僕は一年以上、ずっとずっと待ってたのに!(血走った眼)
仕方ないので自分で書くことにしました。
ブルーアーカイブは公式も含めて曇らせが流行っておりますが、トライガンだって負けてませんよ。
この二つを組み合わせれば、きっとすごいものができますよ(レガートスマイル)
#1.元・600億$$の男
微睡みの時間は終わった。
男は、再び銃を取る。
「やっとみつけたで、アホウが。二年間も何しとったんや」
「――二年か。そうか、この星ではそんなに時間が経っていたのか」
「何言うとんねん?」
「きっと夢を見ていたんだ、僕は……」
何もかもが夢のようだった。
こことは違う、遠い星の出来事のようだった。
だけど確かに過ごしたあの日々の中で、ただ時と記憶だけが彼の中に刻まれ、残っている。
「ただ静かに暮らしたかっただけなんだよ。これまでの生き方も、生きてきた世界も……何もかも変えて」
だけど、それは出来ない。
過去を失くす事なんて出来ない。
犯した罪は消えない。
課せられた罰に追われ続ける。
運命の犬が自分を嗅ぎつけて現実へ引き摺り戻したのだ。
だから、あれはきっと夢だったんだろう。
かりそめの日々。
こことは違う世界で、束の間微睡んでいた遠い星の夢――。
「……ヒドイなぁ」
思い返せば、何処までも儚い『夢』
見上げれば、何処までも遠い『星』
降ろしていた腰を持ち上げ、男は再び歩き出す。
「本当に気に入ってたんだぜ……あの二人との生活が」
男が往く。
殺戮の荒野へ。
男が舞い戻る。
血反吐は吐き尽くし、むせ返る様な硝煙の匂いを纏い、銃弾を背負って。
男、独り。
荒野を歩く。
これは一つの物語の終わり。
これは一つの物語の再開。
知りたければ教えよう。
かつて砂漠の惑星において伝説と呼ばれたガンマンが、渇き果てた荒野から抜け出した、透き通るように青い世界での
天空に輝き、我々を見下ろす真っ赤に血塗られた
そして思い出せ、その男の名を
その男の伝説を
時は満ちる。語るべきは未来へ続く、その軌跡のみ
◆
ブラックマーケットという通り名の印象からは想像も出来ないほど、そこはインフラの整った、れっきとした都市だった。
ボロボロのテント張りの露店が建ち並び、人種も職業も定かではない者達が雑多に行き交うような闇市やスラム街のイメージとは程遠い。
整備された道路があり、整然とビルが立ち並び、人と車が行き交う。
しかし、そこは確かに
一見すると真っ当なビジネスマンが出入りするような小奇麗なビルの中には、悪徳な商売が根を張り、悪党とその毒牙に掛かる憐れな者達を日々招き入れている。
かろうじて秩序の体裁を保っている大通りから建物の影を通って路地裏に一歩足を踏み入れれば、そこはもう治安もクソもない混沌の世界だ。
行き交う人々は誰もが銃を携帯し、その引き金は驚くほど軽い。
銃声は車のクラクションよりも絶え間なく響き渡る。
たった今も、また――。
「ひょぇええええ!?」
薄暗く、小狭い路地を間の抜けた悲鳴が駆け抜けていった。
その背後からは怒声と銃声が響く。
誰かが誰かに銃で撃たれながら追い立てられている。
ブラックマーケットでは、ありふれたトラブルだった。
「何故僕がこんな目に遭うのママン!? 何も悪いことしてないのに、みんなが僕を狙うよママン!!」
「ごめぇん、ヴァッシュ~!」
「ごめんで済んだらフランセ語で泣き入れて現実逃避なんてしてないよ! ママンって誰だよ!? 教えてよ、ユメ!」
「知らないよー! ひぃん」
逃げているのは奇妙な二人組だった。
長身でガタイのいい金髪の男が、豊満な胸をした緑髪の少女を小脇に抱えて全力疾走している。
二人して涙目になりながら泣き言を口にしているが、その走りには迷いや陰りが見えない。
人間一人を小脇に抱えていながら、驚くべき速さだった。
小道の分岐があれば素早く曲がって追手の視界を切り、障害物を軽やかに避けながら狭い路地裏を走り抜ける。
既に背後から聞こえる怒声や銃声さえも置き去りにし始めていた。
「……撒いたと思う?」
足を止めずに、ヴァッシュと呼ばれた男は右手に抱える少女へ訊ねた。
「わ、分かんない」
進行方向とは逆向きに――尻を前に向けて俵担ぎにされていたユメと呼ばれた少女は、背後を注意深く眺めながらも自信なさげに答えた。
「俺も分かんない。とにかく、さっさと用事を済ませてアビドスに帰ろう。さすがに学校までは追ってこないだろうし、万が一追ってきてもスンゲーおっかない用心棒が撃退してくれるから」
「じゃ……じゃあ、もう降ろして? さすがに恥ずかしいんだけど」
「目を離したらまた別のトラブルに巻き込まれるからダメ!」
「ひぃん。そんなぁ、わたし子供じゃないよぉ」
ヴァッシュはユメの泣き言に耳を貸さず、走り続けた。
路地裏を抜けて人ゴミに紛れ込むと、そのまま目的地まで駆け抜ける。
そこはブラックマーケットでも小さな店舗が集まる一角だった。
この一帯に安全に買い物が出来る場所などないが、寂れた場所は人が集まり辛く、必然的にトラブルも起こり辛い。
そういう意味では、ある程度安全に買い物が出来る場所だった。
色褪せた手製の看板を表に掲げた、商売をする気があるのかないのか分からない一軒のガンショップにヴァッシュとユメは滑り込んだ。
ここまで全力疾走してきた勢いのまま扉を開けると、店内にまばらにいた客の内何人かが反射的に銃を向けた。
扉を蹴り開けて開口一番に金を要求する強盗など、この店に限らずブラックマーケットでは珍しくもないからだ。
「……なんだ、ヴァッシュとユメか」
しかし、勝手知ったる店主は二人の顔を見ると、ため息を吐いて銃を降ろした。
こんな小さな店を訪れる常連客は少ない。
二人は数少ない真っ当に物を買っていく客であり、自然と顔見知りになった仲だった。
「や、店長さん。お久しぶり」
「おう。またいつもの弾か?」
「そうそう。数もいつも通りね。急いでくれると嬉しいな」
「今日はまた忙しないな」
ボヤキながらも、店主である少女は要求された商品を用意する為に店の奥へと消えていった。
そう広くない店内を見渡せば、数人の客も皆年若い少女達である。
銃器を扱う店に、大人はヴァッシュ一人だけ。
異常な光景だった。
少なくとも『本来の常識』を知るヴァッシュからすれば、未だ見慣れることのない日常の風景だった。
しかし、この世界では――キヴォトスと呼ばれるこの都市では――異端は自分の方であることをヴァッシュは理解していた。
「大人の男だぜ」
「珍しいな」
「生身の大人って初めて見た」
ヒソヒソと声が聞こえる。
このキヴォトスにおいて『大人』と呼ばれる者は皆が異形なのだ。
獣人であったり、ロボットであったり。
生身の大人である自分が目を引く存在であることを再確認すると、ヴァッシュは一抹の不安を抱いた。
――目立つ自分が、この店に入るところを通行人の誰かが見ただろうか?
――その痕跡を辿って追手がここまでやって来る可能性は?
「……あの~、ヴァッシュ。そろそろ降ろしてくれてもいいかなぁ~って」
「あ、ごめんごめん」
小脇に抱えたままだったユメの言葉に、ヴァッシュは我に返った。
知らず強張っていた顔つきが、ヘラリと力の抜けた笑みへと変わる。
その表情の変化を見たユメは、言葉には出さずに安堵した。
険しい顔よりも、普段の笑顔のヴァッシュの方が好きだった。
「またユメがトラブルを起こしたのか?」
店の奥から弾薬箱を抱えた店主が戻ってきて二人の様子を笑った。
「あはは、起こしたんじゃなくて巻き込まれたんだけどなぁ~」
「自分から巻き込まれに行ったんでしょ。まーったく、一体いつになったら学習するのかしらこの子ったら!」
子供を叱る母親のような言葉を裏声で叫ぶヴァッシュに対して、ユメはそれこそ子供のように頭を抱えた。
「だ、だってぇ~お金くれるって言うからぁ……」
「お金くれるなんて直で言ってくるような奴がまともな相手なワケないだろ! そんなんだから悪い大人に騙されるの!」
「ひぃん」
「ひぃん、じゃありません! 反省しなさい! ユメちゃん、めっ! めっ! ユメちゃん悪い子!」
ヴァッシュは手の甲をもう片方の手で何度も叩いて、親が子供の頭を叩くような仕草をした。
実際に、叱られて涙目になるユメの姿は大きな子供そのものだった。
「なんだ、また詐欺に引っ掛かりそうになったのか?」
店主が二人の漫才のようなやり取りを聞き流しながら弾薬箱の蓋を開ける。
弾薬箱とはいっても警察や軍隊で使用されているようなスチール製のしっかりとした物ではない。
汚れた段ボール箱に、銃弾が緩衝材の紙屑と一緒に雑多に詰め込まれていた。
何ともお粗末な代物だが、相応に値段も安い。
万年金欠であるヴァッシュ達にはありがたい商品だった。
「まあね。でも、今回はちょっとヤバイ相手と絡んじゃったね~」
ヴァッシュは慣れた手つきで、中身の弾薬の質を検めた。
数だけはしっかりと注文通りに揃えてくれるが、時折錆弾などの不良品も混じるのがこの手の安物の悲しいところだ。
世間話の片手間にも、隙のない目つきで素早く品定めを行っていく。
肩越しにその作業を覗き込むユメは、本当にただ覗いているだけだった。
「銃持って追い回されでもしたのか?」
「これまでのビジネススーツ着たタイプの詐欺師とは違ってたね。マシンガン持ってゾロゾロと何人も出てくるんだもん。女の子一人に大の大人がよくやるもんだよ」
「……おい、ってことはまさか」
「いやぁ、多分大丈夫だよ。この店に入るのは見られてないはずだし、万が一にも巻き込まないようにさっさと買い物を済ませて――」
次の瞬間、店のドアが爆発によって吹き飛んだ。
爆風が頬を撫で、煙が店内に舞う様子を眺めて、ヴァッシュとユメは顔を見合わせた。
「……ごめん。巻き込んじゃった」
「ざけんな!」
店主の少女はヴァッシュの頭を殴りつけた。
◆
店の入り口は十人以上の武装したロボットに囲まれていた。
正確にはロボットの姿をした男達である。
同じロボット型であっても彼らの外見は一般人には見られない戦闘用の重厚な装甲に覆われていたが、要所を隠す衣服が人としての最低限のアイデンティティを保っていた。
全員が最低でもサブマシンガン以上の重火器を手に携えている。
荷台に重機関銃を搭載した
「――このオレ達、スコルピオン・コーポレーションをコケにしてくれた野郎とガキは何処だ!?」
トラックの屋根に仁王立ちするリーダー格らしき男が叫んでいた。
表情のない機械の顔が殺意と憤怒に歪んでいるのが見えるようだった。
粉砕された扉の陰から、ヴァッシュ達はその様子を伺っていた。
「あんなギャング崩れが会社を名乗るなんて世も末だね」
「カイザー・コーポレーションの後追いのつもりなんだろ。このブラックマーケットでは腐るほどいる
「辛辣ぅ」
「店ぶっ壊されたからな」
「ごめんね、店長さん。ちゃんと弁償するから」
「金欠のお前らに期待なんてしてねぇよ」
置かれた状況に対して言葉を交わすのは当事者のヴァッシュとユメ、かろうじて関係者である店主の少女である。
全く関係のない、偶然居合わせただけの客達まで逃げられない状況に陥っている。
店の外にはスコルピオンを名乗る悪漢たち以外に大勢の野次馬が集まっていたが、当然周囲からの助けや治安組織の介入など期待出来なかった。
広大なブラックマーケットの寂れた一角で起こる小競り合い程度で困る住人など、そう多くはない。
無関係なトラブルは丁度いい娯楽なのだ。
「この店に金髪の男が入っていったんだな?」
リーダー格の男は、足元で縮こまる一人の少女に銃を向けた。
何かのマスコットを模したリュックサックを背負った、ごく普通の少女だった。
男たちの仲間にはもちろん、このブラックマーケットに通うような反社会的な人間にも見えない。
「え……えっと、はい。背の高い大人の男の人で、目立ちましたから。多分」
少女は戸惑いながらも答えた。
追われているヴァッシュたちを貶めようという悪意などなく、むしろただ訊ねられたことを善意によって答えただけであるような、純粋な返答だった。
「ガセだったら、お詫びに服を剥いてその辺に吊るしてやるよ」
「ええ!?」
大人の悪党が持つ煮詰まった悪意を突き付けられ、少女は顔を青褪めさせた。
「こ、困ります! ペロロ様のグッズが時間限定で販売されるんです! 間に合わなくなっちゃいますよ!」
「テメー自身の心配しろや! イカレてんのか!?」
若干調子を崩されながらも、リーダー格は気を取り直して銃口を店の方に向けた。
束の間緩んだ空気が、再び緊迫する。
店の中にいる者達にとって状況は最悪だった。
相手の持つ複数の銃器はもちろん、トラックに積んだ重機関銃の火力は小さな店ごと中の人間を薙ぎ払うだろう。
その事実に、最も追い詰められているのはユメだった。
元々は自分が原因なのだ。
恐る恐る背後を振り返れば、無関係な数人の客が責めるように自分を睨んでいる。
知り合いである店主の少女はユメを責めることなく状況の打開を思案していたが、それがむしろユメの罪悪感を強めていた。
そして、何よりもヴァッシュに対して申し訳ない気持ちが一番大きかった。
この状況に巻き込まれた者達の中で、一番危険なのは彼だ。
キヴォトスに住む者達は自分を含めて誰もが銃に対して耐性を持っている。
最悪の場合、このまま店ごとハチの巣にされても死ぬことだけはないだろう。
しかし、彼は違う。
彼が自分のせいで銃に撃たれ、血を流し、万が一にも死に至ることを想像するだけでユメは吐き気を催すような恐怖を覚えた。
バカで、軽率で、騙されやすい自分のせいで――。
「三つ数える。出てこなければ、全部更地にする」
リーダー格が宣告した。
「ひとつ!」
銃を一斉にコッキングする音が響いた。
「ふたつ!」
時間がない。
どうすればいいのか分からない。
だけど、このまま隠れていてはいけない。
ユメは意を決して店の外へ出ようとした。
「みっつ!」
半壊した入り口を潜って、一人。
外に出た。
「……まずは野郎の方か」
両手を上げたホールドアップの状態で姿を現したヴァッシュを見て、リーダー格は冷酷に呟いた。
「ちょ……ちょっと待ってよ、ヴァッシュ!」
目の前の信じられない光景に、ユメは悲鳴を上げそうになった。
まるで散歩にでも出かけるように、自然な足取りでヴァッシュは店の外に出ていった。
突き刺さるような銃口と悪意の前へ、無防備に身体を晒してヘラヘラと笑っている。
撃たれれば死んでしまうかもしれないのに。
――わたしのせいだ!
自分を庇う為に彼が先に出て行ってしまった。
ユメも衝動的に飛び出そうとした。
しかし、店主の少女が背後から羽交い絞めにしてそれを止めていた。
「なんで……!?」
「お前の為だけじゃねぇ! あいつはこの店も巻き込まない為に出て行ったんだ!」
思わず振り返れば、店主の少女の顔にも葛藤の色が浮かんでいた。
一触即発の状況で、二人揃って姿を現せば相手が何をするか分からない。
ユメはそれ以上何も出来ず、ただ外の様子を伺うしかなかった。
「いやあ、いきなり逃げ出したのは悪かったよ。けどさ、元々はそっちが詐欺紛いの話を吹っかけてきたのが始まりなワケだし。これ以上騒動を大きくして人手と弾を無駄にする前に、ここら辺で手打ちってことに――」
軽い調子で語りかけるヴァッシュの足元を、問答無用で数発の銃弾が抉った。
「ガキの方も出しな」
弱者の言い分になど耳を貸さない一方的な要求だった。
もはや話し合いで終わるような状況ではない。
それを理解しながら、ヴァッシュは冷静に足元の弾痕を見下ろしていた。
「そりゃできない。だって、あんた達もう金なんて関係ないってツラしてるもん。見せしめにでもするつもりなんだろ?」
「ああ、そうだ。オレ達にも面子ってモンがあるんでね」
「なるほど。だったら、タダで許してくれとは言わねぇよ」
悪漢に囲まれながら、銃を突きつけられている状況など何でもないことのように、普段通りの口調で話す。
自然な動作でその場に両膝を突き、手を地面に降ろした。
「これで、カンベンしてもらえねーか」
何の躊躇いもなく、ヴァッシュは土下座した。
それを見たユメの顔が泣きそうに歪んだ。
周囲の野次馬達の空気も変わり始めていた。
ブラックマーケットでは日常茶飯事である荒事とその末に起こる銃撃戦を軽い気持ちで見物していた多くの少女が、予想外の大人と大人のやりとりに戸惑いを感じ始めている。
ブラックマーケットに通う少女達にとって『大人』とは、若く経験の浅い未成年を巧みに騙し、表と裏の顔を明確に使い分ける狡猾さを備え、時として子供の想像を超えるような悪辣さと残酷さを見せつける社会的上位の存在であることが多かった。
その大人のイメージのままである悪党が同じ大人の男に向ける悪意は、あるいは子供に対するそれよりも容赦のないもののように感じられた。
ヴァッシュの側の事情など周囲の者達は当然知らないが、理不尽な言いがかりをつけられていることくらいは想像できる。
彼は被害者なのだ。
それなのに、非のない彼が頭を地面に擦り付けて許しを乞うている姿は、少女達に衝撃を与えていた。
大人の男なのに、助かる為に何の抵抗もせず頭を下げている姿。
同情を向ける者達も少なからずいる。
しかし、ほとんどの少女達が向ける視線には、情けなさや失望、あるいは侮蔑が滲んでいた。
「……よく分かった」
リーダー格の男は嘲笑の色を隠さずに言った
「だが、さっきも言った通りこいつは面子の問題だ。お前の安い土下座一つで帰るワケにもいかねぇ」
銃撃戦とは違う緊迫感が辺りを満たしていた。
「そうだなぁ」
ヴァッシュは顔だけを上げて、言葉の続きを待った。
状況を見守るユメが固唾を飲む。
「――裸になって、犬の真似でもしてもらおうか」
その言葉が、異様な静寂の中でハッキリと周囲に響き渡っていた。
ユメは心臓を握り潰されるような感覚を覚えた。
顔から血の気が引き、引き攣った喉の奥から小さく息が漏れる。
店主の少女も、関係のない周囲の野次馬達にさえ、顔を歪める者が現れるほどの残忍な宣告だった。
銃で撃って、相手を傷つけるわけではない。
しかし、それ以上に相手の尊厳を踏みにじる行為だった。
命を取るのか、プライドを取るのか。
深い意味などない。
ただ興味本位で試している。
目の前の男が何処まで下手に出られるのか気になるだけ。
そんな相手を犬畜生にしか見てない者の、気まぐれで底のない悪意が滲み出た声色だった。
「……本当だな?」
さすがのヴァッシュも表情を強張らせ、額に汗を浮かべている。
しかし、それでも意を決して立ち上がった。
「約束守れよ?」
周囲がざわついた。
――まさか、本当にやるのか?
「やめてぇ――!」
ユメが悲鳴のように叫んでいた。
「やめて! 出ていくから! お願い、やめて!!」
悲痛なユメの訴えに振り返ったヴァッシュの顔には、まるで安心させるように気の抜けた笑みが浮かんでいた。
「ユメ。頭引っ込めてろ」
ヴァッシュは言われた通り、裸になった。
シャツとズボン、靴さえ脱いで完全に全裸になる。
その一部始終を見ていた者達は息を呑んだ。
生身の男の裸に対して向ける好奇の視線は一つもなかった。
「……何だ、あの身体」
誰かが震える声で呟いた。
服の下に隠れていたのは、少女達が想像もしていなかったほど痛ましいものだった。
長身とガタイの良さを裏切らない、極限まで鍛えこまれた肉体。
キヴォトスにおいて生身の肉体を持つのはほとんどが少女である為、ここまで筋肉質な身体を見ることは珍しい。
しかし、それ以上に目を引いたのは身体の傷だった。
ヴァッシュのそれは『傷だらけ』と表現することすら足りない、傷に埋め尽くされた肉体だった。
キヴォトスの人間には見慣れない弾痕が当たり前のように幾つも刻まれ、大小様々な裂傷が全身を走っている。
切り傷。その縫合の跡。あるいは治療を出来ずに自然治癒せざるを得なくなった結果残ることになった醜い傷跡。
折れた骨を補強する為の金属製のボルトやプレートすら複数埋め込まれていた。
そして、何よりも目立つのは左腕である。
彼の左腕は『義手』だった。
相対するスコルピオンのように元からロボットの身体を持っていたわけではない。
本来ある生身の肉体から左腕を失い、機械の腕で継ぎ接ぎした歪な身体。
キヴォトスにおいて、決して見ることのない凄惨な姿だった。
「わん」
やがて、異様な静けさの中でその行為は行われた。
「わん。わん」
ヴァッシュは言われた通りのことを実行した。
「わん。わん。へっへっへっ」
犬の真似をしていた。
その場で四つん這いになって。
だらしなく舌を出して。
畜生の真似事をやって見せた。
ユメはその姿を見ていた。
何も出来ずに。
ただ見ていた。
「……どうします、リーダー?」
次の行動を選びかねていた配下の一人が、戸惑いながら判断を仰いだ。
まさか本当にやるとは思っていなかった。
未だに犬の真似を続けるヴァッシュを、呆れや侮蔑を超えた狂人を見るような眼で眺めている。
この店を取り囲んだ時に漲っていた戦意は、既に萎えている。
何人かは銃口を降ろしていた。
「ハハハ、なかなか面白い見世物だった……」
しかし、本物の鬼畜や外道と呼ばれる者の邪悪さが萎えることはなかった。
人の成長が歪みに歪めば、このような『大人』に成り果てるのだという証明がそこにはあった。
――男は何の躊躇もなくヴァッシュに向かって発砲した。
銃弾を受けたヴァッシュがその場に倒れ伏した。
地面に血だまりが広がっていく。
誰かの悲鳴が上がる。
響き渡る男の哄笑がそれをかき消した。
ユメがヴァッシュの名前を泣き叫びながら飛び出してきた。
「捕まえろ! 次はガキの番だ!!」
命じられるままに配下達が動く。
周囲の者達は動けない。
当初は想像もしていなかった壮絶な状況に、観衆は凍り付いていた。
残酷なショーは続く。
底のない悪意が行き着く所まで。
そして――。
「――いいえ、次はアナタの番ですよ」
上空から飛来した小さな影が、リーダー格の男を勢いよく踏み潰した。
◆
頭上から落ちてきた人影は、酷く小柄な少女だった。
それでも足蹴にされた機械の身体が這いつくばり、トラックの屋根がへこむほどの衝撃を与えたのは、それだけ高度から落下してきたからである。
意識外からの奇襲を成立させる為とはいえ、常軌を逸した発想とそれを可能にする身体能力だった。
「ホシノちゃん!」
ぐったりとしたヴァッシュを抱き上げながら、ユメが小さな襲撃者の名前を呼んだ。
ホシノはその呼び掛けに反応して、一瞬だけ視線を向けた。
後悔と絶望に塗れたユメの泣き顔が見上げていた。
普段の明るい彼女からは想像も出来ないほど変わり果てた姿を見ても、戦闘態勢に入ったホシノの心と身体は揺れなかった。
ただ、その両眼に宿る殺意の炎が静かに燃え上がった。
ホシノは手に持ったショットガンを足元に向けて発砲した。
足蹴にしていたリーダー格の関節部分を四か所、正確に撃ち抜く。
自分で撃っておきながら、弾がもったいないなと思った。
一発でも無力化出来た。
だが、すぐにどうでもよくなった。
こいつが地面に転がって犬以下の存在に成り下がるなら撃った意味はある。
「何――」
一瞬にして四肢をもがれたリーダー格を蹴り飛ばし、未だに呆気に取られて反応の出来ない周囲の標的へ襲い掛かる。
トラックの荷台で機銃手を担当していた者の顔面を、銃床で叩き潰した。
「空から――」
残りのメンバーが慌てて銃口を向けた時には、既にホシノは荷台にいなかった。
次の標的の死角に向けて、地を這うような低姿勢で走り出していた。
見上げるほどの上空から奇襲され、次の瞬間には足下から攻撃を受けている。
音を殺し、気配を殺し、目まぐるしく位置を変えるホシノの動きに意識が全く追い付かない。
「上――」
「違う、下――」
「撃て――」
「撃つな――」
引き金を引く暇はもちろん、言葉を紡ぐ端から次々と狩られていく。
人の形をした台風が荒れ狂っているかのような惨状だった。
小柄な少女とは思えない膂力で膝を蹴り折られ、体格差を利用して仲間を盾にされる。
スコルピオンの戦闘員達は、ホシノ一人に完全に翻弄されていた。
戦闘は瞬きする間に終わった。
結局、ホシノは最初の四発以外に一発も銃を撃たなかった。
撃つ必要もなかったのだ。
周囲の野次馬が盛り上がる暇すらない、一方的な戦いだった。
「――何故、アナタ達を半分残しておいたか分かりますか?」
既に戦闘態勢を解いたホシノが、スコルピオンの残党に向けて言った。
残された者達は未だ無傷で銃も手放していなかったが、恐怖に震えて動けなかった。
ホシノと戦った最後の一人が一蹴りで胸の装甲を陥没させて、半壊した車体に身体をメリ込ませるのを見た瞬間戦意は消え失せていた。
「理由は全く合理的なものですよ」
ホシノは足元に転がっていたリーダー格の頭を掴んだ。
四肢を失い、頭と胴体だけになっていたが、それでも鋼鉄の塊である重量を片手で軽々と持ち上げる。
「仲間の残骸を片付けさせる為です。一つ残らず持ち帰ってください。邪魔なんで」
ホシノに打ち倒された者達は例外なく肉体を半壊させていたが、死に至る損傷は一人も負っていなかった。
ロボットの身体を持つ者は見た目通りの頑強さと、四肢を失った程度では絶命しない不死性を持つ。
生身の人間ならば致命傷足り得るものが致命傷足り得ない――これがキヴォトスの住人が共通して持つ生態だった。
銃を向けられる程度のことでは生命の危機は感じない。
しかし――。
「そして、二度と私の視界に入らないでください。次にアナタ達を見かけたら半分も残しません。全部まとめて一塊の鉄クズに変えます」
ホシノの眼を見たリーダー格の男は、機械の脊髄が凍り付くような生命の危機を感じた。
弾の込められた銃口を覗き込むよりも恐ろしい深淵がそこにあった。
それは
言うべきことを言い終えたホシノは、返答も聞かずにリーダー格の胴体を仲間の方へと放り投げて、背を向けた。
背後で命令された通りに仲間を乗せ、かろうじて動くトラックを発車させる音を聞き流しながら、ホシノはユメ達の元へと歩み寄った。
未だにざわついている周囲の野次馬を追い払うように睨みつける。
「……ユメ先輩」
周りの人の気配が散り始めたのを確認すると、ホシノは改めてユメの安否を確認した。
「怪我はありませんか?」
「怪我……! う、撃たれたの!」
「一発くらいならいい薬になりますね」
「違うよ、わたしじゃないの! ヴァッシュが……ヴァッシュが、わたしのせいで撃たれちゃたの! 血が……!」
窮地を脱したにも関わらず、ユメは気が動転したままだった。
力の抜けたヴァッシュの身体を強く抱き締めて、泣き続けている。
まるで、そうしていればヴァッシュの命をこの世に繋ぎ止められると思い込んでいるかのようだった。
「お願い、ホシノちゃん! ヴァッシュを助けて!」
冷静に治療を行うことすら出来ないほど狼狽しきったユメを見下ろして、ホシノは小さくため息を吐いた。
「起きてください、この役立たず」
ホシノは辛辣にそう告げると、ヴァッシュの頭を力強く叩いた。
ユメは眼を見開いて固まった。
涙すら引っ込むほどの驚きだった。
「ホ、ホシ……ホシノちゃん! ホシノちゃーん!!?」
「何ですか、ユメ先輩?」
「け、怪我! 怪我人なの! ヴァッシュを助けて欲しいのっ! 殺しちゃダメなのぉぉーーーっ!」
「死にはしませんよ、この程度の傷で」
「で、でも血が……!」
撃たれた傷の具合を見せようと、ヴァッシュの身体を仰向けにしたユメは口にしかけた言葉を飲み込んだ。
まるで爽やかな朝の目覚めように、パッチリと開いたヴァッシュの眼と眼が合っていた。
「二発当たって深手はゼロ。出血はもう止まってますよ」
「だからって怪我人の頭をひっ叩くのは酷くない?」
「アナタがタダ飯喰らいの役立たずなんだから仕方ないじゃないですか。ユメ先輩のお守りを任せたのに、相変わらずトラブルに巻き込まれてるし、撃たれて転がってるしで呆れ果ててるんですけど」
「うわ~、ホントおっかないよこの子。助けてママン」
「ママンって誰ですか?」
何事もなかったように会話を交わすヴァッシュとホシノの傍らで、状況を理解しきれないユメは絶句したまま固まっていた。
◆
結局、ヴァッシュが自力で立ち上がり、服まで着替えて大事がないことを証明してみせた後もユメはしばらく泣き続けた。
感情の整理が出来ず、ヴァッシュの身体にしがみついて離れなかった。
シャツが涙と鼻水を十分に吸った所で、ようやく落ち着きを取り戻したのだった。
そこでようやく一連の騒動が解決したのだと、その場の全員が実感した。
既に関係のない野次馬はほとんどいなくなり、ホシノを加えた三人とヴァッシュ達の身を案じてくれる店主の少女、そして結局最後まで店の中から動けなかった数人の客だけがこの場に残っている。
無関係な人間の中で最後まで残っていたリュックサックの少女が、謝罪の言葉と共に頭を下げた姿がヴァッシュ達の印象に残っていた。
彼女自身も親切心が利用された挙句厄介事に巻き込まれた身だというのに、ヴァッシュが怪我をしたのは自分が場所を教えたからだと自責の念すら抱いていた。
本当に、何故ブラックマーケットなどに来ていたのか不思議なほど善良で素直な少女だった。
思わぬ他人の善性に触れ、ヴァッシュが無事だったことも理解して、ユメは普段の調子を取り戻すことが出来ていた。
今は店の中に場を移して、壊れた箇所の弁償についてヴァッシュも交えて店主の少女と話している。
とはいえ、これは交渉というよりもユメの側からのお節介に近いだろう。
常連客としてこちらの金欠事情を知る店主の少女は、最初から弁償してもらおうなどと期待していない。
払わなくていいお金をわざわざ払わなくていいのに――と。会話から外れたホシノはドライな考えを巡らせていた。
「プライドと命を天秤に掛けてよ、どっち取る?」
騒動から解放された店の客が幾人か去り、二人だけが残って駄弁っている。
自分達が巻き込まれた厄介事を、愚痴交じりに思い返していた。
別に聞き耳を立てていたわけではない。
勝手に聞こえてくるのだ。
当事者が近くにいないからといって声も潜めず、聞きたくもない与太話を。
「裸で犬の真似かよ。よくやるぜ、全く」
「あれで大人だってんだから情けないよな」
「勝ち目ないからって銃で撃ち返す度胸もないのかね。相手の大人の方がマシに見えたよ」
耳障りな会話をそれ以上聞き流す気にはなれなかった。
ホシノは二人が言葉を交わす間に割って入ると、胸倉を掴んで有無を言わせず引き寄せた。
「その裸踊りのおかげで助かったのは何処の誰ですか? ええ?」
「うぐ……っ!?」
「な、なんだよ? お前には関係ねーだろ!」
腹立ち紛れに睨んではみたが、所詮こんな全てが済んだ後で陰口を叩くだけの人間に何を言っても無駄であることは端から分かっていた。
突き飛ばすように手を離すと、舌打ちをしながら二人は店から出ていった。
あんな次の日には顔も忘れているような他人の言葉など気にする必要はない。
それに、彼女達の言う通り関係のない話なのだ。
自分に向けられた陰口じゃない。
しかし、ホシノの中の苛立ちは消えなかった。
「いやぁ、ユメってば変なところで頑固だねぇ。店の修理代受け取らないなら、直すの手伝うなんて言い出しちゃってるよ。修理代増えちゃいそう」
苛立ちの元凶が呑気な顔を出したので、ホシノは思わず睨みつけた。
「……何故、あんな真似をしたんですか?」
「あんな真似って、何が?」
ヴァッシュは呆けたように聞き返した。
気の緩んだ笑顔は本当に質問の意味を察していないのか、あるいは本性を隠しているのか、ホシノには分からなかった。
こんな所ばかり、他の大人と一緒だ。
表の顔で裏の顔を隠そうとする。
ユメ先輩と並ぶと同レベルの考えなしが増えたようにしか思えないのに、目の前の男の本心はいつも見えない。
「あんな奴ら、アナタなら一蹴出来たはずです。何のつもりだったんですか?」
「えっ!? 凄いこと言うね……あんなマシンガン持った集団相手に丸腰で挑めって言うの?」
「銃なら渡してあるじゃないですか、安物ですけど。普段から持ち歩かないアナタが悪いんですよ」
「銃って言ったって六発装填のちっこいリボルバーだよ? 相手十人以上、僕一人! 僕、撃つ! 相手、撃つ! 僕、ハチの巣!」
「……」
「大体、弾代だってバカにならないよ。我らがアビドス高等学校は万年金欠。弾丸一発のお値段で食事に三品は増やせるんだから」
「アナタはアビドスの生徒じゃありませんよ。ただの居候です」
何を言っても、のらりくらりとかわされる。
ホシノの苛立ちは募り、自然とヴァッシュを見る目付きは険しくなっていった。
「銃がなくたって、どうにでもなったはずです」
ホシノが一歩詰め寄った。
小柄な彼女と長身のヴァッシュでは、文字通り大人と子供ほどの大きな体格差がある。
しかし、睨み上げるホシノの眼光が大人すら竦ませるほど恐ろしいことは、先ほどの戦闘が証明している。
「マシンガンに撃たれて、当たったのがたったの二発。しかも、どれも致命傷ではなかった」
「……偶然さ」
「アナタがそうなるように避けたからです」
虚偽を許さないホシノの射貫くような視線を、ヴァッシュは黙って受け止めた。
「撃たれた箇所から短時間で弾が押し出されて、出血まで止まっていた。明らかにおかしいですよ」
あの時、奇襲をする為のポジションを確保したホシノはしばらくの間、あえて騒動の様子を観察していた。
ヴァッシュの本性を知る為に。
しかし、その結果はホシノを更に混乱させるだけだった。
「誰も気付かないほど自然な形で致命傷を受けたフリをした。それで隙を伺うつもりだったのは分かりますよ。だけど、アナタはあまりに
人畜無害な弱者を装っていながら、鉄火場ではその本性の一端を現す。
おそらく自分を遥かに上回る戦闘経験を積んでいるはずなのに、頑なに銃を握ることを避けている。
元から得体の知れなかった目の前の男が、ますます分からなくなっていった。
「……凄いな、ホシノは」
困ったように笑いながら、ヴァッシュは言った。
「君の言う通り、僕の身体はちょっとばかし特別製なんだ。あの時死んだふりして隙を伺ってたのも間違いない」
生身の右腕を持ち上げ、その手のひらに視線を落としながらポツリポツリと語る。
「でも、信じて欲しい。僕はあの時ユメ達を守りたかっただけなんだ」
「だったら、何故撃たなかったんですか?」
「僕は銃を持っていない」
「持ってるでしょう?」
「……」
「アナタは『銃』を隠し持っている。ただ、その引き金を引いていないだけです」
「ホシノ、君は……」
有無を言わさぬホシノの断定に、ヴァッシュは初めて動揺をあらわにした。
額に一筋の汗が流れた。
「いや……僕は……」
言い淀み、言葉にならない真意を飲み込んでしまう。
苦悩と葛藤がヴァッシュの顔を歪ませていた。
「……それでも僕は『引き金』を引くつもりはない。言えないことは幾つもあるけれど、それだけは信じて欲しい」
まただ。
また、彼は本性を隠そうとする。
過去を語らない。
本心を明かさない。
完全に騙し通すことも出来ないくせに。
今もこうして、理由も分からない何かの後悔と罪悪感を垣間見せているのに。
それが信頼と疑念の間で揺れているホシノの心を掻き乱し、苛立ちを募らせていた。
初めて会った時から、ずっと。
「……アナタがユメ先輩を助けようとしたことは信じますよ。ヴァッシュ」
何の遠慮もなくお互いの本音をぶつけ合うには、二人はあまりに理性的すぎた。
様々に入り混じる複雑な感情を飲み込んで、ホシノはかろうじてそれだけを答えた。
「ありがとう」
相変わらずホシノが向ける視線は険しかったが、ヴァッシュは心底安心したように笑った。
「君も、僕のことは気にせずユメのことを助けてやって欲しい」
「保護者面ですか? 銃も撃てない役立たずが上から目線は鬱陶しいですよ。私はアナタの主義に合わせるつもりはありませんから」
「うわーチョー辛辣ぅ。……でも、うん。君はそれでいいと思う。君は銃を撃つことの重みを知っているだろうから」
「必要な時に撃つだけですよ。必要じゃない時は節約します。それに関してはアナタに同意です」
「うんうん、分かってるよ。ホシノは先輩想いのいい子だ。よし、おにーさんが頭を撫でてあげよう!」
すっかり調子を取り戻したヴァッシュが、冗談半分にホシノの頭へ手を伸ばす。
その『右腕』を見た瞬間、ホシノは反射的に手を払い除けていた。
「イッターイ!? 拒否強くない!?」
戸惑うヴァッシュに対して、ホシノ自身も自分の過剰な反応に驚いている様子だった。
戦闘時に向けられた銃口を逸らす時のような反射的な行動だった。
しかし、すぐにヴァッシュを睨みつけると、冷たく告げた。
「その手で私に触らないでください」
「え……えぇ、そんなに撫でられるの嫌だった?」
答えず、背を向ける。
「先に学校に帰ってます」
ホシノは足早に店を出て行った。
ヴァッシュから逃げるように。
彼に弱みを悟られるわけにはいかなかった。
――あの時、向けられた『右腕』に恐怖を感じたなどと。
◆
その男は、アビドスの砂漠の向こうからやって来た。
ある日突然、何の脈絡もなく、砂漠で彷徨っている所を偶然見つけた。
人が出歩くような場所じゃない。
生き物だってまともに棲んでいない。
それなのに、その男は当たり前のようにそこを歩いていたのだ。
傷つき、乾いた、ボロボロの姿で。
死人も同然の顔をして、あの世を見ているような眼をして、それでも歩いていた。
足を止めることを許されないように。
何かに追い立てられるように。
得体の知れない男は『ヴァッシュ』と名乗って、アビドス高等学校で暮らすことになった。
自分と先輩だけが残された借金まみれの学校生活の中に加わった。
最初は厄介者だと思っていた。
だけど、いつの間にか学校を復興する為の苦労を分かち合うようになって、先輩が二人になったかのように砂まみれでドタバタ騒ぐ毎日で、それが当たり前のようになって――。
そして、怖くなった。
何か根拠があるわけではない。
しかし、確信があった。
五感とは違う、第六感とも少しズレた――彼にはない『ヘイロー』という器官が有する独自の感覚だったのかもしれない。
恐怖を感じた。
銃口を向けられた時のような本能的な恐怖だった。
生まれてこの方強者故に銃を向けられた程度で恐れを抱く感覚など全く理解出来なかったが、あえて言うならばそうとしか表現出来ない恐怖だった。
拳銃よりも。
機関銃よりも。
戦車の砲塔よりも。
どんな兵器よりも恐ろしい『銃』を突きつけられているような恐怖だった。
一発でも撃てば、このキヴォトス全てを薙ぎ払ってしまう。
そんなバカげたイメージを現実にしてしまう『銃』を彼が持っていると、ある日確信してしまった。
この世界が消滅していないのは、ただ単に『彼が引き金を引いていないから』だけなのだ。
ある日、何の前触れもなく引き金が引かれてアビドスごと先輩を消し飛ばす悪夢を見て以来、彼を信じることが出来なくなっていた。
彼のことが分からなくなってしまった。
一体、何処からやって来たのか。
これから、何処へ行くつもりなのか。
何故、自分達の前に現れたのか。
ユメとヴァッシュが楽しそうに笑い合う姿を見る度に、その光景が一発の銃弾に壊される瞬間を連想して恐ろしくなる。
――小鳥遊ホシノは、彼の持つ『銃』が怖かった。
ブルアカはかなり前から二次創作や百科事典で情報を仕入れていましたが、原作ゲームは最近始めたばかりです。
加えて、かなり背景設定が細かく、アビドスの過去も含めて明かされていない情報も多いので、作中で描写する中で間違った部分があった場合はどうぞご指摘してください。
アビドス過去編のみを舞台にして、十話程度で完結する予定です。
一応、原作ストーリー軸への介入シナリオも考えたんですが、なんやかんやあって再びエインジェルアームの暴発でユメ先輩が消し飛ばされてヴァッシュも姿を消して二年後に再会したホシノがホッパード・ザ・ガントレットみたいな慟哭を発してヴァッシュの心が死ぬっていう辺りまで考えたところで先に私の心が死んだので無理です。