やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ)   作:朝食付き

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たぶん2話までのどこかでこんなこともあったと思います。


番外編
番外編 食へのこだわりと共感しない男


 

 青の剣が暴力に染まった意識を切り裂く。崩れ落ちるように気絶したデジモンの体は黒く染まっており、靄となって災いの種が拡散しようとしている。

 邪悪には聖なる光を。ホーリーエンジェモンから溢れる輝きが靄を打ち消していく。そして靄ごとまとめてヘブンスゲートでデジタルワールドへ送還していく。

 

 これで今月3回目の送還である。暴走するデジモンとやりあうのはこれで何度目か。

 なれたというほど荒事に身を置いたつもりはないが、それでも当初よりは立ち回りが分かってきた気がしている。暴れられはしたものの被害は街路樹二本が折れるだけで済んだ。

 

 ふぅと、一息つく。街路樹とはいえ街の公共物だ。直せるわけでも弁償できるわけでもない。さっさとここを離れたい。

 そわそわする草太の下へと、ヘブンズゲートを閉じたホーリーエンジェモンがバサバサと翼を羽ばたかせて降りてくる。

 

 これは何かあるな。ピンときた。

 

 普段はフクロウのように音もなくすっと降りてくる。そもそもよく分からない力で飛んでいるので羽ばたく必要もないのだ。それがわざわざ羽音立てているということは、何か要求があるということに他ならない。

 普段は傲慢で命令口調のくせに、頼み事をするときだけは妙に主張が遠回りになるのだ、この大天使は。

 

「なにか用か?」

 

 さっさと話を済ませるに限る。草太としては早くこの場から離れたいのだ。だから口火を切る。

 話を聞きたくはないが、そうしないとうっとおしい微妙なアピールが続くのだ。

 

「受け取れ。」

 

 こちらを見ずに、それでいて正確に袋を放ってくる。

 受け取ったのはビニール袋、中には緑の葉っぱ。菜の花と紙のラベルでまとめられている。

 戦闘中は持っていなかったはずだが、どこに隠していたのか。

 ともあれ問題は中身である。なんで菜の花?疑問が顔に出ているようで、説明が入る。

 

「なんだその胡乱な顔は。ただでさえみすぼらしい顔が更に一段落ちているぞ。」

 

 黙って先を促す。蹴飛ばしてやりたいところだが、ここを離れることが優先だ。喧嘩をしている暇はない。

 

「……味噌汁だ。今日の味噌汁はそれを使え。」

「菜の花の…味噌汁か。言っとくが菜の花なんて使ったことないぞ。」

「作り方は聞いてある。貴様は私の言うとおりに調理すればいい。ただし、いつもの調子で目分量などしてみろ、逆さづりにしてやるからな。」

 

 はいはい逆さ吊り逆さ吊りと。

 この大天使にはキッチンが狭すぎて、入るのはともかく調理などできやしないのだ。

 そのくせ味にはこだわりがあるから始末に負えない。

そのうちガスコンロでも買って外で作らせる方が楽かもしれない。

 

「っていうか、これどこから持ってきた?お前金持ってなかったよな?」

「貢ぎ物だ。裏のばあさんが是非にと言ってな。まあ、私の人徳というやつだ。」

「裏のおばあちゃん…?ああ、里田さんか。わかった。後で俺からも礼を言っておく。」

「私への貢物だぞ?お前が礼を言う筋合いなどないが?」

「そうはいかないんだよ。お前の監督責任者はとりあえず俺だし、俺だって食うんだからな。」

 

 納得したのかしていないのか。さっさと飛び立っていく。ふわりとした風だけ残して羽音一つない。

 どうせ待ちきれずに先に家に帰ったに決まっている。というか先に帰るなら菜の花も一緒に持って行けよな。

 ビニール袋に菜の花。男子高校生の持ち物ではない。風にバタつくビニール袋が虚しい。

 

***

 

 帰宅後さっさと夕食の支度をする。両親は地方に転勤中。精々2,3年で戻って来る予定だし、せっかく買った一軒家を持て余すのも勿体ないと、草太が一人暮らしをしている。

 ただし両親との約束で、夕飯だけはしっかり作れと言い聞かせられている。本来ならレトルトなり弁当で済ませたいところだったが、約束しているから仕方なく料理をしている。

 ましてや鬱陶しい食通気取りがいるからなおさら料理が必要になっている。

 

 炊飯器にお米をセットし炊飯スタート。ピピっと電子音のメロディー。鳴り止む前に小鍋を取り出す。

 と、さっそく口出しが始まる。我が家はカウンターキッチンなので、ダイニング側からはこちらの手元が見える。

 だから野菜の切り方からフライパンの振り方までいちいち小うるさい指摘が入ってくる。

 ただ菜の花の味噌汁なんて作り方を知らないので、癪に障るが口やかましい天使の指示に従うことにする。

 

「いいか、菜の花は火の通りが早い。先に菜の花だけをゆでておけ。それと、ゆで汁にはうまみが出る。間違っても捨ててくれるなよ。」

「ようはそのゆで汁で味噌汁作ればいいってことだろ。これだしはどうするんだ?うまみが出るならいらんよな?」

「・・・少し待ってろ。」

 

どうも聞いていなかったらしい。さっと飛び出していく。迷惑な奴め。

 

「先に出しをとれ愚か者。出汁で菜の花を茹でればそれで済む。ゆで汁を溶け込ませろ。熱が通ったら速やかに引き上げて、大根と油揚げに火を通せ。」

 

 手元にはメモ。伝書鳩してるだけのくせに偉そうな。後で裏のおばあちゃんにはお礼しに行かなくては。

 ホーリーエンジェモンは見た目には神聖で厳かさがあるから、信心深い老人はありがたいありがたいといって何かと融通を利かせるのだ。

 あまりこいつを甘やかすのはよして欲しいが、嬉しそうに世話を焼く姿を見るとなんとも言えなくなる。

 

 鍋に水を入れ、こんぶを沈める。

 別に顆粒だしで構わないと思うのだが、ホーリーエンジェモンがあまりに騒ぐので購入した乾物だ。煮干しも用意してあるが、処理が面倒なのであまり使いたくない。

 鍋の昆布にゆっくりと熱が通っていく。ゆらゆらと揺れる昆布からは少しずつ旨味が溶け出していく。

 

 見ていても仕方ないのでついでにサンマを焼いておく。

 いつもは魚の焼き方もああだこうだとうるさいが、今日は味噌汁に夢中らしい。飽きることなく鍋を見つめている。いつもこのくらい黙って入れば手間がないのだが。

 しばらくして大天使が騒ぎ出す。そろそろ昆布を出す用意をしろとうるさい。沸騰を始める直前に昆布を取り出すのが料理人の仕事というものらしい。

 昆布が沸騰したらどうだというのか。無駄にシビアなタイミングを要求してくるのがうっとおしい。第一顆粒出汁を嫌がるのは贅沢が過ぎる。

 

「そら、よけたぞ。」

 

 続いて鰹節を取り出したところで止められる。裏のおばあちゃんの家では昆布だけでだしを取っているとのこと。したり顔が憎たらしい。

 

 昆布を取り出しただし汁に菜の花を入れる。茎部分を入れ、次いで葉の部分を投入する。

 色鮮やかな緑が鍋を踊る。また天使が騒ぎ出す。やれ火が通り過ぎるだの、食感がどうだのという。

 聞き流しつつ取り出した菜の花をざるへ。洗い物が増えるので嫌なのだが仕方ない。

 

 切っておいた大根と油抜きした油揚げを鍋へ入れてそのまましばし。合間にサンマをひっくり返しておく。

 ついでに余った大根とおろし金をホーリーエンジェモンへ押し付ける。

これくらい手伝え。目線で訴えるとおとなしく受け取った。

 やることなすことケチを付けてくる狭小な心根のへそ曲がりだが、意外とこういう作業はおとなしく手伝ってくれる。いつもこうなら文句はないのだが。

 

 適度なところ(ホーリーエンジェモンが騒いだタイミング)で火を止める。冷蔵庫から取り出したるは味噌。

 昔ながらの製法でじっくり熟成させた味噌らしい。ちょっと高いのだが、これでなければ嫌だとホーリーエンジェモンがうるさいので仕方なく買っている。

 わざわざ軽量スプーンで味噌を測り、ゆっくりと鍋に溶かしていく。菜の花は最後でいいとのこと。

 ゆっくり味噌が溶けだして、味噌汁が出来上がっていく。湯気とともに味噌のいい匂いが漂う。

 料理は別に好きではないが、出来立てのにおいをそばで感じられるのは悪くないと思う。

 最後に菜の花を加えて完成とする。

 

「ほら持ってけ。」

 

 盆に盛り付けが終わったものを載せていく。キッチンからテーブルまではホーリーエンジェモンが運ぶ。

 こういう時こいつは歩かずに少し浮いたまま平行移動をする。汁物をこぼしたくないらしい。大げさだが、盆を吹く手間が省けるから助かると思っている。

 

 テーブルに炊き立てのご飯と焼いたさんま、味噌汁が並ぶ。

 ツヤツヤに輝くがごとし白米。粒立っているのはうまく炊けた証だ。茶碗に山盛りなのは成長期だから仕方ない。

 さんまは適度に焼色がつき、よく乗った脂がてらてらと輝く。脇には大根おろしがひとつまみふたつまみ。

 そして味噌汁が湯気で揺らめきながら、食欲をそそる味噌の香りと豊かな色味の菜の花が顔を出している。最後に乗せた小口ねぎが熱対流の名残でゆらゆらと浮かんでいる。

 主菜に味噌汁だけの簡単な食卓ではあるが、どれもうまくタイミングを合わせられたので出来立てだ。

 

 ──これはうまいな。食べる前からわかる。今日も暴れるデジモンを送還したのもあって、かなり動き回った。腹ペコである。

 

 四人がけの机に俺が座る。俺の対角にホーリーエンジェモンが腰を下ろす。どちらともなく手を合わせて食べ始める。特に言葉を交わすことはなく、ただ料理を口に運んでいく。

 

 まずは味噌汁を一口。味噌の香りが鼻を抜ける。出汁のうまみとわずかな苦みを感じる。これが菜の花のうま味か。

 いつもとは異なる風味が新鮮だ。

 次いで菜の花を頂く。ゆでられて柔らかく、それでいて歯切れがいい。たしかにこれは手間かけてよかったかもしれない。

 菜の花を持ってきた当人はといえば、味噌汁をまるでワインでも飲むかのようにちびちびと口にしている。

 

 曰く、「舌の味蕾は部位によって感度が異なる。故に舌全体を使うことで、より深く味わうことが出来る」、らしい。

 理屈はともかく、自分の作ったものを真剣に食べているというのは悪くない気分である。

 

 次は主菜に手を付ける。味噌汁の染み入るようなうま味もいいが、やはりさんまだろう。大根おろしを箸でつまんでさんまに乗せ、上から醤油を垂らす。

 醤油は大根おろしを茶色く染める。さらに浮き出る脂に弾かれて滑るように垂れていく。

 パリッとした皮を破って身をほぐす。大根おろしと一緒にゆっくりと口に運ぶ。よく焼かれて香ばしく、醤油がさんまの味を引き立てる。

 ご飯のおかわりはまだある。一口食べた時点でおかわりの予感に、多めに炊いておいた自分をほめたくなる。

 

 ちらとホーリーエンジェモンを見る。日頃は金の帯で隠した口元が、うれし気に弧を描く。お気に召したらしい。ゆっくりと口に運ぶ箸の使い方に迷いはない。

 次いで白米にサンマと大根おろしをのせ、器用にパクリとする。穏やかな表情は満足感をよく表していた。

 珍しく味への文句がない。だから草太も気分がよい。

 

「ちょっとほろ苦なところがいいな。うまい。」

「確かにな。人によってはこの苦みが好かんという者もいるようだが、気が知れん。それにしても馬鹿舌の貴様にしては珍しくまともな感想で驚いたぞ。」

「…うまいものはうまいってだけだ。お前みたいに延々と味に文句つけてるより、一言うまいっていう方がよほど健全だろ。」

 

 空気がぴりつく。相変わらずこいつとは話が合わない。根本的に性格が合わないのだろう。

 だが、喧嘩よりも飯を温かいうちに食べることの方がよほど重要だ。罵る時間も惜しい。お互い目をそらして食事に集中する。

 

 食事を終えてひと心地着く。ソファにもたれかかり、息を吐く。洗い物は後ででいい。

 このあとは風呂に入るくらいで予定もない。だから少しぼんやりとする。…菜の花うまかったな。まだ菜の花は残っているから、明日も作るか。

春野菜はあまり食べたいと思わなかったが、菜の花なら何度でも食べたい。先ほどの暴言については、菜の花に免じて許してやることにする。

 

 椅子が引かれる音。奴は普段のせっかちさに反して食事はゆっくりだ。ようやく食べ終わったのだろう、食器が流しに置かれる音がする。

 この後はお決まりの夜のパトロールにでも出かけるのだろう。リビングを横切り窓を開ける音がする。

 よく手入れをしているから、窓はスムーズな動きをする。静かに動かせば静かに開くのだ。しかし普段よりも大きな音を立てて窓が開かれた。

 わざと立てた音に紛れて、うまかった、という声が聞こえた──ような気がした。

 

 

 

 




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