Re:無下限アーカイブ   作:サリム

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イカサマ勝負

悟は訓練場の中央に立ち、軽く肩を回しながら周囲を見渡していた。いつものことながら、この空間には人気がない。風紀委員会が時折訓練しているのを見かけるが、ほとんどは別の場所で訓練かパトロールをしているかで使用される機会は少ないようだ。

 

「……ちっ、やっぱ蒼の収束が甘いか。」

 

右手を前に突き出し、術式順転「蒼」を試す。空間がわずかに歪み、遠くの標的に近づくものの、完全に吸引できるまでには至らない。

 

「この調子じゃ、前の出力に戻るまで何年かかるんだか……。」

 

肩を落とし、指を鳴らしながら次の術式を試そうとしたその時、不意に背後から冷静な声が響いた。

 

「また訓練しているのね。」

 

振り返ると、そこには風紀委員長の空崎ヒナが立っていた。彼女はいつもの無表情を保ちながら、悟の様子をじっと見つめている。

 

「訓練っつーか、まあ暇つぶしだな。」

 

悟は肩をすくめて軽く笑ったが、ヒナの表情には特に変化がない。

 

「暇つぶしにしては、随分真剣に見えたけど?」

 

「真剣だろうが暇つぶしだろうが、オレにとっちゃ大差ねぇさ。」悟は手をポケットに突っ込み、軽く笑う。「それで、今日は何の用だ?」

 

ヒナは一歩前に進み、視線を少しだけ柔らげたように見えた。「そういえば、まだ風紀委員会をちゃんと案内していなかったと思って。」

 

「案内?」悟は軽く首を傾げた。

 

「風紀委員室に来てもらうわ。あなたには正式にメンバーたちを紹介するべきだと思うの。」

 

「ほぉ……やっとオレの歓迎会か?」

 

悟の軽口に、ヒナは小さく息をついた。

 

「残念だけど歓迎会ではないわ。ついてきて。」

 

ヒナが背を向けて歩き出すと、悟は軽く首を鳴らしながらその後を追った。

 

風紀委員室に入ると、そこには既に複数のメンバーが集まっていた。おそらくヒナに呼ばれて待機していたのだろう。悟は部屋を見回しながら、面白そうな連中だと軽く思った。

 

「紹介するわ。無藤悟。キヴォトスの外から来た人よ。」

 

ヒナが静かに説明すると、部屋の中にいた数人が目を向けた。悟はその視線を受け流しながら、軽く手を挙げて挨拶した。

 

「どーも、まあ、適当によろしく頼むぜ。」

 

その軽薄そうな態度に、目の前にいた天雨アコが少しだけ眉をひそめた。悟は気づいていないふりをしながら、彼女の反応を心の隅に留めた。

 

アコは内心で悟を観察していた。

(この男が……あの連邦生徒会長が呼んだっていう外部の存在ですか。)

 

以前から、悟のことを耳にしてはいた。便利屋68との戦いでヒナと共に行動し、その力を見せつけたという報告も受け取っている。しかし、アコにはそれがどうしても引っかかっていた。

 

(ただの平凡な人間じゃないのは確か。けれど連邦生徒会長が呼んだ、それだけで信用しろと言われても無理な話です。)

 

アコの中には、不信感と疑念が渦巻いていた。

 

「アコ、自己紹介を。」

ヒナの声で思考を引き戻され、アコは顔を上げた。

 

「……天雨アコです。風紀委員会の行政官を務めています。」

短く、そっけない自己紹介だったが、その視線は悟をじっと見つめていた。

 

「まじか。」

悟はアコを見るとそう呟いた、その言葉にアコ含めその場に居た他の4人が首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

その言葉に悟は若干引き気味な顔で答える。

 

「いや...普通に考えてその服は無いだろ、それでも風紀委員か?」

 

「はい?」

 

アコの服は誰がどう見ても風紀委員とは思えないような服装をしていた。具体的に言うと、胸の横が丸見えな大胆な服である。服のことを指摘しても他の4人はなんのことやらといった表情をしているのを見た悟は、この服装はここでは常識の範囲内なのか...と思い、考えるのをやめた。

 

「すまん...なんでもない」

 

「本当になんなんですか...」

 

メンバー全員の紹介が終わり、ヒナは「少し用事がある」と言って部屋を出た。悟は部屋に残されたまま、他のメンバーたちの視線を一身に浴びていた。

 

「で、次はどうすんだ?」

悟が軽く尋ねると、アコがゆっくりと前に出た。

 

「無藤悟さん。」

その声には、いつもの冷静さに加えて少しだけ挑発的なトーンが混じっていた。

 

「ん?何だよ?」悟は片眉を上げた。

 

「あなたがヒナ委員長と行動を共にする資格があるのか、試させて貰います。」

 

「別に好きでいるわけじゃねえけど...それで、試すって……どうやって?」

 

アコは机の上にコインを置いた。そして静かに説明を始める。

「このコインの表か裏、どちらが出るかを当ててもらうだけの簡単な勝負、先に5回当てた方の勝ちです。先行は全てあなたからでいいですよ。」

 

悟はそのコインを見つめながら口元を歪めた。「そんな簡単な運試しでいいのか?」

 

「簡単かどうかは、やってみれば分かりますよ。」

 

コインには特別な仕掛けが施されていることをアコは隠していた。普段なら、それが彼女の圧倒的な優位性を保つ賭けになる。だが、悟はただ笑っているだけだった。

 

「いいぜ。乗ってやる。」

 

悟はコインを見つめながらニヤリと笑った。目の前に立つアコの冷静な表情には揺らぎがない。

 

「で、賭けに勝ったら何をもらえるんだ?」

悟は軽い調子で問いかけた。

 

「……そうですね」

アコは少し考えた後、冷静な声で続けた。「一度だけなんでも言うことを聞くというのはどうでしょう。」

 

「ほう、言うことを何でもねぇ……。」悟は視線をコインに戻す。「面白いじゃねぇか。」

 

「ただし、私が勝った場合もあなたに同じ条件を飲んでもらいます。」

アコの声は硬い。それに反して、その瞳には何かを探るような光が宿っている。

 

「そりゃ当然だろう。で、お前が勝ったらオレに何させるつもりだ?」

悟は腕を組みながらアコの目をじっと見た。

 

「風紀委員会の一員として、私の指示に従ってもらいます。」

アコの口調には微かな挑発の色が混じる。悟の軽薄な態度が、彼女に少しの苛立ちを感じさせていた。

 

周囲の風紀委員メンバーたちは緊張した面持ちで二人のやり取りを見守っていた。その中で一人、眼鏡をかけた風紀委員が小声で呟いた。

 

「……アコ行政官、本当に大丈夫なんですか?後で委員長に怒られても知りませんからね」

その声に反応するかのように、別のメンバーが答える。「アコちゃんが負けるわけないじゃないか。私も何度か勝負した事あるけど、全敗だぞ?。」

「イオリ、今は黙っていてください。」「...」

 

 

アコは机の上のコインを手に取り、ゆっくりと悟に見せた。このコインはただの硬貨ではない。片面には僅かに仕込まれた重さの違いがあり、手慣れた投げ方をすればほぼ確実に特定の面を出せるようになっている。

 

(とりあえず、さっさと勝負を終わらせてしまいましょうか。ただ、この性格ですし...負けたら十中八九賭けの内容を守ることは無いでしょうが。)

(そうなったら、プライドを傷つけられ自ずとここを離れてくれるでしょう。)

 

アコは内心でそう考えていた。便利屋68との戦いで、悟が風紀委員長ヒナと共に見せた連携。その報告を受けたときから、彼がただの外部の存在ではないことは理解していた。しかし、信用に値するかどうかは別の問題だ。実際、初対面の印象は敬語も使えない傲慢な性格の男だった。

 

(これから色々と控えていますし、不確定要素は潰しておくに限ります。)

 

 

「それじゃ、始めようか。」

悟は椅子に腰をかけ、片手をポケットに突っ込んだままアコを見上げた。

 

アコはコインを指先で弾き、勢いよく宙に放る。コインは天井近くまで舞い上がり、そのまま手の甲に乗せて隠した

 

「では、表か裏、どちらにしますか?」

アコの声には冷静さが漂っている。

 

悟は片手で顎を軽く掻きながら、アコの手を一瞥する。彼の表情には特に焦りの色はない。

 

「裏だ。」

悟は迷うことなく答えた。

 

アコは僅かに眉を動かしたが、すぐにコインをひっくり返した。結果は──裏。

 

「まずは一勝、おめでとうございます。」

アコは貼り付けた様な笑顔を保ちながらコインを再び手に取った。

 

2回目、3回目と賭けが続く。悟はすべてを迷いなく言い当てた。

 

(おかしいですね。確率的にこんなに連続で当てられるはずが無い...。)

 

アコは内心で困惑していた。彼女の仕掛けによって結果はほぼ操作可能なはずだ。悟の表情を見て操作しているが、それを悟は見抜いているかのように次々と正解を口にしていた。

 

「さて、次で最後か?」

悟が微笑みながら言った。

 

アコはその表情に僅かな苛立ちを覚えたが、冷静を保ちながらコインを投げた。宙を舞うコインに全員の視線が集まる。

 

 

最後のコインも悟が見事に言い当て、賭けは悟の勝利に終わった。

 

「おいおい、風紀委員の行政官さんがこんな簡単に負けるとは思わなかったぜ。」

悟の挑発に、アコは僅かに顔をしかめたが、すぐに視線を逸らした。

 

「なんでも言うことを聞く、だったか?」

悟は言う。

 

「……そうですね。」

アコは悔しそうに答えるが、その瞳にはまだどこか冷静さが残っている。

 

(まさか負けるとは...ただ、偶然では無いはずです。彼は私の手で隠れているコインを度々凝視していましたし...見えていた可能性がありますね。とりあえず収穫はありました。)

 

「...それで?命令の内容は決まりましたか?なんでもいいですが、風紀を乱すような内容は避けてください。」

 

アコの冷静な声に、悟はポケットに突っ込んだままの手を少し動かしながら答える。

 

「...?ああ、別にお前らみたいな高校生のガキに興味ねえよ。」

 

その軽口に、アコはほんの少しだけ眉を寄せたが、すぐに平静を取り戻した。

 

「ならいいですが。」

 

悟は椅子の背にもたれながら天井を見上げた。賭けに勝ったとはいえ、特に命令する内容を考えていたわけではなかった。むしろ、ただの遊びのつもりだったのだ。

 

「何にすっかなー...。」

小さく呟きながら、悟は頭の中でぼんやりと思い出す。ゲヘナに来てから半ば忘れかけていたが、悟には一応「使命」とやらがあった。

 

(あの女、確か色彩とか言う奴をぶっ殺して欲しい、だったか?)

 

最初にこの世界に来たときに言われたその言葉を思い返しながら、悟は薄く笑った。別に使命だと思って本気でやるつもりもなかったが、この奇妙で面白い世界が壊されるというのも癪に障る。やるだけやってみるか、と独り呟く。

 

(やると決めたら本気でやる……まずは情報収集か?色彩とやらについて調べないとな。名前から察するに、人名とかでは無さそうだ。となると──)

 

思考を巡らせた後、悟は視線をアコに向けた。

「あー、そうだな……どっかに図書館無いか?歴史系の古書が沢山あるような。」

 

悟の突然の提案に、アコは小さく目を細めた。彼の軽薄そうな態度からは想像しづらい提案だったが、その一言で生まれる違和感を無視することはできなかった。

 

「ゲヘナにも図書館はありますが、そこにあなたが求めるような古い本は無いですよ。」

 

悟の頼みを一蹴するような淡々とした口調で、アコは答えた。その目には、どこか警戒心が宿っている。悟は肩をすくめながら軽く首を傾げた。

 

「なんで分かる?」

 

「以前は良く通っていたので、あそこの本は粗方読み終えましたし。」

 

その言葉に、悟は軽く驚きの表情を浮かべた。アコの服装からは想像しづらい意外な一面だった。

 

(ゲヘナくらいでけえ学園なら図書館もそれなりにでかいだろうに。それを全部読んだってか?こいつも何気にすげえな。)

 

アコの言葉に嘘はないだろう。その表情と話しぶりは、自信に満ちている。彼女の立ち位置や能力を考えると、それも納得できる話ではあった。アコはこれまで何度もゲヘナの図書館に足を運び、借りた本の数は数え切れないほど。今も持ち歩いているその図書カードにはぎっしりと記録が埋まっている。それこそが、アコが今の地位を築き上げた努力の証だった。

 

「なるほどな、じゃあ行くならゲヘナ以外の図書館か……」

 

悟は顎に手を当て、考える。とはいえ、ゲヘナに来たばかりの自分が他の学園や地区のことを知るはずもなかった。自分がゲヘナで覚えた場所といえば、せいぜい美食研究会が案内してくれた料理店ぐらいだ。

 

「なんかあるか?」

 

悟の適当な問いに、アコはため息をつきながら答える。

 

「……はぁ、本当に何も知らないんですね。私も行ったことが無いのでよく知りませんが……トリニティには古書が置いてある図書館があると聞いたことがあります。」

 

その言葉に悟は眉を上げた。

 

「トリニティ?」

 

「キヴォトスにおいて三大学園のうちの一つです。ゲヘナ学園、ミレニアムサイエンススクール、トリニティ統合学園。ちゃんと覚えましたか?」

 

アコの少し棘のある口調に、悟は鼻で笑った。

 

「馬鹿にしてんのか?」

 

「はい。」

「あ?」

アコはあっさりと答え、説明を続ける。

 

「トリニティ総合学園は名前の通り複数の学園の連合で出来ています。主要な学園は『パテル』『フィリウス』『サンクトゥス』の3つです。そしてそれぞれに首長がいて、回り持ちでホストをする政治体制を敷いています。」

 

「...まあいい」

悟はアコの説明を聞きながら、あまり興味がなさそうに首を鳴らす。

 

「大体わかった。で?トリニティ学園はどこにあるんだ?」

 

「行かせませんよ?今はトリニティと関わりたくないんです。せめてエデン条約が締結されてからにしてください。」

 

「...エデン条約ってなんだ?」

 

悟は自然とその名前に引っかかる。アコは少し間を置いてから答えた。

 

「簡単に言うとゲヘナ学園とトリニティ統合学園の不可侵条約みたいなものです。」

 

その答えを聞き、悟は肩をすくめながら呟いた。

 

「なんだそれ、戦争でもしてんのかよ。」

 

「色々あるんですよ。ここまで言ったんだからわかりますよね?」

 

「……ああ、一応ゲヘナ所属であるオレが向こうで問題でも起こしたら、エデン条約の話自体無くなるかもってことだろ?」

 

「……まあ大体合ってます。ですから今は諦めてください。」

 

アコは冷静に答える。その言葉を聞いた悟は、少しだけ不満げな顔をしながらも頷いた。

 

「ちっ。しょーがねえな……」

 

「……随分物分りがいいじゃないですか。」

 

アコの軽口に、悟は小さく鼻で笑いながら部屋の椅子に深く座り直した。

 

(エデン条約か……興味ねえってわけじゃねえけど、今は色彩について調べるほうが優先だな。それにしても、こいつは痴女みたいな服を着てるが、頭は回るみたいだな──)

 

悟の心の中では、アコを少しだけ認めている部分もあった、そして徐々に目的が形を成していく。その静かな決意を隠しながら、悟は改めてアコを見た。

 

「『色彩』について、何か知ってるか?」

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