やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
何かいい夢を見ていた気がする。
すっきりと目覚めた草太は、調子の良さを感じる。おもちゃの家のベッドは思ったよりも寝心地が良かった。リアルワールドでの大立ち回りにデジタルワールド入り、幼年期たちの相手に家の修復。これだけ働いた後なら、藁のベッドだったとしてもぐっすりだったかもしれない。
一晩を楽しく過ごした後でいうのもなんではあるが、どうやってリアルワールドへ戻るのか。棚上げしていた難題が朝一の頭に不安としてのしかかってくる。せっかくのいい目覚めも台無しだ。
ベッドから起き上がり、まずは顔を洗う。そして水差しから水を一杯ついで飲み干す。
元の世界に帰らないといけない。それ以外の選択肢はなかったとはいえ、自分がいなくなることで起きる問題は小さいことではない。何せ主戦力たるホーリーエンジェモンの能力がガタ落ちだ。いいとこ成熟期程度、戦力として心許ない。次にパンドラモンがどのような手を使ってくるかは分からないが、この隙を見逃すことはないだろう。テイルモンと力を合わせたところで焼け石に水だ。
頭をガシガシと掻きながら、やれることのなさを嘆く。当てはないことはない。テイルモンは普段からデジタルワールドの天使連とかいう所属団体と連絡をとっているから、草太の居所を探しているはずだ。ホーリーエンジェモンもテイルモンもリアルワールドから来ているわけだから、自分を戻すことだってできるはずだ。が、その迎えがいつになるか。
パンドラモンは自らをリアルワールドに導いた少女すら捨て駒にしてみせた。究極体という鬼札のために少女を切ってまでホーリーエンジェモンを排除しようとして、見事に成功したわけだ。
この状況は逃せない。もし草太なら一気に畳み掛ける。パンドラモンが草太の役割をどの程度把握しているかは不明だが、草太さえ戻ればホーリーエンジェモンは力を取り戻せる。その程度は予想しているはずだ。だから草太が戻る前に勝負を決める。そのための手段がパンドラモンにあるか?
──ある。パンドラモンの権能。災いの生成がある。
ゾンビタトゥーで手駒を増やし、恐怖を刻みつけて戦力とした。しかしホーリーエンジェモンの聖なる力はそれに対処できた。対策を打つならここだろう。次の災いが浄化できる類のものである可能性は低い。いや、確実に悪意を増した災いになるはずだ。
延々と答えの出ない悩みに向き合っていると、ノックの音が響く。
「おきてる??朝だよ!おきな?」
ドアを開けるとやはりツノモン。朝食ができたから呼びに来たとのこと。
「なんか困ってた?眉にしわが残ってるよ?ご飯前にそういうの良くないから、困るのは食べてからがいいよ!」
なんだよそれ、と思わず笑ってしまう。だが実際その通りでもある。備えは必要だが、いたずらに不安だけ広げるのは良くない。ツノモンと連れ立って広場へ向かう。
広場ではどこから出したのか、七輪で魚を焼く黄色いくま、もといもんざえモンの姿。体に魚の匂いが染み付きそうだと思いつつ、挨拶をする。
「やあおはよう。良く眠れたかな?」
「おはよう。良く眠れたよ。それにしても七輪まであるんだな。」
「せっかくのお客様だからね。魚が嫌いでなければいいのだけど?」
「魚も好きだ。昨日の肉も美味かったから期待してる。」
「むふふ、期待に応えないとね。ツノモン、君も食べて行くだろう?」
ウヒョーッと飛び跳ねるツノモンを邪魔にならないところまで引き戻す。昨日の肉も肉汁を噛みしめるようや歯ごたえと旨味が非常に美味しかった。きっと朝ごはんも美味しい。ツノモンの喜びようも分かるというものだ。しかしただ饗されるだけというのもすわりが悪い。せめてもの手伝いとして机を拭いておく。
七輪から上げられて皿に載せられた魚は、デジタルワールドの特有種だという。たまに街に寄ってくれる釣り人からもらったものらしい。ハシバミのような香菜も、白い皿によく映える。
じっくりと炭火で焼かれた魚からは余計な脂が程よく落ちて艶やかだ。飾り包丁を入れられて捲れた皮は見るからにパリッとしている。それでいて白身はふっくら柔らかそうだ。
添えられた柑橘の実を絞って上からかけると、じゅっという音が耳に心地良い。
さあさあと勧められるままに箸を入れる。想像通りにパリパリと裂ける皮。その先は抵抗がほとんどなく、静かに箸が沈んでいく。身離れも良く、ほかほかと香りたつ湯気ごとパクリと口に入れる。爽やかな柑橘の香りが鼻にぬけ、次いで良く焼けた皮の香ばしさが突き抜ける。白身はふわりとした口当たりでありながら、ぎゅっとした歯応えをもつ。噛むほどに染み出す旨みが口内を染め上げる。ごくりと飲み込んだ後も、じんわりと舌全体においしさが残る。
「うまいな…。これはご飯が欲しくなる…。」
嬉しそうなもんざえモンの視線。一心不乱に食べ続けるツノモン。
いちいち感想をいうものでもないなと、ツノモンを見習って箸と口を動かす。黙々と食べ続ける2人にもんざえモンは満足げだ。
最後の一切れを飲み込むと、ふぅと息をつく音が二つ。見ればツノモンもちょうど食べ終えたところらしい。見事にシンクロした動きに笑ってしまう。美味しいものを食べた後の反応は種族が違っても同じようだ。そしてごちそうさまと手を合わせる。
「いい食べっぷりだったね。見ていて気持ちいいくらいだったよ。」
「これだけ美味けりゃ夢中にもなる。本当にうまかった。なんか今すごい幸せな気分だ。」
「そうとも。美味しいご飯をみんなで分かち合うことほどの幸せは他にないからね。」
確かにと頷く。腹を満たす喜びは実際すごいものがある。つい気が緩む。緩んだおかげで余計な一言が溢れる。
「これだけうまいなら、そのうち変な天使が来るかもな。」
「草太のパートナーかい?」
「ん゛。いや、口が滑った。というか奴とはそんな大した関係じゃない。ただの…なんていうか。まあうちの居候だ。性格悪いし口うるさいから追っ払った方がいいかもしれない。…この魚食べた後はなんも言えなくなるだろうけどな。」
「ふふふ、なら大歓迎をしなきゃならないね。腕によりをかけて美味しいご飯をご馳走するさ。」
古今東西うまいご飯を嫌うものなどいない。あの食通気取りでも、もんざえモンの料理には文句の一つも出るまい。面食らって静かになるアホヅラが目に浮かぶようだ。
ひとしきりそんなことを考えて、そのアホヅラに会うための手段に思考が戻る。
「どうやって戻ろうかって考えているね?」
「ああ。いくらでもここで世話になっていたいところだけど、やらないとならないことが待ってる。もんざえモンとツノモンがこの街を好きなように、俺も自分の街のことが割と好きだ。だから戻らないと。」
「そっか、草太も行っちゃうんだね…。」
しょんぼりと項垂れるツノモン。罪悪感を突かれる草太であったが、この幼年期の立ち直りと切り替えは草太の及ぶところではない。
「じゃ、次に来るときには僕の作った街を見せたげる!おもちゃのまち2だよ!」
「……それ分かりにくいと思うんだけどな。でもいいな。お前の作った街なら喜んで遊びにいく。そん時はよろしくな。」
「おー!」
「おやおや、私にも会いに来ておくれよ?」
「もちろん。またうまい魚を食わしてくれ。力仕事ならいくらでもやるからさ。」
***
「さて、草太。元の世界に帰る当てはあるのかな?」
「ある。天使型デジモンを頼る。天使連つって、うちの穀潰しが所属している組織がある。そこなら戻る手段があるはずだ。」
「天使連ねぇ…。天使型デジモンならここから北にある、氷の街に集まっているって聞いたことがあるよ。ただそんな組織と繋がりのあるかは分からない。」
「いや、それでも構わない。人間は結構珍しいんだろ?天使の街に人が現れたってなら話が届く可能性は高い。それに、天使連から離れたところに飛ばされたとは思ってないからな。多分そこで当たりだと思う。」
「一応念のためだけど、歩いて行くつもりかい?」
「流石にここの一輪車ってわけにもいかないしな。」
「むふふ、そうだね。ならちょっとは力になれるかもしれない。一輪車で旅する草太を見て見たい気もするけどね。ちょっと待っててくれるかな。」
そうして待つことしばらく、もんざえモンが何者かの首根っこを掴んで引きずって戻ってきた。大蛇のような体に大きな翼、頭骨をかぶったような白い頭部。エアドラモンである。以前草太もやり合ったことがあるデジモンだ。
「いい加減離せよクマやろう! 俺を誰だと思ってんだっての!」
「いいからお話を聞こうね、エアドラモン。ほら大人しくする!」
ぎゅっと睨みつけるもんざえモンの姿はなかなか不気味なものがある。普段の話し方は見た目を随分和らげていたんだなと思わないでもない。
「うちの家を壊したのは君だろう?こちらの草太がね、代わりに直してくれたんだよ。まずはお礼を言いなさい。」
そういってエアドラモンの頭を無理矢理下げさせる。これはもしかしたらかなりもんざえモンも鬱憤が溜まっていたのかもしれない。いだだだと叫び声に合わせてヤケクソじみたありがとうの声が届く。
以前遠目に見たエアドラモンはパンドラモンの支配下だったせいか無機質な印象だったが、このエアドラモンはだいぶ表情豊かだ。
「草太、このエアドラモンが君を氷の街まで連れてってくれるそうだ。」
「そんなこと言ってねぇだろうがヨ! …あ、いや、わかった! わかったからその目をやめて!」
「じゃ、エアドラモン。氷の街まで頼むわ。」
色々力関係が働いているようだが、草太としては乗せていってもらえるなら万事OKだ。無事話し合いも済んだので、後は出発するのみ。最後にもんざえモンとツノモンに世話になった礼を言う。
「本当に世話になった。ありがとう。」
「いやぁ、いいってことよ?!」
「そうそう、ツノモンの言う通り。一晩なんてあっという間だから世話のうちに入らないよ。ふふふ、なんでそんなに良くしてくれるんだって顔をしてるね?昨日も言ったけれど、私はね、子供の味方なんだ。ぬいぐるみだからね。どんなことがあっても、子供の力になりたいって思うんだよ。それに、子供の笑顔を見るのが何より嬉しいんだ。だから草太をほっとけなかった。それだけさ。ちょっとは草太も、この気持ちがわかるだろう?」
昨日相手をした時の小さなデジモンたちを思い出す。たわいないコメント一つ一つに一喜一憂していて、初対面の草太に全幅の信頼を置いていた彼ら。なるほど、確かにその通りだ。
「ああ、そうだな。なら最後まで甘えさせてもらう。でも礼は礼だ。もんざえモン、ありがとう!」
優しさには元気で応える。もんざえモンが頷く。
そしてもんざえモンの隣に膝をつく。威勢は良くても口数が少なく、しょげているツノモンに、同じ子供として話をする。
「ツノモン。おもちゃのまち2、絶対作れよ! 俺が次に来た時に、このまちとそっちのまち、どっちに行くか迷うくらい立派なやつを頼むぜ。」
「……仕方ないなぁ! ぼく、がんばって作るからね! 草太も元の世界に戻ってもがんばるんだよ!」
「ああ! 約束だ。」
「じゃあぼく、すぐにどこに作るか考えなきゃだから! 草太!バイバイ! またね!!」
そう言ってぴょんぴょんと勢いよく街の中心へと戻っていく。少し震えていた声には気が付かなかったことにする。名残は惜しいが、やるべきことは決まった。
エアドラモンへと向き直る。
「じゃ、氷の街までよろしくな、エアドラモン。」