トライガン・アーカイブ   作:パイマン

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個人的にクロスオーバー小説を読む場合、他作品キャラ同士の価値観や世界観の違いは『こちらで勝手に合わせる。お前は好きに動け』って感じに自己解釈するから気にせずどんどん話を進めてくれって思うんですが、自分で書く場合はこの辺の描写は妙に書き込んでしまいます。
特にヴァッシュの行動原理は、物語の舞台であるノーマンズランド特有の過酷さなどから培われている部分も大きいんで、キヴォトスで生きる上で価値観の違いはしっかりと描写しないと話を先に進められませんでした。
厄介トライガンファンの自己満足にお付き合いください。


#2.台風のような一日

 ――銃で撃てば、人は死ぬ。

 

 それでも銃を取らなければ、銃には対抗できない。

 銃を取って、人を殺さない。

 その為には何でもしようと思った。

 そして、何でもした。

 出来ることの全てをした。

 そうやって、生きてきた。

 

 だけど、この世界ではちょっと違うらしい。

 

 銃で撃たれても人が死なない世界。

 優しい世界、と。

 そう表現してもいいのだろうか?

 少し違う、と僕は思う。

 人々が当たり前のように持つ銃は、やっぱり当たり前のように暴力の象徴で、それに撃たれることが恐怖であることは変わらない。

 人は脅す為に銃を持ち出し、奪う為に銃口を突きつけ、踏みにじる為に引き金を引く。

 どんな場所でも変わらない、他人と他人が交わる場所で起こる諍いと、その為に握られる武器の存在。

 多分、その最悪が行き着く先も変わらないだろう。

 

 ――銃で撃っても、人は死なない。

 

 それは最悪を避ける為に作られた防壁――この世界を作った神様か誰かが、ギリギリ世界が滅んでしまわないように必死で設けた最後の一線であるような気がしてならない。

 でも、その結果この世界の人達は、銃を撃つことが当たり前のようになってしまった。

 重いはずの引き金が軽くなってしまった。

 いや、違う。

 引き金を引くのは、世界のせいなんかじゃない。

 引き金を軽くするのは、いつだって銃を持つ者の無知だ。

 それを撃つことで何が起こるのかを考えない、想像しようともしない傲慢さだ。

 だけど、この世界――キヴォトスでは、それが許されている。

 僕はこれまでずっと、銃を恐れ、戒め、それでも銃に頼って生きてきた。

 だけど。

 

 ――この優しくも残酷な世界で、僕はどう生きるべきなのだろうか?

 

 いつか『彼女』が言ってくれた。

 未来への切符はいつだって白紙なんだ、って。

 何処にでも行けるんだ、って。

 僕の手の中にある切符は、いつでも行き先を書き込まれるのを待っている。

 

「この世界も、僕の持つ切符が繋いでくれた行き先なのかな?」

 

 見上げれば、何処までも青い空。

 何処にでも繋がっているように見えて、だけどきっとかつて自分が歩き続けた世界とは繋がっていない空。

 

「僕はここで何をするべきなんだろう……レム」

 

 あの砂漠の星とは違う青空を見上げながら、僕は問い掛けずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「何ブツブツ呟いてんだ、ラリッてんのかテメー!?」

「何をすべきかなんて決まってんだろ! 現実逃避してるヒマがあるくらいなら金払えってんだよオラァン!!」

 

 拝啓、レム。

 僕は行き着いた先で、年下の女の子達から銃を突きつけられてカツアゲされています――!

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ヴァッシュはブラックマーケットを歩いていた。

 今回は一人である。

 ヴァッシュが居候という形で世話になっているアビドス高等学校は、現在借金によって廃校寸前の危機にあり、日常的に費用を節約し続けなければならない厳しい運営状況にある。

 アビドス周辺の市街地からも住人の多くが去って久しく、インフラも半ば壊滅状態にあった。

 運送業者による安定した物資の供給など望むべくもない。

 もはや学校にそれだけの資金はなく、それを必要とするだけの生徒もいないのだから。

 個人による定期的な買い出しによって、学校の必要な備品は補給されていた。

 現在その役割には、突然現れて生徒でもないのに学校の費用で衣食住を賄われているヴァッシュが割り当てられている。

 それを提案したホシノは当然の対価だと考えているし、ヴァッシュも不服はなかった。

 

『ひどいよ、ホシノちゃん! ヴァッシュはこの間あそこで撃たれたばっかりなんだよ!?』

 

 不服があるのはユメだけだった。

 特に今回は、ヴァッシュが撃たれた際の出来事が未だにトラウマになっているらしい。

 普段楽観的なことを口にしては、ホシノからの正論や塩対応で涙目になっている姿からは想像も出来ない剣幕で詰め寄って来る。

 

『一人で行かせるなんて危ないよ! 買い出しなら私も一緒に行く!』

『ダメです』

『どうして!?』

『生徒会の仕事が終わってないからですね。そんな暇ないです』

 

 正論パンチを顎に受けて、ユメはその場に崩れ落ちた。

 

『それに、ユメ先輩がいない方がアナタも撃たれないでしょう』

 

 意気消沈するユメには聞こえない程度の声で告げられて、ヴァッシュは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

『今度は忘れずに持ち歩いてください』

 

 ホシノは買い出しの為の費用と、ガンホルダーに収まった銃を手渡しながら言った。

 銃身を短く切り詰めて取り回しを良くした、六発装填型のリボルバー式拳銃。

 特別なカスタマイズを施されているわけでもない、量産品の安物だ。

 しかし、それは紛れもなく銃だった。

 護身用程度の意味しかなくとも、握った手に感じる武器としての重み。引き金に指を掛ける躊躇い。

 必要ない、と口にしようとするヴァッシュをホシノの視線が許さない。

 このキヴォトスにおいて、身分を証明する物よりも重要な物として、アビドス高等学校の経費で支給されたヴァッシュの為の銃だった。

 

『これを使うのか使わないのかは別にして、身に着けているだけでも意味があります。銃を持っていない人間は、ここでは服を着ていないのと同じですよ』

 

 そう言って、ヴァッシュは送り出されたのだった。

 あの時の二人とのやりとりを思い出すと、自然と頬が緩む。

 学校の校門まで、わざわざ見送りに来てくれた。

 ユメは最後まで心配そうにしていた。

 それに付き合うホシノは『子供のお使いじゃないんですから』と呆れていたが、彼女が渡してくれた買い物の費用には若干多めの金額が上乗せされていた。

 仕事への対価だ、と。残りは好きに使ってください、という彼女なりの気遣いだった。

 

 ――僕は、最高に幸運な男だ。

 

 あの二人と過ごす日々の中で、ヴァッシュは常々思う。

 砂漠を宛てもなく彷徨い、ただ乾いて果てていくしかなかった――それを望んですらいた自分が、ユメ達と出会い、今こうして生きていることは幸運以外の何物でもないと感じていた。

 人智を超えた、あるいは神様か何かの導きとしか思えない。

 かつて、ヴァッシュは星から星へと宇宙を渡る移民船に乗っていた。

 地球から別の惑星へと渡った壮大な経験を元にしても尚、今回の出来事は常識を超えた現象だと感じる。

 このキヴォトスという世界、あるいは惑星は、ヴァッシュのこれまで生きてきた場所とは明らかに違うのだ。

 自分が以前生きてきた過酷な砂の惑星と、ここが地続きであるはずがない。

 文字通りの異世界だった。

 

 ――何故、こんなことが起こったんだろう?

 

 原因は分からないが、切っ掛けに関しては断片的に思い出せる。

 自分は『引き金』を引いてしまった。

 そして、一発の銃弾が全てを消し飛ばし、気が付けば自分は一人砂漠に放り出されていたのだ。

 全くの同じだった。

 かつて起こした『一度目』の時と。

 過ちを繰り返した。

 罪を重ねた。

 その事実に呆然となり、自分の中から全てが抜け落ちるのを感じた。

 生きる意志も、生きる価値も、みな消え失せた。

 心が、折れた。

 あれからどれだけ歩いていたのかは分からない。

 何故、歩いていたのかも分からない。

 ただ、あの果てもなく続くと思っていた砂漠が、いつの間にかこの世界に繋がっていた――。

 

 ――だから、僕は本当に幸運な男なんだ。

 

 辿り着いた果てで得たあの二人との生活が、こうして自分に生きる意味を与えてくれるのだから。

 その意味が、再び自分の足で立ち上がって歩く力をくれる。

 ブラックマーケットの大通りを歩きながら、ヴァッシュは空を見上げた。

 青い空が広がっている。

 かつて見上げた砂漠の乾いた空とは違う、何処か瑞々しく感じる空。

 ヴァッシュは途中の露店で買ったピザトーストに齧りついた。

 出来立て熱々の食感が口の中に広がる。

 道端で気軽に食べ物が買えるのは、キヴォトスに来る以前には想像も出来なかった豊かさだ。

 あの砂漠の惑星では水さえ容易くは手に入らず、『プラント』と呼ばれる生産施設のない場所では生きることすらままならない過酷な場所だった。

 人々は限られた資源を奪う為に、あるいは守る為に、銃を手にしていた。

 日常に銃が浸透しているのは、この世界もかつての世界も同じだ。

 その基盤からして決定的に違う世界でありながら、さして時間を掛けることもなくヴァッシュがキヴォトスの日常に馴染んでいったのは、それらの奇妙な既視感が理由だった。

 

「……不思議な世界だなぁ」

 

 食べ歩きをしながら、呑気に歩く自分自身を顧みて呟く。

 数日前に銃撃戦に巻き込まれた場所とは思えない。

 広大なブラックマーケットでは地区ごとの治安に大きな差があることは知っていたが、それでもここまで違うものかと驚いてしまう。

 かと思えば、道端の自動販売機には当たり前のように銃の弾薬や手榴弾が売られている。

 銃一丁、銃弾一発の重みが違う価値観の差異――それを埋めることは、まだ出来そうになかった。

 

「でも、お腹いっぱい食べられるならそれが一番平和さ」

 

 ピザトーストを平らげたヴァッシュは、腹を満たした満足感に自然と笑みを浮かべた。

 飢えることも乾くこともなく日々を過ごせる。

 それは、かつて渡り歩いた砂漠の惑星でずっと探し求めていた『愛と平和(ラブ&ピース)』だ。

 

 ――意図せず去ることになったあの惑星では、今何が起きているだろう?

 ――残してきた人々は、何を思っているだろう?

 

 全てを置き去りにしてきたことへ未練や罪悪感はあれど、今の状況ではどうすることも出来ない。

 その事実に甘えていることを自覚しながら、ヴァッシュは新しい生活に前向きになろうとしていた。

 今回の買い出しは銃に関係する物ではない、ちょっとした雑貨が主だ。

 危険な場所へ行く必要もない。

 この簡単な仕事を終えたら、二人に何かお土産でも買って帰ろう。

 年頃の女の子に送るプレゼントなんて、なかなか難しい案件だけれど、それを悩むのも楽しい。

 ユメはきっと何でも喜んでくれるだろう

 ホシノも『無駄遣いするくらいなら学校の借金返済に回してください』なんて不機嫌そうに言いながら、それでも受け取ってくれるに違いない。

 その時の様子を想像しながら、ヴァッシュはきっと神様が与えてくれた束の間の平穏を謳歌していた――。

 

「待てコラァ! この盗人が!」

「逃げられると思ってんじゃねーぞ、オラァ!」

 

 突如背後から響いた怒声に、思わず肩を竦める。

 しかし、どうやら自分に向けてのものではないと、すぐに理解出来た。

 代わりに、誰かが腰の辺りに勢い良くぶつかってきた。

 

「あっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 ぶつかってきた少女は、自分を見上げると怯えた顔で何度も謝った。

 その両手には、何かを抱えている。

 そして、視線を移せば、銃を手にした少女二人が鬼の形相で迫る姿。

 これらの断片的な情報からすぐに状況を察せる程度には、ヴァッシュもトラブルには慣れていた。

 察せるからこそ口元が引き攣った。

 何かを盗んだらしい少女に、何かを盗まれたらしい少女二人が追い付く。

 

「観念しやがれ、この薄汚ねぇ万引きがよ!」

「このあたしらの店から物盗むたぁ、いい度胸してるじゃねーか!」

「金払えねーってんなら身包み置いてってもらうぞ!」

「ごめんなさいじゃねーんだよ、金出せ金!」

「……ああ!? テメー、何見てんだ!?」

「そいつの関係者か? そこのケチな盗人と関係あんのかぁ!?」

「口出すんなら、まずは金払えや! 聞いてんのかゴルルァ!?」

 

 神様が言った。

 さあ、今日もやって来ました試練の時間です。

 

 

 

 

 

 

 悲しいほどに経験豊富だからこそ、この手のトラブルには下手に関わらない方が良いことも知っていた。

 貧しさや飢えの為に物を盗み、それを持ち主に見咎められて捕まる――かつて生きていた場所ではありふれた出来事だった。

 盗んだ人間が逃げおおせれば、今度は持ち主が生活の為の財を失って貧困に喘ぐことになる。

 誰がどう見ても盗んだ人間が悪いのであり、裁かれるのは当然のことだ。

 だが、大抵の場合盗んだ人間にも事情があった。

 飢えて衰弱した子供の為に食料を盗んだ親が、あるいは病気の母親の為に薬を盗んだ子供が、捕まってリンチに掛けられる。

 盗んだ相手によっては、もっと凄惨で痛ましい結末を迎えることもあった。

 あの星で、多くの無情な現実をヴァッシュは目の当たりにしてきた。

 関りのない他人である自分が出来ることは、過剰な罰に対して控えめな制止の声を掛けてやることくらいしかない。

 そして、大抵それは意味のない余計なお節介にしかならないのだ。

 結局は、当人同士で穏便な落としどころを探ってもらうしかない。

 だから、今目の前で起こっている出来事も、関わらない方がいいということは分かっていた。

 ただ偶然ぶつかっただけの通行人――そうしてこの場から去った方がいい。

 

「ま、まずは銃を降ろそう! ネ!?」

 

 だというのに、こうして諍いの間に割って入ってしまうのは、きっとこの場にいるのが全員子供だからだろう。

 年若い少女が物を盗み、同じくらいの少女達が銃を手に取ってそれを追い回す。

 ヴァッシュにはそれが酷く胸の冷える光景に思えた。

 盗んだらしき物を両手で抱え込み、震えてうずくまる紫髪の少女を思わず背に庇ってしまう。

 その少女の制服には『ゲヘナ学園』の校章が刺繍されていた。

 

「テメー、やっぱりソイツの仲間か!?」

「い、いやぁ、そういうワケでもないんだけど……」

「だったら余計な口出ししてんじゃねー!」

 

 案の定、ヴァッシュの言葉は何の意味もなかった。

 相手の二人は銃を向けたまま、殺気立つばかりである。

 ヴァッシュの意識が、一瞬自分の腰にぶら下げたガンホルダーに移った。

 しかし、すぐさま我に返る。

 長年、銃を握り続けて生きてきた経験が身体に沁みついてしまっていた。

 銃で起こる問題は銃で解決するしかない――うんざりするほど体験してきた現実が、無意識に銃を抜かせようとしてくる。

 やはり銃など持ち歩くべきではなかった、と。ヴァッシュは内心後悔していた。

 そんな彼の一瞬の逡巡を、銃に対して感性の鋭いキヴォトスの少女達も感じ取ったかのようだった。

 

「なんだぁ……? 盗人庇ってあたしらとやり合おうってーのか!?」

「そんなネズミのペ〇スよりも小せぇ拳銃でやれると思ってんのかよカスが!」

「舐めやがって……まずはテメーから血祭りにあげてやるぜ、短小野郎!」

「イラつくぜぇ、そんな安物の銃であたしらを撃とうなんてよぉ! まともな銃も買えねぇ、無職のクソ野郎が! 仕事もせずに街中ふらついて気まぐれな偽善振りかざしてんじゃねーぞ!」

「死ね!」

「いや、君ら言葉強くない!? 女の子に許される口の悪さじゃないでしょ!」

 

 辛辣な言葉のマシンガンを浴びせられて、ヴァッシュは思わず涙目になっていた。

 幾らか的確に刺さる内容なのが余計に胸に痛い。

 考えてみれば、自分より年下の女の子二人に衣食住を世話をしてもらって、買い食いのお金までもらっている自分は相当にダメな立場だな、と自己嫌悪に陥りそうになる。

 

「き、君も一体何盗んだの!? 相手の怒り具合が尋常じゃないんだけど! そんなに貴重な代物!?」

 

 ヴァッシュは思わず、背後の少女に問い掛けていた。

 紫髪の少女は、相変わらず震えながらも、恐る恐る両手に抱えた物を差し出す。

 

「……何コレ?」

 

 それは、多分鳥だった。

 鳥と思わしき奇怪な生物をモデルにしたぬいぐるみだった。

 ぬいぐるみに求められる可愛らしさなど欠片も感じない、ブサイクで目が異様に怖いぬいぐるみだった。

 

「ホント、何コレ!?」

「期間限定販売されたモモフレンズのガングレイヴコラボ商品『ペロロ・レッドキャデラック(エレキギター右手持ちはレア・左手持ちはノーマル)』だ! 知らねーのか!?」

「知らないよ! 何コレ、流行ってんの!?」

「あたしも知らねーよ! こんな奇怪な代物、相当なマニアでもなきゃ知るわけねーだろうが!」

「自分の店の商品なのに!?」

「その相当なマニアがアホみてーな金落としてくことがあんだよ! テメーらにその金払うつもりはあんのかって話なんだよ!」

 

 ぬいぐるみのデザインに関しては個人のセンスの自由ということで納得して、話が最初の問題に戻って来る。

 結局のところ、商品を盗んだことが問題なのだ。

 今、この場を治めるには料金を払うか商品を返す他ない。

 

「……念の為聞くけど、君ってお金払う気ある?」

 

 その気があるのなら、わざわざ盗むはずがない。

 分かっていながらも、ヴァッシュは問わずにはいられなかった。

 

「お金は……ありません。財布も持ってません……」

 

 案の定、紫髪の少女は首を振った。

 店の二人が再び殺気立つのを背に感じて、冷や汗が流れる。

 

「だったらさ、これはもう盗んだ物を返すしかないでしょ。そして、誠心誠意込めて謝る! 筋は通さなきゃ」

「……出来ません。これは返せません」

「君、そんなにそのぬいぐるみ欲しいの!?」

「ち、違うんです!」

 

 その時、ようやくヴァッシュは違和感に気付いた。

 目の前の少女はずっと怯えている。

 最初は追いかけられているからだと思っていたが、そもそもが気弱そうな印象が強い少女だ。

 自分が欲しい物を盗んで手に入れようと考えるような犯罪者の気配がない。

 ある種の一線を越えた悪人を多く見てきたヴァッシュにとって、それは半ば確信出来る感覚だった。

 怯えた瞳には、自分の罪を自覚して強い罪悪感が滲んでいるように感じられた。

 

「か、返せないんです。ごめんなさい……許してください……」

 

 ぬいぐるみを抱え込み、ただひたすらに謝り続けている。

 ここまでの流れを振り返れば、彼女はヴァッシュ達が揉めている間に逃げようともしていなかった。

 犯罪を犯した人間が持つはずの、自身の都合を優先する自分勝手さや図太さのようなものがない。

 自分の意思とは別の何かに急き立てられて盗みに手を染めたとしか思えなかった。

 

「……何か理由があるんだな? 君は、それを盗もうと思って盗んだんじゃないだろ?」

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

 

 もはや、まともな返答すらも返ってこなくなってしまった。

 ヴァッシュは己の無力感に歯噛みした。

 おそらく、彼女も自分がどうすればいいのか分からないのだ。

 盗んだ物を返せない、ということだけが彼女の中で決まっていて、それ以外どうすればいいのか考えられない。

 現状を理解することも出来なくなっている。

 そして、彼女が心を閉ざす以上、ヴァッシュに出来ることは何もなかった。

 

「……話は終わったか?」

 

 それまでずっと黙っていた――黙って話が終わるのを待ってくれていた二人の少女が重々しく口を開いた。

 彼女達も薄々と察したのだ。

 何か事情があるのだ、と。

 しかし、それは盗みを許容することにはならない。

 

「そいつがあたしらの物を盗んで、金も払う気はない」

「それだけ分かれば十分だろ。テメーはさっさと行けよ」

「あ、いや……その、僕はただ……」

「こっから先はあたしらだけの問題だ。無関係なテメーに口出しする理由はねぇ。違うか?」

「……」

「まあ、テメーのお節介は酌んでやるよ。お人良し野郎」

 

 二人がヴァッシュの横を抜けて、少女の元へと歩み寄っていく。

 それを止める権利などなかった。

 佇んで、見送ることしか出来なかった。

 それでも理屈で抑えることの出来ない衝動が言葉となって喉元まで湧き上がり、

 

「ちょっと待――」

 

「ちょっと待ちなさい!!」

 

 力強い声が、横合いから割り込んできた。

 

「……ああ? 今度は一体何だ!?」

「ブラックマーケットはいつからお節介のアホだらけになったんだ!?」

 

 二人の少女は若干うんざりしたように声の方向へ視線を向けた。

 様々な犯罪が横行するブラックマーケットにおいて、盗み一つでここまで横やりが入るのは初めての経験に違いない。

 自分以外にこの状況へ口を挟もうとする無関係な人間がいると知って、ヴァッシュも驚きながら声の主を探した。

 

「何かトラブルがあったのなら、この陸八魔アルが話を聞くわ!」

 

 赤い髪に二本の角を生やした少女はそう言って、関係のない問題に勢いよく踏み込んできた。

 

「よく分からないけれど、一方的に銃を突き付けて話を進めるなんてカッコ悪い行為よ! 何があったのか話してみなさい!」

 

 勢いは良かった。

 逆に言うと勢いしかなかった。

 状況が分からずとも厄介事の匂いだけは嗅ぎ取って強引に首を突っ込む――その姿にヴァッシュは覚えがあるような気がした。

 

「……よく分かってねぇのに関わってくんじゃねぇえええ!」

 

 何となくしんみりしていた雰囲気が、完全に吹き飛んだ。

 

「何なんだ、テメーらは!? 三人揃ってグルなのか!? 新手の犯罪の手法なのかそれはよぉ!!」

「イチからか!? またイチから事情話せってかコラ!」

「えっ……グルって何のことかしら? ひょ、ひょっとして、そちらの大人の方ともう何か話が済んでるとか?」

「い、いやぁ僕も無関係なところから口出したっていうか」

「無関係なのに何でいるの!?」

「それは君もでしょ! っつか、君だれ!?」

「アナタこそ誰!?」

「何言ってんだテメーら!?」

「お前ら二人揃って誰だよ!?」

「どういう行動原理で動いてんだ!」

「生身の大人って初めて見たわ!」

「何その角!? 何処から生えてるの!?」

「ハマグリとキンメダイどっちが好き!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「あーもー、面倒くせぇぇえええー!!」

 

 ドタバタ騒いで、場の空気はメチャクチャ。

 懐かしさすら感じるほど身に覚えのあるイザコザな状況で、ヴァッシュは自然と普段の調子を取り戻していた。

 

「そいつが! あたしらの店の商品を! 盗んだ!」

 

 ヴァッシュとアルの二人に、一語一句噛み締めるように告げる。

 

「金払わねーなら身包み剥ぐ! 金払うなら許す! それでいいだろ!?」

 

 二人は思わず互いの様子を伺った。

 初対面の他人同士。

 相手のことなんて何も知らない。

 しかし、感じる奇妙なシンパシー。

 

「それで、テメーらはどうすんだ!? この場で決めろや、お節介のボケナスども!!」

 

 二人とも、深く考えている暇はなかった。

 場の空気と勢いに流されるまま、自分の考えを口にしていた。

 

「僕が代わりに払うよ!」

「私が代わりに払うわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 神様が言った。

 試練の時間です、と。

 

 ヴァッシュ・ザ・スタンピード――かつて砂漠の惑星で『人 間 台 風(ヒューマノイドタイフーン)』と恐れられたガンマンが、再び銃を握る決断を迫られるまで、あと一時間。 

 

 

 




マキシマムも好きだけど、無印の数話で区切ってく内容も大好きなんで、あんな感じのノリを目指していきたいです。
原作コミック完結で脳を焼かれる前に、旧アニメでも脳を焼かれてたから無印のエピソードが心に残ってるんですよね。
ブルアカキャラとヴァッシュの掛け合いは、小野坂昌也の声で勝手に脳内再生される重症患者ですよ。
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