Re:無下限アーカイブ   作:サリム

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混沌の均衡者

目の前がぼんやりと明るくなり、次第に意識が浮かび上がる。冷たい床の感触と、どこか埃っぽい匂いが鼻をかすめた。その匂いに違和感を覚えつつ、悟はゆっくりと目を開けた。

 

視界に映ったのは、ただのコンクリートの天井だった。蛍光灯が微かに点滅し、不安定な光を放っている。その光の揺らぎが、意識の曖昧さをさらに強調しているようだった。

 

悟は首を軽く振り、周囲を確認しようと身を起こした。だがその直後、耳元で静かな声が響いた。

 

「起きましたね。」

 

冷静で、しかし妙に威圧感のある声だった。

 

悟は思わず声の方向を睨むように見上げた。そこに立っていたのは、白いスーツに同じく白のロングコートを着た女性だった。端整な顔立ちと鋭い目つきが印象的で、彼女の存在がこの空間に妙な緊張感を与えている。

 

彼女はじっと悟を見下ろしていた。その視線には計り知れない意図が込められているように感じられ、悟は本能的に身構えた。

 

「おはようございます、無藤悟さん。」

 

彼女の声は冷静そのもので、感情の欠片も感じられなかった。

 

悟は頭を軽く振り、まだ完全に覚めきらない頭を整理しようとした。そして、警戒心を露わにしたまま彼女に問いかける。

 

「……誰だ?」

 

口調は粗雑で、視線には明らかな警戒が込められていた。

 

女性はその質問に動じることなく、ただ一歩前に進みながら名乗った。

 

「私は七神リン。連邦生徒会長の代理を務めています。」

 

そのまま彼女は屈み、悟と目線を合わせるようにした。彼女の瞳は冷たくも理性的で、どこか悟を試すような色が宿っていた。

 

「あなたをここに迎えるよう指示を受けています。」

 

悟はその言葉に小さく鼻で笑った。そして、肩をすくめるようにしながら返す。

 

「迎える、ねぇ。なんだ?オレは何か特別な存在にでもなったのか?」

 

その口調はどこか挑発的だったが、心の奥底では状況が掴めないことへの苛立ちが見え隠れしていた。

 

リンは眉一つ動かさず、淡々と答えた。

 

「あなたは特別です。この世界、キヴォトスを救う鍵となる存在――それが連邦生徒会長の判断です。」

 

「へぇ……」

 

悟は薄く笑いながら天井を見上げた。その顔には皮肉めいた表情が浮かんでいる。

 

「なるほど、オレが世界を救うってか。大層な話だな。」

 

「そうです。」

 

リンは即答した。その冷静さに一切の迷いは感じられない。

 

「ですが、その力が何をもたらすかは、あなた次第です。」

 

その言葉に、悟の視線が一瞬だけ鋭くなった。だが、その表情もすぐに崩れ、いつもの軽薄な笑みが戻る。彼はゆっくりと立ち上がり、軽く伸びをした。

 

「ま、いいさ。とりあえず話に乗ってやる。」

 

不思議な場所

悟が周囲を見回すと、そこはまるで無人のビルのようだった。均一に光る照明と、飾り気のない机と椅子だけが置かれた無機質な部屋。窓の外に目をやると、そこには広がるビル群が見える。そしてその遠くの空には、巨大な円環の光が漂っていた。

 

「おい、この場所……夢の続きってわけでもなさそうだな。」

 

悟は窓際に近づきながら、軽い調子でつぶやいた。その声には興味と警戒が入り混じっていた。

 

「ここはあなたが目覚めるために準備された一時的な拠点です。」

 

リンは立ち上がりながら言った。そして、すぐに続けた。

 

「すぐに移動します。あなたには、まずゲヘナ学園へ向かっていただきます。」

 

「ゲヘナ学園?」

 

悟は首をかしげ、リンの方を向く。その表情には明らかな疑問が浮かんでいた。

 

「そいつがオレに何の関係がある?」

 

リンはポケットから一通の手紙を取り出し、悟に差し出した。

 

「連邦生徒会長からの指示です。この手紙を見てください。」

 

悟は訝しげにリンを見つめつつ、手紙を受け取った。雑に封を破り、中の紙を広げる。

 

《あなたは、この世界を救うために選ばれた存在です。

力の使い方を学び、協力者を見つけ、恐れることなく進んでください。

まずは、ゲヘナ学園へ向かい、風紀委員長の空崎ヒナに会いなさい。彼女があなたの力を正しく導く鍵となるでしょう。》

悟は手紙を読み終えると、小さく鼻で笑った。

 

「なんだこれ……救世主気取りになれってか?教祖様か何かか?」

 

「あなたはその力を持っています。」

 

リンは冷静に答えた。その声には一切の揺るぎがない。

 

「それを証明する場は、すぐに訪れるでしょう。」

 

リンの案内で、悟はビルを出た。外の空気はひんやりとしており、遠くの空に見える巨大な円環が現実離れした景色を作り出している。

 

悟はビル街を歩きながら、周囲を興味深そうに見回していた。この奇妙な世界の様子に違和感を覚えつつも、不思議と馴染んでいる感覚があった。

 

「……なるほど、普通の世界じゃないってのは分かった。」

 

悟はポケットに手を突っ込み、笑いながら言う。

 

「面白そうじゃねぇか。オレが世界を救うってやつ、乗ってやるよ。」

 

リンは小さくうなずき、先を歩き出す。その背中には迷いのない意志が見て取れる。

 

「では、ゲヘナ学園へ向かいます。そこにはあなたの力を試すにふさわしい場所があるはずです。」

 

悟は肩を回しながら歩き出した。自信に満ちた足取りで、だがその背中にはどこか危うさが漂っていた

 

 

悟が風紀委員会の本部に案内されると、そこには整然とした空間が広がっていた。他の荒廃した部分とは明らかに違う、秩序だった雰囲気がそこにはあった。

 

「……へぇ、ここだけはマトモな場所って感じだな。」

悟は壁を見回しながら、少し皮肉めいた口調でつぶやく。

 

「風紀委員会は秩序を守る組織ですから。環境の管理も当然のことです。」

リンは淡々と答え、廊下を進む。

 

「あんたも大変だな。外の連中なんか、秩序って言葉を辞書で調べたこともなさそうだ。」

悟は窓の外を振り返りながら鼻で笑った。

 

リンは何も言わず歩き続け、やがて一つの扉の前で足を止めた。

 

「空崎ヒナ委員長、彼を連れてきました。」

 

リンが軽くノックすると、中から「どうぞ」という冷静な声が聞こえた。

 

扉を開けて中に入ると、そこには一人の少女が立っていた。白くボリュームのある長い髪に風紀委員会の制服姿。その立ち居振る舞いは隙がなく、周囲に厳格な空気を漂わせている。

 

彼女は悟に視線を向け、一瞬だけ間を置いてから口を開いた。

 

「初めまして。ゲヘナ風紀委員長の空崎ヒナよ。」

 

その言葉には一切の感情が込められてなく、事務的な挨拶だった。悟は少しだけ目を細めると、にやりと笑ってヒナを見下ろすようにじっと観察する。

 

「へぇ……あんたが空崎ヒナね。」

 

一瞬の沈黙。悟は肩をすくめ、挑発的な口調で続けた。

 

「ここのトップだって聞いてたけど、こんなチビがこの世界でトップ5に入るのかよ?」

 

風紀委員の他のメンバーがヒナの背後でわずかに動揺した。普段冷静なヒナがどう反応するのか興味津々の様子だ。

 

だがヒナは微動だにせず、ただ悟を冷静な視線で見つめるだけだった。

 

「無視か。まぁ、それはそれで余計に気に障るけどな。」

悟は笑みを浮かべたまま肩をすくめる。

 

「余計な言葉は要らないわ。ただ、あなたがどういう存在なのか、少しだけ興味があるけど。」

 

「おっ、興味があるって?それは光栄だな。」

悟は皮肉っぽく言いながら椅子に腰を下ろした。

 

「空崎ヒナさん、彼の力を確かめる意味でも、一度模擬戦をしてみるのはどうでしょう?」

隣にいたリンが口を挟む。冷静な声には、少しだけ悟に対する試すような意図が込められていた。

 

ヒナはリンに軽く視線を向け、再び悟に目を戻した。

 

「……わかったわ。あなたには言葉で語るより、行動で示す方が早いみたいだし。」

 

悟はその言葉に薄く笑い、立ち上がった。

 

「やっぱり、ここの委員長さんは随分と自信家みたいだな。まぁいいさ、あんたの言う『行動』ってやつで、オレの力を見せてやるよ。」

 

ヒナと悟、そしてリンの三人は訓練場へと向かって廊下を歩いていた。その途中、悟はゲヘナ学園の混沌とした雰囲気について興味を引かれる。

 

「それにしても、この学園……なかなかカオスな場所だな。銃撃戦が日常ってのは聞いてたけど、まさか本当だとは思わなかったぜ。」

 

「ここは自由と混沌が校風。それを管理するのが私たち風紀委員の役割。」

ヒナは淡々と答える。その声には疲れた様子も少しだけ混ざっていた。

 

「自由と混沌ねぇ……。でもよ、自由すぎるのも考えものじゃないか?」

悟は笑みを浮かべながら、窓の外で小さな爆発音を聞き取る。遠くでは生徒たちがふざけ半分で銃を乱射していた。

 

「それを抑えるために、私たちがいる。」

ヒナは迷いのない声で答えたが、悟は肩をすくめる。

 

「そう言うけど、あんたも相当大変そうじゃねぇか。全部一人で背負うなんて、体に悪いぜ?」

 

ヒナはその言葉に反応を見せず、ただ前を向いて歩き続けた。悟はその背中を見つめ、少しだけその態度に興味を持った。

 

「まぁ、いっか。オレはオレのやり方で、この世界を楽しむさ。」

 

訓練場に到着すると、広いスペースに簡易的な障害物が設置されていた。ヒナは中央に立ち、準備を整えながら悟を見た。

 

「まずは模擬戦を通じて、あなたの力を見せてもらう。それで、あなたにどれだけの可能性があるか判断する」

 

悟は薄く笑いながら首を鳴らす

 

「言葉より行動で示すってやつだな。いいぜ、やってやるよ。」

 

訓練場の広場は無駄のない作りだった。床には頑丈な素材が使われており、遠くにはいくつかのターゲットが並んでいる。周囲に張られた簡易的なバリケードが戦闘の舞台を明確に区切っていた。

 

空崎ヒナは、視線だけで悟を促す。その佇まいには、一切の隙が見当たらない。

 

「準備ができたら始めていいわ。」

 

悟は肩を軽くすくめ、ポケットに手を突っ込みながらゆっくりと前に出る。

 

「準備も何も、こっちはいつでもいいぜ。」

 

リンが二人の間に立ち、模擬戦のルールを簡潔に説明する。

 

「攻撃の制限はありません。ただし、相手を無力化するまでが目標です。くれぐれも命に関わる行動は避けてください。」

 

悟はその言葉に鼻で笑いながら答えた。

 

「わかってるって。オレだって命を奪う趣味はねぇからな。」

 

ヒナは無言のまま、腰に下げたその身体に似合わない大きさの武器を軽く構える。両者の間に緊張が漂う中、リンが手を挙げた。

 

「では、始めてください。」

 

リンの合図とともに、悟は軽い笑みを浮かべながら静かに構えた。

 

「さぁ、風紀委員長さんのお手並みを拝見しようか。」

 

ヒナは無駄のない動きで距離を詰め、悟に対して正確な射撃を繰り出してくる。その動きは計算され尽くしており、一切の隙が見当たらない。

 

悟はヒナの動きを観察しながら、冷静に術式を展開した。

「術式展開。」

悟の周囲に無下限が広がり、ヒナの銃弾が減速して床に落ちる。

 

「……なるほどね。」ヒナが静かに呟く。

 

悟は薄く笑いながら、片手を上げて術式順転「蒼」を発動する。

「これはどうだ?」

空間が歪み、ヒナの足元に向かって引力が発生する。しかし、ヒナはその引力に逆らうように即座に回避し、反撃の一手を打つ。

 

その瞬間、悟の脳裏に鮮明な映像が閃いた。――それは、別の世界での記憶だった。

 

《別の戦場。瓦礫の山の中、彼は同じように蒼を操り、敵を圧倒していた。他人から見れば強大な力を持つ呪霊たちとの戦いで、圧倒的な優位を誇っていた自分。だが、その中で感じていた孤独と、周囲からの恐れの視線――》

 

「……なんだ、この感覚……?」

悟は目の前のヒナの攻撃を防ぎながら、頭の中に浮かぶ違和感に眉をひそめた。

 

ヒナがさらに銃弾を放つ。悟は反射的に術式を展開しつつ、頭の中でその違和感を振り払おうとする。

 

(あの戦場……オレはそんな場所にいたことなんて……いや、待て。本当に違うのか?)

 

記憶は鮮明だった。戦場で無下限呪術を自在に操り、無敵の力で敵を圧倒していた。しかし、同時にその記憶はこの身体で体験していない

 

(...これは五条悟であって、この記憶は俺のものじゃない?)

 

「...戦闘中に考え事?。」

ヒナの冷静な声が悟を現実に引き戻した。

 

「……悪いな、少しだけ昔を思い出してた。」悟は不敵な笑みを浮かべ、再び術式を展開した。「蒼じゃダメなら……赫だ。」

 

片手を掲げ、術式反転「赫」を発動する。しかし、その威力は以前の記憶の中での赫とは明らかに違っていた。五条悟の記憶の中の赫は、すべてを吹き飛ばす圧倒的な力を誇っていたはずだ。だが、今の赫は――。

 

「……威力が落ちてる?」

呟くように自分に問いかけた。

 

(力が足りない……いや、オレ自身がこの力を完全に扱えてないのか?)

 

(今の残り火を使ったような感覚...それに、数十秒しか無限を維持することができなくなっている。)

 

その瞬間、再び記憶が頭をよぎる。かつて、五条悟として持っていた絶対的な自信と、その力を扱うことへの責任。そして、無藤悟としての現実との乖離――。

 

(オレは無藤悟のはずだ。だが五条悟としての記憶もある…?それにこの力...本当にオレのものか?)

 

ヒナの銃弾がまたも放たれる。悟は術式でそれを止めつつ、攻撃の機会を伺う。しかし、頭の中ではまだ自分の記憶と力の違和感が交錯していた。

 

「どうしたの?集中力が欠けているみたいだけど。」ヒナが冷静に指摘する。

 

「集中してるさ。ただ……まだ、完全じゃないだけだ。」悟は軽く笑いながら言った。

 

ヒナは再び距離を詰め、近接戦闘に移行する。その動きは正確無比で、悟は反撃する間もなく押され気味になった。

 

(記憶の中のオレなら、こんな攻撃には引っかからないはずだ。それなのに……今のオレは――。)

 

悟は頭を振り、無駄な考えを振り払う。そして、五条悟としての記憶にすがるのではなく、今の「無藤悟」としての自分に集中することを決めた。

 

「……悪いな、少しだけ思い出に浸ってた。でも、そろそろ切り替えるぜ。」

悟は再び笑みを浮かべ、蒼の術式を再展開した。額に冷や汗を滲ませながら──空崎ヒナはその変化を見逃さなかった。

 

 

最終的にヒナの正確無比な戦術により悟は追い詰められ、模擬戦は終了する。

 

「……なるほどな。」悟は肩で息をしながら、笑みを浮かべた。「やるじゃねぇか、委員長さん。納得だよ、あんたがこの世界でトップ5に入るってのも。」

 

ヒナは冷静に武器を収め、一言だけ言った。「力だけでは、何も救えない。その意味を理解できるようになることね。」

 

悟はその言葉に、無言で彼女を見つめる。その中に僅かに尊敬の色が混ざっていた。

 

 

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