堕天獄 作:温浴アルファマイン
付知が話を始める。隣に立つのは仙太だ。
山田浅ェ門が頭脳の二人。
「状況は複雑ですが、やることは変わりません。一つ、仙薬を手にする。一つ、生きて島を出る」
「そうですね……。島の謎についても気になりますが、そこを気にしていては誰かが命を落とすでしょう」
「ですのでまず、それに必要な情報を確認したい。メイさん、でよろしかったでしょうか」
「……ウン」
「貴女の知る限り……いえ、話せる限りで構いません。蓬莱の内部について、教えてください」
言われて、メイは木の棒を取り……地面に絵を描く。絵といっても簡単なもの。というか図だ。
実のところ天仙は皆絵が下手なのだけど、メイだけは違う。その理由は単純で、天気予報などというプチペテンをしていた望の影響を多少なりとも受けているから。
妻とする、と言われたからの七百年、彼の部屋で色々なものを読んでいたから、である。桂花と一緒に。
「マズ、ココ。私タチ、
「島の名前ですね」
「ソウ。……島ノ外側、海ノ門神ガイル。入ッテクル時、出テコナイ。出テイコウトスルト、舩壊ス」
「あぁオレ、それ見たよ。でかい蛇みたいなやつで、人の顔が付いてる」
「生物ではなく船を狙ってくるのであれば勝ち目はありませんね」
「ウン。デモ、ココダケ。地下ニアル水門。ソノ中ニ沢山ノ船アル。水門出ル船、門神襲ワナイ」
片言ではあるものの、聞き取れる言葉。
これもまた望の影響だ。追放されなかったから、木人だけでなく、書物でも言葉が学べた。
特に望は倭国の様子を易で盗み見てはそれを描き記していたから、より流暢に。
「仙薬の場所はわかるか、メイ」
「ワカル。ケド……実際ニ見ナイト、場所ヲ変エラレテイルカモシレナイ」
「見る、というのは氣を見るということでよろしいでしょうか」
「ウン」
「なるほど……。仙薬を奪取する班も、脱出経路を確保する班も、敵のお膝元を通らなければならない、と」
ただし、この大所帯。加えて……ここには一人、全く違う目的を持つ者もいる。
「迎撃班ってのも必要だろ?」
「迎撃?」
「その殊現とやらは相当やべぇんだろ。仙薬を探している間に、脱出経路を確保している間に、後ろからズバッとやられたら意味がねぇ」
「……まぁ、そうだな」
「待て待て。忍である杠と画眉丸、そして佐切には仙薬奪取班になってもらいたい。現状私とこの三人が最も氣の扱いに長けている。ただし、私は目が見えない。薬品棚などから薬を見つける、というのは難しい」
「んじゃぁ俺一人でもいい。ナントカエモンはついて来なくてもいいぞ」
「そうするわけにはいかない、と言いたいところですが……殊現殿相手では、僕がいても邪魔なだけでしょう」
「おお!? ようやく話がわかるようになったじゃねぇか! なんだったらその殊現ってやつには俺がお前を殺した、なんて嘯いてやってもいい。そうすりゃより強くなるだろ、そいつも」
異存は──出なかった。
戦いたいのなら好きにすればいい。
悲しいかな、仙太の死を経ることのなかった佐切では、「皆で島を出たい」という意志がそこまで強くないのだ。
「確認するぞ。仙薬奪取班は画眉丸、佐切、杠、仙太。脱出経路確保班はヌルガイ、私、付知」
「ちょい待ち。隠密行動をするなら
「しかし、僕も仕事で……」
「親友のちびっこが厳鉄斎から離れるって言ってるんだから、あんたもそうしなさい。というかあんたがいると成功率下がるってーの」
「実際そうだ。ワシから見ても、おヌシは隠密行動には向かない。加えて水門があるというのなら、水門を開ける装置のようなものも探さねばなるまい。知を担当できる者が二人いた方が良い」
言葉に。
仙太は……「それでも」と言いかけた。
けれど、言えなかった。
「あぁ、まだ出発してなかったんだ。丁度いい、メイを連れていくよ」
望月が……望が降りてきたから。
「……望月」
「ん、どうした士遠」
「戦ってきたな」
視線の交錯。
「まぁね。殊現にこの島の現状を説いて、己の妻と、己の妻の親は見逃せないか、と問うたら……"たった三年で染まってしまったのか"、だってさ。その後、それでも己の妻を殺すと即答するものだから、頭に来ちゃって」
「殺したのですか……?」
「いやそんなことしないしない。蹴っ飛ばして帰ってきただけだよ」
「……嘘は吐いていないらしい」
望は、メイの隣に降り立ち……彼女を背負おうとする。
しかし。
「マ……待ッテ、望」
「うん?」
「私、画眉丸タチ、一緒行キタイ。……ダメ?」
仙薬奪取班。
そこに加わりたいと、そう言い出したのだ。
「己は構わないけれど、理由は聞いておこうか」
「……最後ニナルカモシレナイ、カラ」
「ふぅん。……だそうだけど、己とメイを連れていける余裕ある?」
「でしたら、杠さんが脱出経路確保班へ移るのはどうでしょうか。そうすれば仙太殿も共にいられますし……」
「そう、だな……。佐切の意見を採用しよう。杠、それで構わ──」
「勿論大丈夫! というかそうするべきでしょ! 絶対仙薬奪取班の方が危ないし!!」
望は画眉丸にも目を向ける。
「……ワシも構わん。どのような理由であれ、上等な氣の使い手、且つ仙薬の場所を感知できるメイがいた方が良いというのは事実だし、
「そうか。なら、一応ちゃんとした自己紹介だけしておこうかな、今更だけど」
本当に何を今更、という目を向ける全員の前で、望は左手を持ち上げる。
その指先に──五つの氣の弾を浮かべた。
「己の名は
「これ……もしかして、ワンちゃんと一緒にいた方が生存率高かった?」
「よろしく頼むよ人間諸君。妻に頼まれない限りは、己は公平に動くからね」
にっこりと、そう笑って。
*
音もなく蓬莱の外壁に飛び乗る。
「どうだ?」
「……
「見せかけた宮? あの多くの死骸の集まる宮は違うのか」
「こちらに己がいるとわかっている以上、ああも氣を見せびらかす理由があると思うのか、画眉丸」
「ふむ。道理に適っているな。……であれば、煉丹宮はどこにある」
望は……妻、メイを見る。
その瞳に映るのは。
「望……隠シ事、シナイデ」
「いいよ、メイ。……なら画眉丸。お前達は一気に水門まで行くといいよ」
「なに? 仙薬は」
「実はもうできているんだ、仙薬は。だから外丹法の研究も終わっている。煉丹宮に蓮はいないし、仙薬もない」
「……望月君。あなたは……なぜ、今の今までそれを」
「知っていることは公平に欠ける。そういうことだろう。そして、ワシらを仙薬のもとへ行かせる理由は、蘭とやらに会うためだな」
笑顔で頷く望。
知っている。画眉丸は……この笑顔の意味を知っている。
「おヌシの妻の言に従い、隠し事はしていない。だが言っていないこともあるな、
「おや。幼少期のたかだか三年程度の付き合いで、己のことをよく理解しているね」
「何を言っていない。答えろ」
「ありすぎてどれを言うか迷うね」
「望。……正直ナ事ヲ言ッテ欲シイ」
今ここでいがみ合ってもおかしくない──そんな雰囲気の中で、メイが言葉を紡ぐ。
「画眉丸、佐切。……蓮、勝テル?」
「無理だね。二人だけじゃ絶対に無理」
「……もし仮に今、私達が水門に向かっていたら」
「仙薬は奪取できないし、お前達は死ぬ」
「ならば囮にわざと引っかかるか?」
「そうすれば、少なくとも二人だけで蓮に会敵することはなくなるね。己と共にあの宮で待つ蘭を倒し、機を窺う」
「機?」
「仙薬を奪うのなら、だ。正直蓮は強いよ。加えて、己は蓮とは戦わない。蓮が己の妻に手を出さない限りはね。つまり」
一度バラバラにさせた全員を、もう一度水門に集めなければいけないと、そういうことだ。
それは……初めに言うべきこと。利敵行為。
否、それこそが。
「公平、ですか」
「そうだよ、佐切」
「……なら、話は決まりだ。おヌシの言葉に従う。予定通り煉丹宮
「蘭、水ノ氣。画眉丸、無理」
「いいや、画眉丸には大事な仕事がある。佐切、お前もだ」
「どうせおヌシの妻を守れとか言うのだろう。わかっている。その代わりにおヌシが蘭とかいうのと戦い、敵を減らす」
公平。公平。公平だ。
「蘭が話し合いで良いというのなら、己は戦わないけれどね。──絶対にそうは行かなくなるから、行こうか」
行く。
来た。
「……姉上、兄上。お久しぶりです」
「己はお前達に兄上と呼ばれる筋合いはないけれどね」
「そうですか? しかし木人や道士からは泰山府君と、そう呼ばれていますよ」
「お前達と違って成長しないからね、己は。そう呼ばれるのも仕方がない」
蘭。長袍を着た天仙の一人。
体操による不死を研究する者。
「兄上がいる以上、ここには誰一人として来ないと思っておりましたが……どういった心変わりで?」
「メイが別れの挨拶をしたいそうだよ」
「ソウ。……オ別レ、言イニ来タ」
「そうですか。しかし、別れる理由が見当たりません」
「仙薬完成、知ッテル。ダケド、
辟餌服生の斎。
それなる外法を、メイは許し得なかった。そもそもたくさんの人間を殺すようになった蓮が嫌で、あの方丈に住んでいたのだ。
であるならば、それ以上、など。
「前々から気になっていたのですが……姉上。外丹法に反対する割に、兄上……望には懐いているのはなぜなのですか?」
「……?」
「望こそ、外界から人間をこの神仙郷へ誘い込むよう提案した存在。七百年もの間に渡り倭国にて噂を流布し、幾百もの人間をこの島へ誘導してきました」
「名誉のために言っておくけれど、神仙郷へ誘い込むよう提案したのは蓮であって己ではないよ」
「これは失礼を。ですが、反対はしなかった。どころか質の良い丹の精製方法を蓮と宗師に教えた第一人者であると聞いております」
向けられる視線に……肩を竦める望。
否定は、無い。
「外丹法を推し進めてきたのは他ならぬ望です。だというのに、なぜ?」
「……望。ズット悪イ事シテキタ。知ッテル。……デモズット皆ヲ想ッテキタ。知ッテル。伝ワル」
「貴女を想っていたのは蓮も同じでしょう」
「違ウ。蓮、最初カラ、私ヲ……家族、思ッテナカッタ。ワカル。私ノ家族ハ、皆ダケ。……ソレモ、変ワッタ。……モウ私ヲ家族、思ッテクレル人、望ト木人シカイナイ」
「そんなことは」
「ワカル。伝ワル」
拒絶、だった。
それは……追放されることなく、ずっとずっと共にいたからこそわかること。
ただ望との約束のためだけに守られている劣等種。望と交わされた条件により、道士の交合相手にさえもできない不要な存在。
天仙。その全員から、その感情が伝わっていた。
メイがここに来た理由は、確認のためだ。
最後になるかもしれない。──望といるメイを見た皆の目が、どう変わっているかによっては。
そしてそれは。
「さて……話は終わりでいいかな、メイ、蘭」
「……ウン」
「仕方ありませんね」
「己はよく我慢した方だよ。己の妻に向けられるその視線。ずっとずっと気になっていたんだ。──劣等種と、メイが、己をそう呼んでいた。……誰か彼女にそれを告げたんだね」
周囲の氣が落ちていく。沈殿していく。
無機物の氣も、大気中の氣も。
「己は島を出る時、メイを傷つけないようにと蓮に言ったんだ。──外傷だけだと思ったのかな、蓮は」
「言葉は正確に、ですよ兄上」
「問答は疲れたよ。──初めから鬼尸解で来ないのならば、瞬きの間には殺すよ、蘭」
「それはそれは。ですが望兄上、私もこの七百年で──」
「殺したよ、蘭」
拳が。
蘭の纏っていた氣の鎧も、その肉体も貫いて、丹田に突き刺さっていた。
氣。属性は、土。
「……お、や……。望兄上の、氣は……金、で、は」
「ただの人間でもできるんだ。己でも氣の属性を変えることくらいワケはないよ」
バラバラと。
ボロボロと……崩れ落ちる、蘭。
「ああ……やはり……望、兄上の……氣は」
萎びれながら。
「生死……併重……」
彼は、そう呟いて──死した。
*
さて──。
「辟餌服生の斎とはなんだ、望」
「とても簡単に言うと、各種の氣を持つ人間を丹とし、一気に使って捧げものにする、という儀式だね」
地に描かれる星型の陣。
五行思想の陣だ。
「お前達にとっては残念ながら、生存者の氣がばらけすぎている。だから捧げものとして最上の価値がある」
「……だが、蓬莱の構造からして、ここも重要な儀式場だろう。本来であればワシか佐切が捧げものになっていたところだったのだろうが……おヌシが蘭を殺した。これにより、儀式はもうどうしようもなくなるのではないか?」
「その通り。だけど、さっき言ったように仙薬は完成しているんだ。ならこの儀式、何のためにやると思う?」
「望月君。あなたは今、捧げものと言いました。……誰に、ですか?」
問いは。
「鋭いね、佐切。そして答えは徐福宗師へ、だ。とはいえ己も今徐福宗師がどうなっているかわからないから、どうする気なのかは知らないんだけど……ともかく、本来は徐福宗師復活の捧げものにするために行う儀式……の、はずだった」
「回りくどい。最適解を最後に出すのはもうやめろ」
「せっかちだねぇ。……ま、つまるところ時間稼ぎだよ。蓮は天仙の全員を侵入者に当てて時間を稼ごうとしている。儀式が成功しようがしまいがどうだっていいんだ」
「蓮、という方にとって……天仙たちは家族なのではないのですか?」
「……」
「わかり切ったことを聞くな。家族であるとされ、同格の修行者、仙人であるとされた者達に指図できる者。それが天仙たちと同格であるはずがない。家族であるはずがない。捨て駒にできるのは、家族とは思っていないからだ」
「それは少し違う。蓮からしてみれば、天仙は何度でも生み出せる存在。だから今の天仙が死んだとしても問題ない。家族であるとは考えているけれど、お前達とは捉え方が違うんだ」
はっきりと言いきる望。
彼女……メイが隠し事をするな、と言ったから。
「どちらにせよ捨て駒にしていることは変わらん。……であるならば、おヌシの言う機とはなんだ? 早めに水門へ向かい、小手先の技でも蓮を足止めするべきではないのか?」
「そうしたいのならしてくれていいよ」
「……そうさせてもらおう」
「画眉丸?」
「機ならワシが窺う。どの道蓮とおヌシは戦わんのだろう。ならばここにいても無駄だ。加えて……メイ。おヌシの妻は、皆へ別れを告げたがっている。であるのならば、他の者のところへ行った方が良いのではないか?」
「お前らしくもないね、画眉丸。己の生存確率を下げるのか」
「たった三年でワシらしさを見極められても困る。それに、敵と戦わぬと宣言している者をそばに置くほど恐ろしいものはない。あるいは敵へと寝返りかねないのだから」
忍の会話だった。
画眉丸は──この男を、欠片も信用していない。
「いいよ。確かに、メイの願いを叶えるのなら、そうするべきだ。……だけど、そうだね。己は天仙と人間同士の争いには公平だけど、人間同士の争いには不公平だ。──シジャ率いる石隠れと浅ェ門たちがもうそろ蓬莱へ着くよ。充分に気を付けて」
「そうか。礼は言っておく」
「……あの、望月君」
「うん?」
「もう会うことができない……ということは、ありませんよね」
「蓮を止められたら、また会えるんじゃないかな」
既に立ち上がっていた望。
メイを背負おうとした彼に、画眉丸の厳しい目が刺さる。
「どういうことだ」
「何が?」
「話の筋が通らん。
「公平に行くよ、ここは。──だから、助言だけ。完璧な丹は完成した。けど、あれは不老不死の仙薬であって、死者蘇生の妙薬ではない。……それじゃあね、二人とも」
何かを言いかけていたメイを背負い、空を蹴って飛んでいく望。
彼を見送ることしかできなかった二人は……考える。
「どういうことでしょうか。……まさか、徐福宗師は」
「ああ。恐らく死んでおるのだろう。……捧げもの。辟餌服生の斎は徐福宗師への捧げもの。……であるのならば、これが失敗して良いと思うのはおかしい」
「……画眉丸」
「ワシも同じことに思い至ったかもしれん」
今生きているものの寿命を延ばすことと。
もう死んでしまったものを生き返らせること。
どちらが難しく──どちらが贄を要求されるのか。
「私達で儀式が失敗しても良いというのは、他に儀式場があるから。あるいは、これから作るから!」
「そして……江戸の人々を丹に変え、徐福宗師復活の贄とする……いや、江戸だけに収まる話ではないか……?」
「止められたら、と望月君は言いました。……止められなければ、恐らく……江戸は。いえ、大陸に至るまでの全てが丹や死者蘇生の薬とされるかもしれません」
「……機など待ってはいられなくなった。当然その範囲には石隠れの里も含まれる。……妻が丹となる姿など、考えたくもない」
「同行します。あなたを奥さんに会わせるために」
こうして。
氣の性質が変わってしまっているせいで、すこしだけ頭の回らなくなっていた望の助言により……「少ない助言と言葉の節々からすべてを推察できる二人」が行動を開始する。
もし彼の氣が元来の金であればこのような助言は残さなかったのだろうけれど、蘭を倒すために土となっていた彼では……想像だにしない出来事だったと言えるだろう。
何かが、少しずつ。
変わっていく──。
*
──房中宮。
房中術によって不老不死を目指すその宮に、四人がいた。
山田浅ェ門桐馬……改め、亜左桐馬。
そして最高品質の氣であり丹、亜左弔兵衛。
二人に相対するように立っているのは天仙の菊花と桃花だ。
「再度確認する。……望は、来るんだな」
「何度確認する気だてめー。つぅか、俺の知ったことじゃねぇよ。あの顔を見せやがらねえ桂花とかいうのが教えてきたんだ」
「……」
それは数刻前の話。辟餌服生の斎を行うに当たって、金の氣を持つ者が少ない、という話題が天仙と亜左兄弟の間で出た時のこと。
この島に上陸した面子の中で、金の氣を持つと思われる者は、山田浅ェ門付知と亜左弔兵衛の二人だけ。そして亜左弔兵衛は天仙の
かといって山田浅ェ門付知が房中宮へ来るかどうかは、誘導可能かどうかは未知。何せ彼は生粋の戦闘者ではなく、周囲に多くの強者が待ち構えているからだ。
そこで出た話が──望に関することだった。
「奴の氣は金。それは蓮含め全員が確認している。……ただ、奴は易に長ける。誘導は不可能だ」
「でも桂花が言ったなら、来るんじゃないの~?」
「来なければ辟餌服生の斎は行えない。あるいはその付知とかいうのを見つけ出して無理矢理引っ張ってくるしかない」
望。天仙の内の一人に数えられてはいるが、天仙からしても得体の知れない存在であると亜左兄弟は聞いていた。
陽の氣しか持たぬ劣等種でありながら、蓮や徐福宗師に一目置かれていた者。彼の言葉により、不要であるはずのメイという……同じく劣等種である天仙が生かされていることや、そもそもこの神仙郷に強者を流すことが彼の発案であることなど、不思議の種は尽きない。
極めつけに。
「俺がここへきて、蓮にとって最も欲しかった研究材料になる、ってぇことを知っていた、ってのが気に食わねえ。易ってのはそんなにはっきりと見えるものなのか?」
「いや……名前がわかっていれば、現在の同行を探るくらいはできる。だが……」
「その望ってのがソレを予言したのは七百年前なんだろ。……どうなってんだ、そりゃ」
そう、既に亜左兄弟へはその事実が伝えられていた。
望が呼んだのだと。この未来は、一人の易者が招いた事態だと。その、まるで……何もかもが彼の掌の上であるような話は、亜左兄弟にとって快くない話で。
悲しいかな……天仙にとっても、快くない話だったのだ。
であれば。
この無駄を。千年もの間交合し続けるという無駄を、なぜ強いられたのか。
「
「殺すなよ。そして死ぬな」
「ハッ、誰に言ってやが誰に──」
影が落ちる。
「兄さんッ!」
ソレは。
そいつは……月を背にして、現れた。
コツ、と房中宮に響く足音。
「……おや、随分と仲が良さそうだ。己の知らぬ間に、人間と交わることを覚えたのかな、菊花」
「気持ちの悪いこと言ってんじゃねぇ」
「あ、メイだー! ようやく望に会えたんだねえ、良かったねー」
「……ウン」
空気が凍る。何か重い物が房中宮に圧し掛かったかのように……柱という柱がミシミシと音を立て始める。
「そうか。……意外だったな。──お前か、桃花」
「えー? 何がー?」
「メイに対して、劣等種、などという言葉を使ったのは……お前だね」
殺気だった。普段からのらりくらりとしている彼から発される殺気は、何か黒い靄のようにさえ感じられる密度を持つ。
「オウ、てめーの相手は俺だ。無視するんじゃねえよ」
「己はお前に興味は無いよ、亜左弔兵衛」
「俺があんだよ」
もし──互いに金ならば。
氣を気にすることなく殺し合いができる。それは、この島に来てから弔兵衛が面倒に思っていたことの一つでもあった。
不利有利など気にせずに殺し合えるのであれば、そんなに気楽なことはない、と。無論それを考慮した戦術を組み立てることも楽しいものだが──。
「お前は金だったね。──それじゃァ、やろうか、己と」
反応するのは天仙の二人。そして天仙になりかけている弔兵衛も感じ取った。
そんな「もし」など、どこにも無いのだということを。
「己は望。倭国では……そうだな、石隠れの抜け忍、
「生憎と無ぇなァ!」
「ふむ。それならば山田浅ェ門望月はどうかな、山田浅ェ門桐馬」
「僕はひと月の潜伏なので、なんとも」
「おや。……倭国ではそれなりに名を馳せたというのに、己を知る者が一人もいない場に来てしまうとは。……メイ、少し離れて、己の防御に徹しなさい。──今よりの己は、苛烈となるからね」
氣が……燃えるように揺らめく。
紛れもない。この氣は金などではなく──。
「気を付けろ、人間!」
「蓮はもうお前を研究し尽くしただろうから、殺しても構わないだろう。──さようなら、賊王、不破長兵衛」
「
激突する──。