やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ)   作:朝食付き

2 / 32
1.これが日常

 

 この図々しいぐうたら天使が。

 その日少年の怒りは頂点に達した。

 

 少年の名は長峰草太。この春中学を卒業し、無事地元の高校へと入学した男子高生である。今でこそ遠ざかっているものの、かつては将来を期待されたサッカー少年であった。そして今は何の因果かデジモンとの共同生活中である。

 

 床に散らばるゴミ。食べ終わったカップ焼きそばにポテトチップスの空き袋。ペットボトルが転がり、ティッシュや紙袋が散乱している。読み終わった本は出しっぱなしで、いくつかはページが開いたままに床に投げ出されたままだ。やりかけのルービックキューブは一面もそろうことなく投げ出されている。

 しかも床には何か液体をこぼした跡。それを拭いただろうタオルはソファーにそのままかけられており、ソファーにも色が移っている。テレビは誰も見ていないのに大音量で流れるままだ。

 

 草太は割ときれい好きである。もともとサッカー一筋だったこともあり、物欲が薄かった。そのため部屋に物が増えることを好まない。せいぜい観葉植物が一鉢ある程度である。ちなみに小学校のころから何度も枯らしつつも育てており、今の個体は2年目だったりする。

 両親ともにまめなタイプでもあったため、必然的に散らかっている状態というのが少なく、整頓された状態で過ごすことに慣れている。

 それは高校入学を機に両親が県外赴任となってからも同じで、週に一度程度掃除をするのが習慣だった。

 

 それが乱れてきたのはホーリーエンジェモンが居候を始めてからだ。

 とにかくホーリーエンジェモンは典型的な片づけのできないタイプであった。

 どこからか拾ってきた木の実や紙で出来た手裏剣、片方だけの手袋、割れたマグカップとガラクタを持ち込んではそこらに放置する。使ったタオルは適当に投げ出す。食べ終わった食器は片さず、すぐにスナック菓子を食べ始める(しかもゴミは放置)。

 その都度片付けるように注意をしてきたが、今日の状態はひときわひどい。

 

「ホーリーエンジェモン!どこに行った!?ちょっとこっち来い!!」

 

 どうせ遠くには行ってないはず。休日の昼過ぎはだいたい屋根で日光浴などといってごろ寝をしていることが多い。草太の予想は当たり、窓から迷惑気な顔で部屋の中に入ってくる。苦情のつもりかいつもより羽の音が大きい。

 

”ホーリーエンジェモン!輝く8枚の銀翼を持った大天使型デジモン!!”

 

 ある目的のために草太と契約を行っている。完全体としての全力を振るうためには草太の協力が必要であり、草太の家に居候となった身である。その性格は傲岸不遜。見た目と裏腹の素行の悪さで、草太からは極潰しの居候扱いである。

 

「なんだうるさいぞ。いつから人を呼びつけるほど偉くなった?」

「だまれ鳥頭。この部屋を見て何か思うことはないのか!」

「…多少、散らかっているな。」

「多少?これを、お前は、多少というのか?」

「ちっ、どけておけばいいのだろう」

 

 そういうと床に散らかったものを足で壁に寄せる。ずりずりと何を気にすることなく、ゴミも本も何もかも一緒くただ。そうして壁際に寄せ終えたホーリーエンジェモンは心なしか満足げな表情である。

 あまりの雑な仕草に草太は二の句が継げない。

 

「フン、これで問題ないな。」

「問題しかねぇよ…。」

 

 掃除という概念自体が違いすぎた。こいつはゴミ屋敷にでも住んでいたのか?

 草太の常識に当てはまらないのがデジモンというものだが、人型を取っている以上生活様式に差があるとは思えない。つまりは、この羽の生えた阿呆特有の問題なのであろう。思えば初めて家に入れた時にも靴を脱ぐ素振りすらなかった。脱げるものではないらしいが、それでも人の家に入る時に汚れを落とそうという素振りすらなかった。文明を知らない野生児か、生まれついての大貴族でもなければこの無頓着さに説明がつかない。なお、野生児であろうというのが草太の見解である。

 だが、この我が家を野生児の最適環境にするわけにはいかない。文明は維持することに意味がある。たとえ一時の同居であっても郷に入れば郷に従えということだし、まともな掃除を叩き込む必要がある。

 

 さっさと部屋を出ようと窓に手を掛けるホーリーエンジェモンだが、その前に草太の手が金の髪を引っつかみ部屋に引き戻す。

 文句を言おうとする機先を制してこちらの言い分を叩き込む。

 

「これを掃除とは言わないんだよ! 普段俺が掃除してるのを何だと思ってたんだお前は! 家で暮らす以上は汚れの放置なんざ許さねぇからな! ゴミが出たらすぐにゴミ箱に捨てろ!読んだ本は本棚にしまえ! その程度のことすらできないとか言わないだろうな?」

 

 やつの言動には付き合わず、主張だけをぶつける。できないのかと煽る。このものぐさな大天使を黙らせるにはこれに限る。

 しぶしぶ片付けを始める姿にため息がこぼれる。全く持って、草太からするととんだ厄介者でしかなかった。

 

***

 

 そして草太がホーリーエンジェモンに文句があるように、ホーリーエンジェモンにも草太に対して文句があった。

 

「何度言ったらわかる!米を炊くときは事前に水に浸しておけと言っただろう!見ろ、この痩せた炊きあがりを!本来ならもっとふっくらと炊き上がるはずだった…!!」

「大して変わらないだろ…。まずいわけじゃないんだから黙って食えよ」

「そうはいくか!お前の貧相な舌に合わせた調理では素材の味が死ぬ。まともに米も炊けないような半端ものめ、徹底的に教育してやる!!」

 

 鼻息荒く料理のさしすせそを言ってみろと草太に詰問していく。当然草太の答えはうろ覚えである。

 みりんはどこに入るんだ?味噌のみはさしすせそに入らんだろうと、ホーリーエンジェモンからすれば信じがたい落第生である。

 

 この大天使は殊の外食事にうるさい。そのため、こうやって草太が料理した食卓には盛大な文句が溢れかえる。

食べ盛りの少年にありがちなことだが、草太としてはまず必要なのは量である。よって、白いご飯と味の濃いおかずさえあれば大概は満足である。

 対してホーリーエンジェモンは普段の粗暴さはどこへやら、繊細な味付けへのこだわりや盛り付けにまでこだわりを見せる美食家っぷりを見せる。ほうき一つまともに扱えないくせに、包丁の構えかたから鍋の手入れまで妙に知識がある。

 当然調理への口出しも料理人さながらだ。味へのこだわりが薄い草太には全く分からない基準でのケチがつけられる。出汁の取り方がなっていないとか、火が通り過ぎているだの、食事の度に辛辣な評価をするのが常だった(なお、その時の出汁は顆粒出汁だった)。

 挙句調理中の草太に向ってああだこうだと口を出してくる。掃除はまともにやらないくせに、ニンジンの切り方ひとつにもやたらとこだわりがある。

 

 食えるんだからいいだろうと言うとそれこそ山のような罵声が飛ぶ。今時どこの家で一から出汁を取るというのか。

 なら自分で作れと言いたいところだが、キッチンに収まる体格ではないことは火を見るより明らかだ。ただでさえ3m近い背丈と筋肉質の身体の持ち主だ。更に仰々しい羽根が何枚もある。こればかりは仕方ない。

 

 ここまでで分かる通り、草太の料理の腕はできるだけ、である。両親が県外に赴任するにあたり、一通り料理は仕込まれてはいたが、大して興味のない料理の腕が上がるはずもない。ホーリーエンジェモンが来るまでは見るからに雑で彩りのない料理が並ぶのが常だった。

 ホーリーエンジェモンが居候となった初日に出した料理について、”これでは餌と変わらんな…”と、心底がっかりした声でつぶやかれている。草太としては料理になっているからいいだろと反論したが、あまりにガチトーンのつぶやきだったため、結構ショックであったのは秘密である。

 ともあれ、そこからはホーリーエンジェモンからの盛大な文句が続き、口を開けば罵声というひどい共同生活がスタートを切ったのだった。なお、料理の彩り問題についてはさすがに思うところがあったのか、ミニトマトが常備されるようになった。

 

 掃除や料理にお互いケチをつけつつも、お互いの意見にはそれなりに理があるのとは事実である。そのため、多少なりともすり合わせは進む。一切の遠慮がないことは、ある意味では強制的な分からせ合いである。つまり、お互いが初めに危惧したよりはまともな共同生活が形成されつつあるのだった。

 

***

 

 パンドラモンの捜索については実際のところ、ホーリーエンジェモンと一緒にリアライズしたテイルモンが行っている。

 テイルモンとは草太とも面識があるが、見た目にそぐわぬたおやかな態度が印象的なデジモンだった。こちらもリアルワールドへの影響を抑えるためにと力を抑えているらしい。元々はホーリーエンジェモンと同じく天使型デジモンとのこと。

 かなり疑わしいと草太は思っていたが。ホーリーエンジェモンにとっては先輩にあたる立場だというが、草太から見ればただの猫もどきである。あまり動物が好きではない草太としてはどう接したものか困惑気味である。

 

 そのテイルモンからは定期的に捜索状況の報告を受けている。その身の軽さを活かして至る所に忍び込んで情報収集しているようだ。時々脱線して噂話に1人で盛り上がったりしている。ホーリーエンジェモンといい、聖なるデジモンとやらも俗まみれである。

 ホーリーエンジェモンはといえば、草太が学校にいる間は自主的に街の見回りをしている。真昼間からパンドラモンが動くかは分からないものの、普段から周囲を確認することで違和感に気づきやすくなるというのがその理由だ。

 こと捜索において草太にできることは多くはないが、それでも何もしないというわけにはいかない。残念ながら情報収集が出来るほど顔が広いわけでもない。サッカーというつながり以外が極めて希薄なことに今更愕然とするレベルである。流石にクラスメイトの名前すら覚えていないのはまずいと危機感を覚えたのが最近なので、基本的に捜索という段階では役立たずの草太であった。

 その為、帰宅後にはホーリーエンジェモンと合流してパトロールに出かけている。元々草太に本来期待されている役割は、ホーリーエンジェモンのお目付け役であり、戦闘時の制限解除──普段はホーリーエンジェモンの力は制限されている──だからだ。

 特にパンドラモンの活動が活発化するだろう、人の集まる時間帯には可能な限り草太がいた方が都合が良い。

そういう事情から、草太の役割としてはホーリーエンジェモンについてのパトロールが日々の日課となっている。

 

 力の制限については、デジモンがリアルワールドに与える影響を抑えるための対策だという。

 草太が遭遇したデジモンはまだ少ないが、どのデジモンであっても人にとっては大きな脅威である。レベルとしては低いはずの成長期でさえ、拳銃の比ではない殺傷能力を持っている。実際ホーリーエンジェモンの能力を解放した時の力は人の及ぶところではない。完全体というデジモン全体として上位の存在であり、かつ聖剣エクスキャリバーの持ち主である。最上位である究極体にこそ及ばないものの、邪悪なデジモンに対してはレベル差をも覆す特攻性すらある。

 ただ存在するだけでも聖なる光を見に纏う。力を制限している今でこそ、近所の信心深いおばあさん達に拝まれるだけで済んでいるが、一切の制限を解き放った時にどうなるのか。中身をよく知る草太でさえその神聖さに息を飲むことがある。だから草太としては、力の制限には賛成だった。

 その分ストッパー役である草太には負担がかかるわけだが、仕方のないことでもある。

 ホーリーエンジェモンとの契約はどうしようもない状況ではあったが、草太自身がやると決めたことでもある。自身の役割を放棄するつもりはなかった。

 だが不満もある。この申請と承認というシステム、スマホという最新機器を使っているくせに有効な距離が短い。おおむね学校の校庭程度の範囲である。でなければ申請と承認の通知が届かないのである。Bluetoothかよ、と改善を希望したい草太であった。

 

 そしてこの申請が草太にとって実に厄介だった。

 この大天使ホーリーエンジェモンは非常に大人げなく、独善的で間違いを認めようとしない頭の固い正義厨であった。その為、空き缶のポイ捨てを見かけたホーリーエンジェモンから申請が来る。

 信号の黄色で止まれず赤信号で進行する車を見れば申請が飛ぶ。

 自転車に乗りながらスマホに夢中な人間を見ても申請が入る。

 人が見ても眉を顰める所業ではあるが、聖剣を抜くのは明らかにやりすぎだ。ましてやヘブンズゲートを開いてどうしようというのか。

 草太はホーリーエンジェモンのお目付役でもある。だからその度に申請却下をするわけだが、納得いかないホーリーエンジェモンから申請連打が来たりする。

 確かに迷惑行為ではあるが、その程度のことで毎度全力を出されても困る。しかしホーリーエンジェモンとしては、

「治安を乱す行為だ。あの阿呆に正義を叩きこむ必要がある。」

といってはばからない。

 

 大概の場合草太が場を収めることになる。ホーリーエンジェモンは目立つ上に声も大きいので、注意をする前に相手が逃げ出すことも多い。明らかにガタイの良すぎる人間に近づきたがる人間などいない。詰め寄るホーリーエンジェモンから逃げ損ねた相手については、間に草太が入って宥めるというパターンだ。

 実際草太としてもモラルの欠けた人間など庇いたくはないが、ホーリーエンジェモンが人に怪我をさせるよりはマシである。だからいい警官悪い警官よろしく、ホーリーエンジェモンを宥めつつ注意と反省を促すという流れになる。

 

「言えば聞いてくれることの方が多いんだから、無駄に威嚇するような真似をするんじゃねぇよ。なんにでもかみつくのはやめろ。」

「言われなければやめられないようなゴミには痛みが必要だろうが。体に教えてやれば忘れることもない。口先だけで物事が進むなどと、お花畑の論理を振りかざすのはやめろ。」

 

 口を開けば口論、手を出さないのはお互いの指先程度の良識による。それでもパトロール自体は散歩のようなもので、草太とホーリーエンジェモンそれぞれとしても気晴らしにはなっていた。

 ただし、それもホーリーエンジェモンが悪(独断による)を見つけるまでのことだが。

 溢れる正義感を行使したがるホーリーエンジェモンと、無用ないさかいを避けたい草太とでは意識が違いすぎた。

お互いへの文句を流しつつも、パトロールは続くのだった。

 

***

 

 ところで、草太とホーリーエンジェモンが暮らすこの街は、ざっくり言えば台形の真ん中を川が分断するような形をしている。川を挟んで東側が住宅街、西側が繁華街となっており、さらに東西をまたぐように鉄道が引かれている。

 草太の家はその街のおおむね中央付近西側、川にほど近い高台にあった。

 家のそばには靴屋や本屋がまとまっている地方特有の広い駐車場を持つスーパーがあり、駅から遠いものの住むには便利な立地であった。

 そのほか主要な施設(草太にとってだが)といえば、川を挟んで向かい側の駅近くに高校がある。そのため、草太は毎日川沿いを北上するように高校へと通っている。

 

 この街をホーリーエンジェモンは毎日見回りしている。長峰家の窓からホーリーエンジェモンが飛び立っていく。まずは空へ舞い上がり、街全体を見まわす。そしてその日重点的にみるべき地域へと降り立っていく。

 ホーリーエンジェモンおよびテイルモンが重視しているのはやはり繁華街となる。パンドラモン自体が人の負の感情を取り込む特性があるため、まず人の多いエリアに潜んでいる可能性が高いという判断である。

 幸いなことにパンドラモンがリアライズした形跡は確認済みであり、即時街の境界を天使連により封鎖(デジモンの出入りを制限した領域とした)ため、この街からは出られない状況にある。実際にパンドラモンがもたらす災いの一つ、ゾンビタトゥーの入れられたデジモンが発生している。間違いなくこの街にいるからこそ、ホーリーエンジェモンとテイルモンは、しらみつぶしに街を捜索している。

 

 ホーリーエンジェモン単独のパトロールについては、飛べるデジモンならではの方法になる。そのため、草太と一緒では見られないものや場所に脚を伸ばすことにもなる。ビルの上に輝く看板や防災放送用のスピーカー、居心地悪げに煙を吹かす喫煙者の群れ。

 そのどれもがホーリーエンジェモンにとって新鮮であった。だが、ホーリーエンジェモンがとりわけ気に入ったのはどこにでもあるようなただの公園だった。草太を伴うパトロールコースにも組み込まれており、草太は知らないが、ホーリーエンジェモンが1人の時にはこの公園で過ごすことも多かった。

 ブランコや滑り台、シーソーに半分埋まったタイヤ。平均台とベンチ。静かなのは朝の短い時間だけで、どこかの幼稚園から幼い子供が手押しのワゴンに乗せられてやってくと、とたんに騒がしくなる。

 さすがの大天使も子供が現れるとさっと姿を隠してそばから離れていく。

 ただ時折、ホーリーエンジェモンは静かに子供たちを見ていることがあった。

 

 一度だけ草太がその姿に問いかけをしたことがある。

「なんかあるのか?」

「いや、問題はない。」

 そういいつつも目線を外すことはなかった。大してホーリーエンジェモンに興味のない草太から見ても、何か思うところがあるのを察せられるほどに。

 

──パンドラモンの行方は知らず、そして事件のない日々が続いていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。