トライガン・アーカイブ   作:パイマン

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結構最近まで勘違いしていたことがあり、そのせいで終盤の話の展開を修正しておりました。
メインストーリーは設定調べてる時に結構ネタバレしちゃってたから飛ばし気味に見てたんですよ。
ビナー君……キミ、対策委員会編のラスボス枠じゃなかったの?(震え声)


#8.BULLET TIME

「やっほー! ユメ、迎えに来たよ! さあ、久しぶりの学校へ登校しよ――」

 

 笑顔で病室のドアを開けたヴァッシュの頭に、二つの銃口が向けられていた。

 これ見よがしに初弾を装填するレバー音が響き渡る。

 突然の窮地に、ヴァッシュの額を一筋の汗が流れた。

 

「……あら~? ひょっとして、ユメをお見舞いに来てくれた方々?」

 

 さして広くない病室に、重厚な装甲を備えた巨体をひしめかせるようにロボットが二体――いや、二人。ロボットの身体を持った男だ。完全武装で待ち構えていた。

 ベッドを椅子代わりにして、マシンガンを片手にリラックスした様子で座っている。

 重量に耐えかねて半壊したベッドが、金属質な悲鳴を上げていた。

 

「でも、残念だけどユメは今日退院する予定なんだ。壊した物、弁償してから帰ってくんない?」

「相変わらずヘラヘラと笑って、口の減らねぇ野郎だ。状況が分かってんのか?」

 

 男の一人が吐き捨てた。

 長身とはいえヴァッシュは生身の人間である。

 しかも、義手を損傷して片腕の状態だ。

 金属の装甲で上乗せされた相手の身体はヴァッシュよりも更に一回り大きく、マッシブな様相の威圧感は凄まじい。

 数で上回り、ダメ押しとばかりに二人ともが重火器を持っているのだ。

 今にも引き金を引かれそうな銃口を突き付けられ、普通の人間ならば委縮して当然の状況である。

 圧倒的に優位な状況で弱者を怯えさせ、肉体的にも精神的にも好きなだけ痛めつける――彼らにとって理想とする立ち位置のはずだった。

 しかし、そんな言外の威圧がまるで効果を発揮せず、のらりくらりと軽口を叩くヴァッシュに対して、待ち構えていた襲撃者達は苛立っていた。

 

「アンタら、見覚えあるね。スコルピオン・コーポレーションだったっけ?」

「ああ、そうさ。テメェが犬の真似して命乞いした相手だよ」

 

 そう言うと、相方と合わせて二人は下卑た笑い声を上げた。

 当時のヴァッシュの行動を心底嘲っているのだ。

 しかし、当の本人はそんな反応など歯牙にもかけず、全く別のことを気に掛けていた。

 本来ならば、ユメが横になっていたはずのベッドには誰もいない。

 

「ユメは何処行ったのかな?」

 

 犯人は目の前の男達とおそらくいるであろうその仲間で間違いないが、ヴァッシュは努めて冷静に問い掛けていた。

 

「あと、その人離してくれない?」

 

 真正面にいるロボットが片腕で拘束している人物を指して、ヴァッシュは言った。

 その巨大な手で首元を絞められているのは、この診療所を経営する医者だった。

 小柄な犬の獣人で、ユメを治療してくれたこともそうだが、この荒んだアビドスでも医療活動を続ける善良な大人だ。

 このようなトラブルに巻き込まれていい人物ではない。

 

「僕達とはどういう因縁もない、関係のない人でしょ。状況からして君らが完全に有利なんだから、人質の意味もないし」

 

 ヴァッシュの提案に対する返答は銃声だった。

 彼自身を避けるように、周囲の壁や床を無茶苦茶に撃ちまくる。

 威嚇射撃であったとしてもその迫力は凄まじく、実際に銃を向けられていない医者の方が怯えて震えてしまうほどだった。

 

「テメェの要求が通ると思ってんのかマヌケ。次、くだらねぇこと言ったらその口に鉛玉ブチ込むぞ」

「OK、こっちの言い分は無しってワケね。アンタらの要求は何?」

 

 周囲を覆う硝煙と埃を払いながら、ヴァッシュは訊ねた。

 その落ち着いた様子が、また相手を苛つかせる。

 同時に僅かな戸惑いもあった。

 いくら何でも冷静すぎた。

 突然理不尽な状況に放り込まれて、恐怖や動揺の様子はおろか、声に僅かな震えすらない。

 これが、あのブラックマーケットで銃を前に土下座しか出来なかった男の態度なのか?

 

「……テメェ以外にもう一人、チビのガキがいるはずだ。何処へ行った?」

「ホシノのこと? そんなこと知ってどうすんの?」

「オイ、さっき言ったことをもう忘れたのかボケ! そっちからの質問は無しだ! 死にたくなけりゃさっさと答えな!」

「え~、ひょっとしてホシノも含めて報復とか考える? 僕はてっきりホシノがいないのを見計らって襲ってきたのかと思ったよ。だって、アンタらホシノに相当痛い目に遭わされてるでしょ。銃を新しくしたくらいで勝てると思ってるの?」

「テ、テメェ……ッ!!」

 

 わざと挑発しているのか素で言っているの分からないヴァッシュの言い分に、相手は殺気立った。

 頭に血が昇った二人は、ヴァッシュの何気ない言葉に隠された真実に気付かない。

 

「マジでぶっ殺されてぇか!?」

「オイ、もうコイツはここで殺しちまおう。完全に俺達を舐めてるぜ」

「けどよ、あのチビガキもまとめて確実にぶっ殺す為に連れてこいってリーダーが……」

「あのガキはともかくコイツは何処で殺そうが同じだろうがよ。虎の威を借るなんとやらだ、コイツはここで撃たれねぇってタカを括ってるから余裕なのさ」

「……撃ち殺すのはともかく、足でも撃ち抜きゃ態度もひっくり返るか」

 

 ――以前撃退されたスコルピオン・コーポレーションが報復目的で行動していること。

 ――その為にまずはユメを攫ったこと。

 ――それはホシノを含めて自分達をおそらく仲間が待っているであろう場所へ連れていく為の手段であること。

 

 二人の会話から、ヴァッシュは直接聞き出すまでもなく冷静に情報を抜き取り、状況を推察していた。

 そして、これ以上茶番を行う必要もなくなった。

 

「よし! オイ、ウスラボケ。テメェは生意気な口をきいたことを後悔させることに大決定した。足か腕、どっちを撃たれたいか言ってみな」

「こいつが撃ったら、俺が撃たれてない方を撃ってやるよ。へへへ」

 

 残忍な提案をする二人に対して、ヴァッシュは何も変わらない気の抜けた笑顔のまま答えた。

 

「いやぁ、それは無理だよ。特にそっちの人は撃てないね」

「ああっ!? まだ減らず口を続けようってのかァ!?」

「だってさ、そっちの人さっきの威嚇で全部弾撃ち尽くしちゃってるんだもん」

「……は?」

 

 カチッ、と。

 ヴァッシュに名指しされて思わず引き金を引いた男は、自身の銃が虚しく空撃ちする音を聞いた。

 もう一方の男も、その様子に絶句する。

 

「な、何で……分かるんだよ?」

「数えてた」

「か……っ!?」

「アンタらさ、前に持ってたヤツと銃が違うでしょ。ダメだよ~、新型だからってよく知りもせずに浮かれて振り回しちゃ。性能が良くても装弾数減ってる場合もあるんだから」

「テ、テメ……! あの時持ってた銃を、全部覚えて……っ!?」

「もういい! ソイツの戯言に付き合うな!」

 

 装甲に覆われた巨体を持ち、銃で武装までしていながら、二人の男はヴァッシュの異様な言動に逆に恐怖を覚えていた。

 その恐怖を振り払う為に、もう一人の男が改めて銃を突きつける。

 ここに至って、半ば恐慌状態に陥った男の脳裏からは予定していた段取りも全て吹き飛んでいた。

 ただ、目の前に佇む不気味な存在を消すことしか考えられなくなっていた。

 しかし、それを実行するよりも遥かに早く、

 

「くたばりやが――!」

 

 銃声が鳴り響いた。

 二発撃ったにも関わず、一発に重ねて聞こえるような速射だった。

 

「せっかちだ」

 

 その二発の銃弾が銃口に滑り込み、二人の持つ銃を内部から破壊していた。

 スクラップになった銃を呆然と見下ろす。

 

「せっかちすぎる」

 

 ロボットの高精度なセンサーをもってしても捉えきれない速度で抜き放たれた拳銃を片手に、ヴァッシュはため息を吐いていた。

 

「まあ、そう結論を急がず。話し合いましょ? 君らの仲間の規模とか、色々聞かせて欲しいな?」

「こ、この医者を――!!」

 

 男の一人が、咄嗟に拘束したままだった医者を人質にしようとした。

 例え銃が使えなくなっても、ロボットのパワーならば小柄な獣人の一人程度簡単に捻り殺すことが可能だ。

 しかし、その行為はまたもヴァッシュによって防がれていた。

 判断と行動――全ての速度で上回っている。

 次に放たれた二発の銃弾は、医者を拘束していた腕と片足の関節を瞬時に撃ち抜いていた。

 装甲の隙間で小規模な爆発が起こり、腕と足を一本ずつ失った男が地面に転がる。

 

「さ、炸裂弾か!」

「この弾、高いんだぜ? 診療所の弁償代と一緒に、アンタらに請求させてもらうからね」

 

 解放されて咳き込む医者に素早く寄り添いながら、ヴァッシュは言った。

 軽い口調でありながら、銃口は未だ無力化されていないもう一人の男の方へ油断なく向けられている。

 

「くそったれ!!」

 

 もう一人の男が下した判断は、少なくともこの状況では正解の部類だった。

 ヴァッシュとの圧倒的な実力差を理解し、逃走を選んだのだ。

 弾切れの銃を投げつけ、その隙にすぐ傍の窓に向かって駆け出す。

 金属の装甲と機械の馬力によって診療所の壁ごと窓枠を破壊すると、そのまま外へ脱出しようとした。

 しかし、適切な判断にも関わらず現実は非情だった。

 その程度の小細工では、ヴァッシュの射撃から逃げられなかった。

 外に飛び出した瞬間、踏み出した方の足の関節を撃ち抜かれ、盛大にバランスを崩して地面に転がっていた。

 

「……クソ」

 

 診療所の外の道路に投げ出された男は、無様に這いずりながら屈辱に震えていた。

 簡単な仕事のはずだった。

 鋼鉄の装甲に身を包み、重火器で武装し、人質までいた。

 警戒していたホシノはおらず、命惜しさに犬の真似までするような腰抜けが一人で呑気に乗り込んできたのだ。

 軽く脅せば簡単に怯えて竦み、全てが言われるままに従うはずだったのに。

 こんな惨めな状況になど、万が一にも陥るはずがなかったのに――!

 

「クソ……クソ……! 畜生! 舐めやがって! この前のフザケタ真似は何だったんだよ、この卑怯モンがぁ!!」

 

 全く的外れで自分勝手な物言いだったが、頭に血が昇った男が自身の言動を顧みることはなかった。

 ただ怒りのままに暴走する。

 片足を失って立ち上がることも出来ない男は、倒れ伏した状態のまま背中の装甲を展開した。

 

「おおい、キサマ! テメェの銃の腕前はよく分かった! だがな、そんなチンケな拳銃一丁じゃどうにもならねぇ戦場の非情さってヤツを教えてやる!!」

 

 男は喚き散らしながら、ロボットである自身のボディに隠された奥の手の発射準備を進めた。

 背部のスペースに収納されていたのは、一本のミサイルだった。

 対戦車に用いられる武装を改造したもので、一度上空に打ち上げた後で目標に向けて降下し、貫通力を持った爆発を起こす強力な兵器だ。

 

「こいつは既に、その診療所にロックオン済み! 壁や天井なんざ簡単に貫いて、内側から全部吹っ飛ばすぜ!」

 

 ヴァッシュと医者はもちろん、自分の仲間がまだ建物の中に残っていることさえ考慮していない。

 全てを消し飛ばそうとする狂気が男の声には滲んでいた。

 

「やめろ!」

 

 ヴァッシュが険しい表情で制止する。

 その顔つきを、窮地に陥った恐怖と焦りから来るものだと解釈した男は狂喜の笑い声を上げた。

 

「いーやッ、やめねぇ! 俺のかいた恥はそれほどに大きい! テメェの命で償わせてやるぜぇぇ!!」

「やめなさいって!」

「はぁぁーーー!? 何命令してんだボケカス! テメェの言い分なんざ知るかボケ! 知るかボケ! 泣き叫び狂い死ねこのボケナス祭りが、うはははっ!!」

「やーめーろー!」

「全部吹っ飛んじまえ! 必殺シュートォォォーーー!!」

 

 熱狂と絶叫に合わせて、ミサイルが点火された。

 発射された弾頭が空中へ飛び出す。

 推進力を得たミサイルは徐々に速度を増し、そして――。

 

「って、言ってるでしょ! ホシノーーー!!」

「……ホ?」

 

 結局、男は最後まで知ることはなかった。

 自らの頭上より遥か高くに跳躍したホシノが、発射されたミサイルの弾頭を素手で掴んでいたことを。

 その軌道を力任せに捻じ曲げ、バスケットのダンクシュートよろしく男の元へ叩き込んだことを。

 自分自身が発射したミサイルによって、バラバラに吹き飛ばされて意識を失う瞬間まで、男は何が起ったのか何一つ理解出来なかった。

 

「んもう! 派手に爆発させちゃってぇ……」

 

 ヴァッシュは目の前の惨状にため息を吐いた。

 爆発の炎と黒煙を背に、ホシノが空けられた穴から診療所の中へ足を踏み入れる。

 

「ちゃんと弾は一発残してあるんだから、撃ち落とせたよ。ホシノ」

「あんな奴らを気遣う必要なんてありませんよ。ガラクタから人生やり直せばいいんです」

「容赦ないね、ホント」

「病院に押し入って、関係のない先生まで人質に取るクズです。あと、あいつらがヴァッシュに犬の真似させたの忘れてませんから」

「僕は気にしてないよ」

「私がムカついてるんですよ」

 

 ヴァッシュとホシノのやりとりを、残されたスコルピオンの男は呆然と聞いていた。

 何の気負いもない、日常で交わすような会話だった。

 目の前の二人にとって、先ほど起こった一連の出来事は戦闘という認識ですらなかったのだ。

 全てが当たり前のように処理されていた。

 そもそも思い返してみれば、ヴァッシュの拳銃からしておかしかった。

 リボルバー式の拳銃は、その機構上複数種の銃弾を混ぜて装填出来る。

 通常の弾丸を二発、次に炸裂弾が装填されていた。

 最初から、二発で武器を無力化し、次の射撃で防御力のある標的を撃ち抜く予定だったのだ。

 診療所に足を踏み入れた時点で、全ての行動の段取りは決まり、その為の準備は終わっていた。

 何もかもが最初から手のひらの上だった。

 

「わ……分かってやがったのか? 最初から、俺達の行動が全部!?」

 

 男は思わず叫んでいた。

 

「何故だ!?」

「いや、何故って……病室の中に完全武装したロボットが二人もいたら警戒くらいするでしょ」

 

 ヴァッシュが何でもないことのように答えた。

 

「だから、何で俺達が待ち構えてることが分かったんだよ!?」

「えー……気配?」

「気配!?」

「気配でいいよね、ホシノ?」

「いいんじゃないですか? とりあえず、何かいるのは外からでも丸わかりでしたし」

「あと、君らロボット型って駆動音っていうかモーター音みたいなのが結構うるさいよ。頑丈そうな身体は便利かもしれないけど、呼吸と違って音を消せないのは不便だよね」

「あー、音ですか。その辺は意識したことなかったですね。何となくで分かっちゃうんで」

 

 二人のやりとりに、男はもはや絶句するしかなかった。

 ヴァッシュの挙げた『身体の音』というのも、当然だがそうそう聞き取れるものではない。

 閉ざされたドアや壁で隔てた上に、外の環境音に紛れる程度の小さな音だ。

 挙句の果てに『気配』などと言い出すのは、もはや理解不能な理屈であった。

 

 ――な、何だこいつら? 

 ――こんな化け物どもに、俺達がかなうはずがねぇ!

 ――やっぱり、人質取っておびき出すべきだったんだ!

 

 男の胸中には恐怖と後悔が渦巻いていたが、全ては手遅れだった。

 会話を終えたホシノが男の元へ、ヴァッシュが改めて安否を気遣って医者の元へ歩み寄る。

 

「それで、アナタ達がここにいたユメ先輩を攫ったってことでいいんですよね?」

 

 そう問い掛けながら見下ろすホシノの視線は、いつかのブラックマーケットで見た悪魔の眼の再来だった。

 ガタガタと震えながら、男は何度も頷く。

 

「何を企んでいたのか、洗いざらい吐いてもらいます」

 

 ホシノは一見すると落ち着いており、銃にも手を掛けていない。

 

「安心してください。殺しはしません」

 

 しかし、それが慈悲であるとは到底思えないほど冷たい声色で一方的に告げた。

 

「ただし、アナタ達が原因で生まれた損害の弁償はしてもらいます。この診療所の修繕費と、人質にした先生への迷惑料です。要するに――」

 

「身包み全部置いてけ、コラ」

 

 ホシノは見た目以上にキレていた。

 

 

 

 

 

 

「――不可解な点が幾つかあります」

 

 愛銃に弾を込めながら、ホシノは呟いた。

 アビドスの生徒会室で同じように大規模な戦闘に向けた準備を行っているヴァッシュだけが、その言葉を聞いている。

 

「一つは、敵の装備が充実してることです。あの二人は使い走りのはずなのに、随分といい銃を持ってました」

「下っ端にまで新型の銃を配れるほど資金が潤ってるってことだね。こっちは弾丸一発でも節約考えなきゃいけないのに、悪党って贅沢だよねぇ」

 

 ブーツの留め具を固定しながら、ヴァッシュが相槌を返す。

 そのブーツは彼がアビドスに初めて訪れた時に履いていた、前の世界の技術によって作られた特別製の代物だった。

 靴底は砲弾を弾き返せるほど頑丈で、砂漠の足場でも動きやすい作りになっていた。

 ずっと履いていなかったそれに不具合がないか、一つ一つ留め具の状態を確認していく。

 

「銃だけじゃありません。あの日ガンショップで絡んできた奴らの半分はスクラップにしたはずです。その治療費と、身体に武装を内蔵する改造費。挙句、中身はミサイルですよ。ブラックマーケットで幾らでも湧いてくるような企業もどきが稼げる資金じゃありませんし、設備と技術者をどうやって用意したのかも謎です」

「後ろ盾が付いたってことだね。しかも、かなりお金持ちな」

「出所を辿られないように武器に刻印されてるはずのシリアルも削られてました。真っ当な企業じゃありませんよ」

「キヴォトスで真っ当じゃない企業なんて幾らでもあるから、逆に絞れないね」

 

 普段は使用しないサイドアームの拳銃にまで銃弾の装填を終えたホシノが、次は予備の弾薬や各種爆発物を準備していく。

 それらを納めるのは、一見すると巨大なアタッシュケースのようだが、実際には折り畳み式の盾としても機能する特殊兵装である。

 本来ならばユメの持ち物だったが、当然ながら入院中だった彼女はこれを生徒会室に保管していた。

 圧倒的な火力と数を相手にすることになるだろう戦いに備えて、ホシノが持ち出してきたのだ。

 

「二つ目は、相手の目的です」

「ボコボコにされて面子を潰されたのを逆恨み、装備を充実させて報復開始ってトコかな」

「それで得られる物は当人達の自己満足だけでしょう。仮にスポンサーが付いたのだとして、そんなチンピラの動機に金を出す意図が分かりませんね」

「噛ませ犬にしようっていう考えは何となく分かるんだけどなぁ。アイツらを支援してる存在は、僕らと戦わせて何がしたいんだろう?」

「私達個人ではなく、アビドスに狙いがあるとか?」

「借金まみれで、今にも潰れそうな学校に狙う物ってある?」

「……悲しくなってきました」

「ごめん、言い過ぎた。でも、武装が充実してるのに直接学校へ乗り込んでこない時点で、アビドス自体を狙ってる線はないと思うよ」

 

 十分な武器と弾薬を詰め込み終えると、ホシノは盾型ケースを閉じた。

 ヴァッシュの方も、両足のブーツを履き終える。

 ブーツだけでなく、かつて着用していた目の覚めるような真っ赤なコートも羽織っている。

 ユメが洗濯してくれたおかげで汚れは落ちていたが、裾や袖の一部は修復されずボロボロのままだ。

 服としてはボロ布のような若干みすぼらしい有様だったが、使われている素材のおかげで防弾性もある。

 これまでずっと着ることのなかったこの赤いコートを身に着けることは、ヴァッシュが全力で戦いに備えていることを意味していた。

 

「ユメ先輩を人質にして私達を指定の場所まで呼び出し、そこに集めた戦力で一気に私達を潰すというのが敵の作戦でしたね」

「アイツらの言ってた指定の場所って、具体的にどんな場所かな? 僕が行ったことのないアビドスの一角みたいだけど」

「人が残っているエリアと見捨てられた砂漠の中間みたいな位置です。建物は残ってますが、人はいません。あと、大通りがあって開けた場所ですね」

「仲間と武装集めて、派手にやらかすには納得の場所みたいだけど……でも、ちょっと違和感あるよね。勘だけど」

「指定した場所にも、何か意味があるんでしょうか? スコルピオンの連中は何も考えてないでしょうから、スポンサーの意向で選ばれた場所だと思います」

「背後にいるのが具体的にどういう存在なのか、全然情報がないからなぁ。出たとこ勝負するしかないか」

 

 そんな風にぼやきながらも、ヴァッシュの声に不安や焦りはなかった。

 ホシノと二人、全く気負わずに椅子から立ち上がる。

 

「とりあえず、これからやることに変わりはないでしょう」

 

 タクティカルベストにショットガンを固定し、武器弾薬を満載した重厚なケースを軽々と肩に担いで、ホシノが傍らのヴァッシュを一瞥した。

 

「確かに。それはそう」

 

 片手で銃のシリンダーに込められた銃弾をチェックし終えたヴァッシュが、その一瞥に小さな笑みで応える。

 

「敵を正面から叩き潰して、さっさとユメ先輩を連れて帰りましょう」

「退院初日からトラブルに巻き込まれるなんて、ユメも災難だったね。きっと泣いてるよ。早く顔見せて、安心させてあげないと」

 

 ホシノとヴァッシュは、二人揃って生徒会室を後にした。

 普段のように何気なく会話を交わし、その足取りには何の気負いも緊張もない。

 これから、たった二人で完全武装した敵の集団の元へ向かうとは、とても思えない様子だった。

 実際に、その通りだった。

 二人は、自分達が直面している問題を何ら深刻なものではないと捉えていた。

 例え何十人もの敵に囲まれ、何十挺もの銃口が待ち構えていようと、恐れるものはない。

 例え大切な人が人質に取られていようと、不安を感じる必要はない。

 本当に恐ろしい窮地は、既に二人で乗り越えているのだ。

 お互いが最強だと信じる相方が隣で歩いているのに、恐れるものなど何一つなかった。

 

 

 

 

 

 

 スコルピオンのリーダー格である男に、恐れるものなど何一つないはずだった。

 かつて四肢を破壊されたボディは、より高性能な機体へと換装し、文字通り生まれ変わった気分だった。

 ホシノに刻まれた恐怖など、それで全て消え去った。

 代わりに湧き上がってきたのは、尽きることのない怒りと殺意だった。

 必ずやあの三人を死ぬよりも悲惨な目に遭わせた上で殺してやろうと誓った。

 そして、その誓いを果たす時は来たのだ。

 潤沢な資金と技術の恩恵を受け、スコルピオン・コーポレーションの総勢三十人を超える部下に最新の武装を用意することが出来た。

 マシンガン、ロケットランチャー、武装車両――幾らでもある。

 あのカイザー・コーポレーションのPMCとも渡り合えるほどの武力を手にした自分達に、腕が立つとはいえたった一人のガキに腰抜けの男を含めた相手など、ただ蹂躙するだけの標的にしかなり得ないと確信していた。

 半ば砂に埋もれたこの無人の大通りは、奴らの墓場だ。

 自分達の行為を咎める治安組織はおろか目撃者すらいない。

 親でも見分けがつかないくらいバラバラの肉片に変えてやる。

 底知れぬ悪意を抱く外道は、そんな残酷な未来を思い描いていた。

 その未来への道を自ら歩むように、ホシノとヴァッシュはたった二人で彼の前に現れた。

 三十を超える銃口の真正面から、何の作戦もないかのように呑気に歩きながら現れたのだ。

 そして、蹂躙が始まった――。

 

「バカな……」

 

 あっという間に決着がつくはずだった。

 無数の銃弾を浴びせ、爆発で吹き飛ばし、炎で炙り殺す――全てが一方的に終わるはずだった。

 そして、その想定は全く逆の意味で現実となっていた。

 

「あっという間に決着がつきましたねぇ。ここらで打ち止めにしませんか? 僕達もうヘトヘト」

 

 息切れ一つも見せずに、ヴァッシュは棒立ちの状態で目の前のリーダー格の男に言った。

 そのすぐ隣では、やはり無防備に佇んだまま、片腕のヴァッシュに代わって彼のリボルバーに弾を込めているホシノがいた。

 もはや身構えるほどの脅威も残っていないのだ。

 二人の周囲には惨状が広がっていた。

 炎と黒煙を上げて横転した複数の車両。

 スコルピオンの戦闘員達はかろうじて生きているだけの状態にまで無力化されて、そこら中に倒れ伏している。

 動くものはなく、ただ呻き声と助けを呼ぶ声だけが辺りから聞こえていた。

 

「バカなッ!!」

 

 目の前の現実を受け入れられないリーダー格の男は、苛立ちと恐怖が混ざり合ったヒステリックな叫び声を上げた。

 たった二人に、軍隊とも呼んでいい完全武装した部下達がやられた。

 有利な状況から徐々に反撃されたとか、何かの作戦で一発逆転されたとか、そういった経緯すらない。

 全てが最初から一方的だった。

 ホシノの戦闘力は一度それを味わった上での予測すら遥かに超えて圧倒的で、ショットガン一丁で戦闘車両を含めた全てを薙ぎ倒していった。

 ヴァッシュに至っては理解すら及ばない存在だった。

 片腕に拳銃一丁しか握っていない生身の男が、何故あんなに強いのか。

 あの小さなリボルバーが銃弾を放つ度に、誰かが倒れ、何かが破壊された。

 火力と数はあれども統制の取れた軍隊的な行動など欠片も身についていない烏合の衆に対して、二人は巧みな連携で戦況を支配し続けていた。

 拳銃弾ではどうあっても貫けない重装甲の標的をホシノの神秘が込められた銃弾が貫き、敵の豊富な爆発物は不用意に持ち出した瞬間ヴァッシュに撃ち抜かれて周囲の味方ごと自爆した。

 建物を遮蔽物にして陣取る相手に対して、縦横無尽に動き回る二人は無数の射線ですら捉えきれない。

 適時適所で展開される折り畳み式の盾は効果的に銃弾を防ぎ、その陰に隠れるほんの一息程度の間で撃ち切った銃弾の補充を終えてしまう。

 言葉すら交わさずに片腕であるヴァッシュの銃のリロードをホシノが代行するフォローは、長年共に戦ってきたコンビであるかのような安定感だった。

 ヴァッシュの言った通り、戦闘はあっという間に終わった。

 たった二人による、短時間の蹂躙劇だった。

 

「こ……こんな強ぇ奴らが、何でこんな潰れかけた街にいやがるんだよ!?」

 

 二人に倒された有象無象の内の一人である男が、理不尽を嘆くように言った。

 

「強い!? 強いって言ったか、今!? そんな生易しいモンじゃねぇだろ!」

 

 それを聞いていた、すぐ隣に倒れている仲間が恐怖に引き攣った声を漏らす。

 

「得体が知れないって言うんだよ、こういうのは!」

「畜生、あんな奴らに手を出すんじゃなかった……っ」

 

 まだ意識のある者達からは、似たような泣き言が幾つも垂れ流されている。

 元々はただのチンピラの集まりだ。

 一度士気が挫かれれば、戦い続ける根性などありはしない。

 物理的にも精神的にも、この戦いはヴァッシュとホシノの勝利でほぼ確定していた。

 

「あーあ。これだけのケガ人、何処に運びゃいいんだろ? ロボット型の人達って病院でいいの? それとも自動車とかみたいに修理工場?」

「人間を壊れた自動車扱いとか、ヴァッシュも中々酷いこと言いますね」

「あ、ごめん。キヴォトスの常識って未だによく分からない所もあって。差別的な物言いになっちゃうのかな?」

「いや、こんな奴ら自動車と一緒でいいですよ。面倒くさいからレッカー車呼びましょう」

「いいんかい!」

 

 弾を込め終えた銃を渡すホシノに対して、それを受け取る為に差し出した手をツッコミに変えるヴァッシュ。

 軽口を叩き合う二人の間に、既に闘争の緊張感はなかった。

 いや、最初から二人は自然体であり、不必要な緊張を抱えて戦ってはいなかった。

 それは戦士として理想的な戦いへの姿勢だったが、リーダー格の男の眼には自分達を歯牙にも掛けていない舐めきった態度としか映らなかった。

 

「ユメの方は怪我ないー? もうちょっと待っててねー」

「だ、大丈夫だよー! ごめんねぇ、二人とも! わたし、また迷惑かけちゃったよぉ~!!」

「いつものことだから気にしなくていいですよー、ユメ先輩」

「それもどうなの!? ひぃん……!」

 

 緊張感の抜けたヴァッシュとホシノに対して、ユメは涙目になって震えていた。

 戦いの情勢がほぼ決したとはいえ、未だに人質から解放されていないのだ。

 後ろ手に手錠で拘束され、跪いた状態で頭部にはリーダー格の男が巨大なライフルを突き付けている。

 ユメにとっての窮地は続いていた。

 二人もその状況は理解していたが、だからこそ挑発的な言動をあえて行うことで男の意識を自分達に集中させようという密かな意図があった。

 

「それで、残ったのはアナタ一人だけですが、まだ続けるつもりですか?」

 

 ホシノの冷徹な視線が、リーダー格の男を貫いた。

 かつて男を震え上がらせた悪 魔(ディアブロ)の眼である。

 ありったけの武器と仲間で囲んでも歯が立たなかったのだ、冷静に考えてこの状況から逆転出来る要素など一つもない。

 ホシノがぶつける殺気と圧力に最後の士気を挫かれ、戦意を失ってもおかしくはなかった。

 しかし、追い詰められた男は既に冷静ではなかった。

 目の前の二人に対する憎悪と殺意で狂いかけていた。

 

「うるせぇ! この俺をここまでコケにしやがるとは、我慢ならねぇ!」

 

 鉄の仮面の下で口元を引き攣らせながら、怒りに震えた声を絞り出す。

 

「このライフルに装填されてるのは徹甲弾だ! ヘイロー持ちのガキとはいえ、脳天に喰らって無事に済むと思うなよ!」

 

 本来ならば、ユメを人質として使うつもりはなかった。

 ヴァッシュとホシノをおびき寄せる餌として使うつもりしかなかったのだ。

 それは決して人道的な理由ではなく、ユメにまともな価値を見出していないからこそだった。

 目の前で二人が無惨に殺される様を見せつけ、生かすか殺すかはその時の気分次第のどうでもいい存在程度に考えていた。

 しかし、今やこの犬の餌以下の価値しかないと思っていた小娘が自分に残された唯一の命綱なのだ。

 その屈辱の事実がまた男を狂わせていた。

 

「銃を捨てろ! 俺が誰なのか思い知らせてやる……ッ!」

 

 男が構えるライフルは、ユメの頭に狙いを付けたまま動かない。

 興奮のままに自分の方へ銃口を向ければ、狙いが逸れたその一瞬で無力化出来る自信がヴァッシュとホシノにはあったが、故意か偶然かそのチャンスは訪れそうになかった。

 二人は少しの間視線を交わして、大人しく指示に従った。

 

「足下じゃねぇ、遠くに捨てろ! 曲芸染みた射撃は、もう十分見せてもらった! テメェらはそこで突っ立ったまま撃ち殺されるんだよ!」

 

 ヴァッシュとホシノが足下に落とした銃を蹴りつけ、手の届かない位置にまで離す。

 完全に丸腰となった二人の姿を確認して、ようやく男の中に余裕が生まれた。

 逆に傍らのユメは、自分のせいで訪れた二人の窮地に顔を青褪めさせる。

 

「このクソが……特に気に入らねぇのはテメェだ、優男」

 

 リーダー格の男は、ヴァッシュを苛立たし気に睨みつけた。

 

「テメェ、俺に命令されて何をしたか覚えてるか? 裸になって犬の真似だ。犬畜生以下のカスが、俺に歯向かって人間の真似してんじゃねぇぞ!」

「別に、僕も好きで犬の真似したわけじゃないんだけどなぁ。ユメには泣かれたし、ホシノには怒られたし」

「黙れ。テメェは犬だ。もう一回、それを証明してみせろ!」

 

 その言葉に、ユメが目を見開いて男を見上げ、冷静を装ったホシノの瞳の奥に殺意が灯った。

 

「犬の真似だ! もう一度、ここで裸になって犬の真似してみせろ! 今度は仕上げに俺の靴を舐めさせてやる、ゲヒヒヒッ!!」

 

 半ば狂気に支配された男の下卑た笑い声が響き渡る。

 ヴァッシュはユメを救出する隙を作る為ならば、命令に従ってみせるのも手段の一つかと考え始めていた。

 自分が道化になれば、既に極度の興奮状態にある男は確実に判断を誤るだろう。

 傍らにいるホシノが、その隙をどうとでもこじ開けてくれる。

 しかし、一方のホシノはヴァッシュにそんな真似をさせるつもりなど全くなかった。

 無表情の下で冷たく殺意を燃やして、目の前の男に最短の手段で銃弾を叩き込むことしか考えていなかった。

 そして、ユメは――この場の誰よりも冷静さを失っていた。

 あの日、ユメは見ていた。

 自分を庇って店の外に出たヴァッシュが、衆人環視の中で裸になって犬の真似をさせられる屈辱を味わい、挙句の果てに撃たれて血を流す姿を、ただ見ていることしか出来なかった。

 これまでの人生で最も残酷だと思う光景を、目に焼き付けた。

 それを、傍らの男はもう一度再現しようとしている。

 許されるはずがなかった。

 自分の目の前でもう一度あんなことを繰り返すなんて、到底許せるはずがなかった。

 普段は温厚で心優しく、他人への悪意や敵意を忌避するユメの中に、これまで経験したことのない黒い感情が湧き上がっていた。

 それは目の前の男――いや『敵』への怒りだった。

 

「ヴァッシュを!」

 

 涙目で男を睨みつけ、両腕に力を込める。

 

「いじめないでよ!」

 

 鋼鉄製の手錠を力任せに引き千切った。

 

「バカァァァーッ!!」

「ゲヒィッ!?」

 

 立ち上がり様に、ユメは全力で男を殴りつけた。

 装甲で覆われた顔面が陥没し、鉄の塊であるはずの身体が空高く舞い上がる。

 盛大にきりもみ回転をして、地面を抉るように頭から落下した。

 

「な゛ぁぁああ゛!? な゛に゛を゛、デメ゛ェ……ッ!!」

 

 ユメを脅威として全く認識していなかったリーダー格の男は、予想外の攻撃を受けた混乱とダメージで動けなかった。

 その致命的な隙が見逃されるはずがない。

 次の瞬間、腰の後ろに隠していたサイドアームの拳銃を抜き放ったホシノが、男に向けて発砲していた。

 トリガーに掛かっていた指を正確に撃ち抜き、次に手首を撃ってライフルを手放させる。

 そのまま両腕の肘、両肩、両膝――立っていられずに崩れ落ちた標的へ歩み寄りながら、尚も容赦なく撃ち続ける。

 全ての狙いが急所だった。

 威力の低いハンドガンで頑丈なロボットを確実に無力化する有効な手段ではあったが、それでもオーバーキルとしか言えない苛烈さだ。

 装填された銃弾を全て吐き出し、空になったマガジンを交換して再び構え直した所で、慌ててヴァッシュが制止に入った。

 

「ストップ! ストーップ! 落ち着いて、ホシノ! 大丈夫、もう相手は完全に無力化したよ! さあ、深呼吸して銃を降ろそう!」

「私は冷静ですよ。本当は頭に撃ち込みたかったんです。深呼吸する代わりに手足を撃ち抜いて心を落ち着かせてたんです。だから落ち着く為にもう少し撃たせてくださいこの犬以下の鉄クズ野郎を」

「OK、冷静じゃないね! 戦闘は終わったよ。敵は倒して、ユメは無事に救出した。これにて一件落着ってなモンで……」

「ヴァッシュー!!」

「おぶぇ!? ユ、ユメ……鳩尾にタックルはやめて……っ」

「ヴァッシュは犬なんかじゃないよ! わたしなんかの為に、あんな真似はもう二度とやらないで! わたし、あの時の光景がずっと忘れられなくて……うぇええん!!」

「な、泣かないでユメ……締まってる! ホールドされた胴体が締め上げられてるからっ! いててでっ! 中身出ちゃうから!」

 

 地面に横たわって完全に動けなくなった最後の敵を尻目に、戦闘の時よりも慌ただしい混乱はしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 

「……それで、実際にどうしようね? この有様」

 

 しばしの混乱を経て、落ち着きを取り戻した空気の中でヴァッシュが困ったように呟いた。

 周囲に動くものはない。

 相も変らぬ死屍累々である。

 実際に死んだ人間はいないはずだが、住宅地からも離れたこの場所で横たわる三十人を超える負傷者をどうすればいいのか、真面目に解決策が思いつかなかった。

 放置して立ち去るわけにもいかない。

 

「ユメを誘拐したり、やってることは完全に犯罪者なんだよね。ポリスメン的な組織に通報すれば回収しに来てくれるのかな?」

「でも、アビドスに警察なんてもうないよ」

「じゃあ、レッカー車でも呼ぶしかないのか」

「えっ!? ひどい、ヴァッシュ! いくら悪い人達でも、壊れた車と同じ扱いなんて……!」

「ち、違うよ! ホシノが言ってたの!」

「レッカー車でいいですよ」

「もー、ホシノちゃん!」

 

 ユメの咎める声を聞き流しながら、ホシノは一人地面に転がった武器を調べていた。

 リーダー格の男が握っていた大型のライフルだ。

 

「やっぱりシリアルナンバーが消されてる……」

 

 診療所でスコルピオンの下っ端が使っていた武器と同じだった。

 おそらく、周囲に転がっている武器や車両に至るまで全て同じような処置が施されているだろう。

 入手元を調べられないように、確実に痕跡を消しているのだ。

 ホシノは手に取ったライフルの機構を一つ一つ確認しながら、更なる違和感を募らせていた。

 カタログでしか見たことがないような新型の銃だ。

 装填されているのも、男が言っていた通り強力な徹甲弾だった。

 ヘイローを持つ人間でも負傷――最悪殺害すら可能かもしれない危険性を持った武器だ。

 この武器をスコルピオン・コーポレーションに提供した存在は、殺人さえ許容していたことになる。

 

「どうして、ここまでする?」

 

 ライフルを睨みつけながら、ホシノは答える者のいない疑問を呟いた。

 

 ――スコルピオンの背後にいる存在は、私達三人を殺すことが目的だったのか?

 ――だったら、何故こんなチンピラ集団を利用した?

 ――これだけの武器を用意出来るなら、直接手を下しにくればいいのに。

 

 直接的な問題は難なく解決出来たが、だからこそ疑問が尽きなかった。

 考え込むホシノの傍らで、四肢を失って身動きの取れないリーダー格の男が怯えた声を上げながら、必死でその場から逃げようともがいていた。

 

「ヒィィ……ッ! 畜生! あっちのガキまで化け物なんて聞いてねぇぞ! あの黒服の野郎(・・・・・)、俺達を噛ませ犬にしやがった……!」

「……黒服?」

 

 聞き流すことの出来ない単語だった。

 ホシノは男の背中を踏みつけると、ライフルを頭に押し付けた。

 

「アナタ達にこの武器や資金を渡したのは、黒服の男だったんですか?」

「ヒィ!? や、やめて……殺さないで……!」

「答えてください。黒服の、どんな男だったんですか?」

「ホ、ホシノちゃん! 何やってるの!?」

「ホシノ、何かあったのか?」

 

 ホシノの様子が一変したことに気付いたユメとヴァッシュが慌てて駆け付ける。

 それに応える余裕はない。

 酷く嫌な予感がし始めていた。

 

「どんな男だって言われても……顔がなかった(・・・・・・)から分からねぇよ! 眼と口が亀裂みたいになってて、不気味なヤツだった……っ」

 

 ホシノの頭の中で思い描いていた人物のイメージと同じだった。

 最悪の合致だ。

 スコルピオンを支援したのは、あの『黒服』だ――!

 

「……その男は、他に何か言っていませんでしたか?」

「な、何かって?」

「その男の目的です。アナタ達に何か指示や要求を出したりはしていなかったんですか?」

 

 殺気すら交えて問い詰めるホシノの様子に、ユメとヴァッシュも只ならぬ事態を察知したらしい。

 黙ってやりとりを見守っていた。

 

「し、指示は何も受けてねぇ! ただ、武器以外にも『援軍』を送るって……!」

「援軍? 仲間が来るっていうんですか?」

「仮にそうだとしても、俺達の仲間じゃねぇ! この場所で戦えば援軍を送ってやるって言われたんだ! け、結局来なかったけどよ……!」

 

 答えを聞いたホシノの顔は僅かに青褪め、額からは一筋の汗が流れていた。

 

 ――この場所で待ち構えていた意味はあった。

 ――ならば、他の不可解な点にも意味がある。

 

 現在の状況を仕組んだのが、あの黒服だと分かった時点で得体の知れない不気味な予感が大きくなっていった。

 仮にこれが別の犯罪組織や企業が暗躍していたのなら、ここまで不安にはならない。

 その目的に、何一つ心当たりは浮かばなかっただろう。

 しかし、相手はあの黒服だった。

 よりにもよって――ヴァッシュの力の秘密を知っている男だった。

 

「目的は私達を殺すことじゃない」

 

 自分は知っている。

 あの男が今、何を欲しているのかを。

 

「目的は私と……ヴァッシュの力だったんだ」

 

 それは予感や予測ではなく、半ば確信だった。

 ホシノは突き付けていたライフルを投げ捨てると、使い慣れたショットガンに持ち直して、折り畳み式の盾を本来の持ち主であるユメに押し付けた。

 

「すぐにここを離れましょう。二人とも、ついて来てください」

「え? え? どうしたの、ホシノちゃん? 何かあったの?」

「説明は後です。とにかく、今はここを離れましょう」

「さっき言ってた『援軍』ってヤツかい? 黒服の男がどうとか言ってたけど、ホシノはそいつを知ってるの?」

「だから、説明は後です! 一刻も早くここから離れ――」

 

 その時、突然の衝撃がホシノの言葉を遮った。

 衝撃は真下から来た。

 地震と言うにはあまりに激しい、地下で何かが爆発したかのような局所的な揺れだった。

 ホシノとヴァッシュには覚えのある感覚だった。

 地面の下で、何か巨大な物が移動している――!

 

「ホシノ、これって……!?」

 

 まさかそんなはずがない、と。

 驚愕の声を上げるヴァッシュに対して、ホシノは最悪の事態が訪れたことを確信していた。

 全ては黒服という男を知るが故に。

 

 ――あれは『ビナー』と呼ばれるものです。

 ――『デカグラマトンの預言者』の一体ですよ。

 

 つい先日、黒服と交わした会話を思い出す。

 あの時既に、この状況に至るまでの道筋は出来上がっていたのだ。

 

 ――もし、明日にでも砂嵐が直接街を襲ったらどうしますか?

 

 黒服は研究したがっていた。

 この世界に由来する神秘の力と。

 異世界から現れた力を。

 

 ――死に至る『実験』により。

 ――発現する力を『観測』し。

 ――そして、未知の領域から現れた存在を『理解』する。

 

「あの時の化け物です!」

 

 もはや戦いは避けられない。

 ホシノは覚悟を決めて、叫んだ。

 

「来ます!」

 

 三人の目の前で、地面が大きく盛り上がった。

 まるで巨大なクジラが水面から顔を出す時のように。

 あの時は砂漠だった。

 しかし今は、大通りの道路を真っ二つに割り、周囲の建物を倒壊させながら、その白い巨体が姿を現していた。

 天を突くような巨大な『蛇』が姿を現す――ただそれだけのことが周囲に凄まじい影響を及ぼした。

 倒れたまま動けないスコルピオンの戦闘員達が土砂と共に空高く巻き上げられて、崩れ落ちる瓦礫の中に飲み込まれていった。

 幾つもの悲鳴が轟音の中に消えていく。

 しかし、ホシノ達にもはやその安否を気にする余裕などなかった。

 ソイツの持つ『眼』とも『センサー』とも表現出来る眼光が、小さな存在であるはずの三人を確かに捉えていたのだ。

 頭上の光輪が光り輝き、放出されたエネルギーが舞い上がる砂埃を吹き飛ばす。

 

 ソイツは怒りを抱いているように見えた。

 

 ソイツは恐れを抱いているように見えた。

 

 ソイツは間違いなく――敵意を抱いていた。

 

 

 

 デカグラマトンの預言者・第三セフィラ『ビナー』――襲来。

 

 

 

 




トライガン単語解説『黒髪化』
力を消耗したプラントに起こる現象。
プラントが力を使用し続けると疲労が蓄積して肉体の劣化が始まり、人間で言う白髪のように頭髪が黒く変色する。
いずれ髪全体が漆黒に染まれば、それがプラントの寿命であり、肉体が崩壊して死に至る。
本作では時系列的に描写出来ないので、原作を知らない読者の為に解説させていただきました。
ヴァッシュが力を使うと裏でどういう代償が払われてるのか知っておいてもらいたくてぇ、ちなみにマキシマム開始時点でヴァッシュの黒髪化は始まっててぇ。
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