薄暗い学園の廊下を歩きながら、悟は何度目かの溜息をついていた。いつも通りの頭痛が額に響いているが、それ以上に気になるのは、目の前を歩く人物――空崎ヒナの存在だった。
「……一体何のつもりだ?オレは一人で学園を回れるって言ったはずだぜ。」
悟の傲慢な口調にも、ヒナは振り返らずに淡々と答える。
「代行の指示よ。ゲヘナ学園の概要をしっかりと把握してもらう必要があるわ。」
「ふぅん、そんなに丁寧に案内されるとは思わなかったな。」
「必要最低限のことだけよ。」ヒナの言葉は冷たく、簡潔だった。
悟はその態度に少し苛立ちながらも、面倒事を増やしたくないという気持ちからそれ以上突っ込まないことにした。
ヒナはまず悟を第1校舎の廊下へ案内した。廊下には赤いカーペットが敷かれ、天井には古めかしいが豪華なシャンデリアが輝いている。悟は予想以上に綺麗な内装に少し驚いた。
「外の連中があれだからな、もっとボロボロの廃墟をイメージしてたぜ。」
「校舎の中は風紀委員会が巡回しているから、外よりは多少安全よ。」
「多少かよ……。気になったんだが、風紀委員会にはお前以外に強いやつはいるのか?」
「優秀な子は沢山いるわ。たとえ個々の力が小さくても、風紀委員会はチームで補い合えばいい。」
「あっそ、つまり他はそれほど強くないってことか。」
悟の挑発的な物言いに、ヒナは目を細めるだけで言い返さなかった。
その時、廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえた。美食研究会の黒舘ハルナが、他のメンバーと共にこちらに歩いてきた。
「あら、風紀委員長。奇遇ですわね、それと……。」
ハルナが目を細めて悟を見つめる。
「無藤悟よ。」ヒナが簡潔に紹介する。「今、学園を案内している途中。邪魔するなら容赦はしないけど。」
「ふふっ、今日は特に何もしませんわ。」ハルナがニヤリと笑みを浮かべる。「風紀委員長も忙しいでしょうし……わたくし達がそちらの方を代わりに案内してあげますわ。」
「どういうつもり?」ヒナの声が鋭くなる。
「悟さんでしたか……その方には昨日、私たちが不手際で暴走させてしまったロボットを止めてくれた恩がありますので……。」ハルナが悟に視線を向ける。「それに、あなたに少し興味がありますわ。」
ヒナは眉をひそめたが、少し考えた後で小さくため息をついた。そして悟の方を見る。
「はぁ……オレはどっちでもいい。そもそも一人で回るつもりだったしな。」
「そう……分かったわ。トラブルだけは起こさないで。」
美食研究会に鋭い目を向けてそう言うと、ヒナはその場を後にした。
「さて、では案内しますわ。」ハルナが微笑むと、アカリが早速悟に近づいた。
「ふふっ、まずはどこに行きますか?ゲヘナは初めてですよね?」
「どこでもいいさ。そっちが案内するんだろ?」悟は軽く肩をすくめそう言った
最初に連れて行かれたのは学園の食堂だった。大広間には無数のテーブルが並び、至るところで生徒たちが食事をしている。その中には、明らかに普通ではない紫色の化け物も見受けられた。
「ここがゲヘナ学園の食堂ですわ。あそこにいる給食部のフウカさんが作る料理はどれも一級品ですの。」ハルナが誇らしげに言う。
「料理?あの化け物はなんだよ。」悟は指を差して目を細めた。そこには奇妙な形状をした怪物が触手をモゾモゾと動かしている。
「あれは....同じく給食部のジュリさんが作ったパンケーキらしいのですが…時々暴れますわ、今は大人しいみたいですし……無視していいですわ。」
「良いのかよ?」悟は化け物を見ながらそう言う。周りにいる他の生徒も気にせず食事を続けているので、これが日常なのだと悟は自分に言い聞かせた。
他の美食研究会のメンバーが楽しそうに会話をしている中で、獅子堂イズミが悟に話しかけてきた。
「ここには大食いメニューもあるんだよ!お兄さんも試してみない?」
「いや、腹は減ってねぇ。」悟は即答したが、イズミは少し残念そうにしていた。
広い空間に賑やかな雰囲気が漂う中、テーブルを囲む美食研究会のメンバーたちは早速悟を中心に集まった。
「それではまず、美食研究会のメンバーを紹介しますわ。」
「まずはわたくしから――黒舘ハルナ、美食研究会のリーダーをしていますわ。」
ハルナは胸を張りながら、優雅な仕草で自己紹介を始めた。
「わたくしの美食へのこだわりは、単なる味覚の探求に留まりません。料理にはシチュエーションや信念が必要だと思っていますの。」
彼女はにこやかに微笑みながら悟を見つめた。「目の前に「美食」があれば見過ごさないのがわたくしの方針ですわ」
「ふぅん、なるほどな。」悟は腕を組みながら彼女を見上げた。「で、その『芸術』がロボット暴走に繋がるのか?」
「ふふっ、あれは……些細な事故ですわ!」ハルナは笑みを浮かべた。
次に、赤い髪を左右に縛った小柄な少女が勢いよく手を挙げた。「あたし、赤司ジュンコ!この中では比較的少食な方かな〜...」
「...なんで残念そうなんだ?」悟は興味なさそうに言ったが、ジュンコはあまり気にせず続けた
「だってバイキングとかで他のメンバーより食べれる量が少ないんだもん」
ジュンコの食い意地を張った言葉に、悟は少しだけ口元を緩めた。「まぁ、それはそうかもな。」
ジュンコの後ろから、鰐渕アカリがひょっこりと顔を出した。「次は私ですね、鰐渕アカリと言います。」
「お前は何ができるんだ?」悟が尋ねると、アカリは微笑みながら喋り始めた
「私はハルナさんのように至高の一品を追い求めるのではなく、美味しいものをお腹一杯食べることを目標としています。他の皆さんより少々食べる量が多いのです。」
「……少々ね。」悟は見抜いていた、恐らくその少し食べる量が多いというのはアカリ基準であって他から見れば桁違いということを。
最後に、獅子堂イズミが楽しそうに手を振りながら前に出てきた。「イズミだよ!特技は食べることかな!あとは〜、好き嫌いしないこと!」彼女の言う好き嫌いしないとはなんでも食べるということ言葉の通りなんでもなのであの紫色の化け物も食べたことがあるらしい
「そうか、それ何食ってんだ?。」悟は少し興味深そうに彼女の手元を見た。「これ?チョコレートハンバーガーだよ!あなたも食べる?。」
悟は顔を顰めながらチョコレートハンバーガー?に目を凝らす、文字通り一般的なハンバーガーにチョコレートをぶち込んだ見た目だった
「それ美味いか?」
「美味しいよ!。」イズミは明るい笑顔を浮かべた。
一通り自己紹介が終わると、悟は腕を組みながら4人を見渡した。「なるほど、全員食うのが好きってことはわかった。」
「それが美食研究会の魅力ですの。」ハルナが胸を張って答える。「私たちはそれぞれの得意分野を活かしながら、美食の可能性を追求しているんですわ。」
「……まぁ、自由でいいんじゃねぇか。」悟は小さく笑いながら言った。「ただ、次にロボット暴走みたいな事故を起こすなら、オレを巻き込むなよ。」
「ふふっ、それは保証できませんわ。」ハルナが笑いながら返すと、メンバー全員が軽く笑った。
食堂を後にすると「折角ですし、学園の外も案内しますわ」と言われ、次はアラバ海岸と呼ばれるリゾートエリアに連れて行かれた。そこはゲヘナの中でも比較的平和な場所と言われている。今はシーズンではないらしく、人はほとんどいない。
「ここがアラバ海岸。ゲヘナで唯一、静かに過ごせる場所ですわ。」ハルナが言う。
「なるほどな……それにしても暑いな。」悟は額の汗を拭いながら言った。
美しい海岸線が広がる風景に、悟は少しだけ興味を引かれたようだった。
「ここでよくバーベキューをするのですが。特に夏になると大盛り上がりですよ。」アカリが笑顔で説明する。
「ふぅん……バーベキューね。」悟はそう言いながら、海を見つめた。
「夏が来たら誘ってあげるわ!」ジュンコが元気な声でそう言う。
「興味ねえよ。」悟は淡々と返した。
その後も案内は続き、美食研究会の独自の視点からゲヘナの様々な場所を紹介された。ほとんどがおすすめの料理店だったが、悟はそれを嫌がる様子もなく、ただ静かに話を聞いていた。
「これで一通り案内は終わりましたわ。」ハルナが最後に言った。
「おい、ほぼ食い物の店しか案内されなかったぞ?」悟は小さく笑いながらそう言った。
「わたくし達は美食研究会ですので。」ハルナが笑顔で答える。
案内を終えて学園に戻ったとき、ハルナが悟に軽く手を振った。「何か困ったことがあったら私達に頼ってくれても構いませんわ。」
「へぇ、頼れるかどうかは別の話だな。」悟は軽く返し、その場を去った。
そんな彼の背後から、冷静な声が響いた。「案内は終わったようね。」
振り返ると、そこには空崎ヒナが立っていた。いつも通りの無表情だが、その目には僅かに興味が混じっている。
「どうだった?美食研究会の案内は。」ヒナは腕を組みながら尋ねた。
悟は少し呆れたように苦笑し、ポケットに手を突っ込む。「どうだったもこうだったもねぇよ。案内されたのはほとんど食い物関連の場所だけだ。」
「はぁ...やっぱりね、まあ美食研究会だから当然かしら。」ヒナは淡々と答えた。
「まぁ、そりゃそうだがな。学園全体を知るって話だったはずなのに、途中で方向性が変わった気がするぜ。」悟は軽く肩をすくめる。
ヒナは少し考えるように沈黙した後、短く息をついた。「彼女たちに任せた私の判断ミスだったかもしれないわね。」
「いや、別に悪くはなかったさ。あの自由すぎる雰囲気も、ゲヘナ学園ってやつを知る一環だろう?いい暇つぶしにもなったしな」悟は微かに笑いながら言った。
ヒナの視線が悟に向けられる。「それで、この学園についてどう思った?」
「どう思ったか、ね……。」悟は一瞬だけ言葉を詰まらせた後、再び軽く笑った。「混沌としてる。それも、面白い形でな。」
「面白い、ね。」ヒナの口元に僅かな笑みが浮かぶ。「その感想が出るなら、少なくともこの学園に向いていないわけではなさそうね。」
悟は視線を遠くに向け、学園の建物群を眺めた。その風景は、彼にとっても異質でありながらどこか惹かれるものがあった。
「まぁ、オレがどこにいようが大した違いはねぇよ。ただ、ここは暇つぶしにはちょうど良さそうだ。」悟の声には、自信と興味の入り混じった響きがあった。
「暇つぶしのつもりなら、巻き込まれる覚悟をしておきなさい。この学園では、すぐにそれ以上のことが起こるから。」ヒナは冷静にそう告げる。
悟は口元に不敵な笑みを浮かべた。「そりゃ楽しみだな。どんな面白いことが待ってるのか、しっかり見させてもらうぜ。」