堕天獄   作:温浴アルファマイン

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第五話「転換と再誕」

 ここが地獄楽の世界だとわかってから、己は自衛手段を生み出した。

 氣による戦闘技術は勿論のこと、刀剣類による戦闘や、その他暗器の扱い。無論暗器に関しては石隠れの里での学びの方が多かったけれど、我流も多少は混じっている。

 そして何より──オリジナリティにこだわった己は、原作では使い手のいなかった武器に手を出した。

 

 即ち。

 

「舐めてやがんのか!? この近距離で()だと!?」

「時代錯誤であることは許して欲しいかな。なんせ己がこの戦術を編み出したのは一千年は前のことだ」

 

 弓。といっても和弓ではなくボウガンやクロスボウに近いもの、石弓だ。

 もちろん和弓も使えるけれど、亜左弔兵衛の言う通りこの近距離で使うものではないから今は封印。

 氣を火に変更した今、頑固者であり戦好きになってしまっている、ということは脳裏メモに書いておきつつ……戦いを楽しむ。

 

 装填は不要。構えも不要。

 石弓でありながら、使い方は自動小銃だ。

 

 なんせ。

 

「氣を矢に……!」

 

 飛び行くは不可視の矢。といっても亜左弔兵衛には見えているだろうから、不可視であることはあまりアドバンテージにはならないだろう。

 ただし、その連射力は並大抵の遠当を大きく超える。牡丹や朱槿の連弾の速さに慣れてしまっていたのなら、これを避けることはできない。

 

 ……しかし、やはり素晴らしい。適者生存。あらゆる状況において適応していく亜左弔兵衛は、最初こそその身に氣の矢を受けていたにもかかわらず、次第に対応してきた。

 

「どうしたァ! こんなもんかよ!」

「まさか。──忍法花針・獄炎拵え」

「ッ!?」

 

 打ち出す氣を散弾に変える。

 断続的な点ではなく面による攻撃は、適応する前の弔兵衛の身体を的確に捉え──燃やす。

 

「ガ……!」

 

 また、方術己の位・夜詣で一時的に氣を希薄にし、空気中の氣を蹴って天井付近にまで昇る。

 して──石弓を、()()の方へ向けた。

 

「仙術錫刺・氣礫・火法師拵え」

 

 雨のように降らせるは、火の氣の棘。

 避けるとかそういう次元に無い密度の雨に、亜左弔兵衛は。

 

「避ける必要も、痛がる必要も、ねェだろ──!!」

 

 その一切を気にせずに突撃してきた。

 流石だ。流石だよ、最高品質。

 だけど。

 

「お前はそうでも、お前の弟は違うだろう?」

「──桐馬!?」

 

 顔面を蹴り飛ばす。ちゃんと、弟君の方へ。

 果たして彼は。

 

「桐馬!!」

「……兄さ、ん」

 

 民谷厳鉄斎の指導があったとは思えない。多分合流していないだろうし。

 だから、来た時のままの強さだった彼に……今のは酷だったかな。

 

「相生のはずの氣で……ここまでやれんのか」

「オイ、桐馬! 桐馬!」

 

 叫んだところで意味はない。

 ──その身には傷一つついていない。だけど、己の氣が体内を……いや、脳髄や骨の全てに降り注いだのだ。

 そのダメージは推して知るべし、かね。

 

 ただ菊花の言う通り、今の己の氣と山田浅ェ門桐馬の氣は相生の関係にある。己の氣は彼の氣を高める関係にあるのだ。

 だから、このままショックで心臓が止まる、というようなことが無ければ……生きられるかもしれない。

 

 ……それまで無傷で要られたら、の話だ。

 

「ねー、大丈夫ー?」

 

 ぴと、と。

 まるで心配するかのように……桐馬へと触れるは、桃花。

 そんな彼女を亜左弔兵衛は斬り上げる。斬り上げようとする。……その剣は菊花によって止められたが。

 

「てめーら……ハナから、俺達を!!」

「お前達人間の姑息さと同じにするな。桃花はその人間を心配してやっただけだ。俺は桃花に向かう危害を全て止めるだけ」

「そーだよ、折角心配してあげたのに、ひっどーい!」

 

 少し触れられただけ。

 ああ、けれど、それでも。

 

 ──山田浅ェ門桐馬。否、亜左桐馬の鼓動は、小さくなった。

 当然だ。桃花の氣は木の属性。土の氣を持つ桐馬とは相克の関係にあり、触れられるだけでその氣は弱まる。

 

 死にかけているところに触れられたのなら、当然。

 

「桐馬! おい! 返事をしろ!!」

「ご……め。……に、い……さ……」

 

 鼓動が──消えた。

 あるいは菊花が触れてやれば、まだどうにかなったかもしれないけれど。

 潔癖症の菊花がそんなことをしてやるはずもなく。

 

 亜左桐馬は、ここで命を落とすこととなる。

 

 そしてそれは、()()の合図でもあった。

 

「──!!」

 

 声にならない悲痛なソレ。

 逡巡は一瞬。氣を金に切り替えて、メイを抱く。抱いて空へと上がる。

 

「ッ……逃がすかよ!」

「えー、私にあれだけの殺気をぶつけておいて、逃げるのー?」

「お前達はそういうくだらないことより、己の心配をするべきだね。──鬼尸解するよ、彼」

「!?」

 

 原作でもほとんど人を捨てていた彼だけど、弟の死で暴走……というより、完全にブチ切れたらしい。

 基本桂花は鬼尸解なんてしないから、金の氣を持つ仙人の鬼尸解は見ておきたい気持ちもあるけれど……ま、焚きつけたのは桃花だ。

 菊花と桃花が勝つにせよ亜左弔兵衛が勝つにせよ、己は別の用事を終わらせてこよう。蘭が死んだ時点で辟餌服生の斎は発動しないのだし、仙人になりたての状態で鬼尸解した亜左弔兵衛とて長くは保たないだろうし。

 後で見に来る、で充分。

 

「……望」

「さっきの己は、怖かったかな」

「ちょっと……だけ」

「だろうね。火の己を見るのは初めてだっただろうし」

 

 ずっと金で接していた。水のメイとは相生の関係にあったから、相性も良かったんだ。

 だけど蘭の時は土、今は火と、メイにとってあまり相性の良くない氣に変化し過ぎた。これは己がわからなくなるのも無理はない。

 

「一応、答え合わせはしておきたい。……メイ、君に劣等種などという暴言を吐いたのは……桃花で合っているかな」

「……。……桃花と、牡丹と、朱槿。言われたのは……その三人。でも、菊花はむしろ……」

「そうか」

 

 なら牡丹退治、参加するべきだったな。……私怨にまで公平を持ち出す気はないよ、己はね。

 そして菊花。そうか、やっぱり君は、ずっとずっと優しい子だったのか。

 

 いや。

 わかっているさ。……皆が……天仙が、ストレスでおかしくなっていったことくらい。

 

「あー、やっぱり金が己には一番合っているなぁ。思考がすっきりするし、何よりメイとくっついていても違和感がない」

「金の望、好き」

「火と土の己は?」

「……あんまり」

 

 素直だねえ。

 

 さて、向かうは桂花のもと……ではなく、己の易所である。

 裏切ったと目されている今、まだ残っているかどうかは怪しいけれど、行くだけ行ってみようということで。

 

 ……あれ。

 

「あれ。……中に、桂花がいる?」

「そうみたいだ。……煉丹宮にいなくていいのかな」

 

 まぁなんでもいいか。

 降り立つ。降り立って戸を開ければ……やっぱり普通に桂花がいた。

 

「……望。それに、メイも」

「やぁ、久しぶりだね桂花。己の書庫の本はもう読み尽くしたものだとばかり」

「確かに読み尽くした。だけど……初めの頃に読んだ本を、読み直して……あることに、気付いた」

 

 言葉を待つ。何を言いたいかくらい、わかるから。

 

「……ここにある書物は、ほとんどが……倭国のものを、書き写したもの。だけど……望が大陸から持ってきた……そして、望自身が書いた書物は、類似するものが、無い」

「そうだね」

「望の書いた本は……明らかに視点が、違う。……知っている場所に、辿り着くための……地図」

 

 そこまでだと及第点。

 けれどそこまでじゃないだろう、桂花。己の研究を読み続けた者。

 

「望……()()()()()()()()?」

「え……」

 

 口角が上がる。

 素晴らしい。江戸末期の知識までしか書いた覚えは無いけれど、そうだね。

 その測量の仕方や、発見の仕方は……確かに現代的だったかもしれない。

 

「今から数えるのなら、凡そ二百年後。ただし己が生まれたのは千二百年程前だね」

「……全て、知っていた。蓮の悲願も、今この島が、こうなることも」

「そんなことはない。歴史というのはそこまで詳しく記されているものではないし、己に殺意や害意を抱く者がいたことで変わってしまったこともある。全て知っていたわけではないよ」

「蓮がこれからしようとしていることは」

「無論、知っている。……だから、そうだな。ここまで質問されっぱなしだったし、こちらからも一つ聞こうか、桂花」

「なに」

 

 初めての鬼尸解。それも恐らくは全力で行うそれは、保って十五分もないだろう。

 だから単刀直入に用件を済ませる。桂花がいなければ、自分で易を行っていたのだけどね。

 

「徐福宗師……実はまだ生きているだろう?」

「……」

 

 原作において、徐福宗師が姿を見せなくなったことで蓮は豹変していった。

 けれど……どうにも、今の蓮には余裕があるような気がする。己が原作よりも早い段階から人間を送り込んでいたというのもあるだろうし、無駄な氣の消費は止めておきなよ、という……簡易アドバイスも送ったし。

 

「……生きている、と。……表現すべきかは……わからない」

「見たのだね」

「視た。蓮も徐福宗師も……樹化そのものは、進行……している」

「それでも死していない」

「……多分」

 

 ならば辟餌服生の斎なんてどうでもいいだろうし、己がこうして公平に徹しているというのにメイを傷つけに来ない理由も理解できる。

 わからないことは、なぜあの時己を排斥しなかったのか、と……なぜまだ、出航していないのか、だけど。

 

「望は、わかっていた、はず。修行に、意味はない。……求道にすら、意味は、無い。メイを、蓬莱で守らせて……僕たちが、消耗していくのを……メイに、見せて」

 

 顔を上げる桂花。

 常時雌雄同体でいるこの天仙の、黒白反転した瞳が……己を捉える。

 

「どうして、もっと早くに、教えてくれなかった。……天仙が、天仙の全員が、思っている。……僕も、菊花も、桃花も、朱槿も、蘭も、牡丹も、そして……蓮も」

 

 真っ黒な目で言うのだ。

 

「羨ましい。ただ、ただ……。そして……()()()()

 

 立ち上がる桂花。

 もう用は無い、と言いたげだ。

 

「己がここへ来ることもわかっていたのだろう? 妬ましいと思っているのなら、何か策を用意していたはずだ」

「……」

「己はね、それが楽しみで、この三年間一度も易を行わなかった。辟餌服生の斎など足止めに過ぎない。桃花たちがメイへと暴言を吐いたことですら、己が氣を変えることができるかどうかの実験、その前準備でしかない。何かあるのだろう。己という異邦人を、この余裕ぶった最悪の顔を……雲らせる何かが」

 

 答えは。

 

「あるよ。──特大のが」

 

 そう言って……去っていく桂花。

 いいね。とても良い。

 

「望……」

「ん、大丈夫だよメイ。何が待ち受けていても、メイだけは守るから。……酷い事を言うけれど、もしそれが……君が己を裏切る、というようなことであってもね」

「無い! それは、絶対!」

「ありがとう。……さて、そろそろ桃花たちの所へ戻ろうか。決着もついている頃だろうし」

「……朱槿は、見ていかない?」

「桃花たちの後でいいかな。あそこは、どちらが勝ってもあまり変わらないから」

 

 気にするべきは追加上陸組だけど……殊現はとりあえず蹴っ飛ばした。運が悪ければ海中の門神に殺されているだろう。アレがそうそうに殺されるとは思えないけど。

 石隠れの忍は大半を殺したから原作のような混乱は引き起こせないだろうけど、シジャがいる以上どうとでもなりそうなのが怖い。そんなところかな。

 

「行こうか、メイ」

「……何も持っていかなくて、いいの?」

「ここにあるものは全て己が作り得るもの。替えの利かないものは七百年も置き去りにしないよ。……あ、メイのことじゃないからね」

「わかってる。けど……ここは、望の部屋」

「別に一生戻ってこないかどうかは定かじゃないんだ。二百年後とかに再度訪れて、まだ残っていたら面白がろう」

 

 それこそ現代になっても神仙郷が残っていたら……楽しいことになるだろうから。

 

 飛ぶ。氣を蹴って、空に。

 メイを抱えて……。

 

 飛来する苦無を全て、持ち主の頭蓋へと蹴り返す。

 

「……邪魔をするなよ、石隠れ。己は今楽しいんだ。もう少し待っていてくれ」

 

 言葉を吐き残して。

 

 

 *

 

 

 予想通り、戦いは終わっていた。

 

 ……亜左弔兵衛の死、という結末で。

 

「戻ってきやがったのか」

「なにー? また私を殺しにきたのー?」

「いやぁ、金の氣を持つ成りかけ仙人の鬼尸解がどれほどのものか、と思ったのだけど、火の氣を持つ菊花がいる以上、どうにもならない話でもあったね」

「……随分とすり減らされたがな」

「それは重畳……っと、間違えた。菊花はメイに暴言を吐いたわけではなかったね。今のは忘れてほしい」

 

 さて──ここで一つ、お話がある。

 己は確かに易を行っていない。けれど、何が己対策になるのか、くらいはわかっている。わかってしまっている。

 ここが地獄楽の世界だと気付いた時点で、幾億に及ぶシミュレーションをしてしまったから。

 

 だから。

 

「桃花」

「なになに?」

「メイにごめんなさい、できるかな」

「……は?」

「己に菊花を殺す気は無い。そもそも天仙は己にとって、友人の子供のような存在だ。わざわざ殺す理由があまり見当たらない。その中で唯一の逆鱗がメイの存在だった。──だから、それを利用しようと思ったのだろう?」

 

 つまり。

 

「天仙の全員を己に殺させること。それによって発動する……己のみで行う盤古。それが己への対策だ」

「……」

「たとえばこれ。蘭の腹を貫いた時、己の中に入ってきた血液と氣だ。こうやって天仙全員の血液と氣を己の中に放り込んで、己を乱す。……蓮の立てた計画はこんなところかな」

「なにそれ。望に殺されるためだけに私達はここに配置されたってこと?」

「……だとしたら……敵は、蓮もだ」

「うん? ……ああそうか、そんなことを菊花が了承するはずないものな。知らされていないのか」

 

 それは少し話が変わってくるな。

 蓮のことだから……あとで全員生み直せばいいと思っている可能性はある。うーん、となると。

 

「となると、桃花がメイに暴言を吐いたのは、本心からなのかな」

「さっきから黙って聞いてりゃ、暴言も何もねぇ。事実だろ。陰陽の切り替えのできねぇメイも、導士も、木人も、人間も。……等しく劣等種だ」

「ああうん、その理論ならば己は何も言わないよ。桃花がその理論でメイに劣等種という言葉を吐いたのならね。では本人に聞いてみようか。お前は、どういうつもりでメイに今の言葉を吐いたのかな」

「えー、そんなの決まってるじゃーん! ──……修行もしていないクセに、宗師からも蓮からも手厚く保護される()()()が気に入らなくて吐いた言葉だよ」

 

 目を見開くは……菊花。

 そうだね。君はずっとまともだった。桃花も最初はまともだった。

 おかしくならざるを得なかったことは知っているし、それを早めたのが己だということも理解している。

 

「ごめんなさいは、できそうにないかな」

「できないねー。私、メイのこと一番嫌いだし!」

「桃花……」

「うん? どうしたの、菊花。私……間違ってないよね? だってだって、天仙のみんながずっとずっと苦労して修行し続けてたのに、その子だけそれを免除されて、おかしいって思ったでしょ? みんなみんな……この修行に意味がないことなんかわかっていて、みんな、その顔が、笑顔が、どんどん壊れていったのに……その子だけずっと希望を抱いている。望が帰ってくることを知っているから」

 

 そんなの、ズルじゃん。

 

 桃花はそう締めくくる。

 ああ、そうか。……己のせいか。

 

「……菊花。桃花が大事かな」

「っ、当たり前だ!」

「なら、最後まで彼女を守り続けるといい。これから格の違う人間がここへやってくる。──己はそちらを対処しに行くよ」

「なにそれ。私達はもうどうでもいいってこと?」

「うん。有り体に言えばそうだね。メイを傷つけた原因が己にあることを知った今、お前達に興味はない」

 

 はぁ。良かれと思ってやったことが裏目に出るとは、まさにこのことだ。

 七百年間の易をほとんどしなかったのはミスだった。

 

「脱出するといい。蓮が失敗するにせよ成功するにせよ、お前達は神仙郷以外の場所でもやっていける。密かに人を集め、丹を生成し、生き永らえるといい。満足行くまで、心満ちるまで」

「そんなの──」

「桃花」

 

 お。……菊花が彼女を制するなんて。

 機を見たのかな、彼は。

 

「己の易所に、舩の作り方くらいはある。そうでなくとも桂花が製法を知っているだろう。まぁ舩など無くともお前達ならば倭国まで泳いでいけそうだし、なんなら地中に潜っていればそれで充分な気もするけれど……その後は知らない。ただまぁ、昔の幸福が懐かしいのなら、蓮を手伝ってあげてほしいかな」

「……あいつが変わったから、全部がおかしくなったんだ」

「何事にも理由はあるよ。……さ、メイ。行こうか」

「ウ……ウン。……桃花、菊花」

 

 氣を弓の形に形成し、矢を番える。

 狙うは──蓬莱の外。

 

「マタ、会エル……嬉シイ。デモ、マタ、仲良ク……シタイ。……ソレダケ」

 

 放つ。そしてメイを抱いて、空へ。

 

「待──待ってよ!」

「うん?」

「知ってたんでしょ、全部! この千年が虚無だってこと! 全部、全部!!」

「無論だよ。己は全てを知っていた」

「ならなんで──」

 

 叫び。

 

「幸せの()()()を、蓮に、私達に、教えてくれなかったの!?」

 

 ……。

 ……それは。

 

「己にとって、蓮と徐福宗師は、友だからね。できることなら、永久(とこしえ)を共にと願うのは……そんなにもおかしなことかな」

 

 亜左弔兵衛でなければ、仙薬は完成しなかった。

 それまでに天仙全員が生き残らねば、蓮が諦めてしまっていたかもしれない。

 

 メイだけなら共に在れる。在り続けられる。

 だけど……己はただの天気予報の占師なので。

 

「もう教わる年齢ではないんだ。自分で見つけなよ」

 

 さぁて。

 

 

*

 

 

 降り立つ。

 馬笛によって駆り出された竈神。それら軍勢の前に……一人。

 メイは一度木人へ預けてきた。

 

「……殊現!! 止まれ、望月だ!!」

「わかっている!!」

 

 やっぱり生きていた。

 しかもほとんどノーダメージか。とんだ化け物だね、本当に。

 

「試一刀流……(ひと)輪月(わのつき)

 

 斬る。竈神を。

 ──全て。

 

 ここは方丈の橋。己の作った街は隠してあるけれど、忍が入ってきたら木人もメイも見つかってしまう。

 だからここで仕留めよう。

 

 己の公平は天仙に傾いた。

 妬ましい。羨ましい。どうして、どうして。

 

 ああ──その通りだ。

 それにメイも、また会いたいと言っていたからね。

 

「く……殊現、悪しだ! ここで戦っても──」

「黙っていてくれ、十禾殿! 俺は、俺は……望月くんが許せないんだ!!」

「許せなかったらなんだ、殊現」

「三年前! 君がここへ向かったと聞いた時、山田浅ェ門の全員が君を心配していた! そして三年を経ても返って来なかった時……誰もが期待したんだ。君なら実は生きているんじゃないかって。山田家の皆を助けてくれているんじゃないか、って」

「そうか」

 

 こっそり抜けようとした十禾に氣を放つ。

 

「時に殊現。今でも考えは変わらないか」

「今は俺の話を聞いてくれ! 君は確かに一人でいようとする気質があったけれど、それでもみんな君の腕は認めていた。裏許しが出たのだって遅いくらいだと思っていた。……みんな家族だったんだ。みんな君のことを、ずっとずっと想って」

「だから問うている。己は家族を守るためにここにいる。妻とその父。そして、友人とその夫、その子供達。ここ神仙郷を支配するは己の友人家族だ」

「君は、山田浅ェ門望月だろう!?」

「己は大陸の方士望だよ、山田浅ェ門殊現」

 

 決裂だ。それでもまだわからないというのなら──。

 

「……悲しい。けれど……山田家の皆を殺した奴らを、友人家族などと呼ぶのなら……君も」

「決意が遅い。覚悟が遅い。さぁ、お前が己と過ごした時間を思い出せ。己を刃に映せ。──これもまた、楽しみにしていたんだ」

 

 剣を腰に佩き直し……氣の弓を構える。番える。

 

「山田浅ェ門望月と戦う。そのためにお前の前では"山田浅ェ門望月"で居続けたのだから!」

 

 殊現の氣は水だけど、彼は憑依にも似た理解力で共に過ごした者の気質をも取り込む天才。

 だからこそ"山田浅ェ門望月"はマイペースで不器用な子供で在り続けた。仮に殊現が"山田浅ェ門望月"と成ることができても、水の氣でいさせ続けるために。

 

 今の己は土の氣。相性は有利だけど、あちらの方が氣を切り替える速度に長ける。

 "山田浅ェ門望月"を使わなくなった時を見極める必要があるだろう。

 

「弓……!? 時代錯誤な……!」

「てつはうは、どうにも性に合わなくてな」

 

 なおこの弓は石弓ではなく和弓だ。

 周囲に見えているのは、見えるようにしているから。

 

「仙術錫刺(すずさし)・忍法蜜牢(みつろう)急拵え(簡易バージョン)

 

 瀛州にいる毒虫の毒を氣に取り込んで、杠の粘糸のように吐き出すアレンジ。

 当たったら当然毒に侵され、回避しても飛沫を避けなければ毒。何よりも狙いは──笛の音でここまで彼らを運んできてしまった馬にある。

 

 死ぬと良い。役に立たぬのならば。

 

「チッ、足が狙いかよ!」

「他者を見ている余裕があるのか、望月くん」

 

 踏み込まれた。懐に入られている。

 ……驚いた。これは、見せたことないぞ。だって我流剣術の方だ。

 山田浅ェ門望月の技じゃない。山田家に入る時に見せた剣術……刺突術だ。

 

「我流剣術──秋雀!」

「とはいえ回避不能な技じゃなかったりするんだな、これが!」

 

 蹴る。小手を。

 秋雀は一点に対して篠突く雨ばりの速度で刺突を続ける防御貫通技。

 どれほど硬い鎧を着ていようと、心臓を一突きにすることができる。疲れるけど。

 ただしこれが通用するのは相手が防御している場合に限る。初めから防御する気のない相手に使う技じゃない。

 

 ……そんなこと、殊現にだってわかっているはずだけどな。

 彼は天才なんだし。

 

「我流剣術──夜烏!!」

「それは声に出すべきじゃない技だ。奇襲用の技なのだから」

「……!」

 

 外したと見せかけて、腕を引き戻す勢いで敵を背後から斬りつける技。

 秋雀も夜烏も、正直言って山田浅ェ門には適さない剣術だ。基本的にズルいからね、己の我流剣術は。

 

「十禾。お前が余計なことを言ったのか?」

「いやぁ? 俺は何にも言ってないよ。ただ……何が言いたいかは、わかるけどな」

「己にはわからない。教えてくれないかな」

「簡単だ!」

 

 連撃、連撃、連撃。

 己の我流剣術、その猛攻。

 

「望月くん……君は侍の心さえ忘れている! けれど、思い出すんだ! 君の剣はこれほどまでに美しく、洗練されたものであると!! その身を以て、君の剣を!!」

「……ああ」

 

 だから切り替えもせずにずっと"山田浅ェ門望月"で在り続けたのか。

 いやはや、頭が下がるね、本当に。

 

「ならここで一つ、面白い話をしよう。殊現、戦いながら話はできるよな」

「勿論だ! 君を……悪に染まってしまった君をこちらに引き戻すためなら、俺はなんだってするさ!」

「お前の親の話だよ。盗賊に殺されたお前の親の話」

「……俺を激昂させたいなら、無理だぞ! そのことはもう──」

 

 弓と蹴りで刺突術を捌きながら、指を差す。

 我関せずの様子でこちらを眺めていた男を。

 

 山田浅ェ門十禾を。

 

「あいつだよ、お前の両親を殺したのは」

「──」

「──……え、何言って」

「殊現が七歳の時。そして十禾が十五歳の時。殊現、お前の家は一代で築かれた大店だった。ただ……伝手も何も無い大店一家に警備があるはずもなく。そして、幼きより騙し、奪い、盗みによって生きてきた十禾にとって、その店はあまりにも強盗しやすい家だったらしい。ま、警備がいたところで十禾には関係なかっただろうが」

 

 悪を許さぬというのなら。

 なぁ。

 

「十禾は幼きより罪を重ね続けた極悪人。士遠はその出自を偽って山田家入りした極悪人。桐馬はそもそも亜左弔兵衛を逃がすために潜伏した極悪人。期聖はこの島について早々担当死罪人の手縄を斬って自由にさせた極悪人。典坐は十二の頃まで荒くれもので喧嘩ばかりの極悪人。仙太は御様御用も山田家も嫌いな極悪人。……まだまだあるが、さてどうする、殊現」

「……」

「共に過ごした時が正しきであれば、過去の悪しきには目を瞑るか? 素晴らしいな、正道の男。己には到底真似できないよ」

 

 沈黙。

 それを引き裂いたのは──十禾、だった。

 

 彼が、殊現を斬りつけたのである。

 

「っ、十禾殿……!?」

「いやぁ、思い出した思い出した。そういえばそんなガキがいたっけなぁ、って。……どうせ山田家当主になるには、佐切も士遠も殊現も邪魔になるんだ。そう考えりゃ、望月を相手にするよりかは良しだろう」

「罪を……認めるのか!?」

「認める認める。そんで、今望月が言ったことは大体ほんとだよ。仙太が極悪人かどうかは知らないけどね」

 

 まぁそうだね。

 そこは己も認めよう。今の己は土だから、多少意地悪になっているだけだ。

 

「それに……唯一の良しを見た」

「それはなんだ、十禾」

「望月もこの島の何もかもを見逃して、幕府には偽の仙薬を真と偽って渡す。この島で起きたことは適当に捏造して、死罪人もお前の友人家族のことも、勿論お前さんのこともなーんにも言わない。そして──言う可能性のある奴は、全員この島で殺す」

 

 殊現の氣が土に変わる。

 これは、十禾の剣だな。

 

「……! 度々言っていた……物の原理とやら! 理屈はよくわからないが、何を斬っているのかはわかっていた!」

「へぇ。けど、俺には一定以上近付かなかっただろう、お前さん」

「ああ、どうにも気が合わなかったから……それはどうやら、俺にとって最大の極悪人だったかららしい……!」

 

 もう少し"山田浅ェ門望月"と戦いたかった気持ちはあるけれど、まぁ、焚きつけたのは己だし。

 後ろの裏許しは……戦意喪失しているな。石隠れは……あれ。

 

 ……シジャだけがいない。……メイと木人を回収するか。

 後方から突っ走ってきている猪みたいなのは民谷厳鉄斎だろうし、この場は本当にここで足止めできそうだ。

 

 試一刀流三位、十禾。

 試一刀流二位、殊現。

 

 どちらが勝つか、など──。

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