ヴェルティは決心した。
節約をしなければならないと。
財団本部の食材店でヴェルティは静かに絶望していた。
その原因は言わずもがな、彼女が持っている財布である。
彼女の財布の中では狡噛銭貨が数枚、寂しそうに身を寄せ合っているだけだった。
ああ、前の一件で金品関係には注意しようと決めていたばかりなのに、などと考えていると店_ラプラスマートの主が声をかけてきた。
「やぁ!タイムキーパーさんじゃねぇか!今日は何が欲しいんだい?」
いつも良い食材を用意してもらってるだけあって、彼女の財布の現状を説明するには勇気が必要だった。
「あ、あー…実は今、金欠で…」
「へぇ!タイムキーパーともあろう人が金欠ねぇ!こりゃおもしれぇや!」店主は意外そうな声色で答えた。
「そうなんだ。だから、申し訳ないんだけど、安く抑えられる食材とかあるかな?」
スーツケースでは食材などはバニーバニーが食料調達担当だが、任務などもあって全員が集まる事は珍しい。
基本は各自で食事を取るので食生活は各々で管理しなければならない。
ヴェルティは原材料にはこだわる割に食事には無頓着で、さらには任務続きで食事を抜く事もかなりあった。
「そうだなぁ…お、そうだ!こいつなんてどうだい?」そうして差し出された店主の手には袋詰めされた、ヒョロヒョロとした白い植物があった。
「これは…何?」
初めて見る食材に、ヴェルティは少し警戒する。
「おう、こいつはな"もやし"ってんだ。何でも大豆を太陽光に当てずに育てるとこうなるらしい…ちなみにえらい安いぞ。」
確かに、値段を見てみると今の所持金でも30袋は買う事ができる。
しばらく考えた後、「じゃあ…それを2袋、お願いしようかな。」
「まいど!お支払いは?」
「現金で。」
「はいよ!…あ!そうだ、、いつもお世話になってるし、ちょっとオマケしとくぜ!」
「え、それはありがたい。ありがとう。」袋を受け取りながら、彼女はこうなった原因を作ったバニーバニーについて考えていた。
〜以下回想〜
遡ること数日、ヴェルティはソネットとバニーバニーの3人で任務を終え、帰路に就こうとしていた。
「あ、タイムキーパー、本部から連絡です。時代の流れが少し不安定になっているようです。えーと…大した事ないらしいですが、念の為に安全確認するのでその場で待機していろ、とこのとです。」
それに不服を漏らしたのは横で連絡を覗き見ていたバニーガールである。
「え〜!?すぐ帰れないんですか〜?!お腹ペコペコですよぉ〜!」
丸一日任務で食事を取る余裕がなかったので、その意見に関しては3人の意見は一致していた。
あと必要なのはこの場で一番偉い人物__すなわち、ヴェルティの許可であるが…
「よし、じゃあ今日はこの辺でご飯食べて行こうか。2人とも頑張ってくれたし、私が2人分奢ってあげるよ。」
「え、よろしいんですか?タイムキーパー」と控えめながらも、喜びを表すソネット。
「ぃやった〜!!ご飯だ〜!!タイムキーパー!!ありがとうございます!!」とあからさまに喜びを表すバニーバニー。
しかし、後にヴェルティはこの選択を後悔することになる。
「あ、そうだ!!さっき美味しそうなお店見つけたんですよぉ〜!そこでいいですかぁ〜?」バニーバニーは嬉々として提案する。
「うん。私は大丈夫だよ。ソネットは大丈夫?」と聞くと「あ、はい!私も特に問題ありません」と答えたので道案内はバニーバニーに任せて一同は店に向かった。
到着した店は所謂ジャンクフードの専門店だった。
バニーバニーが言うには、ジャンクフードとは言え専門店なだけあってそんじょそこらの店とは違うらしかった。
「じゃあ、入ろうか。」「はい、タイムキーパー」「っご飯〜♪っご飯〜♪」
空腹に後押しされて、3人は入店した。
席に着くなりバニーバニーはメニューを手に取り、料理の一つ一つに歓声を上げながら何を頼むか熟考を始めた。
「この様なお店に入るのは初めてです、タイムキーパー。何かおすすめはありますか?」
「この店の看板メニューは肉厚ハンバーガーみたいだね。私はそれにしようかな。ソネットもそれにする?」
「はい!では、タイムキーパーと同じ物にします!」
「わかった。バニーバニーは決めた?」
「はい!じゃあもう店員さん呼んじゃいますね〜すみませ〜ん!」
そうして注文を終え、暫く待っていると大量の料理が運ばれてきた。そう、大量の。
ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ハンバーガー、ローストチキン、ローストチキン、ホットドッグ、ホットドッグ、フライドチキン、フライドポテト、フライドポテト、マフィン、ショートケーキ、ドクターコショウ…以下略、、
積み上げられた料理でお互いの顔が見えないほどに。
そしてヴェルティは戦慄した。料理と同時に運ばれてきた伝票に書かれた金額に。
「ねぇ、ソネット…」
「はい…タイムキーパー、、仰りたい事はわかります…」
「これ、経費で落ちるかな…」
「…え?」
「ん〜おいしいです〜♪」
かくして、ヴェルティの財布に寒風吹き荒れることになったのである。
〜回想終了〜
「さて、もやしを使った料理なんて作った事がないからなぁ…」
スーツケースに戻ったヴェルティはキッチンでもやしとにらめっこをしていた。
「そういえばオマケしてくれたって言ってたな…なんだろう…」
袋の底に入っていたのは、ちょっと良いひき肉だった。
「おぉ…これはありあがたい…、そうだ」
作る物のぼんやりとした構想を思いつくと、ヴェルティはすぐさま行動に移した。
深めの鍋を用意し、もやしを開け、水で満たす。その鍋を火にかけもやしを茹でていき、その間にフライパンを用意する。
フライパンに少量のオリーブオイルを垂らし、香りがたつまで待つ。
ひき肉ををフライパンに落とし中火で解しながら炒めていく。
「良い香り…」
塩コショウを少しまぶし、肉の香りを楽しみながら炒めていると、もやしが丁度良い頃合いになっていた。
フライパンの火を弱火にし、もやしを茹で汁ごとザルに開ける。
大まかにもやしの水気を切ったらフライパンに投入。
肉ともやしを軽く和えたら中火に戻して、水を肉ともやしが浸るくらい入れて沸騰するまで放置。
その間に冷蔵庫から冷やご飯を取り出し、茶碗に移した後常温で暫く放置しておく。
「おっと…そろそろかな」
そうこうしている内にフライパンの肉ともやしは楽しそうにグツグツとダンスしていた。
「よし…」
ここに醤油、酒、みりんを適当に入れ、かき混ぜる。
お好みでだし汁を入れても構わない。
一通り混ざったらここに、水溶き片栗粉を回し入れていく。
片栗粉がダマにならないように全体を大きくかき混ぜていく。
そうして出来上がった餡掛けをご飯の上に纏わせる。
「…できた」
料理名は無いが、強いて言えば「ひき肉ともやしの餡掛け丼」の完成である。
夜も更けたスーツケースの中に良い香りが広がる。この匂いで皆を起きないように願うばかりである。
「さて…」
いそいそとテーブルに丼を運び、食事の準備をする。
「じゃあ……いただきます」
正式な食事会でもなければ、他に人もいない。
ヴェルティはスプーンでご飯と餡掛けを一度に掬い、豪快に口の中に運び込んだ。
「はふっ…熱っ」
出来立ての、しかもとろみのある餡掛けは冷めにくい。
口の中に空気を入れながら、冷めるのを待つ。
「あ…おいしい」
熱というベールが剥がされた丼には、ひき肉の香ばしい香り、もやしのシャキシャキとした歯ごたえ、そしてそれらを纏める素朴な味付けの餡掛けが共存していた。
熱くて食べるのを躊躇する、などという選択肢は、今のヴェルティの頭の中には存在していなかった。
あっという間に餡掛け丼を完食してしまった。
「ふぅ…ごちそうさまでした…」
残るのは米粒一つ残っていない空っぽの茶碗と、満腹感、それ以上の幸福感。
「次は何作ろうかな…」
限られた食材で自炊をしたのは初めてだったはずなのに、今回の振り返りではなく次回への構想を考え始めてしまう程お気に召したようだ。
その頃バニーバニーは自室でハンバーガーの海で泳ぐ夢を見ていた。
次回:レディZのこだわりコーヒー
※多分書きます。