それもこれも便利屋メンバーだけで幾らでも話が回せるのがいけない。
皆、公式コミック『便利屋68業務日誌』はいいぞ。
あと今更ですが、作品の感想の書き込みや『ここすき』のチェック、ありがとうございます。
感想はもちろん、自分でも『この台詞・描写は気の利いた表現が出来たな』と手応えのあった文章が『ここすき』されているとテンションが上がりますね。
読んでいて気持ちのいい描写、というのは執筆中に私が常に意識してる部分なので、気に入った台詞や描写にはどうぞお気軽に『ここすき』してください。
「そ、それは――期間限定販売されたモモフレンズのガングレイヴコラボ商品『ペロロ・レッドキャデラック(エレキギター右手持ちはレア・左手持ちはノーマル)』ではないですかッッ!?」
「……へ?」
日雇いの仕事を終えてブラックマーケットを歩いていたハルカは、突如背後から凄まじい圧を受けて呆気に取られた。
振り返れば、不良生徒が行き交うブラックマーケットにはとても似つかわしくない、清涼感のある白を基調とした制服が特徴的なトリニティの女生徒が立っていた。
温和で善良そうな顔つきには、しかし今は驚愕によって顔芸染みた表情が浮かんでいる。
「ま、間違いない! 期間限定販売されたモモフレンズのガングレイヴコラボ商品『ペロロ・レッドキャデラック(エレキギター右手持ちはレア・左手持ちはノーマル)』ですね! まさか、こんな所でお目に掛かれるとは……!」
「は、はあ……」
その少女は、ハルカの背負ったリュックから顔だけ出したぬいぐるみに異常な興味を抱いている様子だった。
「これほどの逸品を手にしているとは……あなた、相当なマニアですね?」
ハルカは目の前の少女に何の覚えもなかったが、相手の方は何故か『同志を見つけた』と言わんばかりに親し気な笑みを浮かべた。
「あ、あの……ごめんなさい。このぬいぐるみは偶然手に入れた物で、私はあまり詳しくは知りません……ごめんなさい」
「そうなんですか!? そのぬいぐるみは、かつて期間限定で販売されたモモフレンズのガングレイヴコラボ商品『ペロロ・レッドキャデラック(エレキギター右手持ちはレア・左手持ちはノーマル)』なんですよ!!」
「そ、そうなんですか……」
このぬいぐるみについて何も情報が増えてないな、とハルカは思ったが黙っていることにした。
改めて目の前の少女を観察してみれば、自分の持っているぬいぐるみと同じキャラクターをモチーフにしたリュックなどのグッズを多数身に着けている。
ハルカも、このぬいぐるみが『モモフレンズ』というマスコットキャラクターの商品であることくらいは知っていた。
彼女は自分とは違い、そのマスコット商品の本当の愛好家なのだろう。
このぬいぐるみはマイナーな商品らしく、だからこそマニアが高い金を出してまで買おうとするのだと言われていた。
――もしや、自分に声を掛けてきたのはこのぬいぐるみを手に入れる為なのだろうか?
その可能性に思い至り、ハルカは緊張を滲ませながら一歩退いた。
動悸が早まり、呼吸が上手く出来なくなる。
今、この場には自分一人しかいない。
頼れる上司や仲間もいない。
見知らぬ他人に一人で相対すると、かつていじめられていた頃のことを思い出す。
自分が持っている、あらゆる物を他人に奪われ続けた時期を。
お金も、私物も、人としての尊厳すら捧げて、許しを乞い続ける日々だった。
あの頃と自分は何も変わっていない。
自分の意思で、自分の尊厳を守れない。
そんな弱い人間だ。
今、自分の持っている物を差し出せと言われたら、それを跳ね除けられる心の強さなんて持っていない。
だけど。
それでも、これだけは――。
「ご、ごめんなさい!」
「は、はい?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 他の物なら差し上げます! お金なら払います! だ、だから……このぬいぐるみだけは勘弁してください!」
「ちょ……ちょっと待ってください」
「私の命よりも大切な物なんです! これだけは、絶対に譲ることは出来ませんっ!!」
ハルカは全力で頭を下げながら、それでもハッキリと言い切った。
そのまま地面に額を擦り付けそうな勢いだった。
しかし、土下座の為に膝をつこうとしたハルカを、目の前の少女はそっと制した。
「……あなたのような人の手元に来れたペロロ様は幸せ者ですね」
ハルカを優しく立ち上がらせて、心の底から嬉しそうに微笑む。
「誤解をさせてしまったのなら、ごめんなさい。あなたのぬいぐるみが欲しくて声を掛けたわけじゃないんです。ただ、本当に珍しい品だったから、つい興奮しちゃいました」
「そ、そうだったんですか……?」
「はい。いえ、もしも興味のない方だったら譲っていただけるか交渉しようかなーといった考えがなかったわけではないんですが……でも、無粋でしたね。あなたは、とてもそのぬいぐるみを大切にされているようです」
そう言って、少女はぬいぐるみの頭を撫でた。
このマスコットキャラクターへの愛が本物であることを証明するような、慈しみに溢れた手つきだった。
「布を修繕した跡に、何度も洗濯をした色の褪せ方……本当に丁寧に手入れされているみたいですね」
「ご、ごめんなさい。普段から持ち歩いている物ですから、どうしても汚れたり傷んだりしてしまって……」
「いえいえ、推しのグッズは使ってナンボと私も思います! 『観賞用』『保管用』『布教用』と求める用途に違いはあれど、やっぱり好きな物は常に身に着けておくのが一番ですからね!」
「そ、そういうものでしょうか?」
「そういうものです! 未開封品もいいですけど、こういう刻まれた汚れや傷みが持ち主のオンリーワンといった感じがして、また趣を感じますね。あ、そうだ。よかったら、写真だけでも撮らせてくれません?」
「えっ、写真ですか? はあ……まあ、それくらいなら」
「ありがとうございます! では、リュックから出していただいて……そう、そうやって顔の横に並べるように掲げてください!」
「わ、私も写真に写るんですかぁ!?」
「もちろんです! 素晴らしい持ち主と共に映る幸せなペロロ様を写真に収めたいので! あ、もちろんネットに拡散なんてしません! プライバシーは守ります! 私が個人で楽しむだけです!」
「こ、こ、個人で楽しむって……!?」
「笑顔固いですよ! もっとリラックスして! あなたの大切な人に送る写真だと思って!」
「た、大切な人……ア、アル様~見てますか~?」
「いい! いいですよ、その笑顔! もっと大切な人を思い浮かべて! 両手でピースなんかしてみちゃったりして!」
「え、えへへ……イエ~イ?」
「ああ~、いい! 凄くいい! 凄くかわいいですよ! 恥ずかしがらずに、もっと大胆なポーズで! モモフレンズのファンなら、皆これくらい普通にやってますよ!」
「えへ、えへ……ごめんなさい、アルさまぁ~。私、自分でも何やってるのか分からなくなってきましたぁ~」
褒められおだてられて嬉しいやら恥ずかしいやら、何か騙されているような気もするやらで、自分でもワケの分からない心境に陥ったハルカは顔を真っ赤にしながら笑顔を浮かべ続けた。
それを尻目に、少女の方は興奮した様子でシャッターを切り続ける。
周囲からの奇異の視線に晒されながらの写真会は、五分ほど続いた。
「ふぅ……ありがとうございます。素敵な写真がたくさん撮れました!」
「は、はあ……それはよかったです……」
満足げな笑顔を浮かべる少女に対して、ハルカは疲れたように相槌を返した。
ここまでのやりとりで、決して悪い人ではないのだということは理解出来た。
少々強引で押しの強い所はあるが、何故ブラックマーケットにいるのか分からないほど明るい優しさを持った少女だ。
今更だが、ゲヘナ学園で聞き及ぶようなトリニティ生徒の悪い噂には一つも合致しない、不思議な人だと思った。
「あと、これも何かの縁ですし、よかったらお友達になりませんか?」
「……ええっ!?」
裏表のないニコニコとした笑顔で告げられた提案に、ハルカは驚愕した。
今日は予想外の出来事ばかり経験しているが、その中でも一際大きな衝撃だった。
「お、お友達って……あの、ごめんなさい……私、ゲヘナの生徒なんです」
「あ、はい。それは分かってますよ」
「だから、その……私なんかと友達になったら、トリニティの生徒であるアナタに迷惑が掛かると……思うんですが……」
「う~ん、私はそういうの気にしないんですけど。でも、あなたはやっぱり嫌ですかね? トリニティの私が友達だと」
「いえ……私も、別に学校の違いは、気にしてませんけど……」
「そうですか! そう言ってもらえると嬉しいです!」
「でも、その……やっぱり、ゲヘナとトリニティというのは……」
ゲヘナとトリニティの間にある確執は深い。
多くの生徒がお互いに相手の学園の生徒を嫌い合い、酷い時には憎み合い、場合によっては傷つけ合いもする。
そんなことが、長い間繰り返されてきた。
ハルカ自身は、そんな学園の気風に影響される余裕すらないほど追い詰められた学生生活を送っていたので偏見など抱いていないが、それでも気にしてしまう。
「別にいいじゃないですか、誰と仲良くなったって」
そんなハルカの不安を、目の前の少女は明るい笑顔で吹き飛ばした。
「私はあなたと出会って、話して、そしてその人となりを知って、凄く楽しかったです」
「あ……ありがとうございます」
「ゲヘナはゲヘナ。トリニティはトリニティ――そんな自分のいる場所だけに縛られる必要はないと思います。誰でも、何処にでも、自由に行っていいと思います。それが青春ってものです」
――ハルカが何をしようと、何処へ行こうと彼女の自由よ。
――君はもう、何処へでも行ける。
かつて、ハルカの胸に刻まれた言葉が蘇った。
自分が歩む道を切り開いてくれた、心の底から敬愛する二人の言葉。
目の前の少女は、そんな二人と同じ優しさと強さを持った人間なのだと悟った。
「改めて、私とお友達になってくれませんか?」
「……はい」
自然と言葉が出ていた。
つい先ほど偶然出会ったばかりの、名前も知らない、嫌い合っているはずの学園の生徒を相手に、ハルカはぎこちなくも笑みを返していた。
「やった! じゃあ、モモトークの連絡先を交換しましょう!」
「あ……は、はい。ちょっと待ってください……」
「気軽にトーク送ってくださいね。私の話題はモモフレンズ関連が多いと思いますけど、もし少しでも興味を抱いてくれたら、いくらでも説明しますから!」
「は、はい……私は、その……つまらないお話しか出来ないかもしれませんけど……ごめんなさい」
「いえいえ、色んなことを気軽に話してください。私、誰かの相談を受けるの得意なんですよ。……って、そういえば私達、お互いのこと名前すら知らなかったですね」
「そ、そういえば……そうですね。あの、私は、伊草ハルカといいます」
「ハルカさんですね。私の名前は――」
そうして、お互いの連絡先を交換しながら、簡単な自己紹介を含めた会話を交わした。
ハルカにとって、夢のように現実感のない時間だった。
生来引っ込み思案な性格で、中学時代までずっといじめを受けていたハルカにとって友達を作るというのは初めての経験だ。
ましてや、道端で偶然出会った他校の学生とその日の内にモモトークのアドレスを交換する仲になる展開など、昨日までの自分には想像すら出来なかっただろう。
大きく手を振りながら、トリニティの少女が去っていく。
その姿が見えなくなるまで、ハルカは半ば呆けた状態で手を振り返していた。
少女が完全に立ち去って、一人になっても、しばらくの間その場で佇み続けた。
――友達を作った?
――私なんかが?
今更ながら、自身の体験が信じられなかった。
現実かどうかを確かめる為に、背中のリュックに差した愛銃を頭に撃ち込もうかとも思った。
しかし、実際にそれを行おうとした過程で、あの少女が褒めてくれたぬいぐるみと交換したばかりのアドレスが自身の携帯端末に映っているのを見て、思い留まった。
これまで経験したことのない気持ちが湧き上がっていた。
暖かいような、くすぐったいような、不思議な気持ちだった。
自分でもよく分からない気持ちを抱きながら、自身も帰路に就く為に足を踏み出し――。
「おい、さっき向こうでトリニティのカスを見かけたぜ」
「マジかよ? あのお上品なお嬢様気取りが、こんな場所に何の用なんだ?」
「さあな。けど、見たところ一人だったぜ」
「へえ、そいつは……いい獲物かもな」
そんな会話が耳に入り、ハルカは思わず足を止めた。
「脅して、金でも巻き上げるか?」
会話を交わしているのは、三人のゲヘナ生徒だった。
トリニティの生徒に偏見と嫌悪を抱く、典型的な学生だ。
「いいね。ついでに服でも剥いて、裸で帰らせようぜ」
「おいおい、そこまでやるかよ」
そう返しながらも、三人が全員ニヤニヤと笑っていた。
「別にいいだろ。相手は気に食わないトリニティのお嬢様だぜ」
「確かにな。この前、あの生意気なお嬢様集団にムカつくこと言われたんだ。あの時は数が多かったから我慢するしかなかったけどよ、一人なら話は違うぜ」
「ここなら大した問題にならねぇだろ。小奇麗な学園に引きこもってりゃいいのに、わざわざブラックマーケットに出向くあっちが悪いんだ」
そんな会話を聞きながら、ハルカは知らず唇を噛み締めていた。
理不尽な物言いだと感じた。
自分が不愉快な思いをしたからといって、それを行ったのはあの少女とは別人のはずだ。
それなのに、同じ学園の生徒だからという理由だけで目の敵にして攻撃するのは単なる八つ当たりにすぎない。
相手の数が多い時は争いを避けて、自分達が有利な状況ならば手のひらを返そうというのか。
そして何よりも、あの少女が言ってくれた『誰でも何処にでも自由に行っていい』という尊い言葉を、この三人は悪意の下で否定していた。
不愉快だった。
怒りすら抱いた。
しかし、だからといって自分に何が出来るわけでもなかった。
ハルカは顔を俯かせて、肩を震わせながら、拳を握り締めることしか出来なかった。
自分の敬愛する上司や、信頼する仲間達ならば、きっと己の心のままに行動を起こしていただろう。
そんな彼女達の気高い命令に従えば、何の恐れもなく自分は戦うことが出来る。
しかし、今は一人だった。
自分の意思で、自分の行動を決めることすら出来ない人間が一人いるだけだった。
彼女達の会話に割って入る勇気などない。
あのトリニティの少女がこのまま群衆に紛れ、悪意に見つかる前にブラックマーケットを去ってくれることを祈るくらいしか出来なかった。
あるいはすぐにでもここから逃げ出し、きっと悪いことは起こらなかったのだと自分に言い聞かせるくらいしか――。
所詮、自分はそんな弱い人間だ。
友達になってくれたあの子の為に、声一つ上げることの出来ないクズのような人間だ。
こんな私に、価値なんて――。
――あるさ。
声が聞こえた。
あの日、この胸に刻まれたものと同じ優しい声が。
――ハルカ。君は、きっともう大丈夫だ。
――ハルカ。私はアナタが気に入ったわ。
自分の価値を認めてくれた二人の言葉が、そっと背を押してくれたような気がした。
自分は価値のない存在だった。
この世界で生きていることに意味なんて見出せなかった。
だけど。
自分で自分を信じることは出来ないけれど。
あの二人の想いに。
あの二人の信頼に。
背を向けるような真似だけは、絶対に出来ない。
そんなことをしてしまう自分を、絶対に許せない――!
「……あの、すみません」
ハルカは意を決して、ゲヘナの三人組に近づいた。
「ああ? 何だぁ、お前?」
威圧するような声と視線が返ってくる。
それがかつて自分をいじめていた者達を想起させて、足が竦みそうになる。
しかし、ハルカは踏ん張った。
本当に恐ろしいのは、名前も知らない三人の悪意ではなかった。
自分を信じてくれる大切な二人を裏切ることだった。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「はあ? お前、いきなり何言って――」
ハルカは勇気を振り絞って、言い放った。
「死んでください」
「マジでいきなり何言ってんの!?」
ハルカの勇気はハジけていた。
◆
比類なきアウトロー『陸八魔アル』の朝は、その手に銃を握ることから始まる。
テーブルの上には、分解された拳銃の部品が丁寧に整理して並べられていた。
もっと乱雑に、投げ出すように散らかった置き方の方がハードボイルドでカッコよくない? という考えでやってみた結果、部品を三つほど無くして半泣きになった過去の経験から反省してこうなったのだ。
既に分解整備は終えられ、部品は全てピカピカに磨き上げられている。
自分の本来の得物がスナイパーライフルであり、サイドアームであるこの拳銃の出番がほとんどないので、購入してから二年経つのに全然使い込まれてない新品同様だなんて無粋なことを考えてはいけない。
慣れた手つきで部品を組み立てていく。
作業の合間に、傍らに置いたグラスを一口あおる。
昔見た映画で主人公が銃の分解整備をするシーンがあり、タバコをガンオイルで汚れた指に挟みながらバーボンを無造作にあおる姿が最高にカッコよかったのだ。
そのイメージに浸ってご満悦である。
グラスの中身はただの水だし、未成年がタバコを吸うなんてもってのほかだが、こういうのは気分が大事だ。
自分が今、最高にアウトローしていると実感しながら、アルは鼻歌交じりに銃を組み立てていった。
そして、手の中に出来上がったのは小ぶりのリボルバー拳銃。
あの日、この目に焼き付いた『最高にカッコいい拳銃』だ。
一山幾らで簡単に買える量産品の安物だが、持ち手の技量によってこの世で最も優れた武器へと変わる。
アルはそれが証明される瞬間を記憶に刻んでいた。
――いつか、この銃であの日見た『
今一度、誓いを胸に抱きながら、銃弾を一発取り出した。
それをシリンダーに込める。
銃弾の詰まった薬室が一つ、空の薬室が五つ。
手元を見ずに親指を掛け、祈るように目を瞑ってシリンダーを回した。
緊張が走る。
回転の勢いが弱まり、やがて『カチッ』という小さな金属音と共に止まった。
眼を細めながら、恐る恐る銃のシリンダーを覗き込んだ。
銃弾の入った薬室が、撃鉄の位置でピタリと止まっていた。
「やった! 決まったわ!」
歓喜の声を上げたアルに対して、一連の作業を黙って見守っていたムツキとカヨコも笑顔を浮かべた。
「よかったね、アルちゃん! 今日はきっとラッキーデイだよ!」
「なかなか縁起のいい一日の始まりだね」
「いや、朝の運勢占いやってるんじゃないのよ!?」
毎朝のお決まりとなったアルのツッコミが飛んだ。
「えー? でも当たる確率六分の一でしょ? ルーレットみたいなもんだよ!」
「運頼みで回してるわけじゃないわよ! ちゃんと計算して、回す力とか調整してるんだから!」
「それにしては安定しないよね。ほとんど毎朝弄ってるのに、最高記録が二回連続までだった気がするけど」
「やっぱりアルちゃんにリボルバーは向いてないよ。カヨコっちだったら百発百中なのに」
「う……うぐぐ、確かにカヨコの方が拳銃の扱いが上手いのは認めるけど……!」
「この前はアルちゃんの拳銃借りて二挺撃ちしてたよね。あれ、派手でカッコよかったなー!」
「別に、咄嗟に手数が欲しくて使っただけ。正直、私もリボルバーは苦手。六発しか撃てないし、サイレンサーも付けられないから。社長に限らず、玄人向けの武器だと思うよ」
「そ、そうよ! これは玄人向けの武器なのよ! 使いこなすのに時間がかかるの! もっと練習すればいいだけなんだから!」
「アルちゃんってば、本当にその銃にこだわるよねぇ~」
言葉とは裏腹に、ムツキは楽しそうにアルを見つめていた。
アルの幼馴染であるムツキは、彼女がリボルバーにこだわるようになった理由を知っている。
一過性のミーハーな憧れではなく、アルが目指す『キヴォトスで最高のアウトローになる』という人生の目標と同じくらい重要な要素であることも理解しているのだ。
適性の違いから悪戦苦闘しつつ、それでも努力を止めないひたむきな姿を見るのが、ムツキは好きだった。
「狙撃手のサイドアームにハンドガンは間違ってない選択なんだけど――」
現在の『便利屋68』という会社が起ち上がってから加わったカヨコも、付き合いが浅いとはいえアル社長のこういったある種の一途さは好ましく思っている。
しかし、基本的にノリと勢いが強すぎるメンバーの中で自分だけは常に冷静でいなければならないという自覚も持っていた。
仲間達の楽し気な雰囲気に水は差したくないが、必要ならば苦言も辞さない。
「社長、距離に応じて武器を切り替えられるほど器用じゃないよね? 咄嗟の時にも抜かないし、大体ライフルのまま力押しでどうにかしちゃうでしょ」
「う゛っ!? いや、拳銃だと撃っても当てる自信がまだないっていうか……だったら、ライフルのまま対応した方がいいじゃないって気持ちになっちゃって……」
「牽制目的で弾をばら撒くくらいのつもりで撃てばいいと思うけど」
「だ、ダメよ! 撃つからには絶対当てなくちゃ! この銃を使うなら、百発百中でないとカッコがつかないわ!」
「くふふ、アルちゃんってば憧れを拗らせてるねぇ~」
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードだっけ? 便利屋創設のきっかけになった人らしいから恨みはしないけど……でも、社長に悪い影響も残しちゃってるのはホント困るよ」
アルに聞こえないよう、ムツキと小声で言い合いながら、カヨコは小さくため息を吐いた。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードは、この便利屋のメンバーの中でよく話題に挙がる名前だ。
アルがよく口にする『アウトロー』という曖昧な表現の中で、唯一確固たるイメージとして存在する人物で、その活躍が具体的にどんなものだったか話も聞いている。
そして、仲間内以外でもそこそこ有名な人物だった。
二年前、アビドスで起こった事件をきっかけに連邦生徒会から指名手配された危険人物。
とあるギャング崩れの会社を壊滅させ、その結果大量の死傷者を出した事件の重要参考人だと公式に発表されている。
極めて凶悪な武器を所持している可能性がある男だそうだ。
その『銃』の威力は、放たれたエネルギーが成層圏にまで到達するほど強大なものだったとミレニアムサイエンススクールの検証の下で情報が公開されていた。
これらの情報を調べ上げた時、カヨコは当然のように警戒心と危機感を抱いた。
殺人はキヴォトスにおいて、ある種の一線を越えるタブーだ。
それに関わった上に、危うく街一つを滅ぼすかもしれなかった兵器を所持した人物となれば、危険視されるのも当然のことだろう。
連邦生徒会が公式に指名手配しているという点も拙い。
噂の『七囚人』に匹敵する厄タネだ。
上司のアルがそんな人物と直接関わったことがあり、しかも友好的に捉えているのだから、カヨコは正直気が気ではなかった。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードの本当の人となりは、直接会ったことのない自分には分からない。
アルが信用する人物ならば、自分も信じたい。
しかし、正直関わるだけでも面倒な立場の人物だ――それが、今のところカヨコがヴァッシュに対して抱く印象だった。
幸いにして、件の人物は指名手配された二年前からパッタリと消息を絶っている。
未だにキヴォトスの何処かに隠れ潜んでいるのか、それとも外の世界へと出ていったのか――いずれにせよ、再会する可能性が低い人物ならば、憧れのまま思い出として静かにしていて欲しい。
「カヨコちゃんは、相変わらずヴァッシュが苦手な感じ?」
思考に耽っていると、ムツキが楽し気な表情で横から覗き込んできた。
表情に出したつもりはないが、付き合いの長い彼女には自分の複雑な心境が見抜かれてしまっているのだろう。
「……ムツキも、その男についてどういう情報が出回ってるか知ってるでしょ?」
「指名手配なんて、ゲヘナの風紀委員会から目を付けられてる私達も大して変わらないじゃーん。アルちゃんだって『アウトローとして箔がつく』くらいに思ってるよ」
「大量殺人の疑いがあって、危険な武器を持ってるとしても?」
「そこら辺は疑いであって事実は分からないもんねぇ。だから、私は実際に会ったアルちゃんの話の方を信じるよ。すっごい面白そうな人じゃない? 絶対、出回ってる情報とのギャップが凄い人だよ! 私、会ってみたいなぁ~」
「……呑気だなぁ」
愉快そうに語るムツキを見て、カヨコは真面目に悩むのがバカバカしく感じた。
確かに、実際に会ってみなければ本当の人となりなど分からないのだ。
憶測だけで忌避感を抱いても仕方がない。
見た目や第一印象で勝手に怖がられることの辛さは、身に染みて知っている。
そんな物の見方をしない人達ばかりだから、自分はここにいるのだ。
ここにはヴァッシュ・ザ・スタンピードと直接面識のある人間が『二人』もいて、その二人ともが彼を好意的に捉えているのだから、それを信じるべきなのだろう。
「ハルカちゃんにとってもヴァッシュは恩人だもんね~? っていうか、さっきから何やってるの? アルちゃんの話題に食いついてこないの珍しいね?」
ムツキが不意に、ハルカの方へと話を振った。
普段からあまり積極的に発言をする方ではないが、敬愛するアルが関わる会話には控え目ながらも踏み込んでくることが多い。
そういえば聞き慣れた『さすがアル様です!』といったニュアンスの台詞が今回は出てこなかったな、と。カヨコは今更ながら不思議に思った。
「……えっ!? あっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい! は、は、話を聞いていませんでした! ごめんなさい!!」
「そんなに謝んなくていいよ、いつものアルちゃんの運試しなんだから」
「運試しじゃないってば!」
「それよりもさ、手元に集中してたみたいだけど何してたの? それってモモトーク?」
「は、はい……その、返信する内容に悩んでしまって……あの、もう終わりましたから」
「へぇ、ハルカちゃんが私達以外でモモトークって珍しいね。相手だれ?」
「と、友達です……」
ハルカの返答に、三人はしばしの間沈黙した。
「「「友達!?」」」
異口同音に驚愕の声が上がる。
アルとムツキはもちろん、カヨコすらも驚く他ない答えだった。
「えーっ!? ハルカちゃん、いつの間に友達作ったの!? どんな子? 何処で会ったの? もうっ、教えてくれないなんて水くさーい!」
ムツキはハルカに友達が出来た事実を純粋に喜び、またそれ以上に楽しんでいた。
「ハルカ、アナタも友達が作れるほど成長したのね……私は嬉しいわ」
アルは半ば親目線でしみじみと呟いた。
「でも、その……言いたくないんだけど、悪い友達じゃないよね? 何か無理に付き合わされてるなら、相談して欲しいんだけど……」
カヨコはハルカを傷つけないように、慎重に言葉を選びながら懸念を口にした。
「カヨコっち、疑い深すぎ! ハルカちゃんが心配なのは分かるけどさぁ~、いきなりその考えが出てくるってどうなの?」
「ご、ごめん……」
頬を膨らませて指摘するムツキに対して、カヨコは気まずそうに黙り込んだ。
純粋にハルカを案じる気持ちから出た言葉だったが、暗に『ハルカが真っ当に友達を作るのは難しい』と言っているようなものなのだ。
それでも、ハルカが裏切られて傷つく前に確認しておかなければならないことだと、思わず口にしてしまっていた。
「本当にごめんね、ハルカ……」
「い、いいえ! いいえ! わ、私のことを心配して言ってくれたのは、分かってます! ちゃんと、分かってますから……カヨコさん」
ハルカは落ち込むカヨコの手を握りながら言った。
根っからの引っ込み思案で、自分の言動に自信が持てないせいで命令には従順でも自発的に何かをすることは少なく、常に一歩引いているハルカには珍しい大胆な行動だった。
普段は『カヨコ課長』と役職を付けて呼んでいるところを『カヨコさん』という親しい呼び方に変えている。
それがハルカなりの、カヨコの気遣いに応える誠意なのだと三人には分かっていた。
「くふふ♪ ハルカちゃんってば、たまに男前になるよね~。いっつもそんな感じで話せばいいのに」
「あっ、その……ごめんなさい! カヨコ課長! 生意気言いました! ごめんなさい!」
「……ううん、いいよ。ハルカの気持ちは伝わったから」
「私達に足りない、クールな視点で物を見れるのがカヨコの良い所よ。ハルカもその辺はちゃんと分かってるようね!」
「社長も無理におだてなくていいから」
「あら? 私は他人を褒める時はいつも本音よ。お世辞なんてアウトローじゃないもの」
「そ、そうです! カヨコ課長は、いつも冷静で仲間想いの素晴らしい人です!」
「もうっ、分かったから……」
「カヨコっち、顔あかーい」
「だから、もういいって……! 話が逸れてる。ハルカの友達のことでしょ?」
「あ、はい。そうですね……その、私がその人と会ったのは――」
ハルカはつい先日経験した、ブラックマーケットでの出会いと交流について語った。
その後にあったゲヘナ生とのひと悶着については黙っていた。
わざわざ話すようなことだとは思わなかったし、ましてや友達の為に戦ったことを誇る気持ちなどハルカには欠片もなかった。
あの後、彼女は何事もなくブラックマーケットを立ち去っただろう。
その事実だけで十分だった。
「へぇ~、その変なぬいぐるみが好きなマニアがいるって本当だったんだぁ~」
ムツキがハルカの抱えるぬいぐるみを指して、可笑しそうに笑った。
臆病な性格であるハルカは、仕事中は愛銃であるショットガンを、プライベートではこのぬいぐるみを、常に肌身離さず持ち歩いている。
戦闘と私生活、それぞれの環境でハルカが心の支えとしている物だった。
「ハルカの大切な物なんだから、変な物扱いはよくないと思うけど」
「じゃあ、カヨコっちはあのぬいぐるみが可愛いと思う?」
「……センスに合うかは人それぞれだと思う」
「ごめんね、ハルカちゃん。でも、私からすると変なデザインのぬいぐるみだからさ~。その友達になった子って結構独特なセンスしてるよね。いいじゃん、面白そう!」
歯に衣着せぬ言い方ではあるが、それ故にムツキはハルカの友達に対して素直な好意を表していた。
「この、ぬいぐるみのモチーフになったマスコットについて詳しいようでした。その……私もよく知らなかったんですけど、このぬいぐるみについて色々褒めてくれて……嬉しかった、です」
「このぬいぐるみがきっかけで友達が出来るなんて面白いじゃん! だって、アルちゃんやヴァッシュと出会うきっかけにもなったんでしょ? 幸運のアイテムだね!」
「そ、そうですね……アル様に会えて、ヴァッシュさんにも助けてもらって……それから」
ハルカは言うべきかどうか一瞬迷うように視線を彷徨わせた後、意を決したように顔を上げて、ムツキとカヨコを見つめた。
「その……お二人にも会えました。私の人生で最高の幸運、です」
「ん~~! もうっ、ハルカちゃんそういうとこ! 可愛すぎ!!」
ぎこちなくも嬉しそうに笑うハルカを見て、感極まったムツキが勢いよく抱き着いた。
カヨコも慈しむような笑みを静かに浮かべている。
初めて出会った時は二人に対して酷く遠慮がちだったハルカが、今はこうも自分から歩み寄り、気持ちを伝える努力をしてくれている。
人見知りを通り越して他人に怯えてさえいた昔の彼女のことを思えば、感動すら覚える成長だった。
実際に、アルはまたも親目線で人知れず感動していた。
「それでそれで? 新しい友達とは何話してたの? 遊びに行く約束とか?」
「い、い、いえ……! ただの雑談です。そんな、私と遊びに行くなんて……きっと、つまらないでしょうし……」
「えー!? そんなの行ってみないと分かんないよ! 一回、誘ってみたら?」
「ゲヘナ生の私と一緒に出掛けたら迷惑かもしれませんし……それに、その……遊びに行くといっても……」
「何? 他に何か困ることでもあるの?」
「……遊びに行くお金がないので」
その返答に、三人は思わず沈黙した。
ムツキとカヨコが、無言でアルに視線を向ける。
「アルちゃん……」
「社長……」
「え゛っ!? わ、私!? 私のせい!? ロクに給料も払えない私のせいで、ハルカが友達と遊びにも行けないっていうのォォーーー!?」
ショックを受けたアルが、白目を剝きながら絶叫した。
「あっ、あっ、ああああっ!! 違います違います! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! アル様のせいじゃないんですぅ!!」
「いや~、何も違わないと思うけどなぁ。会社の資金が厳しいのはいつものことだけどさ、個人の資産とは別でしょ?」
「ハルカはその個人資産を、すぐに会社に渡そうとするからね。社長、知らない間にハルカからそういうの受け取ってない?」
「いや、受け取ってないわよ!? それに、お給料だって払える時に払ってるはず……よね? ど、どうなのハルカ!? ひょっとして、給料未払いだったのに我慢して黙ってたとか!?」
「ち、違います! ちゃんとお給料はいただいてます! アル様にミスはありません! お金がないというのは、貯金しているから使えるお金がないという意味なんです!」
焦った様子で捲し立てるハルカの言葉を聞いて、アルに向けられていた二人分の不信の眼差しが薄れた。
「貯金? ハルカちゃん、貯金してるの?」
「は、はい……」
「それ、ちゃんと自分の為に貯金してるよね? 会社が経営難になった時に差し出そうとか、考えてない?」
便利屋68は、社長であるアルの大味な経営と浪費癖によって常に台所が火の車である。
しかし同時に、そのアル自身の人望の下で結ばれた社員の結束は固く、損得を超えた人間関係に支えられた会社でもある。
明日の飯や寝床に困窮しようが、この会社を去ろうなどという考えは誰も抱かない。
皆、ここが好きなのだ。
だからこそ、問題もあった。
自己肯定感の低いハルカは、このかけがえのない居場所を守る為に時として度を越えた献身を行おうとしてしまう。
以前はアルから直々に休息日を言い渡されたにも関わらず、一人で日雇いのバイトに向かって経営資金を稼ごうとしていた。
経営難についてアルが思わず愚痴をこぼした時などは『私が内臓を売ってきます』などとムチャなフォローを入れてくるが、おそらくハルカは本気だろう。
ムツキもカヨコも、その気持ちが分からないわけではない。
本当に必要ならば、私財を捧げてでもアルを支えたい。
しかし、アル自身がそんな犠牲を喜ばないこともまた理解していた。
「……そうなの、ハルカ? もしも、そんな目的で貯金をしているのなら、私は少し厳しいことを言わなくちゃならないわ」
それまで狼狽えていたアルが、一変して真面目な顔でハルカを見据えた。
ハルカのことを案じていたカヨコとムツキが、その様子を見て密かに安堵する。
この状態になったアルならば、後は全て任せていい。
自分達が余計な口を挟む必要はなくなった、と悟ったのだ。
「ハルカ、アナタが会社を想う気持ちは本当に嬉しいわ。だけど、社員を幸せにするのが社長である私の役目。社員の私生活を食い潰すような真似は、決して受け入れられないわ」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! アル様の仰りたいことは分かっています! もう、前みたいな無理はしません!」
「怒ってないから。本来ならプライベートなお金の使い方まで追求しないんだけど、心配だから聞かせて頂戴。アナタは何の為に、友達と遊ぶお金を節約してまで貯金しているの?」
「そ、それは……っ」
ハルカはしばらくの間、言い淀んだ。
敬愛するアルに隠し事など出来ない。
それこそハラワタをぶちまけるつもりで、一切合切を打ち明けるべきだという義務感すらある。
しかし、そんなハルカにも躊躇うことがあった。
それは自分の望みを口にすることだ。
価値のない自分の、不相応な願望を声に出して訴えることが、おこがましい真似に思えて仕方なかった。
かつていじめられていた時の卑屈な自分が表に出て、何もかも抱え込んでひたすら許しを乞いたくなってしまう。
ハルカは、腕の中のぬいぐるみを強く抱き締めた。
必死で自分に言い聞かせ、信じようとした。
自分は何かを望んでいい。
この手の中には、どんな行き先だって望める白紙の切符が握られているのだ――。
「わ、わ、わた……私! いつか、ヴァッシュさんをこの会社に誘いたいんですっ!」
ハルカは意を決して、これまでずっと胸に留めていた望みを口にした。
「……え?」
「……ん?」
「……へえ?」
アルは意表を突かれたように。
カヨコはいぶかし気に。
そして、ムツキは面白そうに。
三者三様の反応を見せる。
「ヴァッシュって……あのヴァッシュ?」
「は、はい! 愛というカゲロウを追い続けている平和の狩人です!」
「あはは! 出た、意味の分かんない肩書き!」
「ムツキ、黙ってて。多分、社長達が今から真面目な話するから」
ハルカの告白は、アルにとって完全に意表を突かれたものだった。
ヴァッシュを会社に誘う――つまり、この便利屋68の社員として勧誘したいという意味なのだろう。
かつて、起業する意思だけを固めてまだ会社の名前さえ決まっていなかった頃――内定していた社員はハルカ一人で、ムツキを社員として誘う前、カヨコに至っては出会ってすらいなかった頃の話だ。
あの時、ハルカは『ヴァッシュを社員として勧誘出来ないか?』とアルに向かって提案した。
アル自身の個人的なこだわりでその提案は却下したが、思い返してみればあれは酷く珍しい発言だった。
あれから二年経った今でも自分自身の意見を滅多に口にしないハルカが、あの時は控え目ながらも自分の要求を主張したのだ。
「ハルカは、そんなにヴァッシュと一緒に働きたかったの?」
いまいちハルカの意図が理解出来ず、アルは訊き返していた。
「は、働きたいというか……傍にいたいんです」
「えっ、まさか恋のお話? 素敵……聞かせて?」
「ムツキ、ステイ」
「ワンッ」
カヨコとムツキのやりとりさえ耳に入っていないかのように、ハルカは必死で自分の想いを言葉にしようとしていた。
「ヴァッシュさんは、その……私と似ているんです」
「ヴァッシュが、ハルカと?」
「はい……いえ、その、私の勘違いかもしれませんし、そうであって欲しいとも思うんですけど……」
「……」
「きっと、ヴァッシュさんは……いえ、ヴァッシュさん『も』――」
――自分がこの世に居ることに、価値なんて見ていないんです。
――私と同じように。
ハルカの口から紡ぎ出された告白に、アルは酷く胸が冷える思いだった。
初めて出会った時から、ハルカが心の内に抱えた虚無感には気付いていた。
長い時間傷つき続けた彼女には、自尊心というものが完全に欠落している。
それを癒す為に、長い時間と多くの言葉が必要であることも理解していた。
しかし、改めて突き付けられたハルカの心の傷は、共に過ごした二年間が何の救いにもなっていなかったのではないかと思えてしまうほどの深さだった。
アルは思わず口を開きかけ――そして、何も言わずに閉ざした。
まだ、ハルカの話は終わっていない。
彼女との出会いから今日ここに至るまでで得た物があるはずだ、と。
そう信じた。
「私は、価値のない存在でした」
ハルカは俯きながら呟いた。
昔のように。
自分を襲う理不尽に対して、全てを抱え込んで蹲っていた時のように。
「ヴァッシュさんも、私と同じように考えているんだと感じました。だから、私に共感してくれたんだろう……って」
理屈ではない。
ただ、理由もなくそう感じた。
似ているからこそ、感じ取れた。
「……でも」
不意に、ハルカの声色が変わった。
何処までも沈んで、消えていきそうな声が、確固たる意志を宿していた。
「今は、違います」
ハルカは俯きかけていた顔を上げて、アルを真っ直ぐに見据えた。
先ほど、カヨコとムツキに向けたものと同じ、強い視線だった。
普段は臆病で引っ込み思案なハルカの内側に隠れている、本当の彼女の姿だった。
「ヴァッシュさんが、私にも価値があると言ってくれました。何処へでも行ける、何処にでも行っていいって、言ってくれました」
「……」
「そして、アル様がずっと傍にいて、私に伝え続けてくれました。私が必要だ、と。その価値がある、と」
「ええ、そうね。その通りだわ」
「私は、その……アル様や便利屋の為に何かをしたくても、ずっと間違えてばかりで、失敗ばかりで……相変わらず、自分に価値があるなんて信じられないです……けど」
「ハルカ……」
「少しは、胸を張ってもいいんじゃないかと……そう、思えるようになりました。その……おこがましい話ですが」
そう言って、ハルカは小さく笑った。
ぎこちないが、繕ったものではない本心からの笑みだった。
「だから、私もヴァッシュさんに言ってあげたいんです」
ぬいぐるみをより一層強く抱き締めながら、ハルカは言葉を絞り出した。
「傍で、言い続けてあげたいんです」
自分なんかに『勇気』なんて大層な代物は存在しない。
もし、そんな物があるのならば、それはきっとこのぬいぐるみの中だろう。
あの日、奇跡のような出会いと一緒に手に入れた、この大切な宝物の中に。
「私なんかよりもずっと長い間傷ついてきただろうあの人の心に届くまで、言葉を伝え続けたい。アル様が私にしてくれたように、一緒に働きながら、この世界に生きている価値を見つけていきたい――」
こんなに長く、一人で話し続けるなんて初めてだった。
だけど、一度口にしてしまえば、これまでずっと抱えていた想いが、自然と言葉になって溢れていた。
「それが、私の望みです」
そう言って、ハルカは話を締めくくった。
しばらくの間、その場の誰もが口を開かなかった。
沈黙が辺りを支配していた。
静寂の中、ハルカは徐々に我を取り戻していった。
恥ずかしさで顔が赤くなっていくのと同時に、血の気が引いて青褪めていくという、壊れた信号機のような有様になる。
「あっ、あっ、あっ」
「あ、いつものハルカちゃんに戻っちゃった」
ムツキの指摘とほぼ同時に、ハルカは後方へ滑りながら土下座をするという奇怪な動きを披露した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私如きが生意気を言いました! アル様に不相応にも何かを要求しようなんてごめんなさい! 勝手に共感して勝手に要らないお世話を焼こうとしたヴァッシュさんもごめんなさい! 死にます! 腹切ってお詫びいたします!!」
錯乱して腹に銃口を押し付けようとするハルカの手から、カヨコがさりげなくショットガンを取り上げた。
相も変わらずハルカの自己肯定感は悲しいほどに低く、この場にはいないヴァッシュにまで謝罪をするほどだ。
ムツキとカヨコから見ても、ハルカの願いは決して見当違いや独りよがりなものとは思えない。
面識のない自分達はもちろん、憧れというフィルターを通して見ていたアルには気付けなかったヴァッシュ・ザ・スタンピードという男の隠された内面を、ハルカだけが見抜いていたのだろう。
仮にその捉え方が間違っていたとしても、一人の人間を想い、その為に何かをしたいと思う気持ちが間違っているはずはない。
普段は知ることのないハルカの一面を見て、ムツキとカヨコは感動すら抱いていた。
「――ハルカ! アナタの想いと言葉、胸に響いたわ!」
そして、二人が感動するのなら、感受性豊かなアルがどのような反応を見せるのかは分かり切っていた。
比喩ではなく、アルは成長したハルカの姿を見てむせび泣いていた。
これは便利屋の新たな方針は決まったな、と。
これからの展開を予想してムツキは楽し気に笑い、カヨコは現実的な問題を直視して複雑な表情を浮かべた。
「便利屋68に加わる新たなメンバーとして、ヴァッシュを勧誘しましょう!」
「えっ!? あっ、あっ、ほ……本当ですか!?」
「そもそも以前ヴァッシュを仕事に誘わなかったのは、アウトローとして私自身の格が不足していると思ったからよ。一流のアウトローである彼と肩を並べて仕事をするには、全然実績の足りない未熟者だってね。しかし、この二年で私達は実際に会社を起こし、実績を積み上げたわ!」
「積み上げたっけ?」
「失敗も大分積み上げてるけどね」
「孤高のガンマンである彼の自由を縛るのは少し心苦しいけれど、共に肩を並べて働くことで得られるものもあるはずよ。何より、未だ一流に至らない身としては、彼のアウトローっぷりを学びたいと思っていたしね!」
「前々から疑問に思ってたんだけどさー、実際にヴァッシュって何の仕事してるんだろ? ガンマンもアウトローも仕事じゃないよね」
「当時の話を聞く限り、無職のプーなんじゃない?」
「じゃあ、意外と勧誘上手くいくかも!」
「定職に就きたいから勧誘を受けるアウトローってどうなの?」
「考えてみれば、指名手配の賞金首がメンバーにいるっていうのは結構アウトローじゃない!? 便利屋68の名が、ますますキヴォトス中に轟いてしまうわね!」
「さ、さすがです! アル様!!」
小声で行われるムツキとカヨコのやりとりは、テンションの上がったアルとハルカの耳に届くことはなかった。
会社の新たな方針は、もはや決定路線だろう。
そのことを純粋に楽しんでいるムツキはもちろん、カヨコも不満はない。
しかし、この勢いのまま突っ走って現実にぶつかる前に、指摘しておかなければいけない点もあった。
「盛り上がってるところ悪いんだけどさ、ちょっといい?」
「何かしら、カヨコ?」
「問題……というか、最初の話題に戻るんだけど」
カヨコはハルカの方を見ながら言った。
「結局、ハルカが貯金してたのってやっぱり会社の為だったんじゃない?」
カヨコの指摘に、アルとハルカは呆気に取られた。
これまでの話の流れを、冷静に思い返してみる。
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードを雇いたいから、その為のお金を貯めてたんでしょ?」
「えっ? あ、いや……そう、ですね。そう……なりますね」
「いや、理屈は分かるよ。今のうちに五人目の社員を雇う余裕なんてないだろうし」
「経営どころか事務所もまともに維持出来ないしねー」
笑いながら告げるムツキの指摘に、アルは改めて今いる場所を見回した。
ここは便利屋68の事務所である。
日々の掃除が行き届いた空間は清潔で、家具がほとんどないので実に広々としている。
剥き出しのコンクリートの壁にはガラスのない窓が点在し、通気性は最高だ。
夏は暑く、冬は寒い、季節感をダイレクトに感じられる生活を提供する。
当然、ドアもないので出入りの通行性も抜群だった。
――現在、資金難によって以前の事務所を追い出された便利屋68は、廃墟生活を余儀なくされていた。
「だからさ、結局ハルカの望みはヴァッシュ・ザ・スタンピードが雇える程度に会社の経営を回復させることであって、個人資産を会社の為に渡すって状況は変わらないんじゃないかと思うんだけど」
カヨコの理路整然とした指摘に、ハルカは何も反論出来なかった。
最初に指摘された時には、アルの名誉を守る為に思わず否定してしまったが……冷静に考えてみれば別に何も間違っていなかった。
ハルカは、恐る恐るアルの様子を伺った。
「な……なんですってぇぇぇーーー!!?」
本日二度目の、白目を剥いたアルの絶叫が響き渡った。
「じゃあ、やっぱり何も違わないじゃない! 私がロクにお金を稼げないせいで、ハルカに身銭を切らせるハメになってるってことじゃないのよォォォーーーッ!!」
「あああああ゛あ゛! アル様! アル様! アルさまぁぁぁーーー!!」
「あら~、無責任に否定出来ないもんだからハルカちゃんも壊れちゃった」
「……まあ、何も考えない献身とかじゃなくて、ハルカなりに欲求があって、その為に会社に資金を提供したいっていうなら幾分健全だと思うけどね」
「だよねー。ハルカちゃんの意外な一面見ちゃった。一途で可愛い!」
「問題は、社長の性格からして素直にそれを受け取れないってことなんだけど……」
やがて、叫んで暴れて一通り狼狽え尽くしたアルが、息を荒げながら三人の顔を見回した。
涙目の顔からは、何かしらを決意した様子が伺える。
窮地における決断力の高さは、他の欠点を補って余りあるリーダーとしての美点だった。
「――決めたわ。まずはまともな事務所を手に入れて、ヴァッシュを受け入れる態勢を整えるわよ」
「あ……で、でしたら、やっぱり私の貯金を……」
「いいえ、ハルカ。雇用に関する問題は会社の問題。アナタの気持ちは嬉しいし、汲んであげたいけれど、それはまた別のやりたいことが出来た時の為にとっておきなさい」
「でもさー、それならお金はどうするの? アルちゃん」
ムツキの問い掛けに、アルは不敵な笑みで答えた。
「銀行に行くわよ。融資を受けるわ!」
◆
「……っていう予定だったのに」
アルは床に伏せた状態で、自らの陥った状況を嘆いていた。
「どぉしてこんなことになってるのよぉ……!」
「ん。そこ、うるさい。黙って床に伏せてて」
「アッハイ。スミマセン」
銃口を突き付けられて、アルは大人しく平伏するしかなかった。
恐る恐る辺りを見渡しても、状況は変わらない。
ブラックマーケットでも有数の規模を誇る銀行のロビーは広く、日中には多くの銀行員と客が行き交っている。
その全員が現在、床に伏せて身動きの取れない状態になっていた。
清掃の行き届いた床は清潔感があり、直に這いつくばることに生理的な抵抗感はないが屈辱的ではある。
しかし、立ち上がるわけにはいかなかった。
覆面を被った武装集団が、ロビー全体を油断なく見張っているのだ。
つまり――この銀行は、現在強盗に襲われている真っ最中であった。
「うう……っ、融資を受けに来ただけだっていうのに、運が悪すぎるわ」
「くふふっ。確かに運が良いとは言えないけど、タイミング的には微妙じゃないかな? 半日もロビーに居座ってたら、銀行強盗に襲われる場面に出くわすこともあるんじゃない?」
「何時間も待たせる銀行側が悪いんでしょ! 融資の審査するだけで、どうしてあんなに待たされるのよ!? おまけに結局融資は受けられないし、なんかバカにされたし……!」
「私達のことホームレス扱いして見下してたよねー。でも、ホラ見て。その銀行員、今はビビって縮こまってるよ。ちょっとスッキリしたよね♪」
「き、きっと私がいるせいでアル様達が下に見られたんです……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
アルのすぐ傍では、ムツキとハルカが同じようにうつ伏せの状態で顔を突き合わせていた。
ハルカはいつも通りの状態で、ムツキに至ってはこの状況を楽しんでいる節すらある。
ポンコツ経営の会社とはいえ鉄火場を潜り抜けた経験は数知れず、それらを乗り切っていた実力も本物である三人にとって、銀行強盗に巻き込まれる程度の状況は取り乱すほど深刻なものではなかった。
いざとなったら、実力行使でこの状況を脱してもいい。
そう考えるだけの自信と余裕がある。
しかし、その『いざ』という時を見定めるまでは迂闊に動かない方がいい――そう慎重に考える程度には、状況は緊迫していた。
「それにしても、よくやるよねぇあの娘達も。まさか、カイザーローン傘下の銀行を襲うなんて」
現在襲われている銀行は、ブラックマーケットでも有数の巨大メガバンクだった。
ブラックマーケットに居を構えているだけあって、その内部で行われている業務はグレーゾーンギリギリの闇銀行であり、こういった強盗への対策も十分に備えられている。
そんな場所を襲った集団は、なんとたったの『六人』だった。
全員が覆面などで素顔を隠しているが、五人は制服を着ていることから学生だと分かる。
そして、最後の一人は背格好からしておそらく『大人の女』だった。
統一性のない異色のチームだが、何よりも驚いたのは少数精鋭であることだ。
この規模の銀行を襲うには明らかに人数は足りていないように見えるのに、少なくとも初動においては完璧に銀行側の対処を潰していた。
事前に自動警報システムを無効化していたらしく、初手で警備員を瞬く間に鎮圧した後は全員が素早く行動して、受付の事務員に要求を通した。
あのまま行けば外からマーケットガードが駆け付ける間もなく、ほんの数分の間に全ての事を終えて彼女達は去っていただろう。
しかし、そこでトラブルが起こった。
銀行員の一人が、手動で警報システムを作動させたのだ。
「六人全員がプロって感じじゃないみたいだね~。一人、変なの混じってるよ。くふふ♪」
口ではバカにしながらも、ムツキは殊更気に入った様子で強盗団の一人を見つめていた。
警報システムが作動したのは、その一人が起こしたミスが原因だった。
強盗団は全員が顔を隠している。
四人が毛糸で編んだ番号付きのカラフルな覆面で、五人目が紙袋に穴を開けただけの簡易的な覆面だ。
そして、問題の六人目。
彼女は覆面というよりも変装によって顔を隠していた。
ロールを巻いた貴族っぽいヅラを被って、カイゼル髭の鼻メガネを掛けるという安物のパーティグッズセットみたいな変装である。
おまけに差し歯まで付けて、語尾に『ザンス』とか付けて喋りそうな見た目をしていた。
プロの強盗団に無理矢理紛れ込んだような、場違いな存在感だった。
そして、場違いらしくミスを犯した。
他の強盗メンバーの目を掻い潜って、こっそりと警報装置に手を伸ばそうとした銀行員を、その六人目の強盗が偶然見つけたのだ。
『――あっ!? ダメ! そ、そこから離れなさい!』
言い方も、銃を向けようとしなかった行動も、強盗らしくない人の好さが滲み出ていた。
それでも咄嗟に銀行員の行動を止めようと手を伸ばして――。
――銃声が響き渡った。
――伸ばした左手から放たれた銃弾が、警報装置に直撃していた。
――文字通り、本当に左手そのものから銃弾が飛び出していたのだ。
突然響いた銃声の方向に誰もが視線を向け、そこに映る光景にしばしの間呆気に取られた。
『……うわぁあああああ!? わたしの手から銃が出てきたァァァーーーッ!!?』
『……うわぁあああああ!? 先輩の手から銃が出てきたァァァーーーッ!!?』
どうやら義手だったらしい左腕が変形して、内部から隠し銃が出現する様を見た強盗の一人と何故か当人が絶叫した。
そこからは坂道を転がるように状況が悪化していった。
放たれた銃弾は銀行員の行動を止めることには成功していたが、警報装置に当たったことでその衝撃が逆に装置を作動させてしまったのだ。
ロビー内に大音量の警報が鳴り響き、客がパニックを起こす。
そんな予想外の状況に対しても、強盗団の行動は素早く的確だった。
すぐさまロビーにいる全員を銃で牽制して、床に伏せさせて無力化した。
パニックの中で銀行側から逆襲を受けるような失態は犯さなかった。
しかし、一度作動してしまった警報システムは、その効果を迅速に発揮していた。
あっという間に銀行の外は大量のマーケットガードによって包囲され、強盗団は脱出する機会を失ってしまったのだ。
そして現在、銀行に居合わせたアル達を含む全員が実質的に人質となって、強盗団とマーケットガードが睨み合う膠着状態に陥っているのだった。
「うへ~。いやはや、なんとも厄介なことになっちゃったねぇ」
「ひぃん……ごめんねぇ、皆」
「んもぅ、だから先生は外で待っていてくださいって言ったのに~。まったく困った人だお♧」
「目的の物は入手出来ましたし、あとは何とか脱出方法を探さないと……時間が経つほど状況は不利になっていきますよ!」
「シロ……いや、ブルー先輩! こういう状況への対応策はないの? プランBは!? プランBは何!?」
「ん。ねぇよ、そんなモン」
「ないの!?」
会話を盗み聞く限り、強盗団にとっても想定外の苦しい状況であるらしいことが分かった。
銀行員を含む一部の者達は、そんな彼女達の焦りを見て内心で安堵していることだろう。
いずれ、マーケットガードがこの強盗団を鎮圧して事件を解決してくれるだろう、と。
それが楽観に過ぎる物の見方であると、アルを含めた冷静な者達だけが理解している。
追い詰められた強盗がどんな行動を起こすのか――予想出来ることも予想出来ないことも、何が起こるにしろこの場の全員が何らかの被害を受けるのだ。
「――社長」
「カヨコ、外の様子はどうだった?」
いつの間にか、気配を殺したカヨコがアル達の傍にまでやって来ていた。
アルの指示で、外に展開するマーケットガードの様子を伺ってきたのだ。
強盗団が制圧しているとはいえ、銀行員と客を含めた膨大な量の人間を全て監視出来るわけではない。
予想外の事態に混乱し、更にお荷物を一人抱えている状態の相手に気付かれず移動することなど、カヨコにとっては朝飯前だった。
加えて、銀行というのは壁がガラス張りとなっている部分が多い。
少し立ち位置を変えるだけで、外の様子は簡単に伺うことが出来た。
「拙いね。マーケットガードよりも重度の武装をした奴らが集まってる。あれ、多分カイザーPMCだよ」
しかし、そうして知った外の状況は、予想を超えて深刻化していた。
「カイザーPMCって……カイザー・コーポレーションの私兵じゃない!? 軍隊同然って聞いてるわよ!」
「実際、あの武力は軍隊並だろうね。ちょっとヤバイかもよ」
「ま、まさか……人質がこんなにいるのよ? 強攻策とか取らないわよね?」
「強盗側の出方次第だと思う。警察じゃないんだし、ネゴシエーション優先の倫理観は持ち合わせてないと思うよ」
カヨコが冷徹なまでに現実を見据えた分析を口にした。
強盗側が下手な抵抗を行った場合、数に物を言わせて突入してくる展開も十分にあり得ると考えていた。
それによって、圧倒された強盗が一瞬で鎮圧されるのなら問題はない。
しかし、その強盗もまた少数精鋭の手練れであり、軍隊を相手にしても一筋縄ではいかない実力を感じさせている。
最悪の展開は、戦力が拮抗した結果この場が泥沼の戦場となり、その被害が周囲一帯に飛び火することだった。
激化する銃撃戦の最中で巻き添えを喰らう被害者の規模がどれほどのものになるか、想像もしたくない。
「どうする、社長?」
「ど、どうするって……?」
「もしも戦闘が始まった場合の方針。危険だけどチャンスでもあると思うよ。私達なら、混乱に乗じて逃げられる」
「私達は、そうかもしれないけど……」
「……社長、悪いクセ出てるよ」
周囲の怯える人々を見回して言い淀むアルに、カヨコが冷たく言い放った。
額を突き合わせるほどに顔を近づけて、その瞳を覗き込む。
「これだけ大事になったんだから、もう平和的に解決なんて出来っこない。戦闘は、まず間違いなく起こる。私達に出来ることは、そのイザコザに巻き込まれる前に上手く逃げることだけだよ」
「カヨコ、でも……」
「『アウトロー』は関係ないよ。常識的な判断を言ってるだけ。こんな騒動に自分から首を突っ込むなんて、そんなバカな真似をする奴は――」
『だッ……誰だ、あれは!?』
その時、不意に外が騒がしくなった。
周囲を包囲しているマーケットガードの隊員が、焦った様子で誰かに呼び掛けている。
『危ねぇぞ、戻れ馬鹿野郎!』
『その銀行は強盗犯が籠城中だ! 変に刺激すんじゃねぇ!』
『オイ、聞こえてねぇのか!? 止まれってんだよ! 建物に近づくなって!』
『イヤホンで音楽を聴いているようです! 踊りに夢中で気付いてないですよ!』
『サイコ野郎がー!!』
悲鳴のようなやりとりが、銀行の内部にまで聞こえてくる。
どうやらマーケットガードとは全く関係のない誰かが、この場に近づいて来るらしい。
強盗団はもちろん、ロビーにいる誰もが、この状況に変化が起こりつつあることを察してざわつき始めた。
「え? 何? 何が起こるの?」
アルは混乱していた。
「ど、ど、どうしましょう? とりあえず、何か爆発させますか?」
ハルカは更に混乱していた。
「えー、なになに? 何か面白そうなこと起こりそう?」
ムツキはこれから始まる騒動の予感を嗅ぎ取って、笑っていた。
「……面倒なことが起こるんじゃない?」
カヨコも同じような予感を感じて、ため息を吐いた。
そして、銀行の外で繰り広げられていた喧騒が一瞬途切れる。
『――強盗犯に告ぐ! そちらに男が一人向かった!』
マーケットガードが、拡声器を使って銀行内部に呼び掛けてきた。
『その男は我々マーケットガードとは関係のない第三者だ! 我々に交戦の意思はない! いいか、人質を撃つなよ! そのイカれた男は好きにしろ! だから短慮は起こすな!』
『繰り返す! 男が一人、そちらに向かった! そいつはマーケットガードではないし、こっちが派遣したネゴシエーターとかでもない! 多分、何も分かってないバカだ!』
『トンガリ頭にサングラスを掛けた、
そして、
【現在の便利屋68で働くメンバー】
陸八魔アル
・リボルバーを収めるガンホルダーの位置は脇の下のサスペンダータイプ。最初はカッコつけて女スパイみたいなレッグホルダーにしようとしたがめっちゃ動き辛いので諦めた。
伊草ハルカ
・アルとヴァッシュという二つの太陽に焼かれたので原作よりも前向きになった。キヴォトス側でヴァッシュの抱える虚無に気付いているのはハルカとユメの二人だけ。
浅黄ムツキ
・アルからの伝聞だけでヴァッシュに対して強い興味と好感を抱いている。性格的に相性が抜群なのは言うまでもない。
鬼方カヨコ
・便利屋メンバーの中で唯一ヴァッシュの危険性を理解し、警戒している。しかし、実際にヴァッシュの人柄と過去を知ったら速攻でコロっと行くと思う。
【捕捉】
ブラックマーケットが似合わない普通の少女
・超絶レアなペロロ様とそれを大切にしてくれる人と出会ってテンションが壊れた結果、存在しない記憶が溢れた。「どうやら私達は……親友だったようですね」
便利屋68とアビドスの関係
・アビドスの状況が原作と違うので、事前に交戦は行っていない。アルちゃんなら子供のいる所に襲撃は掛けないだろうし。銀行で居合わせたのが初邂逅となっている。