天与呪縛がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:ウッウ
「直接契約ぅ!?しかも相手は椿・コルブランド氏ぃ!?」
「……声がでけぇよ」
俺は眉間を押さえながら、目の前で興奮した様子のエイナに目をやった。カウンター越しに身を乗り出し、まるで信じられないものを見るような瞳で俺を凝視している。
「本当に!?冗談とかじゃなくて!?」
「いいから少し落ち着け」
そう返すと、エイナは眉をひそめながら深呼吸し、落ち着こうとしているようだった。しかし、その目にはまだ好奇心が色濃く残っている。
「……あいつ有名人なのか?」
俺がそう聞くと、エイナの目はさらに大きく見開かれた。
「有名人どころの話じゃないよ!彼女はヘファイストス・ファミリアの団長で、冒険者としても鍛冶師としても超一流の人だよ!!」
「なるほど、どうりで……」
俺は感心したように呟く。エイナは息をつき、ようやく落ち着いたようだが、その目にはまだ戸惑いが残っている。
「装備を新調してとは言ったけど……一体何があったの?」
エイナは額に手を当て、呆れたような表情を浮かべる。
「まっ、いろいろな」
エイナは腕を組み、じっと俺を見つめてくる。
だが、結局は肩をすくめ、書類へと視線を落とした。
「……はぁ、ちゃんと約束を守ってくれたみたいだし、これ以上は聞かないよ」
その声には疲れの色が見えたが、どこかほっとしたようにも見えた。
俺は軽く首を回しながら、気を緩めた声で言った。
「これで、もっと下の階層に行っても問題ないな?」
その言葉に、エイナがピクリと反応する。
「トウジ君?私はもう一つ条件を出したよね?」
「………………チッ、誤魔化せねぇか」
「当たり前でしょ!」
――――――――――――――――――――――――
時間は流れ、夕暮れ時の街は黄金色の光に包まれていた。
朝の穏やかさはすっかり影を潜め、通りには活気が満ちている。行商人たちは品物を手際よく片付けながら、最後の客を引き止めようと声を張り上げていた。
その傍らでは、冒険者たちが一日の成果を祝い、豪快に酒をあおっている。にぎやかな笑い声が通りを支配していた。
そんな中、俺は一軒の酒場の前に立っていた。
「ここか……」
古びたが手入れの行き届いた看板に刻まれた文字――「豊穣の女主人」。
視線を上げると、木製の扉越しに明るい笑い声が耳に飛び込んでくる。中を覗くまでもなく、賑わいが伝わってくるようだった。
その名にふさわしく、扉の向こうには男の姿は見えない。
ネコ耳をはやした奴に、耳の尖った奴、多種多様な種族が忙しなく動き回り、賑やかな声と笑いが漏れ聞こえてくる。
「冒険者さんっ、やっぱり来てくれたんですね」
明るい声に振り向くと、そこには今朝会った女が立っていた。
笑顔を浮かべてこちらを見上げている。その無邪気な笑顔に、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「……来てやったよ」
「はい、いらっしゃいませ」
女は嬉しそうに小さく手を振り、俺を招き入れた。
「そうだ!自己紹介がまだでしたね!」
女が立ち止まり、少し照れたように微笑む。
「私、シル・フローヴァです」
「……伏黒甚爾」
名乗りを交わすと、再び俺を促し、店内へと導いた。
扉を押し開けると、外の喧騒以上に賑やかな音が耳を打つ。
店内は木目調の温かみある内装で、天井の梁には飾り気のないランタンが吊るされている。光が揺らめき、壁に刻まれた傷や節目がまるで歴史を語るように浮き上がっていた。
冒険者たちがテーブルを囲み、飲み交わしながら盛り上がる様子は、妙に輝いて見えた。
「お客様一名入りまーす!」
シルの明るい声が店内に響き渡ると、冒険者たちが一瞬こちらを見て、また自分たちの世界に戻っていく。
「ほらほら、こっちですよ!」
シルに案内され、カウンター席に腰を下ろす。道すがら、周囲の喧騒に紛れるようにウェイトレスたちの軽やかな足音や冒険者たちの話声が耳に届く。
どの席もほぼ埋まっていて、料理や酒が次々と運ばれている。店内には肉を焼く香ばしい匂いや、香草の爽やかな香りが充満していた。
腰を下ろして周囲を見渡すと、カウンターの奥から女将らしい女が現れた。短くまとめた髪に、仕事で鍛えられたたくましい腕。
一目でこの店を仕切る強者だとわかる風格を漂わせていた。
「アンタがシルのお客さんかい?ははっ、なかなか男前な顔してるねぇ!」
「そりゃどーも」
俺が軽く肩をすくめると、女将は豪快な笑い声を上げた。その声は店内に響き渡り、他の冒険者たちもつられて笑っているように見える。
「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか!」
「は?」
突然の言葉に、俺は眉をひそめた。
何の話だ、と問いただそうとする間もなく、女将は続ける。
「じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」
そこまで聞いたところで、なんとなく
視線を横に向けると、隣の席にしれっと座っている見知った顔――シルだ。
「……やってくれたな」
「……えへへ」
無邪気な笑顔と小さな笑い声。まるで子供のようなその様子に、文句を言おうとする気力すら削がれた。
少しして、目の前に次々と料理が並べられた。こんがりと焼き色がついた肉のステーキ、湯気を立てるシチュー、そして色とりどりの野菜の盛り合わせ。
俺は無言でフォークを手に取り、まずステーキに切り込む。一口運ぶと、柔らかな肉が口の中でほどけ、スパイスの香りが広がった。
「……悪くねぇな」
つい呟いた言葉に、隣で見守っていたシルが満足げに微笑む。
「気に入っていただけたみたいですね。よかったです!」
「……お前、仕事はいいのかよ」
少し顔を上げて尋ねると、シルは肩をすくめて答えた。
「キッチンは大忙しみたいですけど、フロアは人手が足りてますから」
「……そうかよ」
俺は短く返すと、フロアで料理を運ぶウェイトレスに目を運ぶ。
シルが言った通り、フロアのウェイトレスたちは忙しそうに動き回っていた。それでも、手際の良さと慣れた動きで客たちの注文をさばいていく。
だが、俺がみていたのはその働きぶりではない。
(やっぱりな……)
目の端で捉えた瞬間から気付いていたが、ここで働くウェイトレスたちはどれもただの女ではない。
体の重心移動や、無意識の仕草――どれも冒険者か、それに近い者が持つ洗練された動きをしている。
まず、黒髪で猫耳をはやしたあの女。
あいつからは、ほとんど足音が聞こえない。おそらく、暗殺者の類だろう。使う武器は暗器、あるいは細身の短剣だろうか。正面戦闘よりも裏をかく戦いを得意とするタイプに見える。
俺の視線は自然と次の奴へ移る。今度は茶髪の猫耳のウェイトレスだ。
軽快な足取りで皿を運んでいるが、一歩一歩が正確で重心がぶれていない。
(ありゃ槍使いだな)
特有のバランス感覚と、長い距離を的確に測る動きが見て取れる。
そして、さらに目を向けたのは華奢な体型をしたもう一人のウェイトレス。歩くたびに筋肉のしなやかな使い方が伺え、戦闘経験を積んでいる者特有の雰囲気が滲み出ていた。
(……近接特化ってとこか)
純粋なパワーだけならさっきの二人を凌駕しているだろう。
次に、視線をエルフのウェイトレスへ移す。金髪が揺れ、耳の先が微かに動いている。その耳は、周囲の気配を鋭敏に感じ取っているのだろう。客の声や物音、あるいは視線さえも意識の網に捉えている。
(魔法使いってやつか?いや、近接も行けそうだな……)
推測するに、どんな状況でも対応できる万能型。特にエルフには魔法を扱える奴が多いと聞く。
もしあいつが魔法ってもんを使えるとしたら、この場において厄介な存在かもしれねぇ。
最後に目をやるのは、この店の女将だ。
(こいつもただ者じゃねぇな……)
その風格だけでも普通じゃないのはわかるが、カウンター越しに見える筋肉のつき方は、見掛け以上に鍛えられたものだ。
俺でも、無傷で勝つのはおそらく無理だろう。
(この店、どうなってんだ……?)
俺は目の前の皿に目を戻しつつ、内心で呟いた。
一見するとただの賑やかな酒場。しかし、ここで働く連中の気配は、ただの一般人が持つものではない。冒険者の溜まり場であることを考えれば、そういう人材が集まるのも不思議ではないが、店全体がこれだけ統一された緊張感を持っているのは異様だ。
料理を口に運びながら、ちらりと隣のシルを伺う。
こいつは特に気にする様子もなく、明るい笑顔を浮かべて俺を見ていた。
「どうかしましたか?」
(……こいつは普通だな)
シルを見て、そう結論づけた。
こいつだけは、ここで働く奴らが持つ鋭さや洗練された気配がない。
だが、それがかえって不自然に感じる。
「……いや、なんでもない」
短く返すと、俺は再び料理に手を伸ばした。
――――――――――――――――
食事を終え、店を出る頃には外の景色はすっかり夜の帳に包まれていた。通りの賑わいも少し落ち着きを見せ、行商人たちの屋台はほとんどが片付けられている。
代わりに、路地裏からは他の酒場から漏れ聞こえる喧騒が響き渡っていた。
「今日はありがとうございました」
店先でシルがにこやかに頭を下げる。
「また来てくださいね?」
「……気が向いたらな」
そう言い残して店の扉を背にすると、背中越しにシルの視線を感じた。振り返ると、まだこちらを見送っている。
今朝の時とは違い、あいつの顔は酒場の灯りに柔らかく照らされていた。その光景に、思わず鼻を鳴らしながら軽く手を上げる。
すると、シルは嬉しそうに手を振り返してきた。
「……はぁ」
街の喧騒を和らげる夜風を受けながら、俺は再び歩き出した。
追記
Q:あの人の正体に気づいていないんですか?
A:「気づいている」というよりも、どこか腑に落ちない違和感を覚えている状態です。彼自身、彼女の正体については、あまり興味を持っていないのでそこまで気にしてません。「ただの女ではないだろう」ぐらいに思ってます。