トライガン・アーカイブ   作:パイマン

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今回のお話ではブルーアーカイブ公式漫画『便利屋68業務日誌(全六巻)』の第十五話以降のストーリーのネタバレを含みますので未読の方はまず買ってください(ダイマ)
実は前話も当漫画の第一話の導入をなぞったものになっていたのですが、第一話は無料で読めることも多いので警告はしませんでした。
また、あくまでストーリーラインを地盤にしているだけで、本作特有の人間関係などで内容が変化しているので、原作とは違う世界線だと捉えてください。
原作はいいぞ。この先、至高のアル×カヨコがあるぞ。


便利屋68②『Unwelcome School』

 ――君と僕はどちらが優れている?

 

 レガート・ブルーサマーズにとってヴァッシュ・ザ・スタンピードと繰り広げた死闘は、常にその問い掛けの答えを得る為にあった。

 己の命を捧げるほどのナイブズへの忠誠と狂信。

 しかし、それと同時に『ナイブズに認められたい』という欲求が彼の中で同居している。

 レガートを動かす行動指針の二律背反――。

 それは最終決戦において発覚した、ヴァッシュの精神性が自分と近しいという事実を察したことで暴走する。

 

 ――この男『も』自分がこの世に居ることに価値を見ていないのだ。

 

 自分と同じ心に虚無を抱えた宿敵。

 それなのに、ナイブズは敵対するヴァッシュにだけ心を砕き、レガートの忠心など歯牙にも掛けない。

 寄り添い合える相手では決してない。

 理解し合うことなど不可能だ。

 しかし――。

 この命を試す相手には申し分ない。

 この問いの答えを得る相手には相応しい。

 

 

 

 ――君と僕はどちらが優れている!?

 

 

 

 死闘の果てに、答えは出た。

 一瞬だった。

 お互いが銃を向け合う最後の接触では、凄まじい密度の戦闘が行われた。

 思考を置き去りにし、反応を超え、これまで刻み込んだ技と経験がお互いを突き動かす、肉体反射によって交わされた無数の攻防。

 覚えていない。

 自分がどう戦い、どう倒されたのか。

 レガートは朦朧とした意識の中、己の敗北だけを明確に把握していた。

 額に突き付けられた銃口を見つめる。

 そこから放たれるたった一発の銃弾が、全てを呆気なく終わらせる。

 レガートがこれまで奪ってきた無数の生命と同じように、平等に命を刈り取る。

 自分は特別な存在ではなかった。

 これまでナイブズの心を動かすことのなかった者達と同じ、ヴァッシュ・ザ・スタンピードに倒される有象無象の存在の一つでしかなかった。

 それでいい、と思った。

 これが自分の果たせる役割の限界なのだと悟った。

 そう自分を納得させて逝くつもりだった。

 そして――ヴァッシュはゆっくりと銃口をレガートから離した。

 

「――ふざけるなぁぁあああアアア!!!」

 

 レガートは怒りのあまり絶叫した。

 死にかけていた身体を無理矢理動かし、銃身を掴んで自ら頭に押し付ける。

 

「撃て!」

 

 レガートの叫びに、ヴァッシュは応えることなく睨み返すだけだった。

 

「撃てぇ!! 貴様、ここまで来て……っ!!」

 

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの抱く不殺の信念。

 レガートにとって、その行動指針は呆れるほどに他人事だった。

 自ら傷ついていくその生き方を『ご苦労なことだ』と一蹴していた。

 しかし、軽蔑の対象ですらあったその意志が、今、レガートが受け入れた人生の終焉を邪魔していた。

 

「これは愚弄だ! 僕の命に対する愚弄だぞ!!」

 

 喚く。

 それは自分勝手な慟哭だった。

 レガート自身は裏切られたとすら感じていた。

 これまで散々にヴァッシュを追い詰めた自覚がある。

 全てはこの瞬間の為に積み上げた敵意と殺意だというのに。

 この男は、それでも撃たない。

 

「撃て! 撃てェェェエエエ!!」

 

 

 

「――撃たない」

 

 

 

 狂ったように叫び散らすレガートに対して、返ってきたのは静かな一言だった。

 体力も精神も消耗した身でありながら、全く揺らぐことのない声色だった。

 

「誰が撃つもんか」

 

 ヴァッシュのハッキリとした拒絶に、レガートは呆気に取られた。

 その時感じたのは、明確な『壁』だった。

 レガートの嘆きが何一つ理解出来ない。

 その懇願など欠片も叶えるつもりなどない。

 睨みつけるヴァッシュの瞳に映るもの――それは明確な『拒絶』と『嫌悪』だった。

 

「お前の自殺に付き合うつもりはない」

 

 ヴァッシュは無意識の内に首からぶら下げたカードを握り締めながら、そう吐き捨てていた。

 それは彼にとっても自覚のない、初めての感情だった。

 この時、ヴァッシュがレガートを撃つことを拒絶したのは、これまで続けてきた信念だけの決断ではなかった。

 初めての感情による拒絶だった。

 その感情を察した時、レガートは突き放されたような感覚を抱いた。

 共に地獄の底で殺し合ったと思っていた相手の目の前で、自分の足元が崩れて更なる奈落へと落ちていくような感覚だった。

 

「……違うのか?」

 

 レガートは呆然と、ヴァッシュの握り締めるカードを見つめた。

 

「君は……違ったというのか?」

 

 幾多の銃弾が飛び交う、この極限の最終決戦の場ではあまりに脆いたった一本の紐でぶら下げられた、意味も価値も分からない薄っぺらなカード。

 それが今、初めて目に留まった。

 か細い紐が、ヴァッシュという人間を世界に繋ぎ止めている。

 彼の手が、カードと一緒に世界を握り締めている。

 レガートは、この決戦の前にエレンディラから語られた内容を思い出していた。

 

『――ヴァッシュ・ザ・スタンピードとアナタが張り合う意味はないわよ』

 

 揶揄とも忠告とも取れぬ戯言になど、耳を貸してはいなかった。

 

『彼はね、もうただの男よ。ただその力だけが特別な、心は平凡なただの男。ナイブズ様の敵ではないわ』

 

 当然だ。

 ナイブズ様の敵になどなり得ない。

 そんな至極当たり前のことを記憶する意味などない。

 

『誰かが待っている家を見つけた、そこに帰ろうとしているだけのただの人間よ。ヴァッシュ・ザ・スタンピードは――私達とは違う』

 

 聞き流していたその言葉の意味が、今蘇っていた。

 この世界で生きる意味を持たなかったはずの男。

 その男が今、手にしているものは――生きる意味だった。

 

「……ははっ、なんてことだ」

 

 レガートの口から笑い声が漏れた。

 酷く乾いた、虚しさの滲む声だった。

 

「まさか、見誤るとはね……」

 

 自嘲であり、自虐にも聞こえる独り言をぶつぶつと呟く。

 

「今更、この僕が他人に期待して、裏切られるなんて……」

 

 ヴァッシュはその独り言の意味が理解出来ず、困惑していた。

 その様子が、レガートを更に失望させる。

 自分と最も近しいと感じた男は、もう自分とは決定的に違っていた。

 何の共感も抱いていなかった。

 ナイブズからは気まぐれの関心以外何も向けられず、いつの間にかヴァッシュは自分にはいない誰かに手を引かれて虚無の世界から去っていた。

 結局、本物のごみ溜めの中で死ぬまで足掻いていたのは――。

 

「まったく……なんて滑稽さだ」

 

 ――自分だけだったのだ。

 

「…………いいさ」

 

 長い沈黙の後で、レガートは呟いた。

 

「ならば、こうしてやる」

 

 その声には、再び狂気が滲んでいた。

 

「君が……悪いんだぞ?」

 

 狂気と――そして、絶望。

 レガートはこの時、絶望していた。

 つい先ほど繰り広げたヴァッシュとの死闘――自分のこれまでの人生の意味を問う濃密な時間が、全て何の意味もない、単なる独りの空回りに過ぎないことを悟った絶望だった。

 

「僕の感覚に間違いはなかったはずなんだ。同じ世界に生きる価値を持たない者同士……今更、君に僕を軽蔑する資格があると思うのか?」

「何を、言ってるんだ……?」

 

 困惑するヴァッシュに答える正気を、もはやレガートは持っていなかった。

 

「君が僕を……僕の生を愚弄したから、今から君は大切な仲間を目の前で失うことになる」

 

「君の信念は立派だが、幼稚で傲慢だ」

 

「何も選ばず、綺麗事を抱いたままこのギリギリの場所を切り抜けられるはずがないだろう?」

 

「選ばせてやる」

 

「その手を血で汚さずに、ただの人間として家に帰れると思うな」

 

 

 

「――選んで折れろ、夢見る聖者よ」

 

 

 

 

 

 

「逃げなさい、カヨコ! ヴァッシュのことは頼んだわよ!」

 

 ――どうして、こんなことになってしまったのだろう?

 

 苦渋の想いで、かけがえのない仲間達を囮にして、ヴァッシュと共にその場から逃げる。

 冷静にならなければいけないのは分かっていた。

 それが便利屋68における自分の役割だ。

 だけど、頭の中は思考と記憶がグルグル回って全然整理が追い付かない。

 背後から聞こえる銃撃戦の音に止まりそうになる足を叱咤して、必死に走る。

 何故、こんなことに……?

 そう。

 あれは、確か。

 今回受けた依頼が原因だった――。

 

 

 

 割りの良い依頼だった。

 警護に雇った傭兵が雇用先の機密情報を盗んだので、捕まえて取り返せというシンプルな内容だ。

 依頼料は多め。

 相手は戦力的にも大したことのない小規模な集団。

 逃亡先の追跡も上手くいった。

 あとは捕まえるだけだが、ヴァッシュも加えた便利屋68にとってはそれこそ容易い仕上げだった。

 

『ハルカ、そのまま前線維持。ムツキもハルカの支援継続』

 

 無線からカヨコの指示が飛ぶ。

 スナイパーのアルと共に高所から状況を把握し、分析しながら標的を的確に追い詰めていく。

 

「カヨコ、僕はどうすればいいかな?」

『……ヴァッシュもそのままムツキとコンビで動いて。あまり前に出過ぎないでね』

 

 カヨコからの指示に消極的な意図を感じて、ヴァッシュは困ったように頭を掻いた。

 

「やっぱり、僕ってまだカヨコに信頼されてない感じ?」

「私達とは付き合いの長さが違うんだし、どう動いてもらった方がいいのかまだ迷ってる感じじゃなーい? 生身なんだから、あまり無理させない方がいいっていう優しさもあると思うよ」

「それは分かるんだけど……なーんか、彼女から壁を感じちゃうんだけど気のせい?」

「それは気のせいじゃないね♪」

「ハッキリ言うね、ムツキちゃんは……」

「あ、あのっ! カヨコ課長は、私なんかと違って頭が良くて、普段から色々と考えながら動いておられますので……だ、だから別にヴァッシュさんのことが嫌いとかそういうんじゃないと……!」

「大丈夫。分かってるよ、ハルカ」

 

 実際に、カヨコの指示によって三人で動いているヴァッシュとムツキ、ハルカのチームの相性は良好だった。

 ヴァッシュという普段は便利屋にいない異分子を加えながらも意思疎通は抜群である。

 

「行きます!」

 

 ハルカが標的の傭兵達に対して真正面から突っ込む。

 

「爆発で逃げ道潰すよ! ヴァッシュ、数は四つ!」

「OK! いつでも来い!」

 

 爆弾による援護というのは難しい。

 爆発範囲や起爆のタイミングを計算しなければ、前に出ているハルカも巻き込むことになるからだ。

 しかし、この場においてそれらの配慮は無用だった。

 爆薬と点火装置だけを取り付けたシンプルな球状の爆弾が放り込まれる。

 それらをヴァッシュが全て狙い撃ちにした。

 適切な位置に来た爆弾を、適切なタイミングで起爆出来る。

 混戦において、そのアドバンテージは非常に大きい。

 もちろん、ヴァッシュが居なくともムツキ一人で同じことが可能だが高度な起爆装置と事前準備が必要だった。

 爆発が逃げ道を防ぎ、爆風が敵を怯ませ、その隙にハルカが一気に刈り取っていく。

 まるで魚の追い込み漁だ。

 

「くふふっ。アルちゃんが憧れるだけあって、いい銃の腕前してるね。百発百中だ!」

「二人が強すぎて、射的してるくらいしか仕事ないけどね。今回でカヨコに信頼してもらうのは難しいかも」

「カヨコっちもヴァッシュの実力はそこまで疑ってないと思うんだよねー。オークション会場でも一緒に戦ったじゃん」

「何か別に理由があるってこと?」

「複雑な乙女心ってこと♪」

「乙女心かぁ……それは僕には難題だ」

 

 軽口を交わしながらも作戦は順調に進行していく。

 ハッキリ言って、容易い仕事だった。

 戦力比は歴然としており、万が一の間違いすら起こらない一方的な戦況だった。

 そして、予想外のトラブルも発生することなく戦闘は終了する。

 標的は一人残らず捕らえられた。

 本当に簡単な仕事だった。

 少なくとも、彼女達から話を聞くその時までは――。

 

「――騙されてた?」

 

 標的は雑魚だった。

 悲しいほどに雑魚の少女達だった。

 捕まった後で泣きながら命乞いをするようなリーダーが率いていた。

 自分は構わないから部下達だけでも見逃してくれ、と。

 それを聞いて今度は部下がボスだけは見逃してくれ、と。

 一連のやりとりを、お涙頂戴の情に訴える作戦だと疑わなかったワケではない。

 

「――盗んだのは、ヤバイ裏取引の証拠だったの?」

 

 しかし、捕まえた傭兵の少女達はアル達が見たまま偽ることなく、ただ善良なだけの少女達だった。

 ただの日雇い警備として破格の報酬で雇われ、何も知らされずに見張りをしていて――雇い主が違法な武器の売買を行っている取引現場を偶然見てしまった。

 このキヴォトスでは尊ばれるほどに善良で、愚かしいほどに軽率だったが故に、証拠を盗んで不正を摘発しようとした。

 そうして差し向けられたのが便利屋68だったのだ。

 

「――社長、確認したけど本物っぽいね」

 

 盗み出した機密書類――と偽られた不正取引の証拠を精査したカヨコが告げる。

 これで相手の言い分に裏付けは取れた。

 しかし、だったらどうだというのだろう?

 雇い主が悪徳の商売人で、目の前の標的がその悪徳を許せなかった善人だったとして、自分達の仕事に何ら影響のある話ではない。

 極秘書類を盗んだ犯人を捕まえて依頼主に突き出すという過程に支障はない――そう冷静に考えている部分が自分にあることを、カヨコは自覚していた。

 人情もクソもない。

 自分はそういう冷たい人間だと思っている。

 だから『ここから先どう行動するのか?』――それを判断するのは自分であるべきではないと考えていた。

 カヨコは黙って、意見を促すように仲間へ視線を向けた。

 

「よく分かった、辛かったろう! 大丈夫だ、僕に任せな! 悪いようにはしねぇぜ!!」

 

 感涙にむせびながら傭兵の少女達に力強く語りかけるヴァッシュを見て、一気に肩の力が抜けた。

 少女達がお互いを庇い合う様を見ていた時から挙動が怪しかったが、ともすればイマドキの若者には冷笑を向けられてもおかしくない人情話が、この男の琴線に大いに触れたらしい。

 結果的に嘘ではなかったが、こういうタイプの泣き落としには毎回引っ掛かってそうだな、とカヨコは思った。

 

「そういうことね。ヴァッシュの言う通り、私達が協力してあげるわ」

 

 そして、カヨコが本当に判断を仰ぎたかった社長のアルもまた合理性を放棄した決断を下した。

 ちなみに、アルもまた泣き落としの段階で既にかなり揺らいでいたりする。

 

「我が便利屋68を都合よく使おうなんて言語道断よ。私達は私達に泥を掛けるものを決して許さないの」

 

 如何にもアウトローっぽい装飾で語ってはいるが、その根幹にあるのはやはりヴァッシュと同じ人情である。

 根本で似通っている二人の意見は一致し、その方針に異を唱える者はカヨコも含めてこの場にはいなかった。

 新しい行動方針は決まった。

 盗んだ不正の証拠は、このまま傭兵の少女達が警 察 機 関(ヴァルキューレ)に持ち込む手筈になる。

 便利屋68は、本来ならば取り返した盗難品と犯人を引き渡す予定だった場所に向かい、雇い主の足止めをする役割になった。

 虚偽を許さぬアウトロー集団は雇い主を裏切り、信念に従って仁義を守り抜いた。

 またしても依頼は失敗。

 収入は入らず、そろそろ期限のヤバイ新しい事務所の家賃滞納が怖い。

 一件落着、めでたしめでたし――。

 そうして今日という一日が終わるのだろう、と。

 カヨコはそう考えていた。

 

「なによ、大したことないわね!」

 

 引き渡し場所に来ていた雇い主の部下達とは、当然のように戦闘になった。

 元より、不正を隠蔽する為に便利屋68に汚れ仕事をさせようとした輩である。

 打ち倒すことに何の遠慮もない。

 

「これは陽動もいらなかったかしら?」

「っていうか、そもそも戦う必要もなかったんじゃない? 証拠が届くまでの時間稼ぎなら、僕に任せてくれればよかったのに。大人同士だし、そういう煙に巻く方法結構得意なんだぜ?」

「えー? でも、ヴァッシュのそれって交渉術とかじゃなくってバカの振りして有耶無耶にする方法でしょ?」

「アレー? まだ付き合い短いと思うんだけど、ムツキちゃんに僕の行動パターン完全に見切られてる?」

「私、演技でもヴァッシュがバカにされるの見たくなーい!」

「あの……わ、私も、そういうことをするなら、戦った方がいいと思います。命令してくだされば、幾らでも敵を抹殺してみせますので!」

「二人の思いやりが身に染みるぜ。あと、ハルカは誰も抹殺しなくていいからね!」

「緊張感ないな……確かに、楽勝だけど」

 

 カヨコが呆れたように呟く。

 会話の片手間であしらえる程状況は一方的だった。

 傭兵の少女達を相手にした時と大差ない。

 ヴァッシュを加えた便利屋68の戦力が圧倒的過ぎるのだ。

 キヴォトスの企業全てが荒事に対して万全の備えがあるわけではなく、ましてや軍隊規模の戦力を保有出来るのはカイザー・コーポレーションなどの極一部だけだった。

 証拠がヴァルキューレに届くまでの足止めどころか、このまま現場にいる敵が全滅する方が早いのではないかと思い始めた――その時。

 

「動くな! ヴァルキューレ警察学校だ!!」

 

 第三者の声が戦場に割り込んだ。

 見れば、制服と武装に身を包んだヴァルキューレの部隊が駆け付けてくる。

 企業の不正を摘発する為に必要とはいえ、アル達にとって今この場で遭遇するにはあまり歓迎したくない相手だった。

 不正の証拠を持っているのは傭兵であり、自分達は外部から見れば『雇い主を裏切って戦闘を起こしている』だけの存在だ。

 状況を説明するだけでもややこしい。

 

「面倒なことになったね……」

「この辺は人気もないっていうのに、誰が通報したのよ」

 

 カヨコとアルが思わずぼやく。

 しかし、状況は予想を更に超えて一変した。

 

「ヴァルキューレの皆さん、お待ちしておりました!!」

 

 それまで追い詰められていた敵が、突然銃を捨ててヴァルキューレに縋りついたのだ。

 

「あいつら、うちの販路を利用して違法重火器売買をしていたんです! それを告発しようとしたら暴れ出して……逮捕してください!!」

「……はぁぁぁぁーーーーっ!?」

 

 その瞬間の他のメンバーの内心を代弁するように、アルが怒りの絶叫をあげた。

 

「ア、アンタ達何言ってるのよ!? 違法売買してたのはそっちでしょ!」

「うわぁ~、そう来たか……」

「アイツら、私達に罪を被せる気だね」

「えーっ、でも不正の証拠は私達が持ってるじゃん!」

「それが精査されて真相が明らかになるまでは濡れ衣を晴らせないよ。今、この瞬間はどうしようもない」

「何それ、ムカツクー!」

 

 ムツキの不満を尻目に、周囲はヴァルキューレの部隊によって包囲されていく。

 こちらの事情を聞こうという意思は一切見られない。

 背後に庇われた企業の大人達が、自分達にだけ見えるように悪どい笑顔を浮かべているのが酷く癇に障った。

 

「企業の皆さんは、我々ヴァルキューレが守ります! おさがりください!」

「悪いのはそいつらなのよ! 証拠だって、今別口で持ち込まれてるところなんだから!」

「犯罪者の言うことには耳を貸すなよ! 全員、突撃準備!」

「な、何でそんなに一方的なのよ!? こっちの話も少しは聞きなさいよー!」

「当たり前だろ!」

 

 ヴァルキューレの一人が、銃口で指しながら叫んだ。

 

「そこに居るのは、指名手配犯のヴァッシュ・ザ・スタンピードじゃないか!!」

 

 その瞬間、場が凍り付いた。

 致命的な指摘を受けたアルが――何よりヴァッシュ自身の顔が強張った。

 

「G級器物破損と何よりも大量殺人の凶悪犯だぞ! そんな奴が仲間にいる相手の言い分なんて、誰が耳を貸すか!」

「ま、待ちなさい! ヴァッシュのは容疑であって確定じゃないでしょ!? 勝手に決めつけてるんじゃないわよ!」

「やかましい! 殺人なんて、このキヴォトスじゃ明らかに一線を越えてるんだよ!」

 

 そう答えるヴァルキューレの隊員の瞳には敵意と――隠しきれない怯えが映っていた。

 ヴァッシュにとっては、砂漠の惑星で向けられ慣れた視線だった。

 自分達の身近には存在しない、得体の知れない者への恐怖。

 そして、恐れるが故の排斥。

 それは普通の人間ならば当たり前の行動だ。

 彼女達は自分が保安を司る機関に所属していることを自覚しているからこそ、恐怖を押し殺して職務に集中しようとしているに過ぎないのだ。

 

「連絡をしてきた社長さんも、いつ殺されるか分からないって怯えてたぞ! そんな凶悪犯を野放しにしておけるか!」

「……クソ、やっぱりヴァルキューレに通報したのは雇い主か。完全に被害者面するつもりだね」

 

 思わず悪態を吐きながらも、カヨコは冷静に状況を分析した。

 現段階では不正は隠され、表向きは真っ当な企業となっている。

 どちらが信用されるかは、この状況を見ても明らかだ。

 特にヴァッシュの存在が致命的だった。

 彼に掛けられた容疑と印象が、全て悪い方向へ影響している。

 この状況で抵抗は無意味とは言わないが、利があるとは思えない。

 ヴァルキューレへの反抗は、後々に身の潔白を証明する際のネックとなるだろう。

 不正の証拠がれっきとして存在する以上、大人しく捕まってしばらく耐え忍べば、その内真相は明らかになるはずだ。

 それで、自分達の濡れ衣は晴らされる。

 そう、自分達は。

 だけど。

 彼はどうなる?

 一緒に捕まったら、ヴァッシュは――。

 

「カヨコ」

 

 一人思考が行き詰まる中、静かに声が掛けられる。

 

「アナタ、ヴァッシュを連れて逃げなさい」

 

 迷うカヨコに、アルが決然とした態度で告げた。

 先ほどまでの狼狽えた様子は消え去っている。

 

「ヴァルキューレも私達が引き付けるわ。アナタ達二人で、私達の身の潔白を証明しなさい」

「ぼ、僕も逃げるのかい?」

「そうよ。別件の容疑が掛けられてるヴァッシュが捕まったら、その後どうなるか分からないわ。無実の罪で捕まる必要はないわよ」

「いや……違うんだ、僕は」

「了解。少しだけ待ってて」

 

 何かを言いかけるヴァッシュの腕を強引に掴んで、カヨコはその場から駆け出した。

 背後から再び銃声が響く。

 それを迷いと共に振り切って走った。

 ヴァッシュが何かを言っている。

 彼の言い分を聞くつもりはなかった。

 聞きたくなかった。

 ヴァッシュと、何よりも自分自身への苛立ちを胸の奥に沈めたまま、カヨコはその場から逃げた。

 

 

 

 

 

 

「――厳戒態勢?」

「危険人物が徘徊してるんだって」

「ねー、ネットに写真出てるよ!」

「えっ、ウソ!? 懸賞金!?」

「捕まえたら、お金もらえるの?」

「でも、ヴァルキューレからは見つけたら通報だけして逃げろって警告出てるよ」

「なんかさー、どっかの会社がお金出すって」

「探してみようよ、このヴァッシュ・ザ・スタンピードって!」

「あと、もう一人なんか顔の怖い娘も一緒にいるってさ」

 

 そこらかしこから、行き交う少女達の話す内容が聞こえる。

 普段は雑多で気にも留めないような内容が、現在は一つの話題に集約されていた。

 

「……大分、大事になってきたね」

 

 カヨコとヴァッシュは路地裏の陰に潜んで、表通りの様子を伺っていた。

 ヴァルキューレの追手は、とりあえず完全に撒いている。

 しかし、迂闊に動ける状況ではなかった。

 

「懸賞金を掛けたのは雇い主かな。よくやるよ」

「また賞金首かぁ……お金目当てで一般人にまで追い回されるのは、結構精神削られるんだけどな」

「また、ってどういうこと?」

「えっ!? い、いやぁ前にいた場所で色々あって……アハハ」

 

 訝し気なカヨコの視線から逃げるように、ヴァッシュは曖昧に笑って誤魔化した。

 

「それよりも、だ! これからどうする? アル達の潔白を証明するだけなら、証拠もあるんだし時間が解決してくれるかもしれないけど……」

「どうかな? 相手も企業なんだし、もみ消す方向で動くかも」

「ヴァルキューレには賄賂とか汚職とかがある感じ?」

「連邦生徒会の管理下にある組織だから、そういうのはほとんどないと思うよ。でも、末端は頭が軽いのも結構いるから、騙されることはあるかも」

「キツイ言い方するね。それじゃあ、こっちから動く必要があるワケか」

「潔白の証明としては、便利屋68が違法取引には関わっていないという証拠が欲しい」

 

 既に行動方針を定めているカヨコが、周囲を警戒しながらヴァッシュに淡々と説明する。

 

「あの会社との関係は最近のもので、以前から行われてきた取引には関われないという証明」

「僕達の側にある契約書だけじゃ弱いね。あっちが持っている方は破棄か改竄されていてもおかしくないし」

「あの会社の過去数か月分の出入りや通信の記録があれば、取引の時間と整合性を見て社長達の無実を証明出来るかも」

「となると、敵の本拠地に潜入する必要があるってワケだね」

「だけど、一つ問題がある」

 

 カヨコは自分よりも頭一つ分は高い位置にあるヴァッシュの顔を見上げた。

 

「これで晴らせるのは、私達の濡れ衣だけってこと」

 

 カヨコの眼が僅かに細まる。

 

「アナタがヴァルキューレに追われる理由は、今回の件とは別の所にある」

「……そのことだったら、君が気にする必要はないよ」

 

 ヴァッシュは笑って答えた。

 何処か無理をして笑っているような、不自然な笑顔だった。

 

「僕が便利屋から離れればいいだけの話だ。貴重な就職先を失くすのは、ちょっと痛いけどね」

「簡単に言わないで」

 

 冗談めかして口にするヴァッシュを、カヨコは今度こそ本気で睨みつけた。

 

「ハルカがどういう思いでアナタを会社に誘ったのか、知ってるはずでしょ?」

「……ああ。ハルカには迷惑をかけたと思ってるよ」

「下手な誤魔化しなんて聞きたくない。社長も、ハルカも、ムツキも、皆アナタを信じてる」

「……」

「いい機会だから教えて。二年前の事件で、アナタは本当に大勢の人を殺したの?」

 

 偽りの笑顔の先にある真実を見抜こうとする、鋭い視線。

 その追求から逃れるように、ヴァッシュは思わず目を逸らしていた。

 何と答えればいいのか分からない。

 当時の真相は複雑だ。

 自身の身元や背負っている背景にまで関わりのある出来事なのだ。

 それを全て正直に話すべきかどうかすら迷っている。

 自分に罪があるか否かと問われれば、間違いなくあるのだから。

 何から話せばいいのか、何処まで話せばいいのか。

 心の整理がつかない。

 

「僕は……」

 

 何を、何処から話すべきかも分からず、それでも何かを言おうとして――。

 

「誰かいるのー?」

 

 声を掛けられた。

 完全な不意打ちだった。

 ほんの僅かな間、周囲への警戒を解いていたカヨコとヴァッシュの二人ともが、路地裏を覗き込む一人の女生徒の存在に気付けなかった。

 

「あ!? 写真の――!」

 

 思わず振り返った二人の顔を見られる。

 話題になっている二人の顔だ。

 見間違えられるはずがなかった。

 偶然にも話し声を聞き、興味本位から路地裏を覗き込んだ通行人の少女は、咄嗟に銃を手に取った。

 全てが偶発的な出来事だった。

 ヴァルキューレに追われ、懸賞金の掛けられた相手に銃を向けることは何ら不自然ではない。

 その銃口を向けようとした相手が、ヴァッシュではなく、ただ近くにいたカヨコであったが為に――。

 

「カヨコ!」

 

 逡巡を挟む間もなく、反射的にヴァッシュは引き金を引いていた。

 この場の誰よりも反応が早い。

 遅れて抜いたはずの銃が先手を取る、恐るべき早撃ちだった。

 狙いも正確無比に標的を射貫いている。

 カヨコさえ自分がヴァッシュに助けられたのだと状況を理解するのに数瞬を要した。

 

「――ッ! しまった!」

 

 しかし、焦ったような声をあげたのは、完璧な射撃を行ったはずのヴァッシュだった。

 

「ど、どうしたの?」

しくじった(・・・・・)! 急所に当てちまった! オイ、大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

 倒れ込んで苦し気に呻く少女へ慌てて駆け寄る。

 カヨコはその後ろ姿を呆然と見送っていた。

 

「まさか、アナタ今まで……っ」

 

 ヴァッシュと共にこなしたこれまでの仕事が脳裏に過る。

 共に戦った経験は少ない。

 しかし、いずれも銃弾の飛び交う混戦で、生身の彼には危険な戦場だったはずだ。

 

「急所を外して撃ち合ってたの!?」

 

 信じ難い、狂人を見たような思いだった。

 そんなカヨコの内心も知らず、ヴァッシュは急所を撃たれた激痛に悶える少女へ必死に声を掛けている。

 動揺する二人は、事態が周囲を巻き込んだ騒動にまで発展したことを気付けなかった。

 

「何、銃声!?」

「オイ、誰か撃たれたぞ!」

「アイツは、ヴァッシュ・ザ・スタンピードだ!」

「つ、通報を……!」

 

 倒れた少女を案じるあまり、ヴァッシュは路地裏から身を晒していた。

 周囲の人々の視線が一斉に集中する。

 いち早く我に返ったカヨコは、舌打ちしながらヴァッシュの腕を取った。

 

「マズイ! 早くここから離れるよ!」

「待ってくれ、彼女が……!」

「どうせ死にはしないよ! 知ってるでしょ!?」

「だ、だけど……クソッ!」

 

 最後の悪態が誰に向けたものなのか、カヨコには分からなかった。

 二度目の逃走は、ヴァルキューレに追われるよりは簡単に成功した。

 偶発的な出来事であったことはその場にいた全員が同じで、通りすがりの一般人が警察のように指名手配犯を追い回す意欲や覚悟など持っているはずがない。

 何よりも、恐怖が彼女達の足を躊躇わせているはずだった。

 その隙に、カヨコはヴァッシュを連れて更なる路地裏の奥へと入り込んでいった。

 人気の少なくなった所で、内部が空っぽの小さな建物を見つける。

 おそらく元は何かの店で、寂れて閉店したものだ。

 その中へ身を隠した。

 そこで、ようやくカヨコは一息つくことが出来た。

 

「ここまで来れば、大丈夫だと思うけど……」

 

 長い間手入れをしていないくすんだ窓から外を伺い、誰もいないことを確認して安堵する。

 以前の店の名残か、近くに放置されていた椅子に腰を下ろした。

 

「すまない……僕のせいだ」

 

 ヴァッシュもすぐ傍の椅子に腰を下ろしていた。

 しかし、こちらは安堵というよりも落胆の色が濃い。

 自分の失態に肩を落とし、俯いている。

 

「別に、あれは突発的な事故みたいなものだったよ」

「だけど、全く関係のない女の子を撃ってしまった。最悪の気分だよ」

「キヴォトスの人間が銃に耐性を持ってることは知ってるでしょ?」

「知ってるさ。でも、銃で撃たれたら痛いし、怪我をすることも知ってる。身近にそういう無茶をする娘がいるからね。見ていて凄く痛々しいんだ」

「……誰のことを言ってるのか分からないけど、アナタが気にすることじゃない」

 

 撃った側なのに憔悴するヴァッシュを見て、カヨコは呆れたようにため息を吐いた。

 

「撃たれたら死んでしまうアナタが、気を遣うことじゃないんだよ」

「……」

「一体何のつもりなの? カッコつけてる? 英雄気取り?」

「……」

「幾らアナタが凄腕だからって、こんなこと続けてたら死ぬよ」

「……ハッキリと言ってくれるね」

 

 冷たく問い詰めるカヨコに対して、ヴァッシュは何故か安心したように笑って返した。

 

「キヴォトスに来て色んな娘に会ったけど、君みたいにハッキリと『死』を意識して言葉にしてくれる娘は初めてだ」

「私は社長達とは違うよ。そういう冷たい人間なの」

「違うよ。君は優しいから冷たく物事を見ることが出来るんだ」

 

 微笑むヴァッシュから目を逸らして、カヨコは苛立たし気に頭を掻いた。

 

「そうやって煙に巻くのやめてくれる?」

「別に、煙に巻いてなんか……」

「アナタのことがますます理解出来なくなる。信じればいいのか、疑えばいいのか分からない」

「……僕が、人殺しかどうかってことかい?」

 

 キヴォトスにおいて『殺人』とはあらゆる犯罪から一線を画す罪だ。

 その行為自体も問題だが、殺意の有無も重要視される。

 カヨコは、改めて目の前の男を観察した。

 この男は、二年前の事件で本当に多くの命を奪った凶悪犯なのか。

 それが冤罪だったとして、殺人自体に関与したことはあるのか。

 そこに殺意や悪意はあったのか――。

 

「自分で気付いていないかもしれないけど、アナタは人に銃を向けることにトラウマを持ってると思う」

 

 カヨコの思わぬ指摘に、ヴァッシュは僅かに目を見開いた。

 

「銃捌きは機械みたいに速くて正確なのに、狙いを定めた瞬間に銃身が僅かにブレる時が何回かあった。さっきの射撃もそう。あれは多分、偶然じゃない」

「……凄いな。僕には自覚のないことなのに、君は見抜いてたのか」

「あの反応には見覚えがある。誤射した経験のある人間――撃つつもりのないモノを撃ってしまった人間の反応に似てる」

 

 その指摘は鋭く、刃物を差し込むようにヴァッシュの胸の内に刺さった。

 思わず息を呑む。

 恐ろしいほどに整った顔が、冷たい眼光を宿してヴァッシュを見ていた。

 

「……君、ホントに未成年? 年齢偽って学生やってる女スパイとかじゃない?」

「茶化さないで」

 

 渾身のボケを、カヨコは無表情で受け流した。

 

「私が推測する限り、アナタは銃で人を殺したことがあると思う」

 

 カヨコの言葉を、ヴァッシュは黙って受け入れた。

 

「だけど、それはアナタが望んでそうしたワケじゃない。だから今、アナタは人を銃で撃つことがトラウマになっている」

 

 この推測の後半を肯定して欲しい。

 あるいは全てを否定して欲しい。

 そう願いながら、表向きは淡々と話していた。

 

「私の仲間は、皆アナタを信じてる。私もアナタを信じたい。これは本当に、そう思う」

 

 いつの間にか、ヴァッシュの顔からは見慣れた軽薄な笑顔が消えていた。

 カヨコでも感情の読み取れない、知らない表情だった。

 長い人生経験を積んだ大人が浮かべる、様々な感情を壁の向こうに押し込めたような、堅い表情だった。

 

「だから、教えて欲しい。二年前の事件の真相、アナタの過去、キヴォトスに来る前にいた世界のこと……何でもいい。話して」

 

 しばらくの間、沈黙があった。

 ヴァッシュは視線を自分の足元に落として、何かを考えていた。

 カヨコはじっと待ち続けた。

 そして、ヴァッシュは静かに視線を持ち上げて、ハッキリと口にした。

 

「話せない」

 

 カヨコの眼を真っすぐに見据えて告げる。

 そこには悲壮なまでの決意と覚悟が感じられた。

 

「……どうして?」

「それがとても残酷な話になるからだ。君も、このキヴォトスに住む他の誰も、知る必要のない話だ」

「勝手に決めないで」

「駄目だ。僕の方で決める」

「話を聞いて、私が後悔するとでも思ってるの?」

「すると思う。しなかったとしても、必ず傷つく。君が優しいからだ」

「私を子供だと侮ってる?」

「そうだ。君は子供だ」

 

 ヴァッシュは断言した。

 不思議と、カヨコの中で反発は生まれなかった。

 彼がそう言うのなら、自分は本当に子供なのだろうという納得だけがあった。

 まだ若者と言える見た目のヴァッシュから、百年の時を見届けた老人のような老練な気配を感じ取っていた。

 

「多分、君が想像している一番残酷な出来事よりも、もっと酷いものを教えることになる」

「子供の私じゃ、想像が甘いってこと?」

「違う。こんなものは想像出来ちゃいけないんだ。君のこれからの人生に、何一つ必要じゃない」

「……」

「こんな残酷な世界があることを、誰も知る必要はないんだ」

 

 そう言って、これが精一杯だとでもいうように、これがやっとだとでもいうように――ヴァッシュは小さく笑った。

 空っぽの、やせ我慢をしているような笑顔だった。

 

「……だったら、一つだけハッキリとさせて」

 

 ヴァッシュは何も話すつもりがない。

 だけど、一つだけ答えを用意している。

 カヨコはそれを察した上で、あえて言葉にして問い掛けた。

 

「アナタは、人を殺したの?」

 

 ――帰るんだ。

 

「……ああ、そうだ」

 

 ――もう一度、あの場所に帰るんだ。

 

「僕は人を撃った」

 

 ――その手を血で汚さずに、ただの人間として家に帰れると思うな。

 

「僕が選んで、僕が撃ったんだ」

 

 ――選んで、折れろ。

 

 

 

「僕は人殺しだ」

 

 

 

 罪人が行うような告白を聞き入れたカヨコは、悲し気に眼を伏せた。

 

 

 

 

 

 

「カヨコちゃんとヴァッシュ、大丈夫かなー?」

「だ、大丈夫よ! 我が社が誇る課長と最高のアウトローが一緒なのよ!? 上手くやってるに決まってるわ!」

 

 アル達三人は現在、留置所の檻の中で身を寄せ合っていた。

 あの後、戦いの末に三人はヴァルキューレに逮捕されてしまったのだった。

 如何に戦闘力が高くとも、連戦の最中で銃弾も爆弾も使い尽くしてしまってはどうしようもない。

 武器や荷物は没収され、鉄格子の先には見張りのヴァルキューレ隊員が一人立っている。

 現状では、もう何も出来ない。

 逃げたヴァッシュとカヨコの身を案じることしか出来なかった。

 

「あの二人だから心配っていうか……本当に上手くやってるかなー? ケンカとかしてないといいけど」

「え、何? あの二人、仲悪いの?」

「そういうんじゃないんだけどさー、上手く噛み合わなかったら拗れそうだなーって。特にヴァッシュがね、要らない苦労背負い込んでるみたいで……」

「そうなの? ご、ごめんなさい……全然気付かなかったわ」

「あはは、アルちゃんは憧れフィルター通してヴァッシュを見てるもんね♪ でも、それでいいと思うよ。ヴァッシュってさ、凄く複雑な人なんだと思うから」

 

 そう言って笑うムツキの顔が、普段の悪戯好きな子供のそれではなく、アルには何処となく大人びて見えた。

 

「色々な人生の経験積んでそうでさ、まさに大人って感じ。私達みたいな子供が、一人の視点だけで全部見通せる大きさじゃないと思うんだ」

「そういうものかしら?」

「多分ね、色んな人が色んな立場からヴァッシュを見守った方がいいと思う。そうしないと、きっと一人で潰れちゃいそうだから」

「よく分からないけど……ムツキも意外と色々考えてるのね」

「アルちゃん、何気にヒドーイ」

 

 そうして談笑するアルとムツキを、見張りのヴァルキューレ隊員は呆れたように眺めていた。

 

「呑気な奴らだな。自分達が凶悪犯を匿っていたという自覚はあるのか? あんな大量殺人の指名手配犯を――」

 

 口にしかけた言葉を、突然の轟音が遮った。

 ムツキがいきなり鉄格子を蹴りつけたのだ。

 

「あのさー、ムカツクからやめてくんない? ヴァッシュが人殺しなんて決めつけるの」

 

 苛立ちと共に吐き捨てるムツキの口元は引き攣ったような笑みを浮かべ、眼は据わっていた。

 

「じゃないと、ぶっ殺すよ?」

「己の言動に矛盾を感じんのか、この犯罪者」

 

 一瞬気圧されながらも、ヴァルキューレ隊員は冷静にツッコミを入れた。

 的確に切り返され、行き場を失った怒りと不満を持て余しながらもムツキは大人しく引き下がった。

 唇を尖らせ、つまらなさそうに周囲を見回す。

 

「あーもう、イライラしてきた。こんな所でじっとしてないで、早くヴァッシュとカヨコちゃんを助けに行きたいよー!」

「そんなの私も同じよ。でも、脱獄なんて出来るワケないでしょ」

「無理矢理出られないならさー、誰か出してくれないかなー? ねー、そこのヴァルキューレちゃん。私達、無実なんだから出してよー」

「出せるワケないだろ。保釈金払うか、身元引受人呼んで来い」

「そんな人、いるワケないじゃん」

「だったら黙って大人しくしてろ」

 

 ムツキの子供のようなワガママにも、ヴァルキューレ隊員は事務的に対応するだけだった。

 いや、こんなやりとりを交わしてくれるだけ愛想のいい人物なのかもしれない。

 しかし、現状を変えられるほど譲歩してくれる相手でもなかった。

 外部に保釈金の支払いや身元引受人のアテはなく、留置所の中から誰かに連絡する手段すらない。

 やはり、この場の三人にはどうすることも出来ない状況なのだった。

 

「……あの、すみません」

 

 それまでずっと膝を抱えて黙っていたハルカが、不意に口を開いた。

 

「保釈の話ですけど……何とかなるかもしれません。いや、あの……何とかならないかもしれませんけど、その……ごめんなさい」

「えっ、本当? ハルカちゃん、何かしたの?」

 

 ムツキはもちろん、アルも思わぬ相手からの思わぬ言葉に、驚いて眼を見開いた。

 

「どういうことかしら、ハルカ?」

「はい……実は、捕まる前にモモトークで連絡を入れたんです。これからどうなってしまうのか分からないけど、とにかく『助けてください』って……」

「それはちょっと内容が曖昧ね。そんな連絡で誰か助けに来てくれるかしら?」

「その、一応返信はすぐに送ってもらえました……『分かりました』って」

「えー、凄いじゃん! 誰? 誰に連絡入れたの? 私達を助けてくれそうなのって、シャーレの先生? それともアビドスの人達?」

「いえ、その……連絡したのは……私の、友達です」

 

 そう自信無さげにハルカが告げた、その時――。

 

『オイ、ちょっと待て! こっちは留置所だ! 面会は別の場所だし、ちゃんと手続きを取ってくれ!』

 

 留置所と外を隔てる扉の先が、にわかに騒がしくなった。

 複数人のドタバタとした足音も聞こえてくる。

 

『面会じゃありません。捕まってる人達の身柄を引き取りに来たんです!』

 

 会話からして、おそらくヴァルキューレではない生徒の声が聞こえた。

 ハルカにとって、聞き慣れた声だった。

 思わず笑みを浮かべる傍らで、状況の分からないアルとムツキが顔を見合わせていた。

 

『身元引受って……ちょっと待ってくれ! アンタ、トリニティの生徒だろ!? ここに捕まってるのはゲヘナの生徒だぞ!』

 

 声と足音がどんどん近づいて来る。

 何やらおかしな状況が迫っていることを察して、見張りのヴァルキューレ隊員も思わず訝し気な表情を浮かべた。

 

『だから何なんですか? トリニティもゲヘナも関係ありません。私は、助けを求める友達の為に来たんです!』

『お前、正気か!?』

『いや、この際お前らの関係なんてどうでもいい! ちゃんと手続き踏めってんだよ!』

『保釈金が必要なら幾らでも払いますよ! いいから、早く私の友達――伊草ハルカちゃんを釈放してください! その仲間の皆さんもです!』

『オイオイオイ、無理矢理入ろうとすんな! 話を聞けって!』

『お前、本当にトリニティの生徒か!? とりあえず学生証見せろ!』

『どいてください! 私はモモ(トーク)フレンズですよっ!!』

『コイツ、頭おかしいぞ!』

 

 そして、留置所の扉が強引に蹴り開けられた。

 踏み込んできたのは、数人のヴァルキューレを引き連れた白い制服の少女だった。

 モモフレンズのグッズに身を包んだ、それ以外は特徴のない何処にでもいそうな普通の女の子だ。

 本来は純朴な表情が浮かんでいるだろう顔は、決意と覚悟に漲った凛々しい顔立ちになっている。

 その少女は鉄格子越しにハルカを見つけると、一変して安心したように破顔した。

 そのまま、懐から探り出した自身の学生証を背後のヴァルキューレの一人に片手間で差し出す。

 

「なんてこった、本当にトリニティの生徒だったのか……」

 

 噂のエリート学園の印象からは程遠い実物と、学生証に映る顔写真を何度も見比べて頭を抱える。

 

「トリニティ総合学園二年生――阿慈谷ヒフミ」

 

 

 

「お待たせしました! 助けに来ましたよ――超 親 友(ベストフレンド)!」

 

 

 

 ハルカに向かって、ヒフミは力強く笑い掛けた。

 

 

 

 




レガートはそのイカレた強さと凶悪さで大好きな悪役なんですが、それはそれとしてヴァッシュに最期まで負担をかけ続けた迷惑狂人キャラなのも間違いないので『絶望の内に死んでよ~』って気持ちもあります。ファンの皆さんはごめんなさい。
旧アニメの声が関俊彦さんじゃなかったら許されなかったぞオマエ……。
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