天与呪縛がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:ウッウ

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#1 開幕

死――その感覚は、思ったよりもあっけなかった。

 

身体が重力に逆らえなくなり、意識が深い暗闇へと沈んでいく感覚。

全身の力が抜け、すべてが遠ざかっていく。受けた傷の痛みさえ、今ではもう感じない。

 

 

――これで終わりか。

 

 

俺は、どこか安堵していた。生きる理由も、守るものも、もう何もなかった。

息子――恵の未来だけは託したが、それも俺が手を下すことはない。

これでいい、そう思った。

 

 

だが、その時だ。

 

 

暗闇の中、身体が浮かび上がるような奇妙な感覚に包まれる。静寂のはずが、どこか遠くでざわめきが聞こえるような気がした。

 

脳に直接響くその振動に、意識を奪われそうになる。

 

 

 

幸せになってね――

 

 

 

頭の奥で誰かが囁いた。

声は暖かく、どこか懐かしい。

ただ、その言葉には妙な力があった。俺の意識の奥深くを掴み、引き上げようとしているような。

 

(お前は…誰だ?)

 

それが誰のものなのか、なんと俺に言ったのかは分からない。

だが、目覚めなくてはならないという本能的な直感だけが、俺を突き動かしていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

意識が戻ると、まず最初に感じたのは冷たい石の感触だった。

目を開けると、視界に飛び込んできたのは薄暗い天井。湿った空気が鼻腔を満たし、遠くでかすかな水滴の音が響いている。

 

「……どこだ、ここは」

 

呟いた声がやけに乾いて聞こえる。

 

俺は死んだはずだ。

五条悟――あの化け物と闘い、全身が弾け飛ぶような感覚を今でもはっきりと覚えている。

 

 

それなのに、この身体の感触はどうだ?

息を吸い込めば肺が確かに膨らみ、手を握れば血液が流れる感覚さえある。

 

この現実感――死後の世界にしては、あまりにも生々しい。

 

(幻覚……あるいはその類の術式…………いや、それはないな)

 

頭に浮かんだ考えを、俺の肉体が否定する。

そして、俺はあることに気づく。

 

俺は服を掴み、胸元を露わにする。

 

「……傷が無い?」

 

 

そこにあるべき深い傷――五条悟の攻撃で負った致命傷が、跡形もなく消えていた。皮膚はきれいに再生し、痛みどころか傷跡さえない。

それどころか、これまでの戦いでついた無数の古傷までもがすっかり消えている。

 

「……冗談だろ」

 

冷や汗が背中を伝う。

こんなことがあり得るのか?これまでの経験や知識では説明できない。

 

(反転術式――――いや、呪力のざわめきは身体からは感じねぇ。それに、俺は死んだはずだ……いくら反転術式でも死者を蘇らすなんてことができるわけが…)

 

俺は持ち物を確認するために腰を探るが、そこには何もない。

普段使っていた呪具はおろか、それをしまう為に飼っていた呪霊の姿も見えない。

 

周囲を見渡すと、石畳の床と苔むした壁、そしてどこまでも続く暗い通路が目に入った。通路の奥からは、ひやりとした空気が漂ってくる。

 

「洞窟の中……か?」

 

その時、前方から足音が聞こえてくる。

それは一定のリズムを保ちながら、徐々に近づいてくる。

 

だが、()()()()調()()()()()ことに――俺はすぐさま気が付く。

全身の神経が警戒を強める。

 

暗闇の中、赤い光がちらついた。

最初は点のように小さかったその光が徐々に大きくなり、やがて通路の奥からその正体が現れる。

 

「……なんだ、こいつ」

 

通路の奥から姿を現したのは、全身を黒い毛で覆われた二足歩行している狼だった。

血走った赤い瞳が俺を捕え、その瞳には明確な敵意が宿っている。

体躯は小柄だが、牙は鋭く、獲物を喰らうためだけに進化したような形状をしていた。

 

「呪霊……じゃねぇな」

 

俺は低く呟いた。

そいつからは呪霊特有の呪力は感じなかった。

だが、目の前の獣――狼と呼ぶには異様すぎるその存在を、ただの獣と判断することはできない。

 

赤い瞳がわずかに細められる。

それは獲物を狙う捕食者特有の動きだ。

 

『グルルルルルル』

 

低いうなり声をあげる怪物を前に、俺は自然と構えを取る。

呪具がない状況での戦闘は久しぶりだが、問題はない。

 

『ガァッ!』

 

次の瞬間、獣が低い唸り声を上げ、地を蹴った。

俺との間合いを詰め、鋭い爪を振り下ろしてくる。

 

 

「遅せぇ」

 

 

俺は体を軽くひねり、爪をかわす。

風圧が頬をかすめる感覚が体に伝わる。

 

それと同時に、俺はその巨体の懐へと滑り込んだ。

拳を握りしめ、そのまま獣の側頭部を打ち抜く。

 

 

『グギャァッ!?』

 

 

骨が砕ける感触とともに、獣の肉体は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

獣が地面に崩れ落ちる音が通路に響き渡った。

 

「あっけねぇな」

 

警戒は解かず、俺はゆっくりと近づく。

倒れ伏した獣の赤い瞳は、すでに光を失っている。そのまま注意深く観察していると、不意に獣の身体が揺らぎ始めた。

 

「……なんだ?」

 

次の瞬間、倒れた獣が一瞬で塵となって消えた。

黒い毛も、鋭い牙も、まるで砂のように空中へ溶け込んでいく。塵となった残骸がふわりと舞い上がり、あっという間に消失した。

 

そして、そこには手のひらサイズの輝いた石が残されていた。

 

俺はそれを拾い上げる。

冷たく滑らかな感触が手に伝わる。

 

光を透かして観察するが、それから呪力は感じられない。

だが、これがただの石ではないと俺の感が告げていた。

 

「……何がどうなってんだ?」

 

俺は石を掌で転がしながら、目を細めた。

 

石をポケットにしまいながら、周囲を見渡す。

倒れた獣以外に気配はない。だが、通路の奥から冷たい風が吹き込んでくる。その風には、僅かに血の匂いが混じっていた。

 

「……まずは、ここから出るとするか」

 

俺はゆっくりと息を吐き、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

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