天与呪縛がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:ウッウ
「……少しだけ顔が明るくなったね」
隣に座るヘスティアが、小さく微笑みながらそう言った。
その柔らかな声色に俺は少し驚き、自然とヘスティアの顔を見る。
「……そうか?」
「うん、さっきよりずっといい顔つきだよ」
俺はヘスティアの言葉に肩をすくめながら、ふっと息を吐く。
「そう…………かもな」
そう言いながら、自分でも気づいていた。
俺の中で何かが変わりつつあることに。
すると、ヘスティアは不意にこんなことを聞いてきた。
「ねぇ、君はこれからどうするつもりだい?」
その問いかけに、俺は目を細める。
「なんも考えてねぇが……どうすっかな」
俺の呟きに、ヘスティアは考えるように少し首を傾けた。
そして、ぱっと何かを思いついたように声を上げた。
「それなら!冒険者になってみればいんじゃないかな!」
「冒険者?なんだそれ?」
「冒険者はね、ダンジョンに挑む人たちのことだよ!」
ヘスティアは、その瞳を輝かせながら言葉を続ける。
俺は腕を組みながら、耳を傾ける。
「話を聞いた限りだと、君は強いみたいだし向いてると思うんだけど……どうかな?」
ヘスティアの自信に満ちた言葉に俺は少し考え込む。
俺にとって、体を張ってできる金稼ぎは悪い話じゃない。
「別にやりたいことがあるわけでもねぇし……悪くねぇか」
俺がそう呟くと、ヘスティアの顔がぱっと明るくなった。
「本当かい!?じゃあ、決まりだね!」
ヘスティアは小さな拳を握りしめ、まるで自分のことのように喜んでいる。
「で、どうすりゃ冒険者になれるんだ?」
「それは簡単さ!君がファミリアに入ればいいんだよ!」
「ファミリア?」
俺はその聞きなじみのない言葉を繰り返しながら眉をひそめた。
ヘスティアは小さく頷き、得意げな表情を浮かべる。
「ファミリアっていうのは、神の眷属のことだよ。冒険者たちはどこかのファミリアに所属して活動してるんだ」
「へぇ……」
俺は腕を組みながら、ヘスティアの言葉を噛みしめるように繰り返した。
「どこのファミリアに入るかってのも、大事なわけだ」
俺がぽつりとそう呟くと、ヘスティアの表情がピクリと変わる。
「う、うん……ソウダネ」
先ほどまでの自信満々な表情が消え、声が小さくなり、どこか歯切れが悪い。
「は、話は変わるんだけど……」
「なんだよ」
少し戸惑いがちな声が耳に届く。ちらりと横目でヘスティアを見ると、妙に落ち着きがない。
両手を何度も握り直し、視線をあちらこちらに泳がせている。
「君に一つ頼みがあるっていうか……」
「だからなんだよ」
俺が軽く促すと、次の瞬間、ヘスティアが俺の視界から消える。
否――ヘスティアは俺の目の前で土下座していた。
「……何してんだ?」
驚きと困惑が入り混じる中、ヘスティアは真剣な顔つきで俺を見上げる。その目はどこか必死で、さっきまでの表情からは想像もつかないほどだった。
「頼む!ボクのファミリアに入ってくれないか!」
「いいぜ」
「うっ……やっぱりだめだよね…………え?今なんて?」
ヘスティアの顔がパッと上がり、目を大きく見開いて俺を見た。その表情は完全に予想外の返事に戸惑っている。
「だから、いいぜ」
俺は肩をすくめながら繰り返した。
「本当かい!?本当に入ってくれるのかい!?」
ヘスティアは目を輝かせながら立ち上がり、勢いよく俺に詰め寄ってきた。
すると、ヘスティアの表情が少し曇る。
「さ、誘っといてなんだけど……ボクはまだ下界に降りてきたばっかで、まだ誰も眷属がいないんだ……」
「…………」
俺はヘスティアの言葉を受け止めながら黙っていた。
その焦ったような声色には、どこか覚えのある孤独の響きがあった。
「ボクなんか、ダメダメな神様だよ?きっと、君にはたくさん迷惑をかけると思う……ほ、本当にボクでいいのかい……?」
「いいって言ってんだろ」
短く答えた俺の言葉に、ヘスティアの瞳が揺れる。
「オラリオには、大きくて立派なファミリアがほかにたくさんあるんだよ?君ならきっと、大手のファミリアにだって……」
「しつこい、何度も言わすな」
俺は少し呆れたように彼女を見下ろした。
ヘスティアはぽかんと口を開けたまま俺を見上げている。
その間抜け面に、俺は小さく鼻で笑った。
「それともなんだ?俺じゃ不満か?」
「そ、そんなこと!あるもんか!」
ヘスティアは慌てて言い返し、徐々に口角が上がり始める。
その小さな体は徐々に震え、ついに感情が溢れ出した。
「や、やった……!」
その声は最初は小さかったが、次第に弾けるような歓声に変わった。
「っっっや、やった~!ボクにもファミリアができたぞ~!」
ヘスティアはその場でぴょんぴょんと跳ね上がり、喜びを全身で表現している。
その無邪気な子供のような姿に、俺は思わず苦笑した。
「そうだ!」
「あ?」
ヘスティアは突然何かを思い出したかのように声を上げ、俺の方に向き直る。
「そういえば、君の名前をまだ教えてもらってなかったね!」
「……そういえばそうだな」
俺はヘスティアの問いに気づき、軽く頭をかいた。
彼女の真っ直ぐな瞳がこちらを見つめている。
「それじゃ、改めて自己紹介だ!ボクはヘスティア!」
「伏黒甚爾……」
そう名前を口にし、俺は無造作に手を差し出した。
ヘスティアはその手を両手でしっかり握りしめ、嬉しそうに微笑む。
「これからよろしくね、トウジ君!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それじゃあ、さっそくボクたちのホームに案内しよう!」
ヘスティアは楽しそうに言いながら、先に立って歩き出した。その小さな背中を見つめつつ、俺は自然と後をついていく。
街中の喧騒を抜けると、徐々に路地が狭くなり、人影も少なくなってきた。
「ここだよ!」
彼女が指差した先にあったのは――朽ち果てた教会だった。壁の一部は崩れていて、至る所が汚れに覆われ、窓ガラスには無数のヒビが入っている。
「…………廃墟か?」
思わず声に出してしまうと、ヘスティアは不満そうな表情を見せる。
「失礼な!ここがボクたちのホームだぞ!」
ヘスティアが頬を膨らませて反論するが、どう見ても廃墟にしか見えない。
俺は腕を組んで建物を眺めた。
「神の住む場所がどんなもんかと思えば……」
俺が隠れ家として使っていた場所のほうが、まだまともな見た目をしていた気がする。
「もー!神様だって色々大変なんだぞ!」
ヘスティアは拗ねたように頬を膨らませながら扉のない玄関をくぐった。
薄暗い室内には薄汚れており、埃の匂いが漂っていた。
「……ここで本当に寝られるのか?」
俺が呆れたように尋ねると、ヘスティアは胸を張って得意げに言った。
「もちろん!ほら、ついてきて!」
そうして歩いた先には、地下へと延びる階段があった。
その先にあったのは、先ほどまでの廃墟とは打って変わり、とても生活感のある小部屋だった。
「ようこそ!ここがボクらのホームさ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さてと、まずは君に
ヘスティアが勢いよく宣言する。
俺はベッドに腰を下ろしながら、その言葉に首を傾げた。
「
「簡単に言うと、ボクたちが下界の子に与えられる成長剤…ってとこかな?君たちの眠っている力を呼び覚ましたり、新たな力を発現させたりできるんだ!」
「へぇ……」
「心配しなくても大丈夫だから!服を脱いで、寝っ転がって!」
俺は言われるがままに服を脱ぎ、ベッドに倒れこむ。
すると、ヘスティアは背中の上に座り込む。
その軽い体重が俺の背に伝わる。
「じゃあ、いくよ……」
静かな声が部屋に響く。
次の瞬間、温かい感覚が広がり、体の奥深くまで何かが流れ込んでくるような感覚がした。
「ふぅ、これで完………」
そこまで口を開いたところで、ヘスティアは動きを止めた。何かを思い出したかのように眉を寄せ、小さな「んん?」という声を漏らす。
「どうした?」
「…………スキルが発現してる」
―――――――
フシグロ・甚爾
Lv:1
力: I 0
耐久: I 0
器用: I 0
敏捷: I 0
魔力: I 0
≪魔法≫
【】
≪スキル≫
【
・早熟する。
・誰かを想い続ける限り効果持続。
・想いの丈により効果向上。
―――――――
「……これがステイタスね」
俺はその内容を改めて見つめながらそう呟いた。
「……テンション低くない?」
ヘスティアが不満げに頬を膨らませながら言う。
「別に、これがすごいのかどうかも分からねぇからな」
「もー!普通ならもっと驚いてもいいはずなんだよ!特にこのスキル!聞いたこともないし、きっとレアスキルだよ!ほら、もっと喜んで!」
「はいはい……うれしいうれしい」
適当にヘスティアをあしらいながら、頭の中で考えを巡らせる。
(呪い……か)
俺に呪力は無い。
だからこそ、誰かを呪うことはできないし、呪いを遺すこともできない。
(……けど、呪うってのは、誰かを強く想う行為そのものなのかもしれねぇな)
そんな考えがふと頭をよぎる。呪いも祈りも、本質的には変わらない。
どちらも人間の強い「想い」が生み出すものだ。
(ったく、とんだ呪いをかけてくれたな……)
こんな呪いを俺にかけるような奴なんて、この世にたった一人しかいないだろう。
そいつの顔が頭の中に浮かび、俺は思わず苦い笑みをこぼした。
「……どうしたの?トウジ君、急に笑ったりして」
ヘスティアが不思議そうに首を傾げる。
その仕草はどこか小動物のようで、思わず目を細めてしまう。
「あっ!やっぱりうれしかったんだろう!」
「ちげぇよ」
俺は否定しながら紙を机に置き、気持ちを切り替えることにした。
考え事はここまでにしよう。今は目の前のことに集中するべきだ。
「そうだ!トウジ君に言っておきたいことがあるんだ」
「なんだよ」
突如、ヘスティアは少し神妙な顔つきになった。
「ボクに話してくれた君の過去……あれは他の神には言わないほうがいい」
ヘスティアの言葉に、俺は眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「神っていうのはね、娯楽に飢えてるんだ……もし君のことを知ったら干渉してくる神が現れるかもしれない」
ヘスティアは申し訳なさそうな顔をしながら続けた。
「そしてそれは、君にとっていいことばかりとは限らないんだ。君の力を利用しようとするかもしれないし、あるいは君を守る名目で自由を奪おうとするかもしれない」
「……なるほどな」
俺は短く答え、軽く息を吐いた。
神ってのがどんなもんなのか…なんとなくわかった気がする。
「心配されなくとも、自分のことをそんなぺらぺら話すつもりはねぇよ」
俺がそう言うと、ヘスティアはホッとしたように微笑んだ。
「そっか!ボクが力になれることがあれば、何でも言ってね!」
彼女の真剣な瞳を見て、俺は小さく頷いた。
「その時は頼らせてもらうさ」
ヘスティアは満足げに微笑み、ベッドに腰を下ろした。
その小さな体から、どこか母性すら感じられる。
「それじゃ、今日はもう休もう!明日から忙しくなるからね!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
俺はぼろいソファに身を横たえるも、眠れずにいた。
思い返していたのは、あの声――
幸せになってね――
俺は薄暗い天井を見上げながら、その言葉の余韻に囚われていた。
「……幸せ、か」
静かに呟くと、その言葉が自分の中で奇妙に重たく響いた。
俺は果たして、そんなものを求めていいのだろうか。
その言葉が俺にとってどれほど縁遠いものか、今更考えるまでもない。
視線を横にやると、ヘスティアが毛布にくるまり、小さな体を丸めて安らかに眠っていた。
(……あれが神ね)
そう呼ぶにはあまりにも小さく、脆く見える存在。
『そう、君は優しい子だ』
ヘスティアは俺にそう言った。
俺の過去を知っても、俺の生き方を知っても、そう言った。
そんなものはもってないと、そう思い込もうとしていた。
だが――
(……違う、
記憶の奥底に、かつての自分が微かに映る。
まだあいつが生きていた頃、俺は確かにそれを持っていた。
あいつを失って、それを捨てた。
だが、俺は捨てきれていなかった。
俺の中にはきっとそれが微かに残っていた。
だから
だから
自分も他人も尊ばない生き方、そんな生き方を選んだくせに――
「……らしくねえな」
自嘲気味に呟く声が、自分でも妙に滑稽に聞こえる。
優しさだの、幸せだの。そんなものを考えるなんて、俺には似合わない。
だが――――――
もし、あいつが俺をここに連れてきたというのなら。
あいつがくれた、チャンスだというのなら。
「生きてみるか……」
今度は自分のために、誰かのために――――
その言葉は誰に向けたわけでもなく、ただ自分の中で響く。
1度死んだ身だ、できないことなんてねぇだろ。
ヘスティアの小さな寝息が耳に届く。無防備で、どこか安心しきったその姿が、妙に心に引っかかる。隣で眠るヘスティアの寝顔を一瞥し、小さく鼻で笑う。
「ま、せいぜい頼りにしてくれよ、
小さく呟き、目を瞑る。
明日から新たな一日が始まるのだろう。
俺はそんな未来に――――明日に初めて「期待」した。
静かな寝息が教会の静寂に響く中、俺はゆっくりと意識を手放した。
お気に入り数が2000超えててビビってます。
何か質問などございましたら、感想欄にどうぞ。
追記
Q:共通語読めたっけ?
A:こっちの世界に来た時、自然と読み書きできるようになっています。
彼自身、そのことについて気づいてはいますが、それ以上に様々なことが起こりすぎて「そういうもんか」とあまり気にしていません。