やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ)   作:朝食付き

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最終章です。


4章 光の軌跡
1.草太リアライズ


 

 ふわりとした感覚が失われて代わりに重力を感じる。

 世界を繋ぐトンネルというのはこうも気分が悪くなるものか。フィクションで見るようなサイケデリックな表現は意外と的を射ている。もしかしたら体験した人がいるのかもしないなと、どうでもいいことを思いながら目を開ける。

 ようやく戻ってきたリアルワールド、草太の住む街だ。あいにく天気はどんより曇り模様だが、見慣れた景色が嬉しい。セラフィモンの言によれば、状況はかなり悪い状況ではあるものの、今は素直に帰還を喜びたい。が、そうも言ってられないのが悲しいところである。天使連は定期での連絡が途絶えていると言った。ホーリーエンジェモンのような単細胞ならともかく、一応は真面目に仕事しているテイルモンからの連絡がないのは問題だ。

 何かが起きていることだけがわかっている。なら、状況の確認が必要だ。

 

 現在地は街の中心に程近い雑居ビル。同じような高さのビルが乱立しているが、それなりに見通しはいい。正面からは街を東西に分断する川が見える。草太の家も目を凝らせば見えるかもしれない。北に顔を向けると駅がある。対して本数のないローカルな鉄道だが、この街に欠かせない交通機関である。スマホで確かめた時間は昼を回ったところ。妙に薄暗いのは天気のせいだろうか。あまり本数の多い時間ではないからか、駅前を行く人が見えない。

 ──いや、駅前だけではない。屋上のフェンスに飛びつき街を改めて見直す。あるはずのものがない。どれだけ街を見回しても、ただの一人として街を歩く人がいない。自転車の原付も、車でさえ動いているものがない。耳をすませても人の声が聞こえない。いっそ川のせせらぎさえ聞こえてきそうなほどの静寂。

 

 1つの違和感に気がつくと後は芋蔓式に状況が見えてくる。

 視界がだんだんと暗い靄によって遮られていく。その色は白。いきなり現れたのではない。それはずっとそこにあった。ただ草太には見えていなかっただけだ。自然の引き起こす霧とは明確に異なる。触れることのできない白い粒子が空間そのものに充填されている。街は靄に沈められている。

 無意識下でもこの靄を捉えていたのだろう、だから妙に薄暗く感じた。まるで出来の悪い3Dメガネでもかけられたかのように、ただの風景と白いもやに沈んだ景色が同時に見えている。

 

 そして靄を認識した草太の目には、明らかな異物が映る。街の中心、おおむね川の中心にそれはあった。天高くを突くような黒い塔。黒い靄で全面を覆われていて、塔自体の輪郭は靄の蠢きに合わせて時々姿を見せる程度。街中の白いもやは、その黒い塔に繋がっている。

 

 なぜ人がいないのか。この白い靄は何をしてくれているのか。フェンスにかけた指に力が入る。

 怒りが湧き上がる。自分の街だ。自分が育った街なのだ。それがこうも好き勝手に蹂躙されている。頭に血が上るのがわかる。人のいない隙に随分と好き勝手してくれている、パンドラモンへの怒り。そして防げなかったホーリーエンジェモンと自分への怒り。

 確かに草太がいない以上全力を振るうことができないのはハンデではある。だがやつならその程度のハンデをものともせず、嫌がらせという名の遅滞戦術の1つや2つは思いついたはずだ。だというのに、このざまだ。一体何をしていたのか、あの阿呆は。そして自分は何をやっていたのか。もっと早くリアルに戻る手段はなかったのか。

当然どちらにも出来なかった理由がある。奴が弱いものを傷つけるような真似を見過ごすことはない以上、何かがあったのは間違いない。デジタルワールドからの帰還にしたっていくつもの幸運が重なったからこその結果だ。それは草太にもわかってはいたが、それでも悪態の一つ二つは出るものである。

 

 雑居ビルから階段を駆け降りて街へ出る。まずは白い靄を辿る。一面がもやに覆われていても濃淡はある。そして流れがある。白い靄が濃く集まっているラインを流れとは逆に辿っていく。いや、辿るまでもなく視線を巡らせるだけでも繋がった先に何があるのかは見てとれた。

 この辺りは繁華街とオフィス街の境目だ。だから建物の一階の多くはショールームだとか店舗になっている。綺麗に磨かれたガラス越しに人が見える。俯いて体を抱きしめたまま、震えるばかりで動きがない。その背中には白い靄がまとわりついており、靄が体を出入りしている。

 

 それが何を意味しているのか、草太には分からない。だが、紛れもなく人を苦しめる悪意がそこにあった。

 

 長いことホーリーエンジェモンと契約なんてしていたものだから、草太はホーリーエンジェモンの力のタンクとなっている。別に体が強くなるわけではないが、薄いとはいえ白い靄からの影響を受けていないのは、そのおかげだと思っている。しかし、草太一人ではちょっと光らせるのが精一杯だ。おまけに肝心のパスが切れているため、今は隠し芸にすらならない、文字通り宝の持ち腐れだ。だが、それでもうずくまる人に声をかけるくらいは出来る。

 

「大丈夫ですか……?」

「……あぁ、……って」

 

 問いかけに応える言葉がない。あえぐように吐き出す呼吸にわずかながらに音が混じっているだけだ。

 身動きすら厭うようなそぶりだが、痛みを耐えるような雰囲気ではない。だが、それが何かはわからないが、苦しみであろうことだけは草太にもわかった。

 この状況をあの天使が見ていられるわけもない。誰も道路上にいないのはおそらくはテイルモンと協力して屋内へと運んだのためだろう。まだ凍えるような季節ではないが、それでも野外に留まるのは問題がある。雨に濡れれば死人が出かねない。

 草太の前に横たわるこの人は息も絶え絶えだ。雨風に当たることはない、ただそれだけだ。あの二人がただ屋内へと避難させるしかなかったということだ。

ただの人間に過ぎない草太に出来ることなどない。

 だからせめて、自らの内にあるホーリーエンジェモンの光が届くようにと、背に手を当てる。わずかでも安らぎを届けと願う。

 

 ぐつぐつと煮えたぎるような怒りの中、パンドラモンを想う。

 これまでパンドラモンが行ってきた活動は二つ。少女──高間こより──の力を利用したデジモンのリアライズ。そしてゾンビタトゥーを用いた破壊活動。パンドラモンが餌とする、負の感情を生み出させるための手駒作りだ。

 デジモンを暴れさせて恐怖を煽り、自らの餌とする。草太達によってその尽くを潰されていても、ゾンビタトゥーによる支配は究極体すら従えるほど強まっていた。

 そして、邪魔するホーリーエンジェモンも、草太がデジタルワールドへ飛ばされたことで敵ではなくなった。

 

 そうだ、天敵のいなくなった猛獣が何をするかなど決まっている。より自らの力を高めること。つまり、そのための手段がこの白い靄だ。

 

「──これが、人に向けた災いか……!」

 

 元々予想していたことではあった。だが、直接目にするとその衝撃は大きい。

 

 パンドラモンが食うのは負の感情だ。デジタルワールドではデジモンの、リアルワールドでは人が生み出す苦しみを食べてきた。リアルワールドではデジモンを暴走させて危害を与える形で。つまりパンドラモンにとってデジモンも人もどちらも等しく獲物でしかない。

 いつパンドラモンの災いが人に向けられてもおかしくはなかった。むしろ人が住むリアルワールドであるならば、人に直接牙を向けるのが道理だろう。それが遅れたのは天敵たるホーリーエンジェモンがいたからだ。

 

 草太がデジタルワールドにいたのは七日間程度。漫画や映画では時間の流れが違うなんてのもよくある話だが、幸いスマホの日付は草太の感覚と一致している。約7日間。最悪ではないが、まあまあ悪い。ホーリーエンジェモンが全力を振るうためには草太の承認が必要である以上、実質的にパンドラモンは野放しに近い状況にあったわけだ。

 おまけにこの白い靄は実質的に人の身動きを封じている。ホーリーエンジェモン達の弱みを知っているのだ。どれだけ生意気な口を叩いていようと、ホーリーエンジェモンは人を、弱いものを見捨てることをしない。力を奪い、自分を強化しつつ時間を稼ぐ一手。その結果がこの白い靄に沈んだ街というわけだ。そして、その力の結晶が街に聳える黒い塔なのだろう。

 

 後ろ髪を引かれる気持ちを払って店舗を後にする。できることをしなければならない。今やるべきことはホーリーエンジェモンとの合流だ。

 呻き声だけが漏れ出す街に草太の足音だけが響く。白い靄に草太の影が映る。今はただ、駆けるしかない。

  

 ***

 

 パンドラモンの権能は災害を生み出すこと。パンドラモンがこれまでに作り出した災いの一つを天使連はゾンビタトゥーと名付けた。しかしそれはあくまで天使連のつけた名称である。

 パンドラモンが生み出した災いの本質は“暴虐“であり、”支配”である。そしてそれを広げる黒い靄こそが“連結”。嗜虐性を膨らませ、争いを広げるために、3つの災いが巻き散らかされていたのである。

 

 もし、これらを人の世界に渦巻く災いとしていうのならば、それは戦争と疫病である。

 

 なればこそ、次なる災害は、”飢餓”。

 

 

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