天与呪縛がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:ウッウ
「三日くれ」と椿に言われてから、ちょうど三日が経った。
約束の日を迎えた俺は、朝早くにバベルの塔を訪れていた。
少しすると、ヘファイストスの姿が見える。
「あら、思ったよりも早いわね?」
「まぁな」
軽く肩をすくめて返すと、ヘファイストスはくるりと背を向ける。
「ついてらっしゃい」
その後ろ姿を追いかけながら工房の中へ足を踏み入れると、金属を叩く音が耳を打った。工房内には熱気が漂い、鉄の匂いが充満している。
「椿、彼が来たわよ」
ヘファイストスが声をかけると、鍛冶台の前で忙しく手を動かしていた椿が、ハンマーを振り下ろす手を一瞬止めて振り返った。
「お?もうそんな時間か」
椿は鍛冶台の前で手を動かしながら、少しだけこちらを振り返った。
「それで、できたのか?」
俺が問うと、椿はにやりと口元を歪めながら、ハンマーを台に置き、作業台の上に置かれていた布を掴んだ。
「まぁ、見てのお楽しみってやつだ」
その布を勢いよく剥ぐと、そこには一振りの刀が現れた。
刃は鋭く磨かれた鋼の色。光を浴びて鈍く輝いている。
柄は純白で、滑らかな手触りと細かく施された模様が目を引く。
「お前さん専用の刀だ」
椿が肩をすくめながら言う。
俺は刀を手に取り、鞘から抜き放つ。刃が空気を切る音が微かに響き、研ぎ上げられた金属の冷たさが肌で感じ取れる。
「……悪くねぇ」
「当たり前だ、手前が打ったんだぞ?」
椿はそう言い放ち、作業台に置いてあった布を適当に丸めながらこちらを見やる。
「ほれ、領収書だ」
そう言って差し出したのは、一枚の粗末な紙切れだった。
そこに書かれていた金額を見た瞬間、思わず眉間に皺を寄せる。
「0」が七つほど並んでいる。
「そう睨むな、お前さんの実力なら十分稼げる金額だろうに」
「レベル1の冒険者に何求めてんだか……」
俺が苦い顔で返すと、その場の空気が一瞬凍りつく。
「レベル1?誰がだ?」
「俺だ」
「……冗談だろう?」
椿の表情が変わり、真剣な目つきで俺を見つめた。
「そこに、便利な
俺が顎でヘファイストスを示すと、椿は一瞬目を向ける。
「……ええ、彼は嘘をついていない」
ヘファイストスが静かにそう告げると、椿は大きく息を吐き、呆れたように天井を仰いだ。
「まったく、てんで規格外な奴だな」
――――――――――――――――――
雲一つない空の下、俺はため息をつきながら道行く冒険者を観察していた。
(ダメ……あいつもダメ……ダメ……論外……)
心の中で悪態をつきながら、通り過ぎる冒険者たちをじっくりと見定める。
もちろん、好きでこんなことをしているわけじゃない。
さらに下の階層に行くのに、エイナから出された二つの条件、その一つ。
【パーティーを組むこと】
それを達成するために、候補者を探しているというわけだ。
しかし、どうにも「これだ」と思える相手が見当たらない。
当たり前のことだが、パーティーを組むことの重要性は理解している。
あいつの言っていることも、もっともだろう。
だが、使えない奴と組むくらいなら、俺一人でやったほうがマシだ。
組むにしても、あの酒場の連中ぐらいの強さは最低でも欲しい。
椿のやつにも一応頼んでみたが、なにやら今は忙しいとかで断られた。
広場には、今日も様々な冒険者が集まっていた。鋼鉄の鎧を身にまとい剣を携える者、長い杖を握っている者、荷物を抱え込んで忙しなく走り回る補給係らしき奴。
(碌なのがいねぇな……)
俺は鼻を鳴らし、再びため息をついた。
(……やれやれ、これじゃ日が暮れるまでかかりそうだ)
空を仰ぎ、気を取り直して次の候補を探そうと視線を動かした。
その時――――
「おい、見ろよ……」
「マジか……」
あたりの冒険者の様子が少し変わる。
小声で囁く声が聞こえ、広場の一角がざわめき始めた。
(なんだ……?)
視線を横にずらすと、一人の女がそこにいた。
赤緋の瞳に白い肌。
特徴的な尖った耳がエルフであることを示している。
女は広場を歩きながら、周囲に視線を投げかけることもなく、淡々と足を進めている。
「あ、あれが噂の
「馬鹿!声がでけぇよ」
(
耳慣れないその呼び名に、眉を顰める。
(二つ名……にしては物騒すぎやしねぇか?)
レベル2以上の冒険者は、二つ名が存在する。
この二つ名は、そいつの実績や特徴、性格、評判から神々が名づけるとかなんとか。
(いくら神に変な奴が多いとはいえ、そんな名づけをするのか?)
広場にいる奴らは、その女からあからさまに距離を取っている。
先ほどまでのざわついた空気とは明らかに違う。
誰もが視線を交わさないようにしながら、影で小声で囁き合う姿が見える。
(恐怖……いや、敬遠か?)
俺は目の前の光景を冷静に分析する。あの女がある程度の実力を持っているのはわかるが、それにしても広場の連中が過剰に避けているように見える。
女は、そのざわめきにも全く気を留めることなく、淡々と歩みを進める。赤緋の瞳が周囲を射抜くこともなければ、鋭い耳が囁きを拾っている素振りすらない。ただひたすら、まるで自分の世界にいるかのように静かに歩いている。
(なんだ……?)
俺は、妙にその女のことが気になった。
なぜかはわからねぇ。
だが、何か俺の中で引っかかるものがあった。
少し気になった俺は、女を
「なぁ、お前ら」
俺が声をかけると、二人の冒険者がこちらを振り返る。一人は小柄で、もう一人はごつい体格の男だ。
「ん?なんだよ?」
「
俺が単刀直入に尋ねると、小柄な男が目を丸くして呆れたように答えた。
「あ?おめぇ知らねぇのか?」
「あいにく、ここには来たばっかでな」
俺が肩をすくめて返すと、もう一人の男が苦笑しながら口を挟む。
「
「異名?二つ名じゃねぇのか?」
俺が眉をひそめて尋ねると、小柄な男は少し声を落として続けた。
「あぁ、あいつとパーティーを組んだ連中は、全員死んでやがるんだよ。他派閥だろうが自派閥だろうが関係なく、あいつを残してな」
「……へぇ?」
「それだけじゃねぇ。その後も、パーティーを組むたびにあいつだけが生き残る……そんなことが何度もあったんだ」
小柄な男の言葉に、ごつい男も腕を組みながら重々しくうなずく。
「だから
「………………」
俺は無言のまま視線をあの女に向けた。
「まっ、お前もあいつには近づ……あれ?どこ行った?」
小柄な男が驚いた声が、背後から聞こえる。
俺はすでにその場を離れ、女に向かって歩き出していた。
(何考えてんだ、俺?)
歩みを進めながら、自分に問いかけていた。
だが、足はどうにも止まらない。
(ただの好奇心か?それとも……)
答えのない問いが頭を巡る中、気づけば俺は女との距離を詰めていた。背後で小柄な男たちのざわめきが聞こえるが、それも次第に遠ざかっていく。
やがて俺はその背中に向かって、静かに声を放った。
「おい、そこのエルフ」
俺の声が辺りに響き渡る。
だが、女に反応はない。
足を止めることなく、そのまま静かに歩き続ける。
(無視かよ……)
俺の方に向くことなく、ただ前だけを見据えている。その背中には、周囲の人間を拒絶するような冷たさが漂っていた。
「……おい、聞こえてんだろ」
俺は少し大きな声で言い直した。だが、それでも反応はない。まるでこの場にいる全員の存在を無視するかのように、そのまま歩き続ける。
(やれやれ……)
俺は鼻を鳴らしながら再び声を上げた。
「……
その言葉が響いた瞬間、女の足がピタリと止まった。
ゆっくりと振り返ったその瞳は、鋭い刃物のような威圧感をまとい、俺を射抜く。
「…………」
「そう怖い顔すんなよ、先に無視してきたのはそっちだろ?」
その言葉にも、女はすぐには反応を見せない。
ただ瞳をわずかに細め、俺の顔をじっと見据える。
「……何の用だ?」
女が低く、静かに問いかける。
「なぁに、簡単な話だ……俺とパーティーを組まないか?」
一瞬の沈黙。
そして、女の目がさらに鋭さを増した。
「……なんの冗談だ」
女は低い声で呟いた。
「いや?いたって本気だね」
俺がそう答えると、女は少し沈黙した。
そして、冷たく静かな声で口を開く。
「……断る。他を当たれ」
そう吐き捨てると、そのまま視線を外し、背を向けて歩き出した。
「まぁ、そう言う……」
そう言いながら、思わず女の肩に手を伸ばした。
その時――――
「私に触れるな!!」
瞬間、鋭い閃光のように短剣が俺の首元へ迫る。
――が、その刃が触れる寸前、俺の手は反射的に動いた。
「っと」
俺の指が短剣の刃の部分を掴む。
冷たく鋭い感触が指先に伝わる。
女の瞳が鋭く揺れる。その揺れには驚きの色が混じっていたが、すぐに冷たく無表情な仮面が戻る。
「おいおい、物騒な奴だな」
「……手を離せ」
短く冷たい声。
まるで命令のようだが、その裏にはわずかな警戒心が見え隠れしている。
「へいへい」
俺は肩をすくめ、掴んでいた刃をそっと離す。
「悪かった、エルフは他種族に触られるのを嫌うんだったな」
軽く謝りながら言うと、女の瞳が一瞬だけ揺れた。それは怒りとも困惑とも取れる微妙な反応だった。そして、短く息を吐き、わずかに視線を外した。
「いや、その………………私も悪かった」
予想外の言葉に、俺は少しだけ目を丸くする。
「はっ、意外と素直じゃねぇか」
俺は口元を歪めながら、軽く笑う。
「……黙れ」
女は短くそう言いながら、再び俺を睨みつける。その視線は冷たいが、先ほどまでの刺すような空気はどこか薄らいでいた。
俺はその変化に気付きながら、もう一度肩をすくめた。
「んで、俺はいきなり攻撃されたわけだが」
「………………」
俺の言葉に、女は少しだけ視線を伏せる。
その表情には、明らかにバツの悪さが浮かんでいた。
「俺の頼みを聞いてくれるよな?」
俺はわざとらしく提案を持ちかける。
その言葉に、女は深いため息をつき、呆れたように眉間にしわを寄せた。
「………………わかった」
「おお、意外と物分かりがいいじゃねぇか」
俺は満足げに笑い、女を見つめる。
「伏黒甚爾だ」
自己紹介をすると、彼女は少し間を置いて静かに言葉を返した。
「……フィルヴィス・シャリア」
その名前が静かに響く。
それは冷たさの中にもどこか重みを感じさせる声だった。