堕天獄   作:温浴アルファマイン

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第二話「現在と公平」

 山田浅ェ門佐切(さぎり)

 彼女にとって、ここ"神仙郷"は……一言では言い表せない感情の向く場所であった。

 

「おヌシ、どうしたさっきから。落ち着きもなくきょろきょろと」

「……いえ」

 

 佐切の同行者である画眉丸(がびまる)が"いがみの慶雲(けいうん)"を倒し、異形の怪物を共に退け、くのいちである"傾主の(ゆずりは)"、その同行者である仙太、及び源嗣(げんじ)に出会ってから、すぐのこと。

 蝶の鱗粉によって気を失った彼女は目を覚ましたあと……一応安全、と言われているこの現状に、居ても立っても居られない様子で周囲を見渡し始めた。

 

「望月君、ですか」

「……仙太殿」

「望月か……そうか、あ奴は」

 

 納得の顔をしているのは浅ェ門だけ。死罪人である画眉丸や杠にはなんのことやらである。

 

「望月くん、って誰?」

「ああ、えっと……三年前にこの島に上陸した、僕たちと同じ流派の門下生です。齢十一にして鬼神の如き剣才を持っていたことから、当時は死罪人ではなく"腕利きの者"を調査隊として送り込んでいた幕府の令により、この島……神仙郷へ向かった少年」

「段位は持っておらぬが、まさに鬼才の持ち主だった。……だが、この島の現状を知った今……その命の行方など」

「まぁ、死んでいるだろうな」

「死んでるでしょ、さすがに」

「っ!」

 

 激昂しかけて。

 けれど……その矛を収める佐切。

 神仙郷は極楽浄土などではない。そのことはもう佐切も重々承知している。

 

 三年だ。三年もの間この島で生活することなど……できはしない。

 

「死体捜しは結構だが、此度のような不覚は取ってくれるな。助けるのも一苦労だ」

「……申し訳ありません」

「いや、謝れと言っているわけじゃ……」

 

 互いに口下手。そしてその自覚が互いにあるから、二人は口を噤む。

 

「どんな子だったの、その望月くんって」

「オイ、昔話をしている暇は」

佐切(さぎりん)が完全に恢復するまでもう少し時間かかりそうだし、いいじゃんちょっとくらい」

 

 本当は。……このくのいちとて、少年への興味など無いはずだ。

 であるならば、裏の目的がある。それは例えば……弱みを握ろうとしている、などの。

 

「望月は聡明な男子だった。浅ェ門には様々な者がいるが、あれほどまでに洗練された太刀筋の我流剣術は見たことがない」

「我流? 山田浅ェ門って、試一刀流って流派なんじゃないの?」

「ええ、彼はそれもしっかり修めています。ただ、我流剣術を使った方が強い、というべきでしょうね。ただ山賊退治や我武者羅などで培われたそれではなく、確かな型を感じる我流剣術。つまり」

「我流でありながら、自ら合理的な型を作り出し、それを洗練し続けた。……素直に美しい剣だと感じました」

 

 浅ェ門一派の評価。

 それに対し、死罪人は。

 

「……そういうことが聞きたいんじゃなくて、こう、性格とか、人柄とかさ、佐切(さぎりん)との関係性とか」

「十一の男子か。年齢で考えれば確かに凄いな」

 

 まぁ、全くの無関心ではなさそう、である。

 

「性格は……一言で言うのなら、適当、ですかね」

「うむ……何度か叱ったこともあったが、のらりくらりと躱されたな。不誠実とも不真面目とも違う、適当……言い得て妙だ」

「少しばかり画眉丸に似ているかもしれません。やる時はやる。それ以外の時はやる気を感じられない。彼はそういう子で」

「ワシにやる気がないとは、見る目がないな」

 

 いや無いだろ、という全員のツッコミ……の視線を、画眉丸は軽く受け流す。

 実際彼からしてみればあるのだ。仙薬を持ち帰るため、むしろやる気は張っている。

 

「適当な子なのにこんな危ない橋を渡ったんだ」

「あの時は、全国から集めた腕利きの精鋭六十人での渡航でしたから」

「それでも何百年とやってて生還者ほぼ無しな極楽浄土捜索に志願、って……三人から聞く適当君とはちょっと印象違うなぁってさ」

 

 実を言えば。

 彼の出航日、佐切があの場へ駆けつけたのも、同じ理由だった。

 強さを追い求める者でもなく、当主になる欲望もなく。

 ただ適当に、けれど実直に剣を修め続ける彼が……なぜ、失敗したら名を遺せなくなる、なんて危険を冒してまでここへ向かったのか。

 その真意を見定めたくて、彼にそれを問うたのだ。

 

 けれど、帰ってきた答えは適当な──。

 

「仙薬の存在を確信していたから、……というのは、荒唐無稽か?」

「どういう……ことですか?」

「いや何。仮にワシとその望月という者が同じような思考をしているとして、ワシでもこのような状況に陥らなければこんな危ない橋は渡らん。実在はしていたとしても、ここにあるかどうかわからんものに命を懸けるほど愚かではない。だが……ここに仙薬があるという確信があれば話は別だ。この島の危険性も、この島の成り立ちも、全て理解しているのであれば、それはザルな警備の城落としとそう変わらん」

「あー、確かに。さらに言うなら、佐切(さぎりん)の言う通り当主願望さえ無いとしたら……もう仙薬を見つけてて、不老不死になってて、本当にこの島を極楽浄土にして住んでる、って可能性は無きにしも非ずだねー」

 

 そんな不義理な者ではない、と。

 ……その場にいた浅ェ門は誰一人として口を出せなかった。

 

 あり得るからだ。

 あの子共であれば、幕府にも傅かず、勝手に仙薬を食べるくらいはしてしまいそうだから。

 

「この図の通り、仙薬が果実であれば良いがな。辿り着いて、もう食べられていました、の場合どうなる。そいつを将軍に持っていけば無罪放免となるのか?」

「それは……」

「難しいですね。もし仙薬の効能が……不老不死が証明されたのなら、あるいは、ですが……その証明は」

「当然、死罪人も驚くほどの拷問になりそー。斬首に始まり火炙り釜茹で牛裂き市中引き回し……」

「市中引き回し以外はワシも受けたな。死ななかったが」

 

 ともかくそれは……少なくとも佐切にとっては嬉しくない話だ。

 彼との接点は少ないけれど、それでも佐切は彼を。

 

「あ……日が暮れてきましたね。今日はこの木の洞で一晩明かしましょう。夜の森は、この島でなくとも危険ですから」

「忍びには通用せん概念だが、賛成だ。体調が万全でないものを引き回すことはできんし」

「すみません……」

「だから謝らせたいわけじゃない。……あー。……ワシは寝ずの番をする。おヌシは?」

「無論、同行します。夜のうちにあなたが逃げないとも限りませんから」

「じゃあ私は先におやすみ~!」

 

 日が暮れる。

 神仙郷の一日目が、こうして終わるのである。

 

 

 *

 

 

 "備前の大巨人(だいだらぼっち)"こと陸郎太を倒した佐切と画眉丸。その後、何食わぬ顔で合流してきた杠と仙太を再度引き入れ……四人はそこへと辿り着く。

 門神、竈神、毒虫を抜けた先に存在したのは──街、だった。

 

「……街? ……なぜこのような場所に、街がある」

「これは……江戸によく似た、いえ、しかし……どこか大陸の風味も感じる街並みですね」

「街は街だけど……」

「ええ、人がいません。これほど大きな街で、人っ子一人いない、というのは」

 

 街。崖の下に広がるは、とても綺麗な街だった。

 どこかの繁華街と言われたら素直に頷いてしまいそうなほどに美しい街。しかし、杠と佐切の言うように、人の気配がない。

 人の営みが……どこにもない。

 

「あれ?」

 

 声。反応したのは全員。全員が全員振り返って……四人中三人が、呆然とした顔を見せた。

 

「なんだ、木人(ほうこ)が侵入者っていうから来てみれば、お前達か。よ、そこのお姉ちゃん以外は久しぶり」

「ちょっと、あんたたち何呆けてるワケ!?」

「い……いえ、それが」

「……なんだと?」

「まさか……」

 

 上質な衣服。絹に似た材質の、けれどもっと滑らかでもっと頑丈そうなそれに身を包むのは、人好きの笑みを浮かべる少年。

 腰に佩いた刀と、声を発するまで一切の気配を気取らせなかったその存在の名は。

 

「望月、くん?」

「望月君……」

(のぞみ)……?」

 

 三年前。神仙郷へと向かい、しかし帰ってくることの無かった少年……山田浅ェ門が裏許し、望月。

 そして。

 

「画眉丸……どうしてあなたまで、そのような反応をするのですか?」

「……此奴は、ワシより前の抜け忍だ。元(いわ)隠れ衆筆頭にして、石隠れの追手を完全に撒き切った唯一無二の男……望」

「望月君が、石隠れ衆?」

「だがおかしい。此奴は……ワシが齢三つの時から、この姿だった。……十三年の時を経て、姿の一切変わらぬ者を、人はなんと呼ぶ?」

 

 簡単だ、そんなものは。

 

「……不老不死?」

 

 その、体現者である。

 

 

 パン、と柏手が打たれる。

 

「まーまー、気になること色々あるだろうけど、とりあえず街を案内するよ。己と己の妻と、己の妻の父親が住まう街だ。それ以外の家は誰も使っていないから、好きに使ってくれ」

「妻?」

「そうとも。ああほら、見えるだろう? あそこにいる木人(ほうこ)と、その肩に乗る桃色髪の少女。あれが己の妻だ」

 

 警戒はしつつ、彼の指差す方向を見る四人。

 そこには確かにいた。……木の化け物としか言い様の無いナニカと、その肩に乗る少女が。

 二人は薪を運んでいるようで、こちらへ気付く素振りはみせない。

 

「江戸じゃあ考えられんほど豪華な設備が整っている。湯浴み場に食事処、やるのは己になるが、按摩もできるぞ。多少拙くはなるが、己の妻もできる」

「……お湯?」

「ああ。入浴設備は勿論、各種洗剤、布織物、染め物、大陸由来にはなるが、香もある」

「人が……あなたと、あなたの奥さんしかいないのに、ですか?」

「初めは己と己の妻の分だけで良いと思っていたのだが、三年という時間は案外暇でな。まず庭を整備し、その前の道を整備し、対面にある家を整備し、その両脇の家を……と繰り返していく内に、ああなった」

「一聴すると凝り性……ですが、隠しきれない適当さが見え隠れしていますね……」

 

 仙太の言う通りである。

 わかる。初対面の杠にも、久方振りの再会である画眉丸にも、わかる。

 

 この美しき街が──適当に作られたのだ、と。

 そこで杠が思い出すのは、「洗練された我流剣術」という言葉だ。あれもまた、「洗練された適当」だったのだろう。

 

 そして、そんなことより。

 

「三人の知り合いなら、特に警戒しなくても大丈夫そう?」

「なんだおヌシ、妙に乗り気だな。……今の話を聞いて、此奴が少なくとも十三年間歳を取っていない怪物である、というのはわかるだろうに……むしろおヌシが一番警戒しそうなものだが」

「それはお知り合い三人に任せるから、私はその湯浴み場に興味があるの。えーと、望月くん? 望くん? どっちで呼べばいい?」

「己の本来の名は(ワン)という。が、まぁどの呼び名でも構わん」

「りょーかい、ワンちゃんね」

「……まぁいいが」

 

 何か思うところありますよ、という顔はしていたけれど、最終的に飲まれた。飲み込まれた。

 であれば。

 

「どうする、そっちの三人は」

「ぼ……僕は当然行きますよ。杠さんの監視役ですし」

「ワシも行く。聞かねばならんことがある」

「私も向かいます。……私も、聞かなければならないことがあるので」

 

 割れはなかった。

 

 *

 

 埃及(イヒフトン)*1仕様だという、獅子の口からお湯が出る仕組みの湯浴み場。

 大理石らしきもので固められた湯浴み場に馴染みある者は少ないけれど、なるほど「洗練された適当」がしっくりくる作りをしている。

 

「あぁ……良いお湯……」

「……」

「どしたの佐切(さぎりん)、入った瞬間はあーんなに砕けた顔してたのに、またすぐそーやって眉間に皺を寄せて」

「いえ……やはり望月君のことが気になってしまって」

「不老不死の話? それなら心配ないんじゃない? 画眉丸の話じゃ、少なくとも十三年前から姿が変わっていない……つまり最初から不老不死だった、ってことでしょ。だったら仙薬はまだあるって」

「ですが……だとしたらなぜ彼は倭国へ来て、そしてこの島へと帰ったのか」

「建築技術でも学んでたんじゃない?」

 

 今気にするべきことではないから気にしない杠と、問題を抱えたままだとおちおちゆっくりもしていられない佐切。

 

「まーまー、今はいいじゃん! これだけのお湯に香油に……入浴設備、というだけあって、色んな薬品が揃い踏み! なんならここに永住したいくらいだわ~」

「……望月君も、だからこうして……妻、と仰っていたあの少女とここにいるのでしょうか」

「かもね~」

 

 この設備は江戸よりも質が良い。

 これでもし、食糧までもがそうであったのなら──。

 

 

 そうであった。

 

「あ、ちょっと何先食べてんのよ!」

「すみません、堪え切れなくて!」

「……よくもまぁ、そこまでがっつけるものだ。何でできているかわからんだろうに」

「んー? まぁそう言うだろうと思って、今回の食事は全部倭国産のものにしたよ。外に庭があるだろ? そこで畑やってんの。規模的にはもう農園なんだけど。……で、そこで作ってるのは全部倭国から持ってきた苗類。土もそう。まぁ雨だのなんだのが無理って言われたらお手上げだけど」

「とりあえず! 即効性の毒は! 入ってないですね、はい!」

 

 豪勢な料理。

 台所にいるのは望とその妻……メイ、という少女。

 手際よく作られる料理の数々を前に、仙太、杠、佐切の食欲は決壊してしまった。無理だった。

 

「画眉丸、食べないのかー?」

「……。……なぜ、ワシが画眉丸であると知っている。おヌシと最後に会った時、ワシはまだ」

「言っただろ、次会う時は画眉丸だ、って。……っと、そんなに嫌ならほれ」

 

 ぴょーいと投げ渡されるもの。

 それは……石隠れで作られる兵糧丸であった。

 

「……」

「ある程度味は改善した。ある程度はな。ただ、己にも限界がある。というかそれ食べるくらいなら料理を食べた方が体力回復になる」

「画眉丸あんた、そもそも普通の毒はほとんど効かないんじゃないの?」

「普通の毒はそうだ。だが、ワシの知らない毒は効く」

「警戒心が強いねえ。これが最後の晩餐になるかもしれないんだから、くっときゃいいのに」

 

 ──聞き逃せない言葉だった。

 佐切も、そして杠も手を止めてしまうほど。

 

「どういう意味だ」

「そのままの意味だよ。……ああ木人。難しい話をするから、メイを連れていってくれ」

「アア……」

 

 木の怪物が少女を持ち上げ、この場から連れ出していく。

 あとに残るは五人だけ。

 

「結論から言うと、仙薬の材料は人間だ」

「……なに?」

「不老不死の仙薬。本来の名を丹と呼ぶそれは、確かに存在する。が、調剤に酷く繊細な作業を要する上に、量産が難しくてな。質の良い丹をある条件を揃えた上で生成せねば、完璧な仙薬にはならん」

 

 最後の晩餐。材料が人間。条件。

 そこまで聞いて答えが導き出せない四人でもない。

 

「材料は、ワシらか」

「そうなる。が、誰でも良いというわけではない。例えば……仙太。お前は不適格だ。質の良い丹にはなり得ないから、その用途に使われることはないだろう。逆に佐切、画眉丸、杠。お前達は上質だ。天仙に見つかれば必ず丹の材料として使われる」

「てんせん……というのは?」

「この島の支配者のことさ。天の仙人と書いて天仙。この島にいる存在で、多少の知性を持つ者は敬称をつけて呼ぶが、己にその気概はない。……で、その天仙が丹を作っている。普段は自分たちの長寿のために。そして最終目的は、不老不死の仙薬の完成のために、といったところだな」

 

 充分に食べ終えたのか、望の言葉の全てを手帳に書いていく仙太。今話されているものがどれほど重要であるかを理解しているが故だ。

 

「聞きたそうだから先に言うが、己の役目は倭国へ赴き、神仙郷と不老不死の仙薬の噂を流すことにあった」

「──!」

「……そういうことか」

「基本、上質な丹は腕利きの者から生成される。ゆえに初めは腕利きの者に神仙郷を探させた。……が、まぁ幕府が変わったり戦乱の世が訪れたりと、色々あったのでな。己の代が最後になることを見極め、己はあの舩に乗った次第だ。全ては丹の完成のため。……だというのにどうだ。今度は死罪人を送りつけてくるとは、余程不老不死の仙薬が欲しいらしい。いつの世も為政者というのが欲する物は変わらぬな」

 

 言葉の端々に、彼らの知る「適当人間」ではない老獪さが見える。

 だから……聞いた。最も興味のあった彼が。

 

「あの……望月くんは、一体何年生きているのですか?」

「ざっと千三百年くらいか? 概算千年で通してもいいが」

「……ずっと十一歳?」

「ああ、ずっと十一歳だ」

 

 その、あまりにも荒唐無稽な話に。

 

「おヌシの年齢も、おヌシの正体もどうでもいい。人間を仙薬の材料にすると言ったな。それでは、今この場に居る人間は……その上質な材料という人間は、全員が仙薬となり……それを持ち帰ることができるのは、仙薬の材料とならなかった人間だけ、になるのか」

「天仙が仙薬の完成を望んでいるのだから、当然天仙は仙薬を手放さない。持ち帰るも何も、天仙は仙薬を守るだろうし、それを奪わんとする者がいれば容赦なく殺すだろう」

「おヌシの口添えがあってもダメか」

 

 見開かれる目があった。

 佐切と……そして、望である。

 

「お前……そうして他人を頼る奴だったか?」

「こんな状況でもなければそうはしない。だが、おヌシはワシと同じ抜け忍だし、知り合いでもある。仲が悪かったとも考えていない。加えて口振りから察するに、天仙とおヌシはただならぬ関係にあるのだろう。そのおヌシがあの少女を妻に召していることも含め、おヌシは天仙に顔が利くと考えた。どうなんだ」

「……実際の話をするのなら、まぁ、顔は利く。己は数百年をかけてこの島へと上質な丹の材料を流してきたし、先程言った仙薬は繊細な作業と条件を必要とすれど、材料数が必要なわけではない。この島へと上陸した他の死罪人を使えばお前達を使わずに済むやもしれない」

 

 だが、と。

 薄く目を閉じて……望は。

 

「此度上陸した死罪人。最も強く、最も上質な丹の材料となるのは、亜左弔兵衛。次点でお前、画眉丸。杠。佐切。士遠。……あとは頭数合わせくらいだな」

「っ……それは、最も狙われやすい、ということですか」

「ああ。他にもっと強い奴がいれば口利きもできたやもしれんが、お前達ほどの上質な材料を前には頷いてくれんだろう」

 

 反応は二分されていた。

 冷たい目で望を見るは忍びの二人。暗い面持ちで俯くは浅ェ門の二人。

 

「だが、手がないわけでもない」

「本当ですか!?」

「お、おお。突然大声を出すなよ佐切。驚くだろ」

「あ……すみません」

「手とはなんだ。教えろ、(のぞみ)

 

 肩を竦めて。

 

「簡単だ、勝てばいい。天仙は全員が人智を超えた存在だが、決して不死の存在ではない。殺されるのが嫌なら殺せ。簡単な話だろう?」

「ちょい待ち。……天仙ってのは、あんたの仲間なんじゃないの?」

「仲間というか、友人の子供、みたいな感覚だなぁ。己の家族はメイだけだし。とはいえ積極的に死んでほしいというわけでもない。そもそも天仙じゃないと仙薬は作れんしな」

「待ってください……。……だとすると、誰かが仙薬の材料となって、それを天仙が完成させない限り、天仙を殺すことは不可、ということになります。……そんなの」

 

 そんな、救いのない話は無い。

 項垂れる仙太に、けれど死罪人二人は何を今更、という顔だ。

 

「元より無罪放免は一人だけ。他の死罪人を材料として蹴落とし、天仙に仙薬を作らせ、それを奪う。潜入任務としては簡単な部類だな」

「そうねー。……ここに任務内容を知る人間がいなければ、の話だけど」

「まさか、ここまで来て──」

 

 佐切はそのあと、「仲間割れを!?」と続けようとした。

 けれどできなかった。

 

 仲間ではない。死罪人と監視役。浅ェ門同士は辛うじて仲間と呼べるかもしれないが……他三人の関係は冷え切っている。

 

 ただし。

 ここには一人、この望という少年の理解者がいた。

 

「……で、ワシらを殺気立たせるのはこれくらいでいいだろう。とっとと最善案を吐け、望」

「え……?」

「なに、どういうこと?」

「此奴は昔からそうなのだ。初めに最悪の案を出す。次に、その案よりは良いが、犠牲を伴う案を出す。その次に共に任を行う者を疑心暗鬼に陥れるような案を出し……最後に最善案を出す」

「それは……なんというか……」

「めんどくさっ」

 

 杠の言葉が正解である。

 

「まーまー、こういう遊び心がないと、不老不死なんてやってらんないのよ。……でまぁ、じゃあ、気の抜けた話をするけれど」

 

 ──実は、亜左弔兵衛だけで、全て賄えるんだよね、なんて。

 前提をひっくり返す言葉が望の口から零された。

 

 *

 

 続ける。

 

「彼は最高品質の素材だ。だから、彼一人で全ての問題がなかったことになる。大量の人間も多種多様な腕利きの者も不要になる」

「……そうなった場合、ワシらのするべきは」

「天仙が仙薬を作り出すのを待ってから、それを奪取する。それだけだ」

 

 今までの話はなんだったのかと思うほど単純になった。

 そして、であれば、と。

 

「なら……亜左弔兵衛を探し出し、天仙に差し出す。その後隙を狙って天仙から仙薬を奪い取り、帰る。これでいいな」

「……仮に……彼を差し出したとして。天仙が私達を殺さずに放っておく理由はありますか?」

「無いでしょうねー。むしろ奪われる危険性を考えたら殺してきそう」

「その程度、自分たちでなんとかすればいい」

「無理だね。少なくとも今のままじゃお前達は嬲り殺しにされるだけだ。あるいは、天仙達が生き永らえるための方の丹にされるか」

 

 やってみなければわからないだろう。

 そう言おうとした画眉丸の額に──指が触れる。

 久方振りのデコピン。ただしその威力は、彼が吹き飛ばされ、対面の家に突っ込み、それさえも突き抜けてここら一帯を囲う崖へと突き刺さるほど。

 

 すぐに武器を構える三人。

 

「あーあー、待って待って。佐切、仙太。今さ、己の指にそこまでの力が籠っているように見えた?」

「……いえ」

「望月くんは……元から、筋力などは優れていなかったと記憶しています」

「じゃあ杠ちゃん。君は?」

 

 応答しない。どころか最大警戒で彼を見る彼女は──飛来してきた小さな人影に、さらに大きく退いた。

 人影。勿論画眉丸だ。

 彼による急襲は、けれどその拳を握られるに終わる。

 

「おヌシの……打撃は、やはり痛い……。秘法か」

「そそ。天仙達はみーんなこれを使う。今の、一切怪我しないように吹き飛ばすだけ吹き飛ばしてみたけど、食らった感想はどうかな、画眉丸」

「……殺す気であれば、ワシの首から上は無くなっていた」

「まぁそういうこと。杠ちゃんは知ってると思うけど、氣ってやつね。己らは(タオ)って呼んでる。石隠れが忍法に使っているものも、杠ちゃんが忍法に使っているものも、一部の浅ェ門が無意識に使っているものも全て氣。これを使いこなせないと天仙には勝てないし、交渉の席につくこともできない」

 

 だから。

 

「公平がいいよね、何事も。己は天仙にも勝ってほしいし、お前達にも思い入れがある。だから双方が同じ土俵に立てるよう、少しばかりの手解きをする。……ここを出て行ったあとで、誰か他の死罪人なり浅ェ門なりに出会ったら、同じように教えてあげてよ。その辺り、己は関与しないからさ」

「願ってもない申し出だけどさ、アンタさっき友人の子、とか言ってなかった? 天仙のこと」

「ああ」

「私達は元からそういうものだけど、あんたには無いワケ? 情とか」

「己も元からそういうものだよ。でなければ、画眉丸や浅ェ門に肩入れしていたっておかしくはないだろ」

「……ふぅん」

 

 ではそういうことで、と。

 手解きが始まった。

 

 

 *

 

 

 街を出て行く四人を見送る三人。いや、二人と一体というべきだろうか。

 

「……行かせて、良かったの?」

「あとは運否天賦。蓮の野望が勝るか、彼らの意思が勝るか。己はそういうことには関与しないよ」

「でも……」

 

 笑う望。むしろ──その「でも」を聞きたかった、とでも言うかのように。

 

「だから、己の妻、メイ。どちらを救いたいか。誰の意見を尊重したいか。全て貴女に任せよう」

「え……」

「己の願いは、貴女を連れて世界を旅することだけ。そのためならば誰が死のうと誰が生きようと気にしない。……七百年もの間放置していたんだ、夫を好きに使ってほしいな」

 

 さぁ、行こうか。

 中道は彼らに任せて……己らは、全道を。

*1
エジプトのこと

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