やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
パンドラモンの協力者が判明したことは捜索が大いに進展することを意味する。
手のひらサイズのデジモンを探すのと、14歳の少女を探すのでは難度が全く違う。
パンドラモンが少女を必要とする限り、人が隠れていられる場所がいる。そういう場所を探せばいい。さらに言えば、少女の食べ物も必要だ。人もデジモンも食べなければ生きていけない。パンドラモンが何を糧にしているかは知らないが、高間こよりには食事が必要だ。そしてそれは何かしらの非合法な手段でそれを得ているはず。
高間こよりを探す。指針が決まればあとは動くだけだ。
当然こちらの動きが変わったこともパンドラモンに捕捉されているだろう。
ここからはどちらが先に有効打を打てるか。草太達がパンドラモンを見つけ出すか、パンドラモンが草太達を倒すデジモンを呼び出せるか。
***
その答えは突如として空に現れた。
街に降り注ぐ暖かな日差しが突如遮られる。すわ通り雨かと空を見上げれば、それはそこにあった。
街に注ぐ太陽を覆い隠す程の巨体。地上からこそ形が分かるが、至近距離からでは形すら認識が困難であろう超大型のデジモン。それは巨大な鳥の姿をしていた。まるで島が浮かんでるかのような巨大な鳥だ。
そのサイズによる存在感はこれまでのどんなデジモンの比ではない。
”ケレスモン!オリンポス十二神族の一体に数えられる巨大怪鳥型デジモン!必殺技は巨体を相手に叩きつけるアイランドフリーフォール!!”
当然ながら草太たちも即時集合している。あれほどの巨体に気づかない方がおかしい。
まずテイルモンから情報共有がなされる。かの巨大デジモンの来歴である。
「究極体が何だって?」
先日自信満々にあり得ないと断言した言葉がテイルモンに突き刺さる。
が、予想外の自体など今更問題にしても仕方がない。
「オリンポス神族とかいう大層なデジモンでも操られるのは防げないものなのか?はっきり言ってそれならかなりヤバいぞ。」
「何かカラクリがあるはずです。どう見積もっても究極体を簡単に操れるほどパンドラモンが成長しているとは思えません。」
そうこうしている間にも、ケレスモンからは体の土くれと共に黒い靄が地上に落ちてくる。巨体からすればわずかな量ではあるが、人の身からすれば車が落ちてくるのと大差ない脅威だ。現時点では攻撃的な動きは見られない。だが、できる限り早急に対処する必要がある。
空に座すケレスモンまではどう頑張ってもそのままでは届かない。
練習の成果を発揮する機会が早くもやってきてしまったわけである。だが、単純に飛び回るのと、戦闘のために飛び回るのでは全く話が違う。本当にやれるのか、まさに出たとこ勝負。
金帯を操作して足掛けを作り、手に吸着させて離れないことを確認する。
「ホーリーエンジェモン、まずは様子見だ。本当にケレスモンが操られている状態なのかをまず確認する。あれほどでかいのを呼び寄せるのと、操るのを同時にこなせるわけがない。場合によってはあの上にパンドラモンがいる可能性だってある。油断するなよ。」
「誰にものを言っている。貴様はせいぜい自分の心配でもしていろ。」
すでにこのやさぐれ天使はやる気十分だ。言うやいなや一気に上空へと舞い上がる。
風の音が耳を打つ。この街で一番高いビルを瞬時に抜き去り、生身の人が到達しえない高さまで一瞬だ。
青空が一面に広がる自由の世界。だが、そこにはすべての意思を制限された存在がいる。
ケレスモン。でかい。まるで森が浮かんでいるようだ。
その体にはパンドラモンの悪意の象徴、ゾンビタトゥーが刻まれている。ただし、あまりの巨体に全身を覆いきれず、ところどころに抜けが見えた。これまでの経験上、タトゥーに覆われるほどパンドラモンからの干渉が強まり凶暴化していく。絶対量としてみればこれまで見たタトゥーの中で最大級だが、その巨体ゆえに相対的にはまだ余裕があるようにも見える。
ケレスモンからは明確に敵意が向けられていないことからして、凶暴化させるにはまだタトゥーが足りないようだ。
草太をぶら下げたホーリーエンジェモンが、様子見がてらぐるりとケレスモンを一周する。森そのものといった中央部に対して、外周部は確かに鳥らしき羽根の形が見られる。そしてその頭部、そこには巨大な鳥の顔と全身をタトゥーに覆われた人影があった。
飛び上がる前にテイルモンに説明されたケレスモンの特徴が頭をよぎる。
“ケレスモンは巨大な鳥の姿と女性の姿を併せ持ちます。そして、その女性の姿こそがケレスモンメディウムというケレスモンの本体です。“
推定ケレスモンメディウムは、タトゥーに全身を縛られている。かろうじて兜や手足の鎧が見えるが、身動きが取れないほどタトゥーに縛られている。つまり本体を確実に抑えることで効率的にこの巨体を支配しようとしているようだ。
そして、ケレスモンメディウムの前には、究極体であるケレスモンがパンドラモンに不覚を取った、決定的な理由がそこにあった。
ホーリーエンジェモンがさらに旋回した時、ケレスモンメディウムが抱える影が見えた。
高さにして150cm程度、恐らくは人間だ。ケレスモンメディウムに抱えられるようにしているが、刻まれたゾンビタトゥーはケレスモンメディウムよりも遥かに深く濃い黒に染められている。
高間こより。その変わり果てた姿がそこにあった。
パンドラモンは自らの手足としていた高間こよりをケレスモンを支配するための餌に使ったのだ。
慈悲深き神族が一柱であるケレスモンメディウムが、哀れにも邪悪なるデジモンに苦しめられている人間を見捨てるはずがない。
ケレスモンメディウムの前に放り出された高間こよりへ、ケレスモンメディウムが駆け寄ったその瞬間、ゾンビタトゥーを炸裂させたのだろう。
いかな究極体とはいえ、完全に油断した状況に悪意を叩きつけられたのならばひとたまりもない。
おそらく、あの黒い靄もタトゥーも、高間こよりの命などまるで考えていない。単純にケレスモンを縛るだけの圧をかければ人の体などひとたまりもないというだけだ。
だからこそケレスモンメディウムは高間こよりを見捨てられない。少しでも気を逸らせば高間こよりは死ぬ。パンドラモンはこの上なく効率的にケレスモンを支配して見せたのだ。
そして、死なない限りは使い潰すのがパンドラモンのやり方らしい。
タトゥーに全身を蝕まれた少女の体が、パンドラモンの意思に従って腕を振るわされる。円を描くように腕を空に向けると、空に穴が開く。デジタルワールドへと繋がることのできる特異性が、パンドラモンの力を注ぎ込まれることで空間に穴を開けられるほどに高められている。空に空いた穴からは次々とデジモンが出現していく。
人質であり、手下を生み出すための装置でもあるのだろう。
当然、リアライズされたデジモンたちは困惑した状態である。その隙にケレスモンから伸びた黒い靄がデジモンたちを包む。瞬時にゾンビタトゥーに感染させられ凶暴化していく。たちまち空はパンドラモンの支配下となったデジモンで溢れかえる。
早速草太とホーリーエンジェモン目掛けて殺到してくる、でかいクワガタやトンボ、角のある赤い鳥に悪魔のようなデジモン。
それらがまとめて攻撃を仕掛けてくる。レベルとしてはおそらくホーリーエンジェモンの方が上。だが、今は草太という重りがある。ただでさえホーリーエンジェモンには飛び道具がない。8枚の翼による圧倒的な機動力ですれ違いざまの斬撃を与えるのがホーリーエンジェモンのスタイルだ。しかし草太がその機動に耐えられるかは怪しい。ましてや敵は増え続けているのだ。このままではジリ貧である。
まずはリアライズを止めなければ話にならない。いくらホーリーエンジェモンとはいえ、際限なく増え続ける敵を相手に戦い続けることなどできない。
ならば、第一に高間こよりを助け出す。そうすればケレスモンメディウムの手が空く。守らないとならない人間がいなければタトゥー程度自力でなんとかできるはずだ。
「ホーリーエンジェモン!あの子とケレスモンメディウムは俺がやる!お前はあいつらをなんとかしてくれ!」
「出来るならならばさっさとやれ!」
ホーリーエンジェモンが一気にケレスモンへと突っ込んでいく。一息にケレスモンの背中にある森へと飛び込み、巨大な木々をジグザグに抜けてデジモン達を引き離しにかかる。ホーリーエンジェモンほどの機動力を持たないデジモン達は、高度をあげて先回りを行う。
その隙に草太がケレスモンに飛び移る。勢いを殺しきれずごろごろとケレスモンの体表を転がりつつ、ケレスモンの頭部──高間こよりとケレスモンメディウムの元へと駆け出す。
これまでの度重なる戦いで、ホーリーエンジェモンの力はパスを介して草太に蓄えられている。草太自身では金帯を操作する程度のことしかできないが、元は大天使が有する聖なる力だ。それを十分に蓄えた草太の体自体がパンドラモンへ特効的に作用する。
だから草太自身がゾンビタトゥーに直接接触すればかき消すこともできるはずだ。なんならホーリーエンジェモンと共振している状態であれば、一気に消し飛ばすくらいの効果はあるはず。
ケレスモンの背中に生い茂る森は思ったよりはさっぱりとしている。足を取られるような低い草木はない代わりに、でこぼこと木の根が這いまわり足元は非常に悪い。だが、これまでの戦いは草太自身をも大いに鍛え上げていた。広い面を一度に認識する空間把握能力、自身の体をイメージする通りに動かす集中力、走り抜けるだけの体力と脚力。
まるで舗装路を駆け抜けるかのような速度で森を抜け、一気に首を渡って2人の元へと走る。
先に気がついたのはケレスモンメディウム。身動きの取れない中でも、わずかに唇を震わせる。
‘この子を、お願い’
全身を黒い靄で締め付けられながらも、自らよりも人の無事を願う。確かな善意を持って人を助けようとするその意志に応えたいと思う。だから答えは一つだ。
「任せろ。」
なんとなく、試合のことを思い出す。先に点を取られたり、逆転を喰らったり、コーナキックにPK。ピンチの時もチャンスの時も、ボールが回ってくると、みんなから声がかかる。
“頼む!”
“なんとかしてくれ!”
“やっちまえ!”
“行け!”
いつだって答えは一つだ。任せろ。ただ一言でいい。
期待に応えられることも、応えられないこともあった。だが、諦めたことはなかった。
どんなに勝ち目が薄くとも必死に足掻いて状況を動かしてきたのだ。
だから、今回もなんとかしてみせる。なんといっても、自分には大天使がついている。これほど心強いことなど、ない。決して言葉にすることはないし、認めることはしないけれど。
真っ黒に染まった人影──高間こよりへ手を伸ばす。腹の底に力を込めて、ホーリーエンジェモンから預かっている力を溢れさせるように。かの大天使と比べれば遥かに弱く、それでも人の身に余るほどの聖なる光が草太の体を包む。その光は、少女を包む黒をも照らす。肩へ触れると、触れた先から少しずつ黒が薄まっていく。これならば行けそうだ。なんとかできる。
その希望を、草太の油断こそをパンドラモンは待っていた。
瞬間、少女の身体から膨大な量の靄が溢れ出し、草太を飲み込んでいった。
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