やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ)   作:朝食付き

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7.集合と団らん

 

 ようやくホーリーエンジェモンと合流した草太は、尽きることない口論をつづけながら自宅へと戻ってきていた。再会に尻尾を振り回し感涙に咽ぶテイルモンに出迎えられ、苦笑いである。鬱陶しそうに口元を引き結ぶホーリーエンジェモンとテイルモンの喜びっぷりに困惑する少女。なんともチグハグな4人だが、ようやく全戦力が揃ったというわけである。

 とはいえうち二人はほぼ初対面。距離感を探り合うようなやり取りが始まる。

 

「あー、高間、こよりで合ってるよな?もう体は大丈夫なのか?」

「はい。えっと、た、助けてくれてありがとうございました!」

 

 勢いよく頭が下げられる。

 

「お、おう。いや、別に感謝はいい。俺だけでやったわけではないしな。それに状況もあるからな。頭を上げてくれ。」

 

 ちらりとテイルモンを見る。無事なのはいいが、まだこよりの立ち位置が分からない。対してテイルモンはうれしげに口を開く。

 

「ふふふ、草太さん、こよりは今私と契約しているんですよ。草太さんが戻ってくるまで私たちの助けになってくれていましたから。」

 

 高間こよりはパンドラモンに目をつけられ、長い間支配され続けていた少女だ。捉われていた状況を草太は知らないが、パンドラモンへの恐怖があってもおかしくはない。それでも協力するというのならば、こよりは草太の考える以上に強い女の子だったのだろう。

 

 ざっくりとした自己紹介が一段落したところでホーリーエンジェモンが動く。キッチンの脇にぶら下げてあるエプロンを草太へ投げつけてくる。

 

「いい加減腹が減った。何か作れ。」

「ホーリーエンジェモン!今はそれどころではないでしょう?」

「いや、俺も腹減っているし、どっちにしても話をしないといけないのは変わらないなら、食べながらにしよう。まあ大したもの作れないけどな。」

「そう言うことだ。ただし下手なものを作ろうものなら吊るしてやる。覚悟しておけ。」

「うるさいな、作ってやるんだから文句も一緒に飲み込んどけ。えーっと、シャケしかないな。後は目玉焼きと味噌汁でいいか。ああ、二人はそっちのソファでゆっくりしててくれ。」

 

 そういうと手慣れた仕草でエプロンを纏い、食材と調理道具を用意していく。

 ずっとパンドラモンを倒しに行くぞって言ってたくせに!と何やらご立腹なテイルモンも、こよりに宥められながらソファに向かう。ホーリーエンジェモンはいつもの通り、草太の手つきが見える位置に立っている。

 

 ガチャガチャと鍋とフライパンを出しながら、ふっと笑いが込み上げる。街を覆い尽くすような力を持つ、パンドラモン相手にたった四人で挑む。3枚目感が漂ってきた猫型デジモンと、料理にうるさい馬鹿天使。病み上がりの少女とケガからようやく復帰した自分。なんとも締まらないメンツだ。もう少しまともなメンバーだったら格好もつくのだが、どうにもこうにもこのざまだ。

 

「何を笑っている。真面目に料理しろ。」

「うるさいな。黙って見てろ。」

 

 なのに、不思議と負ける気はしない。

 当然ながら勝負事には勝ち負けはつきものである。だが負けるために戦うものなどいない。どれだけ力の差があったとしても、わずかな綻びを見つけてこじ開けて、全力でぶち破る。自分はいつだってそうしてきた。一時は弱って投げ出しそうになってはいたが、もんざえモンとツノモンに出来るところまでやるとぶち上げたのだ。無様はさらせない。この自意識過剰な天使が見ているのならなおさらだ。

この鳥頭はいつだって悪意と戦う最前線に立つ。ならば草太も下がってなどいられないのだ。

 

 熱したフライパンに卵を割り入れる。じゅぅうと耳に心地よい音が広がる。魚焼きグリルからはシャケのいい匂いがし始めている。昆布を入れた鍋が沸騰するのを待ちながら、思いついたことをそのまま口に出していく。

 

「……パンドラモンの出す靄って何なんだろうな。」

「何の話だ?」

 

 ホーリーエンジェモンの返答に構わず続ける。人に話すというよりは、自分に向けて質問を投げかける。今まで抱えていた疑問に答えが出そうな予感に、頭がちりちりする。

 

「パンドラモンはお前ら天使連に負けて封印された。どんな戦いだった?ゾンビタトゥーはその時点であったんだろ?それでも天使連に負けた。なんでだ?」

 

 いぶかし気なホーリーエンジェモンだが、その疑問にはこたえる。

 

「私は参加していないから詳細は知らん。だが、天使連のほぼ全員での包囲攻撃をかけたと聞いている。」

「そうです。私たちは邪悪な力には強い抵抗力がありますから、パンドラモンに使われているデジモンを一体一体浄化していきました。あの時は支配されていたのは完全体以上のデジモンばかりでしたから、私は足止めや援護の担当でしたが。当時はまだ私もホーリーエンジェモンも進化前でしたしね。主戦力は天使連の上位天使であるセラフィモン様たちですよ。草太さんも会ったんですよね?それでゾンビタトゥーに操られたデジモンたちを包囲しながら一体ずつ浄化していったんです。少しずつパンドラモンの戦力を削っていって、最後にセラフィモン様が直接パンドラモンを聖なる力によって封印した、という流れです。」

 

「それだ。その時にはもう黒い靄はあったのか?!」

「えっと、黒い靄ですよね、あの時は……。なかった。ええ、ありませんでした。あの靄はリアルワールドに現れてからのものです。」

「やっぱりか。なら可能性はあるか?」

 

 再び考え込み始めた草太だが、突然頭をはたかれる。キッチンに入り込んだホーリーエンジェモンの翼がバサリと音を立てる。いきなりの衝撃に目を白黒させていると、出来の悪い生徒を相手にするようにホーリーエンジェモンが口を開く。

 

「貴様だけでわかったふりをするのはやめろ。情報を共有しろ。自分で言ったことも忘れたか?第一、火を扱うときは集中しろ、馬鹿者め。」

 

 正論の二段打ちだ。そういえば前にそんなことも言ったか。確かにその通りだ。料理の最中によそごともよくない。頭をはたかれたことは腹が立つが、そうされても仕方ない。ここからの話は込み入ってくるし長くもなる。草太だけでは判断がつかない部分にはデジモンである二人の意見もいる。ならば、まずは料理に集中すべきだ。

 

「作り終わったら話す。それでいいな?」

 

***

 

 艶々に炊かれたご飯と昆布と鰹節から出汁をとったお味噌汁。味噌の香りが湯気に乗って食卓に広がる。主菜は焼きジャケと目玉焼き。草太の好みでやや硬めの焼き加減。

 野菜はないが、味噌汁にわかめを入れているからよしとする。卓上には醤油と胡椒、ケチャップも出してある。草太は目玉焼きには醤油だ。ホーリーエンジェモンは胡椒。テイルモンがケチャップだ。なんとなくこよりに視線が集中する。わぁと嬉しげなこよりは視線に気づかず、胡椒を振りかけてそのままパクリと食べ始める。胡椒かぁ、と微妙な顔をするものあり、分かっているじゃないかと得意げなものあり、三者三様の反応である。渦中の少女は全く気にしていなかったが。

 

 食事自体はそこそこホーリーエンジェモンも満足するものだった。しかし状況が悪い。食事もそこそこに、パンドラモン対策の会議を始める。

 ダイニングテーブルから今のソファに場所を移し、中断していた会話を始める。

 

「説明する前にもう一つ確認させてくれ。天使連とやり合った時のパンドラモンの戦力はどのくらいいたんだ? 完全体以上で構成されていたってことだけど、数はどのくらいだった?それと天使連の方もどのくらいいたか教えてくれ。」

「そうですね……、パンドラモン側の正確な数は把握してはいないのですが、20はいなかったはずです。完全体以上は数がすごく多いというわけではありませんから。天使連側は100以上はいましたね。ただ完全体以上は10程度です。」

「なるほどな……思ったより完全体ってのは少ないんだな。俺の考えたことを話す。まず、あの黒い靄はテイルモンが言ったとおり、パンドラモンが封印後に作り出したものだとする。じゃあなんで靄なんてものを作ったのか。タトゥーだけでも究極体まで操れるのに、わざわざ作ったってことになるからな。」

 

 息を整える。最近長々と話すことが多い気がする。なんとなく試合前のミーティングを思い出す。笑える状況ではないが、何かに挑むために知恵を練るというのは高揚するものがある。

 

「ゾンビタトゥーはデジモンを操るためのもので、パンドラモンの手足のように恐怖を煽ったりするのに使われていた。だがそれだけでは天使連に勝てなかった。力の相性がよくないってのもあったろうけど、各個撃破で対応できる程度しか数いなかったのが原因だ。単独で強いのがいたって数に押し負けるのは当たり前だ。だから数を増やすために黒い靄を作った。より効率的に多くのデジモンを支配するために。強いやつの数が少なくっても、数がいれば取れる選択肢は多いからな。要は天使連のやり方を真似たんだ。」

「……黒い靄が雑魚を操るものだというのはいい。だが肝心の話が進んでいないぞ。さっさと結論を言え。推理ショーをやりたいなら家で壁にでも話しておけ。」

「うるさいな、いきなり結論を言ってもお前のトリ頭じゃ理解できないだろうから説明してやってるんだろうが。余計なちゃちゃしか入れられないんならせめて黙ってろよ。」

「ちょっとやめてください!なんでこんな時に喧嘩を始めるんですか!少しは状況考えて仲良くできないんですか?!」

 

 確かに言い争う状況ではなかった。チラリとホーリーエンジェモンを見る。同じタイミングでこちらを見ていたのか目が合ってしまう。思わず出た舌打ちが重なる。

 

「本当に仲悪いんですね……。あんなに息ぴったりに戦ってたのに。」

「そうなんですよ! 初めて会った時から口を開くと貶し言葉に罵詈雑言で全然仲良くしないんですよ、この二人は!」

 

 ついいつも通りにしていたが、今は四人目がいた。流石に年下の女の子に目を丸くされるのは居心地が悪い。

 

「……続けるぞ。黒い靄は天使連との戦いで学習して作られたものなんだろ。なら、今街を覆っている白い靄はなんなのかって話だ。何をモデルにして作られたのか、何のためにわざわざ作られたものなのか。パンドラモンは強い相手の戦い方を真似することができる。もう分かるだろ? あの白い靄のモデルは俺とホーリーエンジェモンの契約──パスをモデルにしてる。」

「災いなどと大袈裟に言っても、結局は猿マネか。」

「ああ。お前もいつか言ってたな、やつに大層な頭があるのかってな。その意見だけには同意だ。」

「ま、待ってください。草太さんたちの契約とパンドラモンの靄が同じ?? そんなわけがありません!! パンドラモンが私たちと同じ力を使えるなんてこと、あり得るはずがありません!!」

 

 流石に自分達と同じ力だと言われれば反発もするか。テイルモンが動揺するのもわかる。だが、草太としてはほとんど確信している。

 

「本質は同じだ。私たちの場合は不可視のパスで人とデジモンを繋ぐ。パンドラモンは人と自分を白い靄で繋ぐ。通すのが光か苦しみか、その程度の違いだ。」

「ここじゃ俺とホーリーエンジェモンに散々やられてるからな。それを真似るのはおかしな話じゃない。信頼関係なんていらないから、知らない人間と片っ端から繋いでも問題がない。契約がなくていいならパスも似たようなことできるだろ。」

 

 ぐっ、とテイルモンが言葉に詰まる。別に真似られただけなのだからそこまで動揺する必要はないと思うのだが。まあ潔癖気味なのがテイルモンだ。高間こよりがその背中を撫でて落ち着かせようとしている。ならほっといても良さそうだ。

 

「まあ、パンドラモンの災いは、パスとはちょっと違うところもある。白い靄をわざわざ見えるようにしているのは、見える人間に不安を与えるためだろうな。視界を悪くするってのもあるかもしれない。」

「だが、大した意味がない。飢餓を無理矢理付与する以上、不安を煽ろうが結果に差はない。どうせ不安など考えている余裕はないのだからな」

「ああ。それに白い靄も別に全く見えないほど濃くはできないみたいだしな。結局無駄が多いんだ。俺たちからすれば白い靄で被害状況が明らかだし、避難もさせやすい。しかもその中心に奴がいることも丸わかりだ。形だけ真似ていい所どりしようとするから、そういう無駄ができる。さしづめ、契約は手をかけられた料理で、白い靄は具材をつぶしてくっつけただけの塊だな。同じ材料であっても味には雲泥の差があるってわけだ。」

「はん、貴様が料理を語るか。デジタルワールドで悪いものでも食べたようだな。」

 

 馬鹿にした目で草太を見るホーリーエンジェモンに、不敵な笑みを返す。

 

「デジタルワールドってのも美味いものがたくさんあるんだな。俺はおもちゃのまちで炭火で焼かれたデジマスを食ったなぁ。バーベキューもしたし、途中の街じゃうまいカレーもあった。ヘビーイチゴも旬だったみたいだし、雪割キノコの炒めたのはかなり気に入ったな。」

 

 指折り数えて美味しかった食事をあげていく。中にはホーリーエンジェモンの琴線に触れたものがあったらしい。ごくりとのどを鳴らす音が聞こえた。これは愉快だ。さっきはたかれたのも許してやることにする。それが気に食わなかったのか、苛立ち混じりの声で問題点が挙げられる。

 

「やつの力が私たちの劣化だとしても、問題はある。ゾンビタトゥーはパンドラモンを封印したところで消えないということだ。同様に白い靄が媒体になっている飢餓は、やつを封印しても消えまい。今苦しんでいる人間を癒す術がない。私の力でさえ消すことが出来んのだからな。」

「わかってる。お前の力でどうにもならないのは、飢餓が本能っていう人の本質に近い部分にまで入り込んでいるからだ。雑草を刈っても根は残る、それと一緒だ。人の心の深いところにまで根を伸ばして、腹が減ったっていう嘘の信号を流す。さらに、実際に食べた時の感覚を遮断している。だからいつまでも腹が減り続けるし、食べても効果がない。」

 

 人とデジモンでは体のつくりが違う。いかなるデジモンにも刻むことのできたゾンビタトゥーは、人に刻まれることはなかった。それは両者の体の成り立ちが決定的に違うからだろう。飢える苦しみは人であろうとなかろうと等しく同じものだが、そのメカニズムが違う。おそらく、パンドラモンは、少女を支配する中で人の仕組みを知ったのだ。人に特化した災いであるから、デジモンには効くことはないのだ。

 

「町中に運びる白い靄は、人を飢餓に落とすための武器であり、苦しみを増幅させるためのネットワークでもある。俺たちの使う共振励起と同じで、苦しみっていう一つの感覚を増幅している。そうやって膨れ上がった負の感情を啜っているんだ。」

 

 人の心のうちに入り込み、苦しみを与えるものでありながら、人の心に守られる。なんと悪質なウイルスか。しかし、だからこそとれる方法がある。

 

「ならばどうやってやつの飢餓を払う?」

「決まってるだろ。食事だ。うまいものを食べること。食事の喜びを伝えてやればいい。」

 

だからその方法を言えといら立つホーリーエンジェモン。ここからが重要なところだから、草太としては区切っただけなのだが、もったいぶっているように思ったようだ。

 

「いいから聞け。まず、パンドラモンの白い靄は、元は天使のパスと同じものだ。劣化とはいえコピーしたわけだからな。同じであるなら、俺たちにも使うことが出来るはずだ。直接食べても効果がないなら、食べたって事実を直接伝えればいい。俺が何か食べた時の味とか満足感を、白い靄が作ったネットワークで伝えてやるんだ。靄を通して人に飢餓を与えているなら、靄を通して満腹感を与えることもできるはずだろ。無理矢理空腹と思い込ませていたところに、うまいものの情報と満足感を流し込む。飢えと満腹感、どっちが勝つかなんて言うまでもないな。腹減ってりゃなんだってうまいし、たらふく食べた後の満足感ほど幸せな感覚はない。」

 

 元はエリートサッカー少年だ。空腹後の食事が齎す満足と幸福感の大きさはよく知っている。ニヤリと口角を上げて、横目でホーリーエンジェモンに問いかける。

 

「なあ、苦しみを食って力にするパンドラモンは、満腹の幸福感をどう受け止めるんだろうな?」

「くくく、それはそれは忘れられない体験になるだろうさ。」

 

 控えめに言って邪悪そのものの笑顔がホーリーエンジェモンの口元に浮かぶ。悪だくみに目を輝かせる草太の口元も大いにゆがんでいる。さっとこよりの目を覆う外させるテイルモン。うっかりトラウマになりかねない光景である。聖なる力を宿す大天使とその契約者なのだ、もう少し見た目にも気をつけてほしいものだとため息をつくテイルモンである。

 と、目隠しされたままでこよりが質問をする。

 

「あの、靄を使うのはわかったんですけど、どんな風に靄を使うんですか?」

「ああ、方法な。まず、俺がパンドラモンの白い靄を受ける。そうすればパンドラモンを介してこの街の人すべてと接続されることになる。当然飢餓が俺に来るはずだけど、俺にはホーリーエンジェモンの力が貯められているから、初めの衝撃さえ耐え抜けば、飢餓の力を破壊できるはずだ。そしたら、靄のネットワークを使って飯を食べている感覚を全体に伝える。パスと同じなら、俺の感覚は光に乗せて伝えられる。だから飢餓を与える能力を破壊しつつ、同時に味を伝えることができる。」

「……それは、長峰さんがすごく大変なんじゃないですか?もし靄が考えてたのと違ってたら……。」

「その時は別の方法を考えるさ。この作戦はネットとかで言うハッキングってやつだからな。パンドラモンの力を利用する以上、逆にやられる可能性だってある。だから気づかれる前に白い靄のネットワーク全体に光を届ける。そうやってパンドラモンの力の源を光で焼き尽くす。」

「ええっと、そういうのはハッキングというよりクラッキングに近いような……?」

「まあどっちでもいいさ。それよりホーリーエンジェモン。この作戦はパンドラモンに気が付かれたら終わりだ。もし気づかれて靄のネットワークを遮断されたら、一人でも助けられなかったら俺たちの負けなんだからな。出来る限りパンドラモンの気を引け。周りのことに目が向かないくらいにだ。……お前なら、出来るだろ?」

 

 草太が最後に放った一言は、ホーリーエンジェモンにとって確かな意味を持つ。今となっては究極体を遥かに超えた力を持つパンドラモンを相手に時間稼ぎをできるデジモンがどれだけいるだろうか。その難しさを知らないわけがない。だがそれでも、ホーリーエンジェモンなら出来るだろうと、そう言ったのだ。

 

「──いいだろう。ならば貴様もこの街を、苦しむものを救って見せろ。貴様はこの私の契約者であるのだからな。」

 

 初めて、この傲慢な天使と正面から向き合ったような気がする。

 ここまでいろいろと話しておきながらも、目線は一度も合わせていない。それはへそまがりでいじっぱりな二人の、最後の矜持であった。

 両手で口を覆い身を震わせるテイルモンに一発拳骨をみまいながら、ホーリーエンジェモンが懐を探る。

 

「おい草太。」

 

 ホーリーエンジェモンが草太に向けて手を出している。訝しげにしつつ草太も手を出す。手渡しとは珍しい。そう思いながら手のひらに乗せられたものを見る。

 それは1つの果実だった。見た目はリンゴに似ているが、ずっしりと重い。手のひらを介して伝わる感触は張りがありつつも柔らかく、みずみずしさを感じさせる。

 

「これは?」

「ケレスモンがおいていったカルポスヒューレだ。貴様に礼だとな。それを使え。デジタルワールド最高の水菓子だ。貴様の未熟な料理を伝えるよりは遥かにマシだろう。」

「カルポ?……そうか。ありがたく食べさせてもらう。悪いな、ホーリーエンジェモン。俺ばっかりうまいもの食って。」

「そう思うならもっと料理の腕を磨くんだな。」

 

 それなりに出来るようになってはいても、すぐにうまいものを作れるようになるわけではない。なかなか難しいことをいうやつだ。が、ふと思いついて言う。

 

「なあ、たまにはお前が飯作れよ。こないだ父さんのバーベキューセット見つけたからな、多少の料理なら外でできる。キッチンじゃ狭くても、庭でならお前も動けるだろ。お前が口だけのエアプ野郎なのかを確かめてやるよ。」

「貴様は頭の芯までアホなのだな。人にものを頼むときは額を地につけろ。まあいいだろう、私の研ぎ澄まされた調理を、料理の神髄を見せてやろう。」

「あの!それ私もご一緒していいですか?」

「もちろんいいですよ、こより。パンドラモンを無事倒したらみんなで打ち上げをしますからね。何かリクエストはありますか?」

「おいテイルモン。勝手な安請け合いをするな。私は旬のものしか使わんからな。ものによっては作らんぞ。」

 

 おそらくパンドラモンを倒すことができるのはこれが最後の機会だ。白い靄がこの街から溢れ出れば、この作戦はうまくいかない。どれだけこのカルポ──果実が衝撃的な美味しさだったとしても、伝えるための光──ホーリーエンジェモンとの共振が生み出す力の総量には限界がある。ただ一人であっても光が届かなければ、パンドラモンはその一人を起点に白い靄を作り替えていくだろう。そうなれば草太たちにもう打つ手はない。パンドラモンの不死性を保証する白い靄を処理しない限りは、たとえセラフィモン以上の強さを持つデジモンが現れたとしても勝ち目はない。それこそ人が一人もいなくならない限りは無限に力が供給され続けるのだから。

 

 だから、このタイミングで叩く。何とも間の抜けた表現だが、おいしいものを食べるということ、人が追い求め続けたただそれだけの喜びこそが、パンドラモンを焼き尽くすのだ。

 

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