堕天獄   作:温浴アルファマイン

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第六話「再誕と未来」

 戦場は混沌と……して、いなかった。

 その理由の一つに、画眉丸、佐切、そして脱出経路確保組として来ていた杠、付知、仙太が合流した、ということが挙げられる。

 正確ではない。その合流した五人が……蓮に出会った、ということにある。

 

「おヌシが、天仙の大将か」

「ああ、まぁ、そうなるな」

「なぜ出航を遅らせていた? (のぞみ)の言う機とやらを待っていたのか?」

「機? ……彼がそんなことを言っていたのか。……はぁ、隠し事をし過ぎだろう、あいつ……」

 

 そして未だ戦闘になっていない、ということも。

 

「辟餌服生の斎とやらを行うのなら、無理だぞ」

「ん? ……ああ、それは失敗する前提の儀だ。望もそれはわかっていただろうし、何より……望は、メイを傷つけてしまった私を許さないだろうから」

「では尚更に何を待ってここにいる。江戸で丹を作るため、一刻も早くここを発ちたいものだとばかり思っていたが」

「それも勿論考えた。いや、当初はその予定だった。……ただ倭国を丹にするくらいなら、大陸に戻って大陸でやる。当然大陸の方が広いし、人口も多いからな」

「……道理ですね。列島とはいえ、わが国は大陸よりも小さい。加えて大陸には我々とは比べ物にならない程の武者がいるとも聞きます」

「ああ。それに……仮に、だ。人間を全て使って仙薬を作り、私達だけが生きる世界を作ったとして……その先に待ち受けるのは、なんだ」

 

 その先。

 人間を絶滅させた先。

 

「この島の人間が仙薬の材料として適さなかった理由は、感情の揺らぎが少ないからだと望は言っていた。実際最高品質の氣を持つ者は激しい感情のうねりを持つ者で……つまり、倭国や大陸で自由を謳歌する者である方が質も良くなる」

「自分たちが材料であると考えるとあまり快い話ではありませんが、まぁ、理屈はそうでしょうね。正直言って死罪人などごまんと居ますし、それを江戸の法以外へと目を向けたのなら、無数でしょう」

「ああ。……だが、人間を全て仙薬にしてしまったら……私達は人間を育てなければいけなくなる。その経験が無いままに、そして不老不死であるままに、何千、何万年と、どうしたらお前達のようなものが生まれるのか、などと悩みながら。……そしてその答えは出ないのだろう。私達が飼育している時点で、その道は鎖されるのだから」

 

 望の知る蓮との違い。その最大の差は、ここだった。

 易者であった彼との話し合いや、彼の残していった本を読んで……蓮は可能性を知った。

 

 仮に世界中を神仙郷にしたとして、そこに発展性などない、と。

 であれば。

 

「有限である人間を材料にするより、無限であり、自在に氣を切り替えることのできる者を材料とした方がいい。……そうだろう?」

「まさか……望月くんを」

「とはいえ、だ。望は私達の部下であり、友。同志でもある。そもそも望を罠に嵌めるなど、一生かかってもできそうにない。……と、同時。彼は天仙の一人であるメイを妻に迎え入れている。……さて、あとは簡単だろう」

 

 言葉にするのは憚られた。

 しかし、非情である者は簡単に理解できた。

 

「赤子か」

「子供、ですか」

「成程ねー。不老不死の夫婦から生まれる子供なら、いくら使っても問題ない。しかも普通の人間より何かすごい効能があるかもしれない。そういうこと?」

 

 口を押さえるのは佐切と仙太だ。

 それはあまりにも人道に反した答えだったから。

 

「……そこでだ。そこの小舟……唐船をやるから、出て行ってはくれないか、お前達」

「仙薬が必要だ。それがなければワシは」

「ああ、やるやる。試作品もそれなりの量を作ったし、必要量も一本分……本来は望の分であるものが余っている。アレの不老不死が私達とは根本的に違うとわかった以上、無用の長物と成り果てたが……」

 

 と。画眉丸へ向かって、それを……瓢箪を渡す蓮。

 

 あまりにも、あっさりと。

 

「本当に……これが」

「とはいえお前達の考えている不老不死とは違う効果だ。永遠に生きられることは確かだが……」

「構わん。おヌシは今、嘘を吐いていない。……望がおヌシの望みを叶えるかどうかはわからんし、正直その発想はどうかとも思うが、ワシは仙薬を持ち帰ることができればそれでいい」

「そうか。じゃあ」

「あ、じゃあ一個だけお願いして良い?」

 

 割って入ったのは杠。彼女は。

 

「もしワンちゃんがその案を断っても、江戸……倭国には来ないでくれない? どの道大陸でやった方が効果は高いんでしょ? 加えて、倭国にはもう神仙郷の話が広まっちゃってるわけで、暗躍するにもやりづらいだろうし」

「……そうだな。向かうとすれば、大陸となるだろう」

 

 それは、だって。

 蓮の夫を……徐福宗師に無理難題を押し付けた皇帝が、そもそも。

 

「待、待ってください! まだ士遠さんとヌルガイさんが」

「えー、待つの? 遅い奴らが悪くない?」

「……その二人が揃えば、出て行ってくれるのか。なら……少し強引な手段となるが、連れてこよう」

 

 揺れる。ずしんずしんと……蓬莱が。

 その揺れが最上部まで来た時、天井が開いた。

 

 落ちてきたのは、ボロボロの士遠とヌルガイ。

 

「何が……」

「少し蓬莱を組み替えただけだ。さて、これで全員だろう。出て行ってくれるな?」

 

 早く出て行ってほしい。その願いしか、今の蓮には無い。

 

「……ああ。ワシに異存はない」

「私もー」

「僕も、問題はありません」

「私は……」

 

 迷いを見せたのは佐切。

 彼女の後ろ髪を引くものは。

 

「あぁ何? そういうこと? ……なんだ、桂花が特大の策を用意している、っていうから楽しみだったんだけど……うーん、まぁ、そういう考えに至ることも考えられたかぁ」

 

 誰もが顔を上げる。

 いた。そこにいた。

 

「人間なんかより、己とメイの子を、ねぇ。ね、メイ。……それは嫌かな」

「子供……奪ワレル。嫌、蓮モ……ワカッテル」

「まだ先の話だ。第一子、第二子などには愛情が湧くだろう。だからそれは良い。不老不死として生き、子供へ愛情が湧かなくなった時点で分けてくれたらそれでいい」

 

 誰もがわかっている。だから画眉丸は口布を上げるし、杠も退路を確認する。

 未だ話についていけていない士遠とヌルガイは後回しだ。なんせ──。

 

「己の家族に手をかけると、そう言いたいわけだね、蓮」

「……結果的には、そうだ。だがお前も……蘭を殺しただろう」

「お前が誘導したのに、それを己のせいにするのか」

 

 殺気だった。水門の凪いだ水面を波立たせるほどの。

 齢千二百年を生きる、作り出された者ではない不老不死。

 

 怪物だ。

 

「蓮。己はね、宗師が生きていることも知っているし、倭国や大陸がどうなろうとも構わないと思っている。どちらが勝とうとも構わないんだ」

「そんなっ……望月くん、君は、本土の人々が花と化しても良いと……!?」

「そうは言うけどね、仙太。何もここにいる人間だけが最高戦力というわけでもないだろう? 蓮が倭国や大陸へ渡れども、神獣盤古を倒し得る無双武者がいるやもしれない。同時にそんなものは居らず、人類は絶滅するのかもしれない。どのような世になったって、己は妻と共に世界を生きる。妻に外の世界を見せたいからね。……だけど、己の家族が狙われるというのなら、話が変わる」

「……それについては、僕も……その」

「異存はない、のだろう?」

 

 叩きつけられた殺気は……仙太の戦意を、言葉を喪失させるに充分だった。

 そうだ。既に同意している。迷ったのは佐切だけ。

 だから画眉丸も杠も戦う準備を整えたのだ。

 

「待て、船上で戦うな。……ならば代案をくれ、望。お前の子も、倭国や大陸も使わぬというのなら」

「だから、倭国や大陸の方は構わないと言っている。己は己の家族以外には公平でいるよ。己は人間を同族だとは思っていないし、同じく天仙も同族とは思っていない。ただ、メイが妻で、蓮と宗師が友だから、今そちらへ肩入れしているに過ぎない。……そら、見守っていてやるから、そいつらと戦うといい。そして当初の予定通り倭国や大陸の人間を丹とし、盤古を作れ。安定法は亜左弔兵衛から得ただろう?」

「……話し合いにも、ならないか」

「そちらこそどうしたんだ蓮。なぜそうも人間と戦いたがらない? お前にとって人間など家畜以下だろう」

「それをお前に言われるとは思っていなかった。……そういう教育を受けて育った天仙ならばともかく……お前と私は、違うだろう」

 

 違う。

 何が違うというのか。

 

「お前と私と、そして老公は──」

 

 ザク、と。

 宙に立つ彼の頭部に刀が刺さる。後頭部から額へ目掛けて一突きに。

 

(ワン)……?」

「望月くん!?」

「……チ、厄介な奴が来たか」

 

 メイの悲痛な悲鳴が上がりかけた。佐切の声にならない声が上がりかけた。

 画眉丸の……その刀を投擲した者へ向けての殺意が高まりかけた。

 

 けれど、金属の折れるその音で、皆が脅威に引き戻される。

 折れたのは刀だ。彼の頭部に刺さった刀。

 

 それが、樹木も花も出現させることなく──血肉の盛り上がりだけでその腹を折られ、船上へと落ちる。

 血は一滴たりとも垂れず。

 メイを抱く(かいな)が緩むこともなく。

 

「……己が人間だとは、今更な勘違いも甚だしいよ、蓮」

 

 なんでもなかったかのように言葉を続ける。

 

「画眉丸さん!」

「シジャ。敵が何であるかは、見極めろ」

「はい? ああ、この空に浮いている抜け忍ですか。……おかしいですね、今頭蓋を」

「不老不死……完璧な……!」

「そうだよ、蓮。己こそがそうだ。そうであるものが、なぜ、お前や蓮と同じ位置にいると考えた」

 

 なんでもなかったかのように言葉を続ける。

 

 幾つもの暗器が彼の身体に刺さる。時には身体を貫くものもあったけれど、それらがメイに当たることはない。

 そしてその全てが……砕かれる。ただの肉に、鉄器が破壊される。

 

()。アレは、お前がやりたいか?」

「こだわりはない」

「そうか。……"ならば抱かれているものを狙えば良い"と、そう考えたな、シジャ」

「!」

「今、それがダメだという話をしていたんだよ」

 

 氣が飛ぶ。矢でも球でもないそれは、シジャの腹を穿つ。

 避けるとか防ぐとかではない。生物に作用させることの難しい氣で、ただ、穴を穿ったというだけ。

 

「生死併重の氣……」

「ああ、そうだよ。己は陰陽は陽しか持たないけれどね、生者と死者の氣を重ね合わせて有している。だからこその不死だ。己の場合は、不老不死というより、不生不死と言ってあげるべきだった。老いることは生きることだからね」

 

 不生不死。生きていて且つ死んでいる。生きていなくて且つ死なない。

 天仙が男女を併せ持つ天仙ならば、蓮が真仙と呼ばれる人間ならば。

 

 果たしてこの者は、一体何なのか。

 

「メイ。思い出したくないことは思い出さなくていいよ。己は今のメイも、昔のメイも妻だと思っているから」

 

 メイ。メイ。メイ。

 彼が妻と呼ぶ少女。何があれば、どれほどがあれば、この怪物は愛を持てたのか。

 

「さぁ! そろそろ答えるといい! 蓮も、朔も! 選択肢は三つだ。蓮を倒して本土の安全と己らの願いを手に入れるか、人間を殺して倭国や大陸を外丹花の材料とするか──双方が協力して己を殺すか!」

 

 答えなど。

 

 

*

 

 

 忍法、試一刀流。

 そして……仙術。

 

 全てが協力し、望を狙う、ということはなかった。

 

「行け、人間! お前達さえいなくなれば、余計な気を遣わずに済む!」

「っ!」

「全然状況が掴めないけど、あの船に乗ればいいんだよな!?」

「佐切、おヌシ……まだ迷っているのか」

「私は……」

「仙ちゃん! 画眉丸さん! さぎの足と頭持って!」

「へ」

「そうですね、申し訳ありません、佐切さん!」

 

 迷い続ける佐切。

 けれど時が許してくれそうにない。化け物と化け物が戦い合うのなら、それで問題ない。

 ならば無理矢理連れていくまでだと──親友の仙太、加えて佐切がいなければ御免状が貰えない画眉丸に付知が協力を要請する。

 

 判断は一瞬だった。仙太の力を借りるまでもなく、画眉丸は佐切を俵抱きにする。

 

「ちょ、画眉丸!」

「うるさい! 人間を全て連れて出て行けば見逃すとアレが言っておるのだ! 無用な血を流す必要はなかろう!」

「そうですよ佐切さん! 僕も別に望月くんの家族に手をかけたいとか思ってませんから! けどその上で、命を懸けるべき場面ではない場面で命を張ることは、士道に反するもの。そうでしょう!」

「さぎりんは甘いから仕方ないけど、今は急を要するの! 行くわよー!」

 

 騒がしく。それでいて迅速に。

 人間たちは……用意された唐船に乗り込み、出航する。暴れる佐切を抑えつけ、一応水門の周囲に門神がいないかを警戒して……進む。

 進んで進んで。

 

 そうして、見えなくなった。

 

「……意外だったな。蓮が人間を庇うなんて。どういう心境の変化があれば、そうなるのかな」

「庇ったわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 口角が上がる。それは双方だ。

 

「成程、そうだね。どちらか一つ、なんてのが蓮らしくないとは思っていた。お前なら、盤古も己も手に入れる。それくらいはするだろう」

「あと二刻もすれば船は陸地へと着く。同時に極楽蝶の卵も孵る。……道中で気付かれたとしても、この船にはさらに大量の卵がある。問題はない」

「そうかそうか。それであそこまで深刻に……人間を庇うような、鬼気迫る声を出したのか。ならば己とメイの子を手にかけるという話は勿論嘘だよね?」

「……」

 

 もし──嘘であるのならば。

 許す、と。何も無かったことにすると。彼はそう笑いかける。

 

 択だった。

 頷けば、本当に見逃すのだろう。

 

 ああ、けれど。

 

「……老公はまだ死んでいない。私も。だから、丹の生成だけを続けていれば……生き永らえることは可能だ」

「知っている」

「天仙たちの再生には時間もかかろうが、倭国及び大陸で作る丹があればその時を待つこともできる」

「知っている」

「だから……」

 

 だから。

 

「……使わせては、くれないか」

「では開戦だ。そして……メイ。本心としては、あなたには安全なところにいてもらいたい。木人と共に隠れていてもらいたい。……だけど」

「うん。……私は無力じゃないよ、望。……私達の子供を、丹にする、なんて……言われて」

 

 それはあるいは、画眉丸たちとの縁があまり育まれなかったからこその言葉だったのかもしれない。

 それはあるいは、羨ましいと、妬ましいという感情を直接ぶつけられたが故の言葉だったのやもしれない。

 

 それはあるいは。

 

 初めに、己を籠の鳥にした彼への……細やかなる。

 

「私も、怒る」

「良いね。……ただ、そうだな。蓮、その船は大事だろう? 卵も宗師も」

「無論だ」

「だったらこうしよう」

 

 柏手が打たれる。

 直後、世界が暗闇に鎖された。

 

 存在するのは蓮と望、メイ。

 そして……菊花、桃花、桂花。

 

「あれ、朱槿は死んだのか」

「……幻術か」

「一定以上の氣を扱い得る者だけに見せる広域幻術だよ。この中で戦おう。そうすれば現実の船には一切の被害が及ばないし、仮に死しても死なない。死なずの己と戦うんだ、そちらも死なずでなければ公平ではないだろう?」

「決着はどうつける?」

「負けを認めたら、じゃダメかな」

「お前は認めないだろう」

「勿論。己は認めない。だけどメイが戦うと決めたからね。メイがもう嫌だと言えば、己は負けを認めるよ」

 

 集いしは天仙。

 相対せしは不生不死。

 

「負けを認めたら……子を、使わせてくれるのか」

「負けない……!」

「メイ、それでは話が進まない。……そうだね、お前の言う通り、数世代は後になるだろうけれど……子供、あるいはその子供の子供くらいであれば、愛着も消えるだろう。そして確約する。己の子供は、必ず特異な性質を有すると」

「……私が負けを認めた場合、どうなる」

「どうにもならないよ。普通に倭国や大陸へ渡って盤古を作ればいい。ただお前の言う通り、人間が絶滅した時点で夢は終わるけれどね」

 

 勝たば無限。負ければ有限。

 ただそれだけの話。

 

 ──それでは尋常に。

 

 

 *

 

 

 海の上。

 

「……というのがまぁ、蓮の描いた脚本ね」

「……」

「……」

 

 唖然。全員が、だ。

 船の上で……積み荷にあった卵を全て燃やして、唖然。

 

「えっと……つまり、その幻術とやらの中で、ワンちゃんとチビっこを倒すことができたら……?」

「晴れて蓮らは己の子を手に入れる。……勿論、己とメイの子じゃないよ。己の子だ」

「奥さんの前で、堂々と浮気宣言ですか……?」

「いやいや。己はお前達が思っている以上に不思議生物でね。たとえばこうやって腕を斬り落とすだろう?」

 

 手刀で斬り落とされる腕。

 本体の方はぐじゅりと血肉が盛り上がることで修復され……もう片方は、球根のようなものになった。

 

「これが子になる。育てたら子の形を取る」

「……もしかしてアンタって、雌雄同体じゃないだけで……無性?」

「単為発生というのだけどね。とはいえ己の子は不生不死じゃない。せいぜいが不老長寿だ。それでも、新たな研究対象としては上等だろうし、徐福宗師を生き永らえさせる一助にはなる。……ああ、安心してほしい。幻術の己とメイが倒されても、本懐の幻術は解かれない。あの船に乗って出航しても、辿り着く先は倭国ではない島だ。己の用意した、全く別の島。極楽蝶の飛来できる距離を大きく超えた、濠太剌利という島となる」

「そこにいる人々は……」

「そこは生存競争だよ。倭国……江戸でも同じことが起きていたと思うけど、極楽蝶が来たとて、石隠れや侍やら死罪人やらを総動員すれば勝てない相手でもなかっただろう?」

 

 実際にそうだったかもしれないのだ。

 本土へあの船が辿り着いたとしても、全てが神獣盤古に食い尽くされるかは別の話。

 

「蓮が我慢しきれなくなって世界全土を盤古化しようとするのなら話は別だけど、その時はもう何千年と経った後だよ。お前達には関係ない」

「……そうか。まぁ、ワシは仙薬が手に入ったのならばそれでいいが」

「今でも島では戦闘が続いている。誰が生き残るのか、生き残らないのかにはあまり興味が無い。己と妻の幻術がしっかり怒りをぶつけてくれているだろうし、そこへの感慨もない。……んで、画眉丸」

「なんだ」

「仙薬さ、要る?」

 

 空気が冷える。

 どういう意味だ、と。画眉丸が問う前に。

 

「ここには一応、歴代最強の画眉丸と、十三年もの間石隠れ衆から逃げ果せた抜け忍が揃っていて……まぁ、別にお前、罪がどうのとか気にしないでしょ?」

「……まさか、共に石隠れの里を潰す、と。そう言っておるのか?」

「そそ。無罪放免は杠でいいでしょ。仙太もいるわけだし。ヌルガイ、だっけ。君と士遠は江戸から離れた遠くに住んで、それで終わり。付知、佐切、仙太は山田家に帰って、仙太は杠の無罪放免を得る。必要ならば己も山田浅ェ門望月として証言するよ。あの島で三年間生き残った者として、仙薬は本物であると、ね。それでも疑われるのなら幻術も使ってあげよう」

「望月くん……」

「とはいえこれは人間への肩入れではない、ということは忘れないでほしいかな。己はあくまで公平に行くよ。もし……なんらかのきっかけから江戸が天仙たちに侵略を受けることになっても、その時は自分たちでなんとかしてほしい。己はもう倭国や大陸を離れているだろうから」

 

 己と、己の妻と──そしてその父とね、なんて言って。

 木人……ではなく、この場の誰もが知らぬ男性を指差す望。

 曰く、木人の樹化を巻き戻して、ヒトの状態にまで安定させたのだとか。だからこれからは見た目を気にすることなく世界を歩くことができる、と。

 

「異論のある人はいるかな」

「無いが、ワシだけ疲れる」

「己にだけやらせるのかい? もし里に結がいたら、気付かずに殺してしまうかもしれないよ?」

「……行く」

 

 話は決まりだ。

 無論。

 

「十禾殿、殊現殿……それに、民谷厳鉄斎も」

「さぎりん、割り切り割り切り! というか死んだって決まったわけじゃないし!」

「あの二人ならどこでもやっていけそうではあるよね」

「……」

「まぁ、迷うことがおヌシの強さだ。割り切らずとも良かろう。──して、(のぞみ)

「うん?」

 

 それが各人の幸福とどう繋がるかは定かではないが──。

 

「ワシは妻の救出を最優先に動く。石隠れの里を潰すのは二の次だ」

「わかっているよ。己も妻と世界を行く以上、いちいち気配とか気にしたくないからね。己は抜け忍として、しっかりと潰しに行くから」

「変装術は使っておけ。死罪人になるぞ」

「氣で意識できなくするから大丈夫」

 

 では。

 これにて。

 

 

 *

 

 

 ──数十年後。

 

「山田浅ェ門望月も、今日で終わりかぁ」

「付知殿がいて良かったですね。彼が"自信と同じく背がまるで伸びない体質"であることを力説してくれなかったら、不老不死であることが露見していたかもしれません」

「代わりに内臓をこれでもかと弄くられたけどね……」

 

 皆、歳を取った。

 佐切も、付知も、仙太も。山田浅ェ門の任から解かれる年齢となったのだ。

 

「まぁでも、己にしては御役目を全うした方だよね。あー、いちいち外国から戻ってきては文明の移り変わりに仰天する日々も終わりと……感慨深いんだかなんだか」

「メイさんは、今どちらに?」

「亜米利加の北の方で親父さんと蜂蜜舐めてると思うよ」

「そうですか」

 

 山田家()当主、佐切。

 その隣を歩くは望月……いや、望。

 

 帰ってきた当初は流石にいざこざやしがらみもあったけれど、時が経てばそれも消える。

 

 残るのは。

 

「しかし良かったのかね。朔の家を訪れるのが己と佐切で、なんて」

「他に誰かいますか、連絡取れる人で」

「……まー、杠はどこにいるかわからないし、先にやめた付知と仙太もどっかで好きな事やってるだろうし、士遠とヌルガイに至っては海外にいる可能性すらあるからなぁ」

「でしょう?」

 

 残るのは……あの島を生き抜いた経験だけ。

 そして、であれば、と。

 

「それじゃあ、佐切。朔と結のいるところまで飛んでいくから、背に乗って」

「お願いします、望月君」

「その名前も今日で終わりなんだけどねぇ。……朔と結に挨拶をしたら、己は妻のもとへ行くから。帰りは自分でどうにかしてよ」

「はい」

 

 今日、ようやく望月が望月でなくなり。

 佐切も完全な隠居を果たし。

 

 そして──あの二人も、相当な老夫婦になっている、ということで。

 

「会うのは久しぶりですが……元気だと良いですね」

「朔の心配をする暇があったら自分の心配をした方がいいんじゃないの、佐切()()()()()

「丹田、貫きますよ」

「己の弱点はそこじゃないからどうとでもー」

 

 山田家、及び石隠れの里に足跡を持つ彼は、今生の別れを言い渡しに向かう。

 あとは己の妻と……もういつ死ぬかもわからない妻の父親と、「幸せ家族」を遂げるために。

 

 その後は、のらりくらりと、だ。

 あるいは今大変なことになっているらしい濠太剌利に行くのかもしれないし、そこでひと悶着あるのかもしれない。

 

 けれどそれらは全て。

 

「荒唐無稽な話……かね」

 

 そこが地獄の極楽浄土なれば。

 この世は堕ちたる天の獄。

 

 嗚呼、此処なりしは堕天獄──。

 不老不死と、そうではなかったはずの梅の花の、恋物語(エンドロール)

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