天与呪縛がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:ウッウ

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#10 死妖精

「三日くれ」と椿に言われてから、ちょうど三日が経った。

約束の日を迎えた俺は、朝早くにバベルの塔を訪れていた。

少しすると、ヘファイストスの姿が見える。

 

「あら、思ったよりも早いわね?」

 

「まぁな」

 

軽く肩をすくめて返すと、ヘファイストスはくるりと背を向ける。

 

「ついてらっしゃい」

 

その後ろ姿を追いかけながら工房の中へ足を踏み入れると、金属を叩く音が耳を打った。工房内には熱気が漂い、鉄の匂いが充満している。

 

「椿、彼が来たわよ」

 

ヘファイストスが声をかけると、鍛冶台の前で忙しく手を動かしていた椿が、ハンマーを振り下ろす手を一瞬止めて振り返った。

 

「お?もうそんな時間か」

 

椿は鍛冶台の前で手を動かしながら、少しだけこちらを振り返った。

 

「それで、できたのか?」

 

俺が問うと、椿はにやりと口元を歪めながら、ハンマーを台に置き、作業台の上に置かれていた布を掴んだ。

 

「まぁ、見てのお楽しみってやつだ」

 

その布を勢いよく剥ぐと、そこには一振りの刀が現れた。

 

刃は鋭く磨かれた鋼の色。光を浴びて鈍く輝いている。

柄は純白で、滑らかな手触りと細かく施された模様が目を引く。

 

「お前さん専用の刀だ」

 

椿が肩をすくめながら言う。

 

俺は刀を手に取り、鞘から抜き放つ。刃が空気を切る音が微かに響き、研ぎ上げられた金属の冷たさが肌で感じ取れる。

 

「……悪くねぇ」

 

「当たり前だ、手前が打ったんだぞ?」

 

椿はそう言い放ち、作業台に置いてあった布を適当に丸めながらこちらを見やる。

 

「ほれ、領収書だ」

 

そう言って差し出したのは、一枚の粗末な紙切れだった。

そこに書かれていた金額を見た瞬間、思わず眉間に皺を寄せる。

「0」が七つほど並んでいる。

 

「そう睨むな、お前さんの実力なら十分稼げる金額だろうに」

 

「レベル1の冒険者に何求めてんだか……」

 

俺が苦い顔で返すと、その場の空気が一瞬凍りつく。

 

「レベル1?誰がだ?」

 

「俺だ」

 

「……冗談だろう?」

 

椿の表情が変わり、真剣な目つきで俺を見つめた。

 

「そこに、便利なウソ発見器(ヘファイストス)がいんだろ」

 

俺が顎でヘファイストスを示すと、椿は一瞬目を向ける。

 

「……ええ、彼は嘘をついていない」

 

ヘファイストスが静かにそう告げると、椿は大きく息を吐き、呆れたように天井を仰いだ。

 

「まったく、てんで規格外な奴だな」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

雲一つない空の下、俺はため息をつきながら道行く冒険者を観察していた。

 

(ダメ……あいつもダメ……ダメ……論外……)

 

心の中で悪態をつきながら、通り過ぎる冒険者たちをじっくりと見定める。

もちろん、好きでこんなことをしているわけじゃない。

 

さらに下の階層に行くのに、エイナから出された二つの条件、その一つ。

 

 

【パーティーを組むこと】

 

 

それを達成するために、候補者を探しているというわけだ。

しかし、どうにも「これだ」と思える相手が見当たらない。

 

当たり前のことだが、パーティーを組むことの重要性は理解している。

あいつの言っていることも、もっともだろう。

 

だが、使えない奴と組むくらいなら、俺一人でやったほうがマシだ。

組むにしても、あの酒場の連中ぐらいの強さは最低でも欲しい。

 

椿のやつにも一応頼んでみたが、なにやら今は忙しいとかで断られた。

 

 

広場には、今日も様々な冒険者が集まっていた。鋼鉄の鎧を身にまとい剣を携える者、長い杖を握っている者、荷物を抱え込んで忙しなく走り回る補給係らしき奴。

 

(碌なのがいねぇな……)

 

俺は鼻を鳴らし、再びため息をついた。

 

(……やれやれ、これじゃ日が暮れるまでかかりそうだ)

 

 

空を仰ぎ、気を取り直して次の候補を探そうと視線を動かした。

 

その時――――

 

 

 

「おい、見ろよ……」

「マジか……」

 

 

 

あたりの冒険者の様子が少し変わる。

小声で囁く声が聞こえ、広場の一角がざわめき始めた。

 

(なんだ……?)

 

視線を横にずらすと、一人の女がそこにいた。

赤緋の瞳に白い肌。

特徴的な尖った耳がエルフであることを示している。

 

女は広場を歩きながら、周囲に視線を投げかけることもなく、淡々と足を進めている。

 

 

 

「あ、あれが噂の死妖精(バンシー)か……」

「馬鹿!声がでけぇよ」

 

 

 

死妖精(バンシー)……?)

 

耳慣れないその呼び名に、眉を顰める。

 

(二つ名……にしては物騒すぎやしねぇか?)

 

レベル2以上の冒険者は、二つ名が存在する。

この二つ名は、そいつの実績や特徴、性格、評判から神々が名づけるとかなんとか。

 

(いくら神に変な奴が多いとはいえ、そんな名づけをするのか?)

 

広場にいる奴らは、その女からあからさまに距離を取っている。

 

先ほどまでのざわついた空気とは明らかに違う。

誰もが視線を交わさないようにしながら、影で小声で囁き合う姿が見える。

 

(恐怖……いや、敬遠か?)

 

俺は目の前の光景を冷静に分析する。あの女がある程度の実力を持っているのはわかるが、それにしても広場の連中が過剰に避けているように見える。

 

女は、そのざわめきにも全く気を留めることなく、淡々と歩みを進める。赤緋の瞳が周囲を射抜くこともなければ、鋭い耳が囁きを拾っている素振りすらない。ただひたすら、まるで自分の世界にいるかのように静かに歩いている。

 

 

 

 

 

(なんだ……?)

 

俺は、妙にその女のことが気になった。

なぜかはわからねぇ。

だが、何か俺の中で引っかかるものがあった。

 

少し気になった俺は、女を死妖精(バンシー)と呼んだ奴らに近づいていた。

 

「なぁ、お前ら」

 

俺が声をかけると、二人の冒険者がこちらを振り返る。一人は小柄で、もう一人はごつい体格の男だ。

 

「ん?なんだよ?」

 

死妖精(バンシー)ってあいつのことを呼んでたよな?なんでだ?」

 

俺が単刀直入に尋ねると、小柄な男が目を丸くして呆れたように答えた。

 

「あ?おめぇ知らねぇのか?」

 

「あいにく、ここには来たばっかでな」

 

俺が肩をすくめて返すと、もう一人の男が苦笑しながら口を挟む。

 

死妖精(バンシー)ってのはな……あの女の異名だよ」

 

「異名?二つ名じゃねぇのか?」

 

俺が眉をひそめて尋ねると、小柄な男は少し声を落として続けた。

 

「あぁ、あいつとパーティーを組んだ連中は、全員死んでやがるんだよ。他派閥だろうが自派閥だろうが関係なく、あいつを残してな」

 

「……へぇ?」

 

「それだけじゃねぇ。その後も、パーティーを組むたびにあいつだけが生き残る……そんなことが何度もあったんだ」

 

小柄な男の言葉に、ごつい男も腕を組みながら重々しくうなずく。

 

「だから死妖精(バンシー)……何て呼ばれるようになったのさ。今じゃ自分のファミリアのところでさえ、煙たがられてるって話だぜ」

 

「………………」

 

俺は無言のまま視線をあの女に向けた。

 

 

 

「まっ、お前もあいつには近づ……あれ?どこ行った?」

 

小柄な男が驚いた声が、背後から聞こえる。

俺はすでにその場を離れ、女に向かって歩き出していた。

 

 

(何考えてんだ、俺?)

 

歩みを進めながら、自分に問いかけていた。

だが、足はどうにも止まらない。

 

(ただの好奇心か?それとも……)

 

答えのない問いが頭を巡る中、気づけば俺は女との距離を詰めていた。背後で小柄な男たちのざわめきが聞こえるが、それも次第に遠ざかっていく。

 

やがて俺はその背中に向かって、静かに声を放った。

 

「おい、そこのエルフ」

 

俺の声が辺りに響き渡る。

だが、女に反応はない。

足を止めることなく、そのまま静かに歩き続ける。

 

(無視かよ……)

 

俺の方に向くことなく、ただ前だけを見据えている。その背中には、周囲の人間を拒絶するような冷たさが漂っていた。

 

「……おい、聞こえてんだろ」

 

俺は少し大きな声で言い直した。だが、それでも反応はない。まるでこの場にいる全員の存在を無視するかのように、そのまま歩き続ける。

 

(やれやれ……)

 

俺は鼻を鳴らしながら再び声を上げた。

 

 

 

「……死妖精(バンシー)?」

 

その言葉が響いた瞬間、女の足がピタリと止まった。

ゆっくりと振り返ったその瞳は、鋭い刃物のような威圧感をまとい、俺を射抜く。

 

「…………」

 

「そう怖い顔すんなよ、先に無視してきたのはそっちだろ?」

 

その言葉にも、女はすぐには反応を見せない。

ただ瞳をわずかに細め、俺の顔をじっと見据える。

 

「……何の用だ?」

 

女が低く、静かに問いかける。

 

「なぁに、簡単な話だ……俺とパーティーを組まないか?」

 

 

 

一瞬の沈黙。

そして、女の目がさらに鋭さを増した。

 

「……なんの冗談だ」

 

女は低い声で呟いた。

 

「いや?いたって本気だね」

 

俺がそう答えると、女は少し沈黙した。

そして、冷たく静かな声で口を開く。

 

「……断る。他を当たれ」

 

そう吐き捨てると、そのまま視線を外し、背を向けて歩き出した。

 

「まぁ、そう言う……」

 

そう言いながら、思わず女の肩に手を伸ばした。

その時――――

 

 

 

「私に触れるな!!」

 

 

 

瞬間、鋭い閃光のように短剣が俺の首元へ迫る。

――が、その刃が触れる寸前、俺の手は反射的に動いた。

 

「っと」

 

俺の指が短剣の刃の部分を掴む。

冷たく鋭い感触が指先に伝わる。

女の瞳が鋭く揺れる。その揺れには驚きの色が混じっていたが、すぐに冷たく無表情な仮面が戻る。

 

「おいおい、物騒な奴だな」

 

「……手を離せ」

 

短く冷たい声。

まるで命令のようだが、その裏にはわずかな警戒心が見え隠れしている。

 

「へいへい」

 

俺は肩をすくめ、掴んでいた刃をそっと離す。

 

「悪かった、エルフは他種族に触られるのを嫌うんだったな」

 

軽く謝りながら言うと、女の瞳が一瞬だけ揺れた。それは怒りとも困惑とも取れる微妙な反応だった。そして、短く息を吐き、わずかに視線を外した。

 

「いや、その………………私も悪かった」

 

予想外の言葉に、俺は少しだけ目を丸くする。

 

「はっ、意外と素直じゃねぇか」

 

俺は口元を歪めながら、軽く笑う。

 

「……黙れ」

 

女は短くそう言いながら、再び俺を睨みつける。その視線は冷たいが、先ほどまでの刺すような空気はどこか薄らいでいた。

 

俺はその変化に気付きながら、もう一度肩をすくめた。

 

「んで、俺はいきなり攻撃されたわけだが」

 

「………………」

 

俺の言葉に、女は少しだけ視線を伏せる。

その表情には、明らかにバツの悪さが浮かんでいた。

 

「俺の頼みを聞いてくれるよな?」

 

俺はわざとらしく提案を持ちかける。

その言葉に、女は深いため息をつき、呆れたように眉間にしわを寄せた。

 

 

 

「………………わかった」

 

「おお、意外と物分かりがいいじゃねぇか」

 

俺は満足げに笑い、女を見つめる。

 

「伏黒甚爾だ」

 

自己紹介をすると、彼女は少し間を置いて静かに言葉を返した。

 

「……フィルヴィス・シャリア」

 

その名前が静かに響く。

それは冷たさの中にもどこか重みを感じさせる声だった。

 

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