やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
エアドラモンの背中は思ったよりも暖かい。角を掴んで過ぎ去っていく景色を見ているが、首元の羽根が意外なほど風を避けてくれる。
「あーあ、貧乏くじ引いたモンだぜ。」
「愚痴るなよ。お前からすりゃ大した距離じゃないだろ?」
「勝手なこと言いやがってよゥ。もんざえモンの頼みじゃなきゃ振り落としてるところだぜ。」
変なイントネーションでぶつぶつと文句を言い続けるエアドラモンだったが、草太が適当な声かけをしているうちに機嫌を直したらしい。案外と単純な性格のようだ。
「お前もしかしておもちゃのまち出身なのか? やけにもんざえモンに頭が上がらないし。」
「…そーだヨ! 俺も家を壊したの悪いって思ってたんだけどサ、この体だろ?ブロックの組み立てどころか取り外すのも無理なんだから、困っちまってヨ。」
「酔っ払ってたって聞いたぞ。飲むなとは言わないけど程々にしろよ。自分のいた街なんだからさ。」
「ショージキ反省はしてっからさ、あんまり責めないでくれヨ。」
「んで、届かない相手にどうしたんヨ?」
「ああ、テイルモンってやつをさらに上空までぶん投げてさ、背中に飛び乗って高度を下げさせたんだ。」
「マジか! 正気じゃねぇな!」
「だよなぁ。つーか、同じエアドラモンでも気にならないモンなのか?」
「お前らだって同じ人間が暴れたのを取り押さえられたって聞いて怒りに燃えねぇだろ? それとおんなじヨ。」
途中いくつかの街によって食事と休憩、睡眠を済ませる。
家を壊した当人ということで警戒していたのは初めだけ。蓋を開ければ単なる脳筋だったエアドラモンは、草太にとっては馴染み深い体育系のバカだ。自分がそうだったので扱い方は手慣れたもの。思いの外気楽な空の旅となった。
途中の街でも人間を珍しがったデジモンからのちょっかいやら、なぜか困りごとを相談されたり、旅を続ける人間との交流があったり。トラブルはあったが、無事に氷の街まで到着することができた。
空の上から見下ろす街は、氷の街というだけあって一面が薄水色の氷に見える。街の中心にそびえる塔は氷の結晶を模しているのか、幾何学的な形状が壁に刻まれている。街中が氷でできているわけではなかろうが、そう思えるくらいに肌寒い。まるでこの街一帯だけが冬に覆われているようだ。おかげでひたすら手をこすり合わせる羽目になっている。
途中の街で上着を手に入れてはいたが(以前来た人間のものらしく、手に入れるのも一苦労だった)、震えが止まらない。
「あのよゥ、流石にこの寒さは俺もしんどいゼ。これでもルーツは南の方なんでサ。」
「確かに派手だもんな。よし、ここまでで大丈夫だ。もう街はすぐそこだしな。」
ここまで連れてきてくれたことについて感謝の言葉を告げる。妙にクネクネとエアドラモンは変に照れている。かなりのお調子者だからあまり正面から感謝された経験がないのだろうな。そんなことを思いつつ、実際リアルワールドの状況を心配して思い詰めないで済んだのはその剽軽さのおかげでもある。
「本当に助かった。ありがとう。帰り道も長いし気をつけろよ?それと、もんざえモンとツノモンにもよろしく言っておいてくれ。」
「あいあい。ま、オマエと飛ぶのはなかなか楽しかったゼ!じゃあな!!」
そう言って螺旋を描きながら空へと舞い上がっていく。ピューっときた道を戻っていくエアドラモンを見送り、氷の街へと踏み出す。正直寒くてたまらないから、歩くほうがマシなのである。
ざくざくと足音が鳴る。一面が霜柱でおおわれた地面を歩いていく。ここからでも見える青白い門は、おもちゃの街とは違ってずいぶんしっかりとしている。
門までの道は一人だ。なんだかんだでもんざえモンやツノモン、エアドラモンと一緒にいたから一人になるのは久しぶりだ。街まであと少し。一歩ずつこの世界から離れていくんだと思うと少し寂しさがある。みんなが遊んでいる中先に帰る時の感覚だ。でも、帰ればまたサッカーができる。あれほど憂鬱だった気持ちがすっかり前向きになっていることに一人笑う。門の前に立つまでには、このなんとも言えない気持ちを整理しないといけないな。そう思いながら、ゆっくりと歩いていくのだった。
***
「とまれ。……人間か?この街に何の用だ?」
「リアルワールドに戻るための手段を探しに来た。この街にいる天使型デジモンたちに話を聞きたい。通してもらえるか?」
「……しばし待て。」
門番らしきデジモン──草太は知らないがブルーメラモンという──が2人、用件を話すと片方が門の中に入っていく。割とセキュリティはしっかりしているらしい。が、できればさっさと中に入れてほしいところである。なにせ寒い。体が冷えないように立ち止まらずその場をうろうろする。しかし青く燃えているくせに、全く暖かそうに見えないデジモンだなと内心愚痴を吐く。そうこうしているうちに許可が下りたようだ。門の中から先ほど中に入っていった方のブルーメラモンが草太を呼び寄せてくる。
「本当はもう少し入るためには審査がいるんだがな。お前、何かコネでもあるのか?上に確認したらさっさと通せってよ。」
「まあ、貸し借りみたいなのはあるかもな。」
門をくぐって街の中に案内される。整然と並んだ街並み。色彩の薄い建物ばかりが、碁盤に並べられたかのようにきっちりと並んでいる。地面は硬質なパネルかなにかで舗装されていて、草太の運動靴から歩くたびにきゅっと音が鳴る。車が通るわけでもないのにやけに広い道幅は、大きなデジモンが通ることを想定しているのだろう。当然そこまで大きいデジモンは見た限りではいない。というか全体的にデジモンも少ない。ここにくるまでに寄った街でも思ったが、やはりリアルワールドほど人口密度が高い街はなさそうだ。
時々すれ違うデジモンたちの口元には白い息が浮かんでいるのが見える。デジモンであっても寒さは感じるということに何か安心を感じる。驚くほど姿かたちが異なる彼らだが、等しく寒さを感じる熱を持っている。デジタルワールドを脅かす危険な存在を封印するのが天使連だと前にテイルモンが話していた。当時はあまり実感がなかったが、こうしてデジタルワールドで普通の生活を営んでいるデジモンたちを見ると、それがいかに大事なことだったのかわかってくる。
大通りをいくつかまたぎ、静かな住宅街を抜けてたどり着いたのは巨大な白磁の教会だった。きれいに清められた前庭には落ち葉一つもなく、飛石がてんてんと教会の入り口まで続いている。塀の内側は柔らかな緑を湛える樹木がよく整えられている。見える範囲でも相当な広さだ。東京ドーム何個分とかそういう単位だなと、スケールの差を考えてしまう。
「では、私はここで失礼する。」
ここまで案内してくれたブルーメラモンが去っていく。去り行く背後に礼をかけ、草太もさっさと教会へと入ることにする。
飛び石を渡って教会のドアを叩く。ドアすら草太の身長の倍はある。このサイズなら何が出てもおかしくはない。さあ、鬼が出るか、蛇が出るか。
当然出てくるのは天使である。はい、と出てきた天使型デジモンはそのまま草太を教会内へと招き入れる。すでに話は通っているらしい。ここは、と尋ねてみたが、案内のデジモンは首を振るだけで会話をしようとはしない。
案内の天使が立ち止まり、道を開ける。その先には両開きの扉が一つ。これまで通ってきた通路にあった扉に比べ、艶やかで深い色をした扉だ。ここに草太が尋ねるべき相手がいるのだろう。この街の門番から見て怪しさの塊である草太を、鶴の一声で入れることのできる立ち場のデジモンが。
案内役が扉を叩くと、中へと入れとの声。幸い案内役が扉を開けてくれたため、このでかい扉を開ける手間をかけずにすんだ。
部屋には1人のデジモンが立っている。蒼と白にまばゆく輝く鎧とそれに見合う体格。身長だけでも草太の倍ほどはあるだろうか。そして何より5対10枚の翼がこれまであったなかで最も高位の天使であることを物語っている。同じ天使型だからこそ、ここまで案内してくれた天使デジモンにホーリーエンジェモンやテイルモンとの違いが際立つ。ケレスモンメディウムとの相対した時にも思ったが、究極体というのは格が違う。ただ見えているだけでも圧がある。人間とは根本的に違う生き物であることを感じる。
「君が長峰草太か。はじめまして、私は天使連のセラフィモンだ。」
天使連──ホーリーエンジェモンとテイルモンの所属する、デジタルワールドにとって致命的な存在やバグを封印するための組織。パンドラモンが生み出す災いを危険視し、封印をしていたのもその活動の一環である。
そして逃げ出したパンドラモンの再封印に動いているのがホーリーエンジェモンであり、その契約者である草太だ。
草太としてはあまり関わり合いになりたい相手ではないが、パンドラモンという不始末に協力しているという点では貸しがあるといえなくもない。
ホーリーエンジェモンのヘブンズゲートで飛ばされてきたわけではあるが、浄化という目的のために例外的にこの場所と接続されていたはずだ。緊急避難として使われてはいても、当初の接続先からそう遠くはないはず。そう考えていた草太の読みが当たった形だ。
「早速だけどセラフィモン、俺をリアルワールドに戻してほしい。」
「もちろん、と言いたいが、君はまず今の状況について知る必要がある。単刀直入に言って状況は最悪だ。リアルワールドに送った者たちとは全く連絡が取れていない。ホーリーエンジェモンとテイルモンを含めてだ。」
「パンドラモンが本格的に動いたんだろ、そんなの分かってる。だから早く俺を──」
「落ち着きたまえ。我々とて座しているだけではない。リアルワールドへのゲートの構築を進めている。直に門は開く。」
さっさとリアルワールドに帰って状況を変えたい草太の焦りを見透かすように、別の選択肢を提示してくる。
「私が言いたいのは、君にはここで事態が収まるのを待つ選択肢もあるということだ。今準備を進めているのは私を含めて我々天使連が通ることのできるゲートだ。パンドラモンが姿を現している以上、最大戦力である私が直接討つことが最短であるはずだ。君がこれまで助けてくれてきたことには感謝している。だが、ここからは我々に任せて安全な場所に避難する方が確実とは思わないかね。」
言い方は嫌味な大人のそれだが、セラフィモンが草太のことを心配していることはわかる。なぜならセラフィモンのまなざしは、もんざえモンが草太を見る時のそれだ。ただの直感ではあるが、悪意がないことを確信するのに十分な理由だ。
それでも、草太の答えは一つだ。
「言いたいことはわかった。だから次は俺の意見をいわせてもらう。まっぴらごめんだ。俺は帰る。あんたの心配はありがたく受け取る。でもこれは俺が引き受けたことだ。選択肢なんてない不自由な状況だったけど、やると決めたのは俺だ。」
「それをさせないために私が出ると言っても?」
草太へとセラフィモンが圧をかける。究極体相手に圧をかけられるのもこれで二度目だ。しかも、その理由も答えも全く同じときた。あのアホ天使がつなぐ悪縁にしか思えない。
息を吸い込み、セラフィモンを説き伏せるための言葉を選ぶ。
「パンドラモンはもうお前らの手に負える状態じゃない。あいつはずっと人間と一緒にいたんだぞ。」
「選ばれし子供達の逸話だね。だがそれは互いの信頼関係の賜物だろう?」
「それを必要としないのがパンドラモンだろ。負の感情を食べて力を蓄えるようなデジモンが、人間の街にいたらどうなるか。……俺はデジタルワールドに来てから大した時間を過ごしたわけじゃないけど、それでもわかることがある。」
お前では不足だと、自分ならばできると言葉にする。どこまでも理性的に詰める。そうしなければセラフィモンは納得しない。実力ありきの世界であることを忘れてはならないのだ。
それができなければ草太はこの教会で、デジタルワールドから事態が動くのをただ待つだけになるだろう。そして動いた結果がいいことであるとは限らない。
「密度が違う。人の世界じゃ街の中心を突っ切って歩いてすれ違う人がいないなんてことはありえない。それに、良くも悪くも人の心は揺れやすいんだ。些細なことを気にして嫌な気持ちになることなんてざらだ。はっきり言って、パンドラモンの成長はセラフィモン、あんたの予想を越えてくるぞ。」
「ケレスモンを従えたという話は聞いている。だが、聖なる力の優位性がある。そうそう屈することはないというのが私の見解だ。」
「パンドラモンは人の恐怖を煽って力を増していく。リアルワールドであんたとパンドラモンがやり合ったとして、それを見ている人間はパンドラモンとあんたのどちらにも恐れを覚えるよ。究極体ってのはそれだけ威圧感がある。そうしたら戦うほどパンドラモンが強くなっていく。それは聖なる力の優位性ってだけじゃ届かなくなる。俺とホーリーエンジェモンですら、ケレスモンとやりあえるだけの力が出るんだ。一万人以上の人間の恐怖を吸ったパンドラモンがどうなるかは考えるまでもない。」
セラフィモンには悪いが、パンドラモンの悪意に天使連が太刀打ちできるとは思っていない。第一、セラフィモンははじめにリアルワールドに来た時に謎のデジモンにこっぴどくやられたとも聞いている。もしパンドラモンとの戦闘中にそいつが襲いかかってきたらどうするのか。もしかしたらパンドラモンも倒せるかもしれないが、セラフィモンともども逆に取り込まれる恐れもある。そもそもこれ以上不確定な要素を増やしたくもない。
「──でも、ホーリーエンジェモンは別だ。」
「あの子にはそれができると?」
「ゾンビタトゥーに操られたデジモンが出た時、ホーリーエンジェモンは高笑いで突入していく。どんな時でもだ。そして奴が笑った後に人が傷つけられることはない。正直なに笑ってんだって思ってたけど、どんな状況でもホーリーエンジェモンのあのふざけた声が聞こえるだけで安心する人もいるんだ。誰もパンドラモンなんて知らない。セラフィモンも、暴れるデジモンのことも、何が原因で何のために現れたのかを知ってる人間なんていない。
でもホーリーエンジェモンを知っているんだ。街中をうろうろ飛び回って、どうでもいいような諍いに顔を突っ込んでは騒動を広げる。子供にまとわりつかれて逃げ出す情けない姿も、八百屋で値引きしろと駄々こねる姿も、馬鹿でかいデジモンの暴走を止める姿も、俺の街じゃ日常茶飯事だ。……街に流れる噂を教えてやる。恐怖を蹴散らす希望の天使、だとさ。パンドラモンが恐怖を食うなら、恐怖を払うのがホーリーエンジェモンだ。やつ以上にパンドラモンとやり合うのに相応しいやつがいるか?」
口から出てくる言葉の一つ一つにうんざりする。撤回したい気持ちでいっぱいだ。何が悲しくてあの腐れ天使を評さねばならないのか。
しかも何が嫌って、全て客観的な事実であり、何より草太の本心がひとかけらでも含まれていることだ。
「……そしてあの子の全力を君がサポートすると。確かに、私が行ったところでデジモン同士の争い程度にしか見えないかも知れんな。いや、なるほど、パンドラモンと戦うならば君たち以上の適任はいない、か。ふっ…あの子はいいパートナーと出会ったんだな。」
わざとらしく目元を拭う真似をするセラフィモンを冷たい目で見る。このセラフィモン、口調こそ仰々しいが、どうにも鬱陶しさがある。大体セラフィモンの教育が悪かったのが問題だろうと、厄介者を押し付けておいて白々しい。
「あの子は生きるためにひたすら──」
「そういうのはいい。必要なら直接聞く。たぶんその機会はないけどな。」
やつの生い立ちも、育ちも何も聞きたくなどない。契約者ではある。それだけの関係で、お互いを知る必要なんてないのだ。
「いいからさっさと俺を帰してくれ。リアルワールドの混乱もパンドラモンも俺たちがなんとかする。それでいいだろ?」