やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
0.でこぼこバディ
日本中どこにでもあるような地方都市。夕暮れが街を照らし、駅前のロータリーには家に帰る人、居酒屋を探しぶらつくサラリーマングループ、まだ帰りたくない若者たちと様々な人間模様が行きかう。
何にもないただの日常である。誰にとっても何事もない、平和としか言いようのない日々が続いている。
しかし、この街においては平和が破られるのは突然である。
音もなく大穴が空に開き、そこから人の世界にあり得ざる巨体が現れる。
何百年と歳を経た大樹を思わせる体表。西洋の竜を彷彿とさせる四足に背を飾る翼。赤黒い鬣がゆらめいている。
そして頭部から体にかけて黒々としたタトゥーが覗く。その体の節々からは虫が溢れ、タトゥーからは黒い靄が染み出している。
”エントモン! 全身が腐食した樹木で構成された植物型デジモン! 溢れるほどに詰まった大量の虫を筋肉として動いており、必殺技は突き出した牙で敵を貫くドライアドスティンガー!”
空に浮かび上がるその体が羽ばたく度に腐食した樹皮が落ちる。溢れだした虫たちは瘴気と化してエントモンの体を包んでいく。黒いタトゥーはパンドラモンによる支配を受けている証だ。しかし、その目は正気を保ったまま悪意に濡れている。
悪意の赴くままに、瘴気と靄があたりに立ち込めていく。その矛先は人へ向けられる。
力ずくの破壊音が不協和音となって一帯を恐怖に染め上げる。
平和を脅かす暗闇。影すら覆いつくす暗黒に、誰もが怯え、竦み、恐怖に体を震わせる。逃げ惑う人々を目下に見下ろし、うれし気に笑うエントモン。破滅をもたらす悪意が、街を絶望に染め上げていく。
だが、それでも現れる光がある。
「まとめて吹き飛ばせ、ホーリーエンジェモン!」
「黙ってろ、今やる!!」
どこからか、力ある言葉が響く。それに応える声と共に、光をまとう風が黒い靄を吹き飛ばしていく。
切り裂かれていく瘴気。異常事態の連続に怯える人々も、その風に顔を上げる。
そして思う。一体この風、光の先には何があるのかと。
その答えは空にあった。
光をまとい、輝くばかりの白い羽を広げる高笑いを響かせるその姿。まさに大天使というべき存在があった。
"ホーリーエンジェモン。法の執行官たる大天使型デジモン"
エントモンの巨体からすればせいぜい1/3程度の姿。それでも陰ることのないその光は人々に希望を与える。
その足元には一人の少年がいる。青いパーカーにジーンズ。右手はポケットに突っ込んだまま、左手にはスマートフォン。
どこにでもいるような少年。だが、その目にはただ強い意志がのぞく。
スマートフォンからは天使と同じ光が発せられており、少年自身もうっすらと光に包まれている。
「さっさと終わらせてもらう。夕飯がまだなのでな」
「作るのは俺だぞ」
少年──長峰草太──の左手、スマートフォンが強く輝き、光の文字が浮かび上がる。少年は右手をポケットから出して、慣れた手つきで光に触れる。トーンと操作音が鳴ると、呼応するように天使の輝きが増していく。
ホーリーエンジェモンの右腕から青白い光が伸びる。選ばれしものだけが持つことを許される聖なる剣、エクスキャリバーだ。
邪悪なデジモンを討つために鍛え上げられた光の剣。青い清浄なる光は悪を断つ至高の一振りとなる。
誰もが空を見上げる。おぞましき黒い靄の竜。対するは輝き放つ大天使。まるで神話を思わせる一幕。人々の心に浮かんでいた恐れや体の震えは止まり、ただただ光を見つめている。もうその目に恐怖はなくなっていた。
エントモンの羽ばたきと共にまき散らされる無数の小さな虫たち。当たれば相手の肉体を枯れ果てさせる即死級の攻撃だが、エクスキャリバーの一振りで瞬時に打ち払われる。邪悪を打ち払う聖剣は伊達ではない。触れずとも、その剣風は瑣末な虫程度を問題にしない。
どちらも完全体であり、レベルは同格。エントモンはゾンビタトゥーによる強化があり、ホーリーエンジェモンには邪悪への特攻がある。どちらも防御をたやすく打ち破る攻撃を有する以上、勝負が長引くことはあり得ない。
様子見はすでに終わり、次なる一撃で全てが決まる。
求められるのは純粋な力。ただ速く強い一撃を叩き込む。それがデジモンの戦いである。そして、そこに一石を投じるのが契約者たる人間、草太の役目である。
スマホを通じて草太はホーリーエンジェモンの力を解放する。その繋がりは2人を繋ぐだけではなく、互いの強い意思のもとに共振すら起こす。オーバーフローした光が、草太へと逆流するように溢れるのだ。
だとしても、ただの人間程度が聖なる力を持ったところで、完全体であるエントモンには脅威とならない。
ならば草太は見ているだけか。そうではない。こと勝負においては見ているだけで得られるものなどない。一瞬でも気を逸らすことのできる手段があるのだ。勝ち筋を少しでも引き寄せる。そのためにできることをやる。だから草太はホーリーエンジェモンと共に立つのだ。
草太がいる道路、その舗装路はエントモンによってぐちゃぐちゃに破壊されている。蜘蛛の巣のようにひび割れており、大小様々に分断されたアスファルト片が転がっている。
一つ手頃なサイズを拾って握りしめる。草太の体に溢れていた力が注ぎ込まれていく。
ホーリーエンジェモンからは草太が見えている。エントモンは草太を歯牙にも掛けない。
大きく一歩踏み出した勢いで、全力のもと握りしめたアスファルト片──石ころを空へと投げつける。ホーリーエンジェモンとエントモンを結ぶ一直線上に、見上げるほどの高さまで、光の尾を引いて石ころが上っていく。わずかばかりの力であるが、そこに宿す力はホーリーエンジェモンの力そのものでもある。
ホーリーエンジェモンはニヤリと笑う。口元を覆う金布でエントモンからは見えなかっただろうが。
石が放物線を描く中、ホーリーエンジェモンが構えをとる。呼応するようにエントモンが突撃を開始する。
カウンターを狙うホーリーエンジェモンと、それごと叩き潰そうというエントモン。
巨体に見合わぬ猛烈な速度でエントモンが空を駆ける。エントモンの必殺技、ドライアドスティンガーだ。
その巨大な牙を以てホーリーエンジェモンを串刺しにせんと、瞬時にトップスピードまで加速するエントモンだが、その瞬間に草太の投げ上げた石ころが強烈な光を発する。
一般に、高速移動中の視野は速くなればなるほど狭くなる。音を破るような突進であれば尚更だ。闇すら照らす爆発的な閃光がエントモンの狭くなった視界を染め上げる。
ホーリーエンジェモンが自らの力が宿った石を起爆させたのだ。もともと自分の力なのだから、その操作もお手の物。
対してエントモンは、突然視界を光で塗りつぶされたことでドライアドスティンガーを狙うどころではない。
それでも歴戦の完全体である。体格を考えれば掠るだけでも与えるダメージは十分と判断し、牙を傾けて接触面積を増やして突撃を続行する。身の丈ほどの牙が迫る中、ホーリーエンジェモンは4対の翼で悠々と空を舞う。ドライアドスティンガーをひらりとかわし、そのままエントモンの下に潜り込む。
そして振り下ろされるエクスキャリバー。エントモンの必殺技すら利用する一撃が、エントモンの顔面から尾の先まで、全てを両断していく。そして振り抜いたホーリーエンジェモンの背後で、両断されたエントモンの肉体がビルの外壁に激突する。
どごんと衝撃音が響くと、ズルズルと地面へと落下してもう一つ大きな音を立てた。
草太のスマートフォンに新たな通知が届く。ヘブンズゲートの使用申請だ。迷うことなく承認をタップする。するとホーリーエンジェモンがエクスキャリバーを空にかざす。その先、何もない中空に巨大な門が生成される。歯車の噛み合う音が響き、門が開く。猛烈な風が門に向かって流れ出す。
その風はエントモンの巨体をも浮かび上がらせ、静かにエントモンを吸い込んでいった。
それが戦いの終わりだった。静かに空に開いた門が消えた時には、天使も少年も姿を消しており、破壊の後だけが今そこにあった現実を伝えていた。
***
現場をさっさと離れて帰り路をいく少年と天使。交わされる言葉には棘が入り混じって険のあるもの。
それでも付かず離れず、二つの影は同じ道を行く。
これはどこまでも独善的で身勝手な天使と、立ち止まった少年が再び走り出すまでの話だ。
※当作品で出てくる各種設定は独自解釈によるものです。