天与呪縛がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか   作:ウッウ

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#8 鍛冶師

「一、十、百、千、万、十万、百万、千万……高ぇな」

 

思わず値札を睨みつけながら、俺はため息をついた。

目の前に並べられた武具は、さっき見た物と比べると桁違いの値段がついている。

 

刀身に宿る光、金属の輝き、一目で「一級品」とわかる。

どれもが精巧な細工と確かな技術の結晶だ。

 

だがその分、値札に刻まれた桁もまた別次元だった。

 

 

「まっ、特級呪具(アレ)ほどじゃねぇか」

 

俺の脳裏に浮かぶのは、釈魂刀天逆鉾

どちらも数億の価値がある呪具だ。

 

あれほどではないにしても、今の俺には同等かそれ以上のものが必要だった。

 

 

天与呪縛――俺の生まれ持った縛り。そして、この世界に来て得た恩恵。

その二つが絡み合い、俺の力は以前とは比べものにならないほど底上げされている。

 

少し力を込めて振っただけで、柄が折れるのはザラ。

まして全力なんて出せば、一発で使い物にならなくなるだろう。

 

()()()()()()も、武器がもうちょいましだったらもっと楽に勝てた。

 

だからこそ、求めるのは俺の力に耐えられる頑丈さ。

それに加え、まともな切れ味を備えた一振りだ。

 

そう考えながら、俺は店を見て回る。

性能は確かに良い、ただ俺に見合うものが見つからない。

 

「…………はぁ」

 

思わずため息が漏れる。

ここにあるものでも、俺が本気で振ればもたないだろう。

 

そう考えていた時――

 

 

 

「うちの作品を見てため息?」

 

低く、それでいて鮮やかに響く声が背後から聞こえた。

俺はゆっくりと振り向く。

 

そこに立っていたのは、右目に眼帯をつけた赤髪の女。

髪はまるで炎のような輝きを放ち、その鋭い眼差しからはただ者ではない気配が漂っていた。

 

纏う雰囲気は明らかに異質、人間とは思えない威圧感と気高さを感じさせる。

 

 

「あんた神だな?」

 

思わずそう言葉を投げかけると、赤髪の女は目を丸くした。

 

「分かるの?」

 

「似たような空気を持ってるやつが近くにいるもんでな」

 

俺がそう言うと、赤髪の女は軽く笑いながら肩をすくめた。

 

「正解よ、私はヘファイストス」

 

赤髪の女――ヘファイストスは、自らの名を明かすと、目を細めて俺をじっくりと見つめてきた。

 

「それで、何を探してるの?」

 

「頑丈な武器だ。俺が本気で振っても大丈夫なくらいな」

 

俺の言葉に、ヘファイストスの眉がわずかに動いた。

驚きではない。

 

どちらかと言えば、興味を引かれたような表情だ。

 

「ふぅん、ここにあるのじゃダメなの?」

 

ヘファイストスは軽く手を広げて、店内の武器を示した。

 

「あぁ、ダメだな」

 

俺はそれに対し、淡々と答えた。

ヘファイストスはその答えを聞くと、口元に小さな笑みを浮かべる。

 

「へぇ?」

 

ゆっくりと腕を組み直し、その視線をまっすぐに俺へ向けた。

鋭さと好奇心が混じり合った視線が、俺に注がれる。

 

「『本気で振っても壊れない』なんて言葉、簡単に言うけど、あなたにそれだけの力があるってことかしら?」

 

探るような言葉が、その場の空気をわずかに引き締める。

 

 

「あぁ、()()()()

 

短く、けれど迷いのない答えを返した。

その瞬間、ヘファイストスの眉がわずかに動く。

 

 

「…………嘘じゃない、か」

 

ヘファイストスは静かにそう呟いた。

その時――

 

 

 

 

 

「主神様よ、話が……ん?」

 

ガチャリと扉が開き、一人の女が姿を現した。

その容姿は、黒髪に褐色肌。

ヘファイストスとは対照的、左目に眼帯を付けた女だった。

 

「ちょうどいいタイミングで来たわね、椿」

 

ヘファイストスが「椿」と呼んだその女は、腕を組んでじっと俺を見据えた。

 

(この女……強いな)

 

直感的にそう感じた。

立ち姿、重心の置き方、視線の鋭さ――どれをとっても隙がない。

間違いなく、これまでに俺が見たどの冒険者よりも強いだろう。

 

「主神様、こやつは?」

 

椿がヘファイストスを見ながら静かに問いかけた。

 

「そういえば、名前をまだ聞いていなかったわね」

 

ヘファイストスが少し考え込み、俺に視線を向ける。

 

「あなた、名前は?」

 

「……伏黒甚爾」

 

俺が名乗ると、ヘファイストスはその名を反芻するように小さく呟き、納得したように頷いた。

 

「……覚えておくわ」

 

その言葉と共に、ヘファイストスは椿に視線を向けた。

 

「椿、あなたの作品を一つ彼に渡してくれる?」

 

「手前のをか?」

 

少し驚いたような視線をヘファイストスに向けた。

 

「そうよ、あなたが思う一番の作品を持ってきなさい」

 

少し考え込むような仕草を見せ後、静かに歩き出すと、店の扉に手をかけた。

 

「少し待っておれ」

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

数分後、再び扉が開いた。

その手には、一振りの刀が握られている。

 

刀身は漆黒で、光を吸い込むかのように深い黒さを帯びており、刃の部分にはわずかな光沢が見えた。

 

「手前が打った逸品ものだ、大事に扱え?」

 

椿が静かにそう言いながら刀を差し出す。

 

俺はその刀を受け取り、まずはその重みを確かめる。見た目よりも軽く、しかしどっしりとした手応えがあり、手にしっくりと馴染む。

 

「さぁ、振ってみなさい」

 

ヘファイストスが促す声に、俺は無言で頷き、周囲を見渡す。

広めのスペースを見つけると、ゆっくりと前へ歩を進めた。

 

刀を握り直し、足を肩幅に開く。自然と力が入るのを感じた。

 

――いや、違う。力んではいけない。

 

 

――――――脱力

 

 

 

俺は息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

無駄な力をすべて削ぎ落とし、意識を研ぎ澄ませる。

 

純粋に「刃を振る」という行為だけに集中し、それ以外の全てを切り捨てた。

刀を握っている感覚さえも薄れ、意識は鋭く、ただ一点に収束する。

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

足元を踏み締める音と同時に、全身が一つの線となる。

刃は下から上へ――風を切り裂くような勢いで一気に振り抜いた。

 

振り抜いた瞬間、刃先がわずかに音を奏でる。

まるで風そのものが刀に触れ、共鳴しているかのような鋭い響き。

 

手元に伝わる僅かな振動。

鋼の冷たさとその確かな存在感が、全身に染み渡る。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

 

 

 

――ピキリ

 

 

 

 

 

微かな音が耳に届く。

それは鋭い音、金属が悲鳴を上げるような不気味な響きだった。

 

そして、

 

 

 

カラン――

 

 

 

刹那、甲高い音が室内に響き渡った。

それは硬い床に金属がぶつかる音であり、余韻を引きながら耳に深く刻み込まれる。

 

 

そして、手に伝わる重さが変わった。

俺はゆっくりと刀を下げる。

 

 

 

――刀身の先端がない。

 

 

 

意識のどこかで「やっちまった」と呟いた。

刀身が柄元から三分の一ほどのところで、真っ二つに折れていた。

 

折れた断面は鋭利で、まるで紙を裂いたかのようにあっさりと崩壊している。

その刃先は、俺の足元で静かに転がり、光を失ったように鈍い輝きを放っていた。

 

 

一瞬、時間が止まったように感じた。

そしてそれは俺だけではなかったらしい――

 

椿とヘファイストスの二人が、まるで石像のように凍りついていた。

 

二人の瞳は、俺ではなく折れた刀を凝視している。

その表情は驚愕と動揺が入り混じり、まるで現実を受け入れられない子供のように見えた。

 

 

(……待てよ。これ、一体いくらすんだ?)

 

ふと脳裏をよぎる嫌な予感。

この店内に並んでいた刀剣の値段を基に考えると、安く見積もっても数千万……いや、それ以上かもしれない。

 

(……マズいな)

 

冷や汗が背筋を伝う。

だが、どう考えたところで事態が変わるわけでもない。

 

「……わりぃ、折っちまった」

 

絞り出すような声でそう告げた時だった。

 

 

 

「ふは、ふはっはっはっは!」

 

 

空気を切り裂くような豪快な笑い声が室内に響き渡る。

 

笑い声の主は椿だった。

その様子に思わず目を細める。

 

「そうかそうか、手前もまだまだ未熟だったというわけか……」

 

笑い声を抑えつつ、足元に転がる刃先を拾い上げながら呟く。

だが、その目には奇妙な輝きが宿っている。

 

 

「トウジといったか?お前さんに一つ提案がある」

 

突然の申し出に、俺は眉をわずかに寄せた。

椿の表情は変わらず、笑みを浮かべている。

 

「提案?」

 

問い返す俺に、椿は一層口角を上げて答える。

 

「手前と直接契約をしないか?」

 

その言葉に、一瞬理解が追いつかない。

「直接契約」という言葉の意味を測りかね、再び眉を寄せた。

 

「……んだそれ?」

 

「ようするに、お前さんの専属になって、武器でも防具でも手前が作ってやろう」

 

その提案はあまりにも直球で、余計な飾りもない率直なものだった。

俺は言葉を失い、視線を手元の折れた刀に落とした。

 

「いいのか?お前の刀をへし折ったやつだぞ?」

 

静かに問いかけると、手元の刃先を持ち直し、断面をじっと見つめたまま、その鋭さを指先でそっとなぞった。

その仕草は、まるで愛おしいものを撫でるように。

 

「だからこそ……だ」

 

椿は、その断面を見つめながら言葉を続ける。

 

「手前は、お前さんが本気で振っても折れないものを作りたくなった」

 

その言葉に、俺はしばし沈黙した。

目の前の椿は、本気の表情だった。

鋭く、研ぎ澄まされた瞳で俺を見据えている。

 

「改めて言わせてもらおう」

 

椿はゆっくりと俺に手を差し出す。

 

「手前と直接契約をしないか?」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

彼がその場を去り、静寂が店内を包み込んだ。

そこには二人の鍛冶師だけが残されている。

 

「それで、どうするつもりなの?」

 

ヘファイストスが問いかけると、椿は肩をすくめて微笑み、折れた刀を机の上にそっと置いた。指先で刀身の断面を軽くなぞりながら、じっくりと見つめる。

 

「決まっておろう。あやつの力に耐えられる武器を作る。それも、今までにない最高の一振りをな」

 

その言葉には、自信と興奮が滲んでいる。

ヘファイストスは短く息を吐き出し、腕を組んだ。

 

「そうは言ってもね……彼、それを壊したのよ?」

 

穏やかな声ではあるが、その中には驚きが隠しきれていない。

椿が彼に渡した刀には、とある特性が付与されていた。

 

その特性とは、「不壊属性(デュランダル)」―――

いわば、壊れぬ特性である。

 

「驚いたか? 主神様?」

 

椿が視線を上げ、ヘファイストスを伺うように問いかける。その顔には、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。

 

「ええ、随分と驚かされたわ。下界の未知……ってところね」

 

ヘファイストスはため息をつきながら天井を見上げる。

伏黒甚爾――彼の力は、想像の域を超えていた。

 

まるで神をも嘲笑うかのように、彼は「壊れないもの」を壊してみせたのだ。

 

「さてさて、なにを作ろうか?」

 

そう呟く椿の手には、とあるものが握られていた。

 

それは、伏黒甚爾がダンジョンで拾い上げたモンスターの素材――白く輝く一本の牙が握られている。

牙は見事な曲線を描き、硬質な表面に微かな光を宿している。その異質な存在感に、椿の口元が楽しげに緩む。

 

そんな姿を見て、ヘファイストスもまた笑みを浮かべる。

 

二人の間に流れるのは、職人たちだけが共有できる高揚感。

伏黒甚爾に見合う武器――その可能性に思いを馳せる二人の視線は、手元の牙に吸い寄せられ、鋭く輝いていた。

 

 

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