やさぐれ天使と俺の、厄災をうちはらう正義の話(旧タイトル:でこぼこバディ) 作:朝食付き
0.プロローグ
薄暗い雑居ビルに人影が一つ。直立不動のまま、身じろぎ一つしない。
見れば全身に真っ黒に染まっている。もし近くでその姿を見たならば、黒いタトゥーが幾重にもその肌に刻まれいることが分かるだろう。時々、黒いタトゥーは表皮を蠢いている様子に気づくこともできる。
人影の傍らに小さな小箱が置かれている。手のひらほどのサイズで、6面全てに口や目が描かれていて、ぎょろりと目があたりを眺めまわしている。
この小箱こそが、人影を操る主であり、この街へ今なお災いを振りまき続ける災厄の化身、パンドラモンだ。
人影からは黒い靄がしみだしている。タトゥーが蠢くたびに、人影からもうめき声が上がり、その苦悶の響きが靄を生み出している。靄は風になびく様子もなく静かに漂い、パンドモンへと吸い込まれていく。そのたびに、パンドラモンが嬉しげに目を細める。
人の苦しみを糧とする邪悪なデジモン。かつてデジタルワールドの聖なる天使型デジモンたちに封印されていた最悪のデジモンが、封印を抜け出しリアルワールドに現出している。
パンドラモンに囚われた人影──哀れな少女に出来ることはなにもない。苦しみも恐怖も、何もかもがパンドラモンの餌として奪われていく。
終わりのない苦しみに身を焼かれる少女の絶望はパンドラモンにとっては甘露そのものだ。
救いの光は届かない。ただただ少女の嘆きが深まっていくばかりだ。
***
明るい日差しがカーテンを照らすお昼時。長峰家にもお昼ご飯が食卓へ並ベられていた。
つやつやのご飯にお味噌汁──今日は大根と豆腐、アジの塩焼きに漬物がいくつか。どれも出来上がったばかりで、いい香りが部屋に広がっている。
その食卓を囲むのは三人。家主である長峰草太と、その契約者であるホーリーエンジェモン、そしてパンドラモン捜索を行っているテイルモンだ。
草太がホーリーエンジェモンの厳しく鬱陶しい指導の元に作り上げた料理は、盛り付けにまで気を使っており見栄えもいい。ホーリーエンジェモンからすると落第ギリギリの手際ではあるが、それでもインスタントとレトルトに頼り切っていた当初からすると中々の上達振りである。
普段は草太とホーリーエンジェモンだけの食卓だが、今日はテイルモンを招いての食事会だ。パンドラモン捜索に向けて、作戦会議を兼ねて草太がテイルモンを食事に誘ったのである。
かなしいかな、テイルモンは一般的なテーブルでは手足が届かないため、椅子に座布団を重ねて即席で作った子供席に座っての食事である。
いただきますの声も揃って、早速食べ始める。
草太は初めに味噌汁を一口。出汁の取り方も手慣れたものだ。味噌の具合も丁度よい。手前みそながら上出来なのではなかろうか。内心これなら文句も出るまいと考えている。
が、なかなかうまくいかないのが料理初心者というものである。
さっそくテイルモンから声が上がる。
「あら、草太さん、このお漬物つながってしまってるわ。」
猫パンチくらいしかできなそうな手ではあるが、テイルモンは器用に箸を使いこなす。天使型デジモンの一端たるもの、テーブルマナーも心得ているようだ。薄切りにしたはずのきゅうりが、見事につながったままテイルモンの箸にぶら下がっている。
「…ちょっと包丁の入れ方が浅かったな。まあうまくちぎって食べてくれ。」
「貴様はいつになったら包丁の使い方を覚えるんだ?」
「うるさいな、味に変わりはないんだから我慢しろよ。」
気心もしれたテイルモンであっても客は客だ。内心上々と思っていただけに、ホーリーエンジェモンの指摘がグサリと刺さる。
ため息をつくホーリーエンジェモンを尻目に、上手に箸で漬物を取り分けて口に運ぶテイルモンはこの上なく楽しげであった。
***
元サッカー少年と傲慢天使に猫もどき。
口を開けば売り言葉に買い言葉、罵倒が出ない日はない草太とホーリーエンジェモン。どこにでも入り込んで情報収集に勤しみながらも、主婦の噂話が気になるテイルモン。どうにも締まりのない三人であるが、この街をパンドラモンの脅威から救い続けている三人でもあった。