やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ)   作:朝食付き

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3.空をあるくのに大事なこと

 

 高校生活も慣れたもので、入学してから三ヵ月もすれば自分の机にも愛着が湧いてくる。

 交換しろと言われれば仕方ないなと思う程度の思い入れではあるが、それでも人の机に座りたいとは思わない。

 というのが草太の感覚なのだが、世の中同じ感覚の人間ばかりではないらしい。知らない生徒が草太の後ろの席の生徒と雑誌を片手に談笑している。

 

「そこ、俺の席だ。どいてくれ。」

「あれっ、ここの席の人?  悪いね、ちょっと盛り上がっちゃって。」

 

 ガラガラと座席を引きながら立ち上がる生徒。手には盛り上がりの原因となった雑誌がある。いわゆる旅行誌のようだ。旅行そのものにはまるで興味はないが、開かれたページに写っている写真に目が留まる。

 

「お、キミも興味ある?  やっぱりヘリコプターはいいよねぇ。でっかいプロペラ回すっていう発想が素敵よね。おしりにちょこんとあるプロペラも可愛くて笑っちゃうし!」

 

 好みを肯定されたのが嬉しいのか、そのページを開いて草太へと押し付けるかのように雑誌を突き出してくる。思わず受け取る草太だが、興味があるのはヘリではなくヘリにぶら下がる人影、もっと言えば縄梯子である。

 

 先日の戦闘では何とかエアドラモンを退けこそしたが、明らかに高空での行動に難があることはバレたと思っていい。おそらくは次はもっと脅威度の高いデジモンが来る。テイルモンを飛ばす程度ではどうにもならない相手が。

 そうなると、ホーリーエンジェモンに抱えられる姿が現実味を帯びてくる。どうにか他の手段がないかと考えていた矢先のことだった。

 

 いくつか質問をしてみたところ、思った以上に濃ゆい答えが返ってきた。これがいわゆるオタクというやつなのだろうか。同好の士なら逃がさない!とばかりに食いついてくる生徒を相手に、連絡先を交換するのと引き換えにスマートフォンで写真を撮らせて貰う。なお、高校入学後、初めての連絡先交換であった……。正直に言ってその事実に自分のことながら愕然とする草太である。

 

***

 

 もはや日常と化したパトロールの終わり際、街を流れる川の河川敷へと降りる。川の流れが曲がっている場所なのだが、生い茂った雑草と雑木林に視線を遮られている。つまり練習には都合がいい。ひたすら雑草をかき分ける必要があるせいで草太の服には引っ付き虫や蜘蛛の巣が引っ付くことだけが難点ではあるが。ちまちまと服についたそれらを取る草太に対し、そもそも飛行可能なホーリーエンジェモンはきれいなものである。

 

「ちょっとこれ見てくれ。これなら足元も安定しそうだし使えそうじゃないか?」

 

 学校で見せてもらった雑誌には、ヘリからぶら下がる人影が写っていた。スマホのカメラでその撮影した画像を見せる。ぶら下がっている人影は、丸く輪がつけられたロープに足を入れており、片手でロープを保持している。もう片方の足と腕は自由なままで、ずいぶんリラックスした雰囲気に見える。

 

「この写真みたいにロープで足掛けられるようにすればぶら下がれるんじゃないかと思ってさ。ロープも家から持ってきた。」

「これを巻けと?発想の貧しさに反吐が出るな。」

「ダメ出しだけなら黙ってろよ。」

「ちっ、あまり気は進まんが、これを使え。その薄汚い紐よりはマシだ。多少の自由度はある。」

 

 ホーリーエンジェモンの身体にゆるく巻かれた金の帯が伸ばされる。意外と柔らかくてよく伸びる不思議な布でできている。ホーリーエンジェモンとしてもおんぶや抱っこは避けたかったのだろう。珍しく草太に譲るような形で提案をしてくる。

 

「力を込めてみろ。足場になるよう固定すればぶら下がるくらいは出来よう。」

 

 自らに蓄えられたホーリーエンジェモンの力を引き出す。うまく使えるというほどではないが、まあちょっと使うくらいならなれたものだ。あふれる水のイメージで力を外に染み出させる。うっすらと光を纏うと、金帯は草太の手によくなじむ。触れるだけで硬さも形も融通を効かせてよく動く。

 

試しに足を掛けられるようにくるりと末端に輪を作ってみる。そしてその輪に足を入れて体重をかけてみると、少ししなる程度で輪が崩れる気配はない。草太には十分な強度があるように見えた。また、金帯は草太の手が触れると吸い付くように離れない。それでいて離そうと思うとスッと離れていく。元々がホーリーエンジェモンの力であるからして、かなり草太の意志を汲んでくれる便利な帯というわけだ。これならば掴まり続ける握力の心配はしなくて良い。

 

「落ちても拾わんからな。」

 

 言うやいなや一気にホーリーエンジェモンが空へと飛び上がる。無論金帯に掴まる草太も一緒にだ。邪魔にならない程度に伸びた金帯にギュッと掴まり直す。

 高度は翼の一打ち事に増していく。重力を振り切るような力強い加速に置いていかれないように、腹に力を入れて体幹を正す。一枚の帯では有るが、不安定さを一切感じない。曲がりなりにも天使の纏う衣であるからだろうか。

 

 ホーリーエンジェモンといえば、草太を振り落とさんとするが如く、空を縦横無尽に駆け巡る。急停止に加速、急旋回。金帯に掴まる草太もそれに合わせて振り回されていく。しかし無茶な慣性も金帯が緩和するためか、ホーリーエンジェモンの力が草太を満たしているからか、思った以上に余裕がある。逆に草太が体重をかけてみると、さらに軌道が鋭く切り替わる。ジロリと草太を睨む視線もなんのその、テストを続ける。

 

「ホーリーエンジェモン、解放の申請をしろ!どこまでやれるか確かめる!」

 

 風切り音の中、一言伝えるのも一苦労である。

 ポーンと申請の通知。音は聞こえなかったが、振動なら分かる。スマホには新しく落下防止のストラップを付けている。とはいえ普段と違うのは高さだけ。片手で許可を出すのも慣れたものだ。途端にホーリーエンジェモンの輝きが増し、それ以上に速度が上がる。

 

「ちょっ…!」

 

 金帯一つで空にぶら下がる身としては、ジェットコースター以上の迫力を感じる。地上が遠いだけ恐怖感は薄いかもな。と、半ば諦めの境地で振り回されるのを耐える。

 しかし、こうして上空から自分の街を見ることなど早々ない。上からみるとミニチュアのようで、なんだか愉快だ。目を凝らして自分の家も探してみるが、相変わらず好き勝手飛び回られているせいで見つける前に視界が移り変わっていく。風を受けながらくるくると流れていく景色を見ていると、思っていることが零れ出る。

 

「…ここが俺たちの街か。」

「何か言ったか?」

「なんでもねぇよ!」

 

 最後に街全体をぐるりと大回りして、河川敷へと降りていく。流石に地面に足をつくとホッとする。

 

「なんだ、この程度でへばったか。軟弱だな。」

「うるさいな、人間は生身で飛び回るようにできてないんだよ。鳥もどきの人間未満と一緒にするな。」

 

 語気は強いが明らかに虚勢である。膝に手をついて深呼吸を繰り返す様を見てホーリーエンジェモンは溜飲を下げたらしい。いつもなら口げんかの始まりだが、優越感丸出しの視線一つで満足のようだ。草太はその視線に構う余裕すらないので、無事に平和が維持された。

 

「あなたたち、もう少し、なんというか、なんとかなりませんか…?」

 

 明らかに諍いを含むやり取りに呆れた声を出しながら、草むらからテイルモンが現れる。身体についた草や葉っぱを払いながら、器用にため息をついてみせた。

 

「よくここが分かったな。」

「この辺りを中心に飛んでいたでしょう?草太さんも一緒にいるなら目立たない所に降りるでしょうから。簡単な推察ですよ。」

 

 フフンと自慢げなテイルモンに思わず感心する。先日のエアドラモンの件といい、なかなか出来るやつだという認識が生まれつつあった。

 

が。

 

「…こいつは他のデジモンの気配を感じ取れるからな。第一連携するのに私の位置が分からないでは話にならんだろうが。何が推察だ。」

「テイルモン、お前……。」

「いいでしょう、別に!  降りる前からここだって予想してたのは確かなんですから!」

 

 テイルモンの被った猫も大分剥がれてきたな。上げた評価もすぐ下がる。ホーリーエンジェモンに食ってかかるテイルモンも随分素を見せてくれるようになったわけだ。

 

「で、どうしたんだ?」

 

 わざわざここまで二人を訪ねて来たのである。理由があるはずだ。

 

「パンドラモンの協力者が分かりました。」

 

 テイルモンが一息に切り出す。先ほどまでの醜態は影も形もない。

 

「ようやくだな。だがよくやった。当然パンドラモンまでの道筋は抑えているんだろうな?」

「残念だけどそう都合良くはいかないものよ。まずは聞きなさい。協力者の名前は高間こより。14歳の女の子。1年前に交通事故に合ってからずっと意識不明のままだったのが、半年前に突然ベッドからいなくなり、それっきり行方不明。」

「パンドラモン脱走のタイミングと符合するな。」

「ええ、私も同じ意見ですね。念の為にこの街の人間を洗いざらい調べてみましたが、完全に動向が分からないのは彼女だけ。さらに言うならば、事故の後から行方不明になるまでの間に、高間こよりと思われる少女がデジタルワールドで何度か目撃されています。どこにでも現れて、突然消えていく不思議な少女としてデジモンの間で噂になっていたわ。」

「待て、ずっとベッドにいたんだろ?それがどうしてデジタルワールドで目撃されることになる?」

 

 草太の疑問に対してもテイルモンはよどみなく答えていく。

 

「これは推測ですが、事故の衝撃で体と意識が離れたのではないかと。飛び出した意識だけがデジタルワールドに繋がるようになってしまった。そう考えると、体はベッドに寝ているだけですし、意識のある短い間だけデジタルワールドに出現するという理屈にも合います。」

「そしてパンドラモンの前に現れたと?」

「おそらくは。その辺りの詳しい経緯は分からないところではありますが、彼女は意識だけをデジタルワールドに繋げることができた。それを利用してパンドラモンはリアライズした。大筋はそんなところでしょう。詳しくは確保した後に聞けばよい話です。さらに、彼女のその特性を使ってデジタルワールドから他のデジモンを呼び出していたのでしょうね。」

「随分といい様に使われているな。…高間こよりはまともに動ける状態だと思うか?」

「知らん。それもパンドラモンを見つければ分かることだ。」

「少なくとも、パンドラモンから離れられる状態ではなさそうですね。なんとか使い潰される前に見つけなくてはなりません。」

 

 結局のところ、パンドラモンを見つける。それ以外に手はないのだ。それでも街の全ての住人から、ただ一人の少女を見つけるところまで絞り込んだのだ。褒めてほしそうなテイルモンに、期待通りに対応したくない男二人は視線だけでその役目を押し付け合う。こういうときホーリーエンジェモンは絶対に譲らないので、結局草太が渋々ながらテイルモンを褒めることになる。なお、そのあとしばらくテイルモンは大層ご機嫌となるのだった。

 

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