1の節:むかしばなし
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ひとつ、過去の話をしようと思う。
それは、とても唐突な話から始まった。
「創英や。お主には、これから別の場所に住んでもらうぞい」
「は?」
――時は2003年。季節は夏真っ盛り。
青々と繁る草木が生を謳歌し、羽虫たちが繁く鳴き声を上げる、7月初旬頃。
当時13歳だった、俺こと時崎創英(ときざきそうえい)は、曽祖父からにべもなくそう告げられたのだ。
曽祖父の話によると、時崎家には代々伝わるならわしがあるようで、その内容が『管理者のお眼鏡に叶う者を幻想へ誘致する』と言うものである。
……うん。今思い返してもあまりに抽象的過ぎて、話をされた身としても解説に困るなコレ。
なにせ、管理者ってのが誰なのかも分からなければ、誘致するという割には行き先も教えられていないのである。
その癖、行けば二度とここへは戻って来れないとか言い始める始末。
幻想だかなんだか知らないが、一体どんな辺鄙でヤバい場所に連れて行かれるというのか……当時の俺は、またなんか変なことを言い始めたなこのジジイ、とか思っていた。
「そう警戒する必要はない。お主にとっても住みやすい土地じゃろうて。少なくとも……市街地よりはな」
「それを判断するのは俺であって、ジジイが判断する所じゃないんだよ」
ここで初めてニタリと笑った曽祖父に、俺は悪態とため息を同時についた。
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唐突だが、一つここらでザックリと身の上話をしようと思う。
さっきも名乗ったが、俺の名前は時崎創英という。
科学が発達した今世紀において、尚も廃れることなく続く、退魔師の家系の人間だ。
胡散臭いと思うかも知れないが、俺の一族は、人知れず世に蔓延る奇怪な出来事を専門に取り扱う『ウラの仕事屋』であり、その主な内容は『妖魔の討伐』である。
妖魔ってのは〜……まぁアレだ、なんか邪悪そうなヤツだ。
気になるなら各自ネットで調べてみてほしい。
情報に溢れた今の社会ならば、当たらずとも遠からずな内容が書かれている解説サイトが、幾つかヒットするはずだ。
それに、そこまで踏み込んで説明をするとなると、ザックリの範疇を逸脱してしまう。
なので、ここでは割愛させてもらう事にする。
話を戻すが……要は、そういう邪悪そうな奴らをどうにかするのがウチの一族の生業という訳だ。
ただまぁ、当時の俺はまだ修行中の身であり、そういった仕事に対する理解度も低く、まだまだ実力不足であるとして、携わることを許されてはいなかった。
そもそもの話として、俺は元々分家筋にあたる人間だ。
当時の俺はこれといって何の力も持ってはおらず、唯一それらしい力を持って産まれた妹でさえも極々弱い力であり、ほぼ一般人と変わらないと言った状況下にあった。
……ある出来事が起こるまでは。
ただの一般人であった筈の俺は、たまたま出くわした妖魔に襲われた事がキッカケとなって、退魔師としての資質……霊能力に、突如として覚醒したのだ。
ここだけ聞けば、漫画や小説とかでありがちな設定話なんだが……現実ってのは、そう甘いものじゃなかった。
ただ力に目覚めただけの俺では、肝心要の力の運用の仕方なんか到底分かるハズもなく……その直後にしっかりと死にかけた。
ざっくりバッサリと攻撃を受けて、瀕死の重傷を負う位にはピンチに陥った時、ようやく駆けつけた宗家の人間と曽祖父に、俺は助け出された。
そのあと、表沙汰には出来ないからと、連れて行かれた宗家お抱えの病院にて集中治療を受けた俺は、概ね半年ほどの月日を要したものの、何とか快復は果たした。
しかし……そこからが地獄の日々の始まりだった。
先ず手始めに、元々進学する予定であった中学校を強制的に辞めさせられた。
同時に、勉学は宗家の教員役が付きっきりで担当すると告げられた俺は、一族宗家の総本山に、これまた強制的に連行されたのだ。
俺の意思などまるで関係がないと言わんばかりに物事を進めていくその有様に、幾ばくかの不快感を抱いていたのもつかの間の事で、資質に目覚めたと知られるや否や、退魔師としての修行も勉強と並行してやらされる羽目になってしまったのだ。
折角できた友達連中との繋がりを一族の都合で絶たれた上に、娯楽の類は一切無く、超早寝超早起きで早朝からキツぅ〜い修行を済ませてから、午前中は猛勉強。
午後にはまたキツぅ〜い修行と……英才を通り越してもはやスパルタな教育カリキュラムの元で、逃げ出すことも出来ないまま扱かれまくった結果、確かに学力は上がったし、身体操法を始めとした『退魔師としての資質』を、大まかに身につけるに至ったのである。
いやホント、我ながらよく腐らずに励んだものだと思う。
まぁ、逃げ出せるような環境下になかったのもあるが。
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……とまぁそんな感じで、宗家の意向により強制的に一般人を辞めさせられた俺は、不本意ながら、退魔師のたまごなんて言う胡散臭いものへと仕立て上げられたのである。
ほんと……勘弁して欲しいもんだよ。
「創英や、準備は出来たかい?」
「出来てるよ」
側近の人らに揉みくちゃにされながら着せられた黒いコートとスーツに、紫色のネクタイと……見てくれは完全に裏稼業の人間風に仕上がった己を、姿見で見てため息をつく。
腰には曽祖父から餞別だと与えられた霊刀を差しており、この一本が加わる事で軍記物の映画とかに出てきそうな見てくれになった。
まぁ、悪くは無い。
「こういうのが好きなんだろう?」と言われているようで不本意極まりないが……スーツに刀って、カッコイイよな。
こんな状況じゃなきゃあ大いにはしゃいでいたものだが……側近の人らに浮かれた気配を気取られて睨まれたので、渋々心を落ち着かせる。
「創英や。これからお会いする方には口の利き方に気をつけるのだぞ」
「あいあいさー」
「これ」
「分かってる。ちゃんとするよ」
乗り気にならない気持ちを切り替えるべく、厳しい扱きの中で身につけた『自己暗示に伴う意識の切り替え』を実践する。
予め自分の中でトリガーとなる行動や言葉を決めておき、気持ちを意識的に切り替えたい時なんかに、それら特定の行動を行うか唱える事で、意識を切替えるというものである。
こんなので本当に気持ちを切り替えられるのか、最初こそ疑ったものだが……これが思いの外うまく機能するのである。
「すぅー……ふぅ……」
深く目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込んでから、一気に吐き出す。
自分の呼吸音に耳を傾けながら、心を無へと近付けてゆく。
何も考えず、何も思わず……ただただ、自分の内側にのみ、意識を……
そうして目を開けば――
「それでは、参りましょうか。曾祖父様」
――これこの通り。
「ふむ。心操は物にしておる様だな」
「ええ。この通りに」
そうやって短いやり取りを交わした後、案内された部屋にて待機することになった。
曰く、これから会う相手は伝説的な妖魔なのだという。
千年を生きる、ひとつの箱庭を管理する賢者にして大妖怪。
――八雲紫。それが、かの妖魔の名なのだとか。
正直、その前情報のみだとクソほども興味関心が湧かないというか、なんというか……
今すぐにでも自分の部屋に逃げ帰りたい気持ちでいっぱいだったのだが、ここまで来たなら逃げるだなんて事は出来ないので、仕方なく腹を括った。
できるだけ粗相はしないように。それだけを念頭において……その時を待った。