幻想回帰節   作:北宮 涼

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◆ 幕間:2003年 7月中旬 〜 下旬
13の節:第二次ゆかりんインパクト


◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

◆ side:時崎創英 ◆

 

 稗田家の朝は、いつも静謐に始まる。

 ――はずだったッ!

 

「ふんふん……♪」

 

 台所から漂う、芳ばしい香りが屋敷中を満たす。

 炊き立ての米の甘い匂い。出汁の香り。ほんのり焼き色を付けた魚の脂が弾ける音……起き抜け一発目に飛び込んでくる情報として、これ以上に上質なものは無いだろう?

 

「……あら? 今日は料理人を呼んでいたかしら」

「いえ……そんな話は……」

 

 誘われるようにして居間に集まってきたのは阿求と、そのお手伝いさんたちだ。

 そして、怪訝な顔を見合わせる彼女らの前で落ち着いた動作で料理を並べているのは――稗田家の居候こと、時崎創英。

 つまりは俺であるッ!

 

「皆さんおはようございます。朝餉、出来てますよ」

 

 それは和食の基本を押さえつつも、料亭に出しても恥じない完成度……

 味噌汁は白味噌と赤味噌を絶妙に合わせ、具は季節の野菜を彩りよく……

 魚は外は香ばしく、中はふっくらと仕上げられている……

 卵焼きは黄金色に輝き、漬物は塩気と酸味が絶妙なバランスに仕上げた。

 ……うむっ! 我ながら完璧ぃ〜な朝餉だなっ!!

 

「ささっどうぞ。冷めない内に召し上がってください」

「す、すごい……」

「いただきます……」

 

 一口……口に含んだ瞬間、お手伝いさんの一人が思わず涙ぐむッ!

 

「お、おいしい……まるで料亭のようです……!」

「私たちが何年も台所を仕切ってきたのに……これは……」

「……ううっ……こんなご飯を食べたら、もう後戻りできないじゃないですかぁ!」

 

 台所歴十年以上のベテランまでもが、口元を押さえて感涙する始末だ。

 阿求は呆れ顔を作ろうとするが、箸をつければやはり――目を丸くした。

 

「……おいしすぎて、言葉が出ません」

「ははっ、そいつは良かった」

 

 サラリと答えて見せた俺の笑顔に、阿求は顔を伏せながら朝餉を食べるのだった。

 うむうむ……一先ずは満足だ!

 

 

─────

───

 

 

◆ side:稗田阿求 ◆

 

 朝餉も驚いたけれど、食後も驚きは続いた。

 庭の雑草取りを頼めば、ものの一刻もせずに綺麗に整えられる。

 剪定は流れるようにハサミが動き、枝ぶりは庭師顔負け。

 

「え……もう終わってる!? しかも完璧に……!」

「創英様、もしかして園芸師でもいらしたのですか?」

「宗家で叩き込まれただけですよ」

 

 そう言って汗も見せずに笑う彼に、お手伝いさんたちはますます惚れ惚れする。

 

 さらに、壊れていた雨樋や障子までもが彼の手で次々直されていく。

 

「これ、大工を呼ばなきゃと思っていたのに……!」

「障子紙の張り方まで完璧……!」

 

 職人すら不要と思わせる万能ぶりに、屋敷中がざわめき立つ。

 そして極めつけは――。

 

「……阿求様。この方を、絶対に手放してはなりません!」

「そうです! この稗田家にとっての宝です!」

「もし創英様が外に出ていかれたら……私たち、もう生きていけません!」

 

 お手伝いさんたちが涙ぐみながら阿求に訴え出たのだ。

 

「ちょっ……ちょっと! やめなさい! 変な誤解を招くでしょう!」

 

 顔が熱くなるのを自覚しながら私は止める。

 その様子を、いつの間にか縁側に腰かけて眺めていた妖怪の賢者が、扇子で口元を隠しながら笑った。

 

「あらあら。稗田家の新しい主が誕生するのも、そう遠くないのかしらねぇ」

「「「きゃあああああ!!!」」」

「ち、違いますからぁ!!!」

 

 私の叫び声と、お手伝いさんたちの黄色い悲鳴で、稗田家の一日は幕を開けたのだった。

 

 

─────

───

 

 

◆ side:時崎創英 ◆

 

 食事の余韻が稗田邸の居間に漂っている。

 普段は静かなこの屋敷だが、今日は台所から客間にかけて、妙にそわそわした雰囲気が満ちていた。

 原因は言わずもがな――俺がはしゃいでやり過ぎたせいだ。

 

「……それで、阿求さんや」

「はい?」

「さっきからずっと俺の隣に座って、筆を構えてますけども……」

「もちろんです。あんなに鮮やかな手際で夕餉を整え、洗い物まで片付け、縫い物の補修までやってしまうなんて……。退魔師だけでなく、稀代の家政夫でもあったとは! 記録に残さない理由がありますか?」

「い、いやぁ、そこまで大げさな事じゃ……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべているであろう俺の横で、阿求はすでに几帳面な字で次々と書き留めていた。

 彼女の眼差しは真剣そのもので、完全に「幻想郷縁起」に新たな項目を加える時の顔だ。

 

「そもそも、どうしてそのような技術を身につけたのです? 退魔師の修行の一環……には思えませんが」

「あぁ……まあ、なんだ。修行の一環ではあるんだけどな。けど、最初のきっかけは妹のためだ」

 

 阿求の手が止まる。小首をかしげた。

 

「絢香さんのため?」

 

 小さく頷き、俺は答える。

 

「あいつ、小さい頃から体が弱くてな。食欲が落ちることも多かったんだ。だからせめて、少しでも食べたいって思えるもんを出してやりたくてさ。母さんに習ったり、本を読んだりして……そうやって作っているうちに、いつの間にか料理は得意になってた。縫い物とか掃除も、生活に必要だから自然と覚えたんだ」

「……なるほど。改めて思いますが、とても妹想いの兄だったのですね」

 

 阿求の声は柔らかく、ほんのり温度を帯びていた。

 俺は肩を竦めて、照れ隠しのように視線を逸らす。

 

「想いって言えるほど立派なもんでもないさ。ただ……あいつの笑顔が見たかった。それだけだよ」

 

 筆先が紙を走る音だけが部屋を満たす。

 阿求は一言一句、取りこぼすまいと全集中で記録を続けていた。のだが......

 

「あらあら、創英。あなた、妹のために夜な夜な台所で練習して、失敗作を全部自分で食べてたんでしょう? 涙目になりながら」

 

 このスキマ妖怪め、要らん所で首を突っ込んできやがった!

 

「ゆかりぃぃんっ!? なんでアンタはそんな事まで知ってんだよォ!!」

「んふふ、境界の賢者を舐めちゃ駄目よ?」

 

 どこから情報が漏れた!? ……いや想像は付くけどさ!!

 

「ほら阿求、これも書いておきなさいな。“努力型スパダリ”って」

 

 なんだかよく分からない事を阿求へ吹き込もうとしている。

 スパダリってなんだ?

 

「努力型……すぱ……だり?」

 

 そんな俺の気持ちを代弁するように、阿求が筆を止めて首を傾げた。

 

「スーパーダーリン、ってやつよ。要は理想的な旦那様ってこと」

 

紫がさらりと答えると、阿求は「なるほどっ!」と力強く頷き、しっかりと記録欄に書き込んだ。

 

「ちょっ!? マジでやめてくれぇえええ!!」

 

 俺の悲鳴が稗田邸に木霊し、隣の部屋で聞いていたお手伝いさん達は「スパダリ……!」「素敵すぎますわ……!」と感涙していた。

 

 そんな混迷を極めた稗田邸の客室だったが――やがて阿求は筆を止め、今度は目を輝かせながら口を開いた。

 

「では、創英さん。ついでに伺ってもいいでしょうか」

「な……なんだよ、怖いな」

「恋愛観についてです」

「はぁ!?」

 

 思わず声を上げる。そんな俺に、阿求は涼しい顔で返してくる。

 

「人となりを知るには避けて通れない項目です。外来人としてだけでなく、一人の人間として記録を残すのですから」

「そ、それは本当に縁起に必要なのか……?」

「ええ、もちろん」

 

 嘘だろ、という視線を送るが、阿求は揺るがない。

 結局、根負けした俺は頭を掻きむしりながら口を開いた。

 

「……俺が惹かれるのは、凛とした女性だな」

「凛と……?」

「ああ。芯が強くて、背中を預けられるような……強いけど、決して驕らず、誰かを支えるために立てる……そういう女性だ」

 

 そこまで言うと、ふっと目を細める。

 

「けどな、不器用なとこもあったっていいと思う。完璧なだけじゃ人間味がない。たまに失敗したり、抜けてたり……そういう隙に惹かれるんだ」

「なるほど……凛としていながら、不器用な一面を併せ持つ方が理想なのですね」

「ま、そういうことだ」

 

 阿求はカリカリと記録しながら、何故か頬を赤らめていた。

「それに和服が似合うとなお良い、と……」と小声で書き加える姿は、どこか乙女めいていた。

 

「ってぇ、ちょっ!? 待て待てっ! そこは別に強調しなくていい!」

「重要な要素ですので」

「くそっ、逃げ道がねぇ!」

 

 慌てふためく俺を他所に、座敷の隅で湯呑みを手にしていた紫が愉快そうに眺めていた。

 

「あらあら……つまり阿求ちゃんみたいな子が好みってことかしら?」

「――っ!? ななっな、なにを言い出すんですかっ!?」

 

 阿求が顔を真っ赤にして慌てる。紫さんはにやにや笑うばかりだ。

 

「うふふ……ふたりとも、案外お似合いなのにねぇ」

「からかわないでくれ!」

「からかわないでください!」

 

 ハモってしまった俺達二人は、思わず顔を見合わせた。

 阿求は熟れすぎたトマトみたいに真っ赤になっている。

 ……俺も顔が熱い。きっと、同じ顔になっていることだろう。

 

「あらっ♪ やっぱり息ぴったりね、貴方達」

 

 部屋はすっかり騒がしくなった。

 けれど、そこに漂う空気は温かく、笑い声に満ちていた。

 

 取材という名の根掘り葉掘りは、その後も延々と続くことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってか紫さんはいつまでここに居んだよっ!!」

「境界の向こうから眺めてるより、こっちで茶化した方が楽しいんだもの♪」

「……居候が二人に増えた気がします」

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