凄いとかその辺かな。

 

「咎められるなら降りるよ」

「ああいや、違う違う。その趣味に俺も混ぜてくれよって話さ」

「そうか」

 

 まぁ、なんでもいいけど。

 

 

 その後。

 無事神仙郷へと辿り着いた()は、手に大袋を抱えて舩を降りた。

 懐かしの空気。満ち満ちる氣を存分に吸って、氣の補充を行う。元から減っていたわけではないけれど、あって損のあるものではないからだ。

 

 そんな風にゆっくりしていれば当然門神(もんしん)や毒虫らが寄ってくるけれど、己を確認すればすぐに去る。七百年で何度世代交代をしたのかは知らないけれど、己が忘れられていないようで何よりだ。

 

 まぁどうせ瀛州には何の興味もないので、とっとと抜け出ることにする。

 する、つもりだった。

 

「あれー? 望じゃん。久しぶりに見た」

朱槿(ヂュジン)? ……大きくなったなぁお前」

「そっちは変わらずチビのまんま。……もしかしてソレ、手土産?」

「ああ」

 

 ソレ。己の背負っている大袋。

 その中には、質の良い丹の材料がこれでもかと詰められている。

 

「そうだ、朱槿。これ全部丹にしちゃってよ。蓮に己が帰ってきたことを伝えるの含めて」

「まぁ……いいけど。その蓮が、異様な量の氣が入ってきたっていうから見にきただけだし」

「んじゃ頼んだ」

「……どこ行く気? 木人(ほうこ)の村なら、とっくに滅んだよ」

「七百年ぶりの帰郷なんだから、どこがどう変わったかを見て回るんだよ。己の易にも影響してくるし」

「ふーん。……そういうの終わったら、蓬莱に帰って来てよ。みんな大人になってるし、色々変わったこともあるからさ」

「あいよー」

 

 大袋を抱え、ひょーい、と飛んでいく朱槿。

 ふぅ、行った行った。相変わらず素直でいいね。

 

 で、大荷物もなくなったので。

 

 島の中間部分……方丈へと歩を進める。

 ここにはかつて先住民たちの村があり、徐福宗師によって人体実験の場とされていた……のだけど、うん、見事なまでに滅んでいるな。

 

 さて生き残りは、と。

 

「……泰山府君(タイザンフクン)?」

「ん?」

 

 凄まじく仰々しい名前で己を呼んできたのは……一人の木人(ほうこ)

 というかもしかしないでも、あの木人、かな?

 

「アァ、アァ……天仙様ガ、ナゼコノヨウナ村ニ……」

「人を探している。メイ、という桃髪の女性だ。知らぬか、木人」

「……」

「居はする。だが、場所を教えるのは拒否する。なるほど……蓮は約束を守らなかったのか?」

 

 もし原作通りに彼女がここにいるのならば。

 蓬莱を追い出されている、という可能性が非常に高い。そしてそうなっていた場合……。

 

「女性、トハ、言エナイ。……"めい"ハ、幼イ子供ダ」

「なに? ……背、あるいは首に傷はあるか?」

「ソンナモノハナイ……」

 

 傷はない。だけど幼女姿。

 どういうことだ。傷一つ負わずに成長し、守られるばかりであったのなら……彼女が成人体から若返るような出来事は起きなかったはず。

 それとも何かしらで──。

 

「──望!!」

 

 声、は。

 ……あの時の、まま。

 背後へと振り返れば……己のもとへ、トテトテと走ってくる彼女の姿が。

 

「メイ。……どうしたんだ、なぜ幼いままで……」

「あなたが、幼い私を欲したから」

 

 日本語では話づらいと思ったのか、話しやすい中国語に切り替える彼女。

 なればこちらもと言葉を返す。

 

「そういう意味で言ったわけじゃなかったが……まぁ、己一人での循環ができない以上、無理に老化する必要もないか。ともかく無事で良かった。……が、なぜ方丈(ここ)に? 蓮に追放されたのか?」

「……? 蓮はそんなことしない。……けど、ここに人間が送り込まれてくるようになってから……蓮、怖くなった。徐福宗師が姿を見せなくなって……より、怖く、冷たく。だから……逃げた」

「あー……」

 

 間接的、というか直接的に己のせいか。

 送り込むのを早めたのも、量を増やしたのも己だしなぁ。

 

「めい……泰山府君トハ、知リ合イ、ナノカ」

「ア……ウン。デモ、待ッテ。ほうこ、一緒ニ住ンデイル。言ッテミル」

「別に構いやしないよ。……ただ、メイの旦那は己だ。そこは弁えてほしい」

「無論ダ……私ハ……めいヲ、娘ノヨウニシカ思ッテイナイ……」

 

 うむ。

 なら良し、である。

 

「方丈……ここまで朽ちていると気も滅入ろう。ちょっくら改築したいのだが、構わないか、木人」

「私ニナド許可ヲ取ル必要ハナイカト……」

「まぁそうだな。……己がいれば循環もできる。千年ぶりの土木工事をするか、メイ」

「スル!」

 

 では──劇的ビフォーア〇ター、村丸ごと編の始まりである。

 

 *

 

 蓬莱の門をくぐる。

 そこに広がっていたのは……最早道教も仏教も神道も関係ない、古今東西の塑像の立ち並ぶ異様な空間。

 不要なオブジェクトが増えてる増えてる。

 

「あれ、望? 久しぶりじゃん」

「……牡丹(ムーダン)か。随分と……なんだ、軽くなったな」

「ハハッ、面白いことを言うね。髪の重さや雌雄によっての違いはあれど、僕たちは全員同じ体重だろ?」

「そういう意味じゃないけど」

「今になって帰ってきた理由は、何かあるのかい?」

「倭国における戦乱の世が終わってね。己が言うのもなんだけど、神仙郷の噂は倭国どころか他の国にまで広まりつつある。そんでもって今の倭国のお偉いさんが大層な物好きでさ。数年置きに神仙郷(ここ)へ腕利きを送るような仕組みを作っているんだ」

「へぇ。その腕利きっていうのは、つまり上質な丹の材料と考えて良いんだね?」

「勿論」

 

 塑像の一部を破壊する。

 いやー、瀛州も方丈も、木材ばっかで石材が無い無い。こういうところで無駄に消費しているからそうなるんだ。

 

「君は変わらないね」

「そういうお前は、ちょっと変わったなぁ」

「軽くなった、ってやつ?」

「死に焦がれるようになった」

 

 これくらいでいいだろう。

 全てを風呂敷に詰めて、よいしょ、と背負う。

 

「千年の倦怠は、つらいか」

「……どうなんだろうね。生死の狭間を生きる人間を羨ましいと感じることもあったけど、死にたいかどうかで言えば話は別。……殺されたい、とは。考えているのかもしれないけど」

「ふぅん。……他の奴らは、大人になってから変わった?」

「特には。ああでも、菊花(ジュファ)桃花(タオファ)は……退屈しているようだよ」

「千年もまぐわってりゃそりゃねぇ。(ラン)桂花(グィファ)は?」

「蘭は相変わらず全肯定君。桂花は……君の残していった易場に興味を持っていたようだよ」

「荒らされてなきゃいいけど」

 

 つまりまぁ、ほとんど原作通り、と。

 変わったのはメイ周りだけか。徐福宗師も死んだっぽいし、多分蓮も……。

 

「ああでも、あの二人にはお土産があるんだった」

「お土産? 僕には無いのかい?」

「あるにはあるけど、気にいるかどうか。ここへ来るときに乗ってきた舩に乗せてあるから、暇な時にでも取ってくるといい」

 

 江戸絡繰り数個と、武術本に物語。

 気に入るかどうかはともかく、桂花にはいいプレゼントになるだろう。

 

「方丈で何かしているようだけど、蓮には会っていかないのかい?」

「流石に顔を見せておいた方が良いと思う?」

「ま、流石にね」

 

 流石にかー。

 

 

 して。

 

「やぁ、久しぶり。蓮」

「……私は丹の研究とは別に、お前についての研究もしてきた。この島へお前が遺していった髪や皮膚片などの細胞。それらからわかったことは──」

 

 はらり、と。

 着物を脱ぐ蓮。

 

「不可解。どれも通常の人間と同じ。不老も不死性も有していないのに、なぜかお前は千年を変わらぬ姿で過ごし続けている」

「なぜ脱ぐんだ蓮。お前には徐福宗師がいるし、己にはめいがいる。加えて己の氣は然程珍しいものでもない。まぐわったところで何も得られないよ」

「房中術は、互いの氣を循環させる。これを行うことでお前の氣を知ることができれば、研究は新たな扉を開くだろう」

「だから知ることはできない、って。そもそも原理が違うって言ったよね、己は」

「否。氣は全ての源。それに外れるものがあるとしたら──世の理から外れているものでなければならない」

 

 焦っているな。

 原作よりも早く、そして質の良い丹がわんさかできているだろうに……やっぱり亜左弔兵衛の氣がないと完成しないのだろうか。

 

「正解だ」

「そうか……! ならばやはりこのまぐわいには意味が」

「いや、そっちじゃなくて。世の理から外れているものだから、己は氣を原理とした不老ではない、ってことを言いたかった」

「……なんだと?」

「己は世の理から外れている。今のお前にならば見えるだろう。己の氣に、もう一つ、違う氣が重なっていることに」

 

 蓮は目を細めて……そこから、目を見開いた。

 

「己は陰陽の氣を併せ持つ。ただそれは、陰陽の氣を併せ持つから不老不死、ではなく、不老不死であるからこの世が陰陽の氣を併せ持つよう合わせた、が正しい」

「宗師の集めた方士。その中でもとりわけ……誰でもが出来得ることで方士を名乗っていただけの、天候科学の易師。それがお前ではなかったのか」

「適当に稼いで怪しまれたら雲隠れ。また別の場所で稼いでまたまた雲隠れ。それが人生設計だったよ。いつの間にか徐福宗師の弟子にされていなけりゃ、己だってこんな場所になかったさ」

「後悔……しているのか?」

「ところがどっこい、そんなこともない。己はここへ来ることができて良かったと思っているよ。妻を迎え入れることもできたし。約束を守ってくれたこともありがたかった」

 

 もしあのまま中国にいたら……まぁ、氣の存在には気付いていたかもしれないけれど、地獄楽の世界だとは気付かずに終わっていたことだろう。

 メイを妻に迎え入れる、というのは方便だ。あの子に外の世界を見せたい。あの子的にも「死ねないことは悲しい」という哲学があったから、己とはどこかで決別しよう。

 それでも……。

 

「というわけで、すまないな、蓮。己からはなんの情報も得られない」

「……。いや。……七百年前……お前を一人島から放り出して、約束通りここへ上質な丹の材料を届け続けてくれた。感謝こそすれ、恨むことはない」

「そうか。なら良かっ──」

「だが、できればそういうことは早めに言ってほしかった。……お前の研究に費やす時間を、丹の研究に費やす時間へと代替できたはずだから」

「それについては本当にすまない。……ただ、あの時点で何を言ったって無駄だっただろ。七百年をかけて丹についての研究をしたからこそ出せた答えで」

「わかっている。……ただ……私は、お前が帰ってきたことに意味を見出している。仙薬の完成は──」

「あと三年。……それで完成するよ、仙薬は」

 

 ぱぁ、と顔を明るくし。

 そして……異様なものを見る目で己をねめつける蓮。

 

「それは、易か?」

「倭国にな。最高品質の氣の持ち主がいた。あれは恐らく三年後、この島に渡ってくるだろう」

「……」

「名を、亜左弔兵衛。正確には不破弔兵衛。あれが仙薬に適する丹となるための条件がいくつかあるから、後で書きだしておいてやる」

「……信じよう。お前の天気予報は、必ず当たる」

「目的を果たしたいのであれば、外丹法の研究より効率よく生生流転を行う蝶の研究をしておいた方が良い。それと、丈夫な舩の建設もな」

 

 申し訳ないけれど、倭国、あるいは全世界がどうなろうと知ったこっちゃない。

 徐福宗師にはそこそこ世話になったから復活してほしい気持ちもあるし、三年後上陸して来る死罪人に殺される天仙達にも思い入れがある。

 アジア周辺諸国が盤古の餌になったところで己は何も思わんし、メイと行くのはアジアよりヨーロッパとかの方が良い。

 

 全世界の盤古化、及び丹化が相成ったとしてもメイと己に害はない。いずれ天仙、徐福宗師と蓮、そして新人類が現れることだろう。それも見てみたい。

 

「それじゃ、蓮。己は方丈でメイとの夫婦生活を送るから、用があれば適当に誰か寄越してくれ。導士を寄越すなら、良識のあるやつで頼む。己の妻に欲情しないようなやつでな」

「……ああ、承知した」

 

 ──それでは。原作開始まで……レッツイチャラブライフ、である。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。