やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
パンドラモンに敗れ撤退したホーリーエンジェモンたち三人であったが、ゆっくりと休む余裕はなかった。パンドラモンが呼び出したタトゥー付きのデジモンの処理である。パンドラモンは自ら動くつもりはないらしく、支配下のデジモンによってホーリーエンジェモンたちを追い詰めるつもりらしい。
白い靄によって耐え抜いたとはいえ、ホーリーエンジェモンとエンジェウーモンにしてやられたことは事実である。ゆえにゾンビタトゥーによる間接的な攻撃で仕留めようというのだろう。
ホーリーエンジェモン達からすれば、逃げられたことは良いものの、ゾンビタトゥーに操られたデジモンが街を闊歩するのは問題だった。破壊を繰り返すデジモンたちを放置することはできない。万一避難所が襲われれば何十という人間が傷つけられ、命を落とす危険性がある。あふれかえるデジモンを退けること、それが喫緊の問題であった。
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草太の家に帰還した少しして、テイルモンが目覚めた。こよりによって状況が説明されると、すぐに動き出す。今は少しでも街を彷徨くデジモンを倒すこと、そして苦しむ人々をさらに中央から離すことが必要だ。
テイルモンが目覚めるまでにホーリーエンジェモンが実施した高空からの偵察によれば、ゾンビタトゥー付きはパンドラモンのいる中心街を囲むように巡回している。そこから近い避難所はタトゥー付きのデジモンによる危険が大きい。よって、ホーリーエンジェモンは引き続き避難活動に行動の全てを当てることになった。幸い白い靄の発生源から離すように避難を実施していたおかげで、中心街に避難させた人は少ない。それでも残っていた人々を避難させていると、デジモンに遭遇することはあった。人々を抱えるホーリーエンジェモンを守るエンジェウーモン。ゾンビタトゥー付きのデジモンをちぎっては投げ、聖なる弓矢が一射ごとに確実に動きを止めていく。周囲の警戒をするこよりと共にホーリーエンジェモンが離脱するという即席の編成ではあったが、なんとか中心街付近の人間の避難をすることができたのだった。
だが、その時間はパンドラモンをより成長させることにもなった。
パンドラモンがより広くへと白い靄を拡散するために作り上げたのが、街の中心に聳え立つ黒い塔である。
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ホーリーエンジェモン達三人が黒い塔についての調査結果をまとめる。
「パンドラモンが作り出した黒い塔は白い靄を広げるためのものでしょう。現にこれまで街の外れまで届いていなかった白い靄が明らかに範囲を広げています。今は結界がありますからそれ以上広がることはありませんが、いつまで持つことか……。もし、結界が破られることがあれば、それこそ京都や大阪まで白い靄が広がった場合、もう何ものであってもパンドラモンを倒すことはできないでしょうね……。」
「もう、もうダメなの、テイルモン?」
怯えた瞳でこよりがテイルモンに縋り付く。かつて散々にパンドラモンに使い潰されかけた少女である。その恐怖は並大抵ではない。
「……落ち着いてください、こより。大丈夫です。私たちはまだ全て出し切ったわけではないのですよ?あなたも知っているでしょう?まだ、希望はあります。」
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──これでもう、希望は残らない。
パンドラモンは人々から吸い上げた力を元に、黒い靄を物質として顕現するまで密度を上げて組み上げていった。白い靄を広げ、引き寄せる。いわばアンテナとなる塔だ。
これまでなんとか被害を逃れていた街の外周部すらも白い靄に沈んだ。天使連がパンドラモンを逃さないために作り上げた結界が白い靄を防ぐ壁となっている。だがそれも時間の問題だろう。一万人を越える人々から力を吸い上げ続けるのだ。白い靄が結界内を埋め尽くし、飽和する。そうすれば隣接する他の都市、より多くの人間に苦しみを分け与えることができる。この世界の広さをパンドラモンは知らない。だが、人と人とを苦しみでつなげるネットワークは範囲が広がるほど力が集まるのだ。力では干渉し得ない、純粋な感情──飢えと苦しみ──のネットワークだ。誰にも壊すことのできない、この力の源泉があればパンドラモンが負けることはあり得ない。
ゆえに、どれだけ世界が広かろうとパンドラモンはただ待っていればいいのだ。いずれ世界は白い靄に沈み、全ての生命はパンドラモンのために苦しみを差し出す。
その時を夢想し、パンドラモンは一人静かに笑うのだった。
***
リアルワールドにようやく帰ってきたというのに、辛気臭い光景に気が滅入る。草太の目には白い靄と黒い塔が遠目に見えている.そしてゾンビタトゥーに覆われた巨大な影。
できる限りタトゥー持ちに見つからないように物陰を伝っての移動してきて、ようやく家へと続く橋を渡るところまで来たというのにだ。なかなかうまくいかないものだ。
草太の前に現れたのは2階建ての一軒家ほどの大きさを持つ、ヤドカリのようなカタツムリのような姿をしたデジモンである。
──シェルモン!のどかな見た目の裏腹に知性が低く好戦的なデジモン!必殺技は液体を高圧で発射するハイドロプレッシャー──
などとそんなデータを知るはずもなく、ひたすら逃げ回ることになった。
シェルモンは動きこそゆったりとしているが、見た目にそぐわぬ足の速さを持つ。なにせ一歩の大きさが違いすぎる。河川敷近くまで来てしまったせいで建物が少なく隠れることも難しいのが辛いところだ。
草太が駆け抜けたばかりの歩道をブルドーザーのような太い響きと共にシェルモンが飛び出していく。なんとか狭い道に入り込んではみるが、力ずくでシェルモンが道を押し広げていき、対して引き離すこともできない。時折曲がりきれずに民家に突っ込みながらも諦める様子がない。しかし、追いかけっこに焦れているのは草太だけではなかった。
突如シェルモンが足を止める。ぐぇっグェっと聞き苦しい音を立てる。数々の戦いを経て磨かれた直感が横に飛べと叫ぶ。一瞬の逡巡さえ惜しんで横っ飛びする草太。直前まで草太がいたその場所を何かが通り過ぎる、盛大な破壊音が響く。草太は飛び込んだ勢いでゴロゴロと転がり、速度を殺さずに立ち上がって駆け出す。何を飛ばしているかは知らないが、直撃したらおしまいであることは間違いない。よって振り返って確認する必要すらない。
再び始まった追いかけっこだが、むしろ射撃ゲームか何かである。シェルモンに有利すぎるゲームに文句をいう暇もない。知能なんてなさそうな顔をしている割に、草太を逃げ場の少ない河川敷方面へと誘導している。それでも逃げ続けるしかない。
しかしそれも道路に植えられた街路樹が草太の前に切り倒されるまでだった。タタラを踏んで急停止するも、よく育った街路樹は前方どころか草太の逃げ道のほとんどを生い茂る枝葉が塞いでいる。逃げ道がわかりきっている獲物ほど狙いやすいものはないだろう。初めてシェルモンが口から何か放とうとしているのを草太は見た。それは草太を容易く吹き飛ばし、一撃で行動不能にするだろう。というか死ぬ。
なんだか覚えのあるシチュエーションに思わず頬が緩む。そして代わりに締まったのは首だった。
シェルモンの口から放出された高圧の液体が一直線に街路樹を粉々に破壊していった。
宙吊りになった草太はその一部始終を見ていた。いつも着ているパーカーのフードを引っ張られて、盛大に首が締まっている。なんとか力を込めて首にかかった体重を分散する。
自分の攻撃を宙吊りとなってかわした草太をシェルモンが怒りと共に見上げる。草太も恨めしげに自分を引き上げた存在を見上げる。
「……お前、もう少し助け方ってものが、あるだろ。」
ごほごほとせき込みながら文句を言う。一言いうたびに締め付けられた喉が痛む。
「礼一つまともに言えんとは、偉くなったつもりか?」
「いいからさっさと下ろせ。ほら、承認だ。行ってこい。」
「初めからそうしておけ、馬鹿者が。」
再会の挨拶すら通り越して力の解放を申請するホーリーエンジェモン。苦情もそこそこ、さっさと取り出したスマホで承認を済ませる。フードから手が離され、草太は地面に着地する。飛び出したホーリーエンジェモンも、服の埃を払う草太も、お互いを見ることすらない。
例によって追加で申請されたエクスキャリバーも承認しながらようやく息をつく。背後では高らかな笑い声と共に天使がシェルモンに襲い掛かっている。
デジタルワールドから先、身の安全という点ではおもちゃの街以外では常に気を張る必要があった。それをようやく緩めることができた。自分本位の偏った視点でしか物を言えない短気なアホでも、その実力は確かだ。番犬としてみれば悪くはない。
早々にシェルモンを下したホーリーエンジェモンが草太の元へ降り立つ。
「……状況は分かっているな?さっさと奴を潰しに行くぞ。」
「お前な……。状況も何もまだ戻ってきたばかりだ。ああだこうだ言う前に説明しろ鳥頭!」
命の危険を助けられようと、手詰まりな状況を打破しうる相手だろうと、出てくるのは変わらぬやりとり。感謝の言葉より不満の言葉が口に馴染む。止める者のいないなか、悪口と皮肉とを互いに突き付けていく。
それが落ち着くということに、何より腹が立つ二人なのであった。