トライガン・アーカイブ   作:パイマン

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本当はもっとハルカ視点を中心にして、彼女個人の話にしようと思ったのですが、便利屋メンバーを出したらアルちゃんとムツキが動きまくったので群像劇になりました。
アルちゃんたらもー存在感やばすぎるんだからー。
ムツキちゃんも会話やシーンを繋いで話を動かしてくれるんで、ホント書き手視点だと優秀すぎですね。


便利屋68①『Hello,world!』

 ――キヴォトスには『闇』が存在する。

 

 透き通るような青空の下、華やかな女生徒達が青春を謳歌する学園都市。

 そのビル群の隙間に、日の下を歩けぬ者達が集う薄暗い世界が存在するのだ。

 この世の理から外れた無法者達。

 今日も彼らは社会の裏で、非合法な生活を営んでいる。

 それはゲヘナ校区の廃墟エリアで行われていた。

 オークションである。

 もちろん、ただのオークションではない。

 闇のオークションだ。

 闇の金持ちが集う、闇の物品が取引される、闇のオークションである――!

 

 

 

「落札! 落札です!」

 

 壇上に立つオークションの進行役が、声高に告げた。

 また一つ、闇の物品が競り落とされたのだ。

 

「こちら、完全な状態のレヒニッツ写本です」

 

 ケースに厳重に保管された闇のオークション品が、テーブルの上に置かれる。

 レヒニッツ写本――何となく闇っぽい響きである。

 このオークションにはキヴォトスで出土したオーパーツが競りに出されると闇の話題になったが、具体的にそれが何なのか分からない人には全然分からない。

 だが、それでいいのだ。

 重要なのはオークションで取引される物品の正体ではない。

 ここには表の世界で取引されることのない品物が流れ込み、それを非合法な手段で入手しようとする者達が集う。

 そして、そんな者達の中に異端とも言える、明らかに雰囲気の違う『五人』の只ならぬ無法者(アウトロー)達が混ざっているのである。

 

「チッ、落札されたか」

「ここの品は取引後はどうなっても自己責任だ。いっそ――」

「よせ、奴には護衛がいる。アイツらは――『便利屋68』だ」

 

 不穏な内容を囁き合う周囲のオークション参加者達。

 彼らは落札した当人ではなく、その周囲に警戒の視線を向けていた。

 護衛として依頼人を守るように囲う四人の少女達。

 彼女達こそ学生の身でありながら、闇の大人達が集う裏社会で何でも屋を営むアウトロー集団『便利屋68』なのだ。

 以前より、便利屋68は少人数の会社とは思えぬ戦闘力を保有する集団として、一部の界隈では名が知れていた。

 しかし、恐れられてはいなかった。

 何故なら、どんなに強くとも彼女達は子供だからだ。

 社会の仕組みを知り尽くした闇の大人達にとって、ただ強いだけの学生など恐れる対象ではない。利用する対象なのだ。

 便利屋68もまた、その認識の範疇にある会社だった。

 いや、会社であるからこそ、金を払って汚れ仕事をやらせる、あるいは騙して利益だけを掠め取る――そんな搾取の対象に過ぎないという侮りが大半にあった。

 その認識が、少し前から大きく変化していた。

 

「――では、あの男が『ヴァッシュ・ザ・スタンピード』か」

 

 四人の少女達の後ろに、大人の男が一人佇んでいた。

 人目を引く真っ赤なコートと特徴的なトンガリ頭。

 少女達はもちろん、周囲の大人と比べても頭一つ分ほど高い長身が、周囲に静かな威圧感を発している。

 目元を隠すサングラスのせいで、その瞳の奥に何が映っているのか伺い知ることは出来ない。

 終始無言のその男からは、只ならぬ危険な気配が漂っていた。

 

「連邦生徒会から指名手配されている凶悪犯か……」

「あのカイザーローンから銀行強盗を成功させ、マーケットガードはおろかカイザーPMCの大部隊をまとめて手玉に取ったとか」

「二年前にヤツの撃った『銃』が、月に穴を空けたという噂は本当なのか?」

「バカな! 幾ら何でも話を盛りすぎだ、真に受ける方がどうかしている!」

「だが、アイツが大量殺人と大規模破壊行為の容疑で指名手配されているのは間違いない」

「子供のお遊びとは違う」

「恐ろしい……」

 

 同じ大人だからこそ感じる脅威と恐怖。

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの存在は、闇の大人達にとってキヴォトスという世界にある一種のセーフティを持たない危険人物として認識されていた。

 そして、そんな男が所属する会社が警戒されないはずがない。

 

「まさか、便利屋68がヴァッシュ・ザ・スタンピードを雇うとはな。……侮れん」

 

 依頼人の傍で、優雅に微笑みながら座る少女――便利屋68社長『陸八魔アル』もまた畏怖の視線を集めていた。

 

「あの……目的の物は手に入りましたので、もう帰りま……」

「もう少し見ていきたいわね」

「ええっ!?」

 

 周囲から不穏な視線が集中するのを察して怖気づく依頼人の言葉を、アルが遮った。

 

「オークションの間の護衛。その依頼は遂行するわ」

 

 一歩間違えれば不要なトラブルを生む鉄火場で、顔に浮かべるのは涼し気な笑み。

 

「でもお客様、便利屋68は慈善事業じゃないの。ここにいればもっと『アウトロー』な出来事が起こる――社長としての勘がそう言ってるのよ」

 

 自ら望んで危険に遊び、無法に酔う。

 キヴォトスで比類無きアウトロー陸八魔アル。

 その視線が見据える先には、如何なる未来が見えているのか?

 闇の宴は、まだ終わらない。

 

「お次は……皆様驚くと思われます」

 

 進行役が満を持してとばかりに、厳かに切り出した。

 

「生徒が自治を行うこの街で超法規的権限を持ち、各学校にも甚大な影響を与え、唯一『先生』と呼ばれる、このキヴォトスでの趨勢を左右しかねない存在――」

 

 

 

「我々は、その身柄を押さえました!」

 

 

 

 その言葉に、場の空気が一気に加熱した。

 オークションの参加者達がざわめき始める。

 アルの口元に浮かぶ笑みが僅かに深まった。

 その背後ではヴァッシュが無言で目元に手をやり、サングラスの位置を調整する。

 二人の間で、緊張感とも威圧感とも取れる危険な気配が強まったような気がした。

 周囲の興奮が冷めやらぬ中、競りが始まる。

 これまでとは桁の違う金額が飛び交い、その上限も次々と繰り上がっていく。

 狂気とも言える光景だった。

 一人の人間を金で競りにかける。

 表の世界では決して許されない、人道に反する邪悪な光景だ。

 しかし、それを止めるような真っ当な人間はここにはいない。

 何故なら、ここは無法者達の集う世界なのだから――!

 

「一億!」

「億! 億の大台に突入いたしました! 続く方は……!?」

 

 

 

「――三億だ」

 

 

 

 弾丸のように撃ち込まれた一言が、周囲を凍り付かせた。

 決して大きな声量ではない。

 しかし、白熱する競売の最中、その男の声は妙にハッキリと響き渡った。

 

「俺のボスは三億出すと言っている」

 

 突如、ヴァッシュ・ザ・スタンピードがオークションに乱入した。

 それまで存在感だけは示しながら、ずっと無言だった男の発言に周囲が度肝を抜かれる中、ただ一人涼し気な笑みを崩さないアルが口を開いた。

 

「三億? 中途半端でケチ臭い数字ね、ヴァッシュ――」

 

 カツッとヒールが床を叩き、アルが威風堂々と立ち上がった。

 

「五憶よ!」

「ご、五憶!? なんと五億が出ましたァ!」

「何ィ――っ!?」

 

 常軌を逸した金額に、周囲は圧倒されるしかなかった。

 

 ――目の前の小娘は、自分が口にしている数字を理解しているのか!?

 ――便利屋68とは、それほどの資本を持つ会社なのか!?

 ――この『先生』という存在に、それだけの価値を見出しているというのか!?

 

 アルの呼び込んだ狂気は周囲の大人達に伝播し、彼らの疑惑と競争心を大いに煽った。

 五億という金額を超えて尚、競りは続いた。

 次々と信じられない数字が飛び出してくる。

 そんな狂い始めたオークション会場をまるで他人事のように眺めながら、アルはヴァッシュに小さく耳打ちした。

 

「ヴァッシュ、これでいいのよね?」

「ああ、合わせてくれてありがとう」

「いいのよ。なかなかアウトローっぽい啖呵が切れたわ」

「それはよかった。ところで一つ訊いていい?」

「何かしら?」

「五億、払える?」

「フッ――」

 

 

 

「そんなお金、どこにあるのよ~~~~!!?」

「ですよね~~~~~!!」

 

 

 

 アルとヴァッシュのテンパった会話は、加熱し続ける競りの喧騒の中へと搔き消えていった。

 コソコソとやりとりを交わす二人の様子に気付いているのは、すぐ傍にいる便利屋のメンバーだけである。

 

「くふふ♪ アルちゃんが二人になったみたいで、やっぱ面白~!」

 

 オークション会場に入った時点で、何か面白いことが起こると確信していたムツキ。

 

「アル様、さすがです! ヴァッシュさん、カッコいいです!」

 

 二人に対しては無条件肯定マシーンと化すハルカ。

 

「品物確認して、多分逃げるから」

「えっ!?」

 

 そして、一人冷静に依頼人を促すカヨコ。

 三者三様の視線を尻目に、アルとヴァッシュは不敵な外面を維持したまま小声で不毛な言い争いを続けていた。

 

「大体、何でヴァッシュがオークションに口を出すのよ!?」

「いや、だっていきなり『先生の身柄を押さえた』なんて言葉が出てきて焦っちゃったんだもん!」

「確かに焦るかもしれないけど……でも、落ち着いて考えてみたら嘘臭くないかしら? シャーレの先生の身柄を確保するなんて、誰でも出来ることじゃないわ」

「普通に考えればそうだね。でもね、甘い。ユメに限っては、その楽観は甘過ぎる。僕が保証する」

「そ、そこまで言っちゃう?」

「言っちゃう。あの子はね、超ヤバイ。超ヤクネタ。赤ちゃんみたいに目を離せない大人だと思った方がいい。ワンチャン本当に捕まってる」

「だったら凄くマズイじゃない!?」

「激マズイ。だから、とりあえずここは何でもいいから競り勝って。真偽を確かめてから、次にどうするか判断しよう!」

「わ、分かったわ。――十億よ! 十億出すわ!」

「うっわ、アッタマ悪い数字」

「やまかしいわよ!」

 

 暴力的な数字が飛び交い、札束を握った殴り合いがしばしの間繰り広げられた。

 その結果――。

 

「なんと驚異の二十億ッ! 『先生』の落札価格は、二十億で決まりました――!!」

 

 ヤケクソみたいな金額でオークションは終了した。

 競り落としたアルは周囲の参加者達から畏怖と嫉妬の念を向けられているが、その顔には変わらぬ微笑が浮かんでいる。

 外 面(ハッタリ)だけは完璧であった。

 

 ――ないわよ。

 

 不敵な笑みの裏で、アルは嘆く。

 

 ――お金なんて全然ないわよ!? この依頼の報酬が一か月ぶりの収入なのよ! こんな大金払えるわけないじゃない!!

 

 恨めし気に睨みつける他の参加者達に、内心では誤解なのだと涙を流す。

 

 ――わ、私はただ……お金持ちがいっぱいいる会場でカッコいい所を見せつけて、名を上げたいだけだったのに!

 

 キヴォトスの比類なきアウトロー――を目指す少女、陸八魔アル。

 その実態は、割と勢いで重要な物事を決めてしまうトラブルメーカーであった。

 そして、忘れてはならない。

 大人のクセに似たようなこと百年以上続けてきた男が、ここに居ることを。

 

「こ、ここからどうするの? 先にお金払えなんて言われたら詰んじゃうわよ!?」

「こんな大金、現物でいきなり払えなんて言わないはずだ。まずは本当にユメかどうか確認しよう。何とかアドリブで、先に品物見せるように誘導して!」

「行き当たりばったりじゃないの!?」

「アルが言うなよ!」

 

 コソコソと会話を交わしながら、壇上へと向かうアルとヴァッシュ。

 外面と雰囲気だけを見れば、周囲など歯牙にも掛けず不敵に歩く女社長とそれに従う寡黙で屈強な用心棒と見えなくもない。

 しかし、その化けの皮は早々に剥がされることになった。

 アルが対面に立つ前に、進行役の傍に別の役員がやって来て何かを耳打ちする。

 

「……陸八魔様」

「な、なに?」

 

 アルよりも経験豊富なヴァッシュは、進行役の声色が冷めたものに変わったことを察した。

 

「失礼ですが、支払い能力の簡易的な調査を行わせていただきました」

 

 トラブルを回避する為の擬態やハッタリが相手に見抜かれる瞬間の、嫌な感覚。

 長年慣れ親しんだその感覚をヴァッシュは今まさに感じて、冷や汗を流し始める。

 

「便利屋68は、ほぼ利益のないペーパー企業でいらっしゃると。こちらは事実で――」

「違うわよ!」

 

 アルは力強く否定したが、進行役の手には既に具体的なデータの表示された用紙が握られていた。

 

「では、この数字は?」

「そ、それは……仕事さえ入ればどうにかなるのっ!」

「つまり、現在は……」

「おうおうおう! オンドレ、ワシのボスを疑おうってのかいワレ!?」

 

 ヴァッシュがすかさずフォローに入るが、脅しの為に作ったキャラは喋る端から崩壊していた。

 

「このキヴォトスを震え上がらせるスーパーグレートワンダフルデリシャスガンマンのヴァッシュ・ザ・ウルトラスタンピードを雇える会社やぞ!? 資本金なんて六百億$$は下らんで、しかし! 怒るで、しかし!!」

「ダブドル? 聞いたことのない単位ですね。それはともかく、そのヴァッシュ・ザ・スタンピードですが――」

「……えっ、僕? 僕も何か問題あるの?」

「会社員の名簿にはあるのですが、雇用形態が非正規雇用――アルバイトである、と」

 

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードのキヴォトスにおける経歴。

 二年前、無職かつ女子高生二人のヒモ。

 現在、零細企業のアルバイト。

 

「……僕、アルバイトォォォォ!!」

「ご、ごめんなさい、ヴァッシュ! 正規雇用するにはお金が足りなくて……!」

「アルが謝る必要ないでしょ! アルバイトの何が悪いんだよ!? 真っ当な会社勤めなんて人生で初めてなんだから、これでも結構誇りに思ってるんだぞ!」

「いや、うちは真っ当な会社じゃないわよ! うちはクールでダーティーな『便利屋』なんだから!!」

 

 場の空気は一変して、混沌の極みに達していた。

 ハリボテの威容を剝がされた二人に向けられる周囲の視線は、徐々に敵意と嘲りに変わっていく。

 そんなやりとりを眺めているカヨコは全てを諦めたようにため息を吐き、ムツキは腹を抱えて笑い転げていた。

 

「ハッハッハッ! こいつはとんだ見掛け倒しだな! ハッタリもここまで来れば大したもんだ!」

 

 用心棒らしき大柄なロボット数人を連れた参加者の一人が、アルとヴァッシュに歩み寄る。

 

「こいつが本物のヴァッシュ・ザ・スタンピードかどうかも怪しいもんだ。偽物の指名手配犯を手下に入れて箔を付けようなんて、如何にもアウトローごっこのガキが考えそうなことだからな!」

「いや、例え本物だろうと関係ねぇぜ! 冷静に考えてみりゃ、どんなにヤバイ銃を持ってようが生身のデクの坊なんざ大して怖くもねえ! 銃弾一発でお陀仏よ!」

 

 笑いながら用心棒の一人がヴァッシュに大型の拳銃を突き付けた。

 他にも銃口こそ向けていないが、銃器を持ち出す者が何人もいる。

 明らかに暴力を用いた揉め事の前兆だった。

 この騒動を、他のオークション参加者達はもちろん、進行役の者達まで我関せぬとばかりに静観していた。

 仮にこの場で引き金が引かれて銃弾の前に誰かが倒れても、倒れなかった者達を加えてオークションはつつがなく続いていくだろう。

 良識と法に守られた安全はなく、自分の身を守れるのは自分自身しかいない。

 ここは、そういう場所だった。

 

「おい、それ。さっきのヤツ。見せてくれよぉ」

「借りるだけ、借りるだけだから」

「ひぃ!?」

 

 聞こえた悲鳴にアルが振り返ると、護衛の対象である依頼主にも騒動が飛び火していた。

 便利屋68の威容がハリボテであると分かった途端、落札品を狙っていた者達がちょっかいを出し始めたのだ。

 このままでは『先生』の身元を確認する当初の予定はおろか、本来の仕事を穏便に完遂することすら難しい。

 とはいえ、あちらにはカヨコとムツキが残っているので護衛に関しては問題ないだろう。

 アルの視線に応えるように、カヨコとムツキが小さく頷く。

 しかし、そこで気付いた。

 護衛が一人足りない。

 

「……ハルカ?」

 

 依頼主の傍にいたはずのハルカの姿が消えていた。

 アルが再び視線をヴァッシュの方に戻すと、果たしてそこにハルカはいた。

 いつの間に駆け付けたのか、ヴァッシュに向けられた銃の射線を遮るように立って、銃口を睨みつけている。

 普段の気弱で落ち着きのない様子からは想像も出来ない、険しい表情を浮かべていた。

 

「あ、あの……やめてください」

「はあ?」

 

 相手の威圧的な言動に対して、震えながらもハッキリと言い切る。

 

「ヴァッシュさんに、じゅ……銃を、向けないでください」

「何言ってんだお前? この状況で、銃以外の何を向けろってんだよ!」

「ヴァッシュさんは、私達とは違います。銃で撃たれたら……し、死んじゃうんです。そ、そ、そんな恐ろしいことを、しないでください……!」

「オイオイ、鉄砲が怖いならそこをどきなお嬢ちゃん! 撃たれて死ぬかどうかはソイツ次第だぜぇ? 土下座して命乞いでもすんなら銃で撃つのは勘弁してやるけどよォ!」

 

 男達は揃って下卑た笑い声をあげた。

 不快な物言いに、アルの目付きも険しくなる。

 しかし、言われているヴァッシュ当人は、この程度の挑発など慣れ切ったものだ。

 さて、戦闘不可避なこの状況をどう切り抜けたものか、と。興奮する相手を前にして頭の中で冷静に算段を立てていた。

 戦いを制することは難しくない。

 問題は今回の依頼が護衛である以上、依頼主が余計な被害を被らないよう如何に穏便に戦いを終わらせるかだ。

 しかし、その場の誰よりも早く事態を動かしたのは――ハルカだった。

 

「ヴァッシュさんに――」

 

 ハルカが突然、獣がそうするように歯を剥き出しにして口を大きく開いた。

 銃口を睨みつける瞳には常軌を逸した危険な光が宿っている。

 

「あ?」

 

 銃を突き付けていた用心棒は、目の前の少女が何をしたのか一瞬理解出来なかった。

 ハルカがいきなり銃口に噛みついた(・・・・・)のだ。

 

「こんな物を向けるなッッ!!!」

 

 ハルカの頬と首に血管が浮き上がり、筋肉が隆起した。

 背筋が軋みを上げ、その小柄な体格からは想像もつかないパワーが火山の如く噴出する。

 

「お……? おっ!? お、おぁああああ゛っ!?」

 

 鋼鉄の巨体を持つロボット型の用心棒が、体勢を崩してその場に膝をついた。

 ハルカが筋力によって上から下へと押さえ込んだのだ。

 信じ難いのは、その力が噛みついた銃身という一点にのみ掛かっていることである。

 両手を使わずに咬合力のみで銃身を固定し、自分よりも大柄な相手を一方的に押し潰した。

 

「て、てめぇ!?」

 

 狂気染みた行動と力を前にして、半ば恐慌状態に陥った用心棒が思わず引き金を引いてしまう。

 ハルカの口内で、くぐもった銃声と共にマズルフラッシュが炸裂した。

 

「ハルカ!?」

 

 ヴァッシュですらも思わず悲鳴に近い声をあげていた。

 如何に銃撃に耐性のあるキヴォトスの人間といえど、口の中を撃たれては惨事は免れない。

 撃った本人すらも、こんな危険な状態で発砲する覚悟まではなかったに違いない。

 その場の全員に緊張が走る。

 しかし、それも一瞬のことだった。

 

「……()んでくらはい」

「ヒッ……!」

 

 口の中から硝煙を立ち昇らせた異様な形相で、ハルカは瞬きもせずに相手を睨み続けていた。

 恐怖に耐えきれずに上がった悲鳴をかき消すように、今度はハルカのショットガンが相手の胴体に炸裂して壁まで吹き飛ばした。

 一連の出来事に、周囲は誰もが呆気に取られる他なかった。

 それはヴァッシュも例外ではない。

 いや、ある意味で彼が一番度肝を抜かれていた。

 予想を超えたハルカの頑強さには驚く他ない。

 自分を守ろうと立ちはだかったハルカの献身は嬉しいし、とりあえず深刻な傷は負っていないようで安堵した。

 同時に、彼女の無茶な行動を叱りたい気持ちもある。

 様々な思いが頭の中を巡る。

 いや、しかし――。

 それらよりも。

 何よりも。

 抱くのは、強い既視感。

 

 ――嘘だよね、ハルカ?

 

 これを見たことがある。

 

 ――君は、アイツとは違うよね?

 

 こういう極まった人間を知っている。

 

 ――なんかスッゲー見覚えある男の影がハルカと重なって見えたんだケド!?

 

 前の世界で幾度となく肝を冷やした狂信者と同じ気配を、ハルカから感じ取ってしまった。

 冷や汗をダラダラと流しながら人知れず動揺するヴァッシュを尻目に、一度火のついたハルカの暴走は止まらない。

 

「……死んでください」

 

 口の中を負傷し、溜まった血を床に吐き捨てる。

 

「死んでください……消えてください……」

 

 血液に混じって硬い物が床に転がった。

 それは弾頭だった。

 

「アル様の邪魔をする者は……ヴァッシュさんを傷つける者は……!」

 

 

 

「皆、消えてください!!」

 

 

 

 そして、ハルカは言った通りのことを実行した。

 文字通り、全てを消し飛ばしたのである。

 

 

 

 

 

 

「――で、オークション会場ごと爆弾で全部吹っ飛ばした、と?」

 

 事の顛末を聞き届けたセリカは、最後をそう締めくくった。

 場所は移って、アビドス高等学校。生徒会室。

 腕を組んで仁王立ちするセリカの前には、罪状を読み上げられる被告人よろしく三人が正座している。

 ヴァッシュとアル、そしてハルカだった。

 特に、ハルカは土下座をしたまま震えて一度も頭を上げようとしない。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「ま、待って。ハルカを責めないであげて。社員の暴走は社長である私の責任であって……」

「責任の所在なんてどうでもいいのよ。依頼料はどうなったの?」

 

 返答に詰まるアルに代わって、ヴァッシュが気まずそうに笑いながら答えた。

 

「は、半分だけなら払ってもらえたよ」

「半分も減額された理由は?」

「……依頼人ごと会場を吹っ飛ばしたからです、ハイ」

「で、でも違うのよ! そもそも、あのオークション自体がイカサマだったの! 競売にかけられていた品は全部偽物だったし、先生ももちろん捕まってなかったわ! 偽物を掴まされる前に防げたっていうことで、依頼料も半分払ってくれたのよ!」

「けど、それって余計な行動をせずに落札時点でさっさと帰ってれば予定通り満額もらえてたってことでしょ?」

「……はい、その通りです」

 

 セリカの正論に、アルとヴァッシュは項垂れるしかなかった。

 ハルカは壊れたように謝罪を繰り返すだけだ。

 何やら勘違いされそうな光景だが、セリカは別に便利屋68の関係者ではない。

 会社のスポンサーや依頼主といった上位の立場にある人間ではなく、仕事の失敗について責任を追及したり叱責をする義務もなければ義理もないのだ。

 セリカが今回の依頼失敗について問い詰め、それをアルが受け入れているのは全く別の理由からだった。

 

「やっぱり、私は反対よ。ヴァッシュが便利屋68で働くなんて」

 

 セリカは厳しい声色で告げた。

 

「仕事がいつ入ってくるかも分からない、その仕事も行き当たりばったりでダメにする、結果収入は不安定――真っ当な就職先じゃないわ」

「同感」

「右に同じー♪」

「ちょっと! 少しはフォローしなさいよ、そこで働いてる社員でしょ!?」

 

 他人事のように近くの椅子でくつろいでいるカヨコとムツキに、アルが涙目で抗議した。

 他にもセリカとの問答を見守っていたホシノ達アビドスのメンバーが苦笑を浮かべている。

 

「ヴァッシュ、今からでも遅くないわ。反社との付き合いはこれっきりにしなさい」

 

 アビドスの一年生でありながら年長者としての指導スタイルがすっかり身に着いているセリカが、静かに、しかし強く諭す。

 

「いや、それを言ったら僕だって指名手配犯だし、こんな立場で働ける場所なんてそうそうないんだよ」

「大丈夫だよ~、ヴァッシュ。働かなくたって、おじさん達がこのアビドスで養ってあげるよ。昔みたいにさ~」

「それやめてよ、ホシノ! 二年前、そのことでトラウマになるくらい罵倒されたことあるんだから!」

「いいんですよ~、ヴァッシュさん。アナタが長く辛い旅を続けてきたことは、皆が分かっています。無理に働かなくていいんです、充電期間というやつですよぉ。ゆっくり休みましょう? あ、今日のパチンコ代を渡しておきますね~」

「ほらぁ、ノノミまで乗ってきた! パチンコ代なんて、これまでもらったことないでしょ!」

「ん。ヴァッシュ、お金が必要なら私と組めばいい。同じ非合法ならもっと効率的で大金を得られる方法がある」

「どうせ、銀行強盗だろ! シロコもこのくだり何回やるんだよ!? カイザーローンの時のは不可抗力だったんだって! あと、アルの会社は別に非合法じゃないから!」

「皆さん、茶化さないでください! ヴァッシュさんが働くのは、自分の生活の為だけじゃなくてアビドスの借金返済に少しでも協力する為って言ってたじゃないですか! その気持ちを、少しは真面目に酌んであげてください!」

「ああ……もうアヤネだけが僕の味方だよ、ホント」

 

 ノーマンズランドからキヴォトスへと帰還して幾日が経ち、異邦人であるヴァッシュの存在はアビドスの生徒達に受け入れられつつあった。

 二年前からの付き合いであるホシノや初等部の子供達はもちろん、シロコやノノミ、セリカとアヤネに至るまで言葉を交わし、共に生活し、お互いが納得のいく距離感で関係性を築いていったのだ。

 過酷な環境の中で一致団結しているアビドスの生徒達は仲間意識が人一倍強い。

 一度受け入れられれば、当初は不信感を抱いていたセリカでさえも今ではヴァッシュのことを身内同然に扱っていた。

 いや、見知らぬ者には攻撃的なセリカだからこそ身内と認定した者には強い情を示す。

 それは初等部の子供達への対応からして明らかだった。

 

「とにかく! 危険なだけで実入りも少ない不安定な会社に、うちのヴァッシュを出稼ぎになんて行かせられないわ!」

 

 まるで保護者のようなセリカの断固とした態度に、アルは反論しようとして結局何も口にすることは出来なかった。

 今回の依頼失敗に限らず、自身の大味な運営のせいで会社が業績不振であることは間違いないのだ。

 社長として責任を感じていた。

 

「……あ……あの、すみません……っ」

 

 何も言えないアルに代わって、すぐ隣から弱弱しい声が上がった。

 それまでずっと地面に頭を擦り付けるだけだったハルカが顔を上げていた。

 

「こ、今回の失敗は……全部、私の責任です。私が悪いんです。罰は受けます。腹を切りますので、中の内臓は適当に売ってヴァッシュさんのお給料の足しにしてください……」

「いや、切んな切んな! 他人(ひと)の学校で血生臭い真似すんのやめなさいよ!」

 

 顔色を青褪めさせながら申告するハルカから冗談では片付けられない気配を感じ取り、セリカが慌ててツッコミを入れる。

 

「私なんかが頭を下げても何の価値もないですし……今回の失敗は私が原因なわけですが……で、でも……っ」

 

 自分の意見を相手に伝えることが酷く苦手なハルカが、何度も喉をつっかえさせながら言葉を紡ごうとしていた。

 

「お願いします……もう一度だけチャンスをください。ヴァッシュさんと、もう少しだけ……一緒に働かせてください!」

 

 そう言って、再び頭を下げる。

 伊草ハルカという少女を知る者からすれば、それは驚くべき行動だった。

 彼女がここまで強く、他人に何かを願うのは酷く珍しいことなのだ。

 ハルカの素性や過去をよく知らないセリカ達アビドスのメンバーにも、その必死さだけは痛いほど伝わっていた。

 

「……アンタは、どうしてそんなにヴァッシュと働きたいの?」

 

 セリカは静かに問い掛けた。

 当初の頑なな拒絶の態度は崩れ、純粋な疑問だけが残っている。

 

「ヴァッシュさんにも……知って、もらいたいんです」

「知ってもらいたいって、何を?」

「は、働いて……お金を稼いで……生活をすることは、素晴らしいことだ、って。この世界で生きることは、価値のあることだ……って」

 

 ハルカは恐る恐る顔を上げて、隣で呆気に取られているヴァッシュの顔を見つめた。

 人と目を合わせることは苦手を通り越して恐怖すら感じる行為だったが、ありったけの勇気を振り絞った。

 

「わ、私自身には何の価値もありませんが……アル様達と一緒に働いている時の私は、少しは意味のある人間になっているんじゃないかな……と。そう、思っています」

 

 自分がとんでもない自惚れを口にしている気がしてならなかった。

 ここまでの言葉を全て否定して、ひたすら謝り倒したくなった。

 常日頃から抱き続けている自己否定感。

 この世界から消えてしまいたくなる衝動。

 しかし、ハルカは震えながらも、それらを抑え込んだ。

 

「だ、だ、だから……私に価値があることを教えてくれたヴァッシュさんにも、伝えたくて……っ」

 

 ――彼女()『も』自分がこの世に居ることに価値を見ていないのだ。

 

 かつて、ヴァッシュとハルカはお互いにそういった共感を抱いた。

 誰にも見せることの出来ない己の胸の内に抱えた虚無を、お互いに偶然知るに至った。

 それはヴァッシュに対するホシノや、ハルカに対するアルのような傍で寄り添う者であっても出来なかったことだ。

 あれから二年――。

 このキヴォトスでは多くのことが変わっていた。

 その事実の一つを目の当たりにして、ヴァッシュは驚きと共に深い感動を覚えていた。

 

「こ、今度は私が、ヴァッシュさんに……」

 

 たった二年――。

 しかし、少女達にとって、それは決して短い時間ではなかったのだ。

 ハルカもまた二年の歳月を自分の足で歩み、進めていた。

 

「この世界で生きる素晴らしさを、教えてあげたいんです!」

 

 最後に心からの叫びが、ハルカの告白を締めくくった。

 そうして、全ての想いを出し切ったハルカは――やおら何処からともなく取り出したショットガンの銃口を咥えた。

 

「御清聴ありがとうございました! ごめんなさい、死にます!!」

「「何でーっ!?」」

 

 その場の全員が静かな感動に胸を打たれていた最中での突然の凶行を、すぐ傍にいたヴァッシュとアルが慌てて制止した。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あまりにおこがましい考えでした! 身の程を知らぬ発言でした! 死にます死にます死にます死にます……!!」

「待って、ハルカ! 君は素晴らしいことを言った! 何一つ恥じることはないよ! だから、銃から手を離そう! ネ!?」

「そうよ、ハルカ! アナタの言葉には、私も感動で心が震えたわ! アナタを社長として誇りに思う! だから、引き金から指を離しましょう! ねっ!?」

 

 直前の何やら感動的な空気は吹き飛んで、目の前ではてんやわんやの大騒ぎ。

 便利屋68においては日常的な光景だが、セリカ達にとっては呆気に取られるしかない状況だった。

 

「……アンタ達も止めなくていいの?」

 

 そんな騒ぎを楽し気に眺めるムツキに、セリカが思わず問い掛ける。

 

「んー? 大抵はアルちゃんがいれば治まる発作みたいなものだから大丈夫だよ。今回はヴァッシュもいるしね」

「見ての通り、ハルカは暴走しやすいけど凄く自罰的でもあるから。あんまり責めないであげて」

 

 カヨコの言葉に、セリカは気まずい気持ちで黙り込むしかなかった。

 便利屋68という会社に対する不信感は、すっかりなくなっている。

 ハルカがつたない言葉で、それでも必死に伝えようとした意思は、確かに届いていた。

 そこには共感もあった。

 

 ――彼女は、このキヴォトスにヴァッシュの居場所を作りたかったのだ。

 ――長い旅を続けてきた異世界からの旅人である彼が一時でも腰を降ろせる場所を。

 ――傷つき、疲れた翼を休める為の止まり木を。

 

 その考えは、自分も同じだった。

 このアビドスの生徒達全員が抱いている想いだった。

 

「それでさー、ハルカちゃんだけじゃなくて私もヴァッシュとはもっと遊びたいと思ってるんだよね。だから、もう少しだけ様子見てくれない? きっと面白いことになるからさ♪」

「……『遊びたい』とか『面白い』とか、全然心動かされるキーワードじゃないわね」

 

 ハルカとは比べるべくもない気楽なムツキの物言いに、セリカは大きくため息を吐いた。

 

「別にいーじゃん、これが私の本音なんだから。心ならハルカちゃんの健気な言葉で十分動いてるでしょ? ねっ、メガネちゃん?」

「えっ!? な、何でいきなり私に話を振るんですか?」

「いやー、うちのハルカちゃんが勇気を振り絞った言葉に感動しない人がアビドスにいるのかなーって思って♪」

「うへ~、煽るね~。でも、確かにおじさんはハルカちゃんの想いに胸を打たれたよ。個人的に、気付かされたこともあるしね~」

「あらら~。ホシノ先輩が篭絡されてしまったのなら、私達から言えることは何もありませんね~」

「ん。私は最初から便利屋68が結構気に入っている。一度依頼という形で一緒に働いてみたいとも思っているから」

 

 ホシノを始めとしたアビドスのメンバーが次々と好意的な意見を口にしていくのを聞きながら、セリカは最後まで不満げな表情を崩さなかった。

 しかし、それも半ば以上単なる意地だ。

 自分の中でも結論はとっくに出ている。

 

「……分かったわよ。これからもヴァッシュのこと、よろしく頼むわね」

 

 そんな外野のやりとりを尻目に、当のヴァッシュとアルはハルカを必死で宥めることに終始していた。

 

 

 

 

 

 

 大規模な学園には学食がある。

 規模の小さな学校の場合は、生徒個人が弁当などを持参する形が一般的だろう。

 そして、孤児院出身の初等部生徒を多数抱えるアビドスは給食制を導入していた。

 

「ホラ、アンタ達ー! 席に着きなさい! ご飯の時間よ!」

 

 セリカの号令に、この時ばかりはヤンチャな初等部の子供達も大人しく従った。

 彼女達を従えることが出来るのは、力によってヒエラルキーの上に立つ者と胃袋を掴む者だ。

 アビドスの給食制を支えるメインコックであるセリカは、この時だけは初等部の確固たる王であり指導者だった。

 

「いやー、悪いね。私達までご相伴に与らせてもらっちゃって」

 

 空き教室に長いテーブルを並べて食堂とした場所には、アビドスの生徒達だけではなく便利屋68のメンバーも集まっていた。

 生徒会室での一幕の後、丁度お昼頃という時間帯もあってそのまま食事を共にすることになったのだ。

 

「初等部の子が二十人以上いますから、いつも給食はまとめて大量に作るんです。四人くらい増えても大した違いはないですよ」

「ゲヘナは学食だったからさー、こうやって皆で料理を取り分けながら食べるのって新鮮で楽しそうだなー。あ、私メガネちゃんの隣ね♪」

「は、はあ……別に好きな所に座ればいいと思いますけど」

 

 何故ムツキにここまで好かれているのか分からないアヤネは、戸惑いながらもそう返すしかなかった。

 カヨコとハルカも適当な席に座っているが、その近くの席は好奇心旺盛な初等部の生徒達によって埋められている。

 

「ハルカちゃん! ハルカちゃん! 今日の給食はね、スパゲッティなんだって!」

「フォークのキレイな巻き方知ってる? 教えてあげよっか?」

「あ、はい……よろしくお願いします」

「カヨコちゃんはさー、ロック好きなんでしょ? あたしもね、ロック好きなんだ。だって大人っぽいから!」

「そっか。じゃあ、後でお話しよう。今からご飯だから、まずはちゃんとエプロンしてね」

 

 腰の低いハルカは大人ぶりたい低学年の生徒達と相性がよく、逆に大人っぽい落ち着いた雰囲気のカヨコには自然と多くの子供達が従っている。

 便利屋68のメンバーがアビドスを訪れたのは今回を含めてもまだ数回程度だったが、この短期間で彼女達の存在は初等部の子供達にもすっかり受け入れられていた。

 やがて、数枚の大皿に乗った山盛りのパスタが運ばれてくる。

 豚のミンチ肉を油で揚げた大量のミートボールとパスタに市販のソースを絡めた内容は、シンプルだがボリューム満点で万年欠食児童達には好評の一品だ。

 自主的に手伝いを申し出たアルが、添え物のサラダを一緒に並べていった。

 

「すっごーい! ここの所金欠だったからスパゲッティなんて久しぶりに食べるね、アルちゃん!」

「ひ、人聞きの悪いこと言うんじゃないわよ! 三日くらい前に食べたでしょ!?」

「塩と野草を混ぜただけのパスタはスパゲッティって言わないんじゃないかな~?」

「お金がない時は言うのよ!」

「そこ、食事前に騒がしいわよ! 他の子が真似したらどうすんの!? ……アンタ達が普段何食べようが勝手だけど、今は目の前にある物しかないんだから好きなだけ食べればいいのよ!」

「出ましたね~。アビドス名物、セリカちゃんのツンデレです☆」

「最初、ツンデレって何を指すのかよく分からなかったけど、今は何となく分かるなぁ」

 

 ヴァッシュとノノミがのんびりとした独特な会話を交わす中で配膳は完了する。

 セリカの号令の下、『いただきます』の合掌と共に食事が始まった。

 子供達だけではなく、ヴァッシュやシロコ達高等部生徒、便利屋も合わせて全員が一連の作法に従っている。

 食事の礼儀作法も含めて学校の授業の一環であり、それが重要な教育であることを誰もが理解していた。

 幼く未熟な子供達が社会に出る為に必要な知識と礼儀を教える時間を、年長者達は所属する学園に関係なく全員が尊重している。

 それは美しい団らんの光景だった。

 活気があり、隔たりはなく、豊かさと優しさに溢れた食卓の風景だった。

 

「ヴァッシュはさー、今回の仕事どうだった?」

 

 丁度向かい合って座るヴァッシュとムツキは、目の前にある大皿から自分の分のスパゲッティを取り分けていた。

 

「どうって……散々だったと思うけど?」

 

 体格のいい成人男性であるヴァッシュの食べるペースは早く、それに負けじとムツキも食事を進めていく。

 

「私はずっと笑わせてもらったよ。ヴァッシュとアルちゃんが組むと面白さが二倍だね!」

「ムツキはいつも楽しそうだねぇ」

「そりゃそうでしょ。美味しい物たくさん食べて、楽しいこといっぱいしなきゃ!」

「いいね。最高の人生だ」

 

 日常の物事に常に楽しみを探すムツキのポジティブな姿勢を、ヴァッシュは本心から尊敬していた。

 

「ヴァッシュは人生を楽しみたくないの?」

 

 ムツキは食事の手を止めずに、何気なく訊ねた。

 

「……大人になると気がかりが多くなって、ちょっとね」

 

 少しの間を置いて、ヴァッシュは笑顔のまま答えた。

 

「……ヴァッシュのさ、噂って色々あるじゃん?」

 

 ムツキはその笑顔の奥にあるものを探るようにじっと見つめていた。

 

「指名手配になった事件の話とかさ、根拠もハッキリとしないのに数だけは多くてさ~。嘘くさい内容も面白半分に広がってるの」

「嘘じゃないよ」

「……」

「全部本当だよ」

 

 ヴァッシュの変わらない笑顔を、ムツキは不満そうに睨みつけた。

 

「……ヴァッシュの嘘つき」

 

 残り少なくなった大皿のスパゲッティを、二本のフォークで絡め取る。

 明らかにムツキ一人で食べきれる量ではない。

 

「むっ」

 

 ヴァッシュは咄嗟に持っていかれそうになるスパゲッティを自身のフォークで抑え込んだ。

 それを見たムツキがニヤリと笑う。

 悪戯が成功した、という楽し気な笑みだった。

 そして、皿の上で二人の戦いが始まった。

 お互いに少しでも多く自分の量を確保しようとフォークを絡め合う。

 その小競り合いの最中、麺の隙間からミートボールが一個飛び出してしまった。

 

「あ!」

「もーらい!」

 

 空中に飛び出したミートボールに向けてムツキのフォークが伸びる。

 それを寸前でヴァッシュのフォークが妨害する。

 そして始まる食器の剣戟。

 ミートボールが空中を跳ね回り、その下でフォークがぶつかり合う。

 

「ん。楽しそう、私も混ぜて」

「くぉら、そこ! お行儀悪いわよ、アンタ達! 小さい子が真似したらどうすんの!? ……って、言ってる傍から真似すんな!」

 

 セリカの一喝が食卓に響いた。

 

『いいな~、楽しそうだな~』

 

 大人数が集まった賑やかな空間から少し離れたテーブルの端では、ホシノがそれを穏やかに眺めながら食事をしていた。

 その傍らには、ビデオ通話モードにした携帯が立て掛けられている。

 画面に映っているのは、シャーレにいるユメだった。

 

「ユメ先輩は、お昼まだなんですか?」

『そうなんだよぅ、朝から事務処理漬けなの……ひぃん』

『書類を溜め込んでた自業自得じゃないですか、先生』

 

 画面の端から映り込んでくるのはミレニアムサイエンススクールの早瀬ユウカだった。

 事務仕事が苦手なユメをフォローする為によくシャーレへ出向してくれる生徒で、自然とホシノとも顔見知りになっていた。

 

「いつもお世話かけるね~、ユウカちゃん。その人、事務仕事苦手な上に別の事に気を取られてすぐ忘れるからさ」

『アビドスに居た頃もこうだったんですか? ホシノさんの苦労お察しします』

「今まさにユウカちゃんに苦労を掛けちゃってるこっちが申し訳ない気持ちだよ。学生の頃に矯正出来てればよかったんだけどね」

『先生本人に悪気がないのは分かってるんですが、やる気にムラがありますね。生徒からの相談なんかには凄く積極的なんですけど』

「そういう人なんだよね~。いい人なんだけど、その優しさに絆されて甘くしちゃダメだよ。夢見がちで自分の足元がユルユルなんだから、バカな真似してたらちゃんと叱らないと」

『参考になります』

『ひぃん、ホシノちゃんが二人いるみたいだよ~』

 

 何だかんだ言いながらもユメを見捨てずに世話を焼くユウカの姿に、ホシノは昔の自分を重ね見ていた。

 とはいえ、昔の自分に比べればユウカの方が遥かに優しく、理性的だと思っている。

 大切な先輩を預けるのに申し分ない人物だと信頼していた。

 

『アビドスは賑やかそうだな~、楽しそうだな~……寂しいな~、お腹空いたな~』

 

 泣き言を漏らすユメを、ホシノは呆れたように眺めていた。

 二年の歳月で大人になったかと思えば、こういう所は全然変わらない。

 もしも、ユメの傍にいるのがかつての自分だったら、泣き言など無視して冷たく対応していただろう。

 そんな弱弱しいユメの姿を見て、ユウカはため息を吐いた。

 

『……分かりました。今やっている書類を片付けたら、お昼にしましょう』

『えっ、本当!?』

『気分転換に何処か食べに行きましょうか? 私でよければお付き合いしますけど』

『やったー! 行く行く、一緒にお昼ごはん食べに行こう!』

『その書類終わらせてからですからね! それが絶対条件ですから!』

『分かった! 先生、頑張っちゃうよ! ユウカちゃん、大好き!』

『はいはい、私も好きなので手を動かしてください』

 

 ユメとユウカのやりとりを、ホシノは微笑まし気に眺めていた。

 かつては荒廃したアビドスでユメとホシノの二人だけ、お互い目の前にいる先輩と後輩一人だけの狭い人間関係だった。

 それが今や、大きく変わっている。

 ホシノには友人だけではなく後輩という新しい関係が生まれ、大人として社会に出たユメにも多くの新しい出会いがあった。

 月日は流れ、世界は広がっていく――。

 俄然やる気になって仕事に集中するユメの邪魔をしない為に、ホシノは数言だけ交わして通話を終えた。

 冷めない内に食事に手を付ける。

 食卓の喧騒は未だ続き、賑やかだ。

 それを一歩離れた位置で見守る。

 二年間で自然と身に着いてしまった年長者としての立ち位置だった。

 その広がった視野だからこそ、気付けた。

 

「カヨコちゃん……だったかな」

 

 個性的な便利屋68の中で、自分と同じように一歩引いた視座を持つ少女。

 おそらく、実年齢の上でも自分と近しいのだろう。

 社長であるアルよりも、年長者としての落ち着きと貫録を感じる。

 また、それ故に人との関わりにも一線を引いている印象を受ける相手だった。

 思い返してみれば、カヨコと実際に言葉を交わした記憶がほとんどない。

 そんな彼女の視線が、まるで観察をするように特定の人物へ向けられていることに気付いた。

 周囲の子供達に優しく世話を焼きながら、時折変化するその目付きは何処か冷たい。

 カヨコが見ているのは、ヴァッシュだった。

 

「……そっか」

 

 カヨコが何を思ってそんな視線をヴァッシュに向けるのか、ホシノには推察することしか出来ない。

 しかし、直接本人に追及する気にはなれなかった。

 多分、自分が口を出しても意味はない。

 カヨコとヴァッシュは、そういう関係なのだ。

 今は、まだ――。

 

「色々あるよね、色々」

 

 そう曖昧に自分を納得させると、ホシノはヴァッシュの新しい人間関係を憂う気持ちを食事と共に腹へ収めることにした。

 

 

 

 

 

 

「いやー、すっかりご馳走になっちゃったね♪」

 

 アルを先頭とした便利屋68のメンバーは、事務所までの帰り道を歩いていた。

 アルのすぐ後ろを歩くムツキが、満足そうにお腹をさすっている。

 

「依頼は失敗しちゃたけど久しぶりにお腹いっぱいご飯食べられたし、お土産までもらっちゃって、収支はプラスって感じじゃない?」

「ご飯もお土産もアビドスの人達の善意でしょ! こんなことで満足しちゃダメよ! アウトローとして、もっと志を高く持ちなさい!」

 

 そう叱責しながらも、お土産の入った紙袋を片手にぶら下げたアルの姿は庶民臭くて何処か恰好がつかない。

 袋の中身は、タッパーに詰め込まれたミートボールだった。

 同じような袋をハルカも持っており、こちらにはサラダが詰め込まれている。

 昼食の余り物だとセリカから帰り際に押し付けられた物だった。

 おまけに遠慮するアルに対して『生ものだから傷む前に食べちゃいなさい』と念まで押されてしまった。

 更には帰りのバス代まで渡そうとするものだから、慌ててアビドスを後にしたのだ。

 おかげで、帰りは徒歩になってしまったが。

 

「ヴァッシュほどの腕利きのアウトローを貸してもらってるのに、食事の世話までしてもらうなんて一方的過ぎだわ。今度、お返しに何か持って行かないと……」

「くふふっ。アルちゃん、悩み方がアウトローっていうよりご近所付き合いみたいだよ?」

「うるさいわね、人としての礼儀よ礼儀! 受けた恩は忘れない、それが真のアウトローというものよ!」

「さ、さすがです! アル様!」

「またアビドスに行く理由になるんなら、何でもいいけどー。私、あそこ気に入っちゃったな♪」

「自分からご飯をたかろうなんて考えるんじゃないわよ、ムツキ」

「そーんなんじゃないよ。あそこ、ヴァッシュだけじゃなくて色々面白い子が多いから好きなんだー」

「確かに、元気な子が多かったわね。砂漠化や借金なんて厳しい境遇なのに、あんなに元気で強い子達だったわ。私も見習わないといけないわね」

 

 しみじみと呟くアルの横顔を見て、ムツキは笑みを深め、ハルカは尊敬に瞳を輝かせた。

 

「ちっちゃい子相手にもそうやって素直に気持ちを口に出来る所、アルちゃんの凄い所だと思うな」

「尊敬出来る相手に年齢なんて関係ないわよ。当たり前でしょ?」

「アルちゃん、ホントそーゆートコー」

「えっ、何? どういうトコ?」

「アル様……一生ついていきます!」

「急に何!? どうしたの、ハルカ!?」

 

 感動に打ち震えるハルカを、アルがまた何かの暴走かと慌てて宥めようとする。

 ムツキは自然な動作で歩調を緩め、そんな二人からそっと距離を取った。

 

「――さっきから静かだね、カヨコちゃん」

 

 黙って最後尾を歩いていたカヨコとムツキは肩を並べた。

 

「なーんかさ、最近急に黙り込むことあるよね。何か気になることでもあるの?」

 

 普段と変わらないように見える、少しキツめの顔つきを興味深そうに覗き込む。

 

「ヴァッシュのこととか、さ」

 

 問い掛ける形を取りながらも、ムツキはカヨコの悩みをあらかた見透かしているかのような口調だった。

 カヨコは諦めたようにため息を吐いた。

 便利屋の中で、自分と最も近しい視点を持つことが出来るのはムツキだ。

 普段の悪戯好きな子供っぽい言動に隠されているが、その実意外と思慮深く、相手の心の機微を読み取る繊細さも持っている。

 

「カヨコちゃんはさー、まだヴァッシュが危ない奴だーって疑っちゃってる感じ?」

 

 こうして、どう説明したものか言い淀むカヨコが喋りやすいように、自分の言葉を使って先導もしてくれる。

 カヨコはムツキのことを信頼出来る、得難い友人だと感じていた。

 だからこそ、観念したかのように口を開く。

 

「……これまで見てきた感じ、世間の噂とは大分違う人物なのは認めるよ。お人よしで、勢いで物事を決めちゃって、その結果トラブルが起こる――ホント、社長と似てるね」

 

 情報でしかヴァッシュ・ザ・スタンピードという人物を知らなかった頃、カヨコは当然のように警戒していた。

 かけがえのない居場所である便利屋68に、見知らぬ男が無条件で受け入れられていく光景に最初は嫉妬もしていた。

 幾度かの接触を経て、彼の人となりや周囲の人間関係を知り、共に仕事をこなし、理解を重ねていく内にそういった負の感情は和らいでいった。

 しかし――。

 

「カヨコちゃんさ、アルちゃんのこと好きだよね」

 

 どうしても、疑念だけは拭い切れなかった。

 

「そんなアルちゃんと似てるヴァッシュのことを、どうしてそんなに警戒するの?」

 

 心を許すことが出来なかった。

 ヴァッシュという人間を知れば知るほど、一つの疑いが確信へと変わっていった。

 何故、自分以外の便利屋のメンバーがその疑いを抱かないのか、逆に疑問ですらあった。

 ヴァッシュに対して、自分だけが言い知れぬ不安を感じていた。

 

「……二年前の事件が、どうしても気になる」

「あの大量殺人と大規模破壊の事件? あれさー、破壊はともかく殺人は絶対誤解だと思うんだよねー。なんか、ヴァッシュがわざと黙って罪を被ってる気がする」

「そうかもね」

 

 意外にも、カヨコはムツキの意見を否定しなかった。

 しかし、その瞳はヴァッシュを向けていた時と同じように冷え切っていた。

 

「でも、多分。あの事件とは関係ないかもしれないけど、何処かで――」

 

 

 

「あの人、銃で人を殺してる」

 

 

 




お察しの通り、本来次回はカヨコ視点でシリアスな内容になる予定でした。
でも、便利屋全体の視点の物語になったので、意外と明るいノリになりそうな気がします。
カヨコとヴァッシュだけだったら湿度がヤバくなるから、アルちゃん達外野の活躍を期待して待て!

【アビドスの初等部】
孤児院出身なので自宅を持たず、学校の近くで寮住まいをしている。
寮では年老いた管理人を中心に周囲の住民からも援助を受けながら、子供達同士でも力を合わせて元気に生活中。
学校の給食は、その日手の空いている高等部のメンバーが料理当番となっているが、特にセリカが積極的に参加している。
最近はそこにヴァッシュが加わったが、男らしい大味な料理が多く、礼儀作法もあまりうるさく注意しようとしないのでセリカからは不評。
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