やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
おもちゃのまちで迎える晩御飯は広場でのバーベキュー、もといまんが肉の焼き肉だった。草太にとっては衝撃的なことに、この世界では畑に肉が実る。しかも漫画で出てくるようなお肉。それを収穫して、焚き火で炙ったのが今晩のメインディッシュというわけだ。心の中で畑の肉はそういう意味じゃないとツッコミを入れるものの、誰に届区分けもなく。
「ん? お前ら普段は肉しか食べてないのか? 普通の料理とか、この世界にもあるんだよな?」
料理というと嫌が応にも浮かんでしまう、いけすかない顔を思い出して眉を顰める。だがこの丸焼きがデフォルトの料理と言われた場合、これまであの穀潰しに教わってきた調理方法はどこからきた技術なのかということになる。
「うん? ああもちろん普通の料理だってあるとも。ただ、小さいうちはあまり料理する必要もなくってね。肉一つでお腹が満たされるし、凝った料理を作っても何せ腕がないから。食べやすくて用意しやすい方が便利なんだ。草太の世界のような料理ももちろんあるから安心してほしい。」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど、まあいいか。これはこれで美味いしな。」
「お口に合ったようで何よりだよ。」
ぎゅっと引き締まった肉を噛み締める。見た目は漫画みたいな肉なのに、噛むほどうま味が染み出してくるから不思議だ。これが極上肉になると脂がのってさらに美味しいのだという。だが、草太としては歯応えのある赤身肉の方が好みだ。やはり肉なら歯応えで肉を食べているという実感が欲しい。見た目はアレだが、美味しさについては文句のつけようもない。最近はここまで肉肉しいご飯を食べることが少なかったから、大満足の夕食であった。
***
焚き火がおもちゃの街にゆらめく影を作る。異世界ならではの馬鹿でかい月は、夜を意外なほど明るく照らしている。穏やかな月明かりの下で見ると、おもちゃのまちらしく、至る所におもちゃが落ちている。
あとは寝るだけの身である。腹ごなしにのんびりと街をぶらついてみる。
幼年期の子らが遊んだ後に片付けないまま置いていったものだろう、ブリキの木馬や竹馬、フラフープ。どうやって遊ぶつもりだったのやら。妙にレトロなおもちゃばかりだが、草太としては物珍しいものばかり。時々まだ寝たくない幼年期の子がおもちゃを咥えて駆けていくのも見かける。もしかしたら抱き枕にでもするのかもしれない。
そして、とうとうお目当てのものを見つけた。ボールだ。草太が一番に思いつくおもちゃ。どんなおもちゃより付き合いが長い。子供にとって無条件に楽しいもの、それがボールだ。だからきっとあるだろうと思っていた。
通常のサッカーボールよりは一回り小さい。草太の部屋に埃を被ったままの、初めて買ってもらったボールに良く似ていた。手を伸ばして、胸元に引き寄せる。空気はパンパンに入っていて、良く弾むに違いない。
軽く地面に着いてみる。思った通り気持ちよく弾んでくれる。地面に落ちる前に、右足を差し出す。ボールをしっかりと見て、足の甲で蹴り上げる。当然蹴られて浮き上がるボール。落ちてくるたびに蹴り上げる。ただのリフティング。かつてはチームメイトとバカ話で盛り上がりながらでも続けられたのに、今は全力で集中しないとどこかに飛んでいってしまいそうだ。
でも、ちゃんとできている。
どれだけ諦めたふりをしたって無駄だった。どんなに遠ざけたってボールを蹴りたいっていう気持ちが消えることはないのだ。サッカーが好きで仕方がない。どんなに下手くそになったとしても、ボールを蹴ることをやめられるわけがないのだ。
パンドラモンを相手に全力で振り抜いた右足の感覚がまだ、自分の一番深い部分に残っている。あれが本当のサッカーボールだったらもっとよかったのだが。でも、あんなに楽しいことをやめられるわけがない。伊達に物心つく前からボールと過ごしているわけではないのだから。
と、よそごとに気が回ったせいでボールはあらぬ方向へと弾んでいく。コロコロと転がるボールを止めたのは黄色くて柔らかそうな足。もんざえモンだ。
「もんざえモンか。ありがとう。こっち戻して貰えるか?」
「いいとも。むふふ、草太のボール捌きは見事なものだね。でも私もボール遊びなら自信があるよ。」
そういうと、草太の胸元へとボールを蹴り上げてみせた。柔らかな軌道を描き飛んでくるボールを胸でトラップして勢いを殺す。そのまま足元へと落とし、ぎゅっとボールを地面に押さえつけて完全に静止させる。
「へえ、うまいもんだな。ならちょっと付き合ってくれよ。」
「もちろん。子供の相手をするのが私の役目だからね。」
「そんなに子供のつもりはないんだけどな。」
「私からみれば同じようなものさ。草太は…成長期ってところかな。」
「まあ間違っちゃいないか。それにしても綺麗に蹴るもんだな。」
「まあね。ボールは子供の好きな遊びの一つだから。さんざん練習したものさ。」
ボールがお互いの間を弾み、草太ともんざえモンの会話も弾む。
もんざえモンが取りやすいように、ただそれだけを考えてボールを蹴る。試合でするような、対戦相手のマークを引き剥がしたり、味方の限界ギリギリを攻めるようなパスではなく、戦術を実現するための狙いすましたパスでもなく、受け取りやすいようにとそれだけを考えたパス。それは懐かしい感覚だった。父にねだって連れていってもらったサッカー教室。初めて会う知らない子とパス回しをした。
こんな風に、ボールを渡すよって気持ちで蹴るんだって、その時の先生が言っていた。そんなことを思い出す。
だからだろうか、今まで誰にも話したことのない、怪我によって生まれた鬱屈がするりと口から出てきた。
痛みへの恐怖と、それでもボールを蹴っていたいという欲求。なぜ自分は諦めてしまったのか。それは暗く出口のない淀みだ。
「多分、サッカーすることで得られるものに縛られてたんだな。結構いい選手だったから、ずっとチヤホヤされててさ、サッカー以外のことに全然見向きもしなかった。でも段々とそれだけの時間を費やしたんだから、絶対に上手くならないといけないって、自分をひたすら追い込んでた。何せ他のことなんて全然知らないままだったから。…怪我の後、卒業の時にさ、3年間ずっと一緒だったよねってクラスメイトに言われたんだ。でも、名前すら覚えてなかったんだよ俺。ひどいやつだろ? サッカー上手いから許されてたって、そういう自覚もあったから、いざ怪我で走れなくなって、ボールを蹴ることがなくなった時には心底怖くなったんだ。だから元のようにボールを蹴らなくちゃならないって、絶対そうしなきゃならないって思ってたから、それができなかったことに心が折れた。しかもさ、それすら怪我のせいで仕方ないって、分かりやすい言い訳ができて安心もしてた。」
もんざえモンは、静かにパスを回しながら、この下らない独白を聞いてくれている。
「上手くなるほどみんなの期待とか、頼むぞって言葉とかが重く感じられてさ。だからもう上手くならなくてもいいって、そういう言い訳ができたことにホッとした。でもカッコ悪いだろ、そんなの。だからそんなこと認めたくなかった。そんなに弱気な人間じゃないって、自分のダメなところから目を逸らしてた。…んでさ、そんな時に初めてデジモンと会った。すげぇ鬱陶しいやつでさ、全然気が合わねーの。普通に話すより喧嘩してる方が多いくらい。正義がどうのこうのってでかい言葉使ってさ、自分が気に食わないだけの癖にとやかく言うもんだから、俺も一言言ってやりたくなるっていうか。なんだよもんざえモン。その顔やめろよ。ああもう、奴の話はいい。……でも、サッカーとか怪我のこととか、そういうの全部関係なしに話をできる相手だったのは、まあ、悪くなかった。一気に騒がしくなったし、忙しくて感傷に浸る暇もなくて、もしかしたらそのまま違う人生が始まるんじゃないかとも思った。──でもさ、やっぱり忘れてられないんだ。どんなに下手くそになっても、がっかりされるため息が聞こえたとしても、俺はボールを蹴ってるときが一番楽しいんだ。それを忘れた振りして生きてくなんて出来ない。」
気がつけば焚き火も弱まって、月明かりも雲に隠れ始めている。もうそろそろやめ時かもしれない。ただ、こんなに自分の気持ちを吐き出すことのできる機会はもうないと思う。だから、最後に一言だけ続けさせてもらう。
「俺さ、もう一度サッカー始めようと思ってる。プロとかまでは流石に考えられないけど、サッカー部に入れてもらって、もう一度ボールを追っかけるんだ。あんなに、こんなにも好きなのに、辛かった思い出だけで終わるのは嫌だからさ。散々みんなに心配かけて、もう辞めるとか言ってたのにな。我ながら勝手だと思うけどな。」
ボールをぎゅっと上から押さえてみる。止まったボールを今度は足の裏で転がす。そしてもんざえモンに転がるパス。
心の奥底の感情を、声に出した。それで変わるものがあるわけではない。草太が一人こぼしただけの、ただの言葉だ。最後に自嘲がでたのは草太の甘えでもあった。
だからもんざえモンは甘えを肯定する。
「ここはね、おもちゃのまちだよ。子供のためにこのまちの全てがあるんだ。私はこのまちの住人だよ? 実は私はね、背中を押すのだって得意なんだ。」
ぽかんとする草太を見て、もんざえモンが微笑む。
「──草太が1人でボールを蹴っていた姿を私は見てたよ。すごく真剣に、誰より楽しそうに目を輝かせてた。草太はサッカーが好きなんだろう?好きなことを続けたいって思うことが悪いことなわけがないんだ。草太がそんな風に夢中になる姿を見てうれしく思う人はいないのかな?私はすごくうれしくなったよ。草太の真剣な姿を見て、自分も頑張ろうって気持ちになる人はいないのかな?きっとここにいる子たちは、草太の姿に夢を見るよ。草太が楽しく過ごすだけで周りの人が笑顔になる。素晴らしいことじゃないか。私は、草太を応援する!」
もんざえモンの言葉に胸が熱くなる。そうか、自分に期待してくれる人がいる。まだ輝きが残っているといってくれる人がいる。それはとても幸せなことだ。視界が少しだけぼやける。もんざえモンからのパスを受け取り損ねてしまった。後逸したボールを追いかけながら目元を拭う。濡れた指先でボールを持ち上げ、振り向く。
「そろそろ寝るか。」
「うん、そうしようか。」
後は焚き火のはぜる音だけ、街は静かな夜に戻る。
貸してもらった家の中、月明かりが窓から差し込む。どこかから遠吠えが聞こえる。寝静まったまちであっても全くの無音にはならないことを知る。気持ちを吐き出したせいで妙に目が冴えてしまっている。それでもだんだんと眠りに落ちていく。
そうして見た夢は、確かに草太を幸せな気持ちにするものだった。