やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
昨日までの陰鬱な靄や苦しみの連鎖を感じさせることなく、さんさんと太陽が街中を照らしている。
長峰家の庭には草太とホーリーエンジェモン、テイルモンに高間こよりの4人が集まっている。草太の父が所有していたバーベキューセットを組み立てているところだ。決戦前の約束を果たすというわけである。
とはいえキャンプ未体験のこよりに、そもそもキャンプなど知らないテイルモンは戦力外である。庭に面したリビングを開けているので、そこに腰掛けながら楽しみだねなどとほんわかするような会話をしている。パンドラモンが残したデジタマも一緒である。
対して男性陣はといえば、最悪の空気の元に組み立てを続けている。キャンプ道具は大体が組み立て式なのだが、コンパクトになるようにと複雑な構造である。故に、椅子一つ組み上げるのにああだこうだと試行錯誤を繰り返す羽目になる。なかなかうまく進まない組み立てに苛立ちが募り、自然と罵詈雑言が飛ぶ。組み合わせる場所が違ったろうが馬鹿者めといえば、お前が気づかなかったのが悪いわ抜作と返す。手を動かしながらも言い合いがおさまることがない。一切合切を論う辛辣なやり取りと、ひだまりのような思いやりに満ちた会話。庭の内外で酷いコントラストである。こよりとデジタマには聞かせられない醜い争いだ。
人に聞かせられない罵声と殺伐とした雰囲気の中で組み立てが終わり、ようやく料理を出来る状態となった。リアルワールドで初めて料理を出来るとあって、ホーリーエンジェモンは張り切っている。雑用は草太を顎で使う反面、食材の下拵えは非常に丁寧である。
包丁とはこう使うのだと、草太との腕の違いを見せつけている。皮むき一つとっても均一で無駄がない。こよりもテイルモンも大喜びである。さすがに草太も包丁の腕は認めざるを得ない。そもそも料理に対して興味がなかったはずが、すっかり染められていることに気が付いていない。
火を使う段階になってガスカートリッジが残り1本であることに草太は気が付いた。まだその1本は十分に残っているが、ホーリーエンジェモンがどのくらいコンロを使い続けるかはわからない。コンビニにでも売っているようなよくあるガス缶なので、三人へちょっと買いに行ってくると声をかける。が、そこでテイルモンとこよりが名乗りを上げる。さすがに何一つ手伝いをしていないことに罪悪感を覚えたらしい。ならばとお願いすることにして、草太も料理の手伝いに戻る。きゅうりの板摺でもしようかときゅうりのへたを落としている。スペースや安全性の問題から、二人は背中合わせだ。サク、と包丁をきゅうりに入れた時、ホーリーエンジェモンが振り向くこともなく、ぼそりと草太へ問いかける。
「一つ、聞きたいことがある。」
「……言ってみろ。」
「初めて、貴様がデジモンと遭遇した時、ミノタルモンの注意を自分に向けさせていたな。あれは、なぜだ?」
「は?……あの、牛のデジモンか。空き缶か何か投げたっけ。ん、何かおかしいことがあったか?」
「死に向かうような真似をなぜしたのかと聞いている。」
「ああそういうことか。死にたくてやったわけじゃねぇよ。それにいいだろ、なんだって。」
「いや、答えろ。どうせ貴様とはもう会うことはないからな。私の疑問を解消させろ。」
「……ま、確かに最後だしな。──お前と同じだよ。」
「は?」
「あの時、殺されかけてたおっさんと目があった。ぐちゃぐちゃな顔してさ、いい大人が暴力に従わされてる姿があまりに理不尽だなって思ったんだよ。ふざけんなって。嫌だって思ってるくせに、諦めた顔してるのも、俺じゃどうにもできないだろうって思っているのも腹が立った。正直足のけがで自暴自棄になってたせいもある。けど、理由なんてそんなもんだ。」
「ただのやつあたりだと?」
「ああ。お前だってそうだろ?」
「はっ、貴様の幼稚な感情と同じにするな。私は私の正義に基づいて戦うまでだ。」
はぁ、と重いため息が出る。こいつは最後まで本当に知能の足りない鳥頭だ。いや、あえて目を逸らしているのかもしれない。いつもなら、これからも今まで通りに続くのなら、適当に濁してやってもいい。だが、こいつの言う通り、多分これが最後だ。もう会うことはないのだ。なら、この気の合わない、腹の立つことしかしない、誰より尊敬すべき相棒へ、本当の言葉を贈るのもいいか。
「お前、バカなんだな。」
ビキリとホーリーエンジェモンの隠された額に青筋が立つ。付き合いの時間はともかく濃さは人一倍だ。見えなくてもそのくらいはわかる。
「正義が力だって言ってたな。じゃあ、お前がやってきたことはなんなんだよ。パンドラモンはお前より強かった。ならパンドラモンの方がもっと正義になるだろ。正義に刃向かう俺らは悪か?んなわけあるか。」
一息に言った後、振り向いてホーリーエンジェモンと正対する。
「力の使い道から目を逸らすなよ。お前は今まで何やってきたんだ?弱いやつを理不尽から守ってきたんだろ? 部屋の片付けもしないし料理も口だけで俺任せ。ものぐさなお前がそれでも絶対に譲らなかったのが、それだろうが。お前がいつもやってることだ。俺たちがやってきたことだ。人を傷つける。悪意を撒き散らす。悲しみを広げる。そういうのが許せなかったから力を欲しがったんだろ。ぐだぐだと言い訳並べやがって。弱いものいじめが嫌いなんだって正直に言え。悪い奴が楽しそうにしてるのが気に食わないって素直によ。何が力こそ正義だ。だからお前の言葉は薄っぺらいんだよ。本音で言え! 悪に泣くやつを少しでも減らしたいんだって言え! それがお前の正義だろうが!」
まるでハトが豆鉄砲を食らったかのように、ホーリーエンジェモンが呆然としている。今まで一度たりとも見せなかった姿だ。自分の中身を当てられて動揺でもしてるんだろう。なら、ここで追撃する。
「お前がわざわざ半端にふるまう理由なんぞ知らん。けどな、俺はお前の口から出る言葉なんざ一切信用してないんだ。でもお前のやることは見てきた。本心ってのはな、行動に出るんだ。どんなに力だ正義だなんて言っても、行動を見ればお前がやりたいことなんてお見通しなんだよ。わかったら、さっさと料理に戻れバカタレが。」
くるりと背を向けて、きゅうりの板摺に戻る。ええと、どこまでやったんだっけかとわざわざ口に出してみる。ホーリーエンジェモンはまだ、草太を見ている。そしてばさりと翼の音。料理に戻ったのだろう。鍋をかき混ぜるような音。
「──私は貴様が気に食わん。危険もなく穏やかに眠り、まともな食事を三食とることが出来る。にもかかわらずありもしない痛みに怯えて希望をあきらめる。そのちぐはぐさに腹が立つ。行動は本心が出たものだと言ったな? なら貴様は何なんだ。ケレスモンの時も、貴様は死に行くようなまねをしたな。飢餓を受け入れさえした! それは何のためだ……!」
絞り出すようなその声は、草太の本心をも浮き彫りにする。
「……初めはただの八つ当たりだったさ。でも、惜しくなった。サッカーばっかりで全然他の人のこと知らないままだったけど、ようやく色んなことに目を向けられるようになったんだ。俺の知らないことが、知らない人が山ほどいるんだ、この街に。それをパンドラモンなんかに壊させたくなかった。俺のこれからを守りたくなった。それに、これからもサッカー、やることにしたからな。練習できないのは困る。つーか、ケレスモンも、パンドラモンも、お前がいたんだから、無茶ってほどじゃねぇだろ。」
そのまま、沈黙が落ちる。外から、テイルモンのはしゃぐ声が近づいてきた。
「そうか。分かった。なら、貴様はそれを続ければいい。好きにしろ。ただ、口に出した以上、飲み込むことはできんぞ。貴様の契約者は私だ。私に恥をかかせるな。私の見る目の確かさを証明してみせろ。」
「──分かった。なら、お前も、俺が誇れるお前であれよ。」
ギィと家の門が開き、テイルモンとこよりが入ってくる。ガス缶だけではなくいろいろ買いこんできたようで、袋が妙に膨らんでいる。
「ただいま戻りました! せっかくですからスイーツも買いましたよ。後でみんなで食べましょうね。ってあれ? 二人ともどうかしたんですか?」
「いや、別に……。」
「何か文句があるのか?」
「え、いえ、何もないですけど……。ガス缶はここに置いておきますね。ほらこより、スイーツは冷蔵庫にしまっておきましょう。」
靴を脱いでこよりとテイルモンが家に入っていく。
草太とホーリーエンジェモンはもう、口を開かない。
──あまりに黙りこくっているのをテイルモンにしこたま説教されるまでは、だったが。
次が最終話です