Re:無下限アーカイブ   作:サリム

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封じられし最強

模擬戦が終わり、訓練場に沈黙が戻った。

ヒナが無言で武器を収め、悟を冷ややかに見つめていたのが印象に残る。悟は肩で息をしながら、口元に自嘲の笑みを浮かべていた。

 

「やっぱり……まだ本調子じゃねぇな。」

 

そう呟くと、彼はゆっくりと立ち上がり、訓練場を後にした。背後では、ヒナが僅かに眉をひそめていたが、何も言わなかった。

 

訓練場をしばらく歩くと、悟は額に手を当てた。頭痛が突然彼を襲ったのだ。視界が歪むような感覚が押し寄せ、足元がふらつく。

 

「……なんだ、これ……?」

 

彼はその場にしゃがみ込んだ。冷たい汗が額から滴り落ちる。先ほどの模擬戦での疲労が一気に押し寄せたかのようだった。

 

「……おいおい、これくらいでバテるなんて、オレの身体どうなっちまったんだよ。」

 

独り言を漏らしながら、訓練場の片隅に腰を下ろす。軽く頭を振ってみるが、痛みが取れる気配はない。――かつては最強を名乗っていた、気がする・・・力を誇示していた自分がこんなに脆くなるとは夢にも思わなかった。

 

模擬戦での手応えは確かに悪くはなかった。しかし、何かが違う。身体が重いだけではなく、術式の感触もどこか鈍い。力が出し切れていないような感覚が常に付きまとっていた。

 

「……確認するしかねぇな。」

 

呟いて立ち上がると、訓練場の中央に向かう。模擬戦で使わなかったターゲットがいくつか並んでいる。さっきの違和感が一時的なものなのか、それとも根本的な問題なのか、確かめる必要があった。

 

「まずは、蒼だ。」

 

手を前にかざし、ゆっくりと呪力を流し込む。指先に馴染んだ感覚が広がり、空間が僅かに揺れる。いつも通りの動きだ。だが――。

 

「術式順転:蒼。」

 

呟きとともに、目の前のターゲットがこちらに向かって倒れる。しかし、完全に引き寄せられることはない。呪力の収束が鈍い。動きが遅い。それは、あの「最強」と言われた自分の蒼とは程遠いものだった。

 

「……くそ。」

 

眉間に皺を寄せ、呪力をさらに流し込む。それでもターゲットは僅かに浮くだけで、彼の手元に到達することはない。

 

「収束が甘い……威力も落ちてる。こんなもんかよ、オレの力は……!」

 

拳を握りしめる。その感触はかつての自分と比べて明らかに軽い。力を抜き、肩を落としながら深い溜息をついた。

 

「……まぁいいさ。蒼がダメでも、赫がある。」

 

次に試すのは術式反転「赫」だ。蒼を反転し、呪力を発散させて衝撃波を発生させるこの技は、破壊力が桁違いだ。蒼がうまくいかなくても、赫が健在ならまだ戦える。

 

「術式反転:赫!」

 

赤い呪力が瞬時に指先に集まる。だが、その光は一瞬で弾け、音もなく消え去った。

 

「……なっ……!」

 

悟は目を見開き、再び呪力を集中させる。しかし、赫は発動しない。呪力が空回りし、まるで身体そのものが拒絶しているかのように感覚が途切れる。

 

「反転できねぇ……?蒼を反転させるだけだろ、それにさっきは使えたはず、どうして……!」

 

そうだ。赫は反転術式を使って収束させる力を逆転させる技だ。つまり、反転術式が機能しなければ赫も使えない。悟はその事実に気づき、胸の奥に冷たいものが流れるのを感じた。

 

「……まさか、反転術式そのものが……死んでいる……?」

 

言葉が喉に詰まる。冷たい汗が背筋を伝い、彼の身体を冷やした。これまで当たり前のように使っていた力が、まるで手元からすり抜けるように失われていく感覚。それは恐怖以外の何物でもなかった。

 

「……クソ……なんだよこれ……!」

 

額に手を押し当て、拳を壁に叩きつける。その振動が彼の全身に伝わり、ますます頭痛が強まった。反転術式が使えない。それだけでなく、身体への負荷が以前よりも大きいことにも気づく。

 

「前ならこんな頭痛、一瞬で治ったはずだろ……それが……今じゃ……!」

 

彼はふらつきながら床に膝をついた。全身に力が入らず、吐き気すら覚える。

 

「これが……この世界に来た代償か……?」

 

立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。訓練場の無機質な床が、冷たく硬い感触を伝えてくる。それが妙にリアルで、彼はこの現実を否応なく突きつけられる。

 

「オレは……もう最強じゃねぇってことか……?」

 

呟いた言葉が、空虚に響く。かつてはどんな相手にも屈しなかった自信。それが今では霧散し、ただの一人の未熟な人間になり果てている。

 

「……だからって、諦めるわけにはいかねぇだろ。」

 

彼は拳を握りしめ、ゆっくりと立ち上がる。その目には、わずかに光が戻りつつあった。

 

「この世界でオレが何をするか……それはオレ次第だろ。力が足りねぇなら、新しいやり方を見つけるだけだ。」

 

訓練場を後にする彼の背中には、再び戦いに挑む決意が刻まれていた。

 

悟は訓練場を後にし、暗くなり始めた校舎の廊下を歩いていた。頭痛は収まらず、身体全体にだるさが広がっている。それでも、足を止めるつもりはなかった。自分が置かれた現状をどうにか理解し、打破する方法を見つける。それが彼の中で揺るぎない目標になっていた。

 

「……頭が割れそうだ。なのに、回復できねぇ……。」

 

反転術式が使えない。それがここまで自分を不自由にするとは思いもしなかった。以前の自分なら、こんな疲労も頭痛も一瞬で癒せていた。それが今では、ただ耐えるしかない。

 

「この世界そのものが、オレの力を制限してるのか?」

 

窓の外を見ながら呟く。視界の先には、暗闇の中でぼんやりと浮かび上がる巨大な輪が見えた。それは、この世界に来たときから彼を不安にさせる光景だった。

 

「だけど、それが何だよ……。」

 

悟は拳を握りしめ、深く息をつく。最強だった自分を取り戻す。それが無理なら、この世界で新しいやり方を見つけるしかない。誰にも頼らず、誰の助けも借りず――。

 

「オレは、オレだけの力でこの状況を変えてみせる。」

 

訓練場に戻ると、夜の静けさが辺りを包んでいた。無機質な空間に、足音が響く。悟は中央に立ち、深呼吸を一つした。

 

「……蒼を使いこなせれば、今はそれだけでも十分だ。」

 

術式順転「蒼」は、彼の術式の基本とも言える力だ。それが機能すれば戦える。赫や反転術式が使えなくても、蒼を磨き上げればどうにかなるはずだ。そう信じて、悟は集中を始めた。

 

「位相、黄昏、智慧の瞳――蒼。」

 

呟きと同時に、彼の手のひらから呪力が渦を巻き始めた。目の前のターゲットが揺れるが、収束が鈍い。何度か試しても、詠唱すると出力が不安定で、力が逃げていく感覚があった。

 

「……駄目だ、またコントロールが不安定に...。」

 

冷や汗をかきながら、何とか術式を解除する。息を整えながら、頭の中で別の方法を模索する。

 

「一気に力を出そうとするから失敗するのか……なら、もっと小出しにすればどうだ?」

 

悟は再び手を構え、今度は呪力を少しずつ絞り出すようにして発動を試みた。結果は――微妙ではあったが、収束が先ほどより安定している。

 

「……これなら、どうにか使えそうだな。」

 

術式の威力を抑え、精度を上げる。この新しいアプローチに可能性を感じた悟は、さらに練習を続けた。

 

 

翌日、ゲヘナ学園内で突発的な事件が発生した。校内の一部で何らかの機械が暴走し、生徒たちが逃げ惑っているとの報告が入ったのだ。

 

「状況を確認してください!」

風紀委員会のメンバーが連絡を受け、対応に追われる中、悟はふと立ち止まる。

 

「……何が起きてる?」

 

周囲の騒がしさに引き寄せられるように、事件の現場に向かった。そこには、美食研究会のメンバーが立ち尽くし、何かを操作している姿が見えた。

 

「美食研究会?何をやらかしたんだ……?」

 

その問いに答えるかのように、巨大な調理ロボットが暴走している姿が目に入る。改造されたその機械は、片手に巨大なフライ返し、もう片手に回転ノコギリを装備しながら、生徒たちに向かって迫っていた。

 

「どう見ても料理する気ねぇだろ。」

 

悟は呆れながらも構えを取る。ロボットの動きは速く、暴走している原因も分からない。ただ、目の前の混乱を収めるには力を使うしかない。

 

「……まぁ、試すにはちょうどいいか。」

 

呟きながら手を掲げる。そして、「蒼」を発動させようとするが、すぐに躊躇する。術式の使用回数は限られている。それをここで無駄遣いするわけにはいかない。

 

「くそ、どこで使うか考えないと……。」

 

ロボットが近づく中、悟は観察を始める。周囲の状況を冷静に見極めながら、最小限の力でどうにかする方法を模索する。

 

「……まずは動きを止めるしかないな。」

 

ロボットの足元を狙い、威力を抑えた蒼を放つ。術式は見事に命中し、ロボットが一瞬だけバランスを崩す。だが、完全に止まることはなかった。

 

「ちっ……威力が足りねぇ!」

 

再び蒼を発動させようとするが、脳への負担が襲ってくる。連続して使用すると頭痛が一気に強まり、視界がぼやける。

 

「こんな……くそ……!」

 

それでも悟は拳を握り、立ち上がる。これ以上は蒼を乱発できない。ならば、どうにか別の方法を見つけるしかない。

 

「蒼だけで十分だと思ってたが……やっぱり足りねぇか。」

 

心の中で吐き捨てながら、ロボットの動きを追う。すると、美食研究会のメンバーが騒ぎ立てている声が耳に入る。

 

「ねえ、早く止めないと!」

「でも、どこをいじれば良いんでしょうか」

「折角調理ロボットを手に入れたのに、不良品をつかまされたようですね」

 

その言葉に悟は気づいた。ロボットを完全に破壊する必要はない。動力源を断てば、暴走を止められるはずだ。

 

「……そこだな。」

 

冷静に状況を見極め、ロボットの背面に向かって飛び出す。そこにある配線や動力源が露出している部分を目指し、最小限の力で蒼を発動。

 

術式がピンポイントで命中し、ロボットが急に動きを止める。頭痛はさらに強まるが、悟は歯を食いしばって耐えた。

 

「……どうにか、収まったか。」

 

ロボットが完全に停止し、周囲の生徒たちが安堵の声を上げる中、悟はふらつきながらその場に座り込んだ。

 

「……これが、オレの限界ってわけか。」

 

呟く声には、悔しさが滲んでいた。最強を名乗ったかつての自分からは程遠い現状に、悟は歯を食いしばる。だが、完全に打ちひしがれることはない。限られた力で状況を打開できたという事実が、わずかに自分を支えていた。

 

「いい判断だったわ。」

 

不意に、冷静な声が背後から聞こえた。振り返ると、ヒナが立っていた。彼女は腕を組み、微かに彼を見下ろしている。

 

「……褒められるとは思わなかったな。」

「褒めてはいないわ。単なる事実を言っただけ。」

 

ヒナは冷たい口調で続ける。

 

「あなたの力には制約があるようね。それを理解して、最小限の力で結果を出した。それだけよ。でも、それで満足しているようなら──」

「満足なんてしてねぇよ……。」

 

悟は反射的に言い返す。その目には悔しさが宿っていた。

 

「ただ、自分の力がどこまで通用するか試してるだけだ。」

「そう、ならそれを続けることね。」

 

ヒナはそれだけ言うと、再び彼に背を向けた。

 

「行くわよ、美食研究会の後始末もある。」

 

悟は無言でヒナを見送りながら、自分の拳を握りしめた。彼女の言葉は容赦がなかったが、それでも嘘ではないと感じた。

 

「……力を取り戻すか。いや、それ以上に……。」

 

立ち上がり、目の前の光景を見つめる。周囲は混乱が収まり、生徒たちが再び日常を取り戻そうとしている。悟は深く息を吐き、歩き出した。

 

その夜、訓練場

事件の収束後、悟は再び訓練場に戻っていた。頭痛は続いていたが、それでも手を止めるつもりはない。限られた力で何ができるのか、どこまで通用するのか。彼の中で答えはまだ見つかっていなかった。

 

「やっぱ、蒼をもっと鍛えるしかねぇ……。」

 

術式順転「蒼」は、悟にとって最も基本でありながら、今の状況では最も使い勝手の良い技だった。回数制限がある以上、一発一発を無駄にできない。それをどう効率化するかが課題だった。

 

何度も蒼を発動し、呪力の収束を確認する。少しずつ出力を調整し、エネルギーを無駄にしないように工夫する。

 

「……威力は落ちてるが、精度を上げれば十分使える。」

 

小さく呟きながら、手応えを感じる。しかし、それでも頭痛が引かない現状が彼の限界を突きつけてくる。

 

「反転術式さえ使えりゃな……。」

 

呟いた声が虚しく響く。反転術式が使えないことで、脳への負荷を回復する手段がない。頭痛と疲労感は、どれだけ訓練を続けても消えなかった。

 

「この体が、呪力を拒んでるってことか……。」

 

それでも、彼は止めない。最強だった自分への未練が、彼の足を引き止めることを許さなかった。

 

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